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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
62/77

連載第62回。「関誠という理由」2

2017年、2月下旬、某日。




(再開)




SM「もう、めっちゃ笑ってんじゃん(笑)。そんなに面白い話?」

-- 私のいたらなさ加減がここへ来て、壊滅的で。

SM「全然そんな事ないのに。ねえ?」

S「さあ」

SM「…大丈夫、この顔は後で優しい笑い話を聞かせてくれる時の顔だから」

S「そんな具体的な表情あるか!」

-- あははは!あー、お腹痛い(笑)。

SM「もう今日ほんと凄いマジで超絶良い日だけどさ、唯一『出会った頃の織江を思い出した』っていう点だけがイラっと来たよね」

S「(声なく笑う)」

-- 私にしてみれば、物凄い誉め言葉ですけどね。

S「出た信者」

SM「それはそうだけどさ、でも昔からここと織江さんの関係というか、竜二さんもアキラさんもそうだったけどさ、ちょっとやそっとの嫉妬じゃどうにもなんないぐらい強い絆なんだよ。もう諦めたけどさ、最初の最初は私織江さん嫌いだったしね」

-- ウソー!?

SM「人柄じゃないよ? こんな人勝てるわけないしって思うとさ、そういう人と翔太郎が仲いいとそりゃあ『ケッ』とか『チェッ』くらいは思うよ。思わせてよ」

S「お前それ昔あいつに言った事あるもんな?」

SM「ふふ、うん。ある」

-- 誠さんも思った事全部言いますね。繭子にも言ってましたよね。

SM「うん。とりあえず怪しいとこには全部釘刺そうと思って」

-- ですが、出会った当時だとすると織江さんは既に大成さんとお付き合いされてますよね?

SM「そんなの関係ないと思ってたし、面と向かって『翔太郎さんとは何もないですよね?』って言って。したらあの人も一筋縄じゃいかないからさ。めっちゃ素敵な笑顔で『今はね』って」

-- あははは!うわあ、凄い。

SM「ちょっと待ってよーって。『でもそんな昔の事いちいち引き摺ってたらあの男の側になんていられないよ』って笑って言われてさ、『昔の事ぉ?』ってもう、ぷるぷる震えたから私」

-- あははは!織江さんもなかなか酷いなあ。

S「でもその後なんでか俺がめちゃくちゃ怒られて」

SM「織江さんにね(笑)」

S「そう。『ちゃんと責任取るならいいけど適当に遊んでるだけなら私は誠の味方するからね』って」

-- 凄い!

SM「うん、そういうの本当凄いなと思う。絶対そんなわけないけどね、その言葉一つで翔太郎と私二人に対して立場を明確にしたわけだから。太刀打ち出来ないって思った」

-- そんなわけないというのは?

SM「仮に翔太郎が私に責任なんて取らなくたって、それで織江さんがこの人と友達じゃなくなるなんて事にはならないからね。あの人の事だから私に対してはなんらかのケアがあったかもしれないけどさ。もちろんその時は私知らないけど今思えば、翔太郎から去っていった女の子なんて一人や二人じゃないもん。その都度怒って友達やめてたらキリないわけだし。そもそも、この人達がお互いに抱いてる信頼の深さなんて言葉では表現できないレベルだもんね」

-- え、でもそれって、誠さんが翔太郎さんと出会う前ですか、後ですか?

SM「…ごめん」

S「だからお前は喋り過ぎなんだよ。さっき俺言ったばっかりだろ、余裕こいてると全部引っ張り出されるぞ(笑)」

SM「わー、困った」

-- 女性週刊誌じゃないんですから、外に出すべきじゃない話はちゃんと止めます。

S「いやいや、言った時点で同じだから」

-- 違いますよ(笑)。

SM「黙秘権を行使します!」

-- 何だこの二人(笑)。えー、でもなんか混乱するなあ。どういう状況なんですかそれって。

S「ほーら来たあー!」

SM「来たあ!」

-- だって変じゃないですか。誠さんともう出会ってるんですよね。でもその後も翔太郎さんには女の子が途切れなかったって事ですか? つい今さっき誠さんの将来を側で見れる事にワクワクしてたって仰ったばかりじゃないですか!

S「怒ってるぞ、おい」

SM「ごめん(笑)」

-- なんで誠さんが謝るんですか!?

SM「そもそも翔太郎の側でこういう話してる事がもう…ねえ」

-- そうですけど。

S「何か勘違いしてるみたいだけど、別に俺はこいつと出会った瞬間から付き合ってるわけじゃないぞ」

-- …え?

S「そんな事一度でも言ったか?」

-- …えええ?そんな事考えもしないですよ。違うんですか?

SM「まあまあ、時期の話をし出すとまたややこしいけどね、でも確かに出会ってそんなにすぐではないよ。もちろん私は一方的に好きだったし、側にはいたけどね。この人も憎からず思ってくれてたとは信じたいけどさ、今日の話にしたってはっきり言葉で聞いたのは初めてな事一杯あったしね。今思えば実はそうだったんだ!っていう部分もあってさ、当時はそんな器用にお互いの気持ちを交換出来てたわけじゃないから」

-- んん、仰る事は分かりますけど…。

S「何度言ったら俺はこいつと恋愛してるわけじゃないって言葉を理解するんだ」

-- ええ、でもそうなるとホント保護者みたいな立場になりませんか?

SM「ずっとそうだったよ。言葉ではそんな偉そうな事は言わないけどね」

-- ちょっと、待って下さいね。…今、お二人は恋人同士でよろしいですか?

SM「はい(笑)」

S「(誠を見やる)」

SM「(伊澄を見返す)…はい!」

S「(声のない笑い)」

-- そこは素直に仰ってもいいじゃありませんか!(笑)。

SM「いや、これも癖みたいなもんなんだよ。私15だったでしょ。そこから一方的に側に居続けたせいでこの人ロリコン扱いされて申し訳なかったし、お互い年取ったってなかなかそこは言葉で言えないのはめっちゃくちゃ分かる(笑)」

-- (爆笑)

S「こいつ」

SM「でも普通に違うよ。そういう目で見られた記憶ないし」

S「お前…」

-- なるほどなるほど、最初は違ったんだと。ではいつからお二人は交際されてるわけですか?

S「なんでそんなことお前に言わなきゃなんないんだよ、いい加減にしろよ(笑)」

SM「あははは!」」

-- すみません、ちょっと低俗が過ぎました。でも、ええ、保護者っていうのはなんだか、違うような。…えええ。

SM「なんか可哀想になって来た。あのー、私は最初っからもうこの人に決めてたのは前にも話したと思うし、さんざんヤキモチ焼いたって話もしたよね?」

S「(口元に運んだグラスに目を落としたまま、首を横に振る)」

-- えーっと、はい(恐々)。

SM「でも翔太郎の前では大暴れしなかったって事も、言ったと思うの。それって私がそういう姿をこの人に見られたくなかったからっていうのももちろんあるけど、その時点ではまだ付き合ってないからっていうのが大きな理由なの」

-- ああ、なるほど。

SM「だから泣いて織江さんに相談したもん。そうやって話してくうちに、皆とも仲良くなって」

-- ああ、そこへ繋がるわけですね。そこらへんの話は、はい、お伺いしましたね。そうか、その時点ではまだ恋人同士ではなかったんですね。

SM「ごめんね、状況説明が上手く出来てなかったね(笑)」

-- いえいえ、私の聞き方が下手だったんですきっと。

SM「だから前も言ったけど、全然この人は手を出してこなかったからね」

-- ああ!なるほど!そうでしたね!

S「お前そんな話もしてんのか!?」

SM「(伊澄に向かって、指で牛の角を作って見せる)」

S「どこに怒る要素あった?」

SM「(微笑みを横に振って角をアピール)」

S「(分からないという顔で角を掴む)」

SM「(数秒彼を見つめて、首筋に抱きつこうとする)」

S「何なに!(と言ってそれをかわす)」

SM「違った?」

S「はああ? ほらー、零れたー」

SM「あはは! ごめんごめん」

S「何だよ。あ、スペイン牛ってその話か?」

SM「うん(笑)」

S「お前…」

-- 何をやってるんですか!見てるこっちが照れるじゃないですか(笑)。

S「女ってすげえな。本当に何でも言うのな」

SM「うん。喋りたくて仕方ない生き物ですから」

-- そこに関しては私の責任もありますから、申し訳なかったです。という事は織江さん達から受けた具体的なアドバイスってあれですか?名前を…。

SM「そう!『呼び捨てでいいよあんな奴』っていうね、大成さんの最高のアドバイス」

S「あいつはなあ、さらっとそういう毒吐くよな」

-- 今日の誠さんのお話を聞く限りだと、今のように翔太郎さんを呼び捨て出来るまでの関係性をよくぞ築けたなって思いますけど、そこを知ってしまうと納得なんですよね。

SM「うん、ありがたかったよ、皆が味方してくれてたから。アドバイス通りにしただけですからっていうとぼけた顔で切っ掛けを作れたから、歩み寄れたわけだしね。その他の、そのー、翔太郎から去って行った人達には悪いけど、私は、皆の後押しのおかげで今があると思ってる」

-- …後押し。

S「(吹き出す)」

SM「…やーばい、ホントに全部引っ張り出される、この人」

S「だから言ってるだろ。ちょっとションベン行ってくる」

SM「はい。酔ってない?歩ける?」

S「誰に言ってんだお前」

SM「(時枝を見やって笑顔で肩を竦める)」




(中断)




(伊澄翔太郎、退席中)

-- 今日開封したボトルがもう3分の1も無いですね。

SM「ふふ、私が来たタイミングじゃないんでしょ? もう開いてたし」

-- よく見てますね(笑)。その前のインタビュー開始時です。

SМ「ええ、なら全然マシな方だよ。竜二さんがいたらもっとペース早いしね」

-- ほえー。

SM「ゆっくり飲んでる方だと思うよ。このお酒って差し入れ?」

-- そうです。

SM「メーカーズマーク。昔からこのお酒を飲んでて、しかもそこそこ大き目なグラスでストレートで飲むから絶対体壊してるって思ってた。45度あるんだよこれ」

-- ひぃーえぇー。

SM「でも人よりは数値高いかもしれないけど、それでも正常値なの。肝臓も傷んでないし、本気で強いんだって感心した」

-- すっごい(笑)。

SM「だけど私の目から見ると限度を超えた飲み方するからさ。心配だった。ずっと」

-- でも、止めたりされないんですね。

SM「あの人も私の夜遊びを止めなかったしね」

-- ああ。

SM「うん。もちろん彼の場合は好きだからっていうのもあるし、自分の責任は自分で取る人だから、他人の厄介にならないで済むうちは好きにやらせろって思ってると思うし、そこは私も賛成なんだ」

-- はい。

SM「心配だからっていう理由で、人の生き方を制限出来ないよ」

-- うーん(納得半分)。まあその、翔太郎さんのお酒の事もそうですけど、ちょっと誠さんて不思議なトコあるなって思うのは、どうしてそんなに翔太郎さんが好きだったにもかかわらず、夜遊びをやめなかったんですか?

SM「あはは、あー」

-- 負い目って言う程悪い事してないと思いたいですけど、実際そこまで翔太郎さんの体を心配されるなら『少しは控えようよ』って言えたと思いますし、逆を言えば夜遊びなんかやめて彼の側でずっと見張ってる選択肢もありましたよね。

SM「んー。…そんな選択肢はないかなあ(笑)」

-- ええ?

SM「多分ね、時枝さんが見て思ってるよりもずっと、…んー何だろ。バンド的に言うパワーバランスみたいなものは平衡ではないんだよ、私にとっては。前もね、ちらっと言ったけど、私は120%私の気持ちの方が強いって思いこんでるから、正しいかどうかじゃなくて、そう思ってるから。だから、ほんのちょっとでも翔太郎に嫌な顔されるのが怖いんだよ」

-- あああ、なるほど。そういうお話なんですね。同じ女として、仰る事はすごく分かります。

SM「うん。さっきのだって、誰に言ってんだお前って笑って彼は言うし、怒ってないのは分かり切ってるけど、やっぱりどこかで少しだけ怖い。今でもそれはある」

-- なるほど。人間的な怖さではなくて、女性としての。

SМ「そうそう、嫌われたくないもんね(笑)。それにー、夜遊びに関して言えばさ。言葉はあれだけど別に悪い事だけしてたわけじゃないよ。その時つるんでた女の子の話覚えてる?」

-- はい。

SМ「その子の魅力というか、相性とかもさ、ちょっとヒヤヒヤする部分は確かにあったけど、一緒に色々やったしなーっていう思い出とか、あるいは私をそそのかす上手さとか(笑)、どこかちょっとだけ翔太郎っぽい〇〇の存在が、それまでの私には支えだったしね」(この場では敢えて名前は伏せたいと思う)

-- なるほど。翔太郎さんと出会ったからといって、そこの関係をスパっと切れるわけではなかったと。

SM「格好良い言い方すれば、彼女と遊んだ日々の行く先に翔太郎達がいたわけだから。全く切り離して考えるような真似は出来なかったかな。私にとっては、今思えば逃げ場所でしかなかったし、○○は別にしても、また戻りたいとは思わないけどね」

-- その後、〇〇さんと連絡はまだ取ってるんですか?

SM「思い出したように年に一回あるかないかだね、今は。あっちはあっちで相当の変わり者だから(笑)」

-- なるほど(笑)。

SM「私以上に厄介な奴だよ。どっかで楽しく生きててくれたら私はそれでいい」

-- …あああー、めっちゃ綺麗な笑顔。

SM「だから、何なんだよ(笑)。気づいてたからな、ちょいちょい私におかしな視線向けてたの!」

-- あははは!バレてた(笑)!

SM「面白い人だねえ。でも話変わるけど、さっきさ、お手洗い行ったじゃない。会議室まだ電気付いてたから戻って来る時覗いたら、織江さんと大成さんが並んで座っててさ、すっごいいい雰囲気だったの」

-- へえ。珍しいですね、二人がこのスタジオ内でそんな。

SM「ああ、別に変な意味じゃないよ。なんだろ、二人が揃ってる時に纏ってる雰囲気ってちょっと独特なんだよね。二人とも相手を包み込もうとする人だから、そこが逆にぶつかりあって、優しさがマウント取り合ってんの。もう長いからそれもお互い分かっててさ、相手のそういう接し方や思いやりの空気を感じ取って、結果何もしてないし何もされてないのに、二人でそこにいるだけでもんの凄く温かいドーム状の空気が出来上がってるわけ」

-- っはは、素敵すぎるー!

SM「ねえ。…なんか、凄いなあと思って、やっぱり」

-- お二人も全然負けてませんよ。

SM「いやいや。翔太郎はね、さすがに凄い人だなって思うけどね。私はやっぱり駄目だね」

-- またまた、そんな事ばかり仰る。

SM「もうさ、本当、喋りすぎだって自分でも分かってるんだけどね(笑)。でも、どっかでもっと聞いて欲しいっていう思いもあって」

-- えっと。

SM「翔太郎にね。もっともっと聞きたい!っていう願望だってあるし」

-- はい(笑)。

SM「普段だってたくさん話はするけど、今日程具体的な当時の思いとか感情とか、お互いが考えていた事って、敢えて話すようなタイミングはありそうでないんだよね。どうしても笑い話になるし」

-- そういうものだと思います。

SМ「翔太郎は分かってないと思うけど、今日ってすっごい日だから(笑)。うーわ、これだけ、こんな風に思ってくれてたんだって。今でも泣きそう」

-- 素敵な事じゃないですか、私も嬉しいです。

SМ「感謝してる」

-- いえいえ、滅相もありません。

SМ「そういうの聞いちゃうと嬉しくなっちゃってさ。私も私も、私も言うよって(笑)。だけどさっきのさ、アドバイスの話だけど。これは翔太郎がいないうちに話しとくよ」

-- いいんですか?今聞いちゃって。

SM「うん。あの人がいる前で言うよりは良いんじゃないかな。聞きたくないだろうし」

-- なんか申し訳ない(笑)。

SM「後には引けないぜえ、ネエチャ~ン」

-- っははは!誰なんですか。

SM「織江さんにさ、『どうやったら他の人達に勝てますか』って泣きついて。『そもそもあいつの何がそんなに良いんだよ』って竜二さんに凹まされて。『というかあの人にしか興味ありません』って答えた。『でもお前まだ若いのにさ、あんなのに縋り付いたって損するだけだよ』って大成さんに言われて、『そんな事聞いてるんじゃありません』って怒って。『そもそも気持ち悪くないのかあ? そんな、他の女と遊んでるような男よー』ってアキラさんに言われて。『何がですか?』って言うと織江さんに『自分を大事にしなよ』って言われたのね。あ、ってピンときて。『私、まだ何もされてません』って(笑)。そしたら皆呆気に取られた顔になって、それまで半笑いで適当にあしらってる風に見えてたのが皆大真面目な顔になって。『そっか、じゃあ、大丈夫だよ』って言われたの。…答えになってる?」

-- 十分すぎます。ありがとうございます。変な事答えさせちゃって。

SM「ぜーんぜん平気、言い足りない」

-- 誠さん、やっぱり素敵ですよね。

SM「ふふ! 鼻水出るわー(笑)。…だから、自分の事とか身の回りの事には何も興味を持てなかったけど、翔太郎と出会って、前も話したけど色々あって、この人と一緒にいたいって思えるようになった瞬間、急に自分の置かれた状況に現実味が戻って来たの」

-- どういう意味でしょう?

SM「それまでは、…んー、真面目に生きてなかったし、生きてる事さえそんなに意識してなかったように思う。というか、あんまりその頃の記憶が残ってなくてさ、その時の自分の状態って具体的には思い出せないんだよ。漠然とした悲しみとか不安だけがあって、何を考えてたっけなーって感じで」

-- ご両親を亡くされた直後ですね。

SM「そう。遊び歩いてる時はさ、色々その場のノリで他人を巻き込んでるから覚えてる事も多いけど、じゃあその時私何を考えてたんだろうとか、全く思い出せなくて。きっと笑ってはいたんだけどね。だけど…うん」

-- なるほど。

SM「でまあ、翔太郎達と出会って、『何この人!』ってなって、うん、そういう話は前にもしたけど。だけどそうなってみて急にね、自分が一杯一杯だった事を思い出すわけ。現実に戻されたというか」

-- 人を愛する気持ちが戻ってくると同時に、避けていた面倒なリアルも戻って来てしまったんですね。

SM「そうそうそうそう、そんな感じ。もうこっちは一分一秒でも長くあの人の側にいて色々話をしたり、色んな事を経験してみたいって背伸びしてたけど、それまで現実をさぼってきた分気持ちだけ先走って空回りするの。サボりまくった分皺寄せが来たんだね。もっとちゃんと(親戚の)家に帰ってきなさいって叱られたり、部活動にも積極的に参加しなさいとか、もちろん勉強もしなさいとか、友達は選びなさいとか、そういう当たり前の事が耳に届くようになった」

-- はい。でも、15歳ですもんね(笑)。

SM「まあね。それが普通なんだけど、でもこっちはそんな事何ひとつ興味ないんだよと。早く翔太郎んとこ行かせてー!って(笑)。でもね、そうは思いながらも、あっちはすごい大人だし、相手になんてされないのは分かってた。飄々としてるようで物凄く考えて行動してる人だから、あんまり深入りしてこないように適度に距離を置いて、女の影チラつかせたりして」

-- ううーん。難しいですね。何が、誰が正しいのか、正しくないのか。

SM「そうだねえ。皆それぞれに、自分だけの勝手な理由で生きてるわけだしね。…夜遊びにしたってさ、つまらない日常から逃げるようにして遊び回ってたけど、でもやっぱり後には虚しさが残るというか。そのうち○○の方から、あんたはもうここへは来ない方が良いねーなんて言われる始末で。そういう、どこにいても居場所ないなーって感じる瞬間でもさ、翔太郎だけは、自分でもびっくりすぐるらい安心できる人だったんだ。会って間もない人なんだけど、私の中では誰よりも近い距離の人だった」

-- そうだったんですねえ。

「特別な人だった、うん。まあ、そうは言ってもね、実際はいつも恐る恐るそろーっと近づいていくんだけどね、怖いし(笑)。でも、最後には必ず黙って受け入れてくれた」

-- はい。

SM「ああいう人だから、そんなに甘い言葉を掛けてくれる事もないんだけど。もう来るなとか、ガキのくせにとか、傷つくようなそういう言葉も一度だって言われなかったよ。もちろん何もされないんだけど、ちゃんと狭いながらも私がいていいスペースをきっちり一人分空けていてくれた」

-- 胸がとっても温かくなります、微笑ましいですね。

「実際は面倒くさかったと思うよー?」

-- そうでしょうか?

「竜二さん達と遊びに行きたい夜を邪魔した事、何度もあると思うし。やる気も起きないような子供なんて、部屋に放って置いて出かける事だって出来たと思うもん。そもそも帰れって言えば済む話だしね。でも、うん、一度もそれはなかったな。いつも優しい声で『ちゃんと飯食ってんのか。何か食いに行くけど一緒に来るか。何か食べたいもんないか』って、聞いてくれてた。…ああ、ごめん、どした、また泣かしちゃったね(笑)」

-- いえ。…もおー、本当に、ごめんなさい。

SM「…さっき翔太郎がね、遺品整理の話してたでしょ。あれは本当にたまたまなんだけど、私がどうしても行きたくなくて。なんか、整理するっていう事がどうしても受け入れられなくてずっと拒んでたの」

-- 拒めるものなんですか?

SM「その時点ではまだ持ち家だったし、家賃が発生するわけじゃないから。住み手がいなくなって売却の方向へ話は進んでたけど、急いで片付けなきゃいけない程予定が決まってたわけじゃなくて。…私は単純に、思い出の詰まったその家に、足を踏み入れるのが怖かった。お父さんお母さんはもういない。でもその家には、今でも二人が居そうなほど気配の残った生活の場があるわけだから」

-- 無理もないですよね。

SM「でも親戚筋からは、まず私が残したいものを引き取らないと物事が進まないからってやんわりせっつかれてて。悩んでた時に翔太郎と話をする事が出来てね。車買ったから、ドライブがてら送ってってやろうかって」

-- 素敵な人!

SM「塗装の剥げまくったボロボロの軽トラだけどね」

-- あははは!

SM「これ買ったの?って、買ったんですか?って聞いたら、『うん、後輩が缶コーヒー一本で売ってくれた』って。それ要らない車押し付けられただけじゃないですかって言ったら、『マジか。じゃあ後で更にボロボロにして返しに行くわ』って」

-- …。

SM「…いや、これいい話じゃなくて本当に翔太郎がやらかした実話だからね」

-- あははは!なんなんですか、ちょっと信じられないです。

SM「でしょー。まあ、うん、いい切っ掛けだしと思って。そのぼろい軽トラで送ってもらって。でもやっぱり無理だった。居間に入った瞬間泣き崩れちゃって、私が。もう一歩も動けなくなった」

-- あああ、うん。はい。

SM「翔太郎ね、そばにあったお父さんが吸ってた両切りの缶ピース見つけて、『懐かしいー!』って喜んで。その場で火を付けて吸い始めたの」

-- ええっ!

SM「非常識だって思うでしょ。でもね、ああー、お父さんの匂いだなって、顔上げて翔太郎見たら、彼も泣いてたんだ。びっくりしたけど物凄く嬉しかった。やっぱり超好きだこの人って思った。でもこれは内緒ね」

-- はい(笑)。

「私に見られた事に気付いたからだろうね。外のトラックで待ってるけど、ちゃんと終わるまでいるから、何時間かかってもいいからって言って外へ出てっちゃったの。私さ、それまでめちゃくちゃ悲しくて泣いてたはずなのに、今側に翔太郎がいないっていう事の方が不安で、寂しくて、もう30分もしないうちに外のトラックへ戻ったんだ」

-- そうなんですか。

SM「うん。全然、そんな、遺品を整理するとかそういう気持ちにもなれなくて。とりあえず家族写真のアルバムと、私が子供だったころの記録とか。そういう分かりやすい思い出の品だけ持って家を出た。お母さんの持ってた宝石とか、形見とか、そういうものはだから、私何も持ってないんだ」

-- その後改めて行かなかったんですか?

SM「うん。後になって、洋服とか、貴金属とかどうするって聞かれたけど、全部そちらで分けるなり処分するなりしてくださいって。今思えば少しくらい引き取ればよかったかなと思うけど、でもその時はそこに意味を見いだせなかったんだ」

-- 分かる気がします。翔太郎さんの吸った煙草の匂いで記憶が呼び起こされる事はあっても、洋服や宝石は、なかなかそこへ結びつかないですよね。

SM「よっぽど毎日着てたパジャマとか部屋着ならそういうのもありえたけど、着る人のいなくなった洋服って、なんか寂しいなって思っちゃってさ」

-- なるほど。言われてみればそうかもしれません。

「例えば自分のクローゼットの奥にそういうお母さんの服みたいなのを畳んでしまっておいても、それを毎日引っ張り出す事はしないだろ。だから毎日思い出せば忘れないんじゃないかって、翔太郎もね」

-- …翔太郎さんて、私、これまで色んなバンドマン見て来ましたけど、何て言うのか…。

SM「絶対にあげないからな?」

-- あはは!…ああ、まただ。ごめなんなさい。

SM「どうした?なんで謝るのよ今更」

-- お二人の、お互いを見つめ合う視線の優しさや温もりが、そこにいなかったはずの私ですらどうしようもなく嬉しくて。

SM「お、おお、ピンとこないけど、ありがとう」

-- 色々想像してしまいました。

SM「うん?」

-- 今誠さんはとても気丈に、ユーモアを交えながらご自身の過去を話してくださいます。しかしそれを経験していない私みたいな人間には、とても辛すぎて耐えられなかったと思える毎日を、あなたは一歩一歩乗り越えて今ここにいるんだなとか。その過程は平坦なものなんかじゃなくて、ファッションモデルとして煌びやかな世界でご活躍されていた姿からは想像もつかない程の、…ごめんなさい。翔太郎さんが話す10代のあなたを想像する度、いかに自分が何の努力もせずただ安穏と生きてきたかを思い知らされます。そしてそんなあなたの横にはずっと翔太郎さんがいたんだと思うと、苦しいくらいに胸が一杯になります。

SM「完全に自分を下げ過ぎだと思うけどね。ありがとう。そんな風に思ってくれて」

-- いえ。

SM「泣きべそかいて恥さらしながら、話した甲斐があったよ」

-- いえ、そんな。

SM「なんかさあ、所詮他人の過去とか思い出なんてさ、よっぽど相手の事に興味がないと基本どうでもいいでしょ。過去の自慢話なんて聞きたくないしさ、不幸自慢なんてもっといらないと思うんだよ、重いし、暗いし、だから何なんだよって。でも相手の事を好きであればあるほど、自分の事のように思っちゃうんだよね。そういう気持ち、分かるよ」

-- (言葉が出ない)

SM「それだけ私達の事を近くで見て、思いのこもった取材をして来た人なんだって。時枝さんはそういう人なんだって分かっただけでも、話をした甲斐があったよ」

-- すみません。ただお話を聞いて泣いているだけの私には勿体ないお言葉だと思います。

SM「自分の事もそうだけどさ、特に翔太郎やバンドの事。私にとって大切な人や物事に対して、ここまで心を砕きながら接してくれる人にはそうそう巡り合えないと思うんだ。取材能力とかビジネスの部分を抜きにして考えた時に、まず一番大事なのってその人が本気でバンドを愛してるかどうかだって思うからね」

-- はい。

SM「私はバンドの事全然詳しくないけどさ、でも人としての彼らを心の底から愛してるし、彼らを支えて来た織江さんに迷惑かける奴なら私がぶっ飛ばそうと思ってた」

-- はい。

SM「時枝さんで良かった」

-- …ありがどうござーます。

SM「またなんかドロドロに泣かしちゃったからさ、取って置きの面白エピソードを特別に教えてあげる。昔一度だけ、お酒に酔った勢いで彼に絡んだ事があって」

-- 絡むって、文句を言うみたいな意味ですか?

SM「んー。ちょっとエロい感じで迫るみたいな」

-- はい、はい。

SM「なんでそんなにいっつも違う女の人と遊んでるんですかー? 相当女の子好きなんですかー?って」

-- 直球ですね。

SM「したらさ、言うわけ。『俺さあ、自分でするの好きじゃないんだよな』」

-- 最低(笑)。

SM「私でも良いんじゃないですかー?って言おうとしたけどグッ!と呑み込んだよ、そん時はさすがに(笑)」

-- あははは!

SM「常に上を行かれる、あの人には。そんな手を使われるとは想像もしてなかったよ」

-- 本当の事を仰ってるとは、思わなかったんですね?

SM「…私、ずっと翔太郎に対して気持ちを隠さなかったから」

-- はい。

SM「もし少しでもそういう気質のある男の人だったら、もっと早く手を出されてたと思うよ」

-- 確かにそうですね。…ごちそう様です。

SM「あははは」

-- …可愛いなぁ。

SM「おい!」




(再開)




-- 実際、翔太郎さんにとって織江さんってどういう存在なんですか?

S「織江?…社長」

-- いやいや。あえて幼馴染以外の見方をすると…。

S「だから社長じゃないか(笑)。何だよ、代表とか、マネージャーとか?」

SM「もしくは、アイドル」

-- ああ、しっくりきますね。

SM「ねえ、そうなんだよ」

S「(苦笑いしながら首を振る。本当に懲りねえな、とでも言いたげだ)」

SM「年末のさー、覚えてる?忘年会の」

-- えっと?

SM「時枝さんですらカメラ回すことを許されなかった年に一度の伊藤織江歌謡ショー」

S「っは!」

-- 覚えてますけど、大丈夫ですかこの話。カメラ回さなかった意味がなくなりますよ。

S「呼ぶ?今。まだ隣(会議室)にいるぞ」

SM「あはは。だってさあ、まあ毎年の事なんだけどね。あの日だけなんだよ、織江さんが皆の前で歌うのなんて。前に出るのが嫌な人だし渋々って感じなのにさあ、男どもときたら皆して真ん前陣取っちゃって」

-- 大成さん指笛吹いてましたね(笑)。翔太郎さんもビール瓶掲げたりなんかして。

SM「ね、もうどんだけ好きなんだよって。アイドルなんだよ、織江さんはいつまでも」

S「今年良かったなー」

SM「言ってるよ(笑)」

-- え、毎年あの歌じゃないんですか?

S「違う」

SM「毎年違う。去年はPERSONZだったよね。その前は小比類巻かほる。で今年が」

-- 薬師丸ひろ子。私泣いちゃいましたよ。

SM「信者(笑)!」

S「だろ?」

-- なんでそんなこと言うんですか、あんな素敵な方に向かって。

S「織江には何も言ってねえだろ!」

SM「この人本当、たまに怖いね(笑)」

-- 楽曲のチョイスが古いのがまた良いですよね。織江さんには最近流行りのアイドルソングとかダンスナンバーなんて歌ってほしくないですもんね。

S「ウソだね。あんたはあいつが何を歌おうが泣いて喜ぶだろ」

-- そうかもしれません(笑)。

SM「今年は誰のチョイスだったの?」

S「大成。やっぱりあいつは生活を共にしてるだけあって、織江の声がドンピシャでどこに嵌るかよく分かってるよ」

-- 綺麗な声でしたよねえ。

S「なあ。俺なんか実は本人が歌っててさ、いつブース(PA室)から出てくるかと思ってドキドキしたもん」

-- あははは!

SM「あー、いいなー、勝ちたいよ、織江さんに勝ちたい」

S「歌で?」

SM「違う違う。なんか、翔太郎に関してだけは何一つ負けたくない。勝ちたい」

-- 勝ちたいんですか。

SM「頑張ったら勝てそうなのはここくらいなもんだからね」

S「お前今日ちょっと喋り過ぎ(笑)」

SM「今日くらいはいいでしょ?」

S「責任取れないぞ、俺ら以外の話なんか」

SM「私の話しかしてないけど?」

S「…その線で行くか」

SM「行こう行こう、行っちゃおう、飲んじゃえ」

-- ああー、もう。

SM「もう、勝ってるじゃないですかなんて当たり障りのない事を平然と言ってのけるようになったら、編集者としては終わりだと心得なよ」

-- か。

S「(むせかえって笑う)」

SM「(微笑んで伊澄の背中をさする)」

-- でも、どこまで本気ですか?

SM「今言った事全部」

-- ええ?

SM「私信者じゃないですから(笑)」

-- でも、真面目な話、翔太郎さんに関しては当然誠さんの方が織江さんよりも近い距離で生きていらっしゃいますし、そもそもあちらに恋愛感情なんてありませんよね。

SM「(吹き出す)本当に恋愛の話好きなんだね」

-- …ああ、またやっちゃいました?

SM「でもまあ、分かるよ。普通男と女なんて、好き合ってればそういう事だと思うよね。でも変な言い方だけどさ、恋愛感情なら私は誰にも負けないよ。そんな事じゃないんだよ、織江さんの凄さは」

-- なるほど。そこも踏まえた人間力でも、織江さんに勝ちたいんだと。

SM「この人に関する事はね」

-- ここまで言わせるって凄いですよ、翔太郎さん。もう…一旦お酒から視線外しましょうか(笑)。

S「何の話してんだよ。勝ってるとか負けてるとか何がだよ。お前はじゃあ、何をどうしたいわけ?」

SM「えっとねー…」




関誠の頬に赤みがさし、とても素敵な笑みが浮かんだ時だった。

音を立てず開くスタジオの扉から伊藤織江が姿を現し、手招きで誠を呼んだ。

誠はまさか自分だとは思わず、伊澄の表情を確認して立ち上がる。

「ごめんね、え、なんだろ」

そう言ってスタジオを出た彼女の背中を見送り、伊澄は最後の一杯を飲み干した。




S「時間です」

-- え?

S「これ(ボトル)全部飲んだら終わりしにようと思ってたんだよ」

-- あ、え、そうなんですか!? 最初に仰って下さいよ(笑)。

S「そうかな。言わない方が良いと思ったんだけど」

-- …そうかもしれません。

S「ありがとう。別にこれで何が終わりって話でもないから改まって言うときっとあんたは泣くだろうけど、一つだけこれまでのどんな取材とも違って本当に嬉しかったのは、あんたが自分の本能に従って突き進んだ結果、俺達以上に周りの人間を大切に扱ってくれたことだ」

-- (急な展開に全然言葉が出ない)

S「最初っから、連載出来るかもわからない、形になるかもわからない状態で始まったこの話だけど、思ってた以上にあんたは飛び回って俺達の話を聞いてくれた。そして、俺達には出来なかった、織江や、マーやナベ達にもスポットを当ててくれた」

-- (言葉が出ない)

S「さっきちょっと織江の名前が出たから敢えて言うんだけど。…あいつの事を考える時に出て来るのって、俺なんかだと笑顔なんだよな。どんだけ辛い目にあって泣かされて来ても、最後には笑って顔を上げて、俺達の前に立ってる。負い目って言うとあいつは嫌がるけど、この年になって今でも好きな事しかやってない俺達からしたら、あいつが担って来たものを思うとそういう気持ちにもなるし、頭が下がる。自分で選んだ事だからやらせて欲しいくらいのスタンスでいつも、あいつは笑ってるんだけど、…うん、あんたのその顔が全部物語ってるな(笑)。そういうあいつにスポットが当たるのは、思ってた以上に嬉しかったよ」

-- (何度も頷く)

S「特に俺個人からは、誠に関しては本当に感謝してる。言葉でどれだけ言った所で伝わるわけじゃないけど、あいつは本当に頑張ってここまで来たから。あいつの話をたくさん聞いてくれた事は、感謝しかない。…他に言いようがない」

-- (首を横に振る)

S「ありがとう。自分の事なんかより何百倍も嬉しかった」

-- …デンパツに。

S「何?」

-- …年末に、『合図』で織江さんが仰っていた言葉を今日、何度も思い出す瞬間がありました。

S「うん、ごめん、ちょっと聞き取り辛い(笑)」

-- 誠さんは『普通じゃありえないスピードで、人生の選択を次から次へと迫られながら生きて来た』んだと仰っていました。

S「(頷く)」

-- 彼女が半年ぶりに戻られた時にお話をお伺いしました。その時誠さんは自分で自分を、何もない人間だと仰っておられました。その都度自分に影響を与えた人の事を思い出し、その人ならきっとこうする、こう言うだろうなと考えながら行動しているんだと。

S「うん」

-- そんな誠さんの口調が翔太郎さんそっくりな事。側に、織江さんという素晴らしい女性がいた事。

S「(苦笑)」

-- 誠さん本人からたくさんお話を聞いていたにも関わらず、翔太郎さんから『そういうのは、やっぱりあいつ言ってないんだな』って言われてドキっとしました。

S「まあそりゃあ、そういう事もあるよ」

-- 明るくて冗談好きな今の誠さんを見てやっと、その努力の凄まじさが分かる気がします。剥いて剥いてしていった時に出てくる本当の彼女を知っていると仰った翔太郎さんの言葉や、あなたの声掛けにはにかんだ微笑みを返していた少女の今に出会う事が出来て、私の方こそ心から幸せな思いで一杯です。感謝しかありません。

S「(目を見開き)あんたとことん変わってるな。よくそんなに他人に感情移入出来るなあ」

-- 他人だなんて思ってません。皆さんは、私の人生に現れた宝物です。

S「良いねえ。ライターっぽいよ」

-- ありががとうございます。

S「ちょっとクサいけどな」

-- あはは。

S「誠は、半年近くいなかったから俺達程は話をしてないだろうし、二人で話をしたって言っても、きっとあいつの事だから俺やあいつらの話ばかりして、自分の事は上手くごまかしてんじゃねえかなって」

-- そうだったのかもしれませんね、今思うと。

S「な。…本を書くとか書かないとか俺はそんなのどうでもいい、少なくとも俺にとってはね。あんたが自分の命燃やして頑張りますって言うなら、頑張れって返す事はできるけど、それは俺のやりたい事じゃねえもんな」

-- はい(笑)。

S「でもな。…誠の事をちゃんと見てくれてたあんたの存在は有難かったし、本気で助かったと思ってる。だから俺も俺が出来る事できちんと返そうと思って(メーカーズマークの空のボトルを持ち上げる)」

-- …。

S「気の長い方ではないから、さすがにこのボトルが尽きるまでが限界だけどな(笑)」

-- …え、まさか、え、今ってそのための時間なんですか!?

S「ああ。きちんと、俺が本当のあいつを教えてやらないとな」

-- 格好良すぎですよ翔太郎さん!

S「なははは、やっとだよ。これでやっと、アンタに全部話す事が出来た」

-- あなたって人は…。

S「あいつ、面白いだろ?」

-- そうですね。

S「でもその面白さって別にユーモアの事言ってんじゃなくてさ、きっとあいつは昔から何も変わってないんだけど、経験と努力でここまで来たんだよな。それが俺には、面白くて」

-- はい。

S「どん底から自分の力で這い上がってるからな。そういう人間の顔は綺麗だと思うんだ。だからだと思うわ。きっかけは別にしてもさ、ずっと好きでいるには十分な理由だろ。…これは内緒な」




伊藤織江が現れて関誠を呼び出したのは、伊澄の指示だった。

インタビューの後、差し入れのメーカーズマークを飲み干すまで、

自分は誠の話をしようと思う。

だからそれまで会議室で待機していて欲しい。

その時が来たら声を掛けるから、誠を呼び出して欲しい。

種明かしをすれば、誠はきっと怒るから、説明は後で自分がやる。

そんな伊澄の言葉を聞いた時、伊藤は何故だか泣けて仕方がなかったそうだ。

私も同感だ。

喜怒哀楽のどこに入れてよいか分からない感情で、私はいつまでも泣き続けた。









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