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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
42/77

連載第42回。「4人だった」

2016年、12月18日。



朝練習を終えた、昼食前の休憩時間。

バイラル4スタジオ内、会議室。

池脇、伊澄、神波に加えて、カメラの外には伊藤織江と繭子にも同席してもらう。

連日の事に心苦しくはあるが、本日も練習の合間を縫って話を伺くタイミングを作っていただいた。画面右から、伊澄、池脇、神波の並び順。特に緊張した様子はないが、普段通りというわけでもないようだ。どちらかと言えば彼らから少し離れた場所で椅子に座り、カメラに映らない位置に控えている繭子の方が緊張の面持ちを浮かべていた。そんな彼女を、池脇がしきりに気にしている。



-- 午前の練習が終わったばかりの所をすみません。お疲れさまです。

R「ざす!」

S「あいー」

T「お疲れさん」

-- 私はこれまで、敢えて繭子と3人を切り離した状態でバンドを見るという事を避けてきました。今でも、芥川繭子はドーンハンマーにおいてきっちり四分の一であり、最高のパワーバランスを保ったバンドでとしてあなた方を捉えています。ですが今回から始めるインタビューは、今存在するドーンハンマーとなるまでの、あなた方の道程を遡っていく旅となります。その過程でいずれ繭子にも改めて登場していただき、色々お話をお伺いする事になると思いますが、まずは3人に質問です。善明アキラさんを含めたあなた方4人の、一番最初の出会いは、いつですか?

R「…」

T「何才って事?」

S「…0才なんじゃないの?」

R「あー…」

-- 生まれる前からですね。と言う事は、親御さん達が既にご友人同士かなにかで。

R「そう。狭い町だったからなあ」

-- 他にもどなたかいらっしゃいましたか? つまり4人以外にも、そういう生まれる前から知り合う運命だったような人が。

R「いや、うん、アキラ入れて4人だな。回りに同い年いなかったしな、他には」

-- 特別な4人だったわけですね。

(一同、笑)

R「ただ覚えてんのは4歳とか5歳からだけどな、そりゃ」

T「親同士が知り合いでっていう話はあとになって聞いたもんな。特に気にしてなかったし、そういうもんだと思ってたよな」

-- そういうもんと言うのは。

T「毎日顔合わしてたしね。近所だったのもあるし、親同士仲良けりゃ子もそうなるだろ。自然な流れというか」

-- 確かにそうですね。どういう子供時代だったんですか?

何気ない私の質問に対し、答えに窮したような気配が一瞬空気をピリつかせる。

R「どういうって…言われてもなあ。あー、うん」

T「あはは」

-- やんちゃだったとか、実はよく勉強が出来たとか。

R「ああー。ははは、あー」

-- 私、おかしな質問してますか?

R「いやいや、そういうんじゃねえけど」

S「アレだろ。前に俺が言った事やなんかがずっと引っかかってて、そこを聞いてるんじゃないの?」

T「はあ。そうか、それでこういう話か」

-- と、仰いますと?

S「違った? ちょっと前に少しだけそういう話をしただろ。治安の悪い町だったとか、喧嘩に強くないと生きていかれないような場所だったとか」

-- それはそうなのですが、私が気にしていたのは場所の事ではなくて、あなた方の中にある暴力的な因子がどこから来て今どこにあるのかと言う事です。

R「そんな哲学的な事言われても」

-- 幼少期から今日に至るまでの、あなた方4人における人格形成の転換点と、その根幹にあるルーツと起因が一体何なのか、どこにあるのか、多角的に考察・検証を繰り返し試みることで、これまで本人達ですら見えていなかった…、いやいや嘘ですよ。竜二さん目を閉じるのはやめて下さい(笑)。私前から思ってるのが、なんでこんなに優しい人達の中に暴力性が垣間見えちゃうのかなって。普段日常の中では全くと言っていいほど横柄な態度を取らないし、紳士的で、尊敬に値する程周囲に惜しみない優しさを持って接している方達なのに、時にはこれまで私が見て来たどの現場でも感じた事がない程、凄まじい怖さを持っているんだなと感じる事もありました。

S「この一年たまたま大人しかっただけだろ」

R「テメエで言うな」

S「俺の話じゃねえよ」

T「お前の事だろお?」

S「…ウソだろお?」

(一同、笑)

R「不良中年って奴だ」

-- いえ、全く不良だとは思いません。ヤンキーとか不良とか、そういう人種とは全然違います。

S「それはうちのテツをディスってんのか?」

-- 全然違います(笑)。

R「じゃあやっぱり環境ってやつだ。場所柄は本当に気になんねえか?」

-- それはつまり、裏を返せば場所柄に関係があるというお話になりますよね。

R「つーか、そのものずばりだからな。時枝さんの言う、俺達の中にあるっていうその暴力性とやらがどこから来たのか」

-- はい。

R「例えば俺達が住んでた場所が仮に地獄という名前だったとしようか。じゃあそこを生き抜いてここまでやって来た俺達の中にある何かは、どこで培われたもんだと思う?」

-- …それは、地獄ですよね。

R「だよなあ」

T「言い方が怖いよ。時枝さんビビらせてどうすんの」

(一同、笑)

-- すみません。引き込まれました。では、皆さんは地獄のような街で育ったのだと、そう仰るわけですね。


神波が池脇の横顔を見た。

池脇は天井を仰いで、考えている。

伊澄は前を向いたまま、しかし視線を少し下方向へ落として、彼も何かを考えている。

皆言葉を選んでいるのだろう。

これまでのインタビュー同様の、弾むような会話のラリーが続くとは私も思っていなかった。しかしこんなにも早く行き詰まるとも思っていなかった。

不意に繭子が立ち上がったかと思うと、会議室入口脇に設置されている背の高い灰皿を持ち上げ、ゴロゴロと転がしながら伊澄の横に置いた。コミカルな動きと彼女の優しさが、場を少し和ませた。

伊澄はフンと嬉しそうに鼻で笑い、何も言わずに元の場所へ戻った繭子に頷きかけて煙草を銜えた。神波が伊藤を見やる。伊藤は彼の視線に気付くと片頬に笑みを浮かべて、机の上に置いた右手の平を上に向けて頷いた。神波は体を前に対して「翔太郎」と声を掛けた。伊澄が煙草のパックとライターを彼に渡す。

口を開いたのは池脇だった。


R「多分、実際にそういう言葉はないと思うんだけど。…こっち来てからは聞いた事がねえし、織江達も知らなかったから、俺らがガキの頃住んでた街でしか通用しない言葉なのかもしれねえんだけどよ、その町は以前、犯罪特区と呼ばれてた」

-- 犯罪特区?

T「でも聞いた事くらいはあると思うけどね。…『風街』とか」

-- えっと、もしかしてそれは『赤江』のことを仰ってますか?

R「お」

T「そうそう。ほら、知ってた」

-- いえ、知っていると言うには頭でっかちな部分が多くて、実際の事はなにも。


注釈が必要だと思うので記しておく。

特区=特別区域という言葉自体はニュースなどでも見聞きする機会はあると思う。辞書からの引用で簡単に説明すると、特定の分野・業種などに対し法的規制等を特別に緩和・撤廃したり、優遇制度が適用されたりする地域・区域のことだ。経済特区、あるいは特別行政区といった呼ばれ方で使用される。お分かりいただけると思うが、特区という言葉の頭に『犯罪』が付く事など普通はありえない。

しかし実際に調べたことのある者にしか分からない事だとは思うが、この日本にはそう呼ばれてもおかしくない地域がかつて存在した。


-- 今もあるんですか? もともと被差別部落だとされていた集落に、その、犯罪者や外部からの流入者が移り住んで出来た街だと聞いた事があります。(19)50年代から60年代頃の話だったと記憶しているのですが。

R「詳しいな」

-- 学生の頃、解放運動を調べていた事があります。とても4年間でどうにかなる問題ではなかったので、結果的には何も残す事は出来なかったのですが、知識だけならある程度は。

R「そりゃ話が早えな」

-- 『赤江』のご出身だったんですね。知りませんでした。

R「履歴書には書いてねえもんな。な? 織江」

O「まあね、プロフィールに敢えて書くような話じゃないもん」

-- そうでしたか。

T「逃亡犯というよりは前科者がほとんどだけどね。名前は違うけど今でもあるよ。聞いた話じゃ全然変わってないって」

R「そうなんだ?」

-- 私が調べていた頃にはもう、地図上に名前はありませんでしたが。

T「治外法権みたいな場所だからな。田舎だし、もともとどんな風に地図に記載されてたかも俺は知らないね。理由はきっと色々あるだろうけど、名前もコロコロ変わるみたいだしな。だから、実際そこが部落だったのかも俺は知らないし、当時はそういう種類の問題で何か被害を被った記憶は俺自身ほとんどないんだ。差別とか、偏見とか。ただ、何が一番厄介だったって、今時枝さんが言った、その流入者達だよね」

-- 風街と呼ばれた所以でもありますね。場所柄土地代も物価も極端に安く、よそで食い詰めた人間や犯罪を犯して逃げて来た者達が多数移り住んで身を隠していたとか。嘘の情報も出回っているようですが、エセ同和地区だという噂もありましたね。(部落解放同盟や同和会が同和予算を行政から獲得するため、もともと被差別部落が存在しない町に同和会が結成されるような事例が数多くあった時代の呼称である)

R「とにかくタチの悪い街だったのは間違いねえよ」

T「治安は最悪、まともに働いてないような奴が一日中ウロついてるし、常に身の危険を感じながらの生活だった。誰が何の目的で襲い掛かってくるかも分からないような」

R「毎日がバツゲーム」

T「そうそう」

-- そうそうって、そんな軽く。…翔太郎さんは、何かありますか?

S「ん?」

-- 普段より少し、言葉数が少ないようですが。

(一同、笑)

S「うーん」

そこへ、気遣いを感じさせる咳払いの音。

O「無理して、何か言おうとしなくてもいいんだからね」

-- (思わず、背筋が伸びる)

S「あ? ああ、分かってるよ。そんな顔すんなよ」


見ると伊藤の顔には、彼女の特徴ともいうべきある兆候が表れていた。

伊藤は自分自身のストレスに対してはとても強い。しかし家族であるバンドのメンバーや、スタッフ達に掛かる負荷には滅法弱いのだ。今も彼女の顔は青白く、私の胸は痛んだ。


S「正直、あの町の事なんて俺はもうどうだっていいんだよ。もうあそこには何もないしな」

T「そうだな」

R「うん」

S「二度と戻ることもないし。ただいまだに、夢に見る事があるんだよ。それを思い出してたんだ」

-- とても辛い経験をされたという事でしょうか。悪夢を見るという意味なら、わざわざ話していただなかくとも結構です。私がお聞きしているのは、何があったのかという具体例ではありませんから。

S「あんまり優しくされると泣いちゃうからやめて」

(一同、笑)

S「色々な部分で思い出が繋がってるから、全部が全部辛いわけじゃないし、話しておきたい気持ちもあるんだけど。…難しいんだよな、この話は」

-- 確かにそうですね。難しい問題ではあります。

R「俺もな。翔太郎が言うように、あの町の歴史とか問題点とか、そういう所にはもう頓着してないんだよ。あそこに帰ることはねえし、実際身内であそこに住んでる人間はもういねえもんな。たださ、今でも思い返す事があるっていうのはやっぱり、俺ら4人があそこで毎日泣かされて、転がされて、それでも負けずにやりあってた時代があったんだよなっていう。そういう振り返り方は嫌じゃねえんだよ」

T「うん」

S「そうだな。確かに」

-- アキラさんとの思い出もありますもんね。

S「アキラなあ…。うん」

T「アキラ。あはは」

R「この話した事あるかなあ。あいつさ、ガキの頃一番体が小さかったんだよ、全員同じ年だけど、一つ二つ学年が違うんじゃねえかってくらい」

-- そうだったんですね。いくつぐらいの時のお話ですか?

R「一番覚えてんのは、10歳とかそこら」

T「ああー、最悪だった年だよね」

R「まじでしんどい思いした」

-- 10歳ですか。…もう30年前の話になりますが、まだ小学4年生ですね。

R「周りがキチ〇イばっかだったんだよ」

O「こら(笑)」

R「っははは、まじでさ」

S「脳髄の腐ったイカレチ〇ポの大名行列だよな」

T「だははは!」

-- おおお。強烈ですね。

R「理不尽だったって思いは今も変わらないよな。全然納得できねえもん。理解出来ねえし、なんだったのか、こっちで勝手にこじつけて考えるしかねえんだけど、要はストレス発散とか、目障りとか、そういう部類だったんだろうかって」

S「理由なんかありゃしねえよ」

R「…」

T「…」

S「基本的によそから来た奴らとか脛に傷のある連中は、街の外に出ないんだよ。殆どが世間に顔向けできない前科者だったけど、中には本当に逃亡中の悪党もいたから、一応は外部の目を気にして内にこもるし、外は外で気味悪がって街の中を覗こうとはしない。警察や行政の介入ももちろんあるけど、大した意味なんてなかった」

R「一人や二人引っ張ったくらいで良くなるような街じゃなかったし、そもそも臭いモノに蓋をしておく為の器みてえな場所だもんな」

S「ああ。そういう悪循環の中で頭のおかしな連中のやる事と言ったら、俺達みたいな地元のガキを取っ掴まえてヤキ入れる事なんだよ」

-- まさか、え、皆さんがその標的だったわけですか?

R「アキラが特に酷かった。小さかったからなー」

-- そんな…。

T「逃げ足も遅いしね。結局は全員で死に物狂いで抵抗して、隙を見て全力で逃げる。その繰り返し」

S「多分、ちょっと想像を巡らせれば『ひょっとして』って肝を冷やすようなグロい事も俺達は経験してるよ。ある種殺される事の一歩手前だよ、もしくは死んだ方がマシ」

-- ちょちょ!ちょっと待って下さい!…そうなんですか?

S「うん」


息を呑む私を前に一同が静まり返る。

私は怖くて伊藤の顔も繭子の顔も見る事は出来なかった。

俯いたまま池脇が「きっつー」と小声で言う。

神波も苦笑いを浮かべた顔を両手で覆い、やがて髪の毛をかきあげた。


-- 周囲の大人達は、一体何を?

S「何もしないよ。大人だって頭のおかしな連中は怖いだろ」

-- 親御さん達もですか?

T「いやいや」

S「それはまた別(笑)」

T「そこはほら、前にも言ったけど、4家族そろって街を出たのはそういう理由だからさ」

-- ああ、そういう事だったんですね。

S「実際それだって相当苦労したと思うよ。事実関係は分からないけど、他所から見れば部落出身っていうレッテルを貼られるわ、犯罪特区から来るような連中だわで、引っ越す先も、仕事も、簡単には見つからなかったろうしな」

R「しかも4家族一斉にだからな。そもそも金がねえもんだから、10年掛かっちまったって言ってたよ」

-- さぞかし大変だった事でしょうね。失礼を言ってすみませんでした。

S「狭い町だからさ、逃げようにも同じ場所にばかり隠れていらんないって悩みもあったよな。そういう追い込まれる夢をいまだに見るよ」

-- 追い込まれる。…翔太郎さんがですか。いたたまれない…辛いお話ですね。

S「(苦笑)」

R「空き地の土管とか壊れかけたブロック塀の影とか?」

T「廃屋の物置小屋とか捨てたられたトタン屋根の下とか」

S「豚小屋の藁の中とか、…ひとん家の2階ってのもあったな」

R「あはは!あったあった!セックスしてるヤンキー兄ちゃんとヤンキー姉ちゃんの口を4人で塞いでな」

S「騒いだらキチ〇イに突き出すぞ!って脅して」

T「可哀そうな事したけどね。俺らも必死だったし」

R「でも結局最後は捕まっちまうんだよ、向こうも一人や二人じゃねえしな」

-- …集団なんですか?

S「いやいや、だからそういう奴らばっかりだったんだよ、あの時代の俺達の街は」

-- 想像すると息苦しくなって来ます。本当、地獄ですね。

T「俺達もそうだったよ、息苦しかった。今こうして笑って話してるけどね。どれだけ毎日、生き伸びる事が苦しかったかね」

R「アキラはすーぐピーピー泣きやがるしよ、翔太郎はまたそれ見てやり返しに行こうとするしな」

-- 10歳ですよね!? やり返そうとしていたんですか?

S「勝てないよもちろん。結局やり返せないんだけどな。でも泣いてるアキラ見てるとさ、じっとしてらんないだろ。あいつの口癖はいつも『なんで? なんで?』ってそればっかり。俺だって知るかよって。だけどその『なんで』を聞きたくなくて、やけくそになって向かってったな」

T「アキラさ、あいつ泣くとすぐ両手で砂利とか石とか掴んで投げるんだよね」

R「そーお。俺達それの巻き添え食ってな、余計翔太郎が怒って」

T「くふふ」

S「泣いて前見えないくせに叫びながら力一杯投げるもんな。キチ〇イに当たなんないで全部こっちに来て」

T「あの石は痛かったなあ。あと俺、あれよく覚えてるなー。竜二のドロップキック」

S「あったあった」

R「何だっけ?」

T「いっつも竜二が全速力で走って戻って来てくれて、ドロップキックかまして俺達を逃がしてくれたんだよ」

S「あははは!」

R「それはだってあれだろ、お前らがとろくせえからだろ」

S「とにかくアキラがすぐ捕まるんだよ。大成がいつもそれを庇って自分も捕まりに行く。俺は無鉄砲に突っ込んでく。竜二はその全部の尻ぬぐい」

T「うーわ、泣きそう!」

R「いやー、きつかったー」

S「最後は全員ボッコボコにされて」

R「…母ちゃんは風呂場で裸になった俺の体の青あざ赤あざ数えて、今日は22個だね、2つ減ったね、だって」

T「強烈!」

R「それでもなんとか、そういう毎日の中でも笑いに変えようとしてくれてたんだよな。10歳だもんよ、母ちゃん達が毎日泣いてんのは、実際気付いてたよな?」

T「どこも同じだよね。うちもそうだった」

-- 命の危険を感じながら、一日一日を逃げ延びるようにして生きてこられたわけですね。

R「まあ、そういう時代、そういう街があったって話だよ」

T「でもさ、11歳になって急に、翔太郎の才能が開花してからはマシになったんだよ」

-- 才能と言いますと、…記憶力ですか?

T「そう」

R「あー、そうだよ、忘れもしねえ」

T「曜日、人数、場所、時間を全部頭に叩き込んで、完璧に一日を逃げ切る逃走経路考えて、全部記憶したんだよこいつ」

-- なんでちょっと楽しそうに話してるんですか。どういう事ですか。

T「いつどこでキチ〇イに出会うとか、この時間この場所に何人いるとか、この道はヤバイとか、そういうパターンを全部覚え込んだんだよ。朝家を出て学校に着くまで。学校から家へ帰るまでの間。翔太郎を先頭に全速力で走ったよな、毎日」

S「まあそれでも、捕まる時は捕まるんだけどな」

R「イレギュラーな遭遇でバッタリ出くわした瞬間の恐怖は凄かったな(笑)」

S「絶叫したもんな」

-- …絶叫。

T「それでも格段に殴られる回数は減ったよ。殴られない日もあったし」

-- 学校やPTAなどで問題にならなかったんですか?

R「俺らの地区からその学校へ通ってるのは当時俺達4人だけだったし、あいつらも上手いもんで、見える場所は殴らないんだよ、顔とか、腕とか。だからいっつも腹とか背中とか太腿なんかを集中的にやられてな。学校でも俺ら浮いてたし、教師は見て見ぬふりだよ。まだ小学校だからクラスメートは俺達の住んでる町がどういう場所なのかも知らないし、理解してる大人達も下手に正義感振りかざして報復でもされたらかなわないって思ってたろうな」

T「もちろん酷い時は警察も来るし、何人かしょっ引いて行くんだけど、何も変わらないね。そういう街なんだよ、顔触れも流動的だったし。翔太郎がどれだけ記憶したって、次から次へ知らないキ〇ガイが現れるんだもんな」

S「俺達に出来る事は、体を鍛えて早く大人になる事だった」

T「俺は大人になれないと思ってたけどね」

-- (言葉が出ない)

S「うん、まあ…、うん」

O「4人で良かったね!」


不意に伊藤がそう言葉を掛けた。普段メンバーのインタビューの際、その場にいても彼女が声を発する事はほとんどない。最初から対談なり雑談の参加者としてそこにいる場合や話しかけられでもしない限り、彼女は裏方に徹する人間である。本来は今日もそのはずなのだが、やはり冷静ではいられない様子だった。

その気持ちは痛い程理解出来た。なんとか私も涙をこらえてはいるが、それは以前伊澄が私に言った、『理解なんかしてほしくない』という言葉を十字架のように胸の中で握りしめる事で、辛うじて踏み留まれているに過ぎないのだ。

そうだな、ほんとそう思うよ、と神波が優しく言葉を返すと、伊澄は煙草に火を点けて大きく吸い込み、天井に向かって深いため息をついた。




-- あなた方4人が東京へ引っ越してこられたのは13歳でしたね。全てが大きく変わったのではありませんか?

R「環境ももちろんそうだし、何よりその頃には俺達自身が変わっちまってたんじゃねえかな」

-- どんな風にですか?

R「織江も言ってたけどさ、…そのー、相当怖かったらしいし」

T「小学校を卒業する頃にはそこそこ体も大きくなってたし、頑張れば4人なら大人1人に勝てる時もあったんだよ。そうなってくると…うん」

S「向こうでの最後何か月かは、学校行かないでこっちから襲いかかってたからな。毎日毎日よくもやってくれたなあって」

-- そうなんですか!? それはまた、頼もしいと言って良いのかどうなのか。

R「広げないでおこうか(笑)。まあ、そこらへんの中一とは明らかに違う人相の4人が平和な街にやって来たわけだからな。異質な存在だった事は認めるよ」

-- 織江さんはその頃4人と初めて出会う事になるわけですが、特別思い出深い出来事など憶えていらっしゃいますか?

O「ん? うーんと…」

S「無理して、何か言おうとしなくてもいいんだからね?」

(一同、笑)

O「うるさいなぁ(笑)。あー…そりゃ、第一印象は怖かったよ。今3人が話をしていたような事情とか経験は、その時の私や皆は何一つ知らないし、とにかく目つきの悪い、暗い男の子4人がいつも固まってじっと動かないからさ。不気味ではあったけど、でも気になって仕方なかったよね、実際は」

-- じっと動かないって、…暴れたりするような人達ではなかったんですか?

O「全然。どっちかっていうと、進学したてで変にテンションの上がってるそこいらの男子の方がよっぽど煩かったし、喧嘩もしてたんじゃないかな。そういうのをちょっと引いた目で見てる人達というか」

-- そうなんですか?

R「いやー、ごめんそこまでは覚えてねえかな」

T「ちょっと環境が変わりすぎて、思うように体が動かなかったとかじゃないのかな」

O「翔太郎は? 覚えてるよね」

S「いや、…俺も入学したての頃なんかはちょっと。織江達と話をするようになってからはぼちぼち覚えてる事もあるけど、お前らが俺達をどう見てたかなんてそもそもこっちサイドの記憶じゃないからな」

O「あはは、それはそうだね。でも…うまく私の言葉では表現できないんだけど…優しい人達なのかもしれないと思って、話しかけたのは覚えてるかな」

-- 織江さんの方から声を掛けたんですか?

O「うん。…だったと思う。転校生だったからさ、5月ぐらいに入って来て。それぞれクラスが別なのにいつも一緒にいるから、『仲良しなんだね』って言ったのを覚えてるよ」

R「ああああ、なんだろこの感じ。じわじわ来る」

S「え?」

T「何、じわじわ?」

O「私、面白い事言った?」

R「違うよ。なんというか…、あー、こいつその頃からの付き合いかーって思って」

O「何よいきなり(笑)」

-- しんみりしちゃいますねえ。13歳の織江さんが発した、仲良しなんだねっていう声かけを想像するだけで、まさに今日この日まで繋がっている皆さんの、絆の始まりというものを感じる事ができますね。

O「大袈裟だよ、はっきり覚えてないよ。『お前ら超暗いな』だったかもしれないよ?」

-- それでもです(笑)。そうか、全ての始まりは織江さんの一言なんですね。真壁さんや渡辺さんとお知り合いになられたのも、同じ時期ですか?

O「ちょっと後かな。中学一年生の…終り頃? 冬だったね。なんで覚えてるかって言うとさ、その時期になってナベが当時の一年をシメちゃったの」

-- シメちゃった?

O「えっと、一番俺が強いぞ宣言しちゃったのよ」

-- あれ、そういう人でしたっけ、ナベさんて。

O「当時はね(笑)。相棒のマーはそんなに喧嘩しないんだけど、当時から2人は仲が良くてね。それでその寒い冬の時期に、ナベがこの人達を体育館に呼び出したの。普通そういうのって校舎裏とかでしょ? 後で聞いたら、寒いから体育館にしたんだって。あー、ナベらしいなと思って、覚えてるんだけど」

-- もともとお二人と織江さんは顔見知りだったんですか?

O「マーとアキラが私と同じクラスだったけど、まだマー達とは話をした事はなかったかな」

R「よっく覚えてんなあ」

T「翔太郎のせいであれだけど、織江も相当記憶力いいからな」

S「あれだけど(笑)」

-- あれ(笑)。ナベさんはどうして4人を呼び出したんでしょう。喧嘩なさったんですか?

R「そう。タイマンでも全員でもなんもいいぞって言われて、4人でぼっこぼこにしてやったよ。マー泣き出したもん、やめろよーとか言って」

S「うはははは!」

-- 酷い話ですね。

T「いやーもう当時の俺らなんて相当酷いよ。筋とか通さないし、加減知らないし。それこそ相手にしてみたら理不尽の塊だったろうね。そういう風に出来上がっちゃってたもんな、4人ともが」

S「でもそれでも俺達とつるもうなんて相当頭悪いよな」

O「おい!」

S「いやいや、だって」

O「喜んでたくせに!」

T「俺達4人にしてみれば、きっと初めてのツレだもんな」

-- 皆さんご自身が初めてのご友人なのでは?

R「ゼロ歳から一緒にいれば、友人とかそんなんじゃねえよな」

-- ああ、なるほど。そういう意味では、ナべさんとマーさんが同性では初めての友達になるわけですね。全く感動的ではない出会いでしたが。

S「あはは」

R「後になって、タイマンで来い!ってもっかい声かけられて、あ、面白い奴だなって思ったのは俺も覚えてるかな」

-- その時は誰が相手をされたんですか?

S「俺」

-- ああ、瞬殺コースですね(笑)。

S「見て来たみたいに言うな」

-- 違いますか?

S「違わないけど、でも根性はあったよ。結局あいつも鼻〇〇〇〇〇〇し」

-- えええええええ、もおおおおおお。

S「そのくらい、立ち上がって向かってきたって話」

T「それで言うとナベんとこ、翔太郎嫌いだもんな(笑)」

S「ヨーコ? まじで?」

-- お嬢さんですよね。鼻の話、家でしてるんじゃないですか?

S「まじかあ」

-- 話を戻しますが、織江さんやナベさん達と出会ってからは、平和な学生生活を過ごされたという事でよろしいでしょうか?

O「そうならどれだけ良かったかね」

-- 全然違ったようですね。

O「平和な時間なんてあったっけ?」

S「今。今平和」

O「そうだよねえ、ホントそうだよねえ。今だよ、平和なのは」

T「あははは」

R「それこそこっち来て変に知識とかついて来た連中が、俺達のもといた場所やなんかを色々揶揄ってくるわけ」

-- 典型的ないじめのパターンですね。

R「そういうのをいちいち相手にしてらんないからさ、とにかく無視してたら面倒な事になってて」

-- なんですか?

R「んー」

O「ナベとマーがね。そういうよく知りもしないで人を差別して揶揄うような連中に怒ってさ、ガッツリ敵対して学校中で大暴れしたの」

-- おお、格好いい。泣けますね!

O「何が男前って、まだその時はこの人達とそんなに仲良くないのよ。でも男同士の変なフィーリングってあるじゃない。喧嘩したら仲間、みたいな変なやつ」

-- いきなり棘が凄いですけども。

O「私の棘なんかより何が凄いって、そういうのが全然分からない連中だったの、当時この人達が」

明らかに面白がって話をしている伊藤に、池脇ら3人は苦笑いで顔を見合わせ、首を横に振った。

T「これきっと死ぬまで言われ続けるんだなって今悟った」

O「あはは、耳元で囁き続けるよ」

-- どういう意味ですか?

R「時枝さんはこの話初めてだけどよ、俺ら何回この件で責められたと思う? なあ、繭子」

M「私に振らないで下さい(笑)」

-- 責められるというのは、…自分達の代わりに戦ってくれたマーさんやナベさんに対して、何もお礼を言わなかったとか、そういった事ですか?

O「もっと酷いよ。そもそもちょっとややこしい関係だったんだけどね。ナベが単独で一年生仕切っちゃったのを良く思わない連中もいただろうし。そこへ来て風の噂程度だったけど、彼らの故郷がいわくありげな街だっていうのも広まって。ナベに言わせるとね、相手は転校生だし、よく知りもしないで集団でへらへら笑いながらついでに人を傷つけるような連中に、この人達がやられてほしくなかったって事らしいの。自分がコテンパンにされた相手だしね。だから本当は全然仲良しって関係じゃなかったんだけど、変な噂を広めようとする奴は全部俺んとこ来いっていうスタンスを取っちゃったんだって」

-- 男前ですねえ。

O「でも中学生なんてさ、集団心理が一番強烈だったりするでしょ。相手は喧嘩強いかもしれないけど、たった2人だし、とりあえずむかつくからやっちまおうぜっていう」

-- そうなりますよね。

O「で、あえなく撃沈と」

S「フフ」

O「ちょっと(笑)。性格悪い奴って思われちゃうからやめてよ」

-- 何を思い出されてたんですか?

S「いや、話だけ聞いてりゃどんだけゴツい連中の武勇伝かと思えば、中学生かよって」

R「あはは!13歳!」

-- 皆さんの話をしてるんですけどね(笑)。

O「ダメダメ、こういう発言は削ってかないとね。イメージダウンは今は絶対ダメ」

-- 分かりました(笑)。

O「でもなんか、当時もこんな感じだったな。思い出したよ。子どもなりに皆それぞれ大真面目に、誰かを思い合いながら傷ついたり仲直りしたり、そういう時間を過ごしてる間も、今みたいに『大した事じゃないよ』っていう顔で笑ってるの。…まあ、今思えば実際大した事ない話だけどね」

-- 織江さん(笑)。

O「でさ、結局そういう経緯で、あいつボコボコにやられたらしいよって言う話をね、私がこの人達の耳に入れたのよ。マーに言えって言われたからなんだけど。そしたら4人が4人ともポカーンとした顔で、『なんで?』って言うの。男同士のそういう、シンパシーとかさ、昨日の敵は今日の友みたいなさ、そういうの全然分からない人達だったの。挙句なんて言ったと思う?『変なの』だからね!」

-- あはは!ああ、それで先ほど『変な』を連発されたんですか。

O「うん。腹立つくらい鈍感でしょ」

-- ちょっと不思議な感覚ではありますね。

O「なんとも思わないの? 君らが馬鹿にされたり根も葉もない事で暴言吐かれたりする事に対して、あいつらは怒ってくれたんだよ?って。そこまで言っても、『なんであいつらが怒ってんのー? そいでなんで伊藤さんが怒ってんのー?』」

-- それはどなたが?

O「アキラ」

S「お前相当記憶力いいな!俺、全っ然覚えてないぞ!」

O「ウソ!?」

S「そういう事があったのは覚えてるけど、誰が何言ってたかなんて全然記憶にない」

R「俺もねえなあ」

T「言われた方は覚えてるもんだね」

S「今更だけどお前が社長で大正解だって改めて思う」

O「ありがとう(笑)、給料アップしとく」

S「ウソ!?」

-- (笑)、結局、その騒動に対して4人は何か行動を起こされたんですか?

O「だから私が4人を引っ張ってって、ナベとマーに会わせたの。ちゃんと話をしなさいって」

-- 織江さん、もうすでに社長みたいな行動力ですね。

M「(格好いいなあ)」

-- 繭子聞こえてるよ。

O「あはは、ありがとう、給料上げとく、もういいか(笑)。でも会わせたって言ってもナベ寝込んでたから、皆で彼の家に行って、ご両親に向かって友達ですって無理やり言わせて上がり込んでね。その時じゃないかな、ようやくこの人達の目に力が入ったのは」

-- 何があったんですか?

O「ナベもこの4人が来るって思ってなかったみたいでさ、最初はテンパって空元気で、何なんだよ皆して馬鹿にしに来たのかよーなんて言ってたのがさ、無言で座ってるこの人達を見て、ナベの顔がだんだん真っ赤になってね。最後泣いちゃったんだよね」

-- え、それはどういう。嬉し泣きですか。

R「違うだろ」

O「うーん。あはは、皆ね、言葉にはしないんだけど、そこでちゃんと伝わるものがあったみたいでさ。結果オーライだね」

-- なんでしょう。…悔しかった、とかですかね。

R「なんで?」

-- 結局、大口叩いておいてこのザマだよ、と思ってしまったとか。

S「状況だけ聞けばそうだよな。でもその場のあいつの顔は違った気がする」

T「そうだね。なんていうか、あいつなりに本気で俺達の名誉を守ろうと思ったんだろうなって、俺はそう思ったな」

R「うん。喧嘩弱えくせにな」

S「あはは。あいつが俺達をどういう風に見てたにせよ、一度は俺達の前に立って守ってやろうとした気持ちがあったってのは、実際あいつが泣くのを見るまで信じられなかったし」

O「自分が負けちゃった事で、守ってやれなかった。そう思ったってことか。…後悔とか謝罪に近いのか」

-- ええ、ナベさんて凄い方ですね。

S「その時は今ほどはっきりとした意図や感情は汲み取ってやれなかったんだけど、あいつが泣いてるのを見て、無性に腹が立ったのは覚えてるよ」

R「そうだ。こいつ言ってたもん」

O「言ってたね。『面倒くせえからもう泣くな!』って」

T「あははは」

-- ひどいー。

O「違う違う。翔太郎そう言ってさ、立ち上がってナベん家を飛び出してったの」

-- え。まさかやり返しに行ったとか?

O「そ」

-- やったー!

(一同、笑)

S「なんの笑い?」




-- ノイさんとの年齢は二つ違いでしたね。皆さんが中学三年生の時に、一年生です。

R「初めて織江の背中から出て来た時、コノカワイイノワナンダーって思った」

S「ヒヨコかな?」

O「あはは」

R「いやでもまじでそんな感じ。なんか、ギューってしたくなるような小動物感」

T「12、13なんてそんなもんだよね。子供と子供の初恋だ」

S「トサカのグアー!ってなった雄鶏とヒヨコの恋な」

R「あははは!」

-- 今でこそこういう風になんの抵抗もなくノイさんへの思いを口にする事は出来ますが、当時はやはりそこまでストレートには出せなかったんじゃないですか?

R「まあ、こいつらには釘刺して手を出すなって言ってたけど、だからってすぐに付き合うとかそういう発想にはなんなかったな。そもそもガキだし恋愛がよく分かってなかった」

-- なるほど。高校受験を控えた年でもありますし、精神面では大人に近づきつつある年代ですよね。

R「あっと言う間だった気がする。中学の頃はちゃんと毎日学校行ってたし、一番学生生活らしい生き方をしてたな」

-- その後も変わらず喧嘩三昧でしたか。

R「学校内ではほとんどしなかったな。自分達から喧嘩を売るという事がなかったし」

-- そうなんですね。皆さん揃って同じ高校に進学されたんですか?

R「一応な。近所の馬鹿でも入れる学校に」

O「倍率1.1倍のね」

-- それ試験受けたら入れるじゃないですか。

O「そうよ。私はノイの事があったから、地元で家から通える所ならどこでも良かったし」

R「俺達はほとんど行ってねえけどな」

-- 何故ですか?

R「んー」

S「反動かな」

T「そうそう、それだ。中学の頃よりトゲトゲしてたもん4人とも」

-- 反動とは、何の反動ですか。

R「こっちへ来るまでが、それこそ一生分の苦痛まみれな地獄だったからさ。なーんもない日常に対して精神的な拒否反応を示すようになってったんだよ。俺らにとっちゃなんの不自由もない平和な時間が3年も続いたから、その事に意味なくイライラして」

-- そんな風になってしまわれてたんですね。

R「それが反動だって事は当時はよく分かってなかったけど、きっとそういう事なんだと思う」

T「繭子が言ってたけど、俺がテツを入院させた話を聞いたんだろ? あれもそういう所に原因があるんだよきっと」

S「心の中でいつも、早く誰か殴って来い、蹴って来いって考えてたよな」

-- ええっ?

R「信じられないんだよ、何も無い一日ってやつが」

-- (言葉が出ない)

R「毎日、頭のイカレたおっさんが俺達に襲いかかろうと物陰に潜んでたり、街中追い掛け回されたりってのが日常だったからな。今平和だって事は、またどこかでどえらいしっぺ返しが飛んで来るじゃねえかって、いつからかそういう不安に気が付いて。毎日毎日イライライライラ」

-- 織江さんはそういう4人をどのようにご覧になっていたんですか?

O「怖かった。もう一言。怖かったよ」

-- そうですよね。

O「それは例えば私が殴られるかもっていう不安じゃないのね。私やノイと話をしている時は普通なのよ。でも…側に私達がいる事に気づいていない時、4人で顔を見合わせて立ってる時の姿は、…なんて言ったらいいか分からないな。今でも」

-- お互いの目の中に、同じ思いを感じ取っておられたんでしょうか。

R「そこにしか安心がなかったんだよ」

T「そうだね。この4人だけは、誰の目を見ても自分と同じだって思えたし、裏を返せばこの4人以外誰も信用してなかったよ」

-- 織江さんやノイさんもですか。

S「その時はそうだったな」

T「それがまた嫌でさ。それがまたストレスにもなって」

R「ここにいるべきじゃねえなあって」

O「物凄く怖かった。ノイと一杯話して、どうしよう、どうしたらいいって。何が出来る、何もしない方がいいのかって。そもそも事情をよく知らないままだからさ、答えなんで出ないんだけど。ただまあ、私達の方から逃げたり離れたりするのはやめようねって」

-- そうだったんですか。

O「いたってシンプルな乙女の思考だけどね。恋心もあるし、だから余計に力になりたいし、でも子供だから何もできないし。そんな自分達に酔ってるような部分もあったと思うよ。そういうのを察知したかのように、まず翔太郎がサーって遠くに行ってしまって」

-- 皆さんの元を去ってしまわれたんですか?

R「単独で行動する事が増えたってのは一時期あったな。多分…気を使ったんだろうな」

S「いやいや、違う違う。面倒だっただけ」

T「違うね」

S「ほーら、面倒くさい(笑)。…繭子笑うな」

-- (笑)、学校外で大人の女性とたくさん遊んでいらしたとか。

S「ああああ!面倒くさい!」

O「モテモテだったよー。私生徒会役員だったんだけど、研修生みたいな若い女の先生がね、伊澄君に話があるんだけど居場所を知らないかって聞いてくるの。その時はなんとも思わないよ。私友人なんで伝えておきますよ、何ですか?って言っても、直接話がしたいって言うの。何か問題でも起こしたのかなって心配になって、なんですか、正直に話してくださいって食い下がったらさ。『なんでよ、話がしたいって言ってるんだから教えてよ。あなたは出て来ないで!』って泣き出したからね」

-- ええ!?

O「アナタハデテコナイデ?って思って。ああー、これはそういう事なのかーってびっくりした。そういう方面で問題起こしたのか、って」

S「ややこしい言い方すんな(笑)」

(一同、笑)

O「名前覚えてる?」

S「お前の嫁どうなってんだよ」

T「(苦笑い)」

O「まあでも、ちょっと安心もしたんだよね。そういう普通の男の子としての魅力を持ってて、それを見つけてくれる人もいて、青春してんだなって。そこまで具体的な感想は思ってなかったけど、なんとなくほっとしたのは覚えてる」

-- 実際翔太郎さんとしては、学校外ではどのようなお気持ちで過ごされたんですか?

S「どのようなって?」

-- 少なくとも、同じ気持ちを抱いている仲間が3人いると分かっていても、そこをあえて離れてみたくなった心境といいますか。

S「方向性の違い?」

-- バンドの空中分解みたいな話ではなくて(笑)。

S「はっきり覚えてない。だからさっき言ったみたいに、誰でもいいから殴ってこいよって待ってた部分は大きいんじゃないかな。学校なんてそもそも俺達よりタチの悪い奴いないもん。そりゃあ、街に出たほうがまだましだろうって」

R「アキラもそう言ってたな」

S「あいつと俺はほとんど学校行かないでブラブラしてたもんな。面白かったのがさ、街ん中で喧嘩の声が聞こえるなーと思って近づいてったら、アキラが知らない高校生達と大喧嘩してる現場に出くわして」

T「あー、それ聞いた事ある。お前すぐ側まで近づいてって、地面にウンコ座りしたままニヤニヤ見学してたんだってな」

S「そ。アキラが負けたら次俺行こうと思ってたんだけど、あいつ俺に気づいてエンジン掛かってな。ボロ勝ちしやがった」

T「聞いた聞いた。笑ったよその話。絶対譲ってなんかやらねえから!って思ったんだと」

S「いや、実際そう言ってたよ、声に出して(笑)」

(一同、笑)

-- つまり喧嘩ばかりしていたと。

R「喧嘩と女と酒と煙草な」

S「演歌だねえ~」

M「あははは」

-- 嬉しそうに笑うねえ。

M「面白いじゃんだって」

R「お前ホント昔の話好きだな」

O「違うよねえ。繭子は昔話が好きなんじゃなくて、あなた達の事が好きなのよ?」

S「J-POPだねえ~」

M「あははは!」

-- 手叩いて笑ってますけど(笑)。

O「結局竜二も大成もさ、私やノイとちゃんと話をしてくれたっていうだけで、基本的にはやっぱり翔太郎やアキラの側にいたがるんだよね。言わないんだけどそれは分かったよね。いっつも目が、その場にいない誰かを探してるように泳いでたんだ」

-- うーん。友情のお話を聞いているはずなのに、…なんでこんなに切ないんだろう。

O「そうなの。切ないんだよね。ただ仲が良いとか、男同士つるんでる方が気が楽でいいとか、そういう次元じゃない気がしたんだよ。絶対に離れちゃいけないんだって、何かそう信じ込んでるような感じがして、そこもまた少し怖かったりね」

-- そういう織江さん達のお気持ちって気付いていらっしゃいましたか?

R「…」

T「いやー、悪い、覚えてない。というかこういう話も初めてではないから今はもう知ってるし、ありがたいなって思ってるけど、当時は本当に最悪の精神状態だったからね」

普段と変わらない優しい口調なのだが、神波の言葉には過去の出来事だと笑い飛ばせない生々しさがあった。沈黙と、何本目かの煙草に火をつける伊澄の動作。

S「こういう言い方をすると誤解されるけかもしれないけど、一瞬本気で、あの街へ戻って大暴れしてた方がマシなんじゃないかって、考えた事もあるんだよ。そのぐらい何をやっても落ち着かなくて、人のいない隙を狙ってわけわかんない事叫び続けたりした」

-- ええっ…。

S「あはは、引くよなあ」

-- そんなわけないじゃないですか。引いてるように見えますか!?

S「怒るなよ」

-- 怒ってません。

R「あの街で俺達は、ずっと4人だったんだ」


弱々しく伊澄に言葉を返した矢先、ポツリとそう放った池脇の言葉が、とてつもなく重たい鉄球のように私の体にぶつかって来た。私は黙って彼の言葉の続きを待った。


R「雨が降って街中がドブ臭い日も、カンカン照りで脱水症状になってぶっ倒れた時も、熱が上がって学校休めって言われた日も、あいつら大丈夫かなって気になって休めなかったよ。4人とも信じられないような酷い目にあって来た。口にすべきじゃないような事だ。いくら根性座ってようが、歯向かう気持ちを持ち続けていようが、10歳やそこらの俺達には抵抗しようがなかった。昨日はお前、今日はこいつ。そんな具合に胸倉掴まれて路地裏に引き摺り込まれる。誰かが金切り声を上げながら助けを呼びに全力で走る。残った2人で死に物狂いの反撃に出る。だけど地面や壁に叩きつけられて呆気なく気を失う。父ちゃんや母ちゃんが助けに来る頃には俺達全員転がってる。これ以上何かされたらあいつらマジで壊れちまうって、怯えながら今日も4人が揃ってる事を確認する毎日だった。でもそれは、俺だけに限ったことじゃねえんだよ。目を見れば分かる。全員がそうだった。お互いが、お互いをそういう風に見守り続けてた。俺達は毎日、毎日、ずーーーーっと、命がけで走ってたんだ。そんなの今更止まれないって。だって止まったら。…捕まったら今度こそ死ぬって分かってたんだから」


池脇の言葉が終わるのを待たずして、伊澄と神波の目から音もなく涙が零れ落ちた。

伊澄も神波も煙草を吸い続けている。

しかし止めどなく涙は流れ、そのアンバランスな光景がとても悲しかった。


R「もちろん、それぞれ親は皆優しかったさ。愛情に飢えてたなんてそんな話じゃねえことは分かってくれ。ただどこも、どうしようもねえくらい貧乏だった。親は親で必死になって、体力の限界まで働いてやっと人並みの貧乏暮らしだ。そんな中で俺達は我儘なんて言えるわけねえ。学校だってタダじゃねえんだ。引きこもって家ん中で震えてるだけじゃダメだ。泣きながらでもなんでも学校へ行かなきゃまともな人間にはなれねえ。ガキの頃は本気でそう思ってた。それに、俺にはこいつらがいた。それだけで、生きてく理由があった」


投げ出した長い両足の間で左拳を右手で握っていた神波の体が、震えているのが分かった。恐ろしく強靭な力で涙と嗚咽を抑え込んでいるように見えた。

もはや私に掛けられる言葉はなかった。


R「だから皆揃って引っ越しが決まった時はホントに嬉しかった。この地獄も終わる、あと一週間で終わる、あと一日で終わる。…引っ越し当日になって、お互いが同じ事を言い出した。うちの家族が最後に街を出発するように言うから、お前らは早く行け。いやお前ん所が先に行け、いやいやお前が…。携帯電話もない時代でよ、結局うちの家族が一番に街を出たんだけど、俺なんか後ろの連中が気になって仕方ねえんだ。ちゃんとあいつら来てっかな。誰か一人でも、取っ捕まってあの街に取り残されてやしねえか、事情が変わって一日遅れで出発なんて事になってねえかって、そんな不吉な事ばかり考えながら何度もトラックから身を乗り出して父ちゃんに怒鳴られた。引っ越し先に到着したのはもう夜中で、隣同志ってわけでもねえからそれがまた心細くてよ。皆の到着を一人駆けずり回りながら待ってた。家ん中入って荷解き手伝えって叱られても、ずーっと待ってた。最後に到着したのがアキラん所で、4人揃って顔合わせた時は皆で泣いた。ああ、これでもう大丈夫だ。もう逃げ回らなくていいんだってな。…けどよ。…駄目だったんだよな。体に染み付いちまったもんからはそう簡単に逃げられやしないんだよ。他所の街へ移って、中学に入って、高校に進学してからも、それこそバンド組んでからだって、なんなら今だって、追いかけ回された挙句に取っ捕まって、悲鳴上げながら転がされた感覚はしっかりと背中に残ってる。なあ、俺達は何発殴られた? 30年経った今も、アキラが死んで10年経った今でも俺はうなされるよ。酷い時なんて、アキラはどこにいるんだって混乱して飛び起きる夜もある。あいつは病気で死んだんだ、あの街に取り残されてるわけじゃねえ。そんなの分かり切ってるはずなのに今でも怖くなって飛び起きるんだよ」


精神力で抑え込もうと塞いだ喉を突き破り、伊澄と神波の慟哭が『音』になって零れた。

池脇の言葉は決して彼だけのものではないという事を、彼らの嗚咽が証明していた。

怖くて怖くて、とても悲しくて、私は叫び出してしまいそうな自分の口を両手で押さえつけながら、息を殺し、両目を閉じた。

繭子は俯いて耳を塞ぎながら震えていた。

伊藤は放心したような顔で、お守り代わりのネックレスを握って唇を動かしていた。

彼女はずっと自分に言い聞かせるように呟いていたのだと、後に聞いた。

もう終わった話だ、皆ここにいる、皆ここにいる、と。それはまさに、神波が悪夢に苛まれて飛び起きた時、彼の背中を抱きしめながら掛け続ける言葉なのだと教えてくれた。




恐怖に顔を歪めながら走り続ける少年達を想像する。

彼らはついぞ逃げ切る事叶わず、心は未だあの街の恐怖に取り付かれたままだ。

30年経った今も、彼らにとっては過去ではないのだ。

繭子も伊藤も、彼らの話を聞くのは今日が初めてではない。

それでも耳を塞いでしまう。

それでも彼らが味わった恐怖に心が委縮してしまう。

伊澄は私にこう言った。

『俺達は、一回全部このスタジオに置いてくべきなんじゃないか』

私も心の底からそう願っている。




トントン。

会議室の扉が優しくノックされたのは、その時だった。










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