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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
68/77

連載第68回。「繭子、最後のインタビュー」 6

2017年、3月。




七分袖の黒色カットソーと、同じく黒のスキニーパンツ。まるで繭子の普段着のような格好で現れたその男は、涙でろくな挨拶も出来ない時枝の頭に手を置いて、「お前、泣かすんじゃないよ」と繭子に言った。繭子は驚いた顔で目を丸くし、いやいや、あなたですから、と言って笑った。繭子の隣に腰を下ろした彼からは、伊藤織江と同じ匂いがした。



芥川繭子(M)×神波大成(T)。

美味しいケーキを戴きながら。


M「ありがとうございます」

T「お前どんだけコレ好きなんだよ」

-- 大成さん自ら、わざわざ?

T「店を指定したのは俺じゃないけどね。今さっき並んで買ってきた」

M「並んで!?」

-- 私、食べないです、無理です。

T「食えよ(笑)!」

-- いや、是非お二人で。

T「俺甘いもん食わないよ」

-- そうでしたっけ?

T「本当、どこにでも食いつくな(笑)。あー!疲れた(ソファにドサっと体を倒す)」

M「すみませんなんか、お休みの所わざわざ差し入れしてもらって。…御夫婦で」

T「織江に言いな。ここまでがあいつの描いた絵だから」

-- ふうーーわ。

T「そこはホエーじゃないの?」

-- (笑)。

M「やばい、とろける。大成さん、とろけます」

T「はいはい」

-- 少しお話しても大丈夫ですか?

T「俺? 俺が話すんの?」

-- ご無理でしたら…。

T「構わないよ、本気でちょっと、寝ちゃうかもしれないけど」

M「どうぞどうぞ、膝枕でも何でもします」

T「ちょっと休憩してるから、普通に続けてよ」

M「無視された(笑)」

T「…お前なんか、やっぱり変わったな」

M「(ビックリして食べる手を止める)」

T「変な意味じゃないよ。先月、先々月か、隣で話した時も思ったけど、良いな、今のお前な」

M「(見る間に顔が真っ赤になる)」

-- ええっと、私は席を外した方が?

T「…え、何?」

-- 何でもありません。

T「ムキミがさ」

M「あははは!」

T「それこそその時に、繭子が綺麗になったと思いませんかって言ったろ? そういう外見的な話は分かるようで本当は分からないんだけど、やっぱりこの10年でグーっと圧縮された筋肉みたいな人間になってたこいつが、フワーンと柔らかい子になったのは俺も思ってんだよね」

-- なるほど。もう、繭子の耳が尋常ではないくらい赤いですが。

T「だけど変わったって言っても繭子がもともとよく笑うこういう子だってのは知ってるからね、別に揶揄うつもりで言ってはないけど。でもこいつ意外と自覚しない奴だからちゃんと言っておいてやらないとさ、放っとくとまたグーっと縮こまるから」

-- ストレートですね(笑)。

М「圧縮された筋肉って、結構格好良いじゃないですか」

T「それは誠の受け売りだけどな」

M「まあた変な事吹き込む(笑)」

T「筋肉ってしなやかで柔らかい方が良いんですってお前いつもストレッチしながら言ってるだろ」

M「そうですけどね」

T「まあ、…本当言うとこれを言うまでが織江の描いた絵なんだけど」

M「(弾かれたように笑い声を上げる)」

-- もう正直すぎてめちゃくちゃですよ、なんでそんな事まで言っちゃうんですか(笑)!

T「約束した手前言うのは言うけどさ、でもやっぱ無理あるよ、俺がこいつにそういう事言うのは。なあ?」

M「うーん(困った顔で首を捻る)」

T「別に俺は、敢えて何を言わなくても良いと思ってるから。ずっと繭子の事側で見てて色々考えてる織江の気持ちも、ちゃんとこいつには伝わってると思うしさ。今更だよな?」

M「(苦笑したまま、何度も頷く)」

T「何をどうっていう表現の仕方は聞かないとそりゃ分からないけどさ、でも、具体的な内容よりもそこにいる、聞いてるってだけで俺なんかは、大事な事は伝わるんじゃないかなって、特にこいつらといるとそう思うからね」

M「はい、うん、そうだと思います」

-- なるほど。

T「ただ自分でも俺は言わなさすぎるのかなって思う時もあるからね。織江の言う事には逆らわないって決めてるから約束は守るけど、本来この役目は俺じゃないよ」

M「じゃあ誰ですか?」

T「誰って事もないけど、キャラで言えば翔太郎だろ。ただ問題は言うか言わないかの方であってさ、男と女の違いでもあるのかな? 言いたい事は言えば良いし、言いたくなければ言わなくて良いって俺は思ってるかな」

-- 誰が言うような、という事でもなく。

T「うん」

-- 伝わってないかもしれないって不安になる事はありませんか?

T「何が?」

-- えー、今で言うと、繭子に対する愛情とか感謝など。先程の『柔らかい繭子に戻って良かったと思っている』といったお気持ちなど。

T「良く分からない」

M「(笑)」

T「や、思ってるよ。ウソは言ってないよ。でもそれをあえて言葉で言うか言わないかって話だから。そこを不安に思うって何?」

-- ああ、そもそも伝えたいと思っていらっしゃらない?

T「そりゃそうだよ。え、俺がどう思ってるかだろ? それ別に伝えたいとか思う必要あるの?」

M「あははは! もー、またこれ全然食べれないよ(笑)」

-- いやーまー、必要とか言われちゃうとどうにも(笑)。

M「大成さんらしい」

T「ええ?」

-- まあどこかで暗黙の(了解のような)空気になってたんで丁度良かったです。繭子自身もよく分かってる所ではあると思いますが、彼女が抱いている皆さんへの感謝や思いと、皆さんが彼女に対して抱いてる思いが、綺麗に平行線なんですよね。

M「うわあ、帰りたーい(笑)」

T「(口元は笑っているものの、繭子を見やる目は真剣そのものだ)」

-- 私は今日その事にようやく気付いたんですが、織江さんはもっと以前からご理解されていたようで、先ほどお話して下さった時も、大成さんへの言伝も、そこを危惧されての事なのだと思います。

T「…それで?」

-- その事に対して、大成さんは特に何も問題はないと?

T「ないんじゃない?」

M「いえーい」

T「繭子うるさい」

M「はい」

T「時枝さんは何が問題だと思うの?」

-- トラブルという意味での問題ではありません。先月皆さんからお時間を拝借してお伺いしたお話を両腕に抱えて今日、彼女の前に座りました。

T「うん」

-- ですが、どのように広げて良いか分からないんです。

T「どういう意味?」

-- 皆さんのバンドに対する思いの根っこに、繭子がいるという事実です。

T「(繭子を見やる)」

M「(軽く見開いた目で、神波を見つめ返す)」

T「(時枝に向き直る)それで?」

-- 私は、この部分が平行線である事に納得がいきません。というか、理解が出来ません。

T「平行線って何のこと?」

M「トッキーもう良いよ。なんで大成さんがいる場でそんな話するの?」

T「待てよ、何だよ。まだ何の話か全然分からないぞ」

-- でも繭子言ったよね。私がこのバンドでドラム叩いてるのは偶然なんかじゃないって。たまたまでもないし運が良かったわけでもない。情けを掛けられたわけでも可愛かったからでもない。そこに強い思いがあるんなら、なんでそこを皆と共有しないの?

M「そんなの私が思ってるだけだもん。どうして皆に言わなきゃなんないの?」

-- でも気にはなるでしょ?

M「何が?」

-- 大成さん達がどんな思いでバンドを続けているか。大成さんだって、繭子がどんな思いでドラムを叩き続けているか、私はちゃんと知って欲しい。

M「…」

T「んー…」

-- 私は繭子の思いを支持します。今日、さっき聞いた話なので良い悪いの判断は冷静でない分出来ません。だけど気持ちだけで答えを出すんなら、彼女の意見を支持します。

T「(話が見えず混乱している表情)」

-- だけど繭子。それでも繭子はきちんと皆の気持ちを聞くべきだし、受け止めるべきだと思う。

M「え、何の話してるの?」

T「お、おう。それな」

-- 何故それを私が言わなくてはならないんですか? どうして気持ちを伝え合わないんですか? そんなにお互いを思い合っているのに。どうして伝え合って来なかったんですか。

M「(俯く)」

T「(苦笑い)」

-- …。

T「いやー」

-- すみません、ヒートアップしました。

T「構ないけど。…なんか、青春してんなぁー、お前ら」

-- へ?

M「(俯いたまま、徐々に肩を震わせる)」

T「っはは。とりあえず俺行くわ。俺がいてもこいつ話し辛いだろうし、俺別に話しに来たわけじゃないしな」

M「(笑うのをやめて顔を上げる)」

-- はあ(気の抜けた返事)。

T「様子見に来ただけだし。でもまあ、うーん。だから今更何か言わなきゃいけないとも思わないけど、敢えて格好付けるとするなら」

M「(神波を見つめる)」

T「するならね。時枝さんの言う平行線とか、じゃあその逆は交差線なのかとか、言葉の意味はよく分からないけど。…俺達はこうやって生きて来たんだよ。明日になればまたいつもの場所で待ってる。なあ繭子」

M「…はい」

T「俺達にそれ以外大事なものなんてないんだよ。じゃあ、ほどほどにな」




-- 織江さんと同じ言葉を残して帰ってったね。

「ほどほどにって? ああ、うん、よく言われる」

-- なんか、改めて存在感のある人だよね。ベタな感想言うようだけど。

「思うよ。それは私も毎日思うし、何でか全然慣れない」

-- 繭子でも!?

「うん。それが多分、皆特有の距離感なのかなって思う。一年通して色んな話したしプライベートな部分にもたくさん触れたと思うけど、それでもいざ本人目の前にすると今でも緊張しない?」

-- する!

「そうなの、凄いよね。私普段からお家での大成さんを見てるし、緊張なんてしなくて良い筈なんだけど、どっかで今も踏み込み切れない部分あるもん」

-- うん、見ててそれは分かった。大成さん自身は別にソファーでデーンとしてるんだけど、線の細いイメージと違って近くで見ると意外とパーツパーツが大きいし、スタイル良いし。

「ルックスの話なんかしてないよ(笑)」

-- そこも含めてよ、やっぱり、凄い。程よく圧があって、慌てふためいたりしない。言葉は他の皆に比べて少ないかもしれないけど、だからこそ、いざあの人が語る話は本当に適切だし、深い。

「ずーーーっと」

-- …。

「クロウバーが好きだったんだ」

-- うん。

「それはもうあの人達がデビューした時って言えば20年前になるから、子供の頃だよね。リアルタイムでデビューの時を知ってるわけじゃないから、物心ついた時にはもう竜二さんは歌ってて、大成さんは『アギオン』を書いてるわけじゃない。そういう人とさ、今一緒に音楽をやってるって、改めて考えると怖くなるもん」

-- 凄い事だよね。

「しかも家に上がり込んだりしてさ。だけど芸能人とかそういう感覚を抜きにしても本当に凄い人達だから、やっぱり横には立てないんだよね。彼ら自身も、横に来いとまでは思ってないと思うし、何ならどこに立ってても構わないとか、そういう事を言いそうな人達だし」

-- うん、言いそう。

「正直に言うとね。織江さんや誠さんと仲良くさせてもらってるから、多分本人達が思ってないような領域の事まで、私知ってたりするんだ。だけど、うん、トッキーが言うように、彼ら自身とはそこまで話をしてきたわけじゃないのは、認める」

-- うん。

「仲は良いよ。場の空気というか、許される範囲でならノリで冗談も言えるし、ある程度まではボケたり突っ込んだりも、出来るんだけどねえ」

-- 言いたい事はなんとなく分るよ。

「うん。あっ、翔太郎さんなんかは部屋にも上げてくれるし」

-- うんうん、そうだよね。

「そこはだけど意外だって思うかもしれないけど、二人になっても、あの人全然喋らないんだよね」

-- ええ、それは意外だね。

「うん。静かな空間自体は嫌じゃないから私的に全然苦痛ではないけど、確かに言葉はないの(笑)。だから、…これ言った事ないけど、正直なんで部屋にあげてくれるかもよく分からない」

-- あー!あはは!

「全然全然、嫌とかじゃないよ。物凄く嬉しい気持ちなんだけどね、でも理由は分かってない。だって言わないもん。話があるわけでもない、ご飯食べに行くわけでもないっていう時だって、来るかって言われたリもするし、行ったら行ったで、ギター弾くの見せてもらって、宅録して」

-- …手を出してくるわけじゃなし?

「それもねえ、ホントだからねえ、びっくりするよね。鏡見て、あっれー?って」

-- ウソ!あはは!ウソばっか!でもある程度覚悟はしてた?

「最初のうち何回かは腹くくってた(笑)」

--あははは!いや、でもそうかもしれないね、正直な話ね!

「業界の噂とか、そういう何とか営業みたいな類の話とは、全然違うけどね」

-- うんうん。誠さんいるのに、それでもやっぱり警戒はした?

「警戒はしてないかな。するぐらいなら行くなよって思うもん。うん、でも一人でも行くようになったのは何度か誠さんに誘ってもらった後だったし、慣れもあったかな。それにまあ、元々めちゃくちゃモテる人なのは私も知ってるしさ、私なんかが行った所で何も。誠さん以外の人見かけた事も何度かあるし」

-- 繭子が!?

「なんで? あるよ。それはまあ、知り合った当初の若い頃だけどね」

-- やっぱり美人さん?

「まあ、そうだね(笑)。でも向こうから来るだけなら今でも年に何人かはアプローチされてるけど、きっと多分だけど、翔太郎さんが自分で選んだのは誠さんだけじゃないかな」

-- ひゅー…。

「口笛吹けないの?」

-- 吹けるよ(笑)。でも面白いね。そんな人に部屋に呼ばれて、覚悟して行ってるのに喋りもしないし手も出してこないって。

「あはは、うん。いや、別にずっと無言じゃないよ? でも…翔太郎さんの事だから絶対理由はあると思ってた。怖くて聞けないし、バカだから想像もつかないけど。…だから警戒とかもないし、そうなったらそうなったで別に」

-- だから!

「(爆笑)」

-- あとで翔太郎さんに聞いてみよっか。

「来るの!?」

-- 知らない(笑)。

「何だよ!っはは。でもそういう軽い人じゃないって分かり出してからは、より信頼を置くようになってったからね」

-- そうだよね。話違うけど、URGAさんも翔太郎さんのミュージシャンとしての誠実さとか直向きさを絶賛してた。格好良いとかそういう事以前に、人として偽りのない方だと思う。そこの魅力って大事だよね。

「うん。あはは、自分の事を褒められてるみたいに嬉しい」

-- (笑)。

「だから今ようやくこうやって、他の皆を自分の一部分として感じられたりとか、思えたりするようになったけど、本当ごく最近まで、というかトッキーが来るまでは、ずっと遠い人達のままだったんだよ」

-- そうなんだ。

「遠いっていうのは言い過ぎかもしれないし、おそらくそれは私が勝手に距離を開けてるだけだと思うけどね。だけど埋めようがないなっていう風にも正直思っちゃってて」

-- その距離感はやっぱり、子供の頃から好きだったバンドのメンバーだったり、個人的な問題で助け貰った恩を感じてるからっていうのが理由?

「もちろんそれもある。っていうかほとんどがそうなんだけど、あとの残りはそれこそ、さっきも言ったけど、出会った時からもう皆の事を好きになってたから、いわゆる友達ではないんだよね。もちろん恋愛対象とも違って、人として大切な事を教えてくれた大人であったり、夢を掴み取る為には這ってても自分で前に進むしかないって、身を持って教えてくれるヒーローだったり。一緒に生きて来たって言っていいと思うんだけど、もちろんそうやって年を経た彼らは、あの頃よりも更に格好良いんだって思うから、もうどうしようもないくらい、この距離は埋まらないなぁ」

-- なるほど、よく分かるよ。でも私がここへ通うようになって、どういう部分で、繭子に変化があったのかな?

「どういう部分って?」

-- 私が来るまでと来た後では、皆との距離感が変わって来たんでしょ?

「あー、でも私は変わってないかなあ。考え方とか捉え方は、私はちょっと変えようがないんだけど、皆がね、時には難しい顔をしながらトッキーの質問に答えてるのを見てたり、あとで映像見せてもらったりして、これまで直接話をする機会は多くなかったかもしれないけど、やっぱり私が思ってた通りの人達だったなって、実感したというかさ」

-- うんうん、親近感が距離を縮めたんだね。

「かなあ。でまたトッキーをネタにして、面と向かって話す機会も確かに増えたしね(笑)」

-- ああ、うん、それは嬉しい。でも不思議な関係なんだね。お互いの事をここまで大切に思いながら、信頼も絆もありながら、でもそういうお互いの大切な部分は話をしてこなかったんだもんね。

「…それが何を指してるのかは分からないけど、自分としては不自然ではないかな」

-- そう?

「何でも話せる間柄とか関係って確かに素敵だけど、そもそも話さなくても不安にならない人達なんだよ。それに私としてはもちろん自分を下に置いて皆を見てるし、それが当たり前だと思うから、『何でも話して来いよ』なんて思わないからね。逆もそうだし」

-- あー(笑)。

「言っても織江さん達とは話してるしね」

-- そっかそっか。

「さっきあの人(伊藤)も言ってたけどさ、大成さんは普段普通に喋ってくれる人なんだよね。面白いし、ドキっとするぐらい鋭い事平然と言うし。でも本当に本当の大切な部分て言葉では言わない人っていうイメージは確かにあるんだ。だけどそのせいで余計に信頼してる所もあって。大丈夫だ、これでいい、この人が笑ってるんだから、間違ってない、みたいな(笑)」

-- 言葉にしない事で生まれる信頼もあるっていう事なんだね。

「うん、そこを確かめ合える関係ではあると思うよ、それは全員に言えるけど。そういう、性質っていう意味で言えば竜二さんが最も喋んないし」

-- 本音を出さないって言う意味で?

「そうそう。大成さんはある程度まで自分の思ってる事を教えてくれるんだけど、ある部分からは言わないの。でも竜二さんは基本面白い事だけ言ってたい人なの。難しい話をしたがらないし(笑)。答えようとはしてくれるんだけど、すっごい言葉を選んだりするし、合間合間に面白い事言おうとするし。なんかそういうの見ちゃうと、ね」

-- 分かるわー。考えてない人では決してないんだけどね、でもこの一年でどこまで本音を引き出せたかって考えると、やっぱり時間全然足りなかったなって思うもんね。

「いやー、でも凄いと思うよ、トッキーは本当に。竜二さんの方から色々話しかけてもらってたでしょ、本当に凄い事なんだから」

-- うん、心から感謝してる。その、仕事うんぬんは全部抜きにしても、私個人としてとても助けていただいた思いが強いから。

「そうだよねえ。うん」

-- 翔太郎さんは割とオープンだよね?

「いや(笑)、多分、オープンって言う意味では皆そうなのよ。聞けばちゃんと答えようとはしてくれるし、それこそ話題にしちゃいけないようなNGなんてないし。ただ聞けないんだよね。問題はそこなんだよだから。聞けないんだよ(笑)」

-- あははは!あー、そっか。そういう事なのか。

「うん。私は別に聞くのが仕事じゃないしさ、話をしなくても理解できたり行動出来るならそれでいいわけじゃない? 普段の会話から汲み取れる大事な事だってたくさんあるわけだし」

-- 確かに。

「そこだよね、きっとね。自然と皆が静かになっていく話やテーマなんかだと、同じように私も話を打ち切る方向にもって行っちゃうし」

-- うん、それはそういうものだよね、優しさがあれば自然とそうなるものだと思う。

「そう、だから自分としては不思議な関係だと思ってないしピンと来ない」

-- あー、うん。そうかもしれないね。

「そういう流れの話だと翔太郎さんが分かりやすいかもしれないよ、例えとして。あの人は本当にお喋りでも生きていけるんじゃないかって言うぐらい面白いし、頭良いしね。それでもなんとなく避けたい話題があった時は、気づかない内に別の着地点に話を誘導されたりするからね」

-- あった!そういう事何度もあった!

「うん。それでいてあの人全部その場で考えてるんだから恐れ入るよね。だけど、翔太郎さんみたいに楽しく話してくれる人でさえ、やっぱり、気持ちの全部を言葉で説明しようとはしないんだよね」

-- 具体的な事は、確かにそうだよね。

「うん。…だからなのかな?トッキーから見て、平行だっていう風に見えるのは」

-- 普段の皆を見ていて、距離感あるなあとか平行線だなあって思ってたわけじゃないよ。逆に物凄く仲が良いと思うし、家族だし、そう呼んで差し支えない絆も信頼関係もある。だからこそ余計に、自分達の根っこにある思いを、どうして伝え合って来なかったのかなって。

「うーん」

-- もう本当、そこだけ。

「それはもの凄く重要な事?」

-- どうだろ。…『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』。

「『だから分からない』。なるほどね(笑)」

-- からかかってないよ?

「もちろん」

-- さっきはごめんね。

「え? …ああ、いいよ。おかげでさー、大成さんの超格好良い言葉聞いてまた泣くはめになったけどさー」

-- (笑)、なら良かった。

「でも、どういう意味だったの? 皆の根っこに私がいるって」

-- (大きく息を吸い込む)それも、言うべきかどうか分からなくなってきた、大成さんの言葉を聞いちゃうと。言わなくていい事は言うなって釘を刺されたのかもしれないとも、思えるし。

「でも皆と話をした時に口止めはされてないんでしょ?」

-- まあね。

「さっき私が言ったことと関係があるんだね?」

-- ん?

「私を理由にして欲しくはないんだって」

-- ああ。…うん。

「私が皆の理由なの?」

-- 理由とは違うかな。理由はきっと、皆の中にそれぞれあって、その結果繭子を世界に連れて行くんだっていうのが、彼らの中にはあるんだよ。

「私を世界に連れて行く…」

-- 繭子がいたから、一度は諦めた音楽を続ける事が出来た。また音を出す事に喜びを見出す事が出来たって。

「どういう意味?」

-- アキラさんが亡くなった時、皆バンド辞めちゃう気だったって。

「うん」

-- それは知ってるんだ?

「大分後になって聞いた」

-- 当時、何故バンドを続けようと思ったかは知ってる?

「世界に行く為でしょ? その為に組んだバンドなんだし」

-- 世界に行く為だよ。繭子を世界に連れて行く為なんだよ。

「なんで私が出て来るの? 順番がおかしくない?」

-- 順番?

「まだ私バンドに入ってないんだよ? なんで3人がまた手を取り合う理由が私なのよ」

-- そこをだから、どうして今まで誰も言って来なかったのかなーって。どうして聞かなかったのかなって。

「それは、だって」

-- だって?

「私の方から土下座して、お願いして、入れてもらってるわけだから。たまたまでも冗談でもないけど、私がバンドにいる理由は私の我儘だよ」

-- 違うよ。

「?」

-- 違う。そんなんじゃない。繭子がバンドに入ったのは…。





『神波大成との対話、ラストインタビューの続き』

-- 繭子がバンドに入りたいですと頭を下げた時って、どのような印象を受けましたか?

「アキラにもなついてたからね。…混乱してんのかなって」

-- 現実的な話をしているとは思えなかったと。

「普通に考えておかしいだろ」

-- 確かに。それは今でも、第三者はそう見ますよね。

「そう。とりあえず竜二が止めて、持ち帰ってちゃんと自分が何言ってるか考えて来いみたいな話になって。だけど俺らとしては思う所もないわけではなくて」

-- 可能性としてですか?

「いやいや、バンドへの加入とかそんなんじゃなしにさ。そのー、繭子をこのままにはしておけないよなって。それは思ってたから」

-- それはどのような形で?

「一緒に何かをやるとかまでは考えてなかった。ただ音楽を続けてそれで食っていきたいなら手助けぐらいは惜しまないって」

-- なるほど。

「でもそれがいざ蓋開けてみりゃバンドに入れて下さい、だからね」

-- 確かに、ちょっと飛躍してますよね。

「だけど日を改めて話をした時に、もう額を地面にこすりつけて土下座するわけ。聞いた?」

-- はい。

「ビックリした」

-- それはそうですよね。

「未成年の女の子が全力で土下座だからね」

-- それはまあ、あのう。

「ごめんごめん(笑)。でも実を言うとさ、それまでの何日間かで俺らで話してて。…もうじゃあ、やっちまうかと」

-- え?

「え? いや、違う違う」

-- っはは。

「うん。あれは確かだからー、ああ、カオリの実家」

-- 自動車整備工場。

「そう。竜二と俺とで、翔太郎とアキラを呼びつけて話をした場所で。営業してる工場の裏に保管倉庫があってさ、もうカオリもアキラもいないあの場所に三人で行って、小汚い…あんまり綺麗ではない椅子に座ってデコ付き合わせて」

-- そんな事があったんですね。

「話をしようかって、言って集まったは良いけど誰も何にも言わなくて」

-- 翔太郎さんは煙草ばかり吸って。

「いや、それがその時ばかりは微動だにしないんだ」

-- 何故でしょう?

「色々考えてたんじゃない? あいつ、具体的な言葉や言い方は全部その場その時に考える主義だし。でも、人の3倍は考える奴だから」

-- なるほど。竜二さんはどのような?

「腹は決まってたと思う。…言い出せなかっただけで」

-- それは。

「なんにせよ、簡単な話ではなかった。やっぱり」

-- 揉めましたか?

「いや?…何かこう、それが前向きな話し合いにしろ違うにしろ、声に出して、言葉にすると事が動き始めるんだろうなっていうのが分かってたから。俺も、翔太郎も、何も言えなかったな」

-- あー…。

「いや、これだからもう10年以上前の話だからね? それでそんな泣く?」

-- これはでも、凄いお話だなあと思うんですよね。

「そう?」

-- アキラさんが亡くなって、バンドに対する思いは一度途切れた。だけどそこに、折れない心を持った芥川繭子が加わろうとしている。言葉にすればそうなんですけど、本当言えば、あなた方がそうしなくちゃいけない理由なんてどこにもないわけですから。

「…あはは」

-- 面白かったですか?

「いや。竜二もそう言ってたなーって思い出した」

-- そうなんですか?

「うん。…繭子は良い子だし、あいつがどれだけ頑張ってるかって事も、辛い状況を乗り超えて心からの笑顔を見せるようになった経緯も俺達ちゃんと知ってるから、出来るだけの事はしてやりたいんだよね。…ああ、当時ね。だけどその事と俺達がバンドマンである理由はイコールではなかったし、アキラを失った当初は音楽で食ってく意味はもうなくなってたって。うん、そう思ってたからね、皆」

-- はい。ましてや音楽を続ける続けないそれ以前に、4人だったあなた方の絆の輪の中に誰か他人を混ぜるという事は、本来あり得ない話のわけで。

「そうだね。『義務も、使命も、理由も本当はなんにもねえ』。うん、竜二は確かにそんなような事を言ってたな。だけどあいつがそう言い始めた時に、俺の腹は決まったようなもんなんだよね。多分だけど、翔太郎もそうだったと思うよ」

-- はい。

「繭子を何とかしてやりたい。男が一度は決めた事だもんね。最初に考えてたようには行かないからって、投げ出せないよな」

-- いや、でも。

「分かるよ、分かってる(笑)。そんな格好良い事が本当は言いたいわけじゃなくて、見栄や体裁で決めるような話じゃない事も、ちゃんと分かってたよ。だけどもう一度動き始めるにはさ、外から見れば単なる格好付けに過ぎなくても、小さくても偽りのない理由が欲しかったんだよ」

-- (内臓が震えるのを感じた。沈黙を挟む)…はい。

「どのくらいそうやって座ってたかも覚えてないんだけど、最後はやっぱり竜二がね。理由なんかねえけど、でも俺はやっぱりやりてえよって」

-- (どうしようもないくらい、涙が止まらなくなる)

「っはは、どうしようかなー。でも止めない方がいいんだよな? …そいでー、それ聞いた翔太郎が黙ったまま立ち上がって、煙草に火をつけて。決まりだなーと思って俺も立ち上がって。その時はだから、二人とも何も言わずに帰ったよ。後ろの方で竜二が『よっしゃあ!』って叫んでたからね。もう、それで十分だった」

-- (思わず何かを呟いたようだが、自分でも何を言っているか聞き取れないし、思い出せない)

「あはは!もー、なんだよ(笑)。大丈夫か?」

-- はい、すみません。

「でもさ、帰って織江にその話したらめちゃくちゃ怒ってたけどね。何大事な事そんな簡単に決めてるの?って」

-- (頷く)

「最初は織江も反対してたしね。勢いで決めるには繭子はまだ若いし、感情的になるのは分かるけど、今見えてる世界だけじゃない、もっと色んな形の幸せだって一杯あるのに、みたいな、なんかそうやって言ってた気がする」

-- はい、織江さんらしいですね。

「うん。そこをちゃんと理解させて考えてやるべき俺達が、何を一緒になって勢いで事を決めてるんだって」

-- はー、やはり手厳しいですね。

「間違ってないからね、ぐうの音も出ないんだけど。まあでも、そこだけかな。唯一俺が織江の言葉に逆らったのって」

-- なんと仰られたんですか?

「いや、別に言い返したわけじゃないよ。でも、今こうなってるから(笑)」

-- ああ。考え直すという事をされなかったわけですもんね。

「うん。しかも後日、いざ繭子と顔合わせてみれば大号泣の大土下座。…そんな言葉はないか」

-- 大土下座という言葉はありませんね(笑)。





『伊澄翔太郎との対話、ラストインタビューの続き』

-- 凄いと言うのがこの場合どんな意味を持つのか正しい理解が出来るわけではありませんが、たったこの一年を見て来ただけでも、私なりに彼女の凄さは感じ取っていました。

「うん、そうなんだろうな」

-- ただその凄さは彼女の内面というよりも、あなた方三人の背中に食らい付ける事の凄さだったり、音楽的才能であったり、人間的な努力であったりします。そういうステージ上やそこに帰属するバンドマンとしての意味とは違った、翔太郎さんだから言える彼女の凄さというものを、教えていただけませんか?

「…」

-- (待つ。ここへ来て、遠い目をする伊澄の顔を見ているだけで、何故だか分からないが涙が込み上げて仕方がない。ぐっとそれを堪えながら、彼の言葉を待つ)

「一年前にさ」

-- はい。

「インタビューしてくれた時に、俺から見た、ドラムを叩く繭子の姿はネーミング出来ないんだって言ったのを覚えてる?」

-- 覚えています。懐かしいですね(涙を拭う)! …興味深いです、是非言葉にしていただきたいですと返事して、『楽してないで引き出してくれよ』と叱られました。

「あははっ」

-- ドラムを叩いてる時の繭子は、普段とは全然違うんだとも仰っていました。

「今でもそれは思ってるよ。あの時はまだあんたは俺達の事を何も知らなかったわけだし、言いようがなかったんだよな」

-- はい(笑)。

「多分あいつはどういう人が見たって凄いんだと思うよ。全然音楽に興味のない人だって、ずっと好きでいてくれるファンの人だって、実際に生であいつがドラム叩いてるトコみたら、思いっきり仰け反ると思う」

-- そうですね、私もそうでした。

「だけどそれって俺にしてみれば、女なのにとか、天才なんだろうなとか、努力とか、才能とか、そういう呼び方では片づけられないんだよ。気持ちとしてそこは絶対に反発するというか。そんなんじゃねえよボケが、くらいに思うもんな」

-- 怒りが感じられますね(笑)。

「知らなかったあんたにはもちろん言わなかったけど」

-- はい(笑)。

「…俺達はずっと4人だったから生きてこられたんだ」

-- …はい。

「一人だったらとっくに死んでた」

-- (頷く)

「4人で生きてたからこそ、例えばガキの頃街でどんなにえぐい喧嘩になったって、何も怖くなかったんだよ。側にあいつらがいなくたってそれは同じ。怖くなかった。だけどさ」

-- はい。

「3人になった時。…すげー怖かったんだ俺」

-- (俯く)

「ガキの頃からずっと4人で、一人欠けるなんて事は想像出来なかった。一緒にいなくたって俺の中では4人だったから、この先自分達がどういう生き方をするにせよ、3人になるなんて事は想像出来なかったんだ。だけどいざそうなってみた時、自分の体が思うように動かなくて、生まれて初めて、死ぬより怖い事があるんだって知った」

-- (頷く)

「大袈裟かもしれない。…例え死んだってアキラの存在は俺達の中から消えない。それなら4人でいる事と同じじゃないかって。前向きにそう思おうとしたんだ。だけど違うんだ。あいつには現実に墓があって、年を食わないあいつの写真しかなくて、何度聞いても同じにしか聞こえないドラムの音源があって、記憶の中のあいつはいつも同じ笑顔なんだ」

-- (頷く)

「一人になったわけじゃない。竜二や大成だけじゃない。織江もいる、誠もいる、マーも、ナベも、テツもいるし、後輩なら他にもいる。ファンの人達から励ましの言葉をたくさんもらった。レコード会社、カオリの実家の(アキラさんの)バイト仲間、うちの親連中、色んな所から声が聞こえて来た。だから何度も俺は、一人じゃない、まだやれる、まだやらなきゃいけないって、自分を奮い立たせようとしたんだ」

-- (頷く)

「ただ。ずっと自分の頭から拭いされなかったのは、『なんで音楽をやらなきゃいけないんだ?』って」

-- (俯いて、返事も、頷く事もできない)

「今ここで頑張る意味って何だろうなって。きっと竜二も大成も、その答えを持ってなかったように思う。4人で生きて来たからこそ、この4人で世界へ行く意味があったし、この4人だからこそ、仲間を道連れにする事をためらわずに済んだんだ。それを3人で背負うには、正直荷が重いよな。人としての、何か大事なバランスが崩れたのもあるし、音楽的な意味でも、アキラの才能は必要不可欠だと思ってたから」

-- 音楽的な才能で言えばアキラさんが最も優れていたと仰ってましたね。

「(笑)、無理して喋んなくていいぞ」

-- いえ。

「ドラムという楽器と、アキラという人間の、言わば魅力みたいなものが上手くシンクロしてたんだよな。でかい音でドカドカやりながらも、感情の乗ったリズムで背中を叩いてくれるような。時には笑い声に聞こえたり、疾走するような叫び声に聞こえたり。そういう生きた人間の声にも似たドラムって、それがアキラだからそういう風に叩けたのか、一緒に生きて来た関係だからそう聞こえたのか、今となっては分からないんだけど」

-- はい。

「そういう存在を失って初めて、自分達の中で崩れ去るものを感じて初めて、ずっと一人で耐えて来た繭子の輝きに目を奪われた」

-- …はい。

「うん。いくら俺達の過去が無茶苦茶だったとはいえ、一人で耐え抜いたわけでも一人で何かを成し得たわけでもないっていうのが、アキラと繭子二人に教えられた気がしたんだ。…知ってるかな、俺達が通わなくなった前のスタジオで、あいつ一人でアキラの譜面叩いてたって」

-- はい、お伺いしてます。

「織江に呼ばれて見に行ったんだけど。…一見笑顔で楽しそうに叩いてんだ。体も良くなって、全力でドラムを叩ける事が嬉しくて仕方がないような。でも実際はあいつなりにアキラの死を悲しんでたし、カオリの死に目にも会ってるから。全く幸せな精神状態ではなかった筈なんだよ。でもそういうあいつが涙飛ばしながら叩いてる姿を見た時に、『私はここにいます』って、なんかそんな風に言ってるんじゃないかって思ったんだ。きっと、アキラの譜面を叩いてたからなんだろうし、健気な子だってのは知ってるからな。良いように解釈しちまったんだだろうけど。…うん」

-- 『私はここにいます』。

「『ここにいます』とか『気付いてください』とか。私が…。私は…。そうな、微妙なニュアンスの違いなんだけど、俺としては『私は』だと思ったな。だけどそういう、言葉でアピールするわけじゃないんだよ。そういう姿に見えたというだけでさ。でもそれって確かめようがないし、もっと言えば、俺の中では『こいつ本当にすげえな』って、そういう気持ちの方が勝ってたんだよな、その時は」

-- (何度も頷く)

「なんでここまで、こんなに逃げずに頑張れるんだろうって、素直に感動したし尊敬してる。俺には真似できないし出来なかった事だからな。あいつは凄いんだよ。絶対に逃げないし退かない。例えば色んな偶然が重なってたまたまそういう状況になっただけなんだとしても、それは絶対あいつが続けて来た努力やそこに至るまでの勇気が運んできた結果だから」

-- はい。

「そういうあいつを見てさ、今でも俺は同じように感じるし。…じゃあさ、そういう目で繭子を見た時に、ドラム叩いてるあいつをあんたならなんて言葉で表現する?」

-- …出来ません。

「そうだろ? なんか…言えないよな」

-- はい。

「あいつは凄い奴だと思う」

-- はい。

(沈黙)

-- …程なくして、彼女からバンドへ加入したいという意志を告げられますね。当時から彼女に一目置いていた翔太郎さんは、繭子の言葉を聞いてどのように思われましたか?

「面白い奴だなーって」

-- …素敵な人ですねえ、翔太郎さんはやっぱり。

「あははは!なんだよその間抜けな反応は!」

-- いやー…はいー。

「怒る事も出来たけどな、実際、ちょっと馬鹿にされてんのかなとも思ったし。でもなんであれ、やっぱこいつ只者じゃないなって」

-- もう今だから言えますが、大成さんにお伺いしたのですが、竜二さん含め3人でその後改めて相談されたんですよね。

「あー…。でも、俺は単純にさ、竜二に従う気でいたんだ」

-- そうなんですか!?

「個人的な思いは、うん、言うつもりもなかった。俺はあいつらに誘われてバンドに入ったんだし、やるやらないは、あいつらの気持ち次第だなって。音楽自体をやめたい気持ちもあったわけだし、いくら繭子が頭を下げた所で俺が出しゃばって意見を通す理由にはなんねえよ」

-- そこで翔太郎さんがイの一番にやろうと仰っていたら、何かが変わるとは思わなかったんですか?

「だから変えたくなかったんだよ、うん、…変えたくなかった。別にすぐにじゃなくていいから、心からの思いで、やるやらないの答えを出す方が良いって思ってたから、どちらかに転びやすいような切っ掛けを与えたり与えられたりする事が嫌だったんだよ」

-- やはり、深いですね。

「(苦笑)。でも竜二がやっぱり責任感の強い男だから、ちゃんと自分から自分の思いを話してくれたしな。あいつがやりたいって言うなら、やらない理由はない」

-- 嬉しかったですか?…それでこそだと、お思いになられましたか?

「あはは、あー、どうかな。それでもどっかで、重たい決断だった事は間違いないしな」

-- …ああ、そうですね、浮かれて良い話ではなかったです。ごめんなさい。

「ただそこも含めての言葉だってのは俺も大成も分かってたからさ。その時は嬉しいも悲しいもなかった。ただ、『よし』ってスイッチが入ったのは感じた。その時入ったスイッチの『オン』が今でも続いてんだよ。ずーっと」




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