連載第10回。「繭子雑談&伊藤織江、単独」
2016年、5月4日。
芥川繭子、雑談。
練習スタジオ、応接セットにて。
-- 先日拝見させていただいた、イントロ・ドン凄かったですね。
「皆、イントロ・ドンの使い方間違ってるんだけどね(笑)」
-- 読者のために再度説明すると、繭子が以前発言した、翔太郎さんとのシンクロ率は限りなく100%に近いという言葉を検証した企画の事です。
「はい」
-- しかもあれだよね。現在進行形だから「限りなく」と言っただけで、実際は100%なんだと。
「加入当時はもちろん違うから、いつからだって言われると話が違ってくるんだけど、そうなり始めてからはずっとそうだよ」
-- しかし嘘みたいな光景でした。なんだろう、揶揄われてると思った。どこかで私の知らない合図の方法があるんだと、あとでネタばらしされるものだとばかり思ってみていたら、本当なんですね。
「それ嘘だったらめっちゃ恥ずかしいでしょ」
-- 私が見た検証は、「P.O.N.R」の1曲目『PITCHWAVE』から続けて始まる2曲目『ULTRA』への流れ。切れ目なくつながっている別の曲の出頭、ギターとドラムがよーいドンで始まるイントロを、カウントなし合図なしで合わせられる、というものでした。
「『PITCHWAVE』はインストの1分強の短い曲で、音は繋がってるんだけど転調して『ULTRA』っていう爆速の曲に変わるのね。その2曲は別録りじゃなくて、2曲続けて翔太郎さんと同時にレコーディングしたっていう話から始まったんだよね」
-- ええ。最初は何を言ってるのか意味が分からなくて。
「全然信じてくれなかったよね」
-- いや、信じる信じないの前に、私もそんなにレコーディング詳しいわけじゃないけど、そもそもギターとドラムで一発録りっていう話をあまり聞かないので。やるなら全員だったり、ドラムとベースでベーシックトラックを作ってから、歌やギターをのせるんじゃなかったかなーと思って。
「もう、基本中の基本の話をするとそうなんだけど、うちは正直、なんでもアリだよ」
-- でもドラムのレコーディングだって、マイク何本も立てて色んな音を拾うわけでしょ。
「よく知ってるね」
-- それをやりながら、同時に翔太郎さんもレコーディングするって、なんの意味があるの?
「意味は別にないよ。本来は仮歌もなしで、全員一発録りが一番ライブ感出るから全部それでやれたら良いんだけど、竜二さんは何度も歌いたい人だから、納得いくまでに時間がかかるのね。大成さんは既にあるメロディに、自分の使いたいフレーズを何パターンもチェンジしながら選びたい人だから、一回ベーシックで私と録音した後も翔太郎さんのギターを聴いてから変えちゃう事が多いの。だから割と、私と翔太郎さんが録音した音が軸になる場面が多いんだよ。PITCHとULTRAの時もその流れで、じゃあもう一緒に録ってみようかっていう、ほんとそれだけ。そこは別にどうでもいいじゃない(笑)」
-- なるほど。それでギターとドラムで同時録音をしてみたと。でも何故カウントなしなんですか?
「それは曲の世界観を壊すからだね。PITCHWAVEが終わります~からのULTRA!ていう一番緊迫した場面で、「カカカカ」とかスティックの音入れたくないし、合図に頼らなくても合わせられる自信があったから」
-- あれはどうやってるの? 今でも分からないんだけど、一瞬でも音が止まるなら分かるけど、全然止まらずに、翔太郎さんの出だしに合わせてるって事だよね?
「そうだよ。愛だね。うん。愛。伊澄翔太郎愛が、私に空気の流れを読ませるんだよ」
-- 練習の賜物ってことか。
「あははは」
-- ごめん、ほんとのとこどうなの。なんで分かるの? 視線?手の動き?呼吸?
「全部正解と言えば全部正解。けど一番はやっぱり、分かるから、としか言えないな。多分だけど、私目隠ししてても合わせられると思う」
-- それは嘘だー!
「やってみる?」
-- ホエ~。
「でもやっぱり、翔太郎さん相手だからだと思うよ。色んなタイプの曲を演奏して来たけど、やっぱり翔太郎さん節というか、クセというか、そういう特徴ってあるし。私は誰よりもそれに合わせて叩いて来たから。レコーディングの時はもちろん姿も見えてるから断然合わせやすいんだけど、こないだみなたいに敢えて見ないようにしてても、問題ないの。結局、自分の手数や音のダイナミックさやドラマティックな展開とかよりも、ギターのリフとシンクロして駆け抜ける瞬間が一番気持ち良いしね。そこだけを追求してきたといっても、言い過ぎではないからね」
-- そこに大成さんのバッキバキのベースが重なると。
「大成さんのベースはバッキバキというよりグロロロローだね。大蛇がのたうつような振動。翔太郎さんの高速ピッキングに絡みついて突進していくあの音は本当にヤバイよね」
-- 以前、音の隙間は全部俺が埋める、と仰ってました。
「そうそう、超名言。格好良いっ。っていうか私と翔太郎さんの音に隙間が見えるっていうセンスが恐ろしいよ。どんな耳してんだろうね?」
-- 確かにそうですね。ちょっと考えても分からないレベルの話です。今までで一番長かった練習時間は、一度にどれくらい?
「休憩挟みながらなら何時間でも」
-- 特別な練習方法があるようですが。
「リタイアマラソンの話?んーと、私はでも4時間弱とか」
-- ノンストップで!?
「そう。倒れる前提でやる練習だからね。倒れるまでやる。倒れたら抜けて良い」
-- 誰か一人でも倒れたら、終了ですか。
「そうだね。大抵私が一番に潰れて終わりなんだけど」
-- なぜそんな無謀な練習を?
「意地」
-- 何に対して?
「んー。絶対的な自信が欲しいから」
-- 誰が言い出した事なんですか?
「全員だよ。強制じゃないし。月に一回か二回。めちゃくちゃ調子の良い日があって、あー、このままどこまでいけるんだろうっていう空気になるの。そこがスタート」
-- そうまでして、得るものとは?
「どうなんだろうね。下手すると2、3日立てない時あるもんね。あまり人に言いたくないの、だから。だけど、これは翔太郎さんですらそうなんだから私ももちろんなんだけど、いくら『上手い、超絶テクニックだ』って囃し立てられても1等賞2等賞は付けられないじゃない。本当に誰が上手いかは聞く側の好みだし。そんな危うい人気に左右されない、自分だけが知ってる自分だけの1番が欲しいっていう気持ちがあるからかな」
-- 下手すると体を壊す恐れもある練習量ですが、そこが自信につながっていると。
「裏付けがちゃんとあるっていう事だよね。天才とかギフトとか言うけど、それでも誰より私達はこの4人で精度を上げ続けているって。だから誰より上手いはずだ、誰にも負けない音を出せるんだって思っていたいの」
-- キツくないんですか?
「きっついよそりゃ(笑)。何が辛いって、前も言ったけど意識が飛びそうなふわふわした状態から、無理やり我に返されるからね」
-- そうでしたね。ゾーンに入る事すら許されない。
「そうそう。まあでも、疲労と限界を見極めながら、より長くプレイする事を意識するのは正しい事だと思うよ。無我夢中って、言葉は綺麗だけど何やってるか分からないっていう事でもあるからさ」
-- 本当にすごいバンドだなと改めて実感します。話が二転三転しますが、髪の色よく似合ってます。
「本当?全然自信ないけど。こういう感覚は誠さんには勝てないからなー」
つい先日、繭子は髪の色を銀色に染めた。長い部分は背中に届きそうだったが、肩の下辺りまで短くなった。普段は後ろで纏めているのでそこまで髪型の印象は変わらないが、色が大幅に抜けたせいで、北欧系に近い人相に様変わりした。もともと真っ白い肌をしているのでとても神々しい姿になり、服装もダボダボのTシャツからジャストサイズの物へ変更させられスタイルの良さが強調された。当初は窮屈そうだったが、ステージでもこれで行くからと押し切られ、本番と同じ状態で練習する事の意味を説かれてしぶしぶ納得した様子だった。下は相変わらずハーフパンツだが、予想以上に女らしさが増した。もちろん、魅力は3倍増しになった。
-- やっとなんか、ルックスも他の3人に追いついた。ジャケット映りで言えば、ちょっと遠慮がちというか、パワー負けしてたけど、全然張り合える見栄えになったと思います。
「本当?そうかー。そういうもんなんだねー」
-- はやくステージで見たいです。
「そうだね。はやくライブやりたいね」
-- こないだレコーディングブースで見せてもらった新曲、完成したそうですね。
「そう!もう超絶格好良い曲」
-- 曲名は決まりましたか?
「『BATLLES』」
-- バトルズ? 変わった響きですね。WARSじゃないところがあなた方のセンスですね。
「でしょう」
-- 翔太郎さん作曲ですね?
「そう。自分自身にあそこまで鬼畜な譜面を叩き付けられるんだから、ほんと凄いよね。私も今回めっちゃ色々要求された。初めて左手だけでブラスト叩いたの」
-- 左手だけ?『ブレインドリル』みたいな?
「そうそう、あれあれ」
-- ワンハンドロール、もしくはグラヴィティロールと言われるブラストの技法だよね。あ、え、あれを叩けるの? ちょっと嘘でしょ(笑)。一体どこまでやれる人なの?
「そこまで長いフレーズじゃないけどね、やったら、出来たね。腕吊りそうになるけどねえ。また一つ腕を上げたよー」
-- 溜息しか出ません。ドラムの事をよく知らない方には伝わらないかもしれませんが、凄まじい運動量です。それにドーンハンマーにおいて『レコーディングする』という事は、ライブで演れるという事が前提ですからね。あ、レコーディングは終わったんですか?
「終わったよ。いつ音源として出せるかは未定だけど、ライブではやるかな」
-- そう言えば先日、タイラーの女の子達だけスタジオに来てましたね。ルールが分からず右往左往してたのが超可愛かったです。
「ルールって?」
-- 彼女達が到着した時には練習が始まっていたので。あの、2枚ドアの中であまりの音圧に固まってしまって。入って良いのかダメなのか、何度も廊下に出たり人を探したり。
「っはは、見てたなら教えてあげなよ」
-- 最終的には私が強引に中に入れたんですよ。織江さんもお見えにならなかったので。
「そうなんだ。あ、確かにそうだったね。変な組み合わせって思ったもん」
-- いや、あの、私一応専門誌のライターなんで、彼女達とも何度か面識あるんだけどね。
「言われてみればそうだね。トッキー遊びに来てる人みたいに馴染んでるから。仕事だもんね」
-- 嬉しいんだか悲しいんだか。だけど何度見ても勉強になると言ってましたよ。本物を側で感じると、それだけで考え方が変わったりする、と。
「若い人達の吸収力って凄いなーと思うよ。私も10代からドラム叩いてるじゃない。だから分かるんだけど、例えばドラム以外の事も見え方が変わってくるのね。もちろんギターベースドラム全部深く関わってる楽器だから無関係なわけないんだけど、自分で触らない楽器の事も、分かるようになったりするのは、本当だよ」
-- なるほど。逆に彼女達を見ていて、学ぶ事はありますか?
「そうだねー。肝っ玉とか?」
-- ははは。繭子がそれを言うんだ。
「いやー、表情とかすごいもんね。なんだろう、女優というか。普通に、楽器だけやって生きて来た人間が出来る表情じゃないんだよね。可愛いし、格好良いし、真面目だし、それでいて大胆だよね」
-- ほぼ同じような事を、3人は繭子に対して言ってましたよ。
「嘘だー」
-- いやいや、今更なんで嘘言うのよ。本当だって。
「なんて?」
-- この世界で一番憧れる女性です、と。
「っへーーー!」
-- 全然信じてないリアクションだね。
「いや実感ないよそりゃ」
-- 先日、マユーズ(彼ら自身のシャッフルバンド)で何曲か演奏して見せたじゃないですか。あれが大分衝撃だったようです。
「遊びじゃないか」
-- だからこそ滲み出る格好良さがあるんだと、私も思いますよ。皆さんあれだけ余裕で演奏しているにも関わらず、そこいらのバンドが泣いて悔しがる技量の高さでしたから。そこへきて超絶ドラマーの名を欲しいままにする繭子があれだけ笑顔を交えてデスボイスで歌えるっていう事実を目の当たりにすると、ひょっとしたら若人の自信を折りかねない。
「ちょちょちょ、言い過ぎ言い過ぎ。言えば言う程ウソ臭い話になるし」
-- いや、実際あの彼女達の顔を思い出すに、完全にへし折ったかもしれない。
「あははは!」
ついには笑い出した繭子に、私はある意地悪な質問をぶつけてみた。
-- もし、メンバーの誰かが『よし、今後はマユーズでやっていこう』と提案したら、どうしますか?
「怒るよォ」
-- …調子に乗りすぎました。申し訳ない。
「ウッソー!仕返し!」
-- っは!…あー、生きた心地がしないよ。
「でも、正直そういうのはやりたくないかな。遊びだから楽しいんだし、こっちを本気でやろうと思うには今からじゃ全然遅いよ。私が目指さなきゃなんない先には竜二さんがいるんだよ。絶対勝てないじゃない。それにいくら翔太郎さんが怪物でも、私はドラムだけは絶対に負けるわけにいかないし。だけど、本当に、どうしてもそうせざるを得ない何かがあって、苦渋の決断を迫られたなら、あの3人とならやってもいいかな」
-- ごめん、自分で変な質問しといてあれだけど、なんか泣きそうになってきた、今。
「(笑)。うん、あの3人となら、新しい何かを始める事に恐れはないかな。今の4人に勝てるとは到底思えないけど。そういう人生になっても、私は。…やっぱ嫌かな(笑)」
-- ごめん。
「またー、なんですぐ泣くかなー」
-- ごめん。出直してくる。
そこへ伊澄が通りかかる。
「また泣いてんのかお前!」
「翔太郎さんも座って、ちょっと同じ質問受けて下さいよ」
「質問? 質問した方が泣く質問って何?」
-- すみません。
小馬鹿にする伊澄に、繭子が直接質問をぶつける。
「メンバーの誰かがもし、マユーズ一本でやっていこうって言い出したら、翔太郎さんどうします?」
質問した側ですら動揺してしまう内容だというのに、伊澄は笑顔で煙草に火をつけ、間髪入れずにこう言った。
「なにそれ。うーん、3年、いや…2年、うん、2年後ならいいよ」
-- え!!
「え!? なんで2年後?」
私と繭子が声を揃えて驚きの声を上げたにも関わらず、伊澄は短い煙を少し吐いた程度で事もなげにこう言い返す。
「2年後なら多分このバンドでもう世界獲ってるだろ。その後の人生なんて半分遊びみたいなもんだしな」
-- っか!!
「遊びみたいなもんは言い過ぎか。までも、マユーズしかやれないってんなら、お前を真ん中に置いてもっかい世界獲りに行くのも面白いよな。どうせならギターやりたいけど。ごめんな、俺用事あるんだよ。お疲れさん」
「…お疲れさまです」
2人は思わず口を押えて絶叫を堪えた。振り返らずにスタジオを出て行った伊澄の背中を見送り、いなくなってからもドアを見つめたまま、やがて私と繭子は声を上げた。
「格好いいー!」
しかし実際、彼の言葉が格好良いか否かを基準に発せられたものではない事くらい、私にも理解できた。本当に彼はそう思っているし、当たり前の事だと信じている。
伊澄翔太郎とはそういう男なのだ。そして何より、このバンドにとって「世界を獲る」とは、メタリカ、スレイヤーの名と横並びに称賛される事に他ならない。まさに今、同じステージ立つ事を許されている彼らにとって、世界はもう手の届くそこにあるのだ。
こんなに震える話があって良いのか!
私と繭子はソファーに座ったまま地団太を踏み、両手をぶんぶん振って感動を表現した。
格好良すぎる!
絶対にやってやる!
燃える!
今でも私は、マユーズを世界の舞台で見てみたいと心の隅っこで舌を出しながら、そう思っている。
2016年、5月10日。
伊藤織江、インタビュー。
会議室にて。
-- 今回お時間を頂いたのは、ステージ以外でのバンドメンバーを最もよく知る、マネージャーであり事務所代表でもある伊藤織江さんにお話をお伺いしたと思ったからです。
「よろしくお願いします」
-- ようやく織江さんにお話をお伺い出来ます。
「お待たせしました。…ウソです(笑)。え、待って、下の名前で呼ぶの?インタビューで?」
-- すみません(笑)、メンバーと同じ呼び方しました。活字に直す際には全て差し替えます。
「びっくりした」
-- よろしくおねがいします。織江さんにお話をお伺いするまでに、2か月近く経ってしまいましたよ。
「…ええっと、何とも言えません。待たれていた理由も、よく分からないので」
-- こちらの勝手な、個人的な理由ですのでお気になさらないでください(笑)。では、始め出させて頂います。
「(頭を下げる)」
-- とは言え、これまでバンドに代わってインタビューを受けられる事もあったそうですね。
「日本ではほぼないですけどね。海外だと、通訳なしで話を出来るのが私と竜二だけなので、彼のいない場面や急な依頼には私が対応しています」
-- バンドの事ももちろんですが、織江さんご自身についての話も、お聞かせ願えたらと思っています。
「内容によります」
-- 身の上話ではなく、織江さんご自身の意見も含めて、という事ですが。
「…内容によります(笑)。聞いてから考えちゃだめですか?」
-- 大丈夫です(笑)。では、仕切り直して。ここ1、2年で飛躍的に海外での活動が増えた印象ですが、 向こうではバンドをどういった捉え方で見ていると思われますか?
「特にアメリカでは、侍とか忍者とか言いたがりな人が多い中で、割と素直に音楽面だけを捉えて、とてもクールだ、クレイジーだと言ってもらう事が多くて、嬉しいですね」
-- それは嬉しいですね!あちらでの認知度は、率直にどの程度なのでしょうか。
「どうなんでしょう。イベント会場では半々だと思います。既に彼らを知っているファンが半分、知らないけど名前だけ聞いた事がある人、もしくは全然知らない人で半分ですね。逆にそういったライブ会場以外での認知度は、調べる手段がないので」
-- 来年のヘッドライナーツアーが勝負ですね。
「仰る通りです。ガラガラだったらどうしましょうかね」
-- ありえません(笑)。向こうの雑誌やテレビに取り上げられたりなどは。
「最近増えましたね。テレビと言っても、ライブ会場で空き時間に受けたインタビュー映像が流れたりする程度で、番組に呼ばれたりはしないですけど。雑誌の取材はそこそこ。表紙には何度かなりました」
-- 見ました!買いました!『ケラング』ですね!
「ありがとうございます」
-- 芥川さんの存在をことさらクローズアップされて困った経験があるとお伺いしましたが。
「ああ、最近は減りましたね。加入当初は確かにありましたけど、それもどちらかと言えば日本での方がそういう傾向が強くて、海外だとそこまで露骨な目にはあった経験はないです」
-- バンドの知名度が上がったのと、彼女自身の実力が認知され始めたのも大きいですね。
「遅いくらいですけどね」
-- 織江さんは、バンドのマネージング以外に事務所経営もされていますが、正直一人で回すには大変ではないですか。
「…」
-- ビジネス雑誌からもインタビューの依頼がある程ですから、織江さんの経営手腕は実際…。
「…ふふ、ちょっと待ってね(笑いをこらえきれずに、口元を両手で覆う)。初めてです、バンドのインタビューでそんな事言われたの。バンドの話をしているつもりが、いきなり私個人の話になって不意を突かれた。やっぱり時枝さんは面白いね」
-- 私はバンドと同じくらい、バンドを支えている方達にも興味があるんです。
「裏方に?」
-- 裏方だとは思っていないので。
「裏方だよ。別にそこはそうだよ。バンドに対する興味と、私達スタッフに対する興味は、同じ種類ではないでしょう?」
-- なるほど、確かに。勉強になります。
「いえいえ、偉そうに言いました。運営やマネージメントは私が行っていますが、スタッフに昔からよく知る人間が何人もいますから、なんとかなってます」
-- 海外ツアーと国内のイベントでは、会話以外に大変な違いはありますか?
「ん、バンドのことね? 彼らはどこにいても変わらないから、違いは感じなくて済んでいますね。どこの国かという話よりも、どこまで彼ら本来のプレイができる環境を作れるかを意識しているので、なるべくステージ本番以外の事で彼らを煩わせたくはないと、考えて動くようにはしています」
-- 具体的にはどうのような気苦労が多いですか。
「それはやはり機材でしょうね。持って行ける自前の機材にも限界がありますし、あちらでレンタル出来て揃うものは調達しますが、無理な物でもどうしても外せない機材は日本から自らで抱えての移動になりますから。重たいとか面倒だといった愚痴は一切こぼさない人達ですが、私は本来そこも、こっちサイドでやりたいので」
-- 甘やかしすぎではないですか?
「あははは。そうなんでしょうか?単純に、私が嫌なんですよ。プレイヤーはプレイに専念して欲しいだけなんです。スター扱いしてるわけじゃなくて」
-- なるほど。メンタル面では、特に気を遣うことはないですか?
「ええ、そういった面は全く。どちらかと言えば気を使われているかもしれません、私の方が」
-- 意外ですね。
「ええー? 本当はもう意外でもなんでもないんじゃないですか?」
-- と仰いますと。
「彼らと実際に話をしてみて、先入観を覆されたんじゃないですか? 時枝さんはもう彼らがどういう人間か分かっていると思います。彼らが海外でライブをやる時にストレスを感じるような男達じゃないって事も、同時に他人に気遣いが出来る大人であることも、分かってるんじゃないかな、と思って」
-- (両膝に手を着いて、深々と頭を下げる)御見それいたしました。いやー、全く、困った職業病とでも言いますか。テンプレがつい口を突いて出てしまう癖がどうも抜けなくて、今も実際に困っていました。「甘やかしすぎじゃないですか」なんて、私思ってもいない事のはずなのに。織江さんの気持ちも、分かっていました。それでもつい、ライターとしてマニュアル通りの事を聞こうとしてしまうんですよね。まだ緊張が抜けません。
「時枝さんは仕事人間で、真面目な人なんですよ。一通り聞き終わってからじゃないと、本当に聞きたい内容に気持ちが移ってくれないんでしょう?」
-- そうなんです!凄い!織江さん凄いです!
「分かりますよ、そういう取材何度も受けてきたので。海外だとよくあります。自分の前のインタビュアーが、『出来上がった作品に満足してますか?』と聞いてこちらが『オフコース』と答えているのを目で見て、聞いてはいても、次に自分の番が来た時には同じ質問をしてしまう。自分にも『オフコース』という言葉を欲しがるっていうループに陥って、耐えられなくなった竜二に代わってくれ!って頼まれた事が何度もあります」
-- イベント取材あるあるですね!
「翔太郎はきっと二度目で我慢出来ないと思います」
-- あははは!分かります!…は、ちゃんと取材しようと一杯考えてきたのに、普通に笑って喋ってる。織江さんは不思議な人だなー。
「私はいたって普通ですよ」
-- 普通ではないです。
「普通ですよー!」
良識ある大人を普通と呼ぶなら普通なのだろう。しかし私がこれまで接してきた大人と分類される人達の中で、残念ながら群を抜いて人格者だと思える人は、片手で足りてしまうほどに少ない。伊藤織江という人は、そんな数少ない『良識ある大人』の中でも更に、格別な存在感がある。しかしそう思える理由を、この時の私はまだ理解し切れていない。
-- これ言ってもいいのかなー。これまでも、何度か弊誌「Billion」のインタビューは受けて頂いていますよね。
「はい」
-- インタビュー記事とはまた別で収録しているバンド情報などの取材では、織江さんには何度もお世話になっていると思いますが、最近うちの編集から小耳に挟んだ事がありまして。
「ん?なんだろう、嫌な予感がするぞ?」
-- 鋭いですね。
「編集って、具体的には、庄内さん?」
-- そうです、副編集長です。
「なんだろう、なんか変な話したっけな」
-- いや、全然違います。庄内が実は織江さんの隠れファンで、何度か取材して記事に掲載しようとしていつもNGを食らっている、という話です。
「なんだそれー」
座っていた椅子にずるずると背中を滑らせてのけ反る伊藤織江の頬が、珍しく薄っすら赤みを帯びた。
「あー、でも、確かに。NGというか、何度かやめてくれと頼んだ事はあります」
-- 具体的な事は分からないのですが、どんな依頼だったんですか?
「依頼というか、要するに取材対象を明記するケースで、あんまり自分の口からは言いたくないんですが、『美人マネージャー』とか「敏腕女社長』とか、尾ひれを付けたがるもんだから、そこは全部NGにしました」
-- えええ、全然尾ひれじゃないですよ、実際そうじゃないですか。
「っはは!ごめんなさい(笑)。んー、だけどそういう問題でもなくて。何より私を前に出して欲しくないんです」
-- ああ、なるほど。
「美人でもないし!」
-- 美人です。
「(笑)。もっと言えば、本当は『関係者』程度で良いんだけど、それだとネットニュースによく出るゴーストライターみたいになるから、写真付きで掲載したいんだと、もう正直しつこかった時期がありましたね」
-- 今度シメときますね。
「最近はマシになりましたよ」
-- でもシメときますね。
「なんだかお二人からは同じ匂いがする(笑)」
-- 面目ない。バカな師匠と弟子です。
「なるほどね。ああ、そうそう。うん、でもね、良い人は良い人よ」
-- はい、尊敬できる人だと私も思います。
「ね?思い出したんだけど、庄内さんて竜二達と仲が良いのよ、年が近いから」
-- え、そうなんですか!? 知らなかった。
「そうよ。それでね、時枝さんがウチに来る前に、庄内さんから電話あったの、竜二に。ウチの若いのが面白い事考えたから、よろしく可愛がってやってくださいと言ってたそうよ」
-- えええ、全然知らなかった。あ、それで織江さんに初めて電話した時も、話の通りが良かったんですね。
「それもあるかな。結局どう転ぶかは本人の頑張り次第だけど、竜二的にはある程度ちゃんと対応してやりたいとは、言ってたよ」
-- うううー、最近泣ける話にはめっぽう弱いんで聞かなかった事にします。
「あははは!」
-- ちょっと軌道修正します。去年は本当に、海外でたくさんライブをやりましたね。アメリカ、イギリス、フランス、ブラジル、スウェーデン、ドイツ、台湾。一番印象に残っているのは、やはりヴァッケンですか?
「規模で言うとそうですね。ラインナップも豪華でしたし、夢のようでした」
-- ソニスフィアやヘルフェストなどで、スレイヤーやメタリカと共演したわけですが、実際どんな気持ちになるものなんでしょう。
「それはメンバーに聞いた方がいいですね…。私から見た空気感だと、ようやく!という気持ちが大きかったかなぁ。…そうですね、ただ本人達曰く、やっとスタートラインなんだと。勝負は次、来年、当たり前のようにここへやって来て、当たり前のように世界最高のプレイで目の前のメタルファンにただいまを言わなきゃいけないって」
-- ああ、目に浮かぶようです!ですがそこで、メタリカ達に対する畏怖の念やミーハーな感想が出てこない辺り、最高に格好良いですね。もう本当、待ち遠しいです。
「同伴だって? 現地取材なんてすごいじゃないですか」
-- めっちゃくっちゃ暴れてやります。喉がちぎれるまでドーンハンマーコールします。
「取材は?」
-- 取材の後で(笑)。
「じゃあ期待しよー」
-- はい!今年は海外は抑え気味で、日本でも大きいフェスに2つ3つ出る予定にとどめていますが、どういった戦略でしょうか。
「曲を作る時間がまとめて欲しいのと、具体的な目標に向けてレベルアップを図るためになるべく移動やスケジュールの調整で時間を潰したくない、というのが大きいですね。ライブはどんどんやりたいんだけど、日本だとなかなか場所もないんですよね。昔ながらのあまり小さい箱だと音の環境を整えられないし、お客さんも入り切れないし」
-- なるほど。そのー、なんと言いますか。聞いた後で後悔するかもしれないし、だけど聞かないのも気持ちが悪いといいますか、そういう燻っている思いがありまして。
「ん?」
-- 昨年、「P.O.N.R」を引っ提げて、堂々と海外での大きなイベントのステージ立ったわけですが、その時、善明アキラさんの事は話されましたか? 皆さんの間で。
「アキラ? もちろん!」
-- はあ、やはり。やっぱりそうですか。
「あんまり気にする必要ないですよ。NGでもタブーでもなんでもないですから。善明アキラっていう凄腕ドラマーがいて、亡くなって、芥川繭子っていう超絶ドラマーが加入してここまでやって来た。そういう事実があるだけですから」
-- 頭では分かっているし、大成さんもそう仰っていました。だけどどうしても、軽々しく触れていい部分ではないという思いも、外野にはあります。
「彼らの気持ちを尊重して下さって、本当にありがとう、と言いたいです。だけど皆普通にアキラの話をしますよ、もちろん繭子も。印象的だったのは、ヴァッケンでのリハですね」
-- 去年のバンドツアーで言うと、割と最初の方のスケジュールですね。やはり、格別だったのでしょうか。
「だと思いますよ。彼らがよく口にする『世界』というものが目の前にバーっと広がった瞬間ですからね。リハで、4人がステーにジ立って、機材の話や立ち位置の話なんかを笑ってしてる時に、繭子がね、言ったんですよ。『今だけ、バンド名 AKIRA にしたい気分です』って。誰も何も言わなかったんですよね。笑うでも、無視するでもなく、ちゃんと聞こえていたけど、言葉で返す事はしなかったんです、誰も。繭子も返事を求めていませんでした。色んな感情があったと思うんですよね。繭子は繭子で、深い意味はないかもしれないし、自分はやっぱりアキラの代わりにここにいるっていう責任感を背負ってる部分だってある。他のメンバーはそんな気はさらさらなくて、繭子は繭子でしかないって分かってるけど、彼女の気持ちも頭では理解している。だから、どの気持ちにどう答えていいか迷ったんだと思います。私は私で、アキラは今もちゃんと皆の胸に生きていて、なんなら4人の側に、ヴァッケンのステージにもやって来ていると、皆思ってるんじゃないかって、勝手に妄想してました。4人から少し離れた場所で彼らを見ていて感じたのは、彼らが歩いて来た長い道のりに、並走するように、アキラもちゃんとここまでやって来たって事です」
-- 全く色褪せない存在なんだと、私もそう思います。なんとなくですが、その時芥川さんが仰った意味を考えてみて思ったのが、竜二さんが一発目でバンド名を叫ぶ姿を思い描いたんじゃないでしょうか。
「…ああ。あー!あるね、それはね」
-- はい。彼女は彼女で、今このヴァッケンの地で「アキラー!」って絶叫する、何も気にせず叫ぶ竜二さんを見たかったんじゃないかって、そんな風な事を思いました。
「だからバンド名にしたい、かー。わあ!時枝さん凄い!絶対そうだね!そうかー!」
-- なんとくなので、全然根拠も自信はありません。
「なるほどねえ。私もまだまだ、ちゃんと見ているようで、見えてない事だらけだなー」
-- そんなことは決してないと思います。私は今のバンドがあるのは織江さんや関誠さんの存在のおかげでもあると思っているくらいです。
「買い被りすぎです」
-- おそらく、庄内もそれが分かっているから織江さんの事を記事にしたがっているんだと思います。
「いやー、はは、それはどうですかね」
-- 私今回の密着で、織江さんと誠さんにも是非バンドに関する重要人物として登場していただきたいと本気で考えています。先程ようやくと私が口にしたのは、その為です。
「ええー、必要かなー、そういう外野の部分」
-- バンドの全てがここにある、という内容にしたいんです。
「大成から聞いた。面白い人だねえって話したよ」
-- よろしくお願いします。あとURGAさんとタイニー・ルーラーにも出て欲しいと思っていますので、その時にはご協力お願いいたします。
「女のコばっかり出て来るな(笑)。軟弱なバンドだと思われないかな?」
-- そうならない記事にします。それよりも、彼らのような『怖い』イメージのあるバンドにとっては、良い意味で中和剤のような役割にもなると思います。
「なるほど、とっつき易さだね。…私に出来る事があるなら、協力は惜しみません」
-- はい、ありがとうございます。
「まあでも、確かに今までにない仕上がりにはなりそうですね、今回の密着取材は。各個人のインタビュー見させてもらいましたけど、軽く衝撃を受けました。軽くと言うか、結構(笑)。あー、ここまで皆ちゃんと話すんだーって。毎回泣いてる時枝さんも衝撃だし、そういう意味では私自身も今後を楽しみにしていますーってなんでなんで、え、なんで今泣くの!?」
-- すみません、ほんとすみません。
「あはは。これはちょっと、本気で困ったぞ。あ、ハンカチどうぞ」
-- ごめんなさい。
「どうした?」
-- ごめんなさい。ちょっと止めますね。
「はいはい」
一時停止。
バンドの取材と言いながら、メンバーや関係者の深い部分、柔らかい部分に触れるにつけ感じるにつけ、私はどんどんバンドを「ミュージシャン」として見れなくなってきている事に対して、自分でも危ういと感じ始めていた。今もそうだ。伊藤織江にしてみれば衝撃的な程、訳のわからない涙を見た気分だろう。言い訳させてもらうなら私は既に、この日伊藤に会った時点でもう泣きそうだったのだ。
バンドの事を知れば知るほど、彼らが単なる音楽好きの、所謂ビジネスバンドではない事が分かって来る。
人は誰もが、無意識のうちに何かを犠牲にして、何かを失いながら生きている。そしてその対価として喜びや感動を得て、自分の中でバランスを取りながら少しずつ前に進んでいる。生きるとはそういうものだろうと、私みたいな半端な人間は疑いもせずそう考えている。
しかしそんな安い人生観に当て嵌まらない人達が目の前に現れた。
ただひたすらに、格好良いデスメタルミュージックをプレイする。
ある意味誰でも思いつきそうな夢に対し、偽りなく本気で人生の全てを注ぎ込む彼らの勢いに、私は圧倒され続けている。
ひょっとすれば今現在、彼らはそれなりの喜びと手応えを感じているかもしれない。だが何度でも言うが、彼らは10年前あまりにも多くの物を失った。友であり、願いであり、夢そのものであった大切な人生の一部を失った。そこからの10年、彼らはこのスタジオでひたすらぶっ倒れるまで己の肉体を傷め続けた。彼らはスラッシュメタルという祭壇に途方もない時間を捧げたのだ。そんな彼らの時間には、かけがえのない人々を失ったやり切れぬ怒りと、注ぎ込んだ夢への情念が凝縮されてパンパンに詰まっている。
誤解されたくないので敢えて言うが、私は彼らを可哀想などと思っているからこんな話をしているのではない。
全くその逆だ。全身全霊をかけて物事にあたるとは、まさしく彼らの為に存在する言葉だと実感している。
HR/HM誌の音楽ライターを10年続けてきた私ですらこんな人達を見た事はない。聞いたこともなく、想像した事もない。
そんな彼らにしてみれば、今手にしている栄光などはまだほんの手間賃くらいに過ぎず、犠牲にしてきた全ての物を天秤に乗せて吊り合うレベルでは全くない筈だ。更に言えば彼らはきっと、『何も犠牲になどしていない』と高らかに宣言出来る強さを持っている。
私にしてみれば到底計り知れない貴重な財産を、両腕一杯差し出しているというのにだ。
それなのに、彼らは当たり前の顔をして笑ってそこにいる。
私が自分の目で見、耳で聞く彼らの凄さを正確に伝えるには、十分な頭と心の整理が必要だと常々思っている。そして、そんな日々の中で出会う伊藤織江という存在は私にとって、灯台の光のようだと感じていた。何故なら私は見た事もない荒々しい海を、どこに向かって航海しているかも分からずにいるのだ。伊藤はそんな私に、第三者の目を通して見るドーンハンマーの姿を教えてくれる唯一の人だと思い込み、すがるような気持ちで接してきた。
だが、私は気づいてしまった。彼女自身もまた、傷つき、痛み、苦しみ抜いてここにいるのだという事に。
そんな彼女の笑顔を私はもう、「優しい人だな」というボンクラみたいな感想で見つめ返す事ができない。
第三者ではない。彼女は紛れもなく、ドーンハンマーなのだから。
再開。
-- すみませんでした。
「全然涙止まってないけどイケる? 時間なら気にしなくて平気だけど」
-- はい。ちょっとこれはもう無理なので、このまま続けます。
「じゃあ、落ち着くまで、私が少し話をしようかな。実はね、時枝さんに言ってない話があってね」
-- はい、なんでしょう。
「今回この取材を本当に受けるかどうかを改めて皆で話合った日。…時枝さんが初めてスタジオに来た日ね。あなたが帰った後で、実は皆で話をしたのよ。全体会議」
-- はい。
「あの時は繭子が急に怒り出したというのを聞いて、よくよく話をしたんだけど。どうにも皆の心の奥には常々、ミュージシャンとして外に出して良い事と出してはいけない事があると、そういう線引きがあるようなの」
-- なんとなく、わかります。
「だからこそ、皆のインタビューを見て本当にびっくりした。なんでかっていうと、本来彼らは一切自分の事を語らずとも、ステージ上だけで勝負できる存在でいたいっていう思いがあって、これまでほぼほぼ、そこを守ってやってきたの。例えば音源の話とか、プレイスタイルの話とか、そういう上っ面っていう言い方は変だけど、いかにもミュージシャン然とした話は頑張れば出来るけど、繭子がどうやって、どういう気持ちでバンドに加入しただとか、アキラの事だとか、彼の人柄だとか、そういう事を他人に話す人達じゃなかったから」
-- 今まで聞かれた事はなかったんですか。
「ううん、そんな事はないよ。けど…」
-- NGでもタブーでもないというのは、やはりリップサービスでしたか?
「それは本当。ただ、同じ物事について話していても、日常の会話の中でなら言える部分と、仕事中、バンド取材中だと言えない事って、あるじゃない?」
-- ああ、はい、確かにそうですね。それが今は、どうしてなんでしょうか。
「あの日もね。どういうつもりなんだと、繭子は言うわけ。注目されるのは良い事だけど、また色物扱いされて昔に逆戻りするのだけは絶対に嫌だと」
-- はい。
「これまでの取材とは違う。ただ新譜の話をそれらしく格好付けて話せば終わりという仕事でもない。何でこんな事やらなきゃいけないんだ」
-- …はい、
「はっきりとは、誰も答えられないんだけどね。だけど私はどこかで必要なんじゃないかって感じてはいたの。そういう段階に来たというか。彼らの知名度が飛躍的に上がって、それこそメタルを普段聞かない一般層にも、テレビに出たり紹介されたりすることで、広がりを見せた。この今だからこそ、ミステリアスなままで、間違った情報や色物バンドのイメージ先行で、バンドを見て欲しくないって言う気持ちがあった。そういう段階で、時枝さんが持ってきた密着取材という企画は私にすれば渡りに船というか、逃してなるもんか!と」
-- そうだったんですね!運命ですね!
「それにね、みんなどっかで、不安なのよ。それは、うん。あると思う」
-- え?
「私も不安だもん」
-- え?え?何がですか?
「彼らの力が及ばない事が」
言葉すら出てこなかった。正直意味が分からずピンと来なかった。
そんな私の気持ちに気づかないのか、伊藤は続けて言う。
「自分達の命がいつ消えてなくなってもおかしくないって、私達は誰より知っているから」
冷や水を浴びせられたようにとよく聞くが、正に私はこの時、注射器で冷水を直接体内に注入されたような感覚を味わった。心臓が止まる程、恐ろしく動揺した。
「人はいつか死ぬ。突然死ぬ。それを誰よりも私たちは知ってる。無力感も、どれだけ願っても届かない思いがあるということも知っている。だからこそ今、目一杯頑張って全力で鳴らしている音と歌を、世界中に響かせたい。その為だけに生きている。その為の努力なら彼らは絶対に惜しまない。だけど、不安なのよ」
-- はい。
「だから、あなたにも力になってほしくて。良い意味でも悪い意味でもいい。私はあなたとBillionを利用しようとしている。これまで表に出してこなかった人間像や内輪の話、境遇も含めて、少しずつでも曝け出して行こうと思ったの。そうすることで一人でも多く彼らに興味を持ってくれたらいい。そしたらきっと、もっともっとたくさんの人達を惹きつける力を、彼らは持っているはずだと信じてるから。今回私があなたの密着取材の話を聞いて、二つ返事で受けた理由がそれです。…嫌になった?」
-- ぜ、全然全然!何でですか!望むところですよ!本来私達はその為にいるんですから!
「本当に?」
-- ちょっと、いきなり言われたので動揺はしましたけど、それは本当に、私に出来ることなら、なんでもしますというのが正直な気持ちです。あなた方の力添えが出来るなら、どんどん利用して欲しいです。
「ありがとう。彼らの名誉の為に言うんだけど、決して彼らの口から、時枝さんやBillionを利用しようという言葉が出たわけではないよ。私が勝手にそう思いついて話を受けた所から始まってるけど、彼らは彼らなりに考えがあって、あなたと腹を割った話をしていると思ってるから」
-- はい。
「これからもよろしくお願いします」
-- こちらこそよろしくお願いします。ただ正直、意外でしたけどね。彼らのどこにそんな不安があるのか。人はいつどうなってしまうか分かりません。それはそうだと思います。しかし、今彼らは本当にすぐ手の届くところにいるんですよ。彼らが目指す世界に。
「ありがとうございます」
-- 一つ聞いてもいいですか。…伊澄さんは。…翔太郎さんも、その、不安を抱いているとお考えですか?
「どういう意味?」
-- いえ、あの方の辞書に『不安』の二文字はない気がします。
まるで特撮ヒーローについて話しているようなキラキラした私の問いかけに、伊藤はたっぷりとした間を置いて、真剣な目で応えてくれた。
「時枝さんの言葉には、ある意味真実があると思います。彼は本当にすごいもんね。素晴らしいプレイヤーだし、全幅の信頼を置いています。彼がいる限りバンドはある程度の場所へは行けると思う。だからこそ、全身全霊を込めて、それでももし、彼ら自身が行きたい場所へ届かないのであれば…。超人ではなく本物の努力家であるが故に、プレッシャーと不安は常に抱えているものだと、私は思っています。それを感じさせないのが翔太郎の凄さではあるけど、でも実際に不安を感じない人間なんて、いないと思うよ」
-- そうか、…そうですね。
「ただまあ、あの通りの人なので、もしかしたら本当に不安なんか感じていないかもしれないね。そう願いたいけど、私自身が、心配症なんだよね」
-- 私もそう信じたいですね。
「私達の利害が一致する記事になればいいね!」
-- 利害と仰いますと?
「だって時枝さんは、ドーンハンマーにおける繭子の目を通して、今の日本のメタル界と世界の現状を描写するのが目的なんだよね。私達は、あなたと読者の目となりながらも、私達自身にも興味を向けさせたい。ね、頑張ったらなんとかなりそうじゃない?」
-- ええーっと。あはは、そうですね。忘れてました。私ここの所完全に、バンドを応援するためだけに取材してる気でいました。
「庄内さんに怒られるよ(笑)。肩入れしすぎると公平な記事を書けなくなるぞって」
-- そうなんですけどね。
「割と仕事には厳しいそうじゃない?」
-- はい。ですが、最初っからバンドのファンなのは彼も知ってますから、ある程度は大目に見てもらえるとは思います。
「(笑)。よろしくお願いしますね」
-- こちらこそ、本当に、よろしくお願いします。貴重なお時間、ありがとうございました。
「せっかく泣き止むまでお話してたのに、取材はもういいの?」
-- …全く!なんて人だあなたは!世界を相手に怯むことなく戦っていける敏腕美人マネージャーは、やっぱりこうでなくちゃいけない!
「やめて(笑)、庄内さんより酷いよ!」




