連載第59回。「伊澄翔太郎について」
2017年、2月下旬、某日。
伊澄翔太郎、ラストインタビュー。
カチ、カチカチ。「あれ?」、カタン。ボサ。ドスン。
シュボ。コン。ズズズ。スー。「…ふー」。
音楽雑誌の編集者として書くべきではないし、その必要もないのだが。
あえて書いてみる事の楽しさや、冒険を侵す事にも意味があるのだと、己に対する言い訳を理由に白状したいと思う。
私は伊澄翔太郎に恋をしているかもしれないと、本気で思った季節があった。
それは間違っていたと振返るのは失礼なのかもしれないが、やはり恋愛の感情とは違う。
しかし確かな愛情を持ってこの男を見ていると感じる瞬間を、自分でも自覚する時がある。
ソファに腰を下ろすなり煙草に火をつけ、携帯を触るいつもの光景。
今この瞬間も彼の中では恐ろし程の速さでメロディが流れているのだと想像する。
眼にも止まらぬ速さで弦を弾く両手・両指、手首から肘までの太く血管の浮き出た腕。
ただ彼が動いているのを目にするだけで、この人と出会えてよかったと身震いする。
自分の人生はそれだけで幸せだと思える。
彼のような存在に巡り合う事はこの先もないだろうし、
同じ気持ちにさせてくれる人は、決して現れる事はないだろう。
-- ひとまず、今日で区切りです。
「(携帯を傍らに置き、煙草を深く吸い込んで微笑む。私の事は見てはいない)」
-- なんか言ってくださいよ。
「そのー。なんだよ」
-- ええ?
「ちゃんと楽しんだか?」
-- (言葉が出ない)
「俺は楽しかった。だから、ありがとう」
やはりもう駄目だと、私には無理だったと諦めざるを得なかった。
彼との約束は結局、全く守れなかったに等しい。
私は深く頭を下げるとせめて泣き顔を見られない角度で、ごめんなさいと謝った。
これまで自分の仕事に誇りを持っていたし、こう見えて、責任を背負う事にプレッシャーを感じるタイプでもない。誠意を持って真面目に当たれば大抵の事はクリア出来たし、高い壁もよじ登れると信じて生きて来た。しかし言葉に出して交わした約束を、ここまで守れない人間であった事に私自身打ちのめされる毎日だった。
ただ泣かなければいいだけだったのに、結局、泣いてばかりだった。編集者という名の、取材記者という肩書きを振りかざすだけの、ただのファンでしかなかったのだ。その事が今猛烈に悲しかった。
伊澄の言葉に責められていると感じたわけではない。ただ敬愛する彼を前に、不甲斐ない姿しか見せられなかった自分が、恥ずかしくてたまらないだけだ。私は今まで一体何を大切に握りしめて頑張って来たのだろうかと、己を疑う気持ちにさえなった。それ程までに、彼の言葉を納得した上で心に決めたつもりでいた。
彼の前では泣くまい、取材中に涙を流すまいと、自分なりに真剣な誓いを立てたつもりでいたのだ。しかしたった一言、優しくちょんと突かれただけで私の心はいとも容易く震えてしまう。そんな私を見透かす様に、伊澄翔太郎はこう言った。
「俺も悪かったと思ってる。あんたにあんな事言うべきじゃなかったな」
-- そんなわけないじゃないですか。私も、翔太郎さんの仰る事をその通りだと感じたから約束したんです。全然守れてなくて、申し訳ありませんでした。
「いやいや、そうじゃないんだよ。なんつーかな、…あ、誠に怒られたんだよ」
-- (笑)、いやいや、嘘ですよ、誠さんが翔太郎さんに文句言うわけないです。
「ほんとほんと、『他人の生き方に口出しする程偉かったっけ?』って」
-- 絶対ウソだ!!
「あははは!」
-- 私が一番感じたのは、私が勝手に一方通行で感情移入しているだけだと言う事実を直球で突かれた事もそうですし、誰かを感動させるための思い出じゃないんだというあなたの言葉を聞いた時、それが鉄球のように重かった事です。
「そんな事言ったかあ?」
-- はい。音楽って、やはり感動を生むと思うんです。でも私が涙してきた場面は、やっぱり怒られてしかるべき場面だったなと自分でも思います。歌や、音や、演奏とは関係のない人間的なバックグラウンドを覗き見て、勝手に胸を震わせていたわけです。それって、自分で言うのはおかしいですけど、卑怯じゃないかって思って。
「卑怯?」
-- はい。取材する側の人間として自分の立ち位置を見失っているなとも感じました。私は、私に話してもらっているわけではないにも関わらず、全てを私一人が堰き止めてしまっていました。私ではなく日本中の、世界中の人々にあなた方の魅力を伝える役目を担うはずが、勝手に感動して、勝手に想像して、なんだかぼんやりとした輪郭のない涙ばかりを垂れ流していたのだと思っています。
「勘違いすんな」
-- (驚きで言葉に詰まる)
「俺達は世界中の誰かに向かって話をしたつもりなんかない。あんただから話をしてるんだ」
-- いやー、あの。そういう風に仰ると、また。
「俺はあんたを勘違いしてた。あんたは俺達を理解した気になって無意味に涙を流してたわけじゃなかった。あんたはずっと不器用に、その必要もないのに俺達を受け止めようとしてくれてたんだなって。だから悪かったと思ってる。これまでさんざん泣きはらして来た俺達が、…俺が、ひと様に向かって泣くななんてよく言えたもんだなって思うよ。悪かった」
-- 違います。私は嬉しかったです。怒られると言う事は、それだけ自分達の生き様に誇りと信念を持っている方達が、私に偽りのない言葉を話してくださっている事だと分かったからです。翔太郎さんが間違うはずがありません。あなた方が過ごしてこられた激動の40年を、ほんのついこないだ出会ったばかりの私が理解できるわけがありませんし、分かったような顔で頷く事など言語道断だと思います。だから。
「初めて会った日の事を思い出すとさ」
-- は、あ、あ…はい。
「考えてみれば初めからそうだったんだよ。自分を曝け出す事に抵抗のない、剥き出しの馬鹿」
-- はい(笑)。
「そういう人が流す涙っていうのはさ、俺の言った思い出し笑いとはまた違うんだろうなって。自分と比較してとか、何かを思い出してとか、そういう事じゃなくってさ、その場その場の、なんとか相手を受け止めようとして溢れた気持ちの、その零れちまった部分なんだろうなって考えると、時枝さんの涙ってのは随分と優しいんだなって、そう思ったよ」
-- (号泣)
「あはは。今のそれはどうなんだよ、なあ(笑)」
-- 初めてお話を伺った時、繭子の印象と平行して、翔太郎さんの天才っぷりにも話題が及びましたね。
「ああ、そんな話したな」
-- 正直に言うと、その時私が抱いていた翔太郎さんの印象は、今完全に消えてなくなっています。
「あらら」
-- 天才という漠然とした印象はなくなりました。しかし評価が下がったわけではありませんよ。むしろ逆です。翔太郎さんは、私の大好きの塊です。
「全然ピンと来ない。ちゃんと考えて来たのか?」
-- あはは。いえ、全然考えてません。
「おい」
-- 大成さんの時もそうでしたが、本来のインタビューという意味での取材はもう私としては終えた物と考えています。
「喋りつくしたもんな」
-- 音楽的な事も、人として大切な記憶も、抱えきれないぐらい多くの事を語って下さいました。ただ私としてはそこで終わりにしたくなくて、今日があるわけです。しかし、特にテーマもありませんし、前もって用意してきた資料もありません。
「何気にカメラ以外手ぶらってなかったよな。いつも分厚いファイル抱えてたし、ペンもノートも膝の上にあったな」
-- はい。今日は何もなしです。ただ、お話がしたくて。
「おお、きゅんとするなあ」
-- ウソばっかり。誠さんにお伝えしておきますね。
「どうせそのうち来るから。言えるもんなら言えよ」
-- なはは、無理です!でも翔太郎さんは、私が思う私の好きな物や好きな事の塊なんですよね。理想や目標の塊のような人です。愛情、実行力、希望、自信、優しさ、自分に対する厳しさ。常に持っていたいしそうでなければいけない、大人とか社会人とか、そういう枠組みを取っ払っても、そこを軸にして立っていたい大事な物を、とにかく塊にして人型にしたような方です。
「そうかー。プロでもちゃんと纏めないとこんなにグダグダな喋りになるんだなあ」
-- 何でですか!分かるでしょう!?
「分かんねえよ、なんかちょっと怖いし」
-- あははは!あー、また馬鹿笑いしちゃった。
「なんで、それも禁止してんの?」
-- いや、そこはだって、遊びに来てるわけじゃないですから。それこそ何、我を忘れてるんだって話じゃないですか。
「そこはでも、皆褒めてたよ」
-- ええ、そうなんですか? 意外です。
「これだけ喋っておいて今更ウソ言うなって思われるかもしれないけどさ、俺も含めて繭子以外、誰もが本当は普段、そんな喋んないんだよ」
-- …分かる気がします。
「本当に?」
-- はい。私の立場からは言えませんけどね、そんな事。でも、色々な意味できっとそうだろうなと思います。他の方の話をするのもあれなので翔太郎さんの事だけ言いますけど、翔太郎さんはきっと『無言実行』タイプだろうなと思っていました。翔太郎さんの場合は、言わなくていい事は言わない、言わなくてもやれるなら黙ってやればいいっていうお考えの方だと思っていて。
「へえ」
-- 自分からベラベラと、あーでこーでと仰る方ではないと思っていました。
「時枝さんは、喋りたい人だっけな」
-- はい。もう言いたくて言いたくて仕方のない人間です。
「あはは!あー、正直だ」
-- はい。
「まあ、こっぱずかしいから俺の事は置いといて、竜二も大成も、織江はそうでもないけど、なんなら本当は誠も、普段スタジオ内で楽しくお喋りっていうタイプじゃないわけ。繭子は年が一番下だし、とにかく気を使う奴だからさ、俺達の間を取り持つように話を振って距離を縮めようとするんだ。分かると思うけど、別に仲が悪いわけじゃないし、喋ろうが喋るまいが関係性に何も変化はないんだけど、繭子はとにかくそうしたがるタイプなんだよ」
-- はい。
「なんかそれが昔の誠に似ててさ。そういうあいつを見て、俺や誠が弄って遊ぶんだけど、この取材が始まってからは時枝さんが弄られ役になってくれて、聞き役を務めてくれるようになったおかげでさ、もうとにかく繭子が明るくてな。さっきみたいに馬鹿笑いして話を聞いてくれてる事がとにかく、何だろ、楽になるというか、そっち方面はこの人に任せておけばいいや、俺らはこっちに集中しよって。結果俺達もなんだか楽だった」
-- ありがとうございます。そんな風に思ってもらっていたとは、全然…。
「言い方変だけどさ、仕事しに来てるんだけど、半分遊びにも来てるって繭子も俺も思ってる所があって」
-- 翔太郎さんもですか?
「うん。違う違う、仕事仕事って思い返すんだけど。見た瞬間『お、来た来た、繭子ー』って思ってる部分もあって」
-- それは、心から嬉しいですね。仕事と言う面においても、きっとそれはインタビュアー冥利に尽きると思います。
「…泣きながら喋ってると全然何言ってるか分からない」
-- 活字化した時はばっちり読めるようにしておきます。
「はい」
-- はい。
「あと音楽の話しないのがいいね」
-- あははは!絶対ダメな奴じゃないですか!
「冗談じゃなくて、本当に」
-- してましたよ!
「後半全然してないだろ(笑)」
-- えええ!?してたと思うんだけどなあ。
「要は俺達についてのあれやこれやは正直聞きに来る必要ないぐらい詳しいだろ。そんなの『はい』『いいえ』しか答える事ないし(笑)。それはもう音楽の話じゃなくてバンドに対する確認だったり、ただの感想だったりな」
-- 面目ない。
「いやいや。所謂音楽雑誌としての真骨頂というか、よりマニアックな方へ舵を切ってく見せ方とか読ませ方とかあるだろ。機材の話とか、曲に対するこだわりとか」
-- ええ。
「知っての通り俺達皆そういうの嫌いだろ?」
-- はい(笑)。
「ある程度協力したつもりではいたけどさ、そこを更にもっともっとって、無理くり掘り起こそうとしてたらこの企画は早い段階で蹴ってたかもしれないよ」
-- え!そうなんですか?あっぶなー。
「あはは。言っても一応はなんていうの、定期購読みたいなのしてるだろ、それはBillionだけじゃないけど」
-- はい。いや、うちはバイラルには献本してるはずです。
「ん?」
-- 無料でお届けしてます。
「タダなんだ。それはそれは。それで一応ざっとは目を通してはいるんだけどさ、まー、興味なくって」
-- ちょっと!
「そのー、音への拘りとかデモ作りの基礎コーナーとか、愛用機材紹介のコーナーとか」
-- 怖い怖い怖い!(笑)
「いやいや、好きな人は好きでいいよ、そんなの。ただ俺達が興味ないだけであってな。でも時枝さんのコーナーだけは皆ちゃんと読んでて、バカ笑いして」
-- なんで!?
「いや笑うだろ。あのファーマーズでの回とかさ、名言だよなあ。『胸が、張り裂けそうだ』」
-- いやだ!
「あははは!」
-- でも本当にそうだったんですよ!本気で!
「分かってるよ。俺達は分かってるよ。でもそれを情熱と勢いだけで記事にして採用させるって力業だよなあっつって、しばらくは影であだ名が『ハリサケ』になってたんだよ。お、『ハリサケ』来たぞって」
-- そうなんですか!? でもちょっと格好いいじゃないですか。
「ウソだろ!?」
-- あははは!
「でもそういう部分なんだよな、実際読んでて面白いのって。吉田さん(編集長)も庄内もちゃんとバランス見て作ってんだろうなって感心するけど、俺達に関して言えば、正直専門的な話なんかしたくも聞きたくもないから」
-- でもちょっと、意外ですよね。
「なんで?」
-- 私としては、皆さんのそういう感覚を分かり始めてからは避けるようにはしてたんですけど、本来翔太郎さんや大成さん程ご自身の楽器に精通していらっしゃったり、それこそ超絶的なテクニックをお持ちだと、自慢と言う表現でなくたって、言いたくなると思うんです。そういうアーティスト側の欲求と読者のニーズが上手く噛み合って特集が生まれるわけなんで。
「んー。分からないな」
-- その、欲求がないという意味ですか?
「うん」
-- 全くですか?
「ギターの話とかベースの話だろ?ないな。それはゼロだな」
-- 改めてびっくりです。
「別に取材がどうとか関係ないけどな。昔からそんな楽器マニアでもないし。大成にしたって、詳しいは詳しいし聞けば答えると思うけどさ、なんだろうな」
-- 機材の説明やそれぞれの違いなどはよく話してくださるんですけど、実際それがどうバンドの音に影響しているかとか、そういう具体的なエピソードはあまりお話しになりたがらないイメージです。
「それはでもマー(真壁)に遠慮してるっていう部分もあるかもな。そういう話はあいつの専門だし。要はさ、俺にしたって7弦ギターだからどうとか、難しい譜面を弾くためにはどこに重点を置いてるかとか、アレンジの癖とか、そういうのって演者が独自で開発していけばいい裏話であって、読者とかファンに伝えたい事ではないんだよ、全く。そこはウチのは全員そう思ってるし。もうCD買ってそれ聞いて『すげえ!なんだこれ!』って言ってもらえるかどうかが全てだから」
-- そうですね。ど正論です(笑)。
「だろ?そのはずなんだけどさ。…だから、初めて時枝さんがウチ来た時に、頭おかしいんかなって思うくらい全部曝け出しながら、ぐちゃぐちゃんなって喋り倒したあんた見て、面白い奴が来たなーって、ちょっとそういう壁みたいなのを壊す人だなって感じて、テンション上がったんだよな」
-- あはは、ありがとうございます。…ディスられてませんよね?
「一応な(笑)。音楽の話だってさ、俺達を前にして話題にはするけど、実は全部内面的な話ばかりだったりして」
-- 私は、人を見つめ過ぎたのかもしれませんね。
「それって本当は日本のパンクバンドとかにやるようなアプローチだと思うぞ」
-- そうですね。人間賛歌みたいなテーマのバンドとか。
「メッセージなんかない!って言ってるバンドに、ずーとメッセージ性を求めてたしね」
-- 今でもそうですよ。そこいらにいる凡百のバンドより数万倍も人間らしいエネルギーを放っているバンドだと思ってますから。
「まだ言ってんのか(笑)」
-- ずっと言い続けますよ、こればっかりは。
「はいはい」
-- かと思いきや、物凄くバンドとして誠意のある発言をされてたりとか。
「どんな?」
-- 『ギターが一番楽をすることは恥ずべき事だと思っている』。
「ああ。…誠意?」
-- そう思います。プレイヤーとして、これほど心強い発言はないですよ。
「それはだって、多分その時も言ったけど、ギターという楽器その物の話より俺の事を言ってるわけだしな。バンドとしてってのはそうかもしれないけど、一般論じゃないし、誠意とかって言われても」
-- 具体的な事をもう一度お聞かせいただいても?(雑談中に聞いた言葉なので撮影が出来ていなかった)
「だから竜二。あいつを見てたらその凄さが分かるだろ」
-- はい。
「うちで一番エネルギー使ってんのはやっぱりあいつだし。あの歌であの演奏だよ。一番前に立って、一身に視線を浴びて、堂々たる筋肉」
-- あはは。
「酷使してると思うよ、色んな所を。運動量で言えば繭子もそうだけどさ、あいつらに甘えるわけには、やっぱりいかないんだよ俺としては。ギターバンドだって思いたいし、言わせたいし。マーを押し退けてまでギター担いでんだから、それぐらい言わせないと俺が入った意味がないだろ」
-- はい。あー、また『はい』とか言ってる。はいじゃねえよアホ。
「あはは! 面白いなあ、アンタは本当。でもさ、これまだ言ってなかったと思うんだけど。昔マーがさ、クロウバー辞めた後俺んトコへ来て言うわけ。『別に今すぐじゃなくたっていいとは思うけど、お前調子に乗ってうかうかしてっと一生竜二に追いつけないぞ。あいつ、本気で凄いからな』って」
-- うわわわわ!
「な、ちょっとドキドキしたもん俺(笑)。そうかー、あいつ、そんな事になってんのかーって。実際アキラと4人で音出した時に、なるほどなあって。うん。上手い下手とかね、良い音悪い音って意味でもないんだよ。一番俺達が求める物があいつにはあって。言葉では上手く表現できないけど、聞いた瞬間鳥肌が立つくらいクソ格好いいなって、それは今でも思ってるし、そういうあいつの横でやる以上少なくとも俺は一番努力をしようと思ったよ。別に人に言われたからでもなんでもないけど、素直に、楽してあの場所にはいられないなと思う」
-- ううううわあああ!
「良い事言った俺今?」
-- …かなり。
「目ェキラッキラしてるぞ」
-- かなりですよ!
「じゃあ帰っていい?」
-- 駄目です(笑)。
「だと思いました」
-- 本当にちゃんとしてますよね。
「何、俺が?」
-- 今ここで庄内って言ったら私バカですよね。
「…どっからあいつが出て来た?」
-- ウソです、翔太郎さんです(笑)。
「そんな風に見えたならいいけど、実際は違うよ。全然違う」
-- まあまあ、皆さんそう仰る事は想定内ですけどね。
「だから何を見てそう感じるかなんじゃない? 俺なんて適当に思い付きで生きて来ただけからな」
-- 本人が仰るならそうなのかもしれませんけど。でもその時々の、物事への向き合い方は非常に誠実ですし、全力ですよね。
「いやいやいやいや、何言ってんだよ。それはきっとバンドの事に対して言ってるならそうかもしれないけど、そこ以外は俺本当にダメ人間だから」
-- ダメ人間って事はないでしょう。
「何を知ってんだ俺の(笑)」
-- まあでも、結局はバンドに対して全力であるからこその伊澄翔太郎なので。正直そこ以外が下衆でも関係ないんですけどね。
「下衆ってお前」
-- 下衆じゃないからこそ言えるんです。
「時枝さんにとっては何が下衆なの」
-- 不誠実である事です。
「誠実or下衆なのか。極端だな(笑)」
-- バンド以外の面で翔太郎さんがそうだとしても私に何かを言う権利はありませんし、そこを深く考えた事もなかったです。ですが今となっては、音楽家としての顔以外の部分には興味がないのかと問われれば、実はそういうワケでもないんですけどね。
「うん、そんな感じするな。でもギター弾いてない時の俺なんて何もしてないのと同じだし、飯食って、酒飲んで、寝てるだけだからな。下衆になりようがないな。だからそういう何もない生活について語るとするなら、色んな意味で誠に出会ったのが大きいんじゃないかとは思うよ」
-- へえ、そうなんですか?
「もう年も年だし、放っておかれてもなんとか生きてはいけるけどね。俺ら3人ともがさ、そこらへんの奴よりはきっと底辺でも平気な顔で生き抜く図太さはあるだろうしね」
-- あ、すみません、冗談を仰るのだと思って適当な相槌打っちゃいました。
「ふふ、適当でいいよ、こんな面白くもなんともない話。使えないよ」
-- 使いますよ。
「使えるんならいいよ」
-- (笑)。でも、織江さんがいらっしゃるじゃないですか。
「…どういう意味?」
-- あの人が側にいれば、誰もが真っ当に生きていけると思います。
「うーわー。信者みたいな事言うなー」
-- 信者ですもん。
「あいつ何やったんだよ(笑)」
-- 何でそんな事言うんですか?
「目が怖いって。あ、でも織江と言えばさ。前に、一番俺が変わってないみたいな話してたろ。それってやっぱり俺の適当な部分が昔っからそうだってのがデカいと思うんだよ。あん時は冗談ぽい流れにしたけどやっぱり、竜二と大成には人間的な真面目さとか、そういう部分で勝てないよ俺は。どっかで今も大抵の事はどうでもいいと思ってるし、直そうとも思わないしな」
-- 自分の事適当だって言う人は、本人的にはそう思ってない事多いですけどね。
「(苦笑)」
-- それに翔太郎さんの思っているご自分の適当さと、世間に溢れている適当は同じ水準ではありませんよ。
「だから買い被り過ぎだって。この一年誠と話して、俺のおかしな話聞いてきたんだろ?」
-- お話は、はい、もう、一杯聞きました。おそらく翔太郎さんが予想している以上に、プライベートな過去の話をお伺いしてます。
「まあ、それもある程度は聞いてるよ」
-- あはは、誠さんですもんね。黙ってるわけないですよね。
「あいつはあいつで何か熱っぽい目をする時あるしさあ、あんた実は物凄い人なんじゃないか?」
-- ええ?(笑)。熱っぽいとはつまり、どういう場面でですか?
「今日こんな話したよー、明日はこんな話するよー、いいよねえ?って俺に迫って来るんだよ。いいよねえも何も話す気満々だから俺の返事なんて聞きやしねえよ」
-- 何か、すみません(笑)。
「笑ってんじゃねえか」
-- でも、まるでその場にいる錯覚を起こしてしまいそうな程臨場感のあるお話をしてくださいましたが、今まで一度だって翔太郎さんをおかしな人だと感じた事はありません。もの凄く面白い人ではありますが(笑)。
「じゃああいつが相当美化して話してんだな」
-- ふふふ、そうかもしれませんし、あるいは私の中に揺るぎない信頼があるせいかもしれません。
「そんなに思われる程俺何かした?」
-- 私にではありませんよ。それこそ誠さんだったり、繭子だったり。もちろんバンドマンとしてでもありますが。
「ああ。キャリア的な事な」
-- だけではありませんが、誠さんが翔太郎さんの話をされてて必ず仰るのが、とにかく優しいの一点張りなんです。
「あははは!それは確かに面白い!」
-- 凄いんですよ。繭子のように『私の口から言う事じゃないかもしれないけど』みたいな遠慮や前置きをする事もなく、極自然に翔太郎さんの人間像をまるで自分のエピソードのように語って下さるんです。そこには迷いがなくて、本来私がやろうとしていた『近しい人間の目を通してバンドを見る』という事を彼女は、翔太郎さんを相手にしてくださった事になります。
「うん。それで?」
-- 誠さんの語る翔太郎さんは、もう、世界最強かもしれません。
「あははは!やった、世界最強」
-- ごめんなさい、私今日本当に喋れてないですね(笑)。一体何を子供みたいな事言ってるんだろう。あーあ。
「まったくだ(笑)。でもやっぱりさ、強くあろうとしたっていう部分で、誠の存在は大きいんじゃないかなと思って、そこは割と自覚あるよ」
-- 強くあろうとした?
「面倒臭がりだって言う点でも、誰が何と言おうが基本いい加減だしさ、人に誇れるような生き方もしてこなかったし、どっちかって言うと後ろ指差されたり、笑われたり、蔑まれたり。そういう側の人間だったから、どっかで今でもいじけてる部分てあると思うんだよ」
-- …はい。
「ちゃんと生きようとかちゃんとしていたいって思った事もなかったけど、誠と出会った事によって自分でも変わったなって思うのは、考えるようになったって事だと思うんだ」
-- 考える…。
「うん。ちょっと、長いかもしれないけど、聞く?」
-- はい、是非お伺いしたいです。どこまでもお供します。
「あはは、期待した以上の返事をどうもありがとう。やっぱり面白いよ、アンタ」
-- ありがとうございます(笑)。
「…関誠って女はさ。ちょっと、…ちょっとじゃないな、大分、変わった女で。例えば俺が誰かに対して何か問題を起こしたり、まあ喧嘩でもなんでもいいけど、あった時にさ。仮に俺が100%悪くても平気で俺の味方をするんだよ。それによって『何あの人、あんな奴の味方なんかして。どういう神経してるんだろ』って他人に思われる事を全く恐れないような人間でさ。判断基準が正義じゃないんだよ。世間的に見るとそれは危ない事だし褒められた事ではないって、織江なんかも言うし俺もそう思うんだけどね、やっぱりここだけの話、どっかでそういうあいつの気持ちをアテにして生きてる自分もいてさ。…分かるか?」
-- (頷く)
「うん。単純な話、嬉しいよな。どこまで行っても自分の味方でいてくれる人間がいるって。具体的な事話すとややこしくなるから言わないけど、実際に、そういう場面を何度も経験してきてるから、俺の思い過ごしとか思い込みでない事は確かだよ。お前どんだけ問題起こしてんだって話だけど、ある程度は時枝さんの耳にも入ってるかもしれないな。…でもさ、あいつはもちろん馬鹿ではないんだよ。どっちかって言うと、俺なんかじゃ天井が見えないくらい頭良いんだって思ってる。だから本当は何が正しくて何が間違ってるかなんて、あいつはすぐに答えを出せるはずだし、どっかで自分の中の正義を殺して俺の側に立ってるって事なんだよ。そういう時のあいつの、はち切れんばかりの笑顔がさ、苦しいとまで言うと失礼な話だけど、やっぱり申し訳ないくらいの事は思うわけだよ、こんな俺でも。でも、…お互い特殊な人生を歩いて来た人間同志でもあるから、あいつはあいつで、そんな事は屁でもないよって。誰かを、俺を、喜ばせる事が出来るなら何でもないって、そういう考え方なのも俺は分かってるからさ。傍から見て良い悪いはあるにしても、俺達二人がそれで良いなら、もうそのままで良いよなって。このまま行こうかって、なんとなく暗黙の了解みたいなのが出来上がってると思うんだ。…言ってる事、分かる?」
-- はい、とても。
「まあ、今日まで付き合ってくれてんだし、何となく分かるか(笑)」
-- はい。皆さんがお付き合いして下さったおかげで。
「でもさ、俺なりに一つ自分に誓いを立ててるというか、そういうのがあって」
-- 誓い。
「時枝さんの目から見て誠って、まあ普通に面白くて、優しくて、よく笑う、…なんかそんな感じだろ?」
-- 女版・伊澄翔太郎です。
「…それあんた色んなトコで言ってないか?ちらほら聞くんだけどどういう意味なんだよ」
-- ひたすら面白くて格好良い女の人です。
「お、おお、ちゃんと定義づけしてんだな」
-- あはは、はい。
「まあそういう感じだろ、誠はやっぱり。でも俺に言わせれば全然違うんだよ。あいつは、皮を剥いて剥いてしてった時に最後に出てくる小さな大人しい誠こそあいつだからさ。あはは、それは皆そうか。でもそこまでしてようやく見る事の出来る誠の姿ってのを、俺はちゃんと知ってるし、そういうあいつを、俺は忘れずに覚えていたいと思ってんだよ。あんな、フリースタイルラッパーみたいな、社交的で明るいお洒落な女みたいなの、全然本当のあいつじゃないからさ。あいつはもっと繊細だし、もっともっと、人が思ってるよりずっと柔らかいというかね。本来は無口だし、優しいのはそうだけどな。まあ、笑うのもよく笑うか。…でも、うん、本当のあいつは目に見えない所にもいるから」
-- はい。
「おー、堪えてる堪えてる(笑)」
-- (苦笑)
「誠自身は普段あんな風だし、もしかしたら昔の事は忘れて欲しいって思ってるのかもしれないけどな。でも、出会った頃のあいつは偽り方も知らないような、武装も武器も何もない、それこそ剥き出しの子供だった。実際見てない人間にこれを言っても仕方ないけど、あそこまで人は落ちるし、実際そこにあいつはいたんだって事を俺は忘れたくない。もしいつまたそうなった時でも、俺は平気な顔してあいつの隣にいようと誓ったんだよ、自分に。別にこれは恋愛の話をしてるんじゃないぞ」
-- 分かってます。
「もう竜二や大成なんて放っておいてもどうにでもなるしな。だから俺は、そういう意味で、目に見えてる事以外にも考えておかなきゃいけない事ってあると思ってるし、誠に対してはそうでありたい。だから俺が強くあろうとするのは、誠のおかげだと思う」
-- はい。
「今自分で言ってても勘違いしそうになるのがさ。世間的によく言う『強い男とは』みたいなのは分からないし考えた事ないんだ。飲みの席でそういう話振ってる来る奴も嫌いだし、庄内とか(笑)」
-- (苦笑して俯く)
「ウソだからな? ただ何かあった時…漠然としてるけど、何かあった時はそれが何だろうと、自分の器の容量を超えようがどうしようが、絶対芋引かねえぞって(退かない)。心構えに近いのかな。世間的な強さの基準は分からないけど、誠に対して俺は絶対という言葉を使ってもいいし、そうであろうって。隠すような事でもないし格好良い事言いたいわけじゃないけど、唯一希望とか願望とか、そういう意味で思ってるのは、昔からあるな」
-- はい。
「長々と、ご清聴ありがとうございました」
-- いえいえ、すみません。最後までこんなで。
「考えてみれば本当不思議な人だよな。だって今でも俺、なんで泣いてんのって思ってるからな(笑)。だけど前ほど嫌な気持ちにはならないよ」
-- あはは、ごめんなさい。ありがとうございます。
「大前提だけど、大事な事って本当は人に言いたくないもんだろ。だろって、俺はそう思うんだよ。『あー、わかりますそれー』みたいなさ。共感されて、『大変でしたねえー』なんて勝手に過去や記憶や、その時の思いを共有してくれるなって思ってて」
-- はい、それはもう、もちろん。
「自分から話しておいて馬鹿言うなって思うだろうし、そもそも年末からこっち色々聞いてもらってるのは俺が言い出したからでもあるんだけど。聞く人のタイプによると思うけど、多分、…俺自身の事ならまだ耐えられる。でももうここまで付き合いが長いとさ、あいつらの事に関してだけは俺は許す事ができないんだよ」
-- もちろん、そうだと思います。
「今はなんていうか、時枝さん見てて思うのはさ。きっと、いわゆるキャパオーバー起こしてんだな、溢れちゃったんだなって。理解出来てないだろうし、感情が追い付かないで決壊してるんだろうなって思ってる。でもそれがアンタの生き様なんだろうな」
-- ありがとうございます。誠さんに対する思いは、事情を何も知らない人が聞けば怖いくらいの過保護だし、単なる惚気に聞こえてしまいそうな翔太郎さんの宣誓も、今の私には震えるぐらい嬉しくて、温かいお話です。
「あははは。まあ、過保護か。そうだな」
-- 私あの話好きです。このスタジオが完成した時に皆さんで『アズラエル』を歌われた時の。
「…っは!誰に聞いたんだよ。うっわー、懐かしい」
-- 大成さんです。
「ああー、へえー」
-- 当時誠さんのお加減が優れない中、スタジオにいる間ずっと、翔太郎さんが側にいて手を繋いでいたんだと仰ってました。ごめんなさい。…ここで記念に皆で歌って記録を残そうという話になった時、なんとかこのスタジオにお見えになられた誠さんに対し、翔太郎さんは普段絶対に人前で見せないような態度で接しておられたと、伺いました。
「…あいつ」
-- 先ほど私は敢えて、過保護だと言いました。ですがそれは全くそぐわない表現だと思っています。完全に打ち消すつもりで言いました。偽りのない翔太郎さんの優しさは誠さんにとって、どこまで行っても過ぎる事はなかったと思います。誠さんにとってあなたがどれほどの存在であるかは、この一年の間に、他の皆さんからたくさん教えて頂きましたから。
「人の事をベラベラとなあ(笑)」
-- はー。またやらかしましたね。
「そんな大層な話じゃないけどな」
-- (深い溜息)
「単純にさ、人に向かって『強くなれ』とか『しっかりしろ』とか、『前を向け』とか『顔を上げろ』とか。そういう格好良い事が言えないんだよ俺は。俺がそれを出来なかったか人間だから、もう、他人に対してそういう事思わないんだ。敢えて言うとしたら竜二と大成にだけかな。あいつらと俺は似た者同志だから、自分に言い聞かせるようなものだからな。ただ誠に対して思うのは、別に俺はあいつが強くなくたっていいし、あいつがもう歩けないって言うなら、それでもいいと思ってんだ。そんなのは俺がおんぶでも抱っこでも、お姫様抱っこでもなんでもして連れて行けばそれで済む話だから。それだけ」
-- (すげえ、と思わず泣きながらつぶやく)
「何て?」
-- 私はそうやって、その場で真剣に考えながら、常にちょっと遠い目でお話をされてる翔太郎さんにずっとドキドキしていました。
「はい?」
-- 私はこの先もあなたのような人を探し続けると思います。
「…え?」
-- だけども、絶対にあなたのような人はいないと思います。だから、こうやって出会う事が出来て本当に良かったんだなあって、そう思っただけでこの有様です。
「…ああ。あはは…あーりがーとー、う? 何て言えば良いんだよ(笑)」
-- 一つ、誠さんに関してお伺いしても良いですか。
「何?」
-- 誠さんが大病をされて、それを伏せたまま皆さんの前から姿を消した時。そして戻ってこられるまでの間、翔太郎さんは一体どのようなお気持ちで…。
「何でそんな事聞くんだ?終わった事なのに」
-- あの時の皆さんの事を、勘違いしたまま書きたくないからです。もちろん、絶対に書くという前提ではありませんが。
「同情してるわけじゃないよな?」
-- もちろん違います。
「んー。まあ、正直言うと、『うわあ、やっぱりつまんねえな。あいついないと色々面倒くさいな』って」
-- (ガッツポーズ!)
「はあ!? お前それはねえだろうよ」
-- はあああ、誠さんに早くお会いしたいです。
「なんで」
-- 彼女に聞いてください。
「あ、おい、それはずるくないか?」
-- あはは。あー、駄目だ。ダメダメ、あああー!頑張れよ私!
「(爆笑)、あい、頑張ってください」
-- あい(笑)。これは単純な興味になりますけど、誠さんと織江さんてどちらがより、頭脳明晰だと思われます?
「何だその気の抜けた質問は!」
-- そうなんですけど。でも却って今日ぐらいしかタイミングないですよ、バンドの話題に紛れ込ませるには無理がありすぎて。
「俺には分からないよ。二人とも俺なんかより全然頭良いし」
-- 全員という話なら私は翔太郎さんが一番だと思ってます。お話をしてみての感想ですが。
「大成じゃなくて?」
-- あー、あはは、難しいですけど、そうですね。
「織江じゃないかな」
-- へえ。
「俺が言うと贔屓にしか聞こえないかな」
-- 逆ですよ、誠さんと仰るのかと思いました。
「そっか」
-- やはり織江さんですか。
「実際どうかは知らないけどな。…例えば、学生時代なんかだとテストで満点連発して来てさ、連勝記録どこまで伸ばせるか、みたいな学習能力の高さだと誠が勝つと思うんだよ」
-- え、え、満点連発?連勝記録?
「そういうのを生で見てるし、織江も心底驚いてたから」
-- ええー!全教科ですか?
「さあ、そこまでは詳しく見てないけど、そうだと思うよ。テストの答案を織江が提出させてさ、なんでか最後は俺が管理するっていう流れになってたけど、100点以外見た事なかったよ。出会う前は知らないけど、俺達と出会ってからはずっとそう。他にやる事ないですからねってつまんなそうに笑うんだけど、そんなのウソだしね。あいつずーっと親戚の家帰らないで遊び倒してたから。印象的だったのがさ、推薦で入れる最高ランクの大学に筆記試験なしで入れたはずだったのにって嘆いてたよ、織江。両親を亡くして精神的にグラグラで、夜の街に出かけて遊び惚けていながら何なんだよこの学力の高さは!?って」
-- ひいいい!
「まあグラグラとかは言ってないけど(笑)。でも俺から見れば織江も似たようなもんだと思うよ」
-- レベルが違いますね、頭の良いレベルが。
「まあな(笑)。ただ織江の学生時代って周りに俺達みたいなゴタついた輩が多かったり、ノイの事で色々問題抱えてたから、勉強どころじゃなかったと思うけどね。成績自体は誠程じゃないと思うけど、それでも聞いた話じゃ常にテストの結果は学年トップだったって」
-- うっひゃあー。
「でもさ、やっぱりよく言うけど、頭の良さって勉強だけでは測れないと思うんだよ」
-- はい。そうだと思いたいですよね!
「あはは、勉強できない奴が言うと説得力ないよな」
-- そうですね(笑)。
「でもじゃあ例えば織江と誠どっちが頭良いんだって話になるとさ、やっぱり俺には織江じゃないかって思えるんだ」
-- 何故ですか?
「単純に長く生きてる分出来る事も多いし、これまでのあいつの生き方を思えば、頭の使い方を知ってる奴だってのは間違いないから」
-- ほえー。
「っは、ほえー」
-- ありがとうございます(笑)。
「織江が凄いなって思わせるのは総合力の高さなんだと思う。勉強が出来るだけじゃなくてな。多分今でもそうだけど、誠は絶対織江に勝てると思ってないし、勝とうとも思わないんだよ。もう、誠ぐらい頭の良い奴にそう思わせてる時点で、織江に軍配が上がると思うね」
-- あはは!確かにそうですね。
「俺にしてみりゃ二人ともF1マシンなんだよ。でも誠は自分でマシンを運転するタイプで。織江はきっと、最高記録を叩き出す為にアイルトン・セナを雇うタイプ。だけどそれをずるいと思わせないだけの努力をちゃんと他で示せる奴だから」
-- あはは!もう、完璧に納得しました。完璧なお答えだと思います。誰も反論出来る余地がないと思います。
「アイルトン・神波」
-- やっぱり翔太郎さんも頭良いですね。
「何言ってんだか」
-- いやいや、ご謙遜ばかり。
「そんな曖昧な判断基準はそもそもお前の中にしかないだろ。あ、すまん」
-- いえいえ。
「ほらほら、すぐお前とかいうし。織江に偉そうに敬語使うんじゃなかったのかよとか言っといてこれだから」
-- だって今のはワザとじゃないですか。
「…」
-- それぐらいは分かりますよ。
「面倒くさい」
-- あはは。あのー、先々月…去年の12月。誠さんとお話をさせて頂いた日に、翔太郎さんをお呼び立てした事がありましたよね。その時翔太郎さんが話してくださった、夢の話を覚えていらっしゃいますか?
「俺が見る夢の話? 覚えてるよ」
-- つい先日誠さんと少しだけお話する機会があって、その夢にまつわるエピソードをお伺いしました。
「まつわる?」
-- バイラルの皆さんで近畿地方へご旅行に行かれたというお話でした。
「(思い出そうとしている様子)」
-- 誠さんが仰るには…
『京都京都、うん。理由は知らないけど、メンバーそれぞれが自分で車を出して行ってたからさ、帰りは別行動にしようかってなって。真っ直ぐ東京へ戻るもよし、行きたい場所があるなら寄り道して帰ってもよしって。なんかね、一台の車でギュウギュウで行くのもそれはそれで楽しいと思うけどさ、同じ目的地へ向かうのにそれぞれ自分の車出してる所があの人達らしいなあって(笑)。それで私は翔太郎の車に乗せてもらって帰るんだけどさ、どうしようかって話になって。割と田舎な場所だったからさ、そんな、観光地って言っても見て回る場所がたくさんあるわけでもないし、ゆっくり適当に帰るかってなったんだけど。…うん、そう、やっぱり真っ直ぐ帰るには惜しいし、頑張って携帯で色々探したんだよ。そしたら車で2時間かからない場所に遊園地があるってなって。周り見ても山とか田園風景だからさ、本当に1時間半走ったぐらいで遊園地なんてあるかなあ?ってわざとらしく盛り上げて(笑)。疲れてるのは分かってたけど強引に誘ってみたの。…うん、…そ、他の皆とは完全に別で、二人で。うん、…あはは、あの人さ、全然初めての土地なのにナビも見ないしさ、野生の感とか言いながら涼しい顔して走ってるのね。『怖くないの?迷ったりしない?』って聞いたら『なんで、別に迷ったら迷ったで面白いだろ』だって。隣で見てて不思議な感覚になって来て。周りは紅葉真っ盛りの山々でさ、絶景ではあるんだけど、だからって見る物はそのぐらいしかない場所をいつもの調子で運転してる横顔見てて、なんて言うのかなあ、急に寂しくなっちゃって。あはは、そう、うん、なんなんだろうね、ああいう時の切なくなる感じ。季節的な事もあったのかなあ。でも分かんないけどね、私としては特別な思いがあったから。だって知らない土地でさ、二人っきりで、行ったことのない新しい場所へ向かう途中は、私にとって本当にスペシャルな時間なんだけど、全くいつもと変わらない翔太郎を見てて温度差を感じちゃったというか。でもきっとこういう時間はそうそうあるもんじゃないって思って、咄嗟にビデオカメラ回して、無意味に外の風景撮ったり、翔太郎撮ったり。私が勝手に一人で寂しがってる事なんて絶対知られたくなかったしね。それにそうは言ってもさ、楽しいのはもちろん楽しいわけだし。そこに記録されてる会話が面白くてさ。『人いないねー』って、私が言って。『こんな場所に一人取り残されたら私泣いちゃうなー』って。『え、なんで』ってあの人が言って。『知ってる人が誰もいない場所で一人で生きてくのはもう私無理かもなー。翔太郎がいれば話は別だけど』って。したらあの人鼻で笑って、頷いて終わり。『何だよ!』って怒って二人で笑ってるだけなんだけど。…うん、こないだの話聞いて。ああ、やっぱり翔太郎は優しい人だなあって、嬉しくなっちゃった。ちょっと号泣していいかな?』
-- 私最初のうちは正直ピンときませんでしたけど、お伺いしてるうちに誠さんが仰ったのは、翔太郎さんはあまり直接的な姿を見せないけれど、周りが思ってるより数倍色々考えていて、そして優しい人なんだということです。あの時居酒屋で聞かせて下さった夢の話に出て来た、四方を山で囲まれた何もない田舎の風景は、あの日車で走った景色に違いないと彼女は仰っていました。翔太郎さんはその時鼻で笑っていたけど、自分も同じように考えていた事。そして今でもあの時一緒に見た風景を忘れていないと教えてくれた事。あの日誠さんはそれを知って嬉しくて仕方がなかったと仰っていました。ご清聴ありがとうございました。
「ほえー」
-- (笑)。何年前ぐらいの話ですか?って聞いたら、織江さん達が結婚した年だから8年前だって仰って。ああ、それは嬉しいはずだって、私も感激しました。
「あははは!なんで時枝さんまで」
-- 女性は思い出とか記念日とか大切にしますからね。ましてや、自分が好きな相手にとってどのような存在かを知る機会は、そう多いとは思えませんし、翔太郎さんは最高の形でそれを誠さんに伝えたんだと思います。
「そんな深い事何も考えてないってば」
-- 翔太郎さんから見て、誠さんの一番凄いと思う部分はなんですか、という質問の答えがあの話ですからね。もう…たまりません。
「ああーあ(笑)、はは!…全く。そんなもんあいつなんか全然記念日とか覚えてないぞ!?」
-- ええ!?
「あいつ思い出は忘れないけど数字は全く覚えないから」
-- あははは!ああ、確かに以前そう仰ってました!
「そんな奴が何言ってんだって」
-- 女って奴はねえ。
「自分で言うな」
-- あははは! でも、これまでお伺いしてきて思ったのが、誠さんの存在と、彼女に対する翔太郎さんの向き合い方は見えてきましたが、そこから今のウルトラプレイヤーとしての姿へ繋げ憎いと感じるのは、私の知識として何が欠落しているのでしょうか。
「…」
-- おそらく、翔太郎さんと誠さんて、きっとどこで何をされていても、ご関係に変化はないように思うんです。なので、今の翔太郎さんがバンドに対してこれほどまでに打ち込んでいる根本的な動機や熱は、実は誠さんにはないんじゃないかって、思ってしまって。
「…大成から何か聞いたのか?」
-- すみません。…そうです。
「そうか。…ああ、まあ。そういう事だよ」
-- では、やっぱり翔太郎さんも。
「うん。…根本とか難しい事はあれだけど、時枝さんが言いたい事は分かるよ。ただ俺の場合は、答えは一つじゃないぞ。誠に対しての思いもあるし、織江に対する思いだってある。大成がどういう話をしたのか分からないけどさ、じゃあ切っ掛けはなんだって言う事ならきっと、そこにいるのは確かに、繭子なんだと思うよ」
-- あまりの事に、ちょっと気持ちの整理が追い付かないです。
「仕方ねえなあ。でも約束したもんな、あんたには全部話せる日が来ると思うって」




