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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
32/77

連載第32回。「お守り」

2016年、10月31日。

雑談、芥川繭子。



-- こないだ書店でね。ある雑誌の表紙を見てて思ったの。

「うん。なんの雑誌?」

-- バイク雑誌かな。そこそこ有名雑誌でさ、「アーティスト×バイク」みたいな特集だったと思うんだけど、その雑誌の表紙がね、私の全然知らないミュージシャンなの。女の子なんだけど。

「うん」

-- 誰だよ、と思って。

「っはは、悪ー」

-- 普段書店とか行く?

「本屋?行かない。読む時間ないねえ」

-- そっか。書店もそうだけど、そもそも繭子って生活臭ないよね。

「え、そうかな。普通にスーパーもコンビニも行くよ。こないだも竜二さんと買い出しに深夜スーパー行ったよ」

-- それは生活臭とは別の話だよ。ショップは?服屋さん。

「行かない。衣装以外は貰い物が多い。なんで?」

-- そういうお店行くとさ、色々目にするじゃない。例えばさっき言った雑誌の表紙だったりさ、ポスターだったり、広告だったり。

「そうだね」

-- 全部繭子がやればいいのにって思っちゃうんだよね。私は今Billion編集部としてドーンハンマーに関わってて、完全に入れ込んでる状態でしょ。だから私は繭子贔屓になってて、世の中の色んなアイコンに全部繭子を当て嵌めたくてイライラするの。

「病んでるじゃん(笑)。なんでそんな?」

-- もっとよく見ろ!お前らの目はどんだけ節穴だ!ここにいるだろ!誰よりも輝いてる女が!って。

「あははは!おー、熱狂的な信者がここにいる」

-- でも、ハッとなって。その雑誌の表紙の子は私知らないけど、少なくともその子は誰かにとって特別で、だからそこにいるんだろうなって思ったわけ。

「絶対そうだよ。少なくとも私なんかより凄い人なんだと思うよ」

-- いやいや。あ、またいやいやとか言ってるし。

「懲りないね」

-- だけど私思うんだ。この世界入って10年だけど、まだまだ知らない音楽があって、知らないバンドがあって、知らないアーティストがいて、そういう人達が中心になって回ってる世界がこの世に一杯存在してるんだなって。

「そうだね」

-- 繭子はさ、音楽は世界を変えられると思う?

「はい?」

-- 音楽は国境を超える、言葉の壁を超える、世界を変えられるってずっと叫ばれ続けてるじゃない。だけどこの世の中から戦争はなくならないし、差別も、いじめも、なくならないじゃない。私は音楽に何を求めてるって聞かれたら、『快感』としか答えられないんだ。繭子は、音楽の力をどこまで信じてる?

「んー」

-- 何を信じてる?

「…よく分からない」

-- そお?

「うん。世界を変えたいと思った事はいし、何かを信じてるから続けてるわけでもないしね」

-- そっか。

「ごめん。優等生な答え出来なくて」

-- 謝る事ないよ。

「ホントはその方がファンも喜ぶし、雑誌も売れたりする?」

-- そんな安易な事はないよ(笑)。まあ、ファンは喜ぶかもしれないね。

「じゃあ、代わりに最近嬉しかった話するね」

-- うん。

「これは私、意識して言ってこなかったんだけど、私皆が思ってるよりクロウバーが大好きなんだよ」

-- え、うん。いいじゃない、何で言ってこなかったの。

「だって翔太郎さんが拗ねるかもしれないでしょ」

-- (笑)。そんな小さい人じゃないよー。

「そうなんだけどね。それでもなんかね。でもこないださ、言ってたじゃない。もともとはクロウバーは竜二さんと翔太郎さんが始めたバンドが最初なんだって」

-- そうだね。

「私、あ、繋がったー!って思って」

-- メンバー同士がね。

「え? あ、そうか。それもそうだし、私がクロウバーの曲で一番好きな曲がさ、『アギオン』なの。知ってる?」

-- うん。繭子が好きだって言うのは初めて知ったけど、曲は知ってるよ。ライブで大合唱になるようなロックナンバーの名曲だよね。

「そうそう。私あの歌にさー、もう、どれだけ助けられたかっ」

-- そうなんだね。

「うん。嫌な事があった時は、必ず口ずさんでた。楽しい時にも、心の中で大声で歌ってた。今でももしかしたらこの世の中で一番好きな歌かもしれない。それぐらい、思い入れの強い歌なの。お守り。クロウバー時代ってさ、メジャーだったからなのか知らないけど、曲名が英語なのにカタカナ表記だったり、英語の歌なのに日本語タイトルだったり、ちょっと変わってたでしょ」

-- うん。なんか実験的だなって思ってた。

「ね。『裂帛』っていう名前の英語のバラードがあったりね。『アギオン』もカタカナだし、逆に意味が分からないんだよね。歌詞は英語だから読んでも理解出来ないし。だけど竜二さんの歌声がね、めちゃくちゃポジティブに響くの」

-- いい歌だよね。

「ねえ。なんかね、大手を振って町中を闊歩しながら大声で歌ってるイメージなの」

-- あはは!ハードロックバンドなのに!

「そう!変なんだけどね。当時の私にはそう聞こえたの」

-- へえ。面白いね。どういう歌詞だったか調べたの?

「調べてない。結局そこは、重要じゃないし」

-- どうして?

「私にとっては、辛い時とか悲しい時とか淋しい時や泣きたい時に、私を元気にしてくれた歌だから。それ以上の意味なんてないもん」

-- そっか。そういう事が大切なんだもんね。

「そう。でね、繋がったって思ったのはね、その『アギオン』」

-- どういう事?

「私が高校を卒業する時、卒業式に皆が来てくれた話、したでしょ? 翔太郎さんがバイクで送ってくれた話」

-- うん。

「あの日、あの人黒のライダース着てたんだけど、バイクに乗せてもらった時に背中を見たらさ、手書きでデッカく書いてあったの。『アギオン』って」

-- え!

「うん。…ああ、この人もだって。やっぱりこの人も私を元気にしてくれる人だって」

-- そうかあ。

「もちろんそれだけで泣いたわけじゃないけど、でも涙止まらなくなっちゃって。そもそも当時同じバンドのメンバーなのは分かってる事だから、言う程ミラクルな話でもないんだけどね。その時は単純に、翔太郎さんも『アギオン』を好きな事が嬉しかったり、色んな感情で泣いちゃったんだけど。ついこないだよ。ね、ほんとに何年越しかに、私の大好きな『アギオン』とクロウバーと翔太郎さんが実は繋がってたんだって知って、嬉しかったの。…っていう話」

-- 最高だよね。それは最高に嬉しい話だね。

「ああああ、ごめん。また思い出しちゃった。ごめんなさい」

-- いいよいいよ、そりゃそうだよ。うん。

(中断)



(再開)

「さっきの話で言うとさ」

-- うん。

「音楽はこの世界を変えないと思う」

-- うん。

「でも私の世界を守ってはくれた」

-- うん。

「私があの時代から眼を背けずにいられるのは、『アギオン』がこの世にあったからだと思う」

-- そうだね。そういう意味では、音楽は無限の力を持ってるね。

「そうかも」

-- 凄いねえ。

「寒くなってきたね」

-- え?ああ、もうすぐ冬だね。

「ライダース大活躍ですねって。実は昨日また翔太郎さん家行って歌入れしてきたの。その時、本当に今トッキーに話した事をそのまま翔太郎さんにも話したのよ」

-- あ、そうだったんだ。最近嬉しかった話って、昨日の話なの?

「んーん、そういうんじゃないけど。でね、まだ持ってますかって聞いたらさ、分かんないだって」

-- ええ、そこはサっと出して来て感動的な話にしてほしかったなあ。

「あはは、そんなもんだよね。10年以上前だし、いくら革ジャンったって何着も持ってるだろうし、そう言えば一緒にバンドやりだしてから見た事ないやと思って。もうないのかもしれないね」

-- あ、それを分かってて敢えてはぐらかしたのか。覚えてないって事がまずないもんね。

「ねえ」

-- 昨日は何歌ったの?

「昨日きつかったー。遊びの域を超えた声出したもん」

-- なんで(笑)。

「次のアルバムでさ、マユーズの曲を特典でつけるんだけど、新曲を作ろうかって話になってね。翔太郎さんがプロデューサーなの、今回」

-- 大成さんじゃなくて?

「大成さんは作曲。でね、今回私はなんと作詞に挑戦しました」

-- おおおお!凄い!

「まあ作詞って言うか、やったことないしさ、歌いたい内容を書き留めて、それを竜二さんに清書してもらうの」

-- 清書?

「英語に直してもらうの」

-- 英語なんだ、そこも。

「うん。それで、ある程度、翔太郎さんにはこういう詩を書くよっていう話をしてたの」

-- どんな感じ?

「んー、昔の事とか、それこそ『アギオン』の事とか?」

-- そうなんだ。辛くないの、そんな歌詞書くの。

「ちょっとはね。でも私せっかくだからこの歌は笑って歌いたいんだよね。『アギオン』がそう聞こえたように、笑顔で、歌ってて元気になれるような曲にしたいですって昨日も伝えて」

-- そっか。いいねえ、楽しみだ。

「うん。したらね、翔太郎さんが、『そうか、じゃあ今回はバラードはやめてピュアメタルにしようか』って」

-- 久々に聞いたよピュアメタルなんて。…だめだ、ジューダスプリーストしか出てこない。繭子と結びつかない。

「そうだよ!ペインキラー歌える?って言われて、はい、無理っすって」

-- あははは!

「いいからやってみ、いやまじ勘弁してもらえませんかねえ、って」

-- なんなのよその会話!

「だから結構無理してハイキーまで出したよ。グラハム・ボネットも歌ったし、ジョー・リン・ターナーでしょー、一番しっくり来たのはディオとセバスチャン・バックだったね」

--いちいちチョイスがオッサンだけど、そうか シャウト系でキー上げるタイプなんだね。

「あはは。そうそう、竜二さんスタイル。喉じゃなくて肺活量で上まで持って行くのが楽。単純に高い音だけを出すと悲鳴みたいになっちゃう」

-- 悲鳴(笑)。こないだ翔太郎さんと話した時は低音が魅力的って言ってたのに。

「私?ジュリー・ロンドンかな。2人とも酔ってたからね、めっちゃムーディーなジャズをセッションしてすっごい気持ちよくなって…違う違う違う、そういう話じゃないよ」

-- あははは、分かってるよ。

「変な顔しないでよ」

-- もう歌詞は全部書いたの?

「うん。昨日書いた。昨日だから、その革ジャンの話から始まって、昔の話を結構したんだよね。その後皆と合流して久しぶりにお酒飲んだんだ。あ、今度連れてったげるよ。竜二さんの家の近所にね、昔皆がたまり場にしてたバーがあるの」

-- なんだっけ、『合図』だっけ。是非行きたい。

「そうそう、そこでも思い出話して、大成さんにイメージ伝えて。でも暗くなり過ぎないロックな感じでお願いします、って」

-- そうかあ。繭子はさ、今いじめで苦しんでる子たちに、発信出来る言葉を持ってる?

「んー、ないね」

-- そうかあ。

「というかね、私もそうだったけど、今苦しんでる子達にはきっと、今苦しんでない人間の言葉なんて届かないし、聞いてる暇はないんだよ。必要ない。今ある世界が全てじゃないなんて言うけどさ、今ある世界を真っ向から否定しないと次の世界へなんて行けないんだから。だから、突拍子のない打開策なんて思いつかないし、ただ命からがら生きるしかないよ。逃げたくたって、逃げ方分からない私みたいなバカもいるだろうし」

-- 繭子に『アギオン』があったように、今苦しんでる人達に、何か支えがあるといいのにね。

「そうだね。…私ね、聞いた事あるの。どうして、私を助けてくれたんですかって」

-- それは、メンバーに直接?

「そう。皆、条件反射だって言ってた。…世の中には、そういう、理由なんかなくても考えるより先に動いてくれる人達だっているから。諦めずに戦っていればいつか強くなれるし…、ああ、カッコつけた事言うのよそう」

-- なんでよ、物凄く響いたよ。ありがとう。

「…あんまり自分の事を話したがらない翔太郎さんがね、私に教えてくれた事があって。あの人達も子供の頃ひどい扱いを受けて来たから、いつもボロボロたったんだって。不幸自慢したいわけじゃないよ、って優しい声で言うの。私の口からはあまり詳しく言えないけど、そんな辛い毎日を生きのびる事が出来たのは、仲間がいてくれたからなんだって。子供の頃は、アキラさんがあの4人の中では一番体が小さくて、いつもターゲットにされてたの。それを大成さんがかばって、袋叩きにあって、竜二さんと翔太郎さんがやり返しに行くんだって。でも翔太郎さんもボロ雑巾みたいにされて、いっつも4人で泣いてたって。体が大きくなる前のアキラさんは、翔太郎さんに、いつも泣き言を言ってた。翔太郎さんは悔しくていっつも泣いて、竜二さんはずっと怒ってたって。大成さんは諦めたような顔をしていたって。なんか、今じゃ信じられないような話だよね。…それでも俺が折れずに頑張って生きながらえる事が出来たのは、あいつらを守るために必死で足掻いていたからだって」

-- そうなんだ。確かに、ちょっと想像つかないけど、壮絶な子供時代を送ったみたいだね。

「あの人たちの言葉や表情にいちいち説得力があるのは、きっと全部経験に裏打ちされてるからなんだよね。私みたいに、良い事言おうなんて考えてもないと思うよ」

-- あはは。私から見れば繭子も同じだよ。格好つけやがってなんて、思った事もないし。

「そう?」

-- そうだよ。

「だけど、彼らがしてきた事やされた事が今のあの人達を形作っているって思うと、なんだか格好よく見えるし、聞こえるんだけど、少しは似たような経験をしてきた私が、それを自分にも言えるのかって考えるとさ、もうすっごい寒気がするんだよね。出来ればそんな辛い日々を送りたくなんかなかったし、それはきっとあの人達だって同じだと思うから。だから、そういう意味では格好いいなんて言いたくないし、格好良い言葉も使いたくないんだ。だけど…昨日もね、歌詞を書いてる私の横で、翔太郎さんが言うの。…繭子、心配しなくてもいいよ。俺達は何があっても、お前を一人にはしない。バンドもやめない。どこにも行かないよって」

-- 繭子。

「超、格好いいこと言うの。…私、いっつもそうなんだよ。皆の事心配して気を使って色々考えてるつもりでもさ、結局私の方が何倍も気を使われてる。心配してもらってるの」

-- そうなんだね。

「どこにも行かないよなんて当たり前の事、なんで言うのかな…」

-- どこかへ行っちゃいそうだって、繭子が思ってしまってたんじゃないのかな。竜二さんにしても、翔太郎さんにしても、…誰にも言えない彼らなりの思いを抱えて生きて来たんだもん。それを知った繭子の動揺が、彼らに伝わったんだよきっと。

「私は彼らを支えられる人間になりたいし、なれるはずだって思ってほしい」

-- それは傲慢だよ。彼らは3人とも一人でしっかり立ってるもん。誰かに支えられたいなんて思ってないよ。それは繭子だってそうでしょ。繭子だって、彼らに支えられたいなんて思ってないでしょう。

「…うん」

-- 皆ただ繭子の事が好きなだけだよ。格好良い事言ってるけどさ、ただ繭子の事が大好きなだけだよきっと。甘えちゃって良いんだよ。それは繭子が繭子として生まれた特権だから。

「…ありがとう。優しいね」

-- 私も繭子が好きだからね。好かれたいから、格好良い事言ってみた。

「めっちゃ響いた」

-- なら良かった。

「昨日書いた私の歌詞ね、タイトル教えてあげようか」

-- 是非。

「『 Still singing this ! 』」





繭子が書いた手紙のような歌詞を読んだ時の様子を、ドーンハンマーのメンバー達はそれぞれこう語った。



『池脇竜二の言葉』

「あ、これは駄目なやつーって。あはは!もう、繭子そのものだわこれはって。こういうのは駄目なんだよーって、読んだ瞬間思ったよ。なんか年甲斐もなくボロボロ泣けてきたよなあ。話してる今だって俺ちょっと堪えてるからね、うははっ。…弱いんだよ俺、繭子のああいう、真っ直ぐな頑張りとか、弱音吐かない健気な明るさとかね。あとさぁ、話し言葉で書いてんじゃねえよって思うよな。あんなの卑怯だよなぁ。それこそ擦り切れるぐらい使い古された、そこいらの誰だって言える言葉ばっかりだろ。でもさ、俺達が読むと全然違うんだよ。あいつにしか言えないんだよなって、心底そう思うし、あいつがこれをようやく言えるようになったんだなって。あああ、これだよ、もう、…クソ」



『神波大成の言葉』

「こんな歌詞持ってこられてさ、元気に歌いたいんです!って言われた俺の身にもなってくれよ。心臓破れるんじゃないかってくらい泣いちゃったよ。織江なんてお前、吐くんじゃないかってまじで心配したもん。まあ、知らない人間が見たらセンスねえなーこいつって思うかもしれないけどね。よくあるJ-POPの引用オンパレードみたいな歌詞だし。でも、うん、そうじゃないんだよね。頑張って書いたんだと思うよー。…だって繭子だもん。俺も頑張っていい曲書こうって、なはは、そうなるよね。ああ、また涙出て来た。申し訳ない」



『伊澄翔太郎の言葉』

「いや、俺これー…。あいつがこれ書いてる時隣にいたんだよな。チラっと一行だけ見て、そこがこの、ここの部分。『私は今も生きてるよ』だったんだよ。おい待ってくれよと。っははは。隣にいる奴がさ、ちょっと微笑みながらさ、書いてんの、これを。ちょっと待ってって。えええ!?って、思うよな。俺あん時ばかりはマジでさ、今これ抱きしめた方がいい流れなのか?って真剣に悩んだもん、やんなくて良かったけど。…でも、思い返せばあの頃の繭子だって実はちゃん笑ってたんだけどさ、この歌をあん時のあいつに聞かせてやりたくなるよな。…早くカメラ止めて、ちょっと一人にして。早く(笑)」





-- thisは何をさしてるの?『アギオン』?

「そうだね。私にとっては『アギオン』だね。でももしかしたらいつか、自分にとってのお守りソングが他に出来るかもしれないし、ここに曲名を入れるのは違うなと思って」

-- 聞く人達は誰もが、ここに思い思いの曲を当てはめて聞くだろうね。

「あー、そうかぁ。あはは、そこまで深く考えてなかった。少なくとも自分や、自分の周りの狭い範囲の人達の顔しか見えてないな。私達の音楽を好きだと言ってくれる人はおそらくだけど、私達以外のバンドをお守りにしてる気がするんだ。私達のバンドは、それこそトッキーが言ったように『快感』のために聞いてくれたらいいかな」

-- そんな事ないよ。

「ん?」

-- リディア・ブラントも言ってたじゃない。バンドの持ち味がメッセージじゃなくたって、あなた達のプレイを見て、聞いて、胸を熱くする人はたくさんいるよ。繭子は私のお守りだし、ドーンハンマーは誰かのお守りになってるよ。今も、この瞬間も、きっと誰かを支えてるよ。

「そうかなあ。それは…物凄く嬉しいね」

-- うん。胸を張ってほしい。

「そうだね。っはは、私昨日書いた歌詞にね、胸を張っていこうとか書いてんのに。また励まされてんの。バカみたい私」

-- あははは。




この曲が完成するまでにも色々な出来事があった。

色んな思いが交錯して、「遊び」や「おまけ」の域を超えた名作が誕生する。

それは彼らにとっての名作ではなく、音楽史上に残ると言っても過言ではない名曲と言う意味だ。この世界にパラレルワールドなるものが存在しうるなら、マユーズが大活躍する世界もきっとどこかにあるはずだ。そこには、キラキラ光る汗を飛ばして熱唱する芥川繭子がいるだろう。彼女を支える男たちの優しい眼差しがあるだろう。彼らの背中を後押しするスタッフ達の熱狂もあるだろう。バンドに励まされて、今日も歩き続ける傷ついた人達がいるだろう。

そんな世界がもしあるなら、私はその世界の住人になってもいい。

ドーンハンマーがいなくても、マユーズがいるなら生きていける。

そう思わせる感動を目の当たりにする事が出来た。

彼らにとっての遊びとは、暇つぶしでも手抜きでも気晴らしでもない。

可能性を模索する事だ。

そして全身全霊を込めて出来上がった一曲をプレイするのが、ドーンハンマーであるか、マユーズであるかは関係ない。彼ら4人であれば関係ないのだ。




『神波大成の言葉』

「ちょうどさ、時枝さんと話してる時に電話かかって来ただろ。あれ翔太郎だったんだよ。なんで電話?とか言ってると思うんだけど。あれはその繭子の曲の話でさ、今だから言えるけど、あの時点でほとんど(曲)完成してたんだよ。それ聞いた翔太郎がね、お願いがあると。直接言えよって思ったんだけど、あれだよね、内緒にしてって事だったんだね、今思えば。そうそう、うん。コーラスパートを増やしたいからサビとラストのアレンジもう一度変えてくれってね。珍しいよ、あいつが人の曲にそういう注文つけるのって。いやいや、断んないよ、今回プロデューサーあいつだし。嬉しいもんだよ、自分の書いた曲をさ、ちゃんと聞いて、ちゃんと要求くれるのって。ましてや明確にこれっていうビジョンが見えてて、その上での指示だからね。あ、これは凄い曲になるのかもって、興奮した」




『伊澄翔太郎の言葉』

「元気な曲にしたい?そんなん無理ですって最初は思ったよ。あはは。大成の書いた曲聞きながら改めて繭子の書いた歌詞読んでみたらさ、もう腹立つくらい涙出ちゃって。…そうだよな。人にあんだけ偉そうに言っといてさ、何やってんだって話だよな。…いい曲になると思うよ。まあ歌うのは繭子だし、なるべく明るいイメージには考えてるけどね。でも色々考えた上で、基盤はメタルにした。やっぱり、歌詞と曲が合わさった時の印象が、それしかなかったんだよな。本当は、マユーズ自体に何々バンドっていう括りはないんだよ。メタルでもハードロックでもガレージパンクでもなんでも、好きに演奏出来てこそ遊びなわけであって。繭子は割と器用に色々歌いこなせる子だけど、あの歌詞読んじゃうと、音の弱い曲をプレゼントするわけにはいかないよな」




-- 昨日の時点で、飲みに行った席で皆に見せたの?

「歌詞?ううん、今朝。ちゃんと人数分家で印刷して渡したよ。そういうトコ細かいの。手書きのアレを皆で回し読みされるのは、なんか照れるしね」

-- どうだった?

「多分ね、事前に翔太郎さんが何か言ってたみたいでさ、渡しても皆その場で読んでくれないの」

-- え、なんで?

「分からないけど、きっとみんなの反応を見る限り…」

-- ああ、泣いちゃうからだ。

「ううーん、自分で言うのアレだけどさ」

-- 泣かせるつもりで書いてないんだもんね?

「全然ないよ。元気に歌うつもりで書いてるんだもん。『アギオン』に対する私からのアンサーソング」

-- 出た、J-POP歌手が使いたがる謎のカテゴリー。

「あははは!ちょっと!それ前に私が言ったセリフだから!」

-- (笑)、実際どうだったの?何か言われた?

「竜二さんにね、会っていきなりギュー!ってされたの。右手には私の書いた歌詞持ってて。そんなんねえ、…一気にあの頃の自分に戻ったよね。でもそれでいいんだ今回、と思って」

-- なんで?

「そもそも私がボーカルを取る意味なんてないしさ。せっかくだから楽しもうって思ったのが始まりだけど、やっぱり私にとっての出発点は『アギオン』だからね。あの頃の自分を思い出して、今でも歌ってるよー!って笑顔で叫びたいんだよね」

-- うん。素敵。最高。

「けどいきなりおかしな展開になってるよねえ。あれ、今これ何やってんだ? 新しいアルバム制作するんじゃなかったっけって。なんかマユーズの曲の話してる日の方が多いぞ。あれ、おまけじゃないのかこれ。織江さんに怒られないか?って」

-- アルバム作り直すって言ってんのにねえ。

「あはは、そうだよねえ。うん、まあ、急いだっていいもん作れるわけじゃないけどね。っさ!今日は新曲録るぞー!叩くぞー!…オー!」




『池脇竜二の言葉』

「ファーマーズでの撮影旅行記を一緒に見返しただろ? あれの最後の方に入ってたシーンでさ、丘の斜面の上の方に繭子が一人で立ってる場面あるだろう。…そうそう手を振ってる場面。あれ、俺がリクエストしたんだよ。バイバイ、アメリカっていう。…あれって、勝手に俺が昔を思い出してさ、比較対象として残しておきたいって思いついたんだよ。繭子の高校時代をたまに思い出すとさ、あいつ俺達と遊んでスタジオから帰る時、いっつもああやって手を振ってたんだよ。『バイバイ、また来ますね』って。その時は何にも思わねえよ。また振ってるよーぐらい。またっつってもどうせ明日も明後日も来るくせにって、その程度。だけど今思えばだよ、危うかったんだなーって。明日や明後日は来なかったかもしれねえんだよなって。そう思った時に思い出したあいつの笑顔と、手を振る姿がもう強烈でさ。ああ、生きてて良かったこいつって。うん。…だから、うん、そんな事あいつは忘れてるだろうけど、ちょっと上登って手を振ってこいよ、なんて言って。そしたらさ、手の振り方から体の角度から、声まで、なーんも変わってなかったんだよ。…ああ、良かった。生きてて良かったよなって」





『顔を上げて。

 諦めるのはまだ早いよ。

 腕を振って、足を上げて、全力で走っていこう。

 私は今も生きてるよ。

 私は今もこの歌を歌っているよ。

 永遠の中で彼らは笑っていたね。

 私は今もそこにいるよ。

 あなたがその場所を振り返る時、

 涙が零れないように、

 悲しくないように、

 私はずっとそこにいるね。


 忘れないで。

 彼らを裏切ってはいけないよ。

 胸を張って、大声で、全力で走り抜けよう。

 私は今も生きてるよ。

 私は今もこの歌を歌ってる。

 永遠に続く苦しみなんてないよ。

 彼らは今もここにいる。

 あなたがその場所を振り返る時、

 笑顔になれるように、

 感謝を忘れないように、

 私はあなたと一緒にいるよ』


             

『 Still singing this ! 』




およそ10年前、傷ついた少女がいた。

およそ30年前、傷ついた少年たちがいた。

彼らはやがて出会い、お互いの中に同じ物を見た。

彼らをつなぐ絆は音楽だけではない。

痛みや悲しみや怒りである。

そしてお互いを守りたいと強く願う優しさと温もりである。


『私は今も生きてるよ』。

『私は今もこの歌を歌ってるよ』。

これほど胸に響く言葉を私は他に知らない。






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