連載第14話。「予兆」
2016年、6月7日。
深夜、練習終わりの神波大成に話を聞く。
-- お疲れさまでした。今日は長かったですね。
「お疲れさん。何時なの、今」
-- 11時半です。
「ほー」
-- やっぱり新曲が増えて来た印象です。練習を拝見していても、音源未収録の曲が『BATLLES』も含めて3、4曲あるように感じました。年内のアルバム発売はないとのことでしたが、ひょっとするとひょっとしますか?
「ないない。今からじゃ間に合わないよ。曲が増えたっつっても、知ってると思うけどうちのレコーディングは音源作る目的だけじゃないしね」
-- ぶっ壊す為ですね。ビルドアンドデストロイ。
「そんなパンクバンドみたいなノリじゃないけど(笑)」
-- 早くて年明けですか。
「決めてないけど、春くらいには出すよ。そこ超えると逆に時間ないし」
-- 確かに、来年の今頃はワールドツアーですね。
「うん」
-- 楽しみにしています。
「取材順調?」
-- おかげさまで。めちゃくちゃ濃いです。
「そりゃよかった」
-- 今もうすでに編集作業始めているんですが、全然進まないです。
「もううち来て2ヶ月? 3ヶ月?」
-- 3ヶ月目ですね。
「早いねえ」
-- 全然時間足りてないです。短いものも含めて、今日でまだインタビュー4回目ですよ。
「え?これまでも結構話してきたと思うけど、あれは何?」
-- 雑談です。
「おいおい」
-- 適切な言葉が分からなくて便宜上そう呼んでるだけで、どうでもいい話という意味ではありませんよ。
「インタビューとどう違うの?」
-- インタビューという体裁に編集し直して記事に起こす事も出来ますけどね。『雑談』はこちらサイドの、編集上都合の良い枠組みたいな事です。あらかじめ用意しておいたバンドに関する質問をぶつけて答えを戴くのがインタビュー。そういうフレームを外して、バンド内外の個人的な体験談や思想などを拾い上げていく作業を雑談と呼んでいるだけです。ちゃんと分けておかないと、記事にする時こんがらがって困るんです、馬鹿なもので。
「へー。ちゃんと考えてるんだね」
-- あ、こないだも、繭子に遊びに来てると思ってると言われて嬉しいやら情けないやらで。
「そう言えばもう違和感ないもんね。なんだかんだで各自のスケジュールちゃんと抑えて上手い時間に入って来るし」
-- ありがとうございます。お邪魔にならないようにだけ、本当に、心がけているつもりです。
「期待しとくよ」
-- はい。では、始めさせていただきます。その前に、やっぱりこれは言いたかったのが、先日のURGAさんの生歌、凄かったですね。
「あ、見た?」
-- 見ちゃいました。
「ちょっとなぁ、あれはなぁ、凄かったね。でもあれから調子落としたんだよ俺ら」
-- 何故ですか?
「感化されまくったというか。あれだけなんていうか、洗いざらい?…どう言うんだろう。お互い全部見せあう勢いだったろ」
-- そうですね。心と心が繋がったように見えました。
「うん、実はあの後場所を変えて色んな話もしたし、美味い酒も飲んだし、そうなると家帰ってからも全然抜けないわけ。途中で合流した織江も興奮が収まらないって部屋でCD流すしさあ。毒っ気じゃないや、URGAオーラみたいなのがずーっと纏わりついてるようなね」
-- 上げたいんですか、下げたいんですか。
「ははは。いやーでも、俺らだけじゃないと思うよ。スタジオで誰も何も言わないけど、完全に今丸いもん、音が」
-- 凄いですね。そんな事あるんですか。
「音の質感変えたり、テンポ速めたり遅くしたりは結構自在に出来るんだけど、何やっても丸いのは初めてかも」
-- 全然調子が悪いようには見えないですけどね。
「下手になったとかそういう話じゃないしね。勢いじゃない部分で弾いてるというか、丸いんだけど、重い音にはなってるかな」
-- 死活問題とかそういう事ではないですよね?
「そういうんではないね。単純に、やっぱURGAさんってスゲーんだなっていう思いはまだ皆抜けきってない気はするかな。早くツアーに出てくれないかな。いつ出発だっけ?」
-- えっと、あ、明日ですね。早く出てけってまた凄いことをサラッと。
「あはは」
-- もともと大成さん達がきっかけみたいなものですよね。
「ん、何が?」
-- URGAさんとの接点というか、出会いのきっかけです。
「レコード会社がずっと同じだしね、前から知ってはいたよ、もちろん。でも、どうなんだろ。俺と竜二がずっと好きでね。俺が織江に教えて、織江が繭子に教えて。誠はもともと知ってたし、だから翔太郎も知ってた。何がどう繋がってるか分からないもんだなーとは思うよ」
その時、練習終わりの伊澄がスタジオに戻って来た。
「おー、やってんねー、お疲れさん」
忘れ物でもしたのだろうか、私達に声を掛けたのも束の間、伊澄の顔は楽器セットの方を見ている。彼の左手にはいつものように、携帯が握られている。
「あー、そうか。なあ、大成のモーリスって今ある?」
「ここにはないよ。楽屋にはあるけど、なんで」
「んー」
「取ってこようか?」
「あー。んー」
そう曖昧に答えて伊澄は携帯を耳に当てる。
「無理っぽい」
と、電話の相手に言いながらスタジオ入口に向かって歩きだした。
神波は私を見て、「何?」という顔をする。私に分かるわけがなく、「さあ」という顔で答える。ちなみにモーリスとは神波大成所有のアコギの事だろう。伊澄個人のアコギはスタジオ内にはないという話を聞いた事がある。
「え」
と言って伊澄が立ち止まる。
「どういう意味で? 今? なんで?」
もともと素っ気ない話し方をする所のある伊澄だからか、相手の表情の分からない会話だけを聴くと何かあったのかと心配になってしまう。
私はインタビューを一時中断し、伊澄の背中を見つめた。
「じゃあー…んー…」
私達の心配をよそに、伊澄はそのままスタジオを出て行ってしまった。
-- あんなに歯切れ悪い翔太郎さん初めて見ました。
「気持ち悪いね。まあ放っとくのが一番いいよ。考えても分からないもんは分からないし」
-- そうですね。と、こういう風なのが所謂『雑談』なわけです。こういう何気ないお話に、とても人として大切な部分が含まれていたりするので、隅にはおけない重要な事だったりします。
「こんな話から記事にされたって何も内容ないだろ(笑)」
-- 分かりませんよー。記事は対話形式だけではありませんからね。バンドの内情やメンバーの性格などを書き記す際のヒントにだってなりますから。
「へえ。でもネーミングがアレだよね。雑談って」
-- 確かに。またなんか考えておきます。それでは、気を取り直して始めます。前回までのインタビューで、どのようなお話をさせていただいてか、一旦整理させていただきたいのですが…。
「えーっと、なんだっけ」
-- 一番初めに、繭子についてお伺いしました。
「ああ、天才がどうとかいった話か。大分前な気がする」
-- そうです。繭子の加入とバンドの変遷、アキラさんの話、などですね。その後皆さんにお話しを聞いて、また戻ってきたのが、前回、前々回です。
「なるほど、あれから結構時間かかってたよね。その間色々あったから、自分が何て答えてるかも覚えてないな、最初なんて特に」
-- 前回は割とこれまでも表に出ていた話が中心でしたので、そこから更に深く掘り下げて伺いたいと思います。
「前もちょっと思ったんだけどさ、これさ、4人同時の方がよくない? 個別に話すると絶対重複するだろう? 個人的な雑談ならまだしもバンドの話なら一緒の方が楽じゃない」
-- そう思いますが、なかなか時間が取れないんですよね。
「あ、俺ら非協力的?」
-- いえいえ、プライベートな時間を割いていただくつもりはないので、スタジオに来られる日でその後の予定やタイミングをお伺いしてお願いしているのですが、なかなかどうして。ちなみに次に予定している翔太郎さんが全くの未定なので、先に竜二さんにお願いするかもしれません。
「スタジオにはほぼ毎日いるけどね」
-- そうなんですけどね。タイミングを見計らう事には神経使ってます。せっかくの長期取材ですし、私の方こそしっかりとバンドを見つめて、自分なりに考察する事も仕事だと思っていますから。
「真面目ー」
-- だらだらと毎日お話をお伺いするだけなんて、自分で自分を許せません。そんなのは仕事と呼べませんよ(笑)。
「真面目!わざわざ順番まで決めて?」
-- 同じ順番が良いかなーというのは勝手に私が思っているだけなので、正確にはありません。スタジオでの日常風景も貴重な資料になるんですが、やはり生の声を治められないのは説得力に欠けますからね、タイミングは難しいです。
「なるほどな」
-- 練習以外で、皆さんプライベートで遊んだりすることはありますか?
「飲んだりはするよ。遊んだりって何?」
-- 気晴らしにどこかへ出かけるとか。
「ないない、あるわけないだろ。気晴らしにならないよそんなの」
-- やはりそうですか。物凄く仲が良いようで、その辺ドライな気もしていたので。
「ん?」
-- 練習終わりに一緒に帰る姿を見た事がないなーと。皆さん特に会話もないままばらばらに、残ったり出て行かれたりするので。
「フフフ、あははは、何だよ一緒に帰るって。面白いねー、ほんとに」
-- 変でしたか。
「うん、変だね。まあ、言ってしまえば子供の頃からの付き合いだしね、今更何をって感じなんじゃないの」
-- そうですか。このスタジオ(建物)って、外観はそれほどではありませんが、フルで改装されと言うだけあって中はとても綺麗ですし部屋数も多いんですよね。各自の楽屋があるそうですが、誰かの部屋にたむろして話すなんて事はないんですか?
「撤退した建設関係の会社が長い間使ってた建物でね、部屋数はもともと多かったんだよ。でも他の奴の楽屋なんて入ったことすらないよ。皆どういう風に使ってるかも知らない。俺は家が割と近いから、ほぼ物置だね。繭子は確か大分前にベッド入れてたから、仮眠室みたいな感じじゃない? あとは知らない」
-- こういう、あまりバンドの音楽面とは関係のない話をされるのはお好きじゃないようですね?
「得意じゃないね。多分一番どうでも良いと思ってるんじゃないかな、他の奴らと比べると。日常的な話にあまり興味がないし、逆に好きなミュージシャンのそういう話もあまり知りたくないと言うか」
-- たまに、海外の大物バンドでもオフの過ごし方なんていうインタビューが出ていたりしますが、読みませんか?
「それ全然スケール違うよ。そんな有名人と一緒にされても困るよ。俺らみたいな奴の私生活なんて誰も知りたくないだろうし、身を削ってする話じゃないよ、こっ恥ずかしい」
-- それがそんな事もないんですよ。皆さんキャリアは決して短くないですから、バンドの音へのこだわりとかステージへの熱意みたいな話は、既にそこそこ表に出ていますし…。
「それ主にあんたんトコね」
-- はい(笑)。もっとマニアックな情報を読者は欲しています。
「え、掘り下げるってバンドじゃなくてメンバーって事?」
-- 私は同じ事だと思っています。入口が違うだけで、辿り着く先は同じだと。
「言い方上手いなー!そういう所、庄内に似てるよね」
-- ありがとうございます。師匠ですから。
「ああ、そうなんだ。元気?最近見ないけど」
-- めっちゃ元気です。昨日も怒られました。
「なんで?」
-- 『お前の気持ちとかお前の泣いた瞬間とか誰も興味ないんだよボケ』『お前のはファインダーじゃなくてフィルターだ。いいから、ありのまま書け』『お前の感想や推測なんてゴミだから』って。
神波は体をくの字に折って腹を抱えた。見た事無いほどの大笑いだ。
「あー、痛快。目に浮かぶよ」
-- だからめっちゃ凹んでます、今日。
「気にすんなよ。あいつはあいつ、あんたはあんただよ」
-- ありがとうございます。でも凹みますよ。10年やっててそんな初歩的なとこで怒られる私って何、って。
「けど真面目な話さ、庄内が同じ企画抱えてやって来たとしてもきっとこういう風にはならなかった気がするけどね。人の涙って不思議なもんでさ、本当は誰にも見せたくないって思ってる側からすると、それを呆気なく見せて来る人ってちょっと馬鹿に見える反面、純粋さも見えてくると思うからさ」
-- うーわ、めっちゃ恥ずかしい。馬鹿も純粋も両方恥ずかしい。
「まあ、気にするなって事だよ(笑)」
-- ありがとうございます、お言葉通り受け取っておきます。あ、先日は織江さんにもお話をお伺いしました。ありがとうございました。
「なんで俺に言うの。それは織江に言いな」
-- 不思議なご関係ですよね。
「そういう問題じゃないだろ」
-- そうなんですけど。だけど不思議な気持ちになるんですよね。皆さん本当に信頼しあっている人間同志で、絆がもの凄く深い。そして強い。極端な事を言えば、ご結婚するかしないかなんて、そんなに大した問題ではない気もしてきます。しかし、お二方は籍を同じくされた。それでいて特に夫婦らしい関係性を大っぴらに見せる事もしない。バンドに全く関係のない話だと思う一方で、そこにも何か大切な意味が隠れているような気がするんです。
「例えば?」
-- それがうまく言葉に出来ないんです。モヤモヤすると言うのが正直な所で。同時に、翔太郎さんと誠さんの関係も同様に、よく分からない、すっきりしない『オブラートが見える』というか。何も見えないようで、そこに透明な何かがあるような。
「何それ、スピリチュアルな話? 女性週刊誌みたいになってるよ」
-- すみません。
「でもそれがなんであれ、あいつら関して俺の口からどうこう説明できる事は何もないよ。ただ俺と織江で言えば、それはもう責任としか言えないよな」
-- 責任?
「例え相手をどれだけ大切に思ってたってさ、それでもこの先どうなるか分かりはしないじゃない。一つだけ確かだったのは、織江がどういう生き方を選んでも俺にとって大切だって事は変わらないし、あいつが俺の側にいると言ってくれるなら、今後何がどうなろうと最後まで面倒見ようと思ったんだよ。というかあいつの事は俺が全責任を負いたいってのが本音かな。確かに籍を入れる入れないはどっちでもいいんだけど、言葉で言うより強いだろ」
-- そうですね。
「確かにバンドにとっては無関係なことだと思ってるし、夫婦だと認識してもらう必要すらないけどね。あいつもそれは理解していて、マネージャーであり事務所社長だから、人前ではちゃんとそういう顔をするし、俺もバンドのベーシストでしかないから、ベースを弾くだけ。ただあいつにもし何か困った事があった時は、そん時は自分一人で解決しようとしなくていいように、俺の事をいつでも思い出してもらえるようにしておこうと思ったって、そういう話だね」
-- よく分かりました。あー、とっても素敵です。ウルウルしてきた!
「はは。あのー、これは敢えて忠告しておくけど、翔太郎にはこういう話しない方が良いな。俺と織江の関係って割とこの業界内だと知ってる人多いから別に今更隠さないけど、翔太郎は自分のそういう話本気で嫌がるし、あいつが嫌だと思った時の対応は、それこそ悪鬼羅刹だと思っておきな」
-- こ、怖い。では、公平を期すためにせっかくの素敵なお話でしたが、大成さん達の事も、編集しておきますね。
「の方がいいかもね」
しかし私はあえてこの部分をカットしなかった。それが何故なのかこの場では明かせないが、この日の神波大成の言葉に、やがて来る大事件のイントロが隠されていたからだ。いや既に、もうとっくに色んな所で、その音は鳴っていたのかもしれない。私にとってはバンドの存続をも危ぶんだ大事件。その事を書くか書かないかで、編集部内でも意見が対立した。結果的に書く事が出来たのは、この密着取材を終えるまでの間に一応の解決を見たからであり、何よりバンド側から了解を得られたからなのだが、実際本当に書くべきだったかと問われると答えに窮する。
ただ、バンドの全てがここにあると銘打ち、私なりに『音楽と人間』というテーマを掲げている以上、あえて隠す事は彼らにとって損失になると判断した。
では損失とは何か。それはバンドのも持つ魅力と人間性が、より色濃く反映された事件だったからであり、そこを封印してしまっては伝わる物も伝わらないと判断したからに他ならない。
この部分はドーンハンマーらしいが、この部分はドーンハンマーらしくない。
そんな線引きが彼らにあろうはずがなく、常に彼らはどんな時であれドーンハンマーだからだ。
そこを描写せずしてなにが密着であろうかという確固たる信念が、私にはあった。
しかし、「お前のような女が本来傷つく必要の無かった人間を地獄に落とすんだよ」と、編集部で私を罵る者がいた事もまた事実だ。私は「その時は自分が真っ先に地獄へ落ちて彼らの下敷きになります」と返した。そんな売り言葉に買い言葉のような返事が正解などとは、むろん私も思ってはいない。だが彼らにとっての地獄とは、『こういう事』ではないはずだとこの時からすでに私は感じ取っていた。
そして私自身が傷だらけになる覚悟も決めていた。冒頭「はじめに」の記事で私が実名を表記しているのは、決して自己顕示欲などではなく、それが理由である。
読者には申し訳ないが、今はまだこの文章を読んでも何も分からない筈だ。
分からないように書いている。何故なら彼らの突き進む道を共に目撃して欲しいからだ。
そしてこの事件の幕切れは、次に待ち受けたていた更なる衝撃の幕開けとも繋がっている。
ここからの数か月で、私は魂が擦り切れる程感情が疲弊する思いを何度も味わった。
だがそこを乗り越えた今だからこそ、かつて経験した事のない「絶頂」を体感することが出来たのだと、曖昧な表現ではあるがここに付け加えておきたい。
それでは戻ろう。
-- アルバムのクレジット見るとどれも共通して、作詞作曲編集全てバンド名になっていますね。やはり全員で作り上げるという意識の表れでしょうか。作詞は全て竜二さん、作曲は翔太郎さんと大成さんと決まっているようですが。
「おー、やっとインタビューっぽくなった」
-- すみません、始めますと言いながら、ここまで全部雑談でした。
「長げーな!」
-- 面目ない。
「えーっと。いや、決めてるわけじゃなかったんだけど、『FIRST』の時点でそうだったんだよ確か。その後繭子も入って一緒に作るようになるんだけど、面倒臭いから同じていいかっていうのを繰り返してるだけだね」
-- 話を色々聞いてきましたが、本当にライブ以外の事に拘りがありませんね。長年やって来てバンドロゴを作ることもないですし、アートワークも適当と聞きましたし。
「適当とまでは行かないけど。…だって面倒臭いだろ?」
-- いやいや、そんなことありませんて。皆そこは結構楽しんでやりますよ。
「えー?本当ー?」
-- こっちが言いたいですよ。バンドロゴのない20年選手初めて見ましたもん。
「ないって言うか、あるけど変えるってことだろ?」
-- だろ?ってそんなまた。そもそもファーストアルバムのタイトルが『FIRST』って嘘だと思いましたよ最初。
「分かり易いし、結構あるよそんなバンド」
-- だってセカンドは『SECOND』にしてないじゃないですか!
「あはは、なんだっけ。『KIND OF SORROW』だ」
-- それサードです!え?本気ですか?
「あれ(笑)、え、なんだっけ、セカンド」
-- 『HOWLING LEO』です。そもそも『P.O.N.R』が何枚目だか覚えていらっしゃいますか。
「馬鹿にしてんのか?…7枚目」
-- …。
「違う?」
-- マジですか。9枚目です。
「おおー、結構出してた。全部覚えてる?」
-- 私編集者ですよ(笑)。『FIRST』『HOWLING LEO』『KIND OF SORROW』『ASTRAL OGRE』『GONE』『NOCTURNAL DROP』『7.2』『&ALL』『POINT OF NO RETURN』 …です!
「お見事。懐かしい」
-- しかも有名ですよ、『GONE』の経緯。5枚目だから『GO』にしようとしてたのを、あまりにも恥ずかしいってんで繭子がつけ足して『GONE』になったという。もっと言えば、今あげた全アルバムタイトル、その名を冠した曲が1曲もないんです。あえて面白がっている節がありますよね。
「曲名ってさ、俺達にしたら記号でも言い訳なんだよね。演奏してて、次あの曲行こうってなった時『12番』っていう合図でもいいわけ。ただそれだと数が増えると、どれだっけってなるから後で名付けてるパターンがほとんどなんだよ。主に竜二が書いてる歌詞をセンテンスだけ抜き取って、脈絡なくタイトルにしてるのが多い」
-- そんな話聞いたことない!
「考えてみなよ。俺達がさあ、『ノクターナルドロップ』なんてシャレた名前考えつくと思う?」
-- 繭子ですか。
「ううん。誠」
-- う、ええ?
「『HOWLING LEO』と『&ALL』と『P.O.N.R』以外は全部誠が考えた」
-- ひいい。それ出しちゃいけない話じゃありませんか? 誠さんの事を世間に公表されてないんですよね。
「公表って?翔太郎の事?関係ないんじゃない。付き合ってるって言わなきゃいいだろ。昔からの友人です、で」
-- あ、そうか。それにしたって、えええ、そうなんですか。
「ちなみに『&ALL』と『P.O.N.R』は織江な。要するにその名前の曲がないのはそういう事だよ」
-- びっくりです。ちょっと混乱してます。誠さんは全然バンドに興味がないと思っていたので。
「興味あるなしで言えばないんじゃないかな。人と人で繋がってるんであって、相手が何をやっていようと関係ないっていうスタンスだろ、あいつ」
-- そのようですね。
「そもそもバンドのファンとかそういうんじゃないしね。あいつも面白いよ。見た目と違って結構ぶっ飛んだ奴だし、雑誌に載せる載せないは関係なく色々話してみたら?」
-- 以前アキラさんのお話を少しお伺い出来たのですが、彼女自身については聞けていないので、是非ゆっくりとお時間の都合を付けて頂きたくなりました(笑)。…あれ?『HOWLING LEO』は、じゃあ、誰が考えたタイトルですか?
「ああ、考えたというか、まあ、アキラだね」
-- そうなんですね。あえてセカンドで付けたというのはやはり追悼の意味を込めてですか。
「そうだね。HOWLING LEOっていう言葉自体が、アキラを表してるんだ」
-- なるほど。
「本当は皆セカンドってつけようとしたんだけど、セカンドアルバムって一応全曲繭子が叩いてるけど譜面書いたのはアキラなんだよね。だからそれもあって、敬意を表して」
-- なんでそこまで覚えてるのにさっき間違えたんですか。
「いやいや思い出したんだよ今」
-- へー、やはり聞いてみないと分からない歴史がありますね。
「まあ、あえて人に言うような話でもないしね」
-- でもここ最近の曲名はちょっと、雰囲気違いますよね。
「実はさ。曲名に関してはちょくちょく海外でも言われるんだよ、曲の雰囲気とあってない気がするが特別な意味でもあるのかって。意味なんて全然ないからさ、ちょっと前回のからはとりあえず曲調に合わせよーかって」
-- あははは!面白い話ですね。確かに、言葉選びのセンスが独特で、よりメタルアルバムに相応しい語呂が並んでいるなと思ってました。
「よく見てるね」
-- ありがとうございます。
「ちなみにどの曲が一番ピンときた?」
-- 『P.O.N.R』ですと、『ULTRA』はやはりキラーナンバーだと思いますね。個人的に一番ヘビロテしてるのは5、6の流れです。『MY ORDER』からの『BRAINBUSTER'S』は歴史に残る格好良さです。なんだろう、聞いてて嬉しくなってくるというか。
「曲名の話なんだけど」
-- は!そうでした。
「まー、嬉しい事ばっかり言ってくれるよ」
-- 本心ですよ。曲名で言えば、URGAさん参加の3曲目『FOLLOW THE PAIN』はメッセージ性があって好きですし、これもURGAさん参加ラストナンバーの『GORUZORU』は不思議な語感で好きです。ゴルゾル、であってますか?
「うん」
-- どういう意味なんですか?
「造語だよ。音の質感」
-- へー!音の質感が曲名なんてしゃれてますね。…あ!
「あはは、勘がいいね。そうだよ。誰だと思う?」
-- えええ。
「あれURGAさんなんだよ、面白いだろ。ってか気づくの遅すぎだよ、アルバム出したの去年だぞ」
-- 普通気づきませんよ!
「そっか」
-- そうですよ。あー、凄いな、凄い面白い。色んな意味で規格外だ。
「しかも誰もその事口外しないっていうね」
-- そうなんですよ。先日の翔太郎さんとの対談でも全然そんな事仰いませんでしたし。
「そういうユーモアのセンス抜群だよね、あいつもURGAさんも」
-- ええ。もう、外に出して大丈夫な話ですか?
「去年出したアルバムの事だしね。いいんじゃない。そもそも隠してたわけじゃないし」
-- 他にそういう隠れた逸話ってありますか?今回のアルバムで。
「ん?」
-- URGAさんの参加、曲名考案。アルバムタイトルは事務所社長の考案、あと何か…。
「んー、ないと思うけど」
-- 曲数が9曲、といつもより少ないのは、理由があるんですか?ストックはまだまだあるとお伺いしてますが。長尺の曲でも6分台が1曲あるだけですし、確か全曲で40分台ですよね。
「ああ、フルで全力演奏してテンション保てるのが丁度それくらいなんだよ」
-- 40分ってことはないでしょう、あなた方にしてみれば。
「疲労とかそういう話じゃなくて。逆に全く疲れずに、マックスでやり切れる曲を並べたんだよ。全力全開演奏でもその9曲ならいい汗かいたレベルだから」
-- でもそれは、皆さんの匙加減なのではありませんか?
「いやいや、100メートル走全力で走り終えても、汗ダクにはなんないだろ、オリンピック選手は」
-- 分かり易い例えをありがとうございます。よくわかりました。今後の課題があるとお伺いしましたが?
「それはねー、これまでも言ってきたことなんだけど、やっぱりコーラスだね」
-- ああ、ずっと仰ってますね。けど今回とても効果的で素晴らしいコーラスワークでしたが。
「いやいや、全然だよ。レコーディングしてみりゃ分かるよ、やっぱ竜二ってバケモンなんだよね。翔太郎が苦しそうな顔するのなんてコーラス録りん時しか見れないよ。あいつが弱音吐くもん、全然釣り合う気がしないって」
-- やはり相当声の大きさが。
「違い過ぎる。そもそもコーラスパートを考えるのも竜二がやってるのね、俺はともかく翔太郎は分かってないから。でさ、自分の声を使って、模範コーラスを作ってくれるんだけど、ありえないのはさ、あいつが一人で70%の声量で被せてる歌に、俺ら2人でも届かないの」
-- ええ?
「コーラスっつってもさ、あれだよ、別に歌ってないんだよ。叫んでるだけなんだけど足りないんだよね、声量が。俺ら2人がどんだけ腹から叫んでアアア!とかやったところで、『ちゃんとやれよお前らァ』って」
-- ふははは!
「いや本当だからねこれ。本番でもやらなきゃいけないから変な風には残せないだろ、コーラスが一番キツイもん」
-- なるほどなるほど。お二人にもそんな弱みがあったのですね。意外ですが、面白いです。
「本当にこれは言いたいんだけど、竜二が凄いんだからね。だってあのURGAさんが唖然とした程だよ」
-- それは凄いですね!
「な?頑張らないといけないのは分かってるんだけどね。こればっかりは、才能だと思うしかないね、あいつのは」
-- 昔からあれだけの声量と肺活量だったんですか?本当に日本人離れしてますよね。
「昔からっていうのがどのあたりを指してるのか分からないけど、クロウバーの時点でデカかったよ。もうちょっとクリアに歌ってた分、今よりもそう感じる人いると思うな」
-- 『歌う』バンドでしたもんね。ハイトーンで攻めてる曲もありましたね。ドーンハンマーになってからは昔よりも声の質感を絞っているように感じられます。その、焦点を、という意味ですが。
「そうだね。ハイキーでもキャンキャンした声は出さなくなったね。それはやっぱりそのままの声をステージで出せないコンディションも考慮してだと思うよ。あと単純に今の音とか曲調とハイトーンは合わないよね」
-- そうですよね。アルバムタイトルをずらりと並べた所で思い出したのですが、初期の最高傑作と名高い『ASTRAL OGRE』から今のボーカルスタイルに近いですよね。
「うん。ひとつの答えを見つけた気がしたな。一曲目が確か、ファンファーレ?」
-- そうです、『MAGNUM FANFARE』。なんで私がそうです、とか(笑)。
「ふふ、あそこからだね、一番頭にインストを持ってくるって決めて、竜二に絶叫させるっていうルールを作ったのは」
-- 今でも1曲目でやる事の多い、そしてやると必ず歓声の上がる名曲ですね。
「でも去年からはやってないね。『PITCHWAVE』が出来ちゃったからね。あれ万能だと思う。そのまま『URTLA』に続く流れもいいし、そこからすっ飛ばして『MY ORDER』に繋げても嵌るし。尺の取れるステージだと、それこそ『FORROW THE PAIN』でもいいしね」
-- このバンドの最大の魅力でもある4人揃っての突撃を堪能出来る流れのパターンが、一気に増えましたね。
「そうだね。結局その時一番新しいアルバムの1曲目を持ってくる事が多いからこそ、たまにやるファンファーレが光るし、1分ちょいの『PITCHWAVE』が出来たおかげでバリエーションの幅が広がった。ああいうゆったりめで重い音のインストって、意外と難しいからね」
-- ヘヴィでゆったりですが、きっちりとザクザクしたリフの刻まれた名曲だと思います。そう言えば繭子に聞いた逸話なんですが、合図なしで翔太郎さんの出頭に合わせられるっていう神業が未だに衝撃的です。
「ん?」
-- 『PITCHWAVE』から『ULTRA』へ途切れなく続いている曲は、2人で一発録りしたものだと聞きました。その際2人は合図もせずに曲の出だしを揃えられる、と。
「うん」
-- え?これ普通の事なんですか?
「え、違うの。そんなの皆ライブでやってると思うよ。わざわざタイミング取ったり顔見合わせたりはしなかな。ダサいし。うちは全曲そうだよ、あの2人に限らず、タイミングは全部体で覚えてる」
-- それは、私が勉強不足でした。割と高度なテクニックをさらっと100%宣言されたもので、びっくりしました。
「確かにあそこはちょっと特殊だと思うけどね。要するにタイミングで言えば、もう翔太郎なんかは言わずもがな、完璧なわけじゃない。そこにどう合わせるかっていう繭子なりの方法があるんだろうね。俺も竜二も沁み込んだ練習量を頼りにしてるんだけど、繭子は多分どっかで翔太郎に近い資質を持ってるんだと思うよ」
-- なるほど。
「練習量が少ないとかじゃなくてね。練習量で言えば繭子が一番やってると思うけど、例えば新曲なんかでもそれが出来たりするからね」
-- 本人は、愛だー、なんて言ってましたが。
「フフ、そうかもしれないね」
-- 男性ファンが嫉妬しますね。
「嫉妬してんのは時枝さんだろ(笑)。なにかっつーと繭子のルックス褒めてるし、噂になってるよ、『あいつそーなんじゃねえか』って」
-- やめてください!
「あははは!」
-- もー。大成さんから言われると本気にしちゃうじゃないですか。ご自分の影響力考えて下さいよー。でも愛って、そういうアレではない気がするんです、皆さんは特に。
「そうだね、期待してるような恋愛の愛じゃないね。あいつは単純に好きなんだよ本当に、ドラムが。バンドが。音楽が」
-- はい。
「例えば、この音とこの音が、こう、バチコン!って当たった時に凄い快感だとするじゃない。したら普通はそこを目指すんだよ。そこを目指して出来るまでやるのが俺達。でも好き過ぎて一回目で合わせられるのが翔太郎や繭子みたいな奴らってことだね」
-- なるほど!分かり易いです。
「まあ、言葉で言う程簡単じゃないけどね。出来るかっていうと普通出来ないよね」
-- なんなんでしょうね。
「それが愛だなんだって言うとお茶を濁すみたいな感じになっちゃうけど、ただ繭子にしたって翔太郎にしたって、誰とでもやれるってわけじゃないと思うよ、俺の見たとこ」
-- 確かに、繭子もそう言ってました。
「うん。やっぱり、同じ音を見て、同じ音を聞いて、同じ音を出し続ける仲間だからっていうのもあるんだろうね。やっぱ愛か」
-- 深いなー、色んな愛がそこにあるわけですね。
「これは俺の感覚だけど、合わせてるっていう気持ちすらないよね。特にライブ中だと。このタイミングが一番格好良い、一番気持ちいいっていう瞬間音って揃うもんなんだよ」
-- 合わせているんじゃなく、合うのが必然だと。
「そうだね」
-- 大成さんの今の言葉が一番しっくりきました。
「ほんと?ならそう書いておいて」
-- はい!ああ、もう日付変わってしまいます。お疲れの所ありがとうございました。
「いいよ別に、近所だし」
そこへタイミングよく、帰宅の準備を終えた伊藤織江が入って来た。
-- お疲れさまです。
「お疲れさま。どうする?先戻ってようか」
-- あ、今終わりました!すみません、お待たせして。
「全然全然、私は平気ですよ。まだ翔太郎も残ってるみたいだし」
-- そうなんですか? 先程電話しながら出て行かれましたけど、まだスタジオ内にいらっしゃるんですか。30分くらい前ですよ。
「車あるけど、あれ、帰ったのかな。いや無理だよね」
尋ねる伊藤に、
「酒飲んでもないのに、歩いて帰ったりはしないよ」
と神波が答える。
「ふむ。あ、…時枝さん少しいいですか?」
-- 私ですか、全然大丈夫ですけど。
「大成ちょっと待っててもらえるかな」
「なんだよ、何の話」
「うーん、まだ分からないんだけど、時枝さんなら何か分かるかなーと思って」
「だから、何」
沈黙。
この時私は何も分からず、ただ伊藤を見つめ返すだけだったのだが、突然ゾクリと悪寒のようなものを感じて震えた。なんだろう、とても嫌な予感がした。海外ツアーの中止?レコード会社と契約解除?いや、今のドーンハンマーの勢いでそれはない。誰かと揉めたとか?まさか、誰か病気か?
「誠の話」
伊藤がそう言った時も、私には何もぴんと来るものはなかった。ただ漠然とした黒い不安だけが、私の中で徐々に広がって行くのが分かった。これは、私が聞いてよい話ではない気がする。
-- 何も聞いていませんが。というか、まだ数回しかお会いした事がありませんし。
「うん、そうなんだけどね、却って…。そうか、なら、いいか」
「なんかあったのか?病気か?」
と、神波が尋ねる。
「ううん、違う。そうならこんな勿体ぶった聞き方はしないよ」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「ってことは、大成も特に聞いてないんだね」
「おい」
「うん、あのね。別れたって言うの。誠と翔太郎が」
-- え。
「別れた?あの2人が?いやいや、ないない!」
「誠が自分でそう言ってるのよ、電話だったけど」
「翔太郎は?」
「私、さっき外から戻ったばかりで今日はまだ会ってないの。練習中どうだった? そんな素振り、あった?」
「ない。いやいや。…いやいや、それはないって」
私はその時、狼狽えた神波大成を初めて見た気がした。立ち上がり、髪をかき上げたその顔は青白くも見えた。
「ちょっと翔太郎探してみるね。時枝さんは、ごめんなさい。ちょっとオフレコのままで」
-- 分かりました。
「大成は、竜二と話してみて。何か聞いてるかもしれないし」
神波は答えず、私に一瞥もくれずに頷いてスタジオを出て行った。先程までの和やかで穏やかな空気はもうどこにも残っていなかった。人生とは本当に何が起きるかわからない、それ自体が生き物のようだ。『これってバンドにとってどの程度、重要な話なんだろうか。私はこの後、どんな顔で、どんなテンションで、彼らに話を聞けばよいのだろう』。その時はそんな小さな悩みに思いを巡らせていたのだが、実際はそんな生易しいレベルの話ではなかったのだ。




