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目指せ、お姫様! ビッグチャンスは掴むもの

 空はすごぶる晴天。少し冷えるが、私はクレイヤ(好きな人)の腕の中。目の前に、上級悪魔がいなければ、最高のシュチュエーション! なのに……。


 龍みたいな形の、巨大な上級悪魔グイベルは私の師クレイヤとルークにフルボッコにされ、氷柱で串刺しにされて活動停止中。


 現在、グイベルの悪魔の核の位置と、弱点の観察中。それが私への課題。


「どうだ? 何か見えたか?」


 クレイヤに問いかけられて、私は首を横に振った。


「低級悪魔と違って、魔力がグルグル渦巻いててよく分からない」


「グイベルは裂魂(れっこん)密度が高くて、解明されたのはつい100年前とかだからなあ。いきなり上級悪魔を暴くのは、しかもグイベルなんてキヨイと言えど、早かったか」


 明らかに落胆されたので、私はクレイヤの胸を握った拳で叩いた。


「見切るの早過ぎ! もう少し待って! ついでに実技授業で生徒を見捨てるのも早過ぎ! 格好良くて熱心なら、さらに良い男になるべきだよ!」


 あ、つい、余計なことを口にした。


「あはははは! キヨイ、本当に面白い奴だな。おい、クレイヤ。育てるつもりなら、忍耐を覚えろ」


 ルークがバシバシと、クレイヤの背中を叩く。


「能力がないのに、背伸びして、死にでもしたらそれこそ本人の為にならない。本気なら勝手に努力して、食らいついてくるだろ。祓士(はらいし)は危険な仕事だ」


 冷めた瞳のクレイヤ。不機嫌というより、何処と無く寂しそう。


「まあ、キヨイ。前にも言ったが、お前のような天才は前線には立たない。新型悪魔の解明、未解析の呪いの研究、魔法の開拓、未来のキヨイは魔術士の先頭。結社の建物内で仕事をすることが大半だろう。前線に出ても大量の護衛がつく。つまり、危険が無いのに、地位も名誉に金、何でも手に入るぞ!羨ましい才能だ!」


 地位に名誉、財産よりクレイヤが欲しい。手を繋いでデートをしたい。満面の笑顔に、私はクラッてきた。今日もクレイヤは素敵♡……そう思った時に、チリッという音がした。


——しっかりしろ! 絶対助けてやるから!


 頭の奥で、ぼやぼやっとした声がした。クレイヤの声。悲痛な叫びなんて、聞いた記憶がない。


「キヨイ?」


「ううん。何でもない。クレイヤ、私もう少し頑張る」


 私はクレイヤからグイベルへと視線を戻した。悪魔って血が出たりしないから、気が楽。クレイヤの言う通りなら、私はお気楽娘のまま、何もかも手に入れられる。改めて思うけど、天才って得しかないんじゃない?

 

「ルーク、リオ呼んでこい。グイベルの裂魂(れっこん)密度を薄めてもらう」


 頭の後ろで手を組んで、だらっとしていたルーオが嫌そうな顔をした。


「えー、俺、リオの歌って苦手なんだよ」


「耳栓持ち歩けって言ってただろう?」


 ルークが腰に手を当てて、ニッと歯を見せて笑った。


「忘れてた!」


 クレイヤが思いっきり、大きなため息を吐いた。


「キヨイ、俺の上着の胸ポケットに耳栓が入ってるからルークに渡してくれ」


 私は串刺しにされているグイベルから、クレイヤへと顔を戻した。灰色(グレー)の上着の胸ポケットには、オバケみたいな刺繍がされている。何だっけ、クレイヤが好きなブランド。私は胸ポケットに指を入れた。


 耳栓も同じロゴだった。色は水色。ちょっと可愛いデザインかも。レストニア国は昔ながらの服の人と、ニューファッションの若者が入り混じっている。クレイヤは後者。今日はシックだが、たまに奇抜な服を着ている。シャツの裾が半分出ていて、そこに大きなシルクハットの絵があるとか、変な服。今日みたいな方が良い。


 片手だけつけている、黒革の手袋も止めれば良いのに。


「何、ぼーっとしてるんだよ」


「えっ? ああ、この耳栓、可愛いなぁって。クレイヤ、このブランドの服をたまに着てるよね」


 私は掌の上の耳栓をルークへ渡した。


「ラビゴ? 気に入ったなら買ってきてやるよ。入学祝い、まだだったしな。ったく、お前は俺に買ってこいルーク。そうだな、ミデアイの新作デザインの奴な」


「はああああ⁈ ミデアイ⁉︎ 高級ブランドなんて買わねえからな! 言っておくけどラビゴもだからな! キヨイの入学祝いには、まあ金を出そう。これは洗って返す。ったく、このブランド馬鹿め!」


 ルークが舌打ちしてから、リオの方へと飛んでいった。


「洗って返す? ルークが使った物なんかいるか。つうか、馬鹿はあいつだ。何で毎度、毎度、俺から耳栓を奪っていくんだよ。絶対また失くす」


 呆れ返った顔のクレイヤは、何処と無く嬉しそうにも見えた。


「仲、良いんだね。クレイヤとルーク」


「まあ、腐れ縁だ。よしキヨイ。リオが来る前にグイベルを暴いたら、入学祝いに好きなものを買ってやろう。リオがグイベルの裂魂(れっこん)結合をゆるめてからだったら、耳栓はキヨイには必要ないし……何か好きな雑貨を買ってやる。ああ、あとキヨイの魔道具だな」


 好きなものを買ってくれる? アクセサリーとか希望! 私は気合を入れてグイベルを睨みつけた。鰻の蒲焼き状態のグイベル、少し動き出している。


「おいおい、あはは! 睨んで見えたら苦労しな……」


 笑われたけど、無視。集中が大切だとクレイヤが言っていた。目指せ、クレイヤからアクセサリーのプレゼント! 悪魔の核の位置をまず探す。頭部の先から、ゆっくりと視線を移動させる。


 悪魔って黒い霧がギュッと集まったような塊。低級悪魔と上級悪魔の違いは、何だっけ? 悪魔学で分類を板書したけど、まだ復習してない。悪魔はあらゆる負の感情を取り込んだ裂魂(れっこん)が集合して形になったもの。一番魔力の密度が高い場所が、悪魔の核。結合の中心。


 どこ?


 どこにある?


 私のアクセサリー!


 半分より頭側には、全部同じように見える。目を凝らせ、私。


「キヨイにだけ特別授業は困ったものね。しかもクレイヤ、いきなり上級悪魔に対峙させるなんて、早過ぎだと思うわ。ルークも止めてよ。魂魄葬送(こんぱくそうそう)、協会と結社から頼まれている案件だから、そろそろ行かないといけな……」


 隣からリオの声がしたけど、無視。残り半分。真ん中から尾の方まで、目を凝らす。それで悪魔の核が見つけられなかったら諦めよう。


「あった……。あったよクレイヤ! あそこ! いくつ? あそこの大きめの三角っぽい鱗の二つ後ろの鱗のところ! 凄い熱そうなところがある!」


 口にした途端、クレイヤが抱きしめてくれた。予想外の出来事に、私は固まった。


「キヨイ、お前は本当に凄いな!」


 クレイヤの腕は少し震えていた。


「こんなに魔力を漏らしてよく無事ね……」


 リオが感心したというような声を出した。クレイヤが私を離して、ルークに渡した。リオはクレイヤの隣、ブレイドと一緒にブレイドの裂魂紙(れっこんし)の枝豆型っぽいソファに座っている。


 私達の周りに、大量の蝶々がひらひら、ひらひら舞っている。白い花に、白い蝶々。七色の光が粉雪みたいにフワフワしている。


「正解だキヨイ! 腹部と尾の中間よりやや尾寄り。背部側にある、第十五特殊鱗の後方二枚目に高熱源の核、それがグイベルの悪魔の核だ!」


 とくしゅうろこ? 第十五? 高熱源?


「ちょっと待てよクレイヤ! 美味しいところ持って行くなよ!」


 ルークが私をクレイヤへと差し出した。


「お前、核の場所を覚えてないだろう? 」


 クレイヤが自慢げに笑うと、ルークがクレイヤに顔を近づけてクレイヤを睨んだ。クレイヤも応戦したので、不良漫画で見るメンチを切るって感じ。


「まあ二人とも、喧嘩はダメよ。時間が無いって言ったでしょう? 私がやるわ。他の生徒への見学も兼ねられる。キヨイは特別だけど、他の子も大切にしないと。未来の後輩達よ」


 リオが枝豆型ソファから立ち上がった。優雅に歩いていく。空中なのに、道があるみたいに。いや、道が見える。私の魔力が出したっぽい蝶々と花が、リオとグイベルを白い道で繋いでいる。リオの周りに虹色の光が集まっていく。


「綺麗……」


「綺麗か……。キヨイ嬢、君の瞳には目の前の光景がどう見えるんだ?」


 ルークの隣にブレイドが立っていて、私に問いかけた。ブレイドの青い目は、リオをジッと見つめている。とても寂しそう。


「まさに女神。そういう光景だぜブレイド。聖花フィオナの道に、ヴィアンカの加護である蝶精霊、そして清らかな裂魂(れっこん)の吹雪。大聖堂の壁画みたい。なあ? キヨイ」


 ルークの問いかけに私は首を傾げた。


「大聖堂の壁画? あの、ブレイドさんには目の前の景色は見えないってことですか?」


 女神とルークが言った通り、リオは輝いている。白い花は聖花フィオナ、白い蝶々はヴィアンカの加護の蝶精霊。そんなこと、知らなかった。思えば、誰かに花や蝶のことを聞いていなかった。


 グイベルを突き刺していた氷柱が消えている。漆黒のグイベルに対峙するリオ。護衛なしでいいの?


「俺達凡人には見えない世界だブレイド。キヨイ、お前ならリオに寄り添ってやれる。キヨイにもリオは必要だ。天才は時に孤立する。キヨイ、リオを頼む……」


 切なそうな声色のクレイヤに、私の胸がギュッとした。もしかして、クレイヤってリオが好き? それに俺達凡人?


「クレイヤが凡人?」


「こいつは努力の天才って奴。退魔も解呪も、解明済みのものなら知識と技術で成せる。何だよ、第十五特殊鱗って……。研究や開拓にはキヨイ、お前のような天才が必要なんだよ。俺は暴き目は無いし、リオも同じ。あいつは鎮魂(ちんこん)特化。やばっ、耳栓、耳栓。キヨイ、ポケットから耳栓出して俺につけて」


 私は言われた通りにルークの黒い革ジャケットのポケットから耳栓を出した。ルーオのとんがった耳の穴に耳栓をつけてあげる。


 クレイヤは天才とは違う。しかし努力を積み重ねて、エリート祓士と呼ばれるようになった。そういうことなら、とても尊敬する。クレイヤが劣等生に厳しいのは、そのせい? 努力出来ない生徒に未来はない。そういう考え方なのだろうか? 私やリオのような天才は守られる側だけど、凡人は守る側。危険度が違い過ぎる。多分、そうだと思った。


「いや、クレイヤさんは魔法操作に長けています。俺とクレイヤさんじゃ格が違いますよ」


「まあな。親父譲りの能力には感謝してる。永らく不在だった暴露の大魔導士。キヨイ、未来のお前の通り名だ。それから、天才解呪士。キヨイの未来は誰よりも明るいぞ!」


 返事をする前に、クレイヤが耳栓をした。ブレイドは耳栓をつけない。


——彷徨うなかれ魂よ


 全身に鳥肌が立った。


 リオが歌い出している。


 こんな美しい歌声は聞いたことがない。


——嘆くなかれ魂よ


 グイベルが小刻みに震えている。


——戸惑うなかれ魂よ


「ブレイドさん、リオは何をしているんですか?」


「悪魔を退魔で分解、裂魂(れっこん)になったところを鎮静効果のある音楽と魔法を利用して異界へ葬送。先週、リオが講義しただろう?」


「それは覚えてます! そうじゃなくて、あのグイベル……」


——我が魅唄は道しるべ


 暴風が吹き、視界が真っ暗になった。グイベルが()()した……破裂⁈


 次の瞬間、今度は強烈な光が現れ、私は目を瞑った。瞼の裏に一面の花畑と蝶が映る。そろそろと目を開くと、黒と白、そして七色の世界が広がっていた。


 リオの黒いワンピースが風ではためく。リオの足元は白い花畑。周りに飛ぶのは黒い花。飛び交う大小様々な白い蝶々。七色の裂魂(れっこん)を纏う蝶々が黒い花びらを囲っていく。


「歌ったら……退魔?」


 幻想的な世界から目が離せない。


 現人神(あらひとかみ)、聖人。これがリオの力。


 鳥肌がますます増えた。全身が激しく震える。私はこの人と近い天才。先程、クレイヤにそう言われた。


「ヴィアンカの鎮魂唄(レクイエム)。どんな悪魔も強制的に魂魄葬送(こんぱくそうそう)する。生と死の神クロノスの花嫁、ヴィアンカの化身……。俺もキヨイ嬢のような才能を持って生まれたかったな……。キヨイ嬢、リオだけでなくてクレイヤさんやルークさんも頼む。リオの数少ない友達だから。俺は今後はリオだけではなくて、君も命を賭して守ると誓う」


 ブレイドが私を真摯な瞳で貫いた。


 こんなイケメンに、真面目な凛々しい顔で「命を賭して守る」だなんて、私の全身は熱くなった。


 言われてふと気がついた。クレイヤとルークは耳栓をしている。悪魔を強制的に魂魄葬送(こんぱくそうそう)するリオの歌。それを聞けない二人。


 つまり、クレイヤとルークって悪魔と何か関係がある?


——へえ、お前が例の留学生のキヨイか。凄いな、俺のこと即座に分析? っていうか本能?


——俺、悪魔の子だから。クレイヤは呪われてるし、リオは国の聖人。三人、いやあの万年片思いと四人で凄い祓士(はらいし)にしてやるよ


 ルークの言葉を思い出して、私は愕然(がくぜん)とした。


 どういうことだか分からないが、何やら私、とてつもない期待を背負っている。ルークやクレイヤの秘密は聞いていいの? いつか聞かされるの? 私は二人の助けになれるの?


 私の本能——本能なんてそんなこと今まで知らなかった——が告げている。私、とんでもない人生を歩む。本当に人生が180°変わった。


——命は巡り巡る。彷徨うなかれ魂よ。新たな世界で会いましょう


——命を待っている


——輝く世界


 リオの美麗な歌を聴きながら、私はリオの位置に自分が立つのだという、とてつもない未来に身震いした。


 天下無双に思えるとっても強い師の二人、そしてイケメン王子の三人に守られるお姫様リオ。その隣にと望まれる私。つまり、私もお姫様扱い? 既にそんな感じ。


 これはもう、絶対、絶対、期待に応えてみせる!


 なんてったって私は天才!


 こんなビッグチャンスを逃すなんて人、いる? いない、いない、そんなお馬鹿さんはどこにもいない。


 魔法も恋も、今後、ますます全力で頑張ります!

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