連載第60回。「池脇竜二について」
2017年、2月下旬、某日。
池脇竜二、ラストインタビュー。
-- 思わぬ方向へ、来ちゃいました。
「ん?」
-- 竜二さんに初めてお話をお伺いした日に、言われた言葉です。『あんまし掘り下げすぎると思わぬ方向に行くかもしれねえから、気を付けてな』。
「俺が言ったのか?」
-- そうです(笑)。
「へえ」
-- なんでそんなに驚いた顔するんですか(笑)。竜二さん、なんとなく私がここまで食い下がる事を見抜いていらっしゃったんですね。そして本当に思わぬ方向で、素晴らしい皆さんのお話をお伺いすることが出来ました。
「良かったじゃねえか、最後にそう思えたんなら、最高だよな」
-- はい。…はい!
「なはは、俺は別に泣いたって怒らねえよ。泣き虫」
-- でも翔太郎さん仰ってましたよ。皆優しいから言わないだけだって。
「あはは、まあ、そうかもしれねえな」
-- 前に、竜二さんには壁があるっていう話したじゃないですか。
「ああ、あったな」
-- その時言いたかったのは、竜二さんが時に怖く感じる程、不機嫌な瞬間があるっていう事なんです。
「…ぐいぐい来るなあ」
-- あはは、すみません。
「ウソウソ、冗談だよ」
-- だけどそれって、私が勝手に機嫌が悪いと思っていただけで、そういう時の竜二さんは物凄く真剣に物事を考えていたり、悩んでいたりする時なんだよって教えてもらって、私本当に自分が恥ずかしくなって。今日はどうしてもまずそれを謝りたくて。
「あははは!謝られたって許しようがねえよ。怒ってねえもん。それよりも、誰がそうやってあんたに教えたんだ?」
-- 直接的な言葉で教えて下さったのは、織江さんと繭子です。間接的なものを含めて良いなら、皆さんです。
「へえ、ありがたいもんだね。俺は単純だからな。翔太郎達と違って理解はされやすいだろうけどよ」
-- あるいはそうなのかもしれません。しかし、私にとっては逆でした。
「そうかい?」
-- 一見シンプルなんです。大らかで、豪快で、器が大きくて、どこまでも熱い人です。だけどその実、これほど責任感のある人は見た事がないなって。
「(首を傾げる)」
-- 誰とも話をしていない、おひとりでいらっしゃる時の竜二さんを見かけて、今は話しかけ辛いなと感じた事が何度もありました。でもその数だけ、その裏側で、バンドの事、メンバーの事、スタッフの事、色々と悩んでおられた事を私は教えて頂きました。
「うーん(低く、大きな唸り声)」
-- あはは。
「格好悪いな」
-- (首を振る)
「ありがてえな」
-- ごめんなさい。
「また泣く(笑)。…でも、色々見せちまったし、聞かせちまったもんな」
-- ごめんなさい。
「謝んなって。そうだ。いい話を聞かせてやろうか」
-- お願いします。
「庄内とは10年以上になるんだよ」
-- はい。
「ああ見えて、ウダウダと人に語って聞かせるような男じゃねえし、もしかしたら聞いてない事もあるかもしれねえが、あいつも相当、うちのバンドを好いてくれてる」
-- はい。
「あいつが一番初めにインタビューを撮ったのは、実はアキラなんだよ。まだ『FIRST』が出てすぐの頃で。俺も、他の奴らも今よりタチが悪かったから、わざわざ作り終わったアルバムの話をするのが嫌で庄内の誘いをずっと蹴ってた。困り果てた織江を見兼ねて、アキラが自分一人で良ければっつって、詩音社へ出向いて行って話をしたそうだ」
-- 初耳です。
「あはは、やっぱそうか」
-- どうして黙っていたんでしょうね。『Billion』へ掲載したのは俺が一番最初だー!っていつも自慢してるのになあ。
「あいつはきっとあんたが考えてる以上に、俺達を理解してくれてるよ」
-- あはは。
「当時はあいつも突っ張ってるタイプの人間だったから、俺達の問題行動相手に口では不満ぶつくさ言いながらだったけどな」
-- しょうもない上司ですみません。
「いやいや(笑)、俺らの方が数倍大人げない人間だったからよ」
-- 滅相もないです。
「後になってあいつが言うにはな、実は恩義ってもんを感じていたそうだ。本来は逆なんだけどな。こっちは紹介して売ってもらう立場だから恩義を感じるとすりゃこちら側のはずなんだが、アキラが出向いてくれた事がよっぽど嬉しかったんだって。今でも、あの時は助かりましたよっつって俺達に礼を言うんだ。それだけに、アキラが死んだ事で耐えがたい苦痛をあいつなりに抱え込んじまった。もちろんアキラの死と庄内になんの因果関係もねえことはあんたも知っての通りだが、優しい奴だからな、あれはあれで」
-- そうだったんですか。
「当時から、今のあんたに負けず劣らずっていう力の入れ具合だった。今にして思えば、あの頃庄内がふた月と開けずバンドを扱ってくれたおかげで、俺達がここまで認知されたんじゃねえかと思うよ」
-- いえいえ、そういうわけでは。
「あははは、感謝してんだぜ、これでも一応は」
-- ありがとうございます。喜ぶだろうなあ、庄内。
「吉田さんもな。昔はここへも来て、毎回毎回うちの庄内が凄いうるさいんだよねえっつって、苦笑いしてたよ。ゴーサイン出すまで動かねえんだよって」
-- うちの、吉田がですか!? はー…。
「Billionに育ててもらったようなもんだ、俺達は」
-- あああああ。嬉しい!
「あはは。これはあんたに言っていいもんか分からねえけど、庄内はずっと織江を追っかけててよ」
-- 聞いてますそれは(笑)。
「そうかい? うん。って言っても、きっと女として好きだとか言う事以前によ、あいつなりに見てきた織江の頑張りや、それこそアキラが死んだ後俺達を支え続けたパワーみたいなもんに、惚れたんじゃねえかと思ってて」
-- …はい。
「当時の織江は全部蹴ってたけど、今のあんたみたいに、あいつをドーンハンマーの一員として紹介したくてうずうずしてたらしい。そのぐらい、近い距離でバンドを応援してくれてたんだ」
-- はい。ご迷惑じゃなかったですか?
「あんたがそれを言うのかよ!(笑)」
-- 自分に言ってる部分もあります。
「(笑)、迷惑なんかじゃなかったさ。織江も口ではさんざん文句言うんだけど、最低年4回は必ず自分で出向いてって庄内に挨拶してたよ」
-- ええ、 織江さんがですか!?
「ん?うん」
-- らしいと言えばらしいですけど、なんか嫌だな。こちらからお伺いしないといけないのに。
「フフ、おもしれえなあ、あんたは」
-- それは、バンドを扱ってくれてありがとうございます、というスタンスですか?
「分かんねえけど、そうじゃねえかな。でも別にわざわざそういう言葉を言いに行ってたわけじゃねえと思うよ。差し入れ持って、調子はどうだい?って。世間話だけして帰ってくるような、そういう関係ではあったからな、昔から。今でもそれはそうだし」
-- 初耳です。
「っはは、なんで怒ってんだよっ。けどまあ、あいつもいっぱしの男だからね。これではいかんと思う所もあったんだろうよ。ある時から距離を置くようになって、それこそドーンハンマー専属みてえになってた立場から一歩退いて、テメエんとこの雑誌を大きくする為に奔走し始めた。副編になったのはその頃かな」
-- なるほど。
「あいつ言ってたぞ。時枝が、俺の後を継ぎますからって」
-- い…。
「誰だよ、いつの話だよって俺は笑ってたけど、…何年かしたら本当に来たよ、時枝って変わった名前の、剥き出しの編集者が」
-- (言葉が出てこない)
「何度も何度も叱り飛ばしたって言ってた。このままだとこいつは俺の二の舞になる。感情に押しつぶされて、本当に伝えなければいけないバンドの魅力をメロドラマみたいな安物に変えちまうって。だけど、時間を掛けてどんどんと上げて来る原稿を見る度に考えが変わってったそうだ。俺も、こうやって開き直って、とことん突き抜けちまえば格好ついたんでしょうかねえって、しまいにゃあ良い顔で笑ってたぞ」
-- …はあ。そんな風には私は、言われた事ありませんねえ。
「人の出会いってのは本当に不思議なもんだと思い知らされるよ」
-- はい。
「アキラが死んだと聞いた夜、庄内は一人で、バッティングセンターで700発打ったそうだ。いい加減にしてくれと店側から断られてやめたけど、そこまでやっても涙が止まらなかったって。見兼ねて『いろどり橋』へあいつを連れてった時、おばちゃんとおっちゃんの前で手をついて土下座して、『息子さんに、一人前の男にしてもらいました』っつって大泣きしやがってさ。そりゃあお前俺達への嫌味でしかねえだろう!って俺らはゲラゲラ笑ってたけどよ、実際嬉しかったねえ」
-- (言葉が出ない)
「そういう男が自分の後釜に据えて寄越したのがあんただからな。きっと面白い事やってくれんじゃねえかって、俺は思ってたよ」
-- 面白い事ですか。…おもっ…。
「どしたどした、今度はなんだ!?」
-- すみません。先日、翔太郎さんにお話をお伺いして、開始早々、この一年楽しかったよと言ってもらえた事を、急に思い出して。
「あははは!良いねえ、あいつらしいよなあ。でもよ、俺もそういうもんだと思うんだよ。責任感なんて言うけどよ、俺が何を背負う必要もねえくらいあいつらはテメエの責任で死に物狂いでやってるもんな。だから俺が引っ張られてんだよ、あいつらに。ガキの頃から知ってる分心強えし、やっぱ心底面白いんだよな」
-- はい。
「ったくー、泣いてばっかりだったなあ」
-- (大きく息を吸い込んで、溜息)はい。
「まあ人の事言える程強えのかってーとそーでもねえしな。とりあえずは、ありがとな。この一年、助けてもらって感謝してる」
-- もう!だからァ!
「あははは。でもよ、こういうのを運命と呼ぶのかねえ」
-- …運命?
「ここへ来て、あんたみたいな人が現れて、こうしてまた俺達に光を当ててくれた。良い事も悪い事も多い一年だったけど、最後まで逃げずに付き合ってくれて感謝してる。まだ今日が終わりってわけじゃねえけど、言える時に言っておかねえと明日はやって来ないかもしれしれねえもんな。だから、ちゃんとありがとうを言いたいんだわ」
-- (もう嫌だ! この人達何なんだよ! と思っているが言葉が出ない)
「俺は本当は運命とかそういうものは信じねえタチだけど、なんであれ、この出会いには感謝してる。織江を手助けしてくれた事が一つ。それを出来る奴が誠以外にいるとは思わなかったから、本気で有難がった。そして誠がいない間、翔太郎が倒れないように話を聞いてやってくれた事が二つ。それに、蚊帳の外になりがちだった誠の話相手になって、毎日不安と共に生きてるあいつを支えてくれた事が三つ。それから四つ。繭子を、明るい女の子に戻してくれた事。この通り、心から、ありがとうございました!」
一瞬意識が途切れていたのだと気づいたのは、後ろから視界を覆い隠されて驚きの声を上げた時だった。自分が何をしていたか、どういう状況なのか混乱してしまい、
「また泣かされてんのかー」
という伊澄翔太郎の声を聴いて初めて、自分が泣いていた事を思い出した。
「最近私相手してもらえないんでえ、竜二さん早くこの人回して下さいね」
頭のすぐ後ろで繭子の声が聞こえ、視界が開ける。
私の顔を背後から抱きしめていたのは帰宅準備を済ませた芥川繭子であり、その後ろには同じく伊澄翔太郎が笑顔で立っていた。
手を振ってスタジオを後にする二人の背中を見えなくなるまで見送って、応接セットの池脇の元へ戻って来てようやく私は落ち着く事が出来た。
-- ふうー。大変失礼いたしました。
「声小っちぇえなあ(笑)。いやいや、全然構わねえよ」
-- お疲れの所無駄に時間を取らせてしまいました。ごめんなさい。
「いいってそんなのは」
-- 繭子に会って、今、思い出していました。
「ん?」
-- 誠さんが戻っていらした晩、ここで一晩繭子とお話をされていたと。
「あー。おお、うん。聞いた?」
-- はい。
「なんかよ。そう。辛いのはもちろん誠なんだけど、あいつがとっても可愛くて、とってもいい奴で、優しい奴だからかな。そういうあいつの身に降りかかる不幸はある意味、本人よりも重く俺達は捉えちまう。…そういう事ってあるよな?」
-- はい。
「テメエの事を抜きにしてもよ。あの日『なんでだよ!なんでだ!』って叫んだ大成の声や、見た事ねえぐらい苦しそうに顔を歪ませる翔太郎を見て、これはきっと本当の終りが来たんじゃねえかなって思ったんだよ」
-- 本当の終わり。
「ガキの頃さ。手や足や、腕や、背中、腹、顔、骨。体中の至る所に傷を作って、腫れあがって高熱にうなされても、お互いの身を案じてただの一度も学校を休まなかった俺達は、そういう終わりが来ないようにお互いを見張ってたんだと思う。だけどこれまで何度も何度も、見たくもない終わりを見て来たんだ。ノイや、カオリや、アキラの死を受け止める度に自分の中でたくさんの何かが消えて行くのを感じた。今またここで誠を失うような事があったらきっと、バンドは終わっちまうんじゃねかって」
-- はい。
「どこにいようと生きてさえいてくれりゃあそれでいい。幸せなら尚の事いい。けど、死んじゃダメなんだよ。もしもそんな事になればよ、確実に翔太郎の中にある、なんつーかな、…人としての柔らかい部分が消え去っちまう気がするんだよなぁ。そうなればバンドは崩壊するぞって。俺達もボロボロになる。きっとそういう風に全てが崩れて行くって、俺はあん時そこまで考えたんだよ」
-- もう耐える自信がないと、仰っていましたね。
「俺?…ああ、そうだな」
-- 大変な一日でしたね。
「なあ。…結果、誠が文字通り身を削ってテメエの命を守り、翔太郎を守り、俺達を守ってくれたんだって。繭子とは、そんな話をしたんじゃなかったかな」
-- はい。誠さんが皆を守ったんだと、私も彼女から聞きました。
「大の男がよ、そんな簡単に死ぬとか終わりとか言ってんじゃねえよってなあ。自分でも思うけどよ、あの時は本気でそこまで見えたし、覚悟したんだ」
-- はい。
「そうならなくて良かったよって、あいつ(繭子)とも話して。だから今言ってても鳥肌が立つよ」
-- そうですね。物凄く怖いお話でした。
「でよ、繭子が言うわけ。前に、ここで私が言った事覚えてますか?って。『もし誰か一人でもバンド辞めちゃったら、私も辞めますよ、忘れないで下さいね』ってやつ」
-- はい、もちろん。私もその場にいました。覚えています。
「うん。『もしそうなった場合、おそらくですけどその人はきっと辞めたくて辞めるわけではないと思うし、その時はきっと助けが必要になっていると思うので、私が支えます』って。あいつさ、何かを想定して言ったわけじゃなくて、漠然と昔から思ってた事をあのタイミングで言っただけなんだけど、誠の話を聞いた瞬間『無理だ』って思ったって」
-- 無理…。
「ああ。もし万が一誠を失って、翔太郎に支えが必要になった時、自分がそこへ飛び込めるかって言われたら、きっと無理だと思うって言うんだよ。何で?って聞いたらあいつ涙流して、私も耐える自信がないですって」
-- あああ…。
「うん。そりゃそうかもしんねえなあって。…まあ、とりあえずは良かった!」
-- あはは、はい。もう、全く同感です。心からそう思います。ですが、繭子と話をしていて印象的だった言葉があって。『きっとそれでも、竜二さんなら翔太郎さんを支えられると思うんだ』って。
「ええ?俺が?」
-- はい、そう言ってましたよ。それはノイさんの事を言ってるの?って聞いたら、違うって。
「同じ経験をしている俺だからって?」
-- そうじゃないって、彼女は首を振りました。繭子が言ったのは、『竜二さんは絶対最後まで倒れない人だから。そういう人は、自分の目の前で人が崩れ落ちるのを見たら、絶対そのままにしたりなんかしない。男の中の男だから』って。
「何言ってんだよ(笑)」
-- 一人の人間にそこまで信頼されるって、相当凄い事ですよね。あの芥川繭子が、キリリとした顔でそう断言しましたから。どれだけ心強いと思ったことか。
「うるせえよ(笑)」
-- 私の、記者としての腕が悪いだけかもしれませんが、個人的にこの一年で一番攻めあぐねていると感じていたのが竜二さんだったので、そうやって繭子や翔太郎さんや、織江さんからあなたの事をお伺いするのがとても嬉しかったんです。
「へえ」
-- …へえ!?
「あははは!知らねえよ!そんな事言われても!」
-- そうですよね(笑)。でも、…どこかで似てるなあって思うのが、やはりURGAさんなんですよね。
「俺と?そうかい?…顔?」
-- (笑)、とてもユーモラスで、場の空気を和ませる能力に長けていて、器が大きくて人懐っこい。だけどその実、思慮深くて、仕事に全力で、本当の自分は絶対に見せない人。
「すげえ嫌な奴に聞こえるけど?」
-- いやいや!え!? いやいやいやいや!
「違う?」
-- 違います!
「なら良いけど」
-- びっくりした!いや、まあそのう、私の言い方がまずかったですね。自分を見せないというのは自分を偽ったり隠したりしているという意味ではなくて、とても我慢強いという意味です。
「急にこう、いい方向へグイっと持って来たー、今ー」
-- 違います!
「何でも良いけどな」
-- あはは、でも、そうですね。確かにどうでも良いですね。本当の竜二さんがどういう人なのであれ、あなたを見ていて湧き上がる感情が私にとっては全てですから。
「へえ。良いじゃねえか、うん、なんかのCMみたいだ」
-- 攻めあぐねるー(笑)。
「あははは!」
-- この一年竜二さんの歌声を聞いて来て、そのお姿を拝見してきて、あなたの言葉を受け止めて一番強く思うのが、この人に積まれてるエンジンはきっと特別製だなって。
「っははは!なんだそれ!?」
-- きっと私程度の人間では解き明かせないメカニズムがあって、色んなシチュエーションや要求されるアクションに対して瞬発的に解答が出せて、それら全てが格好いい。そしてその勢いたるや同じ日本人とは思えない程に激しくてエネルギーに満ち溢れています。
「…」
-- 翔太郎さんは凄い人ですよ。大成さんももちろん凄い人です。ですが、竜二さんはちょっと積んでるエンジンが違いと思います。
「…リアクション出来ねえなぁ」
-- いえ、言いたい事言ってるだけなんで気にしないでください。
「そ。…じゃ、黙って聞いてるわ」
-- たらればの話をしても意味がありませんが、もし、竜二さんがバンドにいなければどうなっていただろうと考えると寒気がします。
「翔太郎と大成がいりゃあそんなもんは」
-- 黙って聞いてください。
「はいっ」
-- 失礼しました(笑)。…あなたが抱えているもの。これまで抱えて来たもの。竜二さんを支えているもの。経験と記憶は人間の営みにおいて色んな場面で助けになると思いますが、きっと竜二さんにとってはこれまでの全てがバンドに向かって注ぎ込まれているなって、感じています。
「んんんんーーー(獣のような唸り声)」
-- 反論したげですね(笑)。…私、ドーンハンマーになってからあなたが書いた全ての歌の歌詞を読み返しました。この10年、竜二さんがどのような思いでバンドを続けてこられたか。意味なんてないような歌の中にさえ必ず、人の苦しみと喜びを感じさせるワードが散りばめられています。
「…」
-- 竜二さんにしてみれば無意識かもしれません。だけどあなたが書いた歌の中には必ず、竜二さん自身がいました。読んでいてパっと顔が浮かんで来るぐらい、あなたの感情が飛び込んで来ました。
「…」
-- 単純だとか、底が浅いなんて話ではありません。URGAさんも仰っていました。『めちゃくちゃ歌のうまい人でも、普通全く意味のない言葉を並べて歌ってたら誰の心も動かさない。だけど竜二くんて実はそれが出来ちゃう人だと思う。これは凄い事だ』って。
「…」
-- 私も同じ意見です。歌詞に物語性があるかないかで意味のあるなしを語るなら、ドーンハンマーの歌には意味なんてないかもしれない。だけどこの10年間、全身全霊を叩きつけて来たあなたの歌には、紛れもない池脇竜二の言葉と心がありました。
「…」
-- あなたはちょっと、凄すぎます。
「…」
-- 竜二さんがいて良かった。あなたがバンドにいて良かったです。一年間取材を通してとても近くで皆さんのお姿を拝見しました。驚くような発見や、思いも寄らない出会いに恵まれて、とても、人間として有意義な時間を過ごさせて頂きました。ですがその中で特別な思いがあるのは、言葉では聞けなかった竜二さんの本当のお姿です。
「…」
-- それは、一年前から全く変わらない竜二さんの…。
「まあまあまあ、もうそこらへんで良いよ。気持ちは伝わった」
-- (苦笑)
「翔太郎ならこんな時、黙って聞いてやれって言うんだろうがよ。ごめんな、むず痒くて聞いてらんねえよ(笑)」
-- すみません。
「あんたの気持ちが嬉しくないわけじゃないんだ。ただもう、自分がされていい評価を超えちまってるようにしか思えねえんだ」
-- ええっ、私これでも全然足りません。
「っはは!」
-- またそうやって笑い飛ばす(笑)。
「…昔、アキラに言われた事があんだ」
-- はい。
「お前の歌はちょっと硬くて攻撃的過ぎる。全然楽しそうに聞こえないから、格好良いと思う前に疲れるんだよって」
-- なかなかに、辛辣ですね。
「人を攻撃するつもりで歌詞を書いた事は一度もないから正直ショックだった。だけどこういう音楽をやるにあたって、キルもデスもファックも使わねえなんてありえない。だからもう俺は意味のある歌詞なんて書くのをやめようって思った。そしたらあいつ大笑いして、そういう意味で言ったんじゃねえよって」
-- (笑)
「だけど、そうやって初めて書き上げた歌が、意外と皆には好評でな。思いつめたような説教臭せえ歌詞を眉間に皺寄せて歌うより、何だこれってバカな歌を大真面目な顔で、目ん玉ひん剥いて歌ってる方がお前らしくて笑えるって。何だよそれって苦笑いするしかなかったけど、まあ、これで良いかってな」
-- なるほど。素敵なお話ですね。
「俺自身特に言いたい事があるわけでもねえしな。だからあんたが俺をどういう風に見て、どういう風に持ち上げてくれようがよ。結局俺はその程度の、軽い提案に対する思い込みでここまで来たような男だしな。上も下もねえし、奥行きも幅もなんもねえよ。アルバム聞いてくれ。ステージ見に来てくれ。そこで歌ってるのが俺だよ。本当に、ただそれだけだから」
-- …。
「…」
-- 泣きませんよ!
「うははは!」
-- もー、格好良いなあ。ずるい。惚れる。
「っかしーなあ、こういう風に言えばきっと号泣し始めて綺麗にフェードアウトするって誠に聞いたんだけどなあ」
-- ちょっと!
「上手い事それっぽく言えたと思ったけどなあ」
-- 本気で仰ってます?
「…怖い顔するなぁ。まあまあまあ、冗談だよ」
-- 良かった、違う意味で泣きそうになりましたよ今。あ、忘れる所でした。
「何」
-- この間、会議室で皆さんお話されたじゃないですか、URGAさんと。
「おお」
-- あの時、実は今まで言ってこなかったお互いの秘密はないのかという話題があったと思います。それを見て、ずっと聞きたかった質問がある事を思い出して。
「なんだよ改まって」
-- 年末にですね、『レモネードバルカン』のお話を大成さんから伺って、その後織江さんにタイトルに込められた意味も聞きました。その時どこかで確信めいた気持ちになったのですが。
「勿体ぶるなよ、なんだよ(笑)」
-- 『アギオン』って、どういう意味ですか?
「…ああ(そして、深い溜息)」
-- まずかったですか?
「ううーん。どうかな。今まで何だと思ってた?」
-- 自分なりに調べてはみました。カトリック教会のミサで使用される『サンクトゥス』が三聖頌と呼ばれ、何語かまでは失念しましたが『トリスアギオン』と言われている事までは分かったんです。
「…それで?」
-- 日本語訳が『聖なるかな、聖なるかな、昔いまし、今いまし』。
「っは、悪い、何を言ってんだか全然(笑)」
-- やはり、違いましたか。
「真面目だなあ、本当。確かに織江からも言われたよ。関係あるようには思えないけどねって。トリスアギオンって言葉は存在するけど、アギオンって言葉はないよって。まあ、何かと勘違いしてると思われたみたいでな」
-- あ、え、そんな言葉ないんですか?
「織江が言うにはな、そうらしいぞ。人の名前としてはあると思うけど、自分が知る中では意味を見出せないって」
-- ほえー。
「あはは、ほえー」
-- (笑)。竜二さんはどこでアギオンという言葉を知ったんですか?ちなみに何語なんですか?
「俺がそれでヘブライ語とかギリシャ語っつったら理解出来んのかよ」
-- できません。
「何だよ!」
-- ギリシャ語なんですか?
「さっきからあんた誰を相手してると思ってんだよ。日本語に決まってるだろ」
-- え!? あ、方言か何かですか?
「だから、作ったんだよ俺が」
-- えええ!
「そもそもトリスアギオンなんて言葉がある事も知らねえよ。知るわけねえだろ、中卒だぞ俺」
-- いやでも、竜二さん英語ペラペラだし。
「単純だなーおいー」
-- え、作ったって何ですか?じゃあ、どういう意味なんですか?
「そこだよなあ。うーん」
-- ひょっとして、繭子の事を気にされてます?
「アタリ」
-- ああ、という事は、とんでもない意味だったり、あるいは何も意味がなかったり。彼女がとても大切にしている曲だというのを知ってて言い出せないんじゃないですか?
「アタリ」
-- あああああ。そうでしたか、それは…。ああ、でも知りたい。
「いいね、っははは!そう来なくっちゃな!」
-- オフレコにしましょうか。私と竜二さんだけの。
「いやいや、そういうのはよくねえな。言うんなら、隠し事はなしだ」
-- でも、繭子が傷ついちゃうかもしれないんですよね。
「まあでも、そうは言っても、『still singing this!』を作れたおかげであいつの中での『アギオン』も少しはランク下がっただろ?」
-- そんなわけないじゃないですか。
「ちょいちょい顔が怖い」
-- ただ繭子はきっと、竜二さんが何を言ったところで傷ついたりはしないと思います。
「そうかい?」
-- それはそうだと思います。
「ならいいかな」
-- はい。
「俺さあ。実は子供の頃、小学生ぐらいの頃よ、ずっと翔太郎の母ちゃんが好きだったんよ」
-- あははは!びっくりした、なんですか急に。
「笑うなよお」
-- ごめんなさい(笑)。え、友穂さんですよね。
「おお。もうさ、今でもそうなんだけど、小っちゃくって可愛くってさ、それでいて超喧嘩強えんだよあの人。もうずっと憧れで、大好きで」
-- へえー!真剣じゃないですか。
「おうよ。言ってもガキの頃の話だけどさ。そいでよ、俺言った事あんだ。面と向かって友穂おばちゃんに、『なあ、おっきくなったら俺と結婚してくんない?』って」
-- あははは!え、ちょっと待って下さいよ。え、可愛い!あははは!
「待て待てお前、笑いすぎだろ」
-- えええ、いいなあ。え、それでどうなったんですか?
「おばちゃんも笑い転げてた。そいで俺がへそ曲げちまうとさ、俺の頭をポンポン叩いて言うわけさ」
『ありがとね。一生誇りに思いながら生きてくよ』
「もう俺メロメロんなってさ。しばらくずーっとマジで惚れっぱなしで」
-- 凄いなあ。翔太郎さんはそれ聞いてなんと仰るんですか?
「笑い転げてた」
-- はーー!!
「お前なあ(笑)」
-- すみません。いやあ、私なら絶対結婚の約束したのになあ。
「状況飲み込めてるか。俺小学生だぞ」
-- はい、未来を見据えます。
「よく言うぜ。でさ、何度かアタックするんだけど。毎度そうやってニッコリ笑ってあしらわれるワケだ。その内ムキになって来て、終いにゃ敢えて側に銀一さんがいる時見計らって大声で言うんだよ。おばちゃん、俺と付き合ってくれよ!って。したらおばちゃん、呆れたように笑って銀一さん見てよ、俺に言うんだ」
『そこまで言うなら分かったよ竜二。あんたも男ならウチの人と勝負しな。それで万に一つひとつでも銀一に勝つような事があれば、アタシはあんたと結婚でもなんでもするから』
「俺顔真っ赤になって。勝てるわけねえだろ!って叫んで。したらさ、最高に格好良いぜ」
『そういう事だよ。死ぬまで。死んだって、アタシは銀一の女だから』
「もう完全敗北だよ。俺の初めての挫折は友穂おばちゃんと銀一さんだよ」
-- ふうーわ。格好良い…。
「だろう?…そういう事だよ」
-- …え?
「話終わりましたけど」
-- …え、いや、今のは何の話ですか。竜二さんの初恋の話ですよね。
「アギオンの話だろ?」
-- その要素どこにありました?
「言ったじゃねえか、友穂おばちゃんが。アタシは、ギンイチの、オンナだ。アギオン!」
-- ウソー!? 何それー!ウソー!
「アギオン!」
-- えええー、え、本気ですか?揶揄われてますよね?
「そんなもんだって、俺が10代で作った歌だぞ、だって」
-- この一年で一番びっくりしたかもしれない…。
「大袈裟な事言うな(笑)」
-- うう、ええ、色々整理させて下さいね。もちろん大成さんも翔太郎さんも、ご存知で?
「それ知らねえでさ、なんでクロウバーじゃなかった翔太郎がアギオンライダース作るんだよ。そもそも誤解してっけど、リリースよりアギオンライダースの方が古いからな」
-- もー!えー!ウソー!?
「あはは、あんたキャパオーバー起こすとそこいらのギャルみたいになるな」
-- そりゃこんな反応になりますよ。…えっと、繭子は知らないんですよね?
「俺は言ってねえよ」
-- 誰かが言ったかもしれないですよね?
「んー。かもしれねえな。それも知らない」
-- うわあ。…うわあ。…え、うわあ。
「そんなもんだって。何度も言ってんだろ、そもそも曲のタイトルなんて記号の代わりだし、歌詞と直結してない事の方が多かったんだからもともと」
-- そうですけど。
「そうかあ。やっぱこんな反応になるのか。…繭子には言わねえほうが良いかな」
-- いや、でも繭子は大笑いする気がしてきました。どちらかと言えば、喜ぶんじゃないでしょうか。もし、今でも知らなければですけど。
「んー。あいつ全然そういう歌詞とか、意味とか、聞いて来ねえからなあ。興味ねえのかもしれないし、無理に言うつもりはねえけどな」
-- ええ、そうみたいですね、興味がない事は絶対ないと思いますけどね。にしても驚いたな。…ふふ、『アタシは銀一の女だ』か。格好いいなあ。似合うなあ。うふふ。
「ったく(笑)」
-- 竜二さん。
「ああ?」
-- ありがとうございました。
「お、もう終わりか?」
-- いえ。これは私が編集者として言う言葉ではありません。仕事の話でも、今この時間の話でもなく、個人的な感謝です。個人的な感想であり、個人的な愛情です。
「んん?」
-- 竜二さんとお会い出来て良かったです。
「おう」
-- 大成さん、翔太郎さんにも同じ感謝をお伝えしました。
「おう」
-- ですが、ここで終わりですと言えない事情も、お伺いしてしまいました。
「何?」
-- 繭子の事です。
「…何だよ」
-- 皆さんが今こうしてバンドを続けている最大の理由は、繭子なんですね。
「…あー」
-- はい。
「俺がこれを言うのはどうかと思うがよ」
-- はい。
「…カメラ切ってくんねえか?」
-- …分かりました。




