私の師は天下無双⁈
末永 清、なんとやっぱり天才を超えた、大天才! らしい。
魔法の国へ留学してきて約一月。
悪魔をやっつけたり、呪いを解いたりする、祓士の学校に入学した私。才能豊かだと言われて留学してきたのだが、その通りだった。基礎魔術の実技授業は、もはや休憩時間みたいなもの。
火、水、風、木、雷という基本的な自然を操る練習。皆、それぞれ得意不得意があるのに私には苦手な属性なんて皆無。
木の枝を燃やすという課題は、三秒で達成。コップに水を出すのも、掌の上で紙吹雪を風で回転させ続ける課題も楽勝。ちょんちょん、と触れば種から一気に成長した植物が花を咲かす。魔法電池は即座に充電満タン。
問題なのは、座学。
留学生だから板書で精一杯。
しかし、お世話係になってもらったフィオナに、私と実技練習をしたいクラスメートにチヤホヤ教えて貰えて、気分も成績も上々。
このレストニア国の風景も気に入っていて、食堂の料理は美味しく、街にはお気に入りのカフェと雑貨屋を見つけた。
クレイヤに、特別弟子だからとちょこちょこ仕事へと連れて行かれるが、好きな人と放課後に学校外でも会えるって素晴らしい。怖いと思っていた祓士の実地訓練も、クレイヤがまだ弱い悪魔関連にしか私を連れて行かないので安心安全。低級悪魔はクレイヤにかかると蚊みたいに弱っちくて、怖い呪いも私が杖錫杖をパッと振ったら簡単に解決。
クレイヤは授業でもいつも私をベタ褒め。いつも優しくて、気にかけてくれる。可愛いとかも言ってくれる時もあって、これは脈が多少あるんじゃないか? 教師と生徒って、ちょっと危険な香り? でも好きなのと、ここは日本じゃないので問題無し!
つまり、平々凡々だった私の人生、180°変わって輝いている!
***
今日は気分の良い晴天。青空の下で、野外授業。
鎮魂学の教師であるリオが、にこやかに笑った。
「では、皆さん。本日は特別授業で魂魄葬送を見学してもらいます。感化されて、魔力の使い方が伸びる生徒さんもいるからです。危険地区ですので、護衛引率のクレイヤ先生に従って下さい。黒白結社からは、ルーク・ミラルダ祓士。それからアンナ・ハボット祓士。私の専属護衛であるブレイド・アンカース祓士も護衛を務めます。安心して下さい」
ルークが私にニコニコと手を振った。ルークが隣に立つ性格がキツそうな顔をした、30代くらいの女性に足を蹴られた。あれがアンナ・ハボット祓士だろう。黒いジャケットの下は、たわわな胸がこぼれそうな、谷間がバッチリのキャミソール。男子達の視線を集めている。割と美人なので、仕方がない。何を食べたらあんなに胸が成長するのだろう?
「ねえ、フィオナ。ルークの隣の美人、アンナさん? 有名なの? 魅了のアンナ様って聞こえたけど……」
魅了とは何だ。隣に立つクレイヤと親しげな様子に、私は嫉妬メラメラ。しかしクレイヤ、アンナの胸なんて目もくれない。女は胸じゃないって、分かっている。
「悪魔を惹きつけて、倒すのが得意な退魔士なの。中々の実力で、治癒魔法も使えるから結構有名。それにしても、こんな特別授業聞いたことない。それに随分と厳重な警護。魔人ルークって、噂通りチャラチャラしているのね」
チャラチャラしてる、とフィオナにジト目を向けられたルークは、女子達に笑顔を振りまいている。リオも誘って、たまに街で夕飯をご馳走してくれるが、ルークは街中でもあんな感じ。女の人だけではなく、道行く人、皆が知り合いや友人という様子。
クラスメートからの話や、新聞で知ったが、ルークは国内でも有数の祓士らしい。上級悪魔を倒したという活躍をあちこちで見聞きする。線は太くないし、背も低め。気さくなお兄さん風なので、ちっとも強そうに見えない。クレイヤとリオ、そしてルークの三人が私の師らしいけど、クレイヤ以外は私を仕事には連れて行かないので、ルークの強さも分からない。
「魔人ルーク? 強いから? 」
「さあ? 噂でそう聞くから。見るのも初めて」
フィオナはジッとルークを見つめている。気がついたルークがフィオナにウインクした。白い歯が眩しい。フィオナが思いっきり顔を背けた。
「ああいう人種、苦手」
ルークは特に気にする様子もなく、もう別の女の子に笑顔を向けていた。
「自己移動出来る者だけが、見学対象者だ」
クレイヤが声を出すと、騒めきが静かになった。
「事前に告げていた通り、飛行実習も兼ねている。二科目同時に単位を落とすと留年が近づく。嫌なら気合入れろ」
寒気がするような冷笑を浮かべて、クレイヤが生徒を見渡した。ピリッとした空気になる。
クレイヤは落ちこぼれに容赦ない。クレイヤの言う落ちこぼれは、魔法が上手く出来ない生徒。他の先生と違って、実技関連の補習を一切しない。次回の授業の冒頭で課題をこなせなかったら、即単位落ち。ここまで厳しい先生は他にはいない。他の先生は補習をしてくれるし、課題は学期末までが期限だという。クレイヤは座学が苦手な生徒は別に何とも思わない様子。座学の補講や特別授業は開いている。
実習の単位落ちが積み重なると留年決定らしい。知識は後からついてくる。技術も伸びる。しかし、才能がなければ能力を一定以上高められない。それがクレイヤの主張。熱心なのに鬼教師呼ばわりされているので、私としては才能か少ない生徒にも優しくするべきだと思う。今度、言ってみよう。
事前告知により、クラスメートは何とか自力で飛行出来た。皆の飛び方は色々で面白い。魔法の触媒、裂魂紙の形は人それぞれ。鳥とか紙飛行機が多い。ペラペラな平面的なものから、立体的なもの、色もあったりなかったり。
仲良しのマールは、魔法が得意なので淡い桃色の羽衣。可愛い容姿と相まって天女みたい。隣席のビルはマールの隣で、箒に仁王立ち。箒なのは、魔法使いといえば箒と私が言ったから。ビルは器用。私とマール、そしてビルは我がクラスの優等生。
フィオナは平たい紙に座っている。これは劣等生の証。他には五人いるので、フィオナだけでもない。フィオナはクラスで一番頭が良いのに、留年生。この魔法下手のせい。
私は余裕綽々で、何にもなし。浮け、と思うだけで勝手に体が浮く。何にもなくて可愛くないので、蝶々を周りに飛ばしている。私が魔法を使うと、良く蝶々が現れるというのもある。七色の綺麗な蝶々は、飛ぶのに別に必要ない。多分、マールも同じだろう。可愛い羽衣は単なる飾り。優等生のビルとマールの間には大きな壁がある。それで私とマールの差も激しいらしいが、実技授業がまだ易しいので分からない。
晴れていて景色は最高。近くを飛ぶと、クラスメートの飛行の援助が出来るのを知っているのでフラフラしてみる。理屈はまだ理解途中だけど、私のように強い力があると、周りも影響を受けるらしい。もちろん、良い意味で。
「へえ、貴女が例の留学生。自由飛行なんて、立派な高等魔術士よ。そんなに魔力も振りまいて、教師顔負けの講師ね」
私の前にアンナが現れた。いきなり上から下りてきたので、心臓が口から出るかと思った。口元のホクロといい、色気たっぷり。
「あ、はあ。ありがとうございます」
「まあ、こんな子どもだし、ちんちくりんで良かった。クレイヤ〜! 今のところ全員問題ない飛行をしているわ」
ジロジロと私を眺めてから、薄ら笑いをして、甘ったるい声を出して、アンナがクレイヤの方へと飛んでいった。おまけにクレイヤと腕を組んだ。
何だあの女! 腹が立つ!
「ちょっとルーク! 何、あの女! 仕事中に色仕掛けとか、あんな勤務態度は許されるの⁈」
私は思わずルークの方へと飛んで、文句を言った。
「ああ、ブレイドに妬いて欲しいんだろう。放っておけ」
ルークがにこやかに笑って、私の髪をぐしゃりと撫でた。よくよく見れば、アンナは枝豆形ソファみたいな裂魂紙に座って、優雅に進むブレイドとリオをチラチラ気にしている。しかしその二人、親しそうに談笑中。リオは手にティーカップまで持っている。ブレイドが用意したのだろう。
金髪碧眼の見た目が完璧な王子様というブレイドは、クラスメートの女子の三分の一の乙女心を奪っている。
「リオしか目に入ってないって感じだから、無駄なのに」
「それを言うならリオには許嫁がいる。協会最高位ヴィアンカ・クロノス協王の長男。リザ家本家嫡男アドレア。まあ、アドレア様はリオの姉に婚約移動って噂もあるけど、一般人に近いブレイドこそ、無駄だ」
ルークの発言に、私は目を丸めた。
「リオとブレイドって恋人じゃないの? 専属護衛って言っているけど、他の人なんて見たことないし、普通女の要人に男を単独ではつけないでしょう? リオってお姉さんがいるの?」
「護衛はそこら辺にもついてるぜ。堂々と横にいるのがブレイドってだけ。学生の時からこうだったから、リザ家の護衛関係って何だか分からない。リオは双子。姉のルエ様にはほとんど会ったことない。リオより少しキツイけど、おっとりのんびりリオと似た人種。アドレア様の秘書をしてる」
「妹と婚約破棄して、姉と婚約するの? 何それ、そのアドレア様って何なの? 二股なの?」
「政略結婚に決まってるだろう。結社としては聖人リオを祀りたい。リオが協会より黒白結社を優先するのと、ルエ様が段々協会や信者、それに国民から支持を受けるようになったから双子揃ってアドレア様に飾られるんだろう。隣に現人神リオ、妻はその姉であるルエ。能力不足のアドレア様にもってこい。神に操を立てたヴィアンカに因んで、リオは一生伴侶なしとかにされるかも」
凡人人生だったので、こんな高貴な話を聞くのは初めて。政略結婚とか、婚約だとか、そんなの今までの私の世界には無かった単語。
「リオ、結婚も出来ないんだ……」
「いや、全部単なる噂。リオってあの歳で初恋も知らないっぽいし、恋愛に興味が薄いのか、立場上諦めているのか、こういう話はしないから。雑誌を読んで、あの店に行きたい、これが欲しい。いつも一般人の生活に興味津々。最近は、キヨイの話ばっかりだな。今度、何とかって雑貨屋に行くんだろう?」
ルークが「リオを頼む」というような、優しい笑顔を浮かべた。
「そう。マールと三人で行くよ。チャラチャラ、へらへらしてるより、そういう顔の方が良いよルーオ」
「生意気言うなキヨイ! ……おいおい、こんな場所にグイベル が出るのかよ」
ルークがいきなり真面目な顔になって、右方向の遠くを見つめた。グイベル? 何それ。
私はルークの視線の先を目で追った。蛇⁈ コウモリみたいな羽が四枚。黒くて長い体をうねらせて飛んでくる。鋭い牙に、ギラギラとした赤い瞳。私はルーオの腕にしがみついた。
「グ、グ、グイベルってあの蛇みたいな、竜みたいなやつ?」
「ああ、グイベルは上級悪魔だ。山岳地帯で災害とかがあると出るんだけどな……。まあ、任せておけ」
ギラギラとした目でグイベルを見据えるルーオ。まるで知らない人みたいだ。引っ張られた、と思ったら私の腕をクレイヤが掴んでいた。
「任せておけ? 特別弟子なんだから連れて行くぞルーク。リオと生徒の護衛はアンナさんとブレイドと、姿くらまししているリオの護衛で十分」
え?
あんな怖そうな化物のところに私も行くの?
「クレイヤ、もしかしてキヨイにグイベルの相手をさせるつもりか?」
「まさか。キヨイに必要なのは悪魔の構築を暴く経験値。そろそろ中級悪魔でもって思っていたんだ。キヨイ、お前の目であの悪魔の弱点を見つけろ。まあ、俺もルークも知ってるんだけどな。俺はお前の指示通りの属性の魔法を使う」
クレイヤが私を抱き上げた。お姫様抱っこ♡ ……じゃない! 嫌だ! 無理! 怖い!
「弱点を見つけろって、近づいて観察しないといけないじゃん! あんな怖そうなのの近くに行くとか無理! 怖い!」
「守ってやるって言っただろう? 戦えっていうこと……」
「何だっけ? グイベルの耐性や弱点」
「はああああ? ルーク、お前は相変わらず馬鹿か。去年、特任でカドゥル山脈に行っただろう? まあ丁度良いか。怖いなら俺がずっとこうしておいてやる。戦うのはルーオ。護衛は俺。向こうの生徒達より安全だ」
もう勝手にグイベルに向かって飛んでいるクレイヤとルーク。私はしぶしぶ頷いた。
「ちょろちょろグイベルの近くを飛ぶから、よく観察しろ。悪魔の核はどこか、何の属性なら効くのか。悪魔を増強させる力は何か。基礎魔術の授業で魔力の見方や、低級悪魔で練習しただろう?」
まじまじと見つめられて恥ずかしいのと、期待に応えたくて、私はまた頷いてしまった。低級悪魔から、いきなり上級悪魔って、段階飛ばし過ぎじゃない⁈
「そんな怖いなら、多少弱らせてから練習にしよう」
ルークが加速して、グイベルに突っ込んで言った。
「げっ、おいルーク! それは止めっ……」
クレイヤが叫びかけたと同時に、飛び出したルークの口から炎が出た。それも大噴射。
「っ熱……。あれ?」
一瞬熱かったが、直ぐに涼しくなった。霧みたいな円球に包まれている。
「火山に出るんだから耐熱に決まってるだろう、あの馬鹿」
炎が消え去ると、グイベルが「ギャー」という耳障りな音を発した。耳が痛い。
「なんか、大きくなった?」
グイベルが一回り大きくなっている。
「栄養をあげたら育つ。それと同じだ」
「それなら、水が弱点?」
「良く見て本能で答えろキヨイ。お前に必要なのは暴き方、本能を研ぎ澄ますことだ」
今度はグイベルが炎を吐いた。突然現れた氷の壁が守ってくれた。クレイヤが得意な氷魔法。ルークがグイベルの背中を上から蹴った。悪魔は人の質量より重いのに、グイベルが大きく下に落ちた。
今度は尻尾を掴んで投げ飛ばした。
そう思ったら頭部を横殴り。
ぶっ飛ばされかけたグイベルに、踵落とし。
可哀想になるくらい、グイベルはフルボッコ。
ルークがこんな怪力だなんて知らなかった。
悪魔って物理的な攻撃が効かなかった筈なのにどう見ても弱っているグイベル。……どういうこと? ルークが特殊っていうのと関係がある?
またルークが火炎を吐いた。今度は青い色をしていた。熱くなくて、むしろ凍えそうな程に空気が冷えた。ルークの口から出た青い火は、目がチカチカするくらい眩しい光を帯びていて、私は目を細めた。
「本当に本能人間だなあいつは。まあ、弱ったか」
クレイヤがグイベルへと近寄っていく。
「よし、キヨイ。悪魔グイベルの核を探せ」
弱ったといっても、割と暴れるグイベル。私はクレイヤの服を鷲掴みした。
「仕方ねえな。怖さに少し慣れて貰うつもりだったんだけどな」
突然、巨大な氷柱が三本現れてグイベルに突き刺さった。つんざくような声がグイベルから発せられた。悲鳴のような声を止めるためなのか、氷柱がグイベルの口を貫いた。
氷柱で串刺しにされたグイベルに、クレイヤがいつの間にか握っていた杖錫杖……ん? 槍? いつもと違って先端が長く尖っている。
「錫杖なのにどうしてわざわざ杖がつくの? って言っていたなキヨイ。魔力の込め方を変えると槍になるからだ。これだと槍錫杖。上級悪魔の核をぶち壊すには、一点集中が必要なんだ。よし観察しろ、キヨイ。グイベルはしばらく動かない」
クレイヤがグイベルの前に移動した。隣にルークが並んだ。
「あはは。最初、失敗しちった。しかしキヨイ、俺達がいて怖いなんて欲張りだな。俺もクレイヤも今見た通り、国内でも高名な戦闘魔術士だ。黒白結社の白祓士は実力者揃い。その中でもエリート。見直しただろう?」
「お前は行き当たりばったりの野生児だからな。そうだキヨイ。守ってやるって言っただろう? お前は手足じゃなくて頭になるような天才。怖いことはない」
私を横抱きにするクレイヤの、安心感を与えるような眼差し。自信満々でドヤ顔のルーク。
この二人、無敵かも。屈託無く笑うルークも、ちょっと格好良いかもとか思ってしまった。
私は鰻の蒲焼みたいに串刺しにされて、宙に浮いているグイベルを見つめた。ここまでしてもらったら、期待に応えたい。