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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
6/77

連載第6回。「芥川繭子 単独」1

2016年、4月13日。

練習スタジオ、応接セットにて。




このスタジオにいる間は練習着姿の芥川繭子にしか会えない。

そんな当たり前の事すら寂しくて勿体ないと感じる程に眩い美しさ、可憐さを持ち合わせた28歳が目の前に座っている。まだスタジオ内にメンバーが残っている為に落ち着かない様子の彼女は、ソファーに座っているものの背もたれに体を預ける事をせず、近くを誰かが通るたびに視線をそちらへ走らせている。もちろん怯えているわけではなく、メンバーに対する尊敬がそうさせるのだ。彼女の中で、この密着取材を快く思っていない事は初対面の時から変わっていないはずで、その事が余計彼女の所在無さげな挙動に拍車を掛けていると思われた。

今日が私の初めての正念場である。そして今回のインタビューの出来次第では、今後の予定全てに狂いが生じる恐れもある。しかしそう分かっていてもなお、私には興奮を抑える術がなかった。彼女が目の前に座っている一対一の時点で既に、芥川繭子の完全なる虜であった。

本日の単独インタビューを前に徹夜で編集したビデオ映像を持参した。神波大成、伊澄翔太郎、池脇竜二のインタビュー映像をまとめたものである。私のやりたいこと、意図することを少しでも理解していただく為の資料のはずが、色々と注釈をつけたいこちらの思惑などどこ吹く風、予想以上に喜んでもらう事が出来て正直ホッと胸を撫で下ろした。




-- なかなか名言を引き出せているのでは、ないでしょうか。

「うん。凄い凄い。めっちゃ喋ってんじゃん皆…。わー…、もうちょっと見ていい?」

-- どうぞ、お好きなだけご覧になって下さい。

「(カメラのモニターを見たまま)…敬語の方が良いですか?」

-- 全然(笑)。気にしないで下さい。


言葉を扱う職種の端くれとして安易な表現は避けたいと思いながらも、『超絶クソ可愛い』という言葉を使いたくて仕方がない。だがもちろん声には出さない。


「トッキーもさー。…トッキーって呼んでいい?」

-- はい。

「じゃあそちらも敬語はやめましょうか。…馬鹿だから、喋り辛いし」

-- いきなりですか。あー、では、はい、頑張ります。

「(一瞬だけ上目遣いにこちらを見る)年上なんですよね? 呼び捨てでいいので」

-- ええ、それは。…頑張る。

「トッキーは誰が一番好きなの? この3人で」

-- 繭子。

「この3人でって」

-- そういう個人的な趣味嗜好は挟まないですね。このバンドのファンであって、それ以上でもそれ以下でもない。

「何故だろう、あまり説得力を感じないな(笑)」

-- 面目ない。

「…」

-- いや待たないでよ。正直3人とも物凄く紳士で優しいし魅力的。ちょっと一人には絞れないくらい個性的で凄すぎる。

「だよねー」

-- さっき繭子の方から敬語の方が良いか聞いてくれたでしょ。普段そういう事って聞かれないんだけど、やっぱり話し方によっては印象が悪く映る人もいるのね。

「(カメラをテーブルに置いて私を見る)」

-- でも、この、皆さん3人はびっくりするぐらい自然だった。それも所謂魅力の一つなんだろうなって。

「どういう意味?」

-- タメ口とか口調とかが全く気にならない自然体で、人柄が滲み出ていたように思います。思う、た。あはは、んー、初対面から敬語を使わずに、それでいて嫌味のない人って私会った事ないかもしれない。

「へえ(笑)」

-- …ファンだからかな。

「そうだろうねえ!聞いてて今それ言おうと思った(笑)」

-- あはは。聞いていいのかな。じゃあ繭子は、どうなの。

「何が?」

-- 誰が好き?

「私はホラ、もうすでに3人まとめて独り占めしてるようなもんじゃない?」

-- ずっる!ずっるいわーそんな答え!

「あははは」

目を細くして笑う繭子の顔をずっと見ていたい思いの中、聞きたい事やぶつけたい質問の取捨選択を頭の中でグルグルとフル回転させる。

-- よし、では始めたいと思います。

「お疲れさまでーす。でーす、ういーっす」

支度と挨拶を終えたメンバーがスタジオを後にするのを根気強く待ち、最後に池脇竜二の笑顔を見送って、深呼吸。

-- 他のメンバー3人にはその場の流れで色々な質問をしたんだけど、これだけは必ず聞いておこうと思った質問は『繭子をあえて一言で表現するなら』っていうものなんだけど。

「…ねえ」

-- はい。

「いきなり私にスポット当ててくるんだなって皆ちょっとびっくりしてたよ。話の内容は聞いてないけど、『いきなりお前の名前が出て面食らった』って」

-- ウソ!? うわ、どうしよう!

「初日にまあ、顔がドロドロになぐるらい一生懸命話してくれてたしさ、単純な興味とか個人的な好奇心だけでここまで来てないのは分かったからとりあず皆飲み込んだけど、ちょっと軽率過ぎたかもしれないね」

-- うわ…、やばい…。それは、仰る通りですよね。

「うん、一応言っておこうと思って。私の事をどう考えてくれても構わないけど、私なんかよりあの3人の方がキャリアも年齢も上だし、ちゃんと接してほしいと私自身が思ってるんだ。あの3人に対しては、行儀よくしてね」

-- はい。申し訳ございませんでした。

「私に言ってもしょうがないよ(笑)。で、なんだっけ」

-- えっと、先ほど見ていただいた映像が、その『繭子を一言で表現するなら』っていう問い掛けに対する皆さんの答えなんだけど、反対に繭子には他のメンバーがどう見えてるか聞きたくて。

「それは何、『天才』とか? うーん。なんだろうな。私が言ってもらえた言葉や表現であったり、思いっていうのは本当に涙が出るくらい嬉しいんだけど、こちらとしてはやっぱりまだ恐縮する気持ちが大きくて」

-- 恐縮。ちょっと距離感のある言葉に聞こえるね。

「そうだね。くだらない話だって出来るし、下ネタだって言える。10代の頃から10年一緒にやって来たしある程度お互いが考えてそうな事も分かるよ。ただそういう関係性とは別な部分で、それこそ尊敬してやまない気持ちだったり、これ以上近寄ってはいけない距離、みたいなのは、ずっとあるかな」

-- それは意識してそうなのかな?

「気が付いたら10年経ってただけだからね。最初の気持ちから変わってないんだと思う。私今でも皆の前でドラム叩いた初めての夜をはっきりと覚えてるし、昨日の事のように思えるもん」

-- そういう距離感は、他のメンバーも気づいてるんだろうか。特にそういった話にはならなくて、皆繭子を大事に思って、感謝してるっていう部分は共通していたんだけど。

「さあ、どうだろう。私はあなた達を、距離を置いて見てますなんて、言わないし」

-- それはそうだよね。ただそういった、親しき中にも礼儀ありという姿勢を崩さない繭子から見ても、他のメンバーの魅力は所謂ファンとは全然違った見え方になると思んだけど。

「ちょっと、うーん。ちょっとでは失礼か。大分、やっぱり、狂ってるよね」

-- …褒め言葉だよね?

「もちろん!」

-- かなり強烈な言葉だけども。

「なんか、そういう言い方でもしないと表現出来ないんだよね」

-- 変人という意味ではないよね?

「ピーキーな人達ではあるよ。不思議系とか風変りとかでは全然ないけどね。どっちかっていうとかなり常識人な方だし、皆。ただ特化型というのかな。普段日常生活では私らと何も変わらない人のように見えて、3人揃って楽器担いだ瞬間ガッと人が変わるのね」

-- おおお、なんか分かる気がする。

「その度合いの振り幅がさぁ、他では見れないレベルというか。上手に例えられないんだけど。人間に人間用以上のエンジン積んでるというか」

-- エンジン点火!

「それはそうなんだけど、なんかね、色が変わる気がするの」

-- 色?

「濃くなるというか。そう見える、感じるだけで、実際はそんなはずないんだけど」

-- なんだか伊澄さんみたいな表現だね。

「うん、だからちょっと分かるなーって思って。言葉で言い表すってさ、多分どこかで似た誰かを見たことがあるから出来るんだと思うの。誰かか、何かを。けど見た事ない人って表現できないじゃない? そういう感じかな。だから翔太郎さんが首を捻る姿見て嬉しいなーって思う」

-- 結構冷静に見てるね。もっと感情的な人だと思った。

「誰が? 私? あー、えへへ」

初対面の時の事を思い出したのだろうか。急に照れた笑いを浮かべて背もたれに体を倒してしまったので、むろんそういうつもりで言ったわけではない私は大いに焦った。

-- その節は本当に失礼しました。もっとちゃんと、事前に色々ご相談した上でお伺いするべきでした。

「あはは、もうその話はやめよう、取材受けるんだって決めてここにいるし」

-- ありがとうございます。では続きになりますが、楽器を持って本来の自分ともいえる顔になる時、3人の姿が色濃く見えるというのはとても詩的で素晴らしい表現だと思います。その事と、狂ってるという言葉がうまく一致しないのですが。

「いやー、狂ってるって言葉が正しいかは分からないよ。けど本当普通じゃないからなー。初めてその瞬間に立ち会う時って、私がドラムセットに座った時だから。なんていうかな、こう、座って彼らの背中を見た瞬間ゾゾっとした」

-- 怖い程に?

「そう。あー、これからこの人達と一緒にやっていくんだー、これは凄いなって思ったもん。もうなんだろ、怖すぎて何か、怪物を見るような目で震えていたかもしれない」

-- そこまで?

「そうだよー!まだ10代だったし、自分で望んだ事なんだけど、うわー!コエー!って何度思ったことか」

-- 何度も怒られた?

「怒られ、…ない」

-- それは逆に怖いね。

「うん。期待されてないというのとも違うし、無言で、もっとやれるだろ感を出してくる雰囲気。暴力的な怖さとか威圧感じゃないんだけど、こう、ぐっと引っ張る力が、凄い、自分で何言ってるか分かんない(笑)」

-- いやいや、そんな事ないよ。だけど、イメージだけど、池脇さん辺りはちゃんと言葉で言ってくれそうだけども。

「全然全然、練習中一番怖いのが竜二さんだし」

-- 意外。

「そりゃ声が武器だもの。そこで全力出してるんだし、無駄な事は何一つ言いたくないんじゃないかな? その代わり、練習終わってからは皆それぞれフォローはしてくれる。練習中は、自分で判断しろっていう」

-- スパルタなんだね。

「練習中はそう、和気藹々ではないね。曲作ってる最中は笑いが絶えないけど、いざ練習に入ったら全神経を集中させてひたすらトレースして練度を上げまくるの。だから今思えば私にも分かるしね、他人のミス気にしてる場合じゃないし、そういう問題じゃないってことも。最初はね、やっぱり怖かったけどね」

-- 今でこそ他のメンバーと比肩するテクニックを兼ね備えているわけだけど、もちろん最初はそうじゃなかった。怒られる事を承知で聞きますが、心のどこかで、自分が女子高生だから面白半分でバンドに入れてもらった、と思ったことはない?

「ないよっ!何言ってんのー?」

-- いや、笑ってるけどさ、もう正直に言うよ? 超可愛いんだよ繭子。皆言ってることなのよコレって。私だけじゃないの。皆気になってるの。一体何がどうなってるんだって。

「まあまあまあ、可愛いかどうかは別としても、色々言われたよね、それはね。…でもまさか今でもそんな事思われてるなんてなー」

-- 皆が皆10年前からドーンハンマーを知ってる古参ファンじゃないから、仕方ないよね。

「確かにそうか。でもひどいなー。…ひどいよー(笑)」

-- 公表されていない経緯が、どうやらあるんじゃないかと思って。

「何に対する?」

-- 繭子が加入するにあたっての詳細があまり表に出ていないんじゃないかと思って。

「血文字で交わした契約書、みたいな?」

-- 言ってみればそういう事。

「ないよー!あったら面白いね。実はありましたーっつって作ろうかな今から。海外受け良さそうだもんね」

-- 『マノウォー』のパクリだからそれ。

「そうだそうだ」

-- 今回伊澄さんや池脇さんと話をして分かったのが、バンドが繭子を選んだんじゃなくて繭子がバンドを選んだんだ、っていう認識が皆さん側にはあるという事です。その辺どういいう捉え方ですか。そして出来ればその意味も知りたい。

「へー!? 何それ。飛ばしちゃったのかな、そこはまだ見れてないから、見てもいい?どこかな」

-- どうぞ。

何度も巻き戻しながら例のビデオを見返す繭子。だんだんと表情に陰りが見え始め、私は少し不安になった。

「竜二さんの言ってることと翔太郎さんの言ってることが同じかは分からないんだよね?まだそこは聞いてない?」

-- うん、聞いてない、けど前後の流れから察するに、やっぱり池脇さんの言うことが正しいんだと私も思うけどな。

「そっか。うんうん。とするならば、二人は思い出してるんだと思う、この時」

-- 何を?

「私土下座して頼んだんだよ、泣きながら、このバンドに入りたいですって」

-- え? えええ!

「そう。もう泣いて泣いて。何度も意識がぶっ飛ぶくらい泣いて、土下座して、本当によ、本当に当時通ってたスタジオの地ベタにおでここすりつけてお願いしたの」

-- 壮絶! 映画みたいなエピソードだね。そこまで繭子を突き動かしたものは、なんだったの?

「私本当にドラム好きなの。ドラムだけやって生きていきたいって思ってるし、あの頃から思ってて。ただ思ってるだけでどうしたらいいなんて具体的には何も分かってないからさ」

-- うん。

「そんなバリバリ進路に悩む多感な時期に、彼らの出す音を感じてもう、全身が震えたというか。快感に喜び打ち震えるってこういう事だなって思って。自分の目指した音楽の持つ力の凄さとか、ドラムの格好良さというものもを改めて実感した。縁あって、なんとか交流を持てたのは良いんだけど、そんなに時間を置かずに師匠と決めたアキラさんが亡くなって」

-- ああ、そうか、そうだね。

「うん…だから何か、人の生き死にとか、始まりと終わりとか、物凄く身近に感じる事が出来たの。これはカットになって良いしあとでメンバーにちゃんと確認取って欲しいんだけど、アキラさんがこの世を去る直前にさ、彼の恋人の女性も亡くなってるのね」

-- (言葉が出て来ず、頷く)

「その事がアキラさんの死期を早めたと思いたくはないけど、全く何も影響を与えないわけはないと思うんだ。病院のベッドでその事を知ったアキラさんの気持ちは想像を絶する痛みだったと思うしね。そういう時間をメンバーと一緒に過ごして、大事な人の本当の悲しみや、本当の苦しみを一緒に経験すると、もうその世界にしか自分の居場所はないって思っちゃうんだよ。ここが私の生きている場所で、これからもここで生きていく事が、それが当然なんだって思えてくるの。何も不思議で不自然な事じゃなくて、そういうものだと思った。でも実際には何度も諭されたよ。メンバーにも、織江さんにも、両親にも。今見えてる物が全てじゃない、ここじゃない世界にだってきっと幸せはあるって、何度も泣かれたし、突き放されたりもした。自分史上一番人に優しくされたのがこの時かもしれない。お前がドラムを叩かなくたってここへ遊びに来る事はかまわないし歓迎する、大事な事を今すぐ決めようとするなって、竜二さんに言ってもらえたりとか」

-- (頷く)

「お前にとって辛い経験だって事は分かるんだけど、俺達にとってもそうなんだよって。大成さんにそうやって言われて、ハッとなって。一番辛いはずのメンバーに余計な問題事を抱えさせてる事も分かったし、それがまた苦しくてさ。もう一刻も早くそういう悲しみから抜け出したくて。土下座したのは、それしかなかったからだね。『私の責任は私にか取れない、だから何も気にしないでください。必ずアキラさんに追いついてみせます。私の生きる場所はあのドラムセットにしかありません。ここで、あなた達の後ろで死にたいのです』って泣きながら叫んだ(笑)。それを不謹慎だとは思わなかったし、誰もそういう風には取らなかったな。今思えば皆が大人で良かったって思うけどね。けど今でも、あの時の私は本気で本心だったと胸を張れるし、今も変わらずそう思ってる。だから…」



私には何も言えるわけがなかった。繭子は私にこう言った。


「私が女である事は偶然だけど、私がこのバンドでドラム叩いているのは偶然なんかじゃない」


その通りだ、としか言いようがなかった。自ら選んだ道なのだ。誰にも茶化されて良い話ではないし、面白がられて許せる話ではない。18歳の少女が自分の死に場所を決めた。そういう話なのだ。ましてや、ついこの短い日数の間に善明アキラに対する思いを他のメンバーからも聞いたばかりだ。

ぐるぐるぐるぐると、優しさや悲しみが私の中で渦を巻いた。

私が口を押えて泣いているのを見て、繭子は優しい笑顔で言葉を止めた。

もう何度も泣いたからこそ、今彼女は泣かない。

その優しい微笑みの向こうに、彼女の強さと誰にも負けない狂気にも似た本気を見た。本気で、繭子はドーンハンマーのドラムとして死んで構わないと思っている。構わないどころか、それを望んでいるのだ。彼女がその場所に座る代わりに得られたであろう、幾千、幾万の可能性に満ちた幸福を全部投げ打ってでも。

言葉の綾かもしれない。比喩かもしれない。

しかし「死」という言葉に、彼女は自分の人生全てを詰め込もうとした。

私の人生はここにある。

18歳にして繭子は自分の運命を書き換えた。そういう話だったのだ。



「これずーっと回ってるよね。トッキーの泣きだけ撮ってる事になるけど、正直、尺無駄じゃない?」



繭子がそうお道化て言ってくれなければ私はいつまで泣き続けたか分からない。


-- あー、あー。声出る、うん。もう出ないかと思うくらい泣いた。失礼しました。昔から感情移入しすぎる悪い癖で、面目ないです。まさか序盤でこんな深い話を聞けるとは思わなくて、完全に不意を突かれて堪えきれませんでした。すみません。

「びっくりした(笑)」

-- ドラムが好きで一生をこのバンドでという決意を固めた瞬間は目に浮かびました。だけど、このバンドだ!って決めたのは彼らの音なのかな。メンバーの人柄なのかな。それとも?

「両方だよ、そんなの。最初は音、そいで人。彼らが世界を見据えていたのは昔からだし、そもそも竜二さんがその前に一度メジャーデビューしたじゃない?その頃からもう大好きなのよ」

-- CROWBAR(クロウバー)

「そう。その頃はまだ翔太郎さんもアキラさんもいなくて大成さんだけだったし、ジャンルも今と違ってハードロックだったけど、中学生くらいの私には耳に入って来やすくてさ。今よりも歌メロがはっきり分かりやすい曲多かったし、所謂美メロクサメロが心地よかったんだ。何より楽しそうだったの。竜二さんが」

-- 楽しそう? 今よりも?

「世界観が違うからそう見えてたのかもね。こっちも子供で、そんなに深いとこまで見てないし。あ、知ってる?クロウバーの時のギタリストとドラムスが今もうちのスタッフさんなんだよ?」

-- ええ!?

「お、新情報だ。良いネタ提供出来た?」

-- ありがとう。なんで今までその情報出てこなかったんだろう。

「いやいや、知ってる人いると思うよ、普通に。でももう何年も前だからね。クロウバー辞めてこっちに専念したのが」

-- そうかー。今でもクロウバー復活を希望するファンはいるんだけどね。編集部にも年に何通か手紙来るよ、そこらへん何か情報掴んでませんかーって。

「あー、遊びならあるかもしれないね。でも本気で再始動はないかな、今の所」

-- 遊びと言えば面白い話を聞いたの。っとその前に順序良く話を聞いて行こう。脱線すると戻ってこれないの私。

「そのようですね(笑)」

-- 繭子が当時のスタジオに出入りしてた時、もうクロウバーではなかったんだよね? だけど、気になってスタジオ覗いたら元クロウバーのメンバーが二人いるー!ってなるよね。

「なったなった。たまげた。高校生が使うようなおしとやかなスタジオじゃないってのは知ってたけど、プロが来てるとは思ってないし。めっちゃファンだったし、そりゃ練習そっちのけで見るよ」

-- で、交流を持つようになって、生で演奏を見るようにもなって、電撃が走る、と。でもそこで18歳のうら若き乙女が、自分の人生掛けようとまで思うものなのかな。

「うーん。私が私の友達で、自分がドラムやってなかったら、やっぱり止めたかもしれないね」

-- やっぱりそうだよね。重大な決断をしたよね。

「自覚はあるよ。だけど私はドラムを叩いていたし、アキラさんに出会っていたし、あの4人が出す音を感じて、その向こうに自分の生きる世界が見えたの」

-- なるほど、偶然出会った事が繭子には必然に思えたんだね。

「うーん…」

-- 運命的な。

「運命とかは嫌い」

-- だけど普通はそこまで気持ちが熱くならないと思うんだよね。好きは好きなんだとしても、急激に燃え上がるにはまだ若すぎると思うし、経験という燃え上がるために必要な燃料もそこまで豊富ではなかっただろうし。

「そいうものかなぁ?」

-- 早熟、とも違うもんね。

「まあでも、その時どうこうよりも今思うのはさ、早いか遅いかだけの問題じゃないかなって。30代になって、俺はこういう人生歩むんだって分かる人もいるだろうし、40代になっても、俺何やってんだろうって迷ってる人だっていると思うんだよ。私はその時18歳だったけど、ここだ!ここから離れちゃいけないんだ!って感じたんだよね。昔からよく年齢の事言われたけど、私個人が人として未熟だった事を無視していいなら、若さは関係ないかな」

-- (溜息)

「本気かそうじゃないか、だけが重要な気がする」

-- 凄いなあ。愚問かもしれないけど、全く後悔してない?

「ないね」

-- やりたいことは他にもあったんじゃない

「例えば?」

-- 恋愛とか、デートとか、OLとか、旅行とか、ショッピングとか。

「女性らしい何かっていうことね?」

-- 聞かれたくない?

「別に嫌じゃないけど、そこを求められると嫌かな」

-- なるほど。

「他をあたってねって思う。だって旅行とかショッピングとか別に今じゃなくてもいいじゃない。海外ツアーが旅行みたいなもんだし、誰かにお土産買ってくればそれがショッピングだし。ただまあ恋愛はなー。うーん、あはは、正直どうでもいいかな」

-- 男性ファンがしょんぼりするかもしれない。いや、喜ぶかもしれない。

「私はあなた達ファンのものです。いやさ、あなた達ファンのものではありません」

-- どっちを使って欲しい?

「任せる」

-- 本心をお願いします。

「人を好きになるっていう感情をそのまま恋愛に繋げたいって言うなら、うちのメンバーを超える人が現れない限り目がいかない」

-- うは、完璧な答えだね。

「だってそうでしょ。あの3人以上の男性なんてそうそういないんだろうし、ドラムを辞めてまで恋愛に走るなんて想像もできない」

-- 別にドラムやめろなんて言わないよ(笑)。

「片手間にする恋愛なんて、それ本気?」

-- あははは! そんな事言ったら大概の人恋愛出来ないでしょう。 じゃあさ、仮にメンバーの誰かにアプローチされたら?

「困った質問ばっかりするなぁ。ananじゃないんだから」

-- じゃあ、答えは保留にする?

「いいよ別に、なんかあるみたいに思われるでしょ」

-- 3人が一斉にアプローチしてきたら、誰の胸に飛び込む?

「飛び込まないよ。もしそうなったらこのバンドやめる、あ、やめない。けど飛び込まないし、やんわり振ってなかった事にする」

-- それはやはり今の状態を壊したくないっていう意味?そもそも恋愛したくない?

「言っとくけど3人とも相手いるからね。嫌われても知らないよ? 誠さんめっちゃ怖いよ」

-- 誠さん?

「翔太郎さんの恋人」

-- 恋人いるのかー、え、竜二さんにも?

「逆になんでいないの思うの。バンドマンなんて皆いるよ。え、狙ってたの?」

-- 違う違う違う違う、やめて。会い辛くなるよ。

「私の気持ちが分かったか?」

-- 面目ない。

「メンバーと私がくっつく事はないよ。メンバーの事はもちろん大好きだし尊敬してるし、例え何をされようが私は傷つかないし、裏切られたとすら思わない。そのくらい好きだという気持ちに信頼がある。だから終わりの見えそうな恋愛なんてしない」

-- 分かった。もう聞かない。もう十分すぎるほど聞けた。

「どこかに需要あるの、今のくだり」

-- 悪いけどめっちゃあるんだ。

「あっはは、そーなんだ。まー、でも誰かを好きになるってそういうもんだよね。気になるんだよね、何だって」

-- 今繭子にそういう相手はいない、と。

「いません」

-- 皆口を揃えて繭子の実力を褒めちぎるんだけど、繭子自身は、自分に何点つける?

「これまた恥ずかしい話だなー」

両手で顔を覆って体をソファーに倒す。全く興味を示さなかった恋愛の話とは違い、本気で照れている様子なのが印象的だった。

-- じゃあ池脇さんは何点? 100点満点中。

「200点だよそんなの。竜二さんがボーカルじゃなければ、世界には行けてない」

-- 神波さんは?

「200! 今この音を皆で出せてるのは大成さんがウチにいるからだもん。この音とアレンジで世界に通用するっていうなら、それはあの人のおかげです」

-- 伊澄さんは?

「んー、220にしようか(笑)。正真正銘の化け物だと思うよ。300点でも500点でもつけて良い人。現代におけるギターヒーローはジェフ(ハンネマン)とケリー(キング)、ジェームズ(ヘットフィールド)と翔太郎さんだと本気で思ってるよ。しかも技術面での話だけなら余裕でぶっちぎるからね。今後はより世界の流行を取り入れて広くキッズに浸透していく予定だから、そうなるともう無敵だと思う」

-- じゃあ、繭子は?

「そう考えると、せいぜい120かな」

-- 100超えてるけど。

「叩けるからね。このバンドで、私叩けてるからね。そりゃ100は超えるっしょー」

-- くっそ可愛いなーおい!

「ちょっと、やめてよ」

そう言いながらもケラケラ笑う繭子の顔にはもう嫌悪感などは見られず、私は心の底からホッとした。

-- 伊澄さん曰く、国内では無敵だと。

「っはは!あの人がそう言うならきっとそうだよ」

-- 伊澄さんてとても真面目で、とても優しい反面好戦的で、でもやっぱり天才だよね?

「そうだよ。天才より上の何かかもしれないと思う時があるよ」

-- と言うと?

「練習中基本的には皆の背中を見てるんだけど、ずーっと同じ姿勢で演奏するわけじゃないから、こっち向く事もあるじゃない。で目が合うと、ビシっと調律があう瞬間があるの」

-- え?ちょっと分からないな。

「ゾーンというか、入り込んで無意識になってたりする瞬間に、戻してくれるの」

-- うわ、何それ。今鳥肌たった。

「そうだよー、そんなのばっかだよ」

-- でも昔から、ゾーンって良い意味で使われない?ランナーズハイとかだよね。

「そうそうそう、それそれ、それなんだけど、うちではNGなんだ。自分で自分の音をコントロール出来ないのは音に持って行かれてる証拠だから、常に全身全霊で音を操れって翔太郎さんに言われる」

-- か!

「格好いいでしょ!? それをさ、演奏中に何も言わずに感じ取って戻してくれるんだよ?すごくない?神がかってるでしょ」

-- だけどそれは実際どういうシステムなんだろう。目からビームでも出てんのかな。

「そんなわけないでしょ(笑)。ただ単に我に返るだけだよ、問題はタイミングだよね。なんで分かるのよ!っていっつもびっくりするんだから」

-- ゾーンに入ってるかどうかが?確かにそうだね。漫画でもあるまいし、オーラが出てるとかでもないだろうし。

「ずれ始める予兆が聞こえるんだって」

-- こわっ!

「実際まだズレてないんだよ?でも、あ、こいつもうすぐズレるなってのが音に出てるんだって。疲れだったり、呼吸だったり。そのくらい精度の高い演奏をあの人はしてるって事だからね、まいっちゃうよ」

-- 神波さんがね、2人はここの所ずっとノーミスだって。

「おかげさまで」

-- そういう事か。

「まあ、ミスする予兆とやらを発しているのが私だけだっていう事なんだけどね。大成さんはそもそも崩すのが得意だし、天性のバランス感覚で崩してもきっちり元のリズムに合わせてリカバリー出来るし、竜二さんは何言われても右から左の人だから」

-- はは、聞けば聞くほど面白い人達だな。

「面白い話って何?」

-- え? あ、シャッフル。

「ああっ」

-- ぜひ、いつか拝見したいです。

「翔太郎さんがOK出したらいいよ。あの人が良いというなら、外に出しても恥ずかしくないって事だし」

-- 繭子自身は、歌っている自分を見られる事に抵抗はない?

「遊びだし。言われたままやってる操り人形なんだ私は、って言い聞かせて弾けるようにしてる。良いリフレッシュになるよ。ある程度までなら、大きな声を出すのはストレス解消になるし」

-- PVとか撮ろうよ。

「撮ってくれるの?」

-- 私にその技術はないけど、紹介は出来るよ。

「面白そう」

-- そのバンドに名前はあるの?

「マユーズ」

-- え?ダサくない?

「だから遊びだってば!っていうかトッキーが言う!?」

-- (爆笑)










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