連載第26回。「END」
2016年、9月27日。
その日、池脇竜二作詞、伊澄翔太郎作曲のバラード『END』が完成した。
もともとは『HELL』という名がつけられていたが、URGAの猛反発を受けて変更された。
演奏はURGAの奏でるピアノのみで、Aメロ、サビ、Bメロ、サビ、間奏、大サビという構成。
間奏後、大サビで池脇とURGAのダブルボーカルとなる。
これはどちらかがコーラスではなく2人とも主旋律であり、ボーカル録りを重ねた試行錯誤の結果そうなった。ゲストであるURGAがコーラスに回った場合、低音域で池脇の声に消されてしまい持ち味が発揮できない。逆に池脇がコーラスに回るとURGAの声量が圧倒的すぎて世界観がブレる。自然と最後は2人が全力で歌うという形に落ち着いた。
池脇竜二、URGAという今世紀最高峰の歌うたいによる共演は、圧巻の二文字だった。
歌い始めた池脇の声を聴いた瞬間、その場に居合わせた全員が震えた。
ブースの中で隣に立っていたURGAは一瞬気圧され、一歩後ろへ下がった。
ただ単に声が大きかったからではないと、後に彼女は語った。
『URGAの言葉』
「確かに、歌詞と歌声なら説得力があるのは声の方だとは思うよ。説得力っていうか、バーンって入って来るのはやっぱり声が先だと思うし。…その瞬間どんな気持ちで歌っているかは結局は歌う人だけのものだから、ひょっとしたら、歌うたんびに気持ちの度合いだったり感じ方が変わることだってあると思うの。もちろんそれで良いとも思ってるしね。でも歌の世界そのものである歌詞は、瞬間を切り取って永遠にした形だし、基本的には変わらないのが当たり前でしょ。その歌手の、うーん、シンガーソングライターの話になっちゃってるけど、そういう人の評価って、ある意味そこで決まる事だってあるじゃない? どういう歌を歌っている人なのか、とか。だってさ、めちゃくちゃ歌のうまい人でもさ、普通全く意味のない言葉を並べて歌ってたら誰の心も動かさないじゃない。…だけど竜二くんて実はそれが出来ちゃう人だと思う。これは凄い事だよ! ただでさえ、バックが物凄く技術的に高水準な音を出してるでしょ。普段あんなさあ、…例えばなんだろう。『昨日夢に見た2つの白い山と、今見ているお前のお尻の形はどうして全く一緒なんだ?』みたいな事歌ってたりするじゃない。あはは。それでもあれだけ格好良い曲に仕上げて自信満々で叫べるんだよ。ありえないよ、ありえない。いくらバックが凄かろうが、そんな歌詞であれだけ格好よく歌えるものなの?…って。あはは、これ嫉妬だね。まあ結局それは人それぞれだしさ、ホントは別に良いんだけど。魅力の形は様々なんだし。だけど、やっぱりね。…ちゃんとあったね、彼なりの言葉がちゃんとあったんだよね。そこはなんだか嬉しかったな。声が大きいのはもともと知ってるし、そこは私も自信がある所だったりするけど。人間・池脇竜二の絶唱というものを初めて聞いた気がしたもん。真横でね、人を、抱きしめるようにして歌う竜二君の歌声は、あー、凄かったなあ…」
URGAが池脇の腕を掴んだ。
身体の動きでカウントを取るため事前に伝えてあったらしいのだが、URGAの手が彼の腕に触れた瞬間、池脇がギュッと目を閉じた。URGAはそのまま力を込めて腕を握り、大きく息を吸い込んで顔を上げた。
URGAの歌声。それは声と呼ぶにはあまりにも大きく、そして透明であるにも関わらず、振動する大気の波が私達の視界一杯に拡散するのが見えた。吸い込まれるように池脇を見つめ、前傾姿勢だった私達全員の体が弾かれるように押し戻された。
池脇の腕をきつく握りしめながら、己を見失わないぎりぎりの全力で、URGAは歌う。
歌うたいにとって一番重要なものは何か。
歌唱力、声量、音域、喉、環境、経験、体調、度胸。
それらのファクターを超越しているとさえ思える彼女は、一体何者なのだろう。
URGAとは、一体何者なのだろう。
伊澄翔太郎(S)×神波大成(T)。
T「歌う為に生まれてきたような人だよね、きっと」
S「間違いない」
T「ずっと一緒にやってきたからね。贔屓だと思われて構わないけどさ、竜二もやっぱり、凄いと思うんだよ」
S「うん。それは、俺もそう思う」
T「けどなんだろ、…ちょっと物が違うね」
S「あの人なんなんだろうなぁ。優劣とか甲乙って話じゃないんだけど」
T「そういうレベルじゃないね」
S「そういう、見える部分とか聞き取れる部分では違いの分からない、何か別の次元からくる歌声というか」
T「あはは、特別なね。無理やり例えるなら、息子が聞く母親の声って特別だろ、きっと。母性がどうのっていう話じゃないんだけど、そういうある種色んな要因を超越した特別感があるんだよ」
S「うん。スペシャルな声。共鳴、共感。…本能?」
T「どうなんだろうね。万人受けしそうだけど、でも聞く人によっては嵌る人と嵌らない人っているんだろうね、やっぱり」
S「あそこまで行くと、響く人と響かない人の違いって、聞く人自身に理由があると思うわ。でも自分にとって必要だって無意識に掴み取った人達にとっては、もう本当神にも等しい声に聞こえてると思う。代わりがきかないと思うよ」
T「そうそう、そんな感じ。やっぱり、人の心ありきだね」
S「うん。竜二にはだから、心がない」
T「違う違う違う、お前、真面目に話しようや!」
S「あははは!…いや、でももう答えは出てるよ。歌う為に生まれて来た人なんだよURGAさんは」
T「そうだよなあ。誰かの心に届けるための歌声を持ってるよ」
S「滲みたねえ」
T「うん。結局やっぱりあの人が一番だわ」
S「竜二には別の分野で一番獲ってもらおうな」
T「例えば?」
S「まあ、メタルシンガーならそこそこいい線行ってるよ」
T「お前が偉そうに言うな(笑)」
『芥川繭子の言葉』
「どこかで壊れてる部分がないと、冷静になっちゃうと全力って出せないもんだからさ。…凄いよね、自分でリミッター解除できる人って(笑)。私のやってる事はつまりは運動の延長線上にあると思うのね。私が限界までドラム叩いて、はい、今全力です、って言ってもさ、その全力は明日また伸びるわけ。限界値っていうのかな。そのボーダーラインは、鍛えれば伸びるでしょ。上がるっていうのかな。でもさ、歌に込める思いってさ、そんな単純な話じゃないじゃん。ただでさえ何につけても全力出すって半端な事ではないし、その上でどこかぶっ壊れてないと振り切れない部分ってあるのに、壊れることを恐れない強さって、どこから来るんだろうってずっと不思議だったよ。『ああ、これは初めからブレーキのない人じゃないと行けない世界なんだろうなー』って、そうやって思ってた時もあったし。努力と根性で本当にこんな人になれるのかなーって。…あはは、でも全然違ったねえ。そういう、人間以上な感覚を勝手に当てはめたり、才能とか、ギフトとか、でもそういう話じゃないんだよね。馬鹿だった。もちろん今でも私にとっては温かくて大っきなヒーローだけど、やっぱり超人ではなかった。だからこそ、やっぱり凄い人なんだなあって改めて震えた。うん、素敵な人だよね。凄い歌だったねえー、もう、ほんっとに!…ドーンハンマーに入れて良かったなぁ」
『池脇竜二の言葉』
「ノイは別に、どこかで俺を待ってるとか、寂しがってんじゃねえかとか、…そういう風に考えた事は一度もねえし、死んだら終わり。…それで終わり。生まれ変わってどこかで出会うとか、あの世で一緒にとか、思う人は思えばいいけど俺はそういうのは考えないんだよ。もう終わったんだし。だから余計だよな。終わっちまった事を頭でも心でも理解してるから…悲しいんだろうな。そこには何一つ希望なんてないし。うん、俺はそう思うよ」
『URGAの言葉』
「痛いと言えば痛い。…うん、とっても痛いよ。でも角度を変えれば、温かいんだよね。そこにはやっぱり、誰かを愛した、愛してる、その気持ちだけが変わらずに残ってるからなんだろうね」
『池脇竜二の言葉』
「それが、可能性とか言い出したらそれこそ無限なんだろうけど。…ないな。…ないない。うん、だから敢えて、書いたのかもしれねえなあとは思うよ。ありえないって分かってるから。ぐちぐち言った所で何も変わらねえし、言うだけダメージ食らうのは俺だしな。だからそれでも尚、あいつを思う歌くらいは。…俺が俺の為に書く歌詞くらい、弱音吐いても、誰に迷惑掛かるもんでもねえのかなって。もし今すぐ会えるなら、いつでも全部捨ててあいつの隣に行くのになあって。それくらいは思うしな、うん。それはだって、…10年や20年じゃ変わりようがねえよ」
『URGAの言葉』
「環境。枠。過去。経験。インスピレーション。思い込み。思い過ごし。んー、勘違い。…いつだって、最後はどこかでなにかが少しだけ他人とはすれ違うでしょ。だったらもう初めっから、人と違う部分を取り上げてあーだこーだ言ったって仕方ないよねえ。私は竜二くんじゃないし、竜二くんの恋人でもないし、同じ気持ちにはなれないし、同じ気持ちでは歌えない。だけど彼が好きだし、彼の歌声が好きだし、翔太郎くんの書いたメロディは心底美しいと思ったよ。だから歌うの。色々な物を受け止めて、感じた私の心は私だけのものだし、そこに正解や不正解や、不自由さは一つもない。一つもなかった。最高の時間だったよ」
『伊澄翔太郎の言葉』
「例えばだけど、…例えばあの日に戻って俺に何か出来るとしたら全部やるよな。なんでもするよ。うん…なんでもする」
『神波大成の言葉』
「人の命には終わりがあって、それはとても不公平な場所にあって、人間がどれだけの数、束になってかかっても抗いようのない強制力でもって、いきなり消し去られるんだよ。俺達はそれを知ってる。知ってるけど、何ひとつ納得なんて出来やしないよ」
『芥川繭子の言葉』
「竜二さんの気持ちは分かるよ。私自身、死にたくはないし死んでもいいとかそこへ行きたいとか、そんな風には考えないけど。愛する人とか大事な人を失う辛さって、これっぽっちも消えないからね。ずっとそこにあるもんだと思う。いつも悲しいし、いつも寂しいよ」
『伊澄翔太郎の言葉』
「使い古された陳腐な言い方だし、そんなわけないんだけど。…URGAさんに頼んで良かったなって思ったのはやっぱり、技量とか存在感とか精神力とかひっくるめてさ、竜二に力負けしない人って日本ではあの人だけだしね。だから彼女が横に立って一緒になって、竜二と歌ってる姿見た時の衝撃は、ホント申し訳ないんだけど、ノイ来た!って。ノイがそこに立ってるなって思ったよ。…ああー、ごめん。言うんじゃなかった」
『神波大成の言葉』
「もう言うなれば、心も体もさ、生活も、仕事も全部、もうガタガタだったんだよな。…うん。一体…どれだけさ。どれだけ…。いや、申し訳ない」
『池脇竜二の言葉』
「最後の泣き言だよなー、あの歌は。もう泣き疲れた。一生変わらねえよ。例えばこの先どんな人と出会っても、だからって何も変わらないんだろうなって思ってんだよ。だからもう泣いたって仕方ねえよな。そこで何かが変わるわけでも、終わるわけでもねえしな。ただ…、あいつが味わった地獄は、俺も今も味わってるよ。それだけは伝えてえな。ずっと一緒にいたかったんだって。一人で行かせて悪かったって」
『END』 歌詞:池脇竜二 曲:伊澄翔太郎。
『格好だけの男ですまない。
お前に何も持たせてやれなかったな。
俺の体の一部を、
ちぎって持たせるべきだったよ。
ずっと後悔しているんだ。
たった一人で行かせた事。
俺は恨み続けている。
お前のいない世界には憎しみしかない。
俺はもう祈らないよ。
もうここにいたくない。
地獄に行く覚悟はできている。
どれだけ叫んでも。
どれだけ大声で叫んでも。
ずっと返事は聞こえないままなんだ。
そこにはもう何もない。
だけど俺はそこにいるんだ。
俺はもう誰かと同じように、
信じることなんて出来ない。
全てはお前のために、
俺は世界を紡いでいる。
ここで今また、
俺の魂を取り出してほしい。
俺はずっとそれを望んでる。
俺の中に、あいつの地獄を入れてくれ』
その昔、池脇竜二と伊藤乃依という恋人達がいた。
男はとても暴力的な野蛮人だったが、
年下の恋人であるノイをとても大切にした。
2人は中学生の頃からの知り合いで、お互いの事はなんでも理解していた。
大人になり、池脇がCROWBARというハードロックバンドでメジャーデビューした時、
彼の将来を思ったノイは一度だけ別れようと思った事があったそうだ。
実力主義の音楽業界と言えども、やはり人気商売だ。
まだ若く男前で実力も申し分なかった彼らには、
これからきっと多くのファンが出来るだろう。
もし自分の存在が公に知れて、
彼らの人気に影を落とすような事になってはいけないと、
ノイなりに考えての事だった。
ただ黙って身を引くのは癪なので、姉・織江と相談してイタズラを考えた。
婚姻届を彼に突きつけて、こう言うのだ。
『いつかはさ、人気って落ちると思うんだ。そん時は私が戻って来て一緒になるからさ、一旦別れようかなーと思って』
まだ未成年だったノイがそう言った時、池脇は怒りも狼狽えもせず、黙って財布から紙きれを取り出した。
小さく折りたたまれたその紙を開くと、それはボロボロの婚姻届だった。
証人の欄に、汚い字で書いた「伊澄翔太郎」「神波大成」「善明アキラ」の名があった。
それが男達のジョークなのか、本気なのかは分からない。
ただノイは嬉しかった。所々破れてちぎれそうになっているその婚姻届は、
一体何年前から彼の財布に入っていたのだろう。
共に未成年なのに、証人の欄に汚い字で書いた男達の名前はいつからそこにあるのだろう。
ただただ、嬉しかった。ノイは泣いて、笑って、池脇竜二について行こうと決めたのだ。
『池脇竜二の言葉』
「意味? 無限の終わりとか。無限に続く終わりとか。そういった意味じゃあ同じだよな。どっちにしたって、終わりなんかねえ。終わってるようで、終わんねえ。終わってんだけど、終わらせねえ。っはは、変なタイトル!だからヘルにしようっつったのに!」
『伊藤織江の言葉』
「これは本当は、絶対に言いたくなかったけど、心のどこかでそう思っちゃってたのがね、ノイは幸せ者だよっていう気持ちがね、認めたくはないんだけど、でもやっぱりあるのよね。あの子は死にたくなかったし、それでも死んだから、幸せなわけないんだけど。池脇竜二っていう1人の男が、今でもあの子を大切に思い続けてくれてる事がさ、実際、あの子の止まってしまった人生すら、幸せに変えてくれてる気がするのよ。もしあの子が生きて今の竜二を見れたらさ、顔を真っ赤にして喜ぶと思うんだよ。うるさいくらい自慢するだろうしさ、バンザイして飛び跳ねて喜ぶと思うの。それはさ、ありえない事だけど、今こうして竜二が生きて、あの子を忘れないでいてくれる事が、現実でないのはもう十分分かってるんだけど、ノイを毎日毎日、今でも笑顔にし続けてくれているって事なんだと私は思うんだよ。そう考えるとさ、ノイは今でも生きてるんだよね。そういうのさ、私ぐらいはさ、そう思ってても良いよね。ノイ」




