連載第61回。「関誠という理由」1
2017年、2月下旬、某日。
伊澄翔太郎への最後のインタビューを終える20分程前に、関誠が現れた。
一旦は練習スタジオへ片足を踏み入れたそうだが、私と伊澄の醸し出す空気が異常だったのを敏感に察知し、インタビューが終わるまで会議室で待っていてくださった。私の携帯に届いていたSNS通知を確認し、終了の旨を伝えると『会議室待機中。準備して行きます』との返事がすぐに戻って来たので驚いた。
伊澄に対し、お疲れの所長い時間お付き合いいただいて感謝していますと告げると、(おかしな事を言うようだが)全く嫌味を感じさせない笑顔を浮かべたまま鼻で笑った。
お疲れの所時間を占有して申し訳ないという自覚はありますと伝えると、
『酒飲みながらただ喋ってるだけでなんで疲れるんだよ、やめろよ』
と豪快に笑い声を吐き出して彼は言った。
やがて、関誠がスタジオ入りする。
撮影収録外でのプライベートな時間でなら二人の並んだ姿を幾度となく見て来た私でも、敢えてスタジオ内の応接セットに腰掛けて頂く事に感無量な興奮を抑えきれない。この時点で私は関誠から貴重なお時間を幾度も拝借し、単行本ならば余裕で一冊書き下ろせる程の物語を聞き終えている。もちろん彼女らが出会った頃の物語だが、二人(あるいはバイラルに集う人々)の道程を辿り終えた私から見た伊澄翔太郎と関誠の居並ぶ姿は、奇跡以外の何物でもないと改めて溜息が出る。
しっくりきますね、と言った私の言葉に二人は同時に笑い声を上げた。
伊澄翔太郎(S)×関誠(SM)。
-- 今更ですけど、体の具合は、その後いかがですか?
S「…誰?」
SM「(伊澄を見ながら自分を指さす)?」
-- すみません、翔太郎さんです(笑)。肩を痛めたと聞きましたが。
S「大丈夫。四十肩かな?」
-- まさか(笑)。酷使しすぎじゃないですか。
S「今更」
-- 蓄積してるんですよ。
S「大丈夫だって。寒いからなんじゃない?」
-- これから第2章ですから、今のうちに労わって下さいね。
S「大袈裟な事言ってるよ。(バーボンの入ったグラスを掲げて)差し入れのこいつがあるからね。絶好調」
-- ほどほどにしてくださいね。休む事も重要ですよ。
S「だから…、(誠を見ながら)なんで黙ってんだよ」
SM「はー、やっぱ愛されてるんだなーと思って。慣れちゃいけないんだろうけどさ、でも肩痛い足痛いはしょっちゅうだもんね。何回手首の腱鞘炎になって泣きながらサロンパス張ったかね(笑)。基本的に仕事の話はしないけど、割と家ではそういう愚痴言ってるよね」
-- へえ、愚痴なんて仰らない方だと思ってました!
S「な、俺凄い買い被られてるだろ?」
SM「本音で言うと買い被りとは思わないんだけど、私ではミュージシャンとしての翔太郎の凄さは理解しきれないからねえ。でもさ、じゃあ肩でも腰でも揉んだげようか?って言うとそこは絶対に断るよね。何なんだよって思うもん、何で言うんだよじゃあって(笑)」
-- あはは!何故なんですか?嬉しいじゃないですか、誠さんですよ?言いたいだけですか?
S「何でってお前」
SM「だからアレでしょ。酒持って来いっていう合図」
S「違う違う、お酒を飲ませて下さい、な。低姿勢、そこは」
SM「圧は凄いけどね。いっつも震えてこう(頭を下げてお酒を差し出す動き)」
S「ウソ言うなお前」
SM「どうぞお納めくださいまし」
S「言うからにはやってもらうぞ」
SM「来た、別に全然かまわないよーだ(笑)」
S「(首を振って)いらない」
-- っははは!
SM「でも練習は普通に平気な顔してやってるもんね。休めば良いのにとは私も思うけどさ、今回のは多分寝違えただけだと思うから心配はそんなにしてないよ。まあね、言って若くはないもん、治りが遅いだけ」
S「(笑って頷く)」
-- それなら良いですけど。
S「それよりも庄内から連絡あってびっくりしたんだよ。社内で電話受けて今泣いてるんですけど、どうかしました?って」
SM「うそー?なんで?」
-- 恥ずかしい。いや、普通にびっくりしちゃって。実際に顔を見て話すのと声だけで情報仕入れるのとでは感じ方変わりますもん。え、翔太郎さんが肩壊した!?ってなって。えええええってなって。泣いたって言っても別にわんわん声上げたわけじゃないですよ。
S「ふふ」
SM「何?」
S「いや別に今更どうでもいいけどさ。もうこいつ全然普通だなと思って」
SM「こいつとか言わない(笑)」
-- 何ですか?
S「びっくりしちゃってー。えええええってなってー」
-- 嫌だ!
SM「まあまあ、JK感は確かにあったよね」
S「構わないけどさ、そのまま活字にしたら相当頭悪そうだなと思って」
-- 本当すみません。頑張ります。
S「今からかよ。もう終わりなんだから別にいいよ」
-- 頑張ります。お二人を前にして気を抜いてたらボロボロに転がされて終わりそうです。
S「(手を叩いて笑う)」
SM「どういう印象なのよ。聞いて、私さ、繭子に超怖いって言われてたんだよ」
S「お前が?…え、俺?」
SM「私」
S「なんで?」
SM「ねえ」
S「何だよ(笑)。そうなのか?」
-- ええ。実際怖かったです。
SM「ほらあ!」
S「あはは。なんで、どこかだよ」
-- でも半分冗談ですよ、もちろん。私も繭子もそうですけど。誠さんの、芯の強さをその場のノリで怖いと言い換えただけです。
S「ああ、そういう方面でな。なんだよ俺てっきり痛い女だって思われてんのかと思った」
SM「酷い」
S「色々喋りすぎるからだろって」
SM「酷い(笑)」
S「いやいや」
SM「喋り過ぎたら痛い女になるってそれもうただの悪口じゃん!」
S「あははは!ウソウソ、痛くない痛くない。…飛んでいけ」
SM「痛いじゃん!(笑)」
-- もう笑ってるじゃないですか、仲良いなあ(笑)。でもフォローでも何でもないですが、誠さん、この一年で今日が一番綺麗ですよ。
SM「お。ありがとう、素直に喜ぼうかな、朝からメイク超気合入れたし」
-- 翔太郎さんもそう思いませんか? 私自分でも言い過ぎてる自覚あるんで、そのまま伝わってない気がします。
S「(じっと誠を見つめる)」
SM「(前を向いたまま、こそばゆそうに笑う)」
S「うん。良いと思う」
SM「(両手で顔を覆う)」
-- 自分で振っておいて言うセリフじゃないですけど、言って損しました。こんなに居心地悪い空気感じた事ないですよ(笑)。
SM「っはは、15分程イチャつくから席外せ時枝」
S「(目を見開いて呆れる)」
-- (爆笑)。でも前にも少しお伺いしましたが、この一年翔太郎さんの話を聞いて大分驚いておられましたよね。今みたいな直接の誉め言葉でなくとも、翔太郎さんが普段誠さんをどのように見ているか、感じているのか。
S「そんな話したか?」
-- はい。それはそれは、誠さんがいらっしゃる前だって。…もう声を大にして、はい!
S「いやいや別にごまかしたいわけじゃないけど、そっかーって」
-- そういうつもりで言ってないと?
S「織江がとにかく褒めてたもんな。本音をさらっと引き出すって。こっちは普通に話してるつもりでも、側に誰かいて聞いてたら心底ビックリする事を答えてるって」
SM「あー、それは分かるね。繭子もよく苦笑いしてさ、『喋り過ぎたー』って言ってたもん」
-- 光栄です(笑)。
S「何かテーマを決めて、そこを意識して深く掘ったのは俺達の子供の頃の話だけなんだよ、自分としては。だからその他で何をどんな風に喋ったかは、もう一度聞かれたらそりゃ思い出すと思うけど、正直俺なんかは特にその場で考えてるからさ」
-- 私もその場では、今物凄い真実を聞いているんだ!っていう気構えはないんですよね。瞬間的な、皆さんの素敵なお顔を拝見しながら聞く一つ一つの言葉とか物語に圧倒されっぱなしで、正直何をどんな風にほじくり返してやろうと思った事もないんです。
S「そこは音楽的な部分だけだったんじゃないか?」
-- そうですね、確かに。バンドにまつわるお話については、これまでの取材や資料も残ってますから新しいお話を聞きたいという願望はありましたけどね。
S「(誠を見ながら)何がそんなにビックリだった?」
SМ「色々あるけど。…え!?って、個人的にドキってしたのは財布の話かな」
S「ん?」
-- 翔太郎さんのお財布が小さいというお話ですね(笑)。
SM「そう。別にさあ、そこで止まっておけばいい話でしょ、そんなの。『小さいですねー』『その方が持ち運びに便利だしなー』で。終わればいいのに全部言うもんね」
S「ああ、ああ、あははは!はいはい」
-- 免許証とお札しか持ってないんですよね。
S「うん」
-- でもそのお話はカメラの前ではされてませんよ?
SM「…え」
S「お前が今初めて言った」
SM「ウソ!ごめん!」
S「別になんでもいいよ(笑)」
-- カメラに財布が映ったんですよ。多分ファーマーズでの試写会で、楽屋でのシーンだったと思いますが。その後、でも結構経ってからそう言えばって何気なく、『翔太郎さんだけやけに財布小さくないですか。旅行用だったんですか』って聞いたらスっと見せて頂いて。黒の肉厚のレザーウォレットですけど、やけに小さいという。今でもお使いですか?
S「もちろん」
SM「えええ、あれカメラ回ってないのか。あはは。墓穴掘ったー」
-- カード類は一切持っていなくて、小銭は繭子か誠さんのどちらかにあげてしまうと。
SM「そうそう。昔は有難がってもらってたけど、財布がパンパンになるからもういい!って言って。今では全部繭子のコンビニスイーツに消えてます、と。そこまでは良いよ、面白いから」
-- 『でもそんなもんじゃないの。他に何持つんだよ』という問い掛けに『銀行のキャッシュカードとか、クレジットカードとか、保険証とか』と答えた所、『全部誠が持ってる』って。
SM「そー、それはちょっと本当にびっくりした。実際そうなんだけど、そんな事今まで誰にも言わなかったでしょって」
-- ああ(笑)、確かにちょっと生々しいですよね。
S「織江だか繭子だか忘れたけどさ、免許証と保険証は無くしたり取られた時に困るから同じ財布に入れない方が良いんだみたいな話をしてて。そうかーって」
SM「そういう話してないよ今(笑)」
-- ちょっと意外だったのが、誠さんてこれまで翔太郎さんのお名前を実名では公表してこられなかったんですよね。最近まで知りませんでした。翔太郎さんもですか?
S「何が?」
-- 関誠さんとお付き合いしています、と。
S「言うも何も会った瞬間繭子がそうやって紹介してたろ」
-- いえ、私の話ではなくて他の媒体です。
S「聞かれた事ない。…あんのかな?」
SM「こっちは織江さんが全部黙殺してたと思う。私の場合は一応気を使って。ノイちゃんの話も聞いてたしさ、やっぱりそうだよなあ、人気商売だもんなあって」
-- 誠さんの方が、職業柄聞かれやすい質問ですよね。話の内容としても。
SM「まあね」
-- 『ROYAL』での最後のインタビューでも交際してる男性の存在は認めつつも「博愛主義者」だと実名は伏せておられました。
SM「私の方から言うのはよそうって思ってたかな、確か。もし翔太郎とかバイラルの方からそういう話が出たら解禁だって事にしようって。事務所的にとか仕事柄でNGとかでは全然なかったからね。実際は表で口にして来なかっただけで、ロイヤルの編集長だって翔太郎の事は知ってたよ。事務所の社長もだし」
S「へー」
SM「隠してると思ってた?」
S「うん。俺がって言うか相手がいるいないも隠してんだろうなって。人気商売って言うなら断然誠の方がそうだし。俺は聞かれた記憶がないからアレだけど、多分聞かれても答えない」
-- なんて仰るつもりだったんですか?
S「だから答えない」
-- 無視すると(笑)。
SM「私はそれ出来ないもんなぁ(笑)。相手がいる事はずっと言ってたよ」
S「へえ、追及とかされないのか?」
SM「誰に?」
S「インタビューとか」
SM「されないされない。あ、でも仕事上は実名とか突っ込んだ話題で広げたりしないんだけど、最近になってやっと、そういうはっきりとした話を前の事務所の子としたよ」
S「へえ。こないだの?」
M「そう。この間ね、事務所の若い子達がお疲れ会を開いてくれてね。その中の一人の子がわざわざ『Billion』持って来てたの。それでページ開いて、どの人ですか?って」
-- それは、確信犯ですか?
SМ「多分ね。それで、この人って指さして」
-- へー!
SM「ニック・オルセン指さして。ジジイですねえ!って(言われて)」
-- あはは!そりゃあ照れますよね。
SM「ねえ、若い子のノリは怖いよ」
-- 翔太郎さん嬉しそうですね。
S「え、笑ってた?」
-- はい。
S「なんか、…うん。嬉しいな」
SM「ええっ!? ちょっと待ってちょっと待って、ウソだー! あー、もー」
S「あはは!なんだよ!」
-- 使って下さい、新しい奴です。…もう世界一の恋人ですよね、誠さんは。
S「はは、え?何の話してんだよ」
SM「あはは、あーあ」
-- そりゃ嬉しい筈ですよ。
S「だから何だよ」
-- 翔太郎さんこそ何を仰ってるんですか、この期に及んで。
S「何ってなんだよ。でも世界一かどうかは知らないけど、俺としてはいい薬になったんだろうなって思うんだよ、最近」
-- …薬ですか。何の事を仰ってます?
S「誠が一度いなくなって」
SM「あー(ガクンと頭を垂れる)」
-- え。
S「え? ああ、悪い悪い」
SM「ううん。そういうんじゃないよ」
S「えーっと。…まあだから、出会ってからこっち、人よりもずっと近い距離で誠を見て来たわけだよ。でも敢えてそれを知らない奴に言う事はないし、意味もないから自分の置かれた状況を他人と比較する事もなかった。俺は俺で、一応はその都度色々思ったり、考えたりすることはあったけど、それは15年間俺の中にだけあったものだからさ。多分本人にもあんまり言ってこなかったし。今回ちょっとずつそういう自分がこれまで抱えて来た、誠に対して考えてきた事とか、…まあこいつだけじゃない場合も含めてだけど、そういう話を時枝さんにした時にさ、びっくりするぐらい笑ってくれたり、泣いてくれたりしたわけだよ」
-- はい。
S「そういうアンタの反応を見て改めてさすがに俺も気付いた。ああ、何だやっぱりこれって幸せな事だったんだな、そうだよなって」
-- はい。
SM「(右手で目元を覆う)」
S「特別な話は、きっと俺はそんなにしてないと思う。こいつの方から昔の話を色々聞かされたアンタには、今となっちゃあ特別なんだろうけど、でも具体的な出来事って俺はそんなに言ってないと思うんだよ」
-- はい、そうでしたね。
S「別にそれは忘れてたわけでも、言いたくなかったわけでもなくて。言った所で他人にとっては何の意味もないただの思い出話だからって思うとな、話す理由がないというかね。だけど誠が一旦は俺の前からいなくなった時に、無性に人に聞いて欲しくなったのは、心の変化として確かにあるんだよ」
SM「(両手で顔を覆う)」
震えているように見えた関誠の背中をポンポンと優しく撫でてから、伊澄は続ける。
S「俺としては恋愛の話をして聞かせたつもりもないし、今でも俺は誠と恋愛をしているとは思ってない」
-- それはでも、あえて言葉にされなくても。
SM「知ってるからいいよ」
-- ああ、はい。
S「ふふ。そこら辺のさ、出来の良い周りの奴らとは違って、ただ普通に、人並みにというか、当たり前の事を当たり前には出来なかったから、いつも大袈裟に、泣いて笑って生きて来た気がするんだ、こいつと一緒に。だからそういう、好きとか嫌いとか、恋とか恋愛だとは思ってないっていうかな。でもそういう時間の話を聞いて欲しい感覚はちょっと分かるから、誠が時枝さんに色々昔の事とか話してるのを聞いても特に責める気も怒る気もなかったし、…うん」
-- はい。
S「それに時枝さんのリアクションがまた面白いんだ。全然泣かすつもりで喋ってない所で泣いたりするから『ちゃんと分かってんのかなこいつ』とか思っちゃったり。でも、今みたいに真剣な目で話を聞いてくれて、誠ってこういう奴なんだよ、凄いだろって言ったりする時に見るアンタの顔とかさ、頷いてくれる力強さを参考にして。…やっぱりそうなんだって。誠ってやっぱり凄い奴だ。俺はやっぱり幸せ者だったんだって、改めて思い知ったんだよ」
-- はい。
S「そういう意味でな。戻って来たから言える話だけど、ちゃんと教えられたというか。アホ面下げて、適当に、のほほんと生きて来た俺には丁度いい薬になったんだと思ってる。こうやってまた隣でバカな事言ってる誠を横で見て、今のこれもきっと、いつかまた思い出す時が来るんだろうなって思うと、それはやっぱり嬉しいよな」
-- もう、そういうご自分の気持ちを隠す事にも意味はないですものね。
S「そこだよな。ホント、いつ死ぬか分かんねえもんな、俺達は」
-- 死ぬとかそういう話ではありません。
S「あはは」
-- 他人の目や評判を気にするような生き方は、あなた方には似合いませんから。
S「そういう話か」
-- はい。
S「ありがたい」
-- いえ。
SM「翔太郎ごめんね」
S「何?」
SM「ごめんなさい、時枝さんも。すぐに立ち直るからちょっとだけ待って」
-- 私は全然、いくらでも待ちます。
S「もうさんざん謝っただろ。お前は謝るような真似はしてない。だからそういうのはもうよせ」
SM「(伊澄の膝に手を置いて、ゆっくりと叩く)例え今、お酒飲んで笑い飛ばしてくれる翔太郎がここにいるんだとしても、あの時どれだけあなたに悔しい思いをさせただろうと想像すると、私今でも全身が硬直するんだ」
S「もういいって」
SM「一生謝り続けたってあの時の翔太郎には合わせる顔がない。私がこれまで生きて来た中で最大の間違いだった」
S「そんな事ない」
SM「どれだけ悔やんだって悔やみきれないけど、一度だって翔太郎の側を離れたいと思った事なんてないから。本当にごめん。今日までずっとありがとうって、思ってるよ」
S「あいよ」
SM「私どうしても、今大丈夫だから昨日の辛さを忘れようとか、終わった事だって、そういう風には思えないんだよ」
S「…」
SM「本当の後悔って私は消えないと思う。それはきっと自分が傷ついたからじゃなくて相手を傷つけた事を分かってるからだし、その相手が自分よりも大切な人なんだって分かってるからだと思う。翔太郎は私を一度も責めなかった。翔太郎を傷つけようなんて冗談でも思った事ないけど、結果そうした自分を過去の事だからって今の私が許す事は出来ないんだよ。だから死ぬまでごめんなさいって言うし、死ぬまでありがとうって言い続ける」
S「…」
SM「時枝さんも覚えててね」
-- 誠さん、でもそれは。
SM「前にさ、居酒屋でお話した時に、この15年どこを切っても私達は隣り合って並んでいられたんだって、言ったでしょ?」
-- はい。
SM「私自分でその流れを断ち切ったんだよ。分かるかな、私のした事が。単に翔太郎に寂しい思いをさせたとか、心配を掛けただけじゃないんだ。これまで生きて来た私達自身を裏切ったんだって思った」
S「…」
SM「子供だった私は色んな約束をこの人とした。小さい事から大きな事まで、まだ時枝さんにも言ってない事を含めてたくさんの約束を交わした。それってさ、一つ一つが大事な未来だったと思うんだよ」
-- 誠さん。
SM「自分で言ったって単なる自意識過剰だけどさ。それでも一杯泣いて、頑張って一緒に生きて来たあの頃の私達の思いを裏切ってしまった」
S「(苦笑を浮かべながらも、優しく誠の背中をさすり続ける)」
-- もうそれ以上ご自分を責めるのはやめましょう。
SM「責めてるとかそういう話じゃないよ、聞いてほしいだけ。織江さんとも話したよ。きっと、翔太郎の事となれば私はまた同じことをやるだろうって思われてる事も知ってる。否定は出来ない。私は馬鹿だったけど、それでも真剣に悩みぬいて出した答えだから、また同じように悩んでそれを選ばない自信はない。でもね、その結果どうなったかっていうのは、私ちゃんと分かったから。全く同じ過ちは犯さない。それだけは約束する」
-- はい。
SM「後悔してる。もう…そんな言葉では到底足りないぐらいの」
-- 翔太郎さん。
S「うん」
SM「いつまでもこんな私で、ごめんね」
S「ん?…それはもう今更、何とも思わない」
SM「あはは。…ありがとう」
-- (涙で顔中の穴が全部塞がる思い)
S「今こいつの話を聞いてて思うのは、…俺は凄く、誠の話が分かるんだよ。理解っていう意味でも、共感っていう意味でもそうで。でも例えばこれが何かの記事だったり本だったり、映像でもアレだけど外に出て、第三者が見た時にさ。一体どれだけの人が誠の事を分かってくれるんだろうって」
SM「あはははっ」
S「そういう事考えてた、今。余計なお世話だけど」
-- 誠さんの、心からの後悔も感じ取っておられましたか?
S「まあ。…後悔してっだろー?なんて、そういう事は何も(思わない)。今でもたまに辛そうな顔をする時があるから、何かしら思ってはいるだろうなって、それはね。ただ、うん、昔から変わってないから。今言ったような誠の感覚とか考え方ってのは、ずっとそうだから」
SM「…うん(笑)」
-- そうなんですね。
S「だからかもな。どっかで、変わらなくて良いって思ってる部分もあると思う」
SM「んん、ふふふ、んー。…うん(またもや俯いてしまう)」
S「いつまでもこんな私でって、謝るけどさ。最初から嫌だった事はないから変わって欲しいと思った事はないし、変わってないなって思える方が俺としてはありがたい」
SМ「ごめん(時枝に向かい手を合わせて何度も頭を下げると、そのまま顔を覆ってソファに背中を倒す)」
-- ずっと見て来た相手に対して、変らなくていいというセリフは、なかなか言えませんよ。素晴らしいです。
S「ああー、聞き取り辛い(笑)」
-- すみません(涙)。
S「何でそんな事に…。ああ、でも、本当の事言うと、なんて言うかさ、今の誠を見てて思うのは、俺はいっつも、なんて言うのか…。ああ、歯切れ悪いな!」
SM「あはは」
S「…時枝さんにさ、俺があんたに対して何か具体的な事を言うのは自分でも気持ち悪いと思うしさ、誠の場合仕事に影響するからと思って言って来なかったけど、結局こいつ自身がアンタに色々ぶちまけてたり、今はもう仕事辞めたりってのがあるから、今だから言える話なんだけど」
SM「うお!怖い!(笑って顔を背ける)」
-- 興奮が抑えきれませんねえ。
S「え? いや、まだ、出会って間もない頃の誠ってのがさ。…カサカサしてたんだよ」
SM「うははは!(照れて顔を両手で隠す)」
-- ちょ、それは女性に言って良い表現ではありませんよ(笑)。ましてや相手15歳ですよ。
S「あはは!あー、そうか」
SM「でもしょうがないよね。そう見えたんだもんね」
S「うん」
-- お二人の関係性だからセーフなんでしょうね。
S「今ほら、さっきも言ってたろ。この一年で一番綺麗だとか。結局皆今の誠を見てるんだよな。この、ショートヘアでメイクも上手で、ファッションモデルで、明るくて、笑顔が良くてっていう」
SM「もうちょっと欲しい」
S「可愛くて」
SM「もうちょっと」
S「…こういうオモシロ人間みたいな印象だろ?」
SM「(しまったという顔で俯く)」
-- はい。とても素敵な女性ですよね。
S「でも俺が初めて見た時って髪はもっと長いし、痩せてたし、目つき悪いし。このままの誠を若返らせたのを想像してんだとしたら全然違うぞって。なんか…カサカサしてた」
-- 何なんですか、カサカサって(笑)。
SM「潤いがないって事?」
S「潤い。どういう物それは?」
SM「あなたが私にくれたもの」
S「クサ!古!」
SM「あははは!」
-- (笑)、でもお写真でしか知らない私が口を挟むのも違いますけど、ルックスだけで言えば完成されてましたよね、高校生の頃から。
S「見た目?見た目はよく分からないけど、皆そう言うしそうなんじゃないの。俺が言ってんのは表情とか雰囲気とか口調とか距離感とかね」
-- それでも『カサカサ』はよく分かりません。
S「今でも思い出すのが、友達と別れて俺の方へ歩いて来る時の動作とか表情が、あれはなんつー感情なのかなあ、自分でもよく分からないけど」
SM「えー、なんだろう」
-- 学校帰りとかですか?
S「そうそう、うん、まさに」
SM「(不安そうな微笑みを浮かべて伊澄を見つめる)」
S「言っても当時のクラスメートなんかより俺の方が当然付き合い短いわけだ。年も大分離れてるし、なんなら決して楽しい出会い方もしてないし。でもさ、その日『時間があったら学校の近くまで来て欲しい』って連絡あって、プラプラ歩いてったら結構学校から離れた場所で、下校中のこいつに出くわして」
SM「…」
S「俺を見つけた瞬間すぐに友達と別れて、早歩きでこっちに向かって来るんだよ。でもさっきまで楽しそうに笑顔で喋ってたのに、こっちに向き直った瞬間目が点になるぐらい真っ暗い表情になってんだ。もう、無表情に近いような。その頃の誠の事を今でも、ふとした切っ掛けで思い出す」
-- それは、どのような…?
SM「はは、なんだろうね(ポロリと涙が零れるのを指で拭いとる)」
S「普通はさ。例えば俺に会えて嬉しいとかそういう気持ちになったんなら逆になると思うだろ。友達といる時はつまらなそうでも、俺を見つけてパーっと笑顔になるとか。だけど、逆なんだよな。さっきまで楽しそうだった奴が急に真顔になって俺の側に来るんだよ。びっくりして立ち止まってると俺の横を通り過ぎながら『行こう』って言うわけ」
SM「相変わらず驚異の記憶力ですねっ!」
S「お褒めに預かり光栄です(笑)」
-- あははは!
S「聞いて分かると思うけど誠ってそんなに高い声でもないよな。でもその時の腹から振り絞ったような低い声が今でも耳に残ってるよ。んで、後追いかけて、どうしたって聞いても別になんでもないって言うんだ。俺は俺で若かったし面倒臭いから黙ったまま家に帰るんだけど、こいつも俺の横を普通について来て。何だよとは思うけど追い返すのも違うし、とりあえず部屋には上げるんだけど、やっぱり距離感がおかしい」
-- 余所余所しかったと?
S「いや、なんか、ぶつかってくるんだよ、頻繁に」
SM「うーわー、もー! やめよーよー、めっちゃ思い出したー!うわー!」
S「あははは!」
SM「エロい話するより恥ずかしい(笑)」
S「はあ?」
-- (笑)、ぶつかってくるってなんですか?ボディタッチとは違うんですか?
S「違う。玄関開けて、ドア押さえてる俺の前通る時にわざと肩を当ててくる。リビングにいて、キッチンへ向かう時にわざと膝を俺の腕に当てて立ち上がる。戻って来る時も膝で肩を掠めて戻ってくる」
-- え、なんですか、ちょっと怖いな。
SM「怖いって言うな(笑)」
S「そん時に俺もイラっと来て顔見るんだけど、なんか、女特有の面倒なアレではなさそうで」
-- なんですか? 面倒なアレって。
SM「色仕掛けとかじゃないって事だよね」
S「あー、そうそう。イタズラっぽくちょっかい掛けて来て…」
SM「誘ってるわけじゃなかったって、事だね」
S「そう、多分ね。俺はお前じゃないから答えなんて知らないけどさ、何度かそういう事があったんだよ、その日以外にも、何度かね。そういう時のこいつの顔がやけにこう…カサついてるというか。動きとか、距離とか。別に乾燥肌とか虫みたいな動きするとか言ってるわけじゃないぞ」
SM「良かった!気持ち悪いもん自分で聞いてて」
-- 自分で言った(笑)。
S「いやいや、全然気持ち悪いとは思ってなかったよ。実際は機嫌が良い時なんかより物凄く誠の体が近くにあったから、その時の感情とか気分とか、考えていそうな事とか、いつもよりも分かりやすいって感じてた記憶があるな。最初はもちろん意味分かんなかったけど」
-- 機嫌が良い時より体が近くにあるって、なんか凄いですね。実感はできないですけど、何故か胸がキュンとします。
SM「私も。自分の事なのに(笑)」
S「そんなつもりで言ってない。10代の女なんて基本的に何考えてるか分からないけど、そうやってカサカサだった誠はなんか、でも…何て言ったらいいかな」
-- 当時の事を振り返ってみて、誠さんはどのように思われますか?
SM「うん? んー。エロい話された方がまし」
S「お前なあ、お前が勝手にエロい話すんのはいいけどそしたら俺も出てくるだろうが。バイラル通してギャラ払えよ」
SM「(顔を真っ赤にして両手で覆う)」
-- 生々しい話はやめてください。2倍生々しいです(笑)。
SM「私は、もうちょっと翔太郎の話が聞きたいかな」
S「まあ、だから確かにカサカサっていう表現が正しいかは置いといて」
SM「あってる気はするけどね(笑)」
-- ええっ。
S「こっちがそうなんだなって、俺は思ってた」
-- そう、とは?
S「え、だからこっちが、本当の誠なんだろうなって」
SM「(大きく息を吸い込み、鼻から大きく吐き出す)」
-- 所謂その、カサカサしている方が?
S「そう。それがまたさ、いつもじゃないっていうのが俺としてはなんとも胸を打つというかな。今程ではないにしろ誠はやっぱりいつも笑顔で、多分同級生の受けも良くて、モテた学生時代だっただろうとは思う。面白くはないけど冗談もよく言ってたし、ワケがわからん話をよくして、何が正解か分からない返事を求めてきてな。答えられないで首捻ってると一人でケラッケラ笑って」
SM「(とても嬉しそうな笑顔で、伊澄を見つめて頷いている)」
S「若い時からびっくりするぐらい気の付く子だった。親の育て方が良かったのかなんなのか、ちょっと出会った頃の織江を思い出したぐらい。甲斐甲斐しくっていうと偉そうだけど、何かと気遣ってくれて周りの世話も焼いてくれて。出来損ないの生活してたから助かってはいたんだけど、俺も若いしそんなに今程素直には礼も言ってこなかっただろうから、随分風変りで危うい2人に見えただろうなと思う。…だけど俺としてはよ、本当言えば、それが関誠本来であるなら、俺はきっとこいつと一緒になってないと思うんだよ」
SM「…」
-- 気立てが良くて、よく気が付く優しい女性であったなら、逆にお付き合いはされていなかったと? そんな事あります?
S「そんなの、別に俺じゃなくて良い奴他にいくらでもいるから(笑)。だけどいつからか、それは全然違うんだなって気が付いた」
-- 誠さんに対してですか?
S「そう」
-- どこかで、やはり無理をされていたわけですね。
S「そりゃあ、そうさ。(両親の死を)乗り越えるには若すぎるし早すぎる。ギリギリだったと思うぞ。本人横に置いて今更言うのも悪いけど、俺から見ても一番辛いだろうなって思ったよ。例えばもっと年が若ければ、ただただ泣いてれば良かったんだろうし。あるいはもっと年食ってれば、心はもっと頑丈だっただろうと思うしな」
-- はい。
S「出来の良い奴なんだろうなってのはすぐに分かったけど、だからって淋しさなんてもんは自分一人ではどうにもならないし、俺達がそうだったように、いつ爆発してもおかしくない暴れたい衝動とか、一歩引いて冷静に直視出来ない何かが、自分が思ってる程器用にコントロール出来なくなってたんじゃないかって。今は言葉で言えるけど、そん時はもっと漠然とそういう風に見てたと思う」
-- カサカサしていた、と。
S「うん」
SM「不安定な奴だなーってね」
S「まあ、そうかな」
-- 翔太郎さんは、そんな誠さんを見て、何を思われましたか?
S「何をって?」
-- 推測でしかありませんが、翔太郎さんはきっと他人に同情したり憐れんだりしない方だと思うんです。だけどその時、ご自分より一回り近く年下の女の子を見つめて、どんな事を思われていたのかなと。
S「ああ。…どうだろうな。きっとそんな、大層な、あんたが期待してるような格好良い事は何も考えてなかったと思うぞ。助けてやりたいとか、守ってやりたいとか、そういう事は何も」
SM「ウソウソー」
S「何だよ」
SM「もう、めっちゃくちゃ優しかったよー」
-- そうなんですね!
SM「やーさしかったよーぅ」
S「ああああー、もう!」
SM「何(笑)」
S「俺人に面と向かって優しいとか言われるのが一番嫌いかもしれねえな。ぞわぞわするし気持ち悪い」
SM「キヒヒ。ほら、飲んで笑っててよ(テーブルに置かれたメーカーズマークの入ったグラスを手渡す)」
-- 先程誠さんが仰った『思い出した』というのは、ご自身の具体的なエピソードについてですか?それとも当時の内面的なお気持ちですか?
SM「翔太郎じゃないからね。さすがにその時の気持ちを今でもはっきり思い出せるかって言われると怪しいけどさ。そのー、この人曰くカサカサしてた時期っていうのは、もちろん当時から私は翔太郎の事が好きで、ずっと側にいたくて部屋にも上がり込んで、確かにそこだけ見れば一見楽しいだろっていう時期ではあるんだけど、自分の中で上手にバランスをとる事が出来ない時でもあったんだ」
-- バランス。
SM「両親以外に大人と接する機会はあまりなかったし、私を引き取ってくれた親戚の家でどれほどの居場所が得られるんだろうとか、全然分からなくて。良い子でいる事は簡単だけど、私自身本当は良い子じゃなかったから、どこかで羽目を外してガス抜きしなきゃもたなかった」
-- なるほど。
SM「もちろん今でも親戚のおうちには感謝してるし、とても良い人達だけどね、私が、それを分かろうとしなかったのかな。…翔太郎に出会ってるって事はそんなに間を置かず他の皆にも出会ってるから、時枝さんにしてみれば意外かもしれないけど、最初のうちは翔太郎以外に好きだと思える人もいなくて、楽しい事は何もなかった。死にたいとまでは思わないけど、生きていたいとも思わなかった。学校で勉強して、テストでいい点とるのは本当に簡単。笑うのも、実は簡単。上手に喋るのも、夜の街に出て上手く立ち回るのも割と簡単。悪い遊びして逃げ回るのも簡単だった。まあご存知の通り、最後にはしくじってこの人に迷惑掛けたんだけど」
-- はい(笑)。
SM「でも難しかったのは、楽しむ事。全っ然楽しくなかったよ。だから私、そういう自分が嫌いだったんだ。他人に依存して、色々な事に興味を持てない視野の狭い被害者面した弱い自分が大嫌いだった。織江さんに注意されても夜遊びをやめなかったのは、どこかで嫌いな自分をいじめてた部分もあった。出来た人間の言葉を聞いて軌道修正して、自分を真っ当な道の上に戻す事に抵抗があったんだよね。意味なんてないくせに、楽しくなんてないくせに、真面目に生きたって何も良い事ないくせにって、拗ねてた。言葉にはしないけど、お腹の中ではそう思ってたと思う。もちろん今思えば、両親の突然の死は受け入れがたい程のショックだったから仕方がないよって、もしも他人がそうなら思えるんだけどね。でも…それでも、そういう自分は好きになれなかったね」
-- 厳しすぎませんか、ご自身に対して。
SM「いやー、ずっとずっと甘やかしてたよ。周りの忠告や助言を全部無視して遊び呆けてたんだから」
-- それは甘やかしとは言えませんよ。本来であれば思春期のあれやこれやは、ほとんど無条件に誰もが保証されている自由時間みたいなものじゃないですか!
S「あはは!上手いな!」
-- ありがとうございます。
SM「顔が全然笑ってない(笑)」
-- やー、もー、なんだろうこの気持ち。
SM「笑おうと思えば笑えたよ、私。テストを出されれば問題を解く冷静さもあった。だけどそういう自分も含めて嫌いだったんだよ」
-- 翔太郎さんと出会われた事で、そういう絡まった糸は少しずつでもほぐれていったんでしょうか。
SM「出会ってからもずっとそうだったよ。好きだと思える人が出来たいう点では大きかったけど、糸がほぐれたかと言えば、すぐには無理だったね。でも私が翔太郎を好きになったのは、そういう相手を、その時の私を、どうにかしようとか解きほぐそうとかしない、どっしりとした人柄が心地良かったからなんだと思う」
-- 結果的に解きほぐされていたのだとしても、それを行動として試みようとはされなかったわけなんですね。
SM「そう。その時は楽な姿勢を取れる人だなって思って喜んでただけなんだけど、今考えたらこりゃ真似出来ねえぞって思うよね。例えば目の前に困ってそうな人とか、辛そうな人がいてさ、何もせず、何も言わずに見守る事だけで支えるってさ、実は簡単じゃないって私は心底思うんだよ。何かしらお節介焼いちゃう奴だからさ、そうする事で私の気も収まるじゃない。でもそれは優しさとは限らないなって」
-- 分かります。さっさと手助けして笑顔になってくれた方が、見てるだけよりこちらも気が楽ですよね(笑)。
SM「そー。でもそこでぐっと、自分を抑えられるのって本当に我慢強いなって思うんだ。さっきもね、変わって欲しいと思ったことないって言われて、改めて凄い人なんだなって思った」
-- なるほど、確かにその通りですね。器が大きいというか、懐が深いというか。
SM「気性の荒さからは想像出来な、ちょちょ」
S「(グラスをあおる)」
SM「一気しちゃ駄目だってー、ったくー…」
-- …と言いながらすぐ注ぐ~。
SM「まあまあまあ、ね(笑)」
-- バーボン一気飲みする人初めて見ましたよ、どんな体してるんですか(笑)。
SM「いつまでそんな飲み方出来ますかねえ」
S「(物凄く小さな声で『うるさい』と唇が動く)」
SM「(目を細くして微笑む)」
-- (涙が込み上げる)
SM「だから結局この人しか私の判断基準はいないんだけど、私が理想とする『優しい』っていうのは、思うに行動とか言葉じゃないんだよね」
-- …深いですね。
SM「ふふ、この間二人で話してて笑ったのがさ、『翔太郎の人柄を話して聞かせようにもこれっていうエピソード思い浮かばないんだよね』って言ったらすっごい嬉しそうな顔してね」
S「あははは」
SM「『アルバムを聞かせずにこのバンド格好いいって言い張るようなもんだぞ』だって」
-- あははは!上手いなー、根拠がないという事ですね。
SM「そうそう。んー、でもさあ、私としては、思い出せないだけで、きっと色々な優しさに触れてきてるはずなんだよね。どでかいエピソードがバーンってあって、それを看板とかプラカードみたいに掲げて『こういう人なんです!昔こんな事がありまして!』って言える事よりもさ、皮膚感覚というか、根っから翔太郎の優しさを知って信じてる事の方が全然凄いよなって思うんだよ」
-- なるほど。
SM「いつだって泣きそうな程『今までありがとう』って思ってるし、そう思わせてくれてる包容力とか、距離感とか心地よさとか、そういうのって行動や言葉じゃなかった気がするなって思う。今だってさ、褒めちぎられるのが本気で嫌なら私がダラダラ喋ってる時間を遮ることだって出来るんだよ。今ここにいて真横でお酒飲んでるんだから。…だー、一気はやめて。まあ嫌は嫌だと私も思うけどさ、でもそれをしないでしょ。だけど後になってこういうのをエピソードとしては話せないでしょ?」
S「あははは!」
SM「気持ちよく笑っていらっしゃるけども(笑)。エピソードとしては弱いし、だけどちゃんと私の心は喜んでるし。…みたいな時間の連続の中でさ、いつも私はこの人の横に立ってた。そうするとどうなるかって言うとさ、翔太郎の側に居ると素になっちゃうんだよ」
-- ああ、ええ、仰る意味は凄く分かります。
SM「うん。だからそれまではさ、さっき翔太郎も言ってたけど、やっぱり無理してるわけだよね。頑張る事を求められたし、励まされて、助けられて、支えられて生きてる身分としては、頑張らなきゃいけなかったんだよ。笑って、大丈夫だよって言えなくちゃいけなかった。そう、思い込んでた。でもさ、この人の顔を見ると、そういう自分でこしらえた健気な関誠の中から、不意に薄暗い奴がひょっこりと出てこようとするんだ。きっとその部分が、カサカサした私なんだろうね」
-- 本当の自分に気付いてほしいと、助けを求めていたのかもしれませんね。
SM「どうなんだろうなあ。助けて欲しいとまで言うと大袈裟かもしれないね。自分でそうしようと思ったことしか結果的にはやってこなかったから、八方塞がりでがんじがらめだって思ってたわけじゃないし。学校での自分と、遊び歩いてる自分でバランス取ってた気でいたけど、本当はそのどちらにも興味はなかったし、どちらも好きになれなかったから。何かを求めてるわけでもなかったし。本当言えば絡まるような糸すらなくって、空洞みたいな奴だったよ。ねえ?」
S「空洞って中身がないって意味?」
SM「そう」
S「中身がないとは思ってなかった」
SМ「そう? でもただの子供だったでしょ」
S「少なくとも俺なんかよりしっかりしてたし、中身がないってのとは違うよな。子供は子供だったけど」
SM「うん(笑)」
S「ただ、本当はもっと凄いんじゃないのかなって」
SM「…何が?」
S「分からないけど」
SM「え?」
S「きっとこいつは今、足りない物だらけなんだろうなって思ってた。だけど馬鹿だから俺の中にその答えはなかったし、ただ眺めてるだけだった。もしそれが何なのかすぐに分かってれば、もっともっと早い段階でこいつは色々やれたんじゃないかって」
-- あぁ、やばい(涙が止まらず席を離れる)。
S「(爆笑)」
SM「…(伊澄を見つめる)」
S「どこ行くんだよ、戻って来いよ」
-- すみません、想像したらちょっとたまらない気持ちになりました。
S「誠が泣いてないのになんであんたがそんな」
SM「いや、うん、びっくりしたーと思って」
-- はい。
S「何が」
SM「私なりに翔太郎の事は理解してる気でいたけどさ、やっぱり本当に他人の作ったスケール(枠組み)なんか簡単に超える人だなって思って。当時からそんな、そんな風に見てもらってたのかって、今初めて知って、軽くパニック」
S「はあ?」
SM「30分程イチャつくから帰れ時枝。頼むよ」
-- 本当に帰ろうかな!(笑)。
一同、笑。
S「そのー、とりあえず俺の話は置いといて。でも優しさは行動じゃないって誠が言ったのはすごく分かる部分があって」
SM「うん」
S「言い方だと思うけどな、それはでも。具体的な行動があったっていいとは思うんだよ。でもその行動の奥にある相手の気持ちが見えるか見えないかで全然違うなって思うのは、例えば今でも誠がよくやる、置手紙とか、書置きなんかが俺は好きで」
SM「あー。これまた超照れるやつ(笑)」
-- あはは。
S「最初は本当に伝言とかメモなんだよ。『鍵は持って出ました』とか『煙草の買い置きあります』とか、『今夜は親戚の家』とか。だけどそのうちそこに、誠の表情や気持ちが見えるようになって、何が書いてあるかより、そこに書置きがある事自体に意味があるって思うようになった。しかも色んな場所にあるんだよ、その日のうちに気付かなったり、でもそれがまた誠らしくて。伝言メモなんて優しさっていうより書く人間の都合だったり効率だったり、業務連絡に近い意味だってあるから捉え方は人それぞれのはずなんだけど、俺にはそれは誠の優しさに見えたな」
SM「それは愛情って呼ぶんじゃないかな?」
S「あい(伊澄が他人にグラスを差し出す、とても珍しいシーン)」
SM「愛情をなみなみと…」
S「お前何か言わないと気が済まないのか?」
-- (笑)、生活の中にそういう誠さんの存在がたくさん隠されているわけですね。
S「そういう事だな。それとかそういう目に見える事以外でも、ファーマーズの件だってそうだし、知らないうちに実家に連絡入れてたりとか、昨日だっていつの間にか新しい酒瓶増えてるから目の錯覚かと思ったらマジックで『バレンタイン2017』とか書いてあるし。なんていうか、俺のリアクションとか反応をその場で見るわけじゃないのに楽しそうなんだよ。そうやって常に、俺の一歩先でたなびいてる風みたいな動きで生きてんだ、誠って」
-- なんて素敵な表現と人柄でしょうか!たなびく風!
SM「ふふふ、あー!超恥ずかしい!なんでそんな事まで全部ばらす!?」
S「お前が言うな(笑)。でもそれが多分、誠や俺なんかが思う優しさなんだよな、きっと」
SM「まあー、うん。そうだね」
S「誠のそういうのって出会った頃から変わらない。だから俺は本当に昔からこいつに対して、具体的にどうなって欲しいとか、こうすればいいのにって考えた事はないんだよ」
-- そうなんですか。いつまでも変わらず、もう、ありのままで良いと?
S「いやあ、そういう事でもないんだよな」
SM「あらま」
S「一度だけ、こいつの両親の遺品整理に同行した事があったんだ。車で送っただけで現場に付き添ってはないけど、おかげでその後誠が小さい頃の写真とか、ビデオカメラの映像とかを見る機会があって」
SM「(ソファに体を預けて涙を堪える表情になる。しかし伊澄から目を離さない)」
S「(言って良い話?という顔で誠を見る)」
SM「(小さく何度も頷く)」
S「…まだ出会ってそんなに時間は経ってなかったと思うんだけど。関誠という女の子のめちゃくちゃプライベートで大切な思い出の部分に触れて、それまですれ違ってきた誰とも違う思いをその子に対して抱くようになった。…その子って誰だよ、誠な(笑)」
-- はい。
S「あいつら(池脇ら)以外に人と深く関わり合いを持って生きてこなかったし、特に相手が女ならそうなりようもないぐらい俺は適当にやってきたから。相手をよく知らないまま、流れのまま」
SM「(苦笑いを浮かべて涙を拭く)」
S「誠は、俺の方が躊躇らうぐらい全部を目の前に広げて見せた。そこらへんが人とは違って、まず自分を隠そうとしなかった。…当時こいつが、自分でも言うように色んな事に対して興味を抱けなかったっていうのは、裏を返せばそれだけ自分を偽らないで剥き出しのままで生きてたって、そういう事だと思うんだよ俺は。実際にどう動いたかじゃなくて、心では誰にも流されず、誰にも与せず、興味がある振りをしてどこかに属する事もしなかった。一人っきりで立ってる。…言い過ぎかもしれないけど」
SМ「(両腕を使って目元を覆う。わずかに、震えている顎が見える)」
S「そういう15歳がいて、そこに至るまでの切り取られた幸せな思い出の記録を見た時に、一人の人間の、大切なものや、大切にされて来たであろう愛情みたいなモンが俺の中に入って来たのを感じた。笑う事をやめて俺に体ごとぶつかってくる姿を近くに感じながら生きてるとさ、不思議なもんで、こいつこの先どんな風に生きてくのかなーって。ひょっとして俺は、それを一番近くで見てても良いのかなって」
SM「もう無理だよ…」
S「何だよ」
-- はあああ(溜息)。
S「あんたも何だよ(笑)。でも人ってさ、変って欲しいとか変わらないで欲しいとか強く意識しなくたって、いつか絶対変化していくもんだと思うんだよ。それは別に誠じゃなくたって皆そうだしな。願う気持ちも分かるし、変わらない部分を大切にしたい気持ちだって、分からないではないけどな」
SM「うん」
S「どうなるにせよ楽しみでしかなかったよ。だからそこは俺が何を思う事もないって、今でもそれは変わらない。俺は誠にどうなって欲しいとか何かを期待してたわけじゃなくて、こいつのそういう経年変化を側で見てて良いんだよなって、自分のこの先を勝手に想像して、一人でわくわくしてただけだから」
SM「もぉー…」
S「ここにいる誠はあの頃とは全然違うけど、でも変わってないよな」
SM「うん」
S「それが面白いんだよな。ずっと見てきた今それを言えるのがな」
SM「もぉ」
S「やせっこけでいっつも俯いてたお前がさぁ」
SM「…」
S「よく頑張って来たと思うよ。俺はそれを見れて心から嬉しい」
SM「もおー!」
S「うるせえなあ!化粧直して来いよ(笑)!」
(中断)
(関誠、退席中)
-- いつの間にか、目の前の翔太郎さんがスーパーギタリストである事を忘れていました。今改めて思い出して、ゾクゾクしています。
S「どういう意味だ?」
-- 私この取材を始めて色んな想定外に出くわしましたけど、ちょっと翔太郎さんと誠さんの存在は本当、びっくりの連続です。今日時間を掛けてインタビューを取れる最終日だって言うのに、今でも新鮮な驚きと感動で息苦しい程ですから。
S「そんな、なんか特別な事話してるつもりはないんだけどな」
-- 翔太郎さんにしてみればそうなんでしょうね(笑)。ずーっと変わらないお気持ちのまま、ご自身のスタンスのまま歩いて来られたんでしょうからね。私の経験なんて取るに足らない話ですけど、あなたは私がこれまで出会って来た人達の誰とも似ていませんし、近い人すら思い浮かびません。
S「へえ」
-- (笑)。バンドの取材をしたくて訪れたこのスタジオで、まさかこんなに素敵な恋人同士に出会えるなんて夢にも思いませんでした。
S「おいおい」
-- 分かってます。そんな乙女チックな話ではないことも、安いメロドラマじゃないことも。だけど、私にとっては今世紀最高の恋人同士です。そんなあなたが今世界で最もホットなバンドのギタリストであるという事実が、私の胸をこれでもかと熱くするわけです。
S「なんで?」
-- 適切かどうか分かりませんけど、二兎を追うものは一兎をも得ずって言うじゃないですか。今私、一兎追ってたら二兎得ました、みたいな感じに思ってます。
S「あははは!もう、なんだろうなー、あんたなー」
-- ええ?
S「素直に一石二鳥って言えよ!(笑)」
-- ああ!本当だ、全然思いつきませんでした。
S「駄目だこりゃ。一兎追ってたら二兎得ました(笑)」
-- ふははは!あー、最後まで楽しいです、最後まで本当に幸せな気持ちです。ありがとうございます。
S「こちらこそ」
-- (泣)。でも翔太郎さんと誠さんて、やっぱり口調が似ていらっしゃるのは、翔太郎さんの影響なんでしょうね。
S「織江に似ればよかったのにな。申し訳ないけど、そうだと思うよ」
-- いえ、私は素敵だと思います。
S「口調とかそういう事よりもさ、俺としてはちゃんと人と面と向かって話せるようになった事とか、どんな風に加工してアレンジが加えてあってもいいから、自分の気持ちを他人に伝える事が出来るようになったってのが、大きいかな。凄い変化だと思う」
-- 以前はもっと、口下手だったりしたんですか?
S「今みたいにベラベラと上手く会話を転がしてるあいつなんて、出会った時からは本当想像つかないもん」
-- ああ、なるほど。
S「俺も人の事言えたもんじゃないけどな。それでもあいつはちょっと、…うん、頑張ったんだと思うよ。それはもう、…うん、あんま他人の事言い過ぎるのもアレだけど」
-- 真顔でそういう事をサラリと仰るから。
S「ん?」
-- 泣いちゃうんですよー。
S「知るか(笑)」
-- やせっぽちで、俯いて、人と上手く話せない。だけど学校では器用に笑って、テストの問題をつまらなそうに解いていた当時の誠さんを思い返して、もし、繭子のタイムマシンじゃないですけど、今翔太郎さんが声を掛けるとしたら彼女に何て仰いますか?
S「今ぁ…?」
-- はい。
S「…別に」
-- ええええ。
S「考えてみろよ、繭子の場合とはわけが違うぞ。俺は誠の横にいたからな、ちゃんと」
-- …ああ、そうか。今敢えて言葉をかけなくても、そこに翔太郎さんはいたんだ。
S「大丈夫かあんた。なんか…パンクしてんのか?」
-- してると思います、面目ないです(笑)。
S「うん、でも俺は、今ほどじゃないけど割と声は掛けてたと思うけどな。けどやっぱり最初はあいつの方がさ、全然想像つかないと思うけど、喋らないわけだよ」
-- うーん。誠さんご自身は翔太郎さんと話をするのが大好きで、そこを生き甲斐に毎日を過ごしていたんだと、仰っていましたけどね。
S「あいつがそう言うんなら気持ちとしてはそうだったんだと思う。でもそれが例えば、今俺とあんたが喋ってるようなこういうテンポだったのかっていう事だよ」
-- ああ、確かに、それは思い付きませんでした。
S「うん。何か、仮に俺が『この後飯食いに行くけど一緒に行くか。何か食べたいもんあるか』って言ったとするだろ。そしたらあいつ、手を後ろに回したままはにかんで、首を傾げて、『はい。何でも』って言って終わりなんだよ」
-- えええええ!
S「それはでも俺としてはちょっと複雑な話でさ。要するに、そういう奥ゆかしい奴っていうそんな単純な性格と違ってな。多分だけど今思えばそうやって声を掛けられた事に対して、普通に喜びの感情はあったんだと思うんだよ。でもそれを当たり前のように『よっしゃー!肉ー!』って言い出す事は出来ない。表情に出していいのか、嫌われないか、もっと喜んだ方がいいか、卑しい奴だって思われないか、でも嬉しいのは嬉しい、そいで頑張って何か返事をしようとした結果が、ぎこちない笑顔」
-- ああ…それは、なんというか。
S「そういう色んな感情があいつの顔でくるくる動いでるのが分かった。目とか口元とか、首を傾げる角度とか、めちゃくちゃ繊細で、尋常じゃないくらい気を使ってたと思う」
-- …はい。
S「言えば、そういうのが奥ゆかしいとか控えめなっていう事なのかもしれないけど、所謂処世術にはなってなかったよな、俺に言わせると。こうすればいいんでしょって、分かってなかったと思うし」
-- 手探りだったわけですね。
S「そう。でも今にしてみれば気持ちは分かるよ。大切なものを失った経験があると、喪失感に対する恐怖心って半端ないからな。どの段階であいつが俺に好意を抱くようになったかは知らないけど、少なくとも嫌われたくないって思いはもう、目に見えるレベルだった。もしくは人を傷つけまいとする気持ちというか」
-- はい。
S「最初のうちはずっとウソみたいに態度がおかしかったんだよ。だってさっきまでそんな事なかったろ、普通に人と話してたろって。何で俺の前だけそんな?って」
-- でもそれは、少し分かる気がします。翔太郎さんが全てだったんだと思いますよ。
S「まあ、だから最初は混乱したけど、少しずつだよなあ。時間かけて、取りあえず肩の力抜いて気楽にやってくれと。誠が自分でも言ってたけど、楽な姿勢を取れる相手だと思っていたとしても、実際にそれを行動に移せるまでには時間かかったもんな」
-- そうだったんですね。
S「そういうのは、やっぱりあいつ言ってないんだ?」
-- はい。
S「そうか(笑)」
-- あはは。…あー、でも、翔太郎さんがいて良かった。誠さんに出会ってくれて、ありがとうございます!
S「…あんたそれ繭子ん時も言ってなかったか?」
-- 言ったかもしれません(笑)。
(続く)




