連載第21回。「TINY RULERs」
2016年、8月19日。
「タイニールーラーさん入られまーす」
声を張り上げ、ビデオカメラに向かってチャーミングな笑顔でメロイックサインを送るのが、バイラル4スタジオのスタッフ、上山鉄臣氏である。ダークブラウンのウルフモヒカンに、手書きの『DAWN HAMMER』ペイントライダース。見ようによっては強面なルックスが放つお茶目なウィンクからは、いささかの緊張も感じられない。今最も世界を揺るがす日本の『可愛い』代表をお迎えしても、なんら気後れは感じれられない。
事情が変わり、ドーンハンマーとタイニールーラーの対談はバイラル4スタジオで行われる運びとなった。弊誌副編集長・庄内の話では先方の希望という事だが、タイラーの所属するアレイズの自社ビルの方が規模も設備も何もかもが大きい。以前伊藤織江が対談場所を気にしていたのもそれが分かっていたからで、そこを踏まえた上での決定という事は、アレイズ側というよりもタイラー自身に思い入れがあるように感じられた。
当日は普段事務所にあまり顔を出さない上山を始め、SEでありレコーディングを担当する真壁、音響担当渡辺、その他数名のスタッフが総出でアレイズ側を出迎えた。
ただ当のドーンハンマーは池脇と神波と繭子の3名であり、伊澄の姿はない。
上山の呼び込みと共に伊藤がドアを開け、TINY RULERsを練習スタジオ内へ招き入れる。
「よろしくおねがいしまーす」
黒と赤をモチーフカラーとしたステージ衣装に身を包んだ可憐な少女が3人、その姿を現した。空気が変わったのが分かる。いい意味での緊張感が漲る。
弊誌からは私と他1名が同席し、カメラのシャッターを切った。庄内が遅れて入室し、伊藤に挨拶しているのがチラリと目の端に映る。
普段ドーンハンマーが使用している応接セット(コの字型の大きな革製ソファーと膝高ぐらいの大きなテーブル)は本日隅に追いやられ、会議室から運び込んだ机と椅子がスタジオの真ん中を占領している。入口を見据える形ですでに着席していたメンバーが、タイラーの入室と共に立ち上がる。
「お久しぶりです」
と口々に少女達は頭を下げ、机の所まで来ると、並んでカメラに向き直る。
「ROAです」
「YUMAです」
「AOです」
「私達、」
『TINY RULERsです!』
胸の前でバッテンを作って下目使い。
『よろしくお願いします!』
礼儀正しく頭を下げる3人の少女。大人達の拍手と、雑誌取材でもやるんだなあーという池脇の突っ込みにひと笑い。
-- どうぞ、お座りいただいて。まずはタイニールーラーの皆様、本日はお忙しい中お時間を割いて下さい、ありがとうございます。そして今回場所を提供していただいたドーンハンマーの皆様にも深く御礼申し上げます。本日この場を担当させていただきます、詩音社の時枝と申します。よろしくお願いいたします。
『お願いしまーす』
『うぃー。よろしくー』
池脇(R)、神波(T)、繭子(M)、ドーンハンマー(DH)。
ROA(RO)、YUMA(YU)、AO(AO)、タイニールーラー(TR)。
-- 弊誌読者に対して少し説明させていただきますと、ドーンハンマーとタイニールーラーの皆さんは今日が初対面ではありませんね。昨年海外遠征の多かったお二方の出会いは、ソニスフィアだったと思います。その時の事を覚えていらっしゃいますか?
RO「もちろんです! 私達にとっても、海外でのワールドツアーが本格的になり始めた時で」
AO「ロアちゃん、海外でのワールドツアーって言ってるよ」
RO「え? 何なに、変だった?」
AO「大分緊張してるね」
YU「緊張するよね。こんな風に、動けない状態で面と向かって話した事ないかも」
RO「あはは」
DH「(苦笑)」
R「大丈夫、オッサン達の方が緊張してっから」
(一同、笑)
M「でも今、サラッと物凄い話したね。10代の女の子が、ワールドツアーだって」
R「あ、お前そういう嫌味言うとすぐ終わるぞ、この対談」
M「え!? 褒めたんですよー」
RO「(笑)、嬉しいです」
R「実際びっくりしたもんだって、今向こうで一番受けてる日本代表が、こんな小さい女の子でよ、しかもアイドルとメタルの融合?合ってる?っていういかにも賛否両論巻き起こす為にやって来ました!みたいなパフォーマンスするからさ」
M「やばいやばいやばい、庄内さん首振ってますよ。終わりますって早くも(笑)」
(一同、笑)
R「お前何サボってんだよ。部下に任せてねえでお前もこっち来いよ」
完全に置いてけぼりを食っている少女3人に、「ごめんね、何も怒ってないからね」と神波が優しくフォローを入れる。入口付近でこちらの様子を見守っていた弊誌副編集長にお呼びが掛かった。ドーンハンマーのメンバーと庄内は旧知の間柄だ。庄内は机の側までへコヘコしながらやってくると、『温厚ではないかもしれないが、本当に気持ちが良いくらい素敵な人間の集まりだから、何も緊張しなくて良いです。こっちで上手く編集して掲載するから、仕事だと気負わずに雑談だと思って、肩の力を抜いて下さい』と、タイラー側に説明してまた入口へ戻っていった。
AO「ドーンハンマーさんって、私達のステージって見て下さったことあります?」
R「生ではまだないかな。DVDでならあるよ、テレビとか」
YU「(AOを見ながら笑顔で)一緒にMステ出たじゃん!」
AO「あ!」
R「あー、そうだわ。見た見た、見てたよ、うん」
RO「どうでしたか?」
下の少女2人より少しだけお姉さんのROAが不安げな笑顔で尋ねる。
R「…どうでしたか?」
-- 10代の少女3人が爆音の前で歌い踊るパフォーマンス自体が新鮮な為か、そこばかりを取り上げられる傾向がまだメディアでは根強く残っています。しかし既に彼女達の歌や踊りや楽曲は、そういう色物として捉えられがちなスケールを超えてしまっていると、私共も考えています。やはり彼女達の魅力もまた皆さんと同じく、ステージにあるのではないでしょうか。
M「(カメラに向かってウィンクする)」
R「うーん。いや、本当に、凄い子達だと思うよ」
盛り上がるタイラー。
R「単純に体力がまず、凄いなと」
M「こんな言い方するとあれだけど、極端な話音消してただ3人が動いてる姿を見てるだけでもグーっと引き込まれる。そのぐらい力強さとか、表情とか、躍動感が伝わってくる。運動神経も抜群に良いなって、ほんと羨ましい」
ガッツポーズを取るAO。笑顔で拍手するYUMA。嬉しそうに2人を見つめるROA。
R「体力に関してはまだ俺らも自信ある方だけど、やっぱり若さからくる無尽蔵な勢いは見てて気持ちいいよな。あと、やっぱり俺はボーカルだからロアは気になるな」
RO「嬉しいです。もっと直した方がいい所、ありますか?」
R「あはは。ないよ、そんなん、ないない」
RO「えー、いや、でも、えー?」
R「直したい所があるのか?」
AO「やっぱり池脇さんから見ても、ロアちゃんの歌は良いと思いますか?」
RO「聞きたいですね」
T「それは俺も正直聞いてみたかった」
R「なんでお前が?」
T「俺って多分こいつの歌を聞いてきた時間だけ言うとメンバーの中で一番長いんだよ。だから慣れてるっていう言い方は失礼かもしれないけど、全てが池脇竜二基準だから、それ以外の人で歌が凄いとか声がデカイとか言われても、はあ、ってなるんだよ」
一瞬間が開いて、池脇が急に慌てる。
R「うわ、びっくりした。今俺褒められた!? 気持ち悪!」
T「(笑)」
RO「あはは。でも実際、凄まじい人だって思います。特にマイクを通して会場とかで聞く声って、やっぱり海外のバンドさんって桁違いなんですけど、ドーンハンマーさんのCDを初めて聞いた時も同じ感覚になって。最初は同じ日本人だとは思わなかったです」
R「うわうわうわうわ、怖い怖い」
TR「(笑)」
R「素直に、ありがとう」
T「ただステージ映像とかを見ててさ、この子はおそらく抑えてこの感じなんじゃないかなって思うんだけど、どう? 本当はもっと(声)出るよね?」
RO「えへへへ。まあ、はい」
AO&YU「うおおおお!」
T「いや、でないとあんだけ、あのクラスのでかいステージで音程保てないって。うちの音響も褒めてたよ、10代でこれかよって(笑)。だからどっちかだよね。ブチギレるか、抑えてちゃんと歌を聞かせるか。うちの竜二はブチギレる側だけど」
R「待て待て、違う違う。っははは!」
RO「あはは。でも、んー、マックスこんだけっていう限界を出して歌える歌が限られてるのは自分でも分かるので、リミッター的な物を、じゃあ外してって言われても出来ないんですよ。いつでも出来る訳じゃないですね。ただ単純に、あー、とかだけならもっともっと出せます。あとは、1曲しか歌わなくていいなら全力出せます」
R「(違いは)そこだなあ。俺はだから、リミッターを外した状態で歌える曲と時間を増やすための練習を続けたきたから今があるんだよ」
RO「喉がすぐに潰れませんか?」
R「だから、潰す。昔は全力で10の声で歌うと1回の練習で潰れてたけど、それが丸1日、2日、3日、1週間と続いても10の声では潰れなくなるんだよ。そうなる頃には自分の限界は10じゃなくて50になってる。そしたら50で歌って潰れるまでの日数を伸ばしてく」
AO&YU「ええええええ!」
RO「う、歌えなくなるかもしれないっていう恐怖はないんですか?」
R「あるよ。だけどそんくらいやらないと、世界で歌う事は出来ないと思ったんだよ」
M「基本的にトレーニングってそういう事なんだけど、この人は極端だから、絶対真似したらいけないんだからね?」
RO「あはは!真似出来ないですよ!」
R「いや、でも、え、まだ10代だよな? 天性だと思うけど抜群の歌唱力と声量だと思うよ。あと目付きが好き。私を舐めるなよっていう顔が好き」
RO「そんなこと思ってません(笑)、でも、ありがとうございます」
AO「日本一だと思います!」
YU「実際女の子のボーカルだと、本当に1番凄いと思う」
R「自信持って良いと思うよ。まあ、持ってるか既に。じゃないと人前では歌えないよな?」
SM「自信とかではないですけど、気持ち良いなとは思います」
T「竜二がここまで褒めることないよ。凄いね。実際どうなの、お前の中で」
R「あー(笑)。真面目な話すると、あれだよ。URGAさんがいるから」
T「あ。うん、あはは、余計な事言っちゃった」
M「知ってる? URGAさんっていうシンガーソングライターの女性がいるんだけど」
RO「えっと、はい、お名前だけですけど」
M「機会があったら聞いてみるといいよ」
TR「はい!」
R「うちにはもう一人、イスミっていうギタリストがいるんだよ」
YU「あ。あの物凄くギター上手い人ですよね。以前ここで練習されてるの見掛けて、ほんと鳥肌立ちました」
R「あー、そうそう!へー、喜ぶよ。あいつが前に言ってた事があって。(タイラーは)エンターテイナーとしては俺らより一つ上を行ってるって」
TR「ええええ!」
思い思いの表情と表現。3人の取る仕草がどれも違って面白い。
R「それを聞いて皆納得したというか。前にMステ出た時に痛感したのがさ、俺らってやっぱりテレビ向きじゃないんだよ」
RO「そんなことは」
AO「ないない」
YU「全然大丈夫です」
(ドーンハンマー、爆笑)
R「いや、そうなんだよ。それが何でかっていうと、あー、んー、逆になんでお前、あ、違う、君達が凄いかっていう話の方がいいな」
M「え?まだ緊張してます?」
R「違う違う、大人しく喋ろうと思って。うるさいって言われると凹むし」
(一同、笑)
RO「いえ、うちの子達も相当煩いですから全然平気です。もう、ガンガン言ってください。今日木山さんにも事前に、色々勉強させてもらっておいでって言われてますから」
AO&YU「(何度も頷く)」
T「今日なんで来てないの?」
RO「木山さんですか?忙しいみたいです」
R「にげ」
T「(咳払い)」
M「あははは!」
R「まあいいや。でさ、やっぱり君達3人がアイドルだっていう事の強みが最強たる所以だろうなって思うんだよ」
M「可愛いは正義!」
TR「ありがとうございます!」
R「映像とかビジュアルが武器として、ひとつ乗っかってるわけだから、君らには。そこがテレビで戦える凄さなんだけど、俺達にそれはないわけだ。要はテレビの中でどんだけ爆音鳴らして格好良い曲やったって、そのまま伝わらない事は分かってるし、そこで本気になれない卑屈さがあったりするんだよ」
AO「(目を見開いてキョロキョロしている)」
繭子が上半身を前に倒して「難しい?」と少女の顔を覗き込む。
AOはにっこり微笑んで、「ちょこっと」顔の横で指を丸める。
R「うっそ」
M「(笑)、例えばね。これは君達3人ともがそうだけど、めっちゃくちゃ難しい振付を覚えるじゃない。そいで舞台でやるじゃない」
TR「はい」
M「それは私達も楽器を持って同じ作業をしてるのね。だけどあなた達にはプラスαがあるの。そのαが『可愛い』なんだけど。その可愛いは、君達がアイドルである意味なんだよ。アイドルってそうじゃない。可愛くある事が大前提でしょ?」
TR「はい」
M「自己表現が完璧に出来るというか、それも込みでの振付というか。歌、ダンス、可愛い、その全てで戦ってるエンターテイナーだねって、そういう話」
R「そうそう、それそれ」
YU「それはやっぱり、アイドルとしての側面が強いって事ですか?」
R「だって、アイドルだろ?」
YU「えーと、アイドルとメタルの融合、です」
R「んー」
池脇はそう唸って、庄内を見た。庄内は腕組みをしたまま真剣な顔で、頷いた。
R「それはさ、トータルバランスの話だろ?」
TR「(固まる)」
T「お前わざとやってんのか?」
M「(笑)!」
R「あはは、違うけど、いやだって、ここに木山がいねえと分かんねえよな、何が正解かは」
T「まあね」
RO「トータルバランス? バランス?」
AO「あ(元気よく手を上げる)、はい!」
R「はい、アオ君」
池脇が名前を呼んで指を差すと、彼女は名乗りを上げる時の決めポーズを作って応える。
AO「どういう意味ですか!」
(ドーンハンマー、爆笑)
R「面白い子だねえ、今完全に何か閃いたノリだったけどな。いいね、俺もそれ使おういつか」
M「あー、お腹痛くなってきちゃった」
R「えーっと、何だっけ。そう、例えば結論だけいうと、君達には純度100のアイドルでいて欲しいなーなんてオッサンは思うわけだ。変わらないで欲しいというか」
YU「あ!」
R「お、ユマ君」
YU「あ(AOに習って決めポーズを作る)。あの、私もそれ思った時あって」
R「おお。気が合うね」
YU「私普段、こういう派手な服も着ないし、うちでヘヴィメタルも聞かないんですよ。だけどこないだテレビ見てて、なんのテレビか覚えてないんですけど、突然メタリカさんの曲が流れて、え!?って反応しちゃって」
AO「分かるー!」
RO「それはあるね(笑)」
YU「なんかー、最近、色々違和感がなくなってきたというか。こないだ出たアルバムなんかでも、PV撮影中とかでも、なんか、なんていうの? こう、こういう顔。(ファイティングポーズを取ってキリっとした表情を作る)」
R「おう、可愛い可愛い」
YU「え? 言おうとしてた事と違う(笑)」
M「あー、なんか分かるな。自分の反応とか自然にやってる仕草とか、よりメタル寄りに近づいちゃった事に、気が付いたんだよね」
YU「そー!そうなんです。だからー、それってー」
R「それが木山や、周りの大人の目指す所なのか違うのか分からないから断言は出来ねえけど、俺の希望としてはアイドルのままでいて欲しいと思ってて」
AO「それが、トータルコーディネートですか?」
R「バランス!というか、バランスって何か一つの要素で取るもんじゃねえだろ? お前らがもう、3人で芸能界を無双出来るレベルのアイドルとして突っ走る事が出来るなら、後ろの面子も全力でメタルミュージックをプレイする事が出来ると思うんだよ。そこでな、例えば今ユマが言おうとしたみたいに、ちょっと最近メタルって良いなって思うんすよ、みてーなさ。そういうノリになって来ると今度は、大人達の方が逆にお前らにアイドル要素を付け足さなきゃいけなくなるんだよ。分かる?」
RO「分かります。もおー…めっちゃ分かります!」
R「そこはまず手を上げないと」
RO「あ、はい!」
R「ロア・遅い・タイラー君」
M「格好いい(笑)」
RO「めっちゃ分かります!あはは、同じ事2回言っただけだ」
(一同、笑)
M「はー、可愛い、どうしよう、やばいな。可愛いって凄いな」
RO「(笑)、私達まだ10代なんですけど、『桜桃スクール』っていうアイドルグループに在籍していた頃から、『桜桃スクール重金属サークル』としてタイラーの活動をしてるんです。それって2011年からだから、もう、5年程になります。5年が長いか短いか分かりませんけど、少なくとも、その2011年より前の頃とは全然違って、ヘヴィメタルがとても近くにあるんです。自分達が経験した事のない音であったり、曲の展開であったり、初めての連続だった事が今は当たり前になって来たというか。だけど、これを言って大丈夫なのか分からないんですけど、元々ヘヴィメタルが好きな3人が集まって始まったグループでは、その、ないので…」
R「ああ、うん、正直でいいじゃねえか。好き好き、そういう事ちゃんと言える人」
M「えらいね。ボツになるかもしれないけど、ちゃんと言ったね」
RO「あはは、えへへ、ありがとうございます」
ROAの頬が紅潮し、少しだけ瞳が潤んでいるようにも見えた。
RO「2人にとってもそうだと思うし、私にとってもタイニールーラーは大事な家族だし、生きる場所だから、大切に思ってます。だからこそ、考える時もあるというか」
R「そらそうだよな」
T「ただ好きだからここにいるって言えたら一番それが幸せな事だろうけどね。俺達だって同じだよ。どっかで仕事っていう感情はあるよ。それでお金稼いでるんだし。だからそういう意味でのバランスっていう意味もあるよね」
R「そう。周りが何を求めているか考えて、自分達が今出来る事を全力でやるのが正解なのか、出来ない事を求められてもそこに向かって努力する事が正解なのか、とか色々考えるもんな。もし俺がタイラーの監督だったら、お前らにはアイドルらしさ意外は求めないかな」
T「そうだね。うん、俺もそうだ」
AO「でも、…より世界で人気が出るように、メタルの要素を、足して行こうねって言われたら、どうしたらいいですか?」
一瞬、場が静まる。今この場にプロデューサーがいない状態で、彼女らの将来について言及して良いものか、ドーンハンマーなりの葛藤があったのだと思う。
M「君達が選べるんなら、選びたい方を選びなよ。アイドルのままいたいか、メタルと融合した新しいアイドルになりたいのか。だけど、結局そこには悩みがついてまわる気がするよ、分かってると思うけどね」
AO「…ああー」
YU「はい」
R「ロアは辛いよな。ダイレクトにボーカルで変化や成長を求められるもんな」
RO「そうですね。歌も、ダンスも両方好きなので、どちらもずっと楽しんで行けたらいいなとは思うんですけど。あれ、これってJ-POPでもアイドルソングでもないけど、どういう気持ちで歌うのが正解だろうって、考えちゃう事もありますね」
R「やっぱりそうなって来てるんだな。おま、君達を取り巻く大人達とか環境そのものが、多分大分メタル側に寄ってんじゃねえかな。見てないから偉そうに言えないけど。その、なんとかスクールはもう今やってないんだろ?」
RO「卒業しました」
R「だろ。ちょっとアイドル要素が足りてないと、今度は反対のメタル側に向き合おうとする意識が高まると思うんだよ、3人とも真面目そうだし。それってどうなんだろうなあ。ロアがそうやって悩みながらも全力で歌ってる目の前では、この2人が踊ってるわけだろ? 見ててどう思うんだ?」
RO「え、心強いですよ」
R「嫉妬とかはねえのか?私も可愛く踊りたいんだ!みたいな」
RO「あはは、嫉妬はないですね。ほとんど私も一緒になって踊ってるのもありますし、可愛くもあり、また激しいダンスでもあるので、彼女達を見ているだけで勇気をもらいます。泣けてくる時だってあります」
R「へー、そうなんだ。2人はどうなの?私らにも歌わせろ!もっと来い!みたいなのないの?」
(一同、笑)
YU「んー、私も歌うの好きなんですけど、やっぱずっと側でロアちゃんの歌を聞いてるから、そこは張り合えないですね」
AO「すっごいよね。声おっきいし、上手いし、綺麗だし」
R「何だあ、後でお菓子でも買ってもらう魂胆か?」
(一同、笑)
RO「彼女達も桜桃スクールにいた頃からボーカルパートを持って、歌って踊ってして来ましたし、今でも彼女達のソロ曲というか2人の曲があるので、そういう意味でのバランスは丁度いいのかなという気もします。だけど私がソロで歌う事になるとは正直最初は思っていなかったので、そこの不安はありました」
M「『弦月』とかだよね。不安って?」
RO「体を休ませる為のインターバルっていう捉え方をすれば納得だし、ステージ構成上必ずソロパートが来るのは分かるので、今となってはどういう種類の不安だったかはっきり覚えていないんですけどね(笑)」
R「単純に、側にチョロチョロしたのがいない寂しさって事じゃなくて?」
YU「ちょろちょろ(笑)!」
AO「(頬を膨らませて池脇に顔を近づける)」
R「悪い悪い」
RO「それもあったと思います(笑)。ただ、…うーん、アイドルとしてはソロ曲を貰えるって光栄な事だし本当に嬉しい思いがあるんですけど、要はアイドルソングではない曲なので、そこをDバンドさんと私だけでってなった時の、心細さみたいのはありました」
M「今も?」
RO「マシにはなりましたけどゼロかって言われたらゼロではないです。ノリノリの曲なので、勢いとか興奮とかで、ええーい!みたいな気持ちは大分出せるようになったんですけど」
M「まだどっかで、これでいいの?あってる?みたいな」
RO「はい」
R「真面目だなあ」
T「いや、正しい」
RO「(ほっとしたように頬を染めて笑う)」
YU「一度聞いて見たかった事があるんですけど、怖くて聞けなかったんですけど」
YUMAの言葉にドーンハンマー側も一瞬身構える。池脇の目がカメラを捉える。
YU「私達って、皆さんから見てどういう風に映ってますか?」
R「…ん?」
AO「結構そのー、自分達では見ないように、聞かないようにしてはいるんですけど、やっぱりー、賛否両論あるっていうのは、知っているので」
M「えええ。そんな事気にしちゃ駄目だよ!」
T「いやー…ははは、切ないね」
R「こんなの本当に木山抜きで話してて良いのか?」
池脇が庄内を見やると、彼が再び机の方へ歩みよって来た。
(事前に話はしています。ある程度の質問内容は彼女達に一任しているみたいですが、もちろん後で再確認して掲載するか否かの判断は別でしますので。とりあえずはゴーで)
AO「えっと、そんなに重い内容のつもりで、聞いてはいないんですけど?」
RO「Dバンドの皆さんとお話していて、本当によくドーンハンマーさんの名前を聞くので、今度対談しますって言ったらめっちゃ羨ましがられて」
YU「そうそう。私達にとってはDバンドさんの演奏が神なのに、その人達が羨ましがるってよっぽどすごい神なんだなって。だから聞いてみたくって」
M「うーん。あー…」
繭子が頭を後ろに倒して天井を見上げる。目を閉じて、真剣にどう答えようか悩んでいるように見えた。
R「その賛否両論て、タイラーがありかなしかって意味? それとも俺達みたいなバンドとか音楽ジャンルを好きだっていう奴らには、自分達が色物として映ってんじゃねえかっていう不安?」
YU「ええーっと、どうだろう」
RO「単純に私達って今、何者ですか?」
R「それはでも木山が定義するもんじゃないの?タイニールーラーは音楽ユニットです、でもいいし、アイドルとメタルの融合をテーマにしたバンドです、でもいいし。俺達はジャンルとしてのそこを考えた事はないよ。というか俺はね。さっき伊澄っていう男の言った事がそうで、エンターテイナーだと思ってるよ」
AO「ありなしで言うと、ありですか?」
R「大アリだろそんなもん、他に同じ事やれる人間がいない事をお前らはやってるんだから、自信持てよ!」
AO「ドーンハンマーさんてどこを切っても、ヘヴィメタルだと思うんです。例えばメタリカさんやジューダスプリーストさんみたいな人だと思ってるんです。だけど自分達はそうじゃないって思ってるんです。自分達のやってる事には自信を持っています。だけど同じステージに立たせてもらってる先輩方とは違うとも、分かってはいて」
T「うん」
R「うん」
M「…」
こんなに真剣な目をした彼らを見た事がなかった。一体少女達の質問のどこに彼らがここまで感じ入っているのか、正直この時の私は理解出来ていなかった。
R「ちょっとごめんな、我慢出来ねえわ、トイレ行って来る」
M「あはは、ごめんね」
私は立ち上がってスタジオを出て行こうとする池脇が、ひょっとして泣いているんじゃないかと思った。そんな雰囲気が彼の表情にはあったからだ。実際、繭子の両目がうっすらと光を帯びているのが見て取れた。少女達は何も悟ってはおらず、ただ笑って池脇を見送る。
T「なんていうかな。誰の、何を言う言葉にも動じずに、君達だけの道を突っ走って欲しいなーと思ってるよ。メタルだとか、メタルじゃないとか、アイドルだとか、そんな事はもうどうだっていい気もするな。君らは全力で可愛いを追及して、バックバンドが全力でメタルを奏でたらそれで最強なんじゃない?」
TR「はい、ありがとうございます!」
M「ごめんね、なんか泣けてきちゃった」
TR「ええええー!」
RO「どうしよう」
急な繭子の言葉に、座ったままきょろきょろし始めるタイラーの面々。言うほど激しく繭子は泣いていない。指で目尻の涙を掬い取る程度なのだが、理由の分からない少女達には衝撃だったようだ。かなりの動揺が広がっているのが分かった。
-- 一旦休憩しましょう。
-- タイニールーラーの3人は、ドーンハンマーのアルバムを聞いた事はありますか?
TR「あります!」
YU「このスタジオに初めて来た時に生で演奏を聞いて、感動してその帰りにCD買いました」
R「おー、ありがとう。おかげで飯が食える」
M「あはは!やめてくださいよ。少女の夢を壊さないで下さい」
T「そもそもなんで俺達の事知ってたの? それか、ソニスフィアでたまたま?」
RO「桜桃スクールの重金属サークルとして活動を始めたころに、ヘヴィメタルを全然知らなかった私達に、教科書代わりとして渡されたCDに入ってました」
T「そうなんだ。メタリカとか?」
YU「えっとー。メタリカさんとー、アイアンメイデンさんとー、アンスラックスさんとー、ジューダスプリーストさんとー、ドーンハンマーさんとー。あと誰だっけ」
AO「えーっと。ドーンハンマーさんとー、ドーンハンマーさんとー、ドーン」
R「あははは!織江!お菓子!早く!」
AO「(入口付近を振り返り)イカゲソでお願いします!乾きものでもいいです!」
割れんばかりの笑い声と拍手で、空気に柔らかさが戻った。
-- その中で気になったバンドを覚えてますか?
RO「やっぱり名前だけは知っていたのもあって、メタリカさんですね。あとドーンハンマーさんは後で日本人だよって聞いてびっくりして、その衝撃が今もあります」
M「えー、どの曲聞いたかな気になるな。それって一枚のCDに纏められてたってことだよね?」
YU「私覚えてますよ。『Hanging my own』と『ALL HUMANS WILL DIE』と」
M「うわうわうわうわ、濃い、そしてやっぱ古い」
YU「あ、あと、『strike on holy pray』です」
R「どういう選曲なんだ? よく覚えたなあ」
T「アルバムがバラけてるのは良いね」
M「もう少し最近の曲聞いて欲しかったな」
RO「5年前なので(笑)。ちゃんと去年のアルバムも買いましたよ」
M「わーい」
RO「その教科書CDの中ではドーンハンマーさんが一番激しいです」
R「おお、嬉しい」
-- 海外での公演が多いタイニールーラーですが、同じ日本人としてドーンハンマーの魅力はどのように感じておられますか?
YU「格好良い!これが言いたかったです、今日ずっと」
AO「うん、格好いい。私もちょこっとギター練習して弾けるようになったんですけど、全然違う。同じ楽器だとは思えないです」
RO「よくこういうインタビューとかでお答えするのが、音楽は国境を超えるとか、私達の事を全然知らない人達が、日本語を覚えて一緒に歌ってくれるのが嬉しいっていう、音楽を通してのコミュニケーションで衝撃を受ける場面がとにかく多くて。だけど実際私達の何を、どこを、皆応援してくれているかとかまでは、一人一人に聞いてみないと分からないですよね。それが楽曲の良さなのか、ビジュアルなのか、舞台演出なのか、Dバンドさんの演奏なのか。あるいはそれをひっくるめた全部なのか。だけどドーンハンマーさんを見て、格好いい!って素直に思った衝撃って、ああ、こういう事なんだなって思って、分かってしまったというか」
AO「ぐわーん!がーん!どががーん!」
R「何やってんの?」
AO「って来るんです!」
YU「あははは!」
RO「独特なんです、すみません」
R「いやいや、最高だよ、最高の褒め言葉だよな」
T「嬉しいね」
RO「一緒にツアー回れたら嬉しいです」
R「ああ、面白いなー」
-- 絶対ウチが同行します。
R「気がはえーなぁ(笑)」
RO「今日、本当に楽しみだったんです、繭子さんにお会いするの」
M「私?」
R「おし、帰るぞ大成、撤収」
T「お疲れ様でした」
AO「ハイ!ハイ!」
YU「ハイ!違います!皆さんにです!」
(一同、笑)
RO「あはは、でも本当に繭子さんを尊敬してるんです。別格です」
AO「私ロアちゃんより綺麗な人、初めてかもしれない」
YU「ねえ、すっごいよね。前に見た時と髪色違うけど、凄く似合ってます」
M「ありがとー。どーしたー?お姉さんはこういうのが真剣に苦手だ(笑)」
-- 以前このスタジオで芥川さんが歌っている姿を見て、面食らってましたね。
RO「ちょっと凹んで帰りました」
M「え、やめてよ」
RO「ただでも、良い刺激になったと思います。個人的ターニングポイントです」
-- どういった点がですか? 歌唱スタイルは全然違いますよね。
RO「違い過ぎて。池脇さんもそうですし、繭子さんもそうですけど。さっきの声の大きさの話に近いんですけど、私の歌ってアイドルの延長線にある歌い方をあえて変えてないというか。よくクセの無い歌い方だねって言われるんですけど、逆にクセを出せないんですよ、タイラーの曲って」
M「あー。ロアちゃんの歌い方だとそうだよね」
RO「はい。だからそこをスパっと、ダメ!って言ってもらえたというか。これは私には出来ない!やっちゃ駄目だ!って思ったというか」
-- デスボイスのことですか?
RO「はい」
М「ダメなんて思ってないよ(笑)」
-- 試そうとした事はあるんですか? タイラーとして。
RO「禁止されてます。声が一発で飛ぶので」
R「歌い方次第だよ」
RO「いやー、どうなんですかね。ただ私達の曲でも、バックで『ギャー!』って叫んでる声とか入ってますけど、私歌ってるふりしてそこは声出せないんです。勢い余っても言わないでくれって」
R「喉は強いと思うけどね。ただまあ、ある程度鍛錬は必要かもしれねえな、歌い続けるとなると」
AO「繭子さんも練習されるんですか? ギャアアアって。ゲホ、ゲホ」
(一同、笑)
M「ううん、しないよ。遊びの枠を超えたくないからね。普通にカラオケで絶叫したりもするんだけど、その延長だったよ最初。あとは竜二さんがそこはプロだから、教え方が良かったし。だけど今だってそんな1時間も2時間も歌えないと思うよ」
そこでタイラーの3人が顔を見合わせて笑う。
M「?」
AO「見たいなー(繭子を見つめて上目遣い)」
YU「聞きたいなー」
RO「どうも、すみません」
そう言って最後は三人揃って机の上で頭を下げた。
(沈黙)
M「…え。これは何? 私が歌う流れ?」
-- そのようですね。
R「すげえ。大手事務所の圧力すげえ!」
T「あはは、堂に入ってんなあ」
M「いやあ、でもなあ。今日翔太郎さんいないですもんねえ」
YU「え、さっきお会いしました」
M「どこで?」
YU「(少し慌てた様子で)え、あれ。さっきお手洗借りた時に、上の階から降りて来られたと思うんですけど、あれ、伊澄さんじゃないのかな、人違い?」
池脇が伊藤を見やると、彼女は既に携帯を耳に宛てて左手で『待て』の合図を出している。
M「話した?」
YU「いえ、してないです。ちょっと怖かったので」
T「あははは!」
-- どうして怖いと?
YU「なんでだろう。人が下りて来ると思わなくてびっくりしただけかも」
AO「前にもスタジオでギターを弾いてる姿を何度か見たんですけど、もの凄く真剣だったので、なんか、いつもみたいに、わー!って行けない雰囲気の人でした」
-- ROAさんも怖いですか?
RO「怖い…かなあ。怖いというか、私達の事を嫌いなんじゃないかなって思った時があって、だからさっき褒めてもらった事でちょっと印象が変わりました」
M「一度も話した事ないんだって?」
RO「御挨拶はありますけど、そうですね、喋った事はないですね」
M「へー…」
-- なんで繭子ニヤニヤしてんの?
M「え?いやー。勿体ないなーと思って。超面白い人なのにね」
-- そうですね。だけど確かに怖い一面もあります。あなた方を嫌いなんじゃないかと思ったのは何故ですか?
私の問いに、答えようとしたROAが急に笑って、両手で口元を覆った。
RO「えへへへ、これ、言いたくないなあ」
-- あ、じゃあオフレコでは?
そう言って彼女から聞けた内容は、確かに誤解を招く恐れがあるので掲載は出来ないのだが、確かに伊澄らしいと言えば彼らしい反応を初対面で見せた為に、少女達を勘違いさせてしまったようだ、とだけ書いておく。
R「お」
見ると入口横で、伊藤が右手でオッケーサインを出している。「マジかー!」繭子が仰け反る。どうやら伊澄の了承が出たようだ。
「お疲れさん」
伊澄翔太郎がスタジオに現れた。タイニールーラーの側まで歩いてくると、テーブルの上に肉まんがたくさん入った袋を置いた。「差し入れです」
大盛り上がりのタイラー。
伊澄はメンバーに向かってにっこり笑うと「さて」と促した。
「あーい」
繭子は答えて立ち上がり、続いて池脇と神波も立ち上がった。
至近距離で4人が揃ってそこにいるだけで、やはり震えがくる程の特別なオーラが漂っているのが見て分かる。大気を揺るがす振動と爆音を生み出す4人の魔法を待ち望み、体と心が身構えるのを感じた。全身を鳥肌が駆け巡る。
いきなり現れた伊澄に挨拶もろくに出来ないまま、タイラーの3人は頬を紅潮させて彼らを見つめている。
-- どうですか? 4人揃いましたね。
「なんだろうね、…凄い」「凄いね。ええー、凄いね、格好いい」「わくわくしますね、鳥肌がやばいです!」
口々にそう答えるタイラーの誰もが、演者ではなく一人のファンとしての興奮をその笑顔に浮かべていた。
急にガヤガヤと声が聞こえ、スタジオ内に大人達が集まってくる。一旦外へ出ていたバイラル4側のスタッフとアレイズ側のスタッフが、全員中へ入って来たようだ。
何事だろうと庄内を見やると、彼が一番興奮している。どうやら生で見れる機会などそうあるものではないと、ドーンハンマーの演奏を見学しに集まったようだ。
興奮と言えば余談になるが、伊澄の到着をスタジオの外で待っていた伊藤が、後日私に教えてくれた事がある。3階の楽屋階から肉まん入りのビニール袋を片手に降りて来た伊澄は、企みを帯びた優しい微笑みを浮かべたまま、スタジオの外で待機していた両社のスタッフ達には一瞥もくれなかったという。伊藤は何故か、そんな彼の横顔を見た時初めて、スター性のある伊澄の立ち姿に鳥肌が立ったそうだ。スタジオ入りする瞬間、側にいたアレイズの女性社員が会釈すると、伊澄は微笑み返して中に入った。残された女性社員は口を手で覆って顔を赤らめていた、との事だ。世界の表舞台に立つ男なんだな、と伊藤はそう実感したそうだ。
そんな男達が4人揃って今まさに楽器を手に、持ち場に付こうとしている。しかし今から行われるのはドーンハンマーとしての演奏ではない。マイクスタンドの調節をしながら、繭子が野次馬に気づいた。
「ちょっとー、困るなー」マイクを通してそう言う。
「まあ良い機会だろ。盛大にお披露目と行こうか」
ドラムセットに腰を降ろした伊澄が言うと、繭子は勢いよく伊澄を振り返った。『図ったな』という顔。繭子はそれでも少しだけ拗ねた表情を一瞬浮かべただけで、怒りはしなかった。それどころか余裕のある微笑みすら浮かんでいる。
普段と配置の違う楽器パートに大人達がザワつく。知らずにここへ来たのだろう。庄内が私を呼ぶ。お遊びで行われているマユーズというシャッフルバンドの事を説明すると、目を見開いて興奮する我が副編集長。どうしてそんな面白い話を俺に言わないんだと口では言っているものの、目は繭子に釘づけになっていた。バイラル4側のスタッフは少しだけ自慢げで、誇らしそうな顔で周囲の反応を楽しんでいる。そんな彼らを不思議そうに見ているアレイズ側のスタッフ達。今日の主役は本来タイニールーラーの3人なのだが、今は誰も彼女達を見ていない。当人達ですらその事には気づいていない。
場が混沌とし始めた。
ドンドンドンドン、ズダダダン!
伊澄が軽くキックペダルを踏み、スネアを叩いただけで、一気に緊張感が漲る。
お遊びだと分かっていてこの期待感である。練習とはまた違う音の鳴り方に、私も興奮を抑えきれない。PA担当の真壁や渡辺はもとより、上山などはいきり立っていると言っても過言ではない。暴れ始めやしないかとドキドキする程だった。何度もこのスタジオで彼らの練習を見ている私ですら血が滾るのだ。やがてアレイズ側の若い男性スタッフなども顔が紅潮し始め、隣に立つ女性スタッフはもはや瞬きもせず4人を見つめている。
「ちょっと近いね、大丈夫かな。…もうちょい」
繭子が最前列に並んで立つタイニールーラーを少しだけ下がらせた。
映像を先にご覧になった方は気付いただろうが、バイラル4の真壁というスタッフは右足が悪く、動かせない。常に松葉杖か、長時間の作業に入る時は車椅子を使用している。今も渡辺に腕を掴まれながら杖を付いているのはその為だ。
タイラーの右斜め後ろに彼ら2人が立ち、その左後ろには上山が、その左側には庄内や伊藤織江が少し間隔を開けて立っている。他のスタッフも入口付近ではなく空いた空間に陣取り、さながらライブハウスの様相を呈してきた。
ベベベベン、ボボボ、ボボン。
「さあ。リハなんて野暮なことは言わずいきなりぶちかましますか」
ベースを担いだ池脇がそう言うと、イエー!と上山が大声を張り上げた。
タイラーがびっくりした顔で振り替える。
「おお、いいねえ。期待してくれてんのはそこのモヒカン兄ちゃんだけか?」
ネックのつまみを弄りながら池脇がそう言って笑うと、負けじとAOとYUMAが「イエーイ!」と叫んだ。
「あははは、よーしお姉さん気合入れて歌いますよー」繭子がそれに答えるも、「あー、…ってか何演るの?」そう言ってメンバーを振り返った。いつでも演れる準備は出来ている、だから打ち合わせなどしていない。そういう事だろうか。
ガガガガ、ガガガガガ。
慣れた手つきで伊澄のギターをかき鳴らす神波が、繭子の問いかけに答える。
「オリジナルはそんな、やっても誰も分からないしね。なんかリクエストなどあれば」
「嘘ぉ?」
と繭子が笑い、
「言い出しっぺが全然出来なかったらどうすんだよお前」
と伊澄が神波に突っ込みを入れる。
(一同、笑)
「なにか聞きたい曲とかある?」
神波がタイラーの3人に向かって尋ねると、彼女達はあらかじめ決まっていたかのような笑顔を見合わせて頷いた。
「メタリカさんでお願いします!」
「え、意外!」
繭子が即答し、笑い声に湧く。
「よーし、どれ行こうか。繭子選んでいいぞ」
「あい。えー」
池脇の言葉にそう答えた繭子は天井を見上げ、一旦マイクスタンドスタンドから離れて伊澄のもとへ歩み寄った。まずは彼に耳打ちし、黙って伊澄が頷くと、池脇、神波にも同様に小声で曲名を告げた。メンバー以外にはその声は届かない。繭子がマイクスタンドに戻って来ると、一層緊張感が増した。ROAがAOとYUMAに耳打ちし、せーのと声を合わせる。
「マーユコー!」
「よっしゃー!」
ワーン・ツー・スリー・フォーアッ。
伊澄が思い切りバスドラを踏み叩いて曲が始まった。
開始数秒で、上山、渡辺、真壁、庄内が興奮の雄叫びを上げる。
METALLICA屈指の名曲、『St.Anger』だ!
私も我を忘れてカメラの後ろで叫んでいた。だが誰も振り返りなどしない。まるで目の前でメタリカ自身がプレイしているかのように、誰もが子供のように目を輝かせてマユーズの演奏を見つめている。とてもシャッフルバンドとは思えない安定した轟音と演奏技術だ。誰も手元を見ないし、前を向いて「観客達」に笑いかけている。圧巻なのは繭子だ。ジェイムズばりのダミ声を、まるでジョークを飛ばすような余裕の笑顔で出している。声量のある低音の歌声。豊かな感情表現。確かな発音。歌唱力。そして何より楽しそうに歌っているのが良い。
私は三脚にセットしていたビデオカメラを外し、観客の表情を捉えようと移動する。
贅沢なのは池脇がジェイムズの声真似をしながらコーラスに回っていることだ。こんな事はマユーズでしか実現しないだろう。世界レベルのボーカリストが、ドラム担当のコーラスをしているのだ。
He never get's respect…
繭子がねっとりと語尾を伸ばして歌い上げる。
ゾクリと背中が撫でられる。
スローテンポで始まる曲が一気に転調する。
マイクを握りしめ、繭子がタイラーを睨み付けて歌う。
そしてこの曲一番の聞かせ所、速いテンポで波打つアンニュイなボーカルとコーラス。
サビの部分で繭子と池脇の贅沢なダブルボーカルが放たれる。足がガクガクと震えた。
ドーンハンマーとはまた違った魅力に膝から崩れ落ちそうだ。
他人の曲をここまで完成度を高めてプレイ出来るものなか?
見れば満面の笑みで両手を高く掲げるタイラーの3人は、笑顔のまま涙を浮かべている。
泣いているわけではない。自然と込み上げた感情が溢れ出たのだろう。
そして誰もが歓喜に目を見開き、両腕を高く突き上げて叫んでいる。
歌っているわけではない。歌詞が分からなくとも興奮を抑えきれないのだ。
たった一曲で見る者の感情を引き摺り出す事の出来るバンド。
それがマユーズであり、ドーンハンマーの実力だ。
曲が終わっても熱気が冷めやらない。
一番長くバンドの側にいるはずの伊藤ですら、ずっと叫びっぱなしだった。庄内もアレイズのスタッフも、そしてタイニールーラーの3人も、誰も彼もが笑顔で頭上高く手を叩いていた。「やっぱり凄い。やっぱり凄いな!」無意識で呟いていた私の声が記録されているのが申し訳ない所だが、この場の興奮は完璧に収められたと思っている。
「じゃあ、せっかくなんでやりましょうか」
伊澄の言葉に繭子が振り返ると、伊澄は胸の前で両手をクロスして見せる。
え?という顔でタイニールーラーの3人がお互いを見た。昔から見慣れた伊澄のあの手のポーズは、今や彼女達のものと言っても過言ではない。
「間に合ったんですか?」
といたずらっぽい声で繭子が聞くと、伊澄は「ギリギリなんとか、ぶっつけだけど」と答えた。後に聞いた話だど、本来ならこの一曲だけを演奏する予定だったそうだ。神波の振りに「嘘ォ?」と繭子が笑ったのには理由があったのだ。彼ららしいサプライズと言えばそうなのだが、どこまでが芝居でどこからが本気なのか、映像を見返しても分からない程の自然体だ。何より全く打ち合わせなく完璧な「St.Anger」を演奏してみせたのだから、凄まじいの一言である。
「『ヒカリ、ヤミ、クラエ!』」
繭子がそう叫んだ瞬間、タイニールーラーの代表曲が爆音で鳴り響く。
3人の少女が歓声を上げて飛び上がった。
ああ、この曲までもマユーズで演ってしまうのか、と私は溜息をつく。
確かに普段ドーンハンマーがプレイしているような、変態的難易度ではないかもしれない。それでもギターのザクザクと刻む攻撃的なリフや速弾きのギターソロはあるし、普段神波が使用しないベースのチョッパーや高速のツーバスなどが多様されており、少なくともお遊びのシャッフルバンドで慣れ親しんだ曲展開とは言えないはずなのだ。それでも彼らは手元を見る事なく笑っている。
インタビューに伊澄が参加していなかったのは嫌だったからではなく、この瞬間の為に上の階でドラムの譜面を覚えていたからだと聞いた。そんな離れ業をやってのけられるのは伊澄翔太郎だけだろう。
間奏に差し掛かった所で、並んで立っていたAOとYUMAが二手に分かれてスタジオの両端に寄った。
思わずアレイズのスタッフが止めようとしたが、2人の顔があまりにも本気だったので止めようがなかったとの事だ。
自分達の曲とは言え他人が演奏している初めて聞くと言ってよいその音に、彼女達はドンピシャのタイミングで走り出した。ライブハウス程の広さがあるスタジオではないし、大人達がばらばらに立っている。
安全面を考慮すれば止めるべきだったかもしれない。しかし2人がバンドメンバーの真ん前でクロスして駆け抜けた瞬間の楽しさは、そんな憂慮を吹き飛ばす程の興奮を巻き起こした。いても立ってもいられなくなり、ROAが繭子の隣に立って歌い始める。バイラル4側のヤンチャな大人達が飛び上がって歓声を送る。
神波のギタープレイは、普段伊澄の演奏を見慣れている人間ですら溜息が出る程に神がかっていた。本来タイニールーラーはギターが二本編成である。しかし今回は神波の一本だけ。それでも全く音負けしないのは、リフとソロをしっかり一人で弾き分けられる構成力の高さ故だろう。
この曲に関して言えばコーラスの無い池脇が一番動いていた。ドラムを叩く伊澄の前でお道化てみせたり、「観客たち」を煽ってみたり、目の前を駆け抜けた2人の少女を雄叫びでサポートしたりと、実に自由で楽しそうだった。
伊澄はやはり、言いたくないが天才としか形容のしようがない。彼はギタリストだ。使う筋肉も動かす体の部位も全部違う。それでも叩く。それでも間違えない。それでも顔を上げて笑っているのだから恐れ入る。一瞬、ノリノリで歌う繭子が伊澄を振り返って首を傾ける場面がある。そしてまた前を向いた時には笑っていたのだが、伊澄のあまりの巧さに腹が立って舌を出して見せたそうだ。
そんな繭子もまた規格外の才能を持っている。知らない人間が見れば彼女が本来ボーカリストでない事を誰も信じないだろう。それ程堂に入った歌唱力と声量であり、魅力に満ちた歌声だった。
そんな彼らに混じって笑顔で歌い、飛び跳ねるタイニールーラー達。心底嬉しそうに、尊敬する繭子と同じマイクで歌声を響かせるROAと、本番さながらキレキレのダンスを披露するAOとYUMA。
10代で世界へと飛び出した彼女達にとって、これほど頼りになる先輩がいることは大きな安心となっているに違いない。自分達の前を走り続ける彼らがいる限り、少女達は自由でいられるのだ。もう既にその事に気付いているかのような、天真爛漫な笑顔がそこにあった。




