連載第51回。「善明アキラという男」1
2017年、2月某日。
伊澄翔太郎が語る、善明アキラという男。
タイトルは『喧嘩』。
「分かりやすく言うと、狂犬。
相当危ない男だった、若い時のあいつは。
時枝さんが喧嘩の話好きじゃないからそんなに言わないようにしてたけど、
俺達4人の中で一番場数踏んでたのはアキラだろうしな。
単純に竜二にはノイがいたし、大成には織江がいたから。
当時まだ付き合ってないとは言っても、血生臭い事に巻き込むには大切すぎただろうし。
ガキの頃の反動でおかしくなってたって話前にしたと思うけど、その点俺とアキラはホント考えなしに暴れ倒してたんだよ。
でもその暴れ方が例えば街の不良とかヤンキーとか暴走族とどう違うかって言うと、誰が一番強いとか、縄張り争いとか、抗争とか、そういう理由が何一つなかったって事だよな。
だから別に負ける事を怖がってないんだよ。
一人で大勢を相手にする事に対して全く怯まないし、躊躇しない。
殴る事も殴られる事も同じようなもんだってよく話してたし。
殴ったら殴られるし、蹴られたら蹴り返すだろ?
やった分は絶対自分に返ってくるもんだろうし、だったら俺達は自分がさんざんやられた分、やってやろうじゃんかっていう、単純で馬鹿な法則に乗っ取って喧嘩してた所があって。
そういう子供みたいな発想のまま体だけデカくなって、勉強出来ない、常識ない、でも喧嘩したい、負けてもいいから人殴りたい、って。
怖いだろ? でもまじでそういう思考回路だったし、そういう奴だったよ。
そういう、うん。…ビターな青春時代?
あはは、無理やり素敵な言い回しにしてみたけど、相当ぶっ飛んだ話してるな、今な。
まあ、全然人の事言えたもんじゃないけどさ。
…竜二だって大成だって、俺もそうだけど、何も違わないからね。
同じように生きて、同じように考えてたから。
たまたま、ノイだったり織江だったりが側にいたかいないか、それだけの違いだもん。
だって喧嘩するのにこちら側に何も正義がないって完全にヤバイ奴だろ、衝動的だったわけだし。
ああ、自分から手は出さないよ。でも出させるように仕向けてたもん。同じ事だよな。
織江なんかは今でもアキラの事ネジが一本ない奴だったって言うもん。
あ、聞いた?そうなんだよな。そうそう。
誰と喧嘩して勝とうが負けようが、それを武勇伝にしてよそで吹いて回ったりはしなかったし、ヤバイ奴らがいるって意味では噂になってたらしんだけど、結局それは頭のおかしな4人がいるって言われ方してただけで、一目置かれるとか、そういう格好良い方向で有名になりようがなかったよな。
でも庇うわけじゃないけど、本当は根っからそういう人間ってわけじゃないんだよ。
俺だから分かるし言えるのかもしれないけど、本当はそういう自分が好きじゃなかったと思うしね。そこは俺達皆そうだし。
突き動かされるように街へ出て喧嘩して、ゲラゲラ笑ってんだけど、それでも俺はアキラがどうしようもなく優しくて良いやつだって知ってるから、なんか苦しいよな。
多分こればっかりは他人に伝えようがないし、だから、頭おかしいくせに良い人振ってんじゃねえよって、そう言われちまうとその通りかもしれないとも思う。
ちゃんと更生しましたよ、あの時はごめんねさいねっていう、そういう話でもないんだよな。
でも、…うん、なんて言ったらいいのかな。
病んでたんだって言えば聞こえの良い理由になるのかもしれないけど、そんな在り来たりの説明だと、あいつにぶっ飛ばされた奴らに悪い気もするしな。…難しいな。
もともと他人に理解されようと思った事がないから、上手く説明する言葉を考えてこなかったもんな。
俺はいつも思った事そのまま口に出して人と揉めるのが落ちだし。
だからあえて、アキラって男の事を俺の目を通して説明しようとすると、まあ確かにぶっ飛んでぶっ壊れた狂犬だったけど、そんなの一時期の一場面でしかないのにな、って。
そういう思いはあるよ。
…当時の自分は、うん、そうだな、好きじゃないな。
自分なんだけど、自分じゃないようなね。
今でも、私生活でもバンドでもなんでもコントロールできない事が嫌いなのは、そういう時代を経て苦しかった思いが強いからだろうな。
うん、…だから、…きっとアキラもそうだったと思うよ。
普通に生きられるなら普通に生きたかっただろうし。
それはだって、ガキの頃から4人ともがずっと思ってたからさ。
だからカオリと出会って何かが変わったのは間違いないし、ノイが死んだ時にも、生きるって事に対して真剣に向き合うようになったのも、間違いないしな。
命を脅かされる事で湧き出て来るギリギリの力みたいなのが、格好付けすぎかもしれないけど、…そういうものがガキの頃からあって。
それを今度は抑えきれなくなってたって事なんだろうなって。
相変わらず恐怖はついて回るし、悪夢で飛び起きるし、だけど。
…周りは平凡に暮らして来たんであろう、しょうもないボンクラ共で溢れかえってた。
やれどこそこの服が格好いい。どんなゲームが面白い。どんな漫画が面白い。何組の女子が可愛い。
知らん知らん、全然興味ねえ、うるせえ、気持ちが悪いって、本当にそう思ってた。
そういう空間や人間や時間に慣れ染まる事がとにかく怖くて、逆にこいつら何も怖いもんないのかなって。
まあ、これ全部後付けだけどな、あはは。
当時だって、多分今だって、昔を思い返して『あの時はああだったよなー』なんて笑って話せる事は、実はそう多くはないんだよ。
今俺がこうやって、いかにも分かり切った顔で話してる事全部、例えば俺なんかは誠が側にいてくれたから、あいつと話をして、少しずつ少しずつ整理していったから他人事みたいに言えるってのがあって。
だから言ってて自分で思うもん、『ああ、そう言えばそうだったな』って。
アキラの事はいくらでも言えんだよな。でも当時の自分の事を振り返る時はどうしても、モヤが掛かってるような薄暗い場面を手探りしながら話すしかなくて。
誠が色々話を聞いてくれて、『きっとこうだったんだね、そういう事だったんじゃないかな』って返してくれた言葉をそのまま時枝さんに話してるようなもんだよ。
うん、あれ、いつの間にか誠の話になった。…なんだっけ。
そうそう、だから、一時期はほんと学校行くの嫌でアキラと一緒にいることが多かったな。
一緒にって言っても別につるんで喧嘩しに出掛ける事はないんだけど、ふらっと街へ出て因縁付けて来る奴探して歩いてると、やっぱり向こうからアキラが歩いてくるんだよ。
そうするとさ、ああ、そっちへ行ってももう目ぼしいワルはいないなって分かるわけ。
いるならもうアキラが倒してるから。あはは。
だから目が合う距離まで近づくと、お互い笑って手だけ上げて進路変えるんだよ。
俺あっち行くから、お前そっちな、って。
面白いだろ?
単純な腕力だけなら、誰だろうな。竜二かな。
でも俺達の喧嘩って力比べで勝つというよりも、さっき言ったみたいな恐怖心の無さみたいな勢いで、うん、勢いで押し切ってるような感じだったと思うんだよ。
誰だって殴られると痛いし、ボコボコにされて地べた転がるなんて嫌だろ。
でもそれを嫌がらない、あるいは『頼むから転がしてくれよ』って思ってるような奴怖いだろう。
アキラなんて5、6人がこんな、鉄の棒みたいなの持って振り上げながら囲んだって怯まないんだよ。想像してみろよ、絶対怖いから。
だから普通じゃないんだろうな、きっとな。うん、それでも勝つよ。殴られて頭から血を流して、フラフラになっても、でも負けない。
最後の一人か二人はどうせ逃げちまうしな。
今だから言えるけど、相手の武器取り上げてなんの躊躇いなしに殴れるのはアキラと大成だよな。
本当に危ない喧嘩してたもん、あの二人は。
俺ってよく手が早いとか好戦的って言われるけど、全然そんな事ないって。
あはは、まあまあ、手は出すけどさ、ちゃんと分かって殴ってたもん。
あの二人は誰かが側にいて止めてやんなきゃダメだってさすがに気づいた。
ハタチぐらいになってからだけどな、あはは。
あははは!うん!そお!
…ん?大成が?…ああ、俺なんだ?
へえ。いや、どうだろ。昔と今ではまた違うんじゃない?
やっぱりあいつの人としての器とか凄さを知っちゃってる分、そうそう殴り合いなんてしたくないよな。尊敬してる部分も、もちろんあるし。
昔から4人の中では大成が一番まともだったんだよ。だけどそういう人間的な遠慮とか抜きにしてさ、単純に一番喧嘩したくなかったのはやっぱりアキラかな。
うん、嫌だ。絶対嫌だ。怖いもん普通に。
例えば大成の持ってる怖さってさ、言うなれば普段は人間がしっかりしてるからこそなんだよ。
だから最後の最後、本気で決断した時のあいつの行動力はシャレにならないんだよな。
誰にも止められないと思うよ。俺も竜二も、うん、二人でも無理だと思う。
そういう怖さはある。絶対怒らせちゃいけない奴だって。
だからあいつと竜二が揉めた時だって、もうこれは言葉では絶対に止まらないんだなって、覚悟した部分もあったし。
でもそうなるまでに大成は絶対色々考えてるし、重たい決心もしてるはずだしな。
ただアキラは軽いんだよ!あいつは軽い!
すーぐ行くもん。あはは、そんな奴怖いって!すぐ来るから!
ええ、俺?いやいや。だから俺ちゃんと考えてるってば。
あははは、なんでだよ、俺じゃないよ!アキラの話してんの!
…話?
なんの話?ああ、ああ。どんなって言われてもなあ。
学生ん時はあんまし喋ってないかもしれないな。
喋っててもきっとそんな面白いバカ話じゃなかったんだろうな、覚えてないもん。
高校上がってからはそもそも学校にいない時間の方が多かったし、街で会っても挨拶交わして進路変更だし。
間に織江やノイを介して会話する事はあっても、二人で何か楽しくお喋りっていうのは、
ほとんど記憶にないな。思春期って奴じゃないの?
…ああ、うん、カオリと出会ってからは確かに色々と変わってきたかもしれない。
あの狂犬が女に目覚めたからね!っはは。
ああ、そうだと思う。早い段階でカオリに出会て良かったよな。
幸せな事だよ、あれだけの人に出会えて、死ぬまで一緒にいられたんだから。
あ、話って言えば、だからそうだよ。
カオリに対しての話はよく聞いた。聞いたっていうか、聞かされてた。
うるせえなあって思ってたから具体的には覚えてないんだけどな。
だって俺一人だけ女いないからね?その頃。
…いやいや、それはまた話が違うだろうが。…違うだろうが!
あははは。
ん?えーっと、16とか17とか。
まだカオリも19、20だし、まあ子供と言えば子供なんだけどな。
でも当時既にカオリは人気者だったよ。ライブやればいつも箱はパンパンだし、雰囲気のあるオッサン連中といつも話してたから、メジャーな事務所から声掛かってたんだと思うけど。
前にこの話したな、そう言えば。
そうそう、出会った日に告白したやつな。
んー、顔ねえ。似てる人はちょっと見たことないかもしれない。
独特な顔ってことでもないけど、うーん。
織江とも誠とも繭子とも違うな。
一番特徴的だったのは目の下の隈。不眠症らしくて、いつも寝不足だってイラついてたし。
だから人相はすげえ悪いよ。その代わりアイドル級に綺麗な顔だったけどな。
きっと今でも、タイラーに入ればセンター取れる(笑)。
あはは!やばいか!
…お人形さんみたいに整ってて、真っ白でな。
でも目付き悪いし目の隈が酷いから、最初見た時ジャンキーかと思ったもんな。
おまけにそんなに年変わんねえのにガッツリ墨入れてるし、金髪だったり、赤髪だったり。
だから知り合いになってちゃんと話すまでは、なんだこのヤバイ女は!?って。
アキラもよくこんな女に告ったなって。あはは、うん、まじでそんぐらい。
でも、ほんとな、思い出すと悲しくなるからアレだけど、嫌んなるくらいイイ女だったよ。
俺もずっと好きだったし。
あの人がいてアキラを受け入れてくれたから、あいつは本格的に楽器触ったようなモンだしさ、色んな意味で特別、頭上がんないし。
あと、今でも思い出して一人で笑ったりするのがさ。
あのー…、そのー…。
カオリがね、ある時俺んとこ来てさ、言うわけ。
『なんか、ごめんなー』
って。何が?って聞いたらさ、
『いやあ、なんか4人いてさ、あいつ一人だけ受け入れるって、そういうの、なんかお前らの関係を、破壊しかねないだろー?』
ってさ。これマジだからな。マジでそういう事言って来るんだよ。びっくりしてさ。
え?ってなって。それはつまりどういう事?え?もうそういう事になってんの?って。
どこだっけなーあれ。どっかの、ビルの屋上なんだよ確か。
学校じゃないしな、ライブハウスかなあ。まあどっかの屋上で煙草吸ってたら、そうやって言われて。
俺もまだそこまで色々経験積んでないからね、多分顔赤くしてたんじゃないかな。
カオリは普通に、申し訳ないねって苦笑いしてさ、俺から煙草一本抜いて。
『まあ、あれだよ。分かりやすく言うとさ、そういう事だから、ごめんな! いただきました!』
って! あははは!その顔がまた可愛いんだよ、腹立つなーと思って。ふふ。
俺?なんて答えたかなあ。…ああ、あ、違う!俺聞いたんだよ。
「(アキラ)どうだった?」って。うん、あえてね。
そしたらカオリさ、ここ、眉間に皺寄せてさ、ちょっと泣きそうな顔になって。
『壊されるかと思ったんだよ』
だって。めっちゃくちゃ笑ったもん。カオリもだけど。
いい思い出だよな、思い出すと辛くなるけど、いい思い出。…なあ」
伊藤織江が語る、善明アキラという男。
タイトルは『カオリ』。
「やっぱり、愛情の物語だと思うなあ。あそこ二人は色んな意味で凄かったよ。
とりあえず見た目がやっぱりそのー、カオリは突き抜けてたし、今でいうと出来上がってるっていう表現になるのかな。
アキラは確かに男前なんだけど、カオリと出会った頃はまだまだ全然おぼこい印象残っててさ。
人前に出て人気も実力もあって、大人達から熱い視線を浴びてたカオリと、そこらへんブラブラしてる喧嘩小僧だもんね。
だから最初は釣り合うわけないんだけど、だんだんとアキラの雰囲気が大人びていって、カオリに追いつくの。
そのうち彼の存在感がカオリを追い越す時が来て…。
こればっかりは運命みたいなのを信じるしかないね。
こういう事ってあるんだなーって。
それはでも、あの二人に限った事じゃないけどね。
生きてれば色々、必要ならざる神の手の存在を感じる時は、往々にしてあるよ。
…なんてまあ、今これ格好付けて関係ない事言ったっぽいけどね。あはは。
よくさ、繭子にしたって誠にしたって、二人のルックスを褒めるでしょ。
それはきっと誰も異論ないと思うんだけど、ここだけの話、冷静に顔の綺麗さだけ見たら、やっぱり誠だよ。
それはそうだよ、あの素材でしかもプロだもん。…でもこれ内緒ね。
それに立ち居振る舞いとか、放ってる清らかな神聖さとかそういう見方を加味していいなら、きっと繭子の方が多くの人に選ばれる美しさを持ってると思う。
ただね、麻未可織の魅力ってね、凄いんだよ、やっぱり。
一般人には得難い魅力というか、努力の先にあるわけじゃない、その人だけのもの?
だからなんかね、言いたくなるの。あはは。言いたくなるんだよ、いい女だなあって。
カオリの事皆好きだったし、お世話になったしね。
それにあの人が笑うと、心底ほっとして嬉しいんだ。なんでだろうね。
そういう人っていない? 周りでも、これまで出会った人でもいいんだけどさ。
機嫌を伺うとかそんなんじゃなくて、笑顔にしたくなる人っていうか。
普段これでもかってくらいイラついて、オラついて、不機嫌さを隠さない人なのにさ。
例えばアキラが二言、三言囁くように話しかけるだけで、キャッキャ言って笑うのよ。
その顔が可愛いのなんの!
うん。大好きだなぁ、今でも当たり前のように、大好きだね。
時枝さんは一年取材続けて来たけどもさ、それでもうちのメンバーについて知らなかった事やエピソードがどんどん出てくるでしょ?
それと同じでさ、カオリの事もアキラの事も、語り尽くす事は出来ないよね。
子供の頃の話は私なんかより他の人の方が詳しいからあれだけどさ、カオリと付き合いだしてからのアキラは明らかに変わったと思うんだよ。
もしかしたら大成にも同じ事が言えるのかもしれないって思う時あるけど、特別そういう言われた方した事は私自身はないし、大成からも聞いてない。
だけどアキラは変わった。それは間違いないと思うよ。
だって私とノイは陰であの人の事デビルマンって呼んでたからね、…うん、あはは。
そうそう、こないだね、言ってたね。ビックリマンね。
だからあれってアキラが学生時代から好きだったみたいだけどさ、デビルマンの主人公ってフドウアキラって言うのよ。そんなの尚更でしょ。
ビックリマンじゃなくてデビルマンだよねえ!って言って笑ってたもん。
うん、当時はちょっと笑えない程怖い時もあったのよね。
実際、血みどろになってるとこ、何回も見てるし。
それでもなんか、悲壮感よりも爆発しそうな勢いとかエネルギーみたいなのに溢れててさ。
どこかで、…仕方ないのかな、こういう日々を過ごすしか発散しようがないのかなって、
うん、諦めたてた部分もあったかな、漠然と。
だってどうしようもないしね、私らには。
まあ、よくは分からないけど喧嘩に負けたって話を聞いた事はないし、血塗れでも本人が笑ってるんだから、中学の頃みたいに暗い目をしてないだけマシかーなんて、開き直るしかなかったよ。
…朝、学校行くでしょ。
そしたら、アキラと翔太郎が校舎から出て来るの、入れ違いに。
おはようって笑ってすれ違って一日そのまま会わないとか、ざらにあって。
大成に、あの二人はどこに行ったの?って聞いても、知らないって言うし。竜二も。
もちろん4人ともいない日だって一杯あったし、…まあその結果4人とも中退なわけだけど。
あ、別の学校の生徒が押し寄せて来る事もあったよ。
授業中に他の生徒がそれに気づくでしょ、したら先生が窓開けてさ。
『善明かー、伊澄かー』
って聞くわけ。あははは、ほんとだって。
校門から、野太い声で『ゼンミョー』って叫び声が聞こえてきて。
そしたら皆口々に、あいつどこ行った、善明どこ行ったーって騒ぎ始めて。
その内スタスタと玄関から出ていくアキラの後ろ姿が見えて、そのまま早退。
え、もちろん喧嘩だよ。喧嘩相手が攻めて来てるの。そうそうそう。
まだいる時はいいのよ。いない時の方が多いからね。
アキラも翔太郎もいない時は、『じゃあ』って言って竜二と大成が出ていくの。
勘弁してよって思ってたけどね、当時はもちろん。
でも…うん、当時からやっぱり、人とは違う生き方してるよね。
うん、らしいと言えばらしい。ね。
格好良くはないよ!なんでそんな風に思うの?
頭のおかしい連中だってずっと陰口叩かれてたんだから。
私は心配で仕方たかったけど、おかげでライバルいないから気楽だったよね。
でもそんなアキラでも、カオリと出会って、…変わったねえ。
笑う事が増えたよ。
アキラって笑うと目がなくなるの。
その笑顔が私好きだったー。
カオリと同じでさ、笑うとこっちまでニンマリしちゃうのよね。
アキラはカオリに全てを捧げるつもりだったと思うけど、人生って分からないよね。
カオリに好かれたいがために始めたドラム。
それだって、消去法に近いじゃん、翔太郎がギター上手いもんだから、じゃあドラムって。
ドラムが良かったわけじゃないでしょ、そんなの。
でもそこで、出会っちゃったんだものね。
凄いなあ。
いつの時代も彼らは暴れん坊だったけど、そのいつの時代でも、カオリだけは彼らの狂騒を抑え込めた、唯一の人だったよ。
…いつだったかははっきり覚えてないけど、カオリに聞いた事があるの。
なんでアキラなの?どこが良かったの?怖いとは思わなかったの?学校中の嫌われ者だよ?
そしたらカオリ大笑いしてさあ。
『そうだよねえ、普通は、翔太郎に行くよねー』
って。いやいや行かないしって言って。あははは、うん。
『いつまでも子供のままいてくれそうじゃん、アキラって。アタシがいつまでたってもバカだからさ、あんまり頭の良すぎる奴や、器のデカい親分肌の奴や、とことん突き抜けて優しい奴が相手だと息苦しくなるんだよね。劣等感かな?…でも、その点アキラっていつまでもガキでいてくれそうだろ? だからきっとあいつしかいないんだよ。アタシと最後まで遊んでくれんのは』
…うん、…うん、そう。凄いでしょ。凄い人なんだよ、カオリは。
当時は私も、それが翔太郎と竜二と大成を言ってるって分かってなかったけどね。
ただ周りにいるそういう男達じゃダメなんだよって嘆いてるんだろうなーって、そう思ってたし。
でも二人とも、全然バカじゃなかったよ。
勉強は出来ないけどさ、思いやりのある優しい人達だった。
あー…あはは、やばいね。この流れはやばい流れだ。
あはは、うん、まあ勘弁してよ。
カオリが死んだのってね、今から11年、12年か、前の2005年なの。
うん、癌で。…だけどカオリの癌が初めて分かったのは、もっともっと前で。
手術して、治療を続けて、転移が見つかって、手術して、でも転移して。
クロウバーにアキラが参加しなかったのはカオリの側にいたかったからだって、
私達はそう思ってるんだ。
私前にアキラの話をした時、あえて言わなかったの、覚えてる?
当時何を考えているのか分からないし直接聞いてないけど、って。
うん、直接は聞いてないよ。でも、そんなの見てりゃ分かるよ。
いくら保険に入ってたとは言えタダじゃないんだから、
カオリの治療費を少しでも肩代わりしたい気持ちがあっただろうし、
そもそもがバンドやるような気持ちにはなかなかなれなかったと思う。
でも、今、時枝さんには分かってもらえるだろうから言うんだけどさ…。
こういうアキラの気持ちってさ、推測で人には言えないよね。
うん、言えなかった、私には。
きっとアキラだってカオリにはそんな事絶対言ってないと思うし。
車いじったりバイクいじったり、大成と仲良くそうやって遊んでたのは本当だし、
カオリの実家(自動車整備工場)を継ぐんだって言ってた事もあるし。
結局最後にはアキラも、ドーンハンマーをあの4人で組むんだけどさ。
そこには、『ただ楽しいだけの夢と希望がありました』っていう、
そういう話じゃなかったんだよって、時枝さんには、分かってて欲しいかな」
池脇竜二が語る、善明アキラという男。
タイトルは『一番』。
「『かつて泣いてすがった自分の弱さを忘れる事はねーよ』
って、これ、アキラの言葉でさ。
カオリがもうダメだって分かる頃には、アキラも同じように癌にやられてたんだよ。
膵臓癌。そう、発見が遅れちまう事で有名なやつな。
腰が痛てえっつって病院行ったら、余命半年ですって言われて帰って来て。
おいおい、ウソつくんじゃねえよって皆して笑って。
手術すりゃいいだろ、抗がん剤とか、いきなり余命半年ってお前。
…カオリをずっと見てっからさ。
なんつーか、言いたくねえけどそうでも言わねえとおかしくなっちまいそうでよ。
でもアキラ自身は、そんなに落ち込んでないんだよ、不思議なもんでな。
医者がそう言うんだから、そうなんだろうよって。
俺の前では最後まで言わなかったけど、絶対あいつ、
カオリと一緒に死ねる事をどっかで甘んじて受け入れてたよなって思うもん。
それを死ぬまで言わないところがアキラなんだけど、…でも俺だってそう思うよ、きっと。
運命ねえ。…そうかもしれねえなあ。
俺はそういうのよく分かんねえけど、だけどそれは今にして思えばって事だろうなあ。
その時はさ、アキラの父ちゃんや母ちゃんの前では口が裂けたって言えねえもんな。
あはは、うんうん。
死にかけた事は何度もあるけど、自分の死が確定した経験は俺だってねえし、
その時になってみないとアキラやカオリや、ノイの凄さって実感できないよな。
あいつは最後まで強くあろうとしたよ。
本当の意味で、強かったと思う。
真似出来るかって言われたら、自信ねえわ。
さっき言った、自分の弱さを知ってるから余計に、歯を食いしばれ、負けるなって。
自分に言い聞かせる事が出来たんだと思う。
分かってるけど、…分かってっけどさ、…やっぱ真似出来ねえよな。
調子の良い日なんかにさ、ギター持ち込んでキング(エルビス・プレスリー)歌ったり。
ふふ、だって話す事と言ったらどうしたってガキの頃の思い出話になるわけさ。
あの時はやばかったねえだの、死ぬかと思ったねえなんて話をさ、
これから死を迎える奴真ん中にして喋るんだよ。
これがまた辛いんだ。
やっぱり、俺達はどこを切り取っても4人だったなって思うし、
だからこそ共通の話題はそこへ行きついちまうわけだ。
話題が暗い方向へ行ってしんみりし過ぎると、いつも翔太郎が上手い事言って笑わせてくれんだ。
分かるだろ?俺はそれに乗っかって馬鹿言って、大成が冷静に突っ込んで。
それ見てアキラが楽しそうに笑う。
その一連の流れがさ、これで最後かも、今日で最後かもとか、そういう嫌な想像駆り立てんだよ。
人はさー、時枝さん。本当はいつだって笑ってるのが良いだろ?
だけどよ、笑ってる顔を見るのが辛い時だってあるんだって初めて知ったんだ、俺。
もう喋る事すら嫌になって、最後はギター持ち出して、歌って。
病室で幼馴染が顔を突き合わせて歌を歌うなんてさ、そんな出来過ぎたドラマみたいな話があんのかよって。
それまでは俺も思ってたけどよ、ああ、こういう事かって分かっちまった。
もう、喋るのもつらい。泣くのも辛い。笑うのも辛い。
だけど、そばを離れたくねえんだ。こういう事なんだなあって思ったよ。
男同士顔見ながら歌う歌じゃねえけどよ、よく歌ったのが『好きにならずにいられない』って曲。
知ってる?うん、有名だもんな。
俺が弾いて歌う日もあれば、翔太郎が弾いて皆で合唱する日もあった。
おかげで俺めちゃくちゃ物まね上手いからね。…あはは、そうそう。
ある時なんかさ、いきなり病室のドアが開いて、偉そうな感じの医者が飛び込んで来るわけ。
なんだ!?って思ったらさ、俺達の事見ながら言うわけ。
『死んだはずのエルビスがここにいるのかと思った!』
って真顔で言いやがるわけ。…ホントだって!翔太郎に聞いてみろよ!
だってさ、あいつそれ聞くなり『こいつ今死んだって言ったか』っつってユラアって立ち上がるんだよ。
やばいやばい!って俺と大成で止めて!あはは!いや、ホントだって!
でもまあ、おかげでアキラは大喜びで手叩いてるしよ、そんなんも忘れらんねえ思い出の一つだよな。
アキラさ。
あいつが一番ボロボロにされただろ。
…ああ、だろって言っても分かんねえよな。うん、実際そうでさ。
でも体が大きくなり始めて、喧嘩三昧やり出した頃から、
もう誰も手がつけらんねえくらいの悪童だったんだよ。
昔の自分を振り切りたかったんだと思うけど。…でもさ。
『いっつも泣いて、土下座して、謂れのねえ許しを請う。
ガタガタ震えて、逃げ回って、鼻水垂らして、祈ってた。
もう嫌だ、なんで俺達ばっかりこんな目に合うんだ。
そんな自分をどれだけみじめに思ったか分からねえよな。
だけど、そういう自分を忘れちゃいけないっていう風にも、思うんだよなあ』
そう言ってあいつは笑うんだよ。
『俺ら喧嘩だけは強くなっただろ。今なら俺さあ。
どんだけの奴が来たって、笑って突っ込んでいける自信あるんだよ。
でもよー竜二。でも俺、まだまだ弱いと思うんだ。
よく分からねえけど、お前ら見てると震えがくる時あるしなあ。
いつかカオリも、織江も、誠も、繭子も、父ちゃんも、母ちゃんも。
本当はノイだって、…それに、世話になったお前らの事も。
俺は、ぜーんぶ守れるような男になって、あの頃の自分に感謝したいんだ。
よう頑張ってくれた。よう踏ん張ってくれたなって。そういう男になりたかったんだ』
アキラってそういう奴なんだ。
それを自分の死ぬ間際に言えちゃうような奴だったからさ。
俺らどっかで、あいつを弟みたいに感じてたんだけど、
ああ、こいつ凄えスピードで俺追い越してったんだなーって、
悔しかったし、嬉しかったよ。
その内、アキラんとこの父ちゃん母ちゃんはもちろん、俺の家族や、
伊澄の家も、神波の家も、伊藤の家も、入れ代わり立ち代わりアキラの顔見にくるようになって。
なんだか慌ただしいな、もっと休ませてやってくれよって思ってた矢先に、
パッとあいつはいなくなったんだ。
苦しまずに行ったと思う。
それまでが酷かったけど。
でも行く時は早かったよ。
その時にはもうカオリはいねえし、走って追いかけてったんだなって思うようにした。
辛かったぜえ…。
ノイの時とも、カオリの時とも違う。
俺達はきっと自分が死ぬ事よりも、失ったものの大きさに潰された。
ぺしゃんこになっちまったよ。
…あれはいつ頃の事かなー。
何かのきっかけで俺が泣き出しちまって。
言葉になんねえで、ひーひー言って泣いてんだよ。
そしたらアキラ、俺の頭を拳骨でぶっ叩いて言いやがった。
『不細工だなぁ竜二、お前に涙は全然似合わねえな。まず可愛くねえし、色気もねえし、あとうるせえ。いつだって最後はお前が笑っててくれたから、俺達はやってこれたんだぞ。翔太郎も大成もナイーブな奴なんだから、俺かお前がなんとか笑かしてやんねえとさ。そうだろ?駄目だろ?俺が死んだらあいつら笑わせてやれんのはもうお前だけだぞ。なのにお前が泣いてどうすんだよ。お前は笑えよ。そいで歌え。な、頼むよ竜二。ノイと約束したよな?ノイにもカオリにも俺にも聞こえるようによ、ずーっとでかい声で歌い続けてくれよ。俺達はちゃんと聞いてっからな。お前だったらキングなんか目じゃないよ。俺が保証する。竜二、お前はテッペンに行ってくれ。お前は一番になれる。絶対になれるから。俺には分かってっから。おい、竜二。一番になれ、竜二』
関誠が語る、善明アキラという男。
タイトルは『優しさの形』。
「もちろん立ち聞きするつもりなんてなかったけどね。
突然声が聞こえて固まっちゃったんだよ。
病室にいるのがアキラさんと翔太郎だっていうのは分かってた、うん。
もうほんと、ノックする寸前にね、『なんで何も言わないんだよ』って聞こえて。
アキラさんの声だったよ。
瞬間的に、翔太郎のそれに対する返事を待っちゃった事で完全にタイミング逃したの。
そしたらもう入れなくなってさ。
…織江さんがさ、日記をずーっとつけてるのは知ってるよね?
うん、前にさ、私、伊藤姉妹にかなり影響を受けて生きてきたって話したと思うけど、
実は私も彼女に習って日記つけてるんだよ。
私の場合は、何か覚えておきたい事や覚えておかなきゃいけないって感じた言葉や出来事を綴るだけだけだから、
日記って呼ぶにはあまりにも飛び飛びだけどね。
だけどその日記にさ、その日の事はちゃんと書かれてたよ。
翔太郎がね、ボソリと言ったの。
『お前のいなくなった後の世界を想像できないんだ。だってずっと4人だっただろう? 俺の目にはお前ら三人が映ってないと駄目だろ。
お前がいなくなったら、それはもう俺の世界じゃない。そんな恐ろしい世界は想像できない』
うん、翔太郎がそう言ったの。
あはは、そらーもうね、うん。…うん。
でね、アキラさんが言うわけ。
『残される者の気持ちは、理解できるよ』って。『カオリを失って、この先何十年も生きていかなきゃなんねえって考えるときっと、今のお前みたいな顔になるんだろうな』
だからこの日の事は私一生忘れない。
日記に書いた言葉が一言一句あってるわけじゃないけど、
その時にはまだ生きてたアキラさんの声や、呼吸や、仕草なんかを感じ取れるからね。
それって私、大事だよなあって思うよ。
言葉を扱ってる時枝さんなら分かると思うけどね。
記憶ってさ、いつか平面的になるでしょ。ね。
正面から見たその人の顔はいつまでも思い出せるけど、
記憶の中でどれだけその人の動きを立体的に再生出来るかっていうと、いつかは怪しくなるじゃない。
そういうの、私すごく怖いんだ。
だから、日記付けてて良かったって心底思うし、そこはまた織江さんに感謝だね。
あの人って13歳から毎日日記書いてるんだよ、…うん。
翔太郎達に出会ったその日に日記帳を買って、そこから毎日。
もちろん長文じゃないって言ってるけど、どうだろうね。
織江さんも、想像を遥かに超える大きな愛情を持ってる人だからさ。
実家の本棚とか物凄い事になってそうだよね。
…うん。…うん。そうだね。
アキラさんの言葉は、だから私は忘れない。
特に入院した日から亡くなるまでの間に交わした会話や聞いた言葉は、
私がそこにいたのであれば全部覚えてるよ、内容はね。
あは、そりゃあ言い回しとか、だよ、だぜ、くらいは違うかもしれないけどさぁ、
でもきっとそこも間違いなく覚えてる気がするんだよねえ。
なんか、とにかく必死だったんだ、毎日。
そうだね、あーはは、そこだけは役にたったね。
勉強なんてただ要領良くやればいいだけじゃんって思ってたけど、
物覚えが良くなったのは確かに学校の勉強のおかげかもしれないね。
…無意識に話を逸らしちゃうね。ごめんね、脱線ばっかりして。
過ぎ去ってく毎日がどうしようもなく怖くてさ。
時間て本当に止まらないんだなって、思って。
1月だったの…。
天気の悪い日なんかは一日中暗くて、寒くて。
だけど病院の中は汗が出るくらい温かい空気がこもっていて。
窓の外を見るとどんより青黒い空が広がってたりして、
そんな嫌な日でもさ、どうしようもなく毎日が大切だと感じてた。
アキラさんがいなくなるのは今日かもしれない、明日かもしれない。
毎日そんな事を考えながら病院に通って。
泣きながら帰って。眠れなくて、何度も翔太郎に電話して。
悲しいね、って何度も話をした。
大切な人が亡くなるのは何度経験しても慣れないし、辛いねって。
まだ亡くなってもないのに私そんな事言って彼を困らせてた。
だけど翔太郎は怒りもせず、辛抱強く私を受け止めてくれてた。
本当は誰よりも泣きたいし誰よりも悲しいはずなのにね。
…その日、病室でね、アキラさん、翔太郎に向かって言ったんだ。
『頭の出来の良いお前はきっと俺を忘れないだろ。ガキの頃の俺、ドラム叩いてる俺、カオリの側で笑ってる俺、今ここでベッドの上に座ってる俺。お前は絶対忘れないだろ。だから俺の事考える時一緒に思い出してほしいから言うよ。ごめんな。ありがとう。お前は、誰にも負けんなよ。それから、絶対に追いかけて来るなよ。死ぬまで生きろ。竜二と大成を頼むぞ。織江と、誠と、繭子を頼んだぞ。お前は自分の目に映る人間全部を幸せに出来る男だと思うから。お前はそういう器の男だって俺は思ってんだ。だからさ、お前は自分の才能を信じて世界を獲りに行け。俺の代わりに、世界を獲ってくれ。お前より凄い奴なんて、この世のどこにもいやしないから。翔太郎、一緒に行けなくてごめん。ほんとにごめん。お前の不器用な優しさの形に、俺はちゃんと気づいてた。お前らに繋いでもらった命をこんな風に終わらせてしまう事をどうか許して欲しい。これが俺の最後の泣き言だ。翔太郎。ごめんな。ありがとう」
泣くのを通り越して、叫び声をあげそうになった。
私の知ってる限り、『世界を獲る』っていう言葉を最初に口にしたのはアキラさんだよ。
初めて聞いた言い回しだったし、その場面は衝撃的過ぎてはっきり覚えてる。
翔太郎はね、後々になって、私にアレは楔だったって言ってたよ。
先回りして色んな退路を断たれたって笑って言ってたけど、私それ聞いた時ヒヤっとしたもんね。
…うん、…うん。そうだね。
それでさ、その後帰るわけにもいかなくなって、病室に入ったわけ。
…あはは、だってそのまま泣いて帰るなんて余計辛いじゃん。
顔も見たいしさ、なんなら二人とも抱きしめてやろうぐらいの愛情に満ち溢れてたしさ。
ま、実際はただガン泣きしてたけどねえ。…うん。
だから、その日だよね。
前に時枝さんに話をした、アキラさんとの思い出の日。
うん、そうそう、実は同じ日なんだよ。
翔太郎が先に帰っちゃって、アキラさんと二人になって。
…今思えば、用事って言ってたけど、まあ、うんまあ、翔太郎が用事って言えば用事だよね!あはは。
…何言ってんだろ。
…ふー。
そう、あいつはお前にちゃんと、優しく出来てるかって、言われてさ。
なんでこの人自分の恐怖を脇に置いてまで私の事心配してんだろうって、思って。
さっきまで翔太郎の心配してるし、皆の心配してるし、
付き合いの短い私に向かって「一番心配だー」なんて言うしさ。
頭がこんがらがっちゃって。
大丈夫です、誰よりもちゃんと優しいですって答えたのは覚えてるけど。
私も泣いちゃって、胸が痛くて、正直その後しばらく精神的に崩れたんだ。
立ち直るまでに時間かかったなあ。
これも前に、時枝さんには話したと思うけどさ、アキラさんがいつも私を気にかけてくれてたって言ったでしょ。
私が彼らに会えたのは、自分の両親が死んで、めちゃくちゃになってた私を翔太郎が見つけてくれたからなんだけど、
反対側から見ればさ、『あの翔太郎が女を連れて来ただと!?』みたいな感じだったんだって。
なんか、意外でしょ、面白いよね。
学生時代からモテた人だから、普段女っ気がないのにびっくり!って事じゃないんだよ。
だけどある時アキラさんが言ったのがね、『お前無理しなくていいからな?』って。
あはは。え!? どういう意味ですか!ってそう、そう、言ったよ私も。
当時の私は暗い顔の子供だったし、全然笑ってないしさ。
翔太郎は翔太郎で、女連れで行動するような人じゃなかったらしくて、私達二人から只ならぬ雰囲気を感じたらしいの。
ある程度出会いの事情は竜二さんだって織江さんだって知ってたけど、その上で何か、…例えば恩義とか、義理とか感謝とか、そういう感情でここにいなきゃいけないって思ってるなら、そんな事ないんだからなって、言ってくれたのが始まりかな。
翔太郎ってさ、アキラさんと違ってそういう事は言わないんだよね。
そういうなんていうか、安心させてくれる言葉で気づかってくれるのがアキラさんで、
何も言わないけど色んな可能性を後押ししてくれるのが翔太郎でさ。
チラッと言ったけど、ややこしい問題に直面して助けてもらった後も、翔太郎の口から『俺について来い』的な言葉は言われてないの。
家に帰るもよし、ついて来るもよし、好きにしたらいいって感じで。
当時は今程喋る人でもなかったし、私自身なんだって良いやって自暴自棄になってたし。
そういう私をきっと見兼ねたんだろうね、カオリさんもすごく心配してくれて。
色々話を聞いて相談に乗ってくれた。
たくさん声を掛けてくれて笑わせてくれたのがアキラさんとカオリさんで、
直接的な言葉は少ないけどずっと側で支えてくれたのが翔太郎と、織江さんだね。
もちろん、ノイちゃんだって竜二さんだって大成さんだって皆優しかったよ。
だけど自然体な人達の集まりだし、優しさにも色んな種類があるからさ。
それぞれ皆なりの距離感があって、私は物の見事に彼らの魅力にドハマりしたんだよね。
飢えてたのもあると思う。
それは、認める。
だけど彼らじゃなきゃ私は心を開かなかったとも思うし、『無理しなくていいんだからな』って、逃げ口を開けてくれてたアキラさんがいなかったら、もしかしたら息苦しさを感じていたかもしれないよね。
私はすぐに翔太郎を好きになったし、全然嫌な目には合わなかったけどさ。
実はアキラさん、ずっと心配だったんだって。
アキラさんは翔太郎をよく知ってるから、私を故意に傷つけるような真似はしないって分かってる。でも私がそれを理解するにはまだ幼いんじゃないか。これまで同様、勝手に気持ちが先走って、勝手に落胆して、勝手に傷ついて去っていくことになるんじゃないかって。
心配してくれてたみたい。
気になる事があった日はいつも、それを周りに悟られないようにこそっと私の所へやって来て、『お腹痛いのか? ウンチ出ないのか?』って。
結局は皆にバレて、頭叩かれてたけど。
うーん…、あはは、うん。あーあ!…まだほら、こんなに泣けてくるよ。
きっと、もう最後だって分かってたんだろうね。
だからアキラさん…。
『俺な。乃依の事やカオリの事があってめちゃくちゃ辛かったし、今も強烈に辛いけど、まあ、こうしてお前と話出来てるだろう?やっぱりこういう時、俺一人が苦しいわけじゃないって思える奴らが側にいるのって、有難いんだなって。それはもう昔っから分かってて。俺な。実はな、翔太郎や、大成や、竜二、織江達の事はそんなに心配じゃないんだよ。…俺になんかあった時。…あいつらは勝手に泣いて、勝手に支え合って、勝手にやってくだろうって俺には分かるんだよ。実際今がそうだし。あはは。ごめんな。だけど、俺はお前が一番心配なんだ。お前が一番心配なんだ、誠、お前が。なあ。翔太郎は、あいつはちゃんとお前に優しいか?自分勝手な人間の集まりみたいなもんだから、分かりにくいとは思うんだけどさ。ちゃんと皆良い奴だろ? ただお前には翔太郎しかいないって、俺は思ってるから。あいつはちゃんと誠に、優しく出来てるか?』




