連載第25回。「伊藤乃依について」2
2016年、9月27日。
「もうこの先こんな曲は書けないんじゃないかって、ちょっと勿体ないとさえ思った曲書いてやったから死ぬほど感動して歌えよ」
「凄いな。お前がそこまで言うんだ」
「譜面みた限り、ちょっと短くねえか」
「バラードだからな。Aメロとサビ繰り返す王道なやつ」
「バラードか!」
「翔太郎さんのバラードって新鮮ですね」
「バンドじゃないからな。あとお前の書いた歌詞だとサビがどこなのか全然分かんねえから、メロディに合わせて適当に書き直せよ」
「書き直せってお前簡単に言うけどなあ」
「嫌なら返せ。先約って意味じゃあURGAさんの方が先だし」
「馬鹿言うなお前、歌うに決まってるだろ!」
「あはは、ですよね」
「バックの音はどんな感じで考えてんだ?パワーバラードとか?」
「パワーかどうかはお前の匙加減だろ。俺がバラードっつったらバラードなんだよハゲ」
「口悪いなあ!撮られてんぞバッチリ!」
「ハゲ…」
「良い音考えてあるから、お前は何も心配すんな」
「っは、翔太郎さん素敵!」
「急にお前」
「うはは!腹立つ!」
いつもの光景が戻ってきた。
4人が無邪気な笑い声を上げながらPA室に入ると、待ち構えていた真壁が伊澄の合図を待って、曲を流す。ギター一本で演奏される、静かで美しいメロディーライン。メロディと伴奏を同時にこなす流麗なフィンガーピッキングは、改めて伊澄の巧さをダイレクトに伝えてくれる。ただ外部の私とは違い彼の演奏に慣れ親しんでいるメンバーは、この曲に池脇のあの歌詞が乗るのかと、私とは違った興奮を浮かべた表情で曲に聞き入っている。
仮歌もない、伊澄の弾くギターだけの音源だ。初めて聞けば、歌い出しも歌メロもサビも分からないはずなのに、涙が出そうになる程心の奥底まで感動が入ってくる。そこも含めて伊澄の演奏力の高さ故なのだろう。
イントロから合わせて3分程の曲が終わると、強張った体を伸ばすように、皆が溜息をついて顔を上げる。強くうなずく池脇の顎にグっと力が漲り、繭子は黙って目尻の涙を拭う。
「次」と伊澄が言う。
メンバーの視線が彼に集まる。
「皆大好きURGAバージョンです」
伊澄が告げると、興奮を隠しきれない顔でお互いを見やるメンバー達。誰も聞かされていなかったようだ。真壁が流し始めたのは、同じメロディのピアノバージョン。どこまで伊澄と打ち合わせたのか分からないが、先程聞いたギターのみの音よりも、明らかにメリハリの聞いた仕上がりになっている。おそらく、こっちで製作しようとしている伊澄の意図が感じられた。
曲が終わると、繭子がプー!と強く息を吐いて、「凄いですね」と目を丸くして笑った。「これは絶対歴史に残りますよ」
同日(2016年、9月27日)。
前回からさほど間隔を空けないタイミングで、URGAが練習スタジオに来訪した。
楽曲製作にピアノ演奏で参加する為、バイラル側からの依頼を受けて訪れた筈が、前回の事を引き摺っていせいか、持ち前の明るさと豪快さはなりを潜めた静かな登場となった。スタジオのドアを少しだけ開けて、片目でこちらを覗き込むURGAをカメラが捉える。その後ろには伊澄が立って笑っている。微かに、入れよという彼の声をマイクが拾う。
ソファに座っていた池脇が立ち上がり、URGAを迎え入れるべく入口のドアに向かうと、彼女は伊澄の背中に回り込んでオドオドとした態度を取る。だが愛らしいその動きを見る限り、本当の意味では引き摺っていないように私には思えた。考えてみれば、先日凶暴な一面を垣間見せたのは背後に立っている伊澄なのだが、URGAの態度は明らかに池脇に対してのものだ。池脇本人もそう感じたらしく「なんで俺なんだよ!」と笑って声を掛ける。池脇がドアノブを引くとURGAがひょっこり顔を見せ、「私来すぎじゃない?」と言った。「大歓迎だよ、早く入って」池脇がそう答え、彼女を招き入れた。
気を良くしたURGAは両手を広げてバレリーナように踊りながら入ってくると、カメラの前まで来て歌うように唇を動かした。カメラに向かって、『良かったねえ』そう言った彼女の口からはしかし、声は発せされなかった。
楽器セットに、メンバー4人が立った。
「とりあえず、クロウバーの曲でアップしようと思うんだけど」
と池脇が提案する。
伊澄曰く、今回の楽曲は『より、歌う』曲であり、ドーンハンマーで培った池脇のデスボイスもガテラルボイスも必要ないとの事だった。現在の声でクロウバー時代の歌い方をしてほしいとの要望に対し、10年以上普通の歌い方をしていない池脇にはさすがに不安もあって、本来あり得ない事だが普段通りの楽器陣で、クロウバーの曲を演奏する運びとなった。他人が作った楽曲をプレイする事に興味がないと言う繭子も、この時ばかりは喜んでスティックを握った。
「えー。スローバラードだと、大成なにがいいと思う?」
「スローバラード。作った記憶があんまり…」
「初期の頃(の曲)ならスローじゃなくても良いんじゃないですか?」
「初期って。4枚しか(アルバム)出してないぞこいつら。ベスト入れて」
「あ」
マイクを通し、前を向いたままお互いの顔を見ずに会話する。そんな彼ら4人の姿をURGAが楽しそうな笑顔で見つめている。あの日のコンサートとは立場が逆だ。4人の演者に対し観客は彼女一人。しかし応接セットのソファーに座る事をせず、普段時枝がセッティングしているビデオカメラの位置よりも更に後ろ、ほとんど壁際に立っている。彼女にはドーンハンマーの音は少し大きすぎるらしく、イヤープラグをしていても応接セットがある距離で聞くのは無理だという判断だ。本当はもっと前で見たいけど、耳が痛いから嫌だ。そんな気持ちの狭間で葛藤しているのが揺れ動く視線と表情から見て取れた。バラードだからそこまで負担はないんじゃないですか?と私が言うと、「そうかなあ?」と明るい笑顔で一歩前に足を踏み出した。本当に可愛い人だな、と私は何度も溜息を漏らす。
「そんな遠いとこで見るのか?」
と、池脇が気づいて言う。無言で肯くURGA。
「いやいや始まったら前来るでしょ。ライブと同じパターンの奴」
と伊澄が言うと、URGAはあえて私の持つカメラの方を向いて、
「あいつ、腹立つね」
と笑顔で言い放った。
「あれは?『color of acid』」と神波。
「あー。どっちかって言うとあれだとミドルテンポじゃねえかな。もっとスローな奴がいいかな」
と池脇。
「お前ら適当に言ってるけど、クロウバーに関して言えば演れる曲と演れない曲あるからな」
伊澄が笑ってそう言うと、
「確かにそうですよね」
と繭子も明るく頷く。
「作曲したのはお前なんだし、翔太郎が選ぶのが良いんじゃない? 例えばクロウバーで割と近い、理想的な歌い方の曲とかないか?」
と神波が聞くと、
「歌い方だと『continues rotate』。テンポだと『in called winteroad』」
と伊澄は即答する。
「すぐ出て来るな!お前の方が詳しいじゃねえかよ。じゃあ、両方やるか」と池脇。
「演れんのか?」と神波。
「出来なきゃ言うわけないだろ。繭子は?」
伊澄の問いに、やや迷いの滲んだ声色で、
「間違えても許されるなら、多分大丈夫です」
と繭子が答えた。そこへ、
「全然許す!」と言うURGAの一声が割って入る。
ありがとうごいます!と笑顔でスティックを振る素直な繭子の声に、男達は苦笑いでお互いを見た。
そして、誰しもが懐かしさに身震いする2つの名バラードが練習曲に決定した。
音源は今でも入手可能なクロウバーのアルバムに収録されているので特別レアというわけではないが、ドーンハンマーとして演奏されるのはおそらく今日が初めてで、そして最後だろう。
まずは『continues rotate』(2nd album「burns right eye」(なんて怖いタイトルだ!)収録の9曲目)だ。90年代という時代を感じさせない抒情的なメロディーと、泣けるギターフレーズがキラリと光る名曲だ。だがその事よりも本当に驚いたのは、池脇の『歌声の凄み』である。ドーンハンマーのファンを長く続けていると、どうしても彼の声量や喉の強さ、声色の変化の付け方などを意識しがちだが、こうしてストレートに歌い上げるシンガロングスタイルの曲を生で聞いて分かるのは、圧倒的な声質の良さと抜群の歌唱力だった。少し癖のあるハスキーなシャウトは低音から中音域を主としながらも伸びのある豊かさで、体全体に響かせて歌う圧巻の声量、ビブラートの使い所と確かさ、表現力の巧みさ、それら全てが説得力に満ちていた。
「歌うまいなあー!」
1曲目が終わった段階で、我慢出来ずにURGAがそう声を張り上げた。心から感心している様子だった。気付いた池脇が照れて頭の後ろを掻く。
「やっぱ!すーごいんだねぇ!」
目を見開いて彼女がそう言うと、池脇は心底嬉しそうに笑った。
「よ!ジョニー・アンデルセン!」と繭子が囃し立てると、
「誰がスウェーデンのパワーメタルシンガーだ」と池脇が笑って答え、
「よう!ビショップ・オリヴィエラ!」と伊澄が言えば、
「誰がブラジルの〇〇シンガーだコラ」と応戦する。
「竜二さんそれ言っちゃダメなやつ!」
「わははは!」
ジョニーもビショップ(故人)も後世まで語り継がれるであろう伝説級のメタルシンガーである。世代的にはロニー・ジェイムス・ディオなどよりも下だが、丁度池脇らが憧れた世代の英雄達と言える。実際こうして聞いてみると、全く引けをとらないように思う。
「もう一曲」と池脇が後ろを振り返りながら言う。
「もうちょっと鼻にかかった歌い方を抑え気味にして、高音は上げすぎないで喉で潰してくれると理想だな」と伊澄。
「偉そうに言うな!」とURGA。
「誰目線なんだよアンタは」
伊澄が苦笑して言うと、池脇は嬉しそうに2人を交互に見やり、「了解しました先生」と頭を下げた。
続いて演奏されたのは『in called winteroad』(3rd album「deadly world of sin」収録の10曲目)だ。此曲は先程よりも速度を落とした、雄大さのあるパワーバラードだ。
伊澄の予言通り、URGAはソファーのすぐ後ろまで歩み出て、4人の演奏を堪能している。
同日(2016年、9月27日)。
ボーカルブースに、池脇とURGAの姿があった。
URGAが心配そうな顔で何度も外の伊澄達を見やる。
池脇はこちらに背を向けている。
URGAがヘッドホンを外して池脇の腕に触れた。
そして彼の顔を下から覗き込んで微笑みかけた後、ブースから出る。
機材側の部屋で見守っていたメンバー達も、言葉なく池脇を見つめている。
出て来たURGAに短く声を掛けて、伊澄が私のカメラに向かって指でバッテンを出した。
URGAの演奏するピアノ伴奏が僅か3テイクでレコーディング完了となり、後は歌を入れるだけだった。
しかし池脇は歌う事ができなかった。
レコーディングブースに入ってヘッドホンを付け、喉の調子を整え、親指を立てる。
ピアノ伴奏が流れ歌い始める段になると、急に喉が塞がるような感覚に陥るのだという。
声よりも先に、涙が出て来ようとするらしかった。
待つより他ない、というのがメンバーの思いだった。
池脇竜二が初めて、誰かを思う気持ちを連ねて書いた詩。
届くはずのない誰かの元へ、届いて欲しいと願った歌だ。
彼の願いを運ぶのは伊澄の渾身のメロディであり、それらを包み込む器がURGAのピアノ演奏だと言える。
あとは池脇自身が歌えるまで待つしかなかった。
彼の側では、愛する者を失った池脇の気持ちが痛い程理解できるURGAもまた、辛い時間を過ごしているに違いなかった。池脇の姿はかつての自分であり、今も彼女の心の中に存在する生々しい痛みの記憶でもあるのだ。
ブースの中で歌えなくなる自分を恥じて何度も池脇は謝ったが、誰もそれに対して返す言葉を持たなかった。見守るしかないメンバーの顔も辛そうだった。
伊藤乃依がこの世を去ったのは15年近く前になる。あれから何度も同じ季節を繰り返して来たし、彼らの側には常に笑い声と音楽があった。それでも尚、池脇の中には今もあの頃と何も変わらないと悲しみと後悔が生きている。その事をまざまざと見せつけられた。
こうなる事が予想出来なかったかと言えば、決してそうではない。
池脇竜二はボーカリストであり、作詞家でもある。
歌えるものならもっと早くに歌っていたはずだ、と私なら考えるからだ。
精神的な強靭さでは類を見ない彼らの中にあって、強いて言えば池脇は、感情をストレートに表現する分涙脆い人であるという見方もあながち間違いではないと思う。それでも私がこのスタジオに通い出してから5ヶ月の間で、彼の流す涙は数える程しか見た事がない。
彼自身が語った、『皆、色んなものを抱えて生きている』という言葉が、激しく私の胸を打った。
私は今まで彼らの強さばかりを書いてきた事を、この頃から少しずつ後悔するようになった。
彼らが今笑っている事も、涙を見せない事も、ステージ上の魅力も、練習に掛ける熱意も、行動力も、何もかも、彼らが強い人間である事の証明であるかのように書いて来た。
それは間違いではないかもしれない。だが恐らくは、正解でもないのだ。
同日(2016年、9月27日)。会議室にて。
伊澄翔太郎(S)×URGA(U)。
U「今日もオリーいないの?」
S「織江? あー、朝から見ないな。夕方には戻ると思うけど」
-- ものすごく前の事のように感じますが、それでも半年は経っていませんね。この2ショット、私大好きです。
U「ありがとう、言ってついこないだも来てるんだけどねえ(笑)」
S「なんか申し訳ない。せっかく来てもらったのに何をするでもなく。浪費だよな」
U「いやいや。遊びに来たと思えば十分素敵な演奏を見せてもらったよ。私もピアノの腕前を披露出来たし?」
S「流石だった」
U「イーエス! 3テイクって何だよ(笑)」
S「今更直して欲しい所なんかないしな」
U「そっか。…天才だな、私」
S「(笑)」
U「なんか、皆の演奏もレアだったんだよね?」
-- かなり。
U「そう、さっき聞いてね、へー!って喜んでたんだよ」
S「なんだっけ?」
-- 『CROWBAR』の曲をドーンハンマーのメンバーで演奏するのは、初めてじゃないですか? 厳密には違うにしたって、そうそうある事ではありませんよね。友人とは言え他人が作った曲をプレイすることに抵抗があるという話を以前伺いました。
S「ああ。こうやって(カメラを指さす)外に出るかもしれない状態で演奏した事はないかな、遊びでならあるけど。どうだった?」
U「凄かったよー、ちょっと竜二くんに対する見る目が変わったかも」
S「おー。そうなんだ。あいつが実は『歌える』人間だって、今知らない人多いからな」
U「いや、知ってはいたけどね。でもここまで凄いんだっていうのは分かってなかったよ。御見それいたしやした」
S「あはは、どういたしまして。…俺が言う事?」
U「ふふ、でも、今が悪いとは全然思わないけど、ああいう歌う曲をもっと一杯やればいいのになあとは思うよね」
S「それはでも、やった上での今だからな」
U「前のバンドでしょ?でもその頃はメンバーも違うわけだし、今は翔太郎君や繭ちゃんがいて、それぞれの魅力というか、以前とは違ったバンドのカラーが出せると思うけどなあ」
S「演奏って意味ならそうかもしれないけど」
U「ん、曲ね」
S「となると、俺も大成も曲は書くけど詩を書けないんだよ。じゃあ竜二がどういった歌詞を書いてるかっていうと、それはアンタが言った通り、8割意味のない内容だったりして。いざ本気で気持ち入れて書いてみようとしたら、今回みたいな事態になって。その上で今後もこういう方向もありだねえなんて、今はとてもじゃないけど考えられないな」
U「あはは、確かにそうか。あー、うん、難しいね。全部が全部そうなるとはもちろん思わないけど。本当に真面目で、気持ちの強い、うん、なんというか、…人なんだね」
S「面倒臭いだろ?」
U「そんな事ないよ。全然そういう風には思わない。今回の歌に限って言えば私は、気持ちの強さとか容量が、きっと本人が思っていたよりも大きかったっていう事なんじゃいかなって、思うのね」
S「うん」
U「普段からああいう、張りつめた思いを言葉にしながら、声に出しながら生きてるような男の人ではないんだろうし、ずっと胸の奥に閉まってある思いの存在を、きっと分かっていながらもさ、それでも形にはしないまま今日まで来たんだと思うの」
S「うん」
U「私それって凄い事だなって思うの。言葉は悪いけど、自分の外に出しちゃえばさ、楽になる部分だって絶対にあるから」
S「うん」
U「それが例えば、手紙でも良いし、私達みたいな曲としての作品でも良いし、絵で良いし、日記みたいな事でも良くて。何か思いのこもった大切な形がさ、ずっと一人で抱えて生きて行かずに済むような方法がさ、あったはずなんだよね」
S「(頷く)」
U「でも…。黙って、抱えて生きて行こうとしていたんだよね、彼はきっと」
S「…そうかもしれないな。分からないけど、まあ、頑固者だしな」
U「(笑)。私にね、良い歌詞書くねって言われたことが彼なりの切っ掛けになったんだって。とても光栄な事だし舞い上がっちゃったけど、ちょっと後悔もしたんだ」
S「なんで?」
U「んー、後悔って言っちゃうと違うか。なんだろうな、良かったのかなあ、だね」
S「竜二に対して?いやそれは、ちょっと優しすぎるし、そんな事考える必要なんてないと思うよ」
U「そうかなあ」
S「うん、そこまであんたが責任感じるような事じゃないよ。あいつがあいつなりに決めて勝手にやった事だし」
U「翔太郎くんも大概優しいよね」
S「何でいきなり俺んとこ来んだよ。初めて言われたよ」
U「えー?それは驚きだな。君の優しさが理解出来ないなんて」
S「言ってやって言ってやって」
U「そういう所も」
S「やっぱりやめて」
U「あはは」
S「優しくはないと思うよ、Sっ気強いなって自分で思う時あるし」
U「っはは!」
-- そうなんですか(笑)?
S「あるよ。やっぱり俺考えるより先にその時の思考がスパーンと言葉に出るんだよ。普通言わなくていいような事も思った瞬間口にしてるし、それで人が嫌がってるの見るとちょっと笑っちゃうし」
U「それは駄目だ(笑)。でもねえ、ちゃんとフォローするんだよね、君はね」
S「いやあ?してないよ別に。あ、それか相手によるんじゃない?」
U「無意識なんだね」
S「もう何言ってもダメだろこれ(笑)。そうそう、曲の話だけどさ、今回異例のソロ曲にした理由。な、こないだもちょっと聞いてたろ?」
U「異例なの?」
-- これまで竜二さんのソロ曲というのは、以前のバンドも含めて一曲も存在しませんね。
U「ソロっていうか、ギター演奏だけとかピアノ演奏だけとかはあるんでしょ?」
-- それもないですね。
S「うん、ない。徹底的にバンドサウンドに拘ってやってきたからな。意味がない、くらいに考えてたよ。俺達もあいつ自身も」
U「へえー」
-- 今回翔太郎さんが作曲したバラードは、竜二さんが作詞された後に作られたものですか?それとも以前から温めていた曲なんでしょうか。
S「今回は歌詞が先」
-- という事は、歌詞を読んで、その曲に合わせたメロディを作曲されたということですが、これも異例ですよね。そして何よりめちゃくちゃ早いですね。
S「そもそもあいつがあんな歌詞書いてたなんて聞いてないしね。歌うつもりで書いたのかも知らないし、思いつきで曲書いてやるーなんて言ったらまさかのヘヴィ極まりない内容で焦ったけど。でも思いついたら一瞬だよ。降りて来るか来ないかだけで、降りてきたらその時点で曲って出来上がってるもんだと思う。違う?」
U「出来上がりとまでは言えないけど、そういう時もあるね。…ねえ、いっつも曲が先なの?」
S「え、前もその話しただろ。そう、曲が先」
U「そうだっけ。え、毎回?」
S「うん」
U「じゃあ、歌詞を読んでそこに曲付けたの初めて?」
S「…うん、初めて。だから、あいつの歌詞読んだ事がそもそもないんだって」
U「ああ、そうだ、変わり者集団だったね。でも凄いね、ホント良い曲書いたよね」
S「ありがとう」
U「歌詞が先にあった方が作曲しやすい?そうでもない?」
S「どうかな。今回の曲だって、詩を読んでから書いたって言っても言葉数とか韻とか無視してるかさ。インスピレーションって言うの?それしか参考にしてない」
U「ああ、そういう感じなんだね」
S「そういう意味じゃ書き易かったと思うよ。それと所謂作曲っていう作業をちゃんとやったなーって思ったんだよ、今回。メロディをちゃんと構築したというか」
U「うん」
S「いつもは、まあ大成は違うけど、俺は自分の弾くギターリフを組み立てて1曲に仕上げるのが好きなんだよ。竜二がまた凄くてさ、あいつ俺の書く展開の早い曲に歌メロ乗せるのが物凄く上手くて。だから基本的には俺達の作業って骨組みだけ作ってあとは各自肉を付けたすやり方がほとんどなんだけど、今回は全部、要は竜二の歌メロとか曲展開、初めから終わりまで考えたからさ。あー、曲書いたー!って思った」
U「うんうん」
S「歌詞が先にあると、そういう作り方が出来るなーっていうのは勉強になったな。実際はほとんどあいつの書いた歌詞は無視してんだけど、作曲しながら歌メロ作ったのは初めてで、それは面白かったかな」
U「今後もそういう作り方してみようかなーって」
S「それはないけど」
U「おいー」
S「なんで」
U「めちゃくちゃ良い曲書いたんだよ、自覚ないの?ねえ?」
-- そうですね。素晴らしいと思います。
S「バラードはそもそも書きやすいけどな。でも、確かに自分でも良い曲だとは思うよ」
U「今後もそういう作り方してみようかなーって」
S「あはは、ないって。なんだよ」
U「言っとくけど私と曲作る場合、私の歌詞が先だからね」
S「あははは!俺の曲に歌詞を乗せてみるのも良いとか言ってただろ?」
U「あれはやめた、やっぱり私の歌詞で曲書いて欲しい。その時は無視なんてさせないし」
-- カメラ回ってます。
U「大丈夫。逆に証拠になるから」
S「(爆笑)。この人本当凄いよな」
-- 優先順位がハッキリしてて分かりやすいです。全身全霊『歌う人』ですよね。
S「頭が下がるよ」
U「ね?」
S「分かりました」
-- おおお、バッチリ収めましたよ。今回作曲されたバラードには翔太郎さんのアコギバージョンとURGAさんのピアノバージョンが存在しますよね。採用されたのはピアノバージョンですが、どのような経緯で製作されたものですか。
U「もうその日だったよ、連絡来たのは。ねえ」
S「そう。だから…歌詞読んで、あの日ちょっと揉めただろ、あの後すぐ連絡して」
-- あ、もう、そんなすぐですか。
U「うん。大成君に車で送ってもらって帰ったんだけど、その車の中でもう携帯に連絡来たんだよ。あ、そーだよ、ほら、やっぱりそーだ」
S「何」
U「ちゃんとフォローあったよ。だからね、『大丈夫?さっきはごめんな』って」
S「そうかな」
U「そうだよ。それでね、『さっきのあいつの歌詞に俺曲書こうと思うんだけど、ピアノ弾いてくれないかな』って」
-- え!? 書く前からですか?
U「そうなの。そんなんねえ、…断れないじゃない。もうなんか、関わっちゃってるしさあ、私は私で余計な事言ったせいでこんな事態になっちゃったのかなーとかまで考えてたぐらいだし。まあ単純に、翔太郎君から直接お願いされたのも初めてだったし」
-- なるほど。
U「複雑だなぁとは一瞬思ったけどね」
S「え?」
U「まぁた演奏かぁ。いつになったら一緒に制作しようって話になるんだよーって」
S「あははは!…あははは!」
U「笑いすぎだよー!私、シンガーソングライターだよー?」
-- そうですよね。世界広しと言えどもURGAさん相手に2回連続で演奏依頼する男なんて、翔太郎さんだけですよね。
U「そうだよ、贅沢使いが過ぎるって話だよ。まあ、冗談は置いといてさ。結果的にはピアノアレンジは私がしたから、全くのプレイヤーってわけじゃないんだけどね。原曲があったとは言えね、もう弄る所ないくらい綺麗な曲が出来たからさ。まあ、いいか」
-- 帰り道に翔太郎さんから連絡が来て、曲を渡されたのはいつですか?
U「2日後とかだよ」
-- 早い!
S「曲自体はその日に出来たよ。翌日持ってかなかったのは自分でギター弾いて譜面起こしてたのと、録音失敗したからなんだけど」
-- その日って、あの後って事ですか? いや、分かりませんけど、そんなポポポンと書けるもんなんですね。
U「時枝さんはどっちの曲聞いたの?」
-- え?
S「それ言うなって言っただろっ」
U「あああー!」
-- え?ギターver.とピアノver.という意味ではないんですか?
U「…」
S「今黙っても遅いんだよ」
U「ごめんなさい。もう、もう言わない」
S「あーあ(笑)。いや、別に大した話じゃないし、そんな真剣に口止めしたアレでもないんだけど、2曲書いたんだよ」
-- もう、驚くの疲れましたよ!もう一曲はどこ行ったんですか?
S「どこ行ったっていうか別にまだ何物にもなってないよ。今の所作り直す予定もないし、ボツ案だよ」
U「竜二君の歌に書いた曲だから、それ私に頂戴よって言うのも違うしね。あっちはあっちで良い曲だったけど」
-- そうなんですね。ちなみに、細かい事気になっちゃったんですけど、翔太郎さんが曲を持って行かれたのってURGAさんのスタジオという事ですか。
U「うん。あ、やっぱりそこ、気になっちゃいます?」
-- …あー、今からこれ、私、揶揄われるパターンですね?
U「あははは、鋭い!」
-- 普段このスタジオ以外での皆さんの動きを全然把握してないので、そういうお話が聞けるのは単純に嬉しいんです。
U「日常生活の話とか聞かないの?変わったライフスタイルしてるかもしれないよ?」
-- 大成さんがそういう話好きじゃないっぽいんですよね。だからなんとなく、他の皆さんにも聞いちゃいけないのかなって。
U「一年密着してるんでしょ?そろそろかネタなくなるよ。音楽の話ばっかりだと」
S「失敬な事を言うな」
U「意外な一面をもっと引き出していけばファンも喜ぶのにね」
-- だから今、嬉しいです。
S「この人のスタジオに行った話が?変なの。いっぱい人来るんじゃない?あそこ」
U「いっぱいは来ないよ(笑)。普通にお友達と、ミュージシャン仲間で信頼してる人達だけだよ。それこそヨーロッパツアー一緒に回るくらいの仲良しさんだったり。あとは事務所のスタッフとか」
S「へえ」
-- 今回が初めてですか?
U「そう」
-- まず翔太郎さんの録音したギター音源があって、それを聞いてその場でピアノverを作ったんですか?日を改めてですか?
U「その日だよ。せっかくお招きしてるのに一旦帰れなんて言えないよ(笑)。本人そこにいる方が相談しながら作れるし」
S「ははは、確かにな」
U「あ、レアな話したげようか」
S「またかよ」
U「あー、あーっと。ん?まずいのか?どうだ?」
S「何がだよ。何でもいいよ」
-- 聞きたいです。
U「自分でギター弾きながらデタラメ英語で仮歌を歌ってくれたんだけど、私翔太郎君の歌声って初めて聞いたんだよ」
-- えええ、私も聞いたことないです。コーラスはありますけど、歌ですか。上手なんですか?
U「天は二物を与えなかったね」
S「(爆笑)」
U「下手ではないよ。下手ではないけど、シンガーにはなれないよね」
S「下手で良いよもう!」
U「あはは!いやあ、でもね、ブルースシンガーとかならイケルのかもしれないね。これフォローね。まあ歌の良し悪しは置いとくとしてさ、何が一番言いたいかっていうとね。彼の音楽に対する取り組み方とか向き合い方とか、真摯な姿勢っていうのかな。それが見れて凄く嬉しかったんだよっていう話」
-- おおー、興味深いですね。
U「ギター抱えてさ、例の採用になった方の曲弾きながら、適当な歌詞で歌ってくれたの。さっきも言ってたけど、その時点で歌メロがもう翔太郎君の中にはあったみたいで、それを聞かせてくれたんだけど。何というか、…まず、鳥肌が立ったね」
-- 私も今、鳥肌が。
S「なんで?」
U「なんかさぁ、どっかでさ、男の人って格好付けるじゃない。それまでは翔太郎君にもそういう所があるように思ってたしさ、彼なりのスタイルというか、上手く言えないけどそういうのってあると思うんだよね。別にそれが良いとか嫌だって事じゃなくて、普通に一般論としても、男の人は格好付ける生き物というか」
-- そうですね。女性がいつまでも可愛くあろうとする本能と似ていますよね。
U「そうそうそう。でもさ、いざ自分が真剣に向き合っているものと対峙する時に、人って本質が見れると思うんだよ。やっぱり翔太郎君は生粋の音楽家で、全く格好とかつけなかったんだよね。笑っちゃうくらい意味不明な英語で発音も音程も適当なんだけど、気持ちがもうさ、ここにいるのにここには無いっていうくらい、竜二君の歌を歌ってるのが分かって。鳥肌が止まらなくなって震えに変わった時に、これは凄い曲書いたなー!って。自分のプライベートスタジオでさ、この人がこの曲を演奏してるっていう事が、とってもとっても幸せな事に思えたんだよ」
-- 私も本気で今鳥肌が止まりません。素晴らしい話ですね!
U「でしょ、なんか、良いよね。分かるでしょ? 自分の夢の結晶というかさ、夢の空間。まあ贅沢な話だけど、思いのこもった私だけのスタジオでさ、尊敬するミュージシャンが、今まさに新しい命を生み出そうとしてる!ってね。そういう感動があったの」
-- はい。物凄い瞬間を独り占めされたわけですね。
S「いやー。そうかー、俺英語ダメかー」
U「(爆笑)」」
-- そういう話ではありません!そのあとURGAさんが実際にピアノで演奏されて、先ほど聞かせていただいた音源が完成したわけですね。確かに演奏事態はそこまで複雑ではないように思いましたが、どういった点が難しかったですか?
U「音色かなあ。最初のギターの音階でそのままピアノ弾いてもよかったんだけど、やってるうちにもっと重たい方がいいね、という話になって。何度かギターも録り直したし、それ聞きながらまたピアノの音も変えたり。私はピアノはタッチの強弱だけでも音が変わると思ってるタイプなので、そこは結構神経使ったよ」
S「何回同じフレーズ聞かされたか分からないけど、全部微妙に違うんだよ。単純に、この音から始めましょうっていう話じゃないもんな。そもそも単音じゃないし。歌が入るまでの間隔も短いから、インパクトあって、深みのある音でとかいろいろ考えると、ちょっと苦労したね」
-- また揉めたりはしませんでしたか?
U「今回は大丈夫だったね。基本的にはお任せされてたように感じたなあ。うちで飼ってるワンコロ達とずっと遊んでた気もする」
S「それはそうかもしれない」
U「ねえ。さっきから全然話進まなくてずっと気になってるんだけどさ。あの曲をソロにした理由ってなんなの?なんで自分達で演奏しないで私の所へ来たの?」
-- ごめんなさい(笑)、私が話の腰折っちゃってましたね。
S「(笑)」
U「別に嫌だとは全然思わないけど、考えたら理由聞きそびれてたなと思って」
S「それは、うん。…今回あいつの歌詞をURGAさんから聞いて、頭では理解できるし、内容どうこうを否定したり肯定したりする気は一切ないんだけど、これはアプローチの仕方が違うなって思って」
U「ん?」
S「織江の妹の事は俺ももちろん知ってるわけだし、あいつを失って悲しかった思いも経験してるけど、俺はノイの恋人ではないし、竜二と同じ気持ちにはなれないんだよ、どう頑張っても」
U「うん」
S「そういう強すぎるあいつ個人の気持ちを、うーん、言っていいのか分からないけど、一緒にバンドとしてプレイできないって思ったんだよ」
U「どうして?」
S「どうして…。んー、難しいな」
U「そこはちょっと分からないな。竜二君の思いが強いと、どうして一緒にプレイ出来ないの? 歌を自分で作詞するボーカリストは山程いて、皆それをバンドでプレイしてるし、ドーンハンマーだって、これまで竜二くんの書いた歌を演奏してきたんじゃないの?」
S「そうだよ」
U「そうでしょ?」
S「そうなんだけど。…時枝さん悪いんだけどさ、繭子と大成何してるか見て来てくれないかな。呼んでもらえる?」
-- わかりました。
U「竜二君も呼んだげてよ」
S「じゃあ、スタジオに移るか」
U「うん。…待って待って。あのさ、私、怒ってないからね?」
S「え?…ああ、うん」
U「ね」
S「何だよ。分かってるよそんな事」
U「そう?一応言っとこうと思って。怒られ慣れしてなさそうだし」
S「どっちなんだよ(笑)」
練習スタジオに場所を移して。
ドーンハンマー(R、S、T、M)×URGA(U)。
-- というわけで、翔太郎さんのお気持ちを聞いて、皆さんはどのように感じられますか?
R「そら、そうかもしんねえな、としか」
U「(目を丸くして)どうしてー?」
R「どうしてって…、そもそも俺はあの歌を書いてる時、正直こいつらの顔を全く思い出さなかったからなあ。歌詞書いてる時に、そういうのって初めてなんだよ実は。気持ち悪い話になってっけど」
S「それはそれでどうなんだ、気持ち悪い」
T「(笑)」
R「俺は曲書かねえから翔太郎達ほどではないけどよ、一応メロディに言葉を乗っけて考えながら、頭の中では自分なりのプレイをしてるわけだよ」
S「(頷く)」
R「こういうテンションで歌って、翔太郎がこうギターを振り回して、大成が這うようなベースラインでのたうつ、繭子はこの曲は軽めの連打で疾走パターンもはまるんじゃねえか、とかさ。歌ってる自分を想像しながら同時に、この3人の演奏も思い浮かべながら歌詞書いてんだよ。同時進行っていうかな」
U「うん、分かるよ。その割には、アレな歌詞書いてるけどね」
R「アレだけどな(笑)!」
U「さっき翔太郎くんがね、アプローチの仕方が違うって言ったのね。それってどういう意味なのかな」
S「俺がっていうか、それは同時に、普段の竜二とも違うっていう意味でもあって。んー、何だろう、考えて喋るのは難しいなあ」
R「うーん」
-- 繭子は?なんか思う所ある?
M「え?、あー(唸る)」
U「聞くけど、繭ちゃん個人としてはさ、今回の竜二君の曲を一緒にプレイできる?それともできない?」
M「強いて言うなら、出来ない、ですかね」
U「えええ!なんでそうなるの?大成くんは?」
T「(仰け反って笑う)なんか怖いな、この質問!」
M「そうですよね、何かドキドキしちゃいました、今」
同じく繭子も困った笑顔を見せ、URGAは理解不能だと言わんばかりの当惑しきった表情を浮かべた。
U「びっくりだな」
-- だけど竜二さん自身が、そんな皆さんの気持ちをご理解されているという。
R「同じ事考えてんのかは分かんねえよ、それは」
-- 繭子は、どうして出来ないと思ったの?
M「ドーンハンマーの曲…では、ないのかなって、思っちゃうかも、んー」
S「うん」
U「だけどボーカルが書いた歌は、バンドの歌って事なんじゃない?」
M「えー。どうだろうな。…違いますね」
U「え、違うの!?」
S「いやいや、うーん、いや、URGAさんの言ってる事が普通だよ。俺達がきっと、違うと思ってるだけなんだよ」
M「難しい話ですね(笑)。改めて意識して考えると哲学的になっていきそう」
T「他のバンドがどうか分からないけど、URGAさんがそんだけ驚くって事はきっと俺達は一般的じゃないんだろうな」
U「これは今までも普通にあったことなの?」
S「例えば?」
U「竜二君が歌詞を書いてきました。それを読んだ他の誰かが、こんな曲はやりたくない、こんなのはドーンハンマーじゃない、みたいな事」
S「ないよ。ないし、そういう話じゃない」
U「う、ええ!? もう、なんだよ、揶揄ってんのかぁ!?」
S「すげえ怒ってんな」
U「あはは、怒ってないってば!でもどういう意味なの?」
S「繭子の言おうとした言葉の続きが聞きたいね。多分それが俺と同じ答えな気がする」
M「嘘ォ?私ですか!?えー、何言おうとしたっけな」
S「バンドの曲じゃないって」
M「あ…はい。そもそも私達の曲は誰かが作った曲じゃなくて4人で作った曲なんです、2nd以降全部。なので、これまで竜二さんの書いた歌詞の意味を知らないとか、読んでこなかったのは、その内容が4人にとってあんまり重要じゃなかったからなんだと私は解釈してるんです。『aeon』みたいに、実はノイさんの事を思わせるフレーズが入ってる曲があったしても、実際そこは、クオリティだけ見ればそんなに問題じゃないというか。やっぱりそれは、私達がメッセージを届けたいバンドじゃないって事が関係してるんじゃないかなあと、思いますね。ただ、ひたすらに、格好良いと思う曲を作ってプレイしたい。そこを4人で共有したいし、そこを、世界中に見て欲しい。ドーンハンマーってそういうバンドだと思ってます。だから、例えば翔太郎さんがどれだけオファーされてもギターのソロアルバムを作らないのと同じ理由で、竜二さんのソロ曲みたいな歌は、ドーンハンマーの曲として扱えないっていう、私個人の思いはあります。竜二さんの武器は歌声だし、私はドラム、翔太郎さんはギター、大成さんはベース。お互いを支え合う楽曲をプレイして初めて、私達の曲になるんだと思います。竜二さんの歌詞の内容がどうだとか、ノイさんだからどうこうとかじゃ、全然ないですよ。むしろ関係ないんですよ。却って竜二さんの思い入れが強すぎる事で、この曲に自分は必要ないなって思ってしまうんです、よ。…ごめんなさい、長々と」
伊澄がテーブルに置かれたペットボトルを取って、繭子に手渡した。
繭子は少し驚いて、首を竦めて恐縮する仕草をして見せた。
-- ありがとう。物凄く分かり易かった。
S「もう今後考えて喋るパートは全部繭子にお願いしような」
T「な(笑)」
M「やめてくださいよ、めっちゃ胃が痛いです」
R「なははは」
U「なるほどねえ、あ、だから、私だったのね?」
R「ん?」
U「竜二君、そもそもそれが分かってたから、メンバーに見せないで私の所へ来たわけか」
R「さあ、どうだろうね。それもあるんだろうし、やっぱ一番はURGAさんのおかげで、書いてみようと思ったわけだから、それが筋だろうなと思ったし。ただやっぱり今までそういう詩を書いてこなかっただけに、翔太郎や大成に見せるのは抵抗あるよな」
S「どうした?ってなるな」
R「なんか病んでんのか?って思われるのも違うし」
U「思ったけどね」
S「(口笛を鳴らす)」
R「いやー、うん」
U「私、結構傷ついたんだからね?」
R「それは本当に申し訳ない」
U「あははは。うん、でもまだきっと勘違いしてるね。まあ、真面目に話すとね。私、何が嫌だったってさ、あの詩がね、竜二くんにとってひとつもネガティブじゃないっていう事なんだよ」
-- あああ。
U「え?どした?」
-- ごめんなさい、いきなり。私の中にあったモヤモヤの正体がはっきりと見えたもので。
U「そうなの?」
-- はい。ごめんなさい、続けて下さい。
U「なんだっけ。…そうそう、別にさ、色んな歌詞があって良いと思うの。私の持ち歌にも、今私は傷ついてるよ、しんどいんだよ、ちょっと休みたいよっていう曲はあるしね。前向きじゃないといけないとか考えた事もないし、一口にメッセージソングと言っても、それは自分自身に宛てて歌ってる事だってあるし、いつだって元気一杯に愛の歌を歌わなきゃいけないなんて、そんな使命感重たいだけしね。ただね、いつも自分なりに気を付けているのは、ただ辛いだけの言葉を書き連ねて終わる事だけは避けようって、思ってるの。きちんと、自分だったり、誰かさんだったりを引っ張り上げたい気持ちを込めて、ほんの少しでも良いから、今は出来ないかもしれないけど、いつかは立ち上がるよっていう詩を書くようにしてるんだよね。そうしないと、いつかその詩を歌えない日が来る事は分かっているから。だって、明日はまた元気になるかもしれないし、辛いばかりの人生だと今思ってるとしても、私はこうやって今皆と話をしている事が幸せだし、嬉しいからね。辛い感情ばかりを並べた詩は、いつか自分で嫌いになっちゃうと思う。それは悲しいし、勿体ない事だと思うから。…ごめんなさい、長々と」
URGAはそう言って、伊澄を見つめる。
繭子が伊澄にペットボトルを手渡すまで、彼はじっとURGAを見返したまま気づかなかった。
苦笑しながらペットボトルを差し出す伊澄に、「チ!」と口に出し、URGAは笑った。
U「だからね、何が一番驚いたって、竜二君が別に辛そうな顔してなかったって事なんだよ。あれだけ、んー、どこまで比喩なのか分からないけど、激烈な(笑)、言葉を並べて恋人を思う心に、自分自身が焼け焦げていようと、周りの人間が心配するようなネガティブさを感じない所が、すごく怖かったんだよ。…ってめっちゃ硬いなこれ」
蓋の開かないペットボトルを取り上げ、キュっと回す池脇の顔はとても優しかった。
U「本っ当に我慢強いね!普通もっと悲しい顔しない?」
R「いや、スゲー人だなあと思うと嬉しくて。やっぱりアンタに見せて正解だった」
U「おだてたって駄目なもんは駄目だ!」
R「あははは!」
U「あの詩をさ、今竜二君が歌えないのは、きっとそういう部分と関係あるんじゃないかと私は思うな。だけどさ、嬉しかったのは、本当は嫌だけどさ、翔太郎君が怒って竜二君を殴ったじゃない? ああいうの近くで見るのは怖いけど、でも嬉しかったな。うん、嬉しかったよ」
S「んー。ははは、それはどうかな」
U「おお? 珍しく照れてやんの。あ、ありがとう、ごめんね」
繭子が未開封のペットボトルを持って来てURGAに手渡した。そして自分が飲んでいたものを受け取ってソファに腰を下ろすと、何故か少し怒ったような顔で伊澄を見た。
M「ダメですよ。URGAさんは翔太郎さんに甘すぎです。プロなんだから、もう喧嘩なんてやめてください」
S「はい(笑)」
U「あはは。繭ちゃんの前では翔太郎君も形無しだね」
M「いやいや、そんなんじゃないですけど。それに…」
U「…それに?」
繭子は俯いて首を振った。URGAが伊澄を見やる。伊澄は池脇を見やり、池脇は首を横に振った。
-- どうしたの? 翔太郎さんが竜二さん殴ったこと、そんなに嫌だった?
M「ううん、そういうことじゃない」
U「私に関係ある話?」
URGAの言葉に、繭子は誤解を恐れたのか意を決したように顔を上げて言った。
M「さっきURGAさんが話をされてる間、翔太郎さんも、大成さんも、同じ顔してたんです。私それがすごく嫌で」
伊澄と神波はバツの悪そうな顔で視線を外した。
池脇はそんな2人を見て、眉間に皺の寄った顔を俯かせた。
M「皆さんきっと、竜二さんの詩を聞いた時本気で驚いたと思います。だけどそれは14年たった今でも竜二さんがあの時と同じ気持ちでいる事を、改めて知った事に対する衝撃なんじゃないかなって、私思ったんです」
U「…それってー、つまりー」
M「今2人の顔を見てて思っただけなんで当てずっぽですけど、竜二さんの気持ちを、2人とも本当は痛いくらい理解してるんだと思います。なんなら2人だって同じ立場なら…同じように考える人達なんじゃないかって。URGAさんが、竜二さんは全然ネガティブに捉えてない、そこが嫌だっていう話をされた時も、2人とも顔色一つ変えず、共感も頷きもしませんでした。そりゃあ仕方ねえよくらいに思ってるんじゃないかって」
U「(頷く)」
-- だけどそうなってくると、翔太郎さんが竜二さんをブン殴った理由は何だと思う?
M「それは…。んー、今思いついた推測だからそこまでは分かんない」
伊澄は、聞いているのかいないのか分からない微笑みを浮かべながら、空中の何もない一点を見ていた。片や視線だけを伊澄に向けているURGAの口元に、微笑みはない。私も繭子と似たような不安を抱いていただけに、この話をこのまま掘り下げて良いものか迷っていた。
URGAが溜息を吐き出しながら、明るく振る舞う。
U「なんか、またドキドキしてくるねっ」
その声は震える寸前だった。
-- お客様に気を使わせてばっかりですね。
思い切って私が言うと、弾かれたように4人の背中が伸びた。
R「でもなんか…、俺、歌える気がしてきたなー」
S「とかなんとか言って、ブース入った瞬間大泣きすんだろ?」
T「織江に言ってティッシュの箱追加しないとな」
M「ちょっと、せっかくやる気になってるのに」
いつものような軽いやり取りを披露する4人に向かって、「私はいつでも行けるよ」と頷きながらURGAはそう言って立ち上がり、トトトと歩いてスタンドマイクの所へ行く。池脇仕様のマイク位置を、了承もなしに勝手に弄って許されるのは、世界で彼女ただひとりかもしれない。
ハー、アー。
U「リクエスっ?」
少女のような声で歌姫がスカートの裾を広げてみせる。
M「うおあー!」
繭子が喜びの声とともに立ち上がる。伊澄は肩を回しながらURGAに歩み寄ると、ギターを持ち上げて彼女の左斜め後ろに立った。URGAが少女のような目でそれを見つめる。
S「あー、リクエスト?」
U「ワオ」
URGAがカメラを探して大袈裟な顔を作って見せる。
池脇達が笑いながら2人の前に集まると、急な成り行きに照れた様子で彼女は言った。
U「wao! I think so... dreaming! anybody else ?」
私、夢見てると思うな。そう思うでしょ?




