だって君は操り人形
魔法の世界に留学してきたけれど、なーんか変。悪魔と戦うような職業になる学校への入学。普通に考えたら嫌じゃない? 怖いでしょ。映画や漫画で十分!
私は突然、嵐のような疑問に襲われた。魔法の世界、この学校が何なのか、私はどうして留学に誘われたのか?
***
悪魔と戦う、祓士ってそもそもどんな仕事? というわけで、私、末永 清は職員室へやってきた。パートナー(人生のパートナー希望)のクレイヤをキョロキョロと探す。
「よう、キヨイ。俺に何か用か?」
職員室の奥の部屋から出てきたクレイヤと目が合った。後ろから担任のヴァル先生も出てきた。クレイヤが職員室の入り口近くまで歩いてきた。職員室にはもう殆ど人が居ない。残っている数人が、まだ名前も覚えていない教員が私に注目している。
「用事があるよ! あのさあ、祓士って何をするの?」
私の問いかけに、クレイヤが微笑んだ。それから私に手に持っている小瓶を差し出した。
「新作のジュースだって、やるよ。美味かったぜ。ちょっと実習に行くか。明日から実技関連の授業だろう? 手取り足取り、教えてやる」
手取り足取り、何だかトキメキそうなフレーズなのに響いてこなかった。新作のジュースの蓋をクレイヤが開けてくれた。果物のような甘い香りが鼻をくすぐったので、私は小瓶に口を付けた。
「美味しい! これ、何て言うの?」
甘い。あまーい。とっても甘い。胸が弾むくらい甘い。クレイヤが嬉しそうに笑ったので、尚更甘い気分。
「さあ? まだ名前もない」
クレイヤが前髪を触りながら、目を逸らした。もしや、私と目と目が合うと照れ臭いとか⁈ 何だか、とっても幸せな気分。
ふと目が合ったヴァル先生が、とても悲しそうだった。二人で何か辛い話でもしていたのだろうか?
「ヴァル先生、今日元気ないですね」
ヴァル先生が首に手を当てて、苦笑した。
「元の職場に戻って来ないかって誘われてて、教員でいたいから板挟みなんだ。まあ、今年は辞めないよ」
「行こうキヨイ。日が暮れる前の方が良いだろう」
クレイヤに手を握られて、職場員室を後にした。見上げたクレイヤの横顔は、やっぱり格好良い。廊下の向こうからフィアナが歩いてきていた。揺れる巻き髪の、艶やかさが綺麗。窓から差し込む光で金髪がキラキラと輝いている。
ふむ。私は微妙な黒髪。染めたらあんな風になるのかな?
フィオナが私のポーチを手に持っている。クレイヤが歩く速度を上げた。
「クレイヤ。フィオナが、私のクラスメートが忘れ物を……」
クレイヤは澄ました顔で私もフィオナも無視した。立ち止まったフィオナを避けて、更にはクレイヤがフィオナに足払いした。突然の事態なので、フィオナは廊下に転んだ。クレイヤに引っ張られる私は振り返った。フィオナが呆然としている。怪我は……なさそうだ。良かった。
「フィオナ・ボナパルタ。明後日の俺の初授業の小テストで不合格なら即退学。俺、劣等生って大嫌いだから覚悟していろ。クラスメートにも教えておけ」
サッと私を横抱きにしたクレイヤが、体の向きをフィオナの方へと変えた。クレイヤの口から、次々と名前が出た。知らない名前ばっかり。
「あの、どういう……?」
フィオナが立ち上がりながらクレイヤを見上げた。
「名簿と成績的にはこんなところだ。この学校から劣等生という劣等生を追い出す。先に教えてやるのは親切だろう? 必要なのは天才。大天才。そういうこった」
クレイヤが不敵な笑みを浮かべた。このクレイヤはかなり感じが悪い。なのに、どうしてなのか、胸がドキドキする。ちょい悪も良いかも⁈ という今までではあり得ない事を考えてしまった。
「ねえ、クレイヤ」
「急ぐから行こうキヨイ」
クレイヤが走り出した。見上げた顔は険しかった。なので、何か聞こうと思えなかった。
学校から出ると、クレイヤが何処からともなく杖錫杖という、大きな杖を出した。空気が揺らめいて、そこから現れた杖をクレイヤが振った。大きな四つ葉のクローバーの形をした白い紙も現れた。薄ぼんやりと、虹色を纏っている。
「ねえクレイヤ。この紙みたいなのも魔法で、裂魂? とかいう奴なんだよね?」
「裂魂紙は祓士の基礎中の基礎。って話は前にしたよな? その顔、覚えてないな」
クレイヤが私の髪を撫でた。これって乙女の純情には中々巨大な攻撃。
はて、そう言えば何か大切な話があった気がするのだけど、何だっけ? クレイヤの星座や血液型を聞くとか?
クレイヤが右手を私の前に出した。春なのに、黒い革手袋。しかも片手だけ。左側は半袖なのに、右腕は長袖でその上、手首あたりは細い黒いベルトでぐるぐる巻き。いつもこのスタイル。クレイヤのファションへのこだわりはよく分からない。格好良くはなくて、妙だ。しかし、それさえ何だか素敵に思えるのは恋の不思議。
クレイヤの黒い手袋の上に小さくなった裂魂紙がふわふわと浮いた。
「特殊な紙に自分の魂を込めておくんだ。これを触媒にそこらにある裂魂を使う。何をするにも、この裂魂紙が必要不可欠。まあ、リオみたいな天才は別。多分キヨイもリオのようになれるだろう」
ならクレイヤは天才ではない? 私が首を傾げると、クレイヤが「見下すな!」と歯を見せて笑った。
「祓士なんて知識と経験がかなり物を言う。と、言うわけでちょっと討伐隊と合流するぞ」
クレイヤの裂魂紙がまた大きくなった。ダンスに誘うように、クレイヤが手を引いて裂魂紙に乗せてくれた。
「討伐隊?」
「ああ、石呪いに何人かかかったらしい。魔女じゃないだろう」
石呪い? 魔女? 魔女と口にしたクレイヤは、ニコニコ微笑んでいるのに、背中が寒くなるくらい怖い雰囲気を発した。思わず裂魂紙から降りようとしたら、クレイヤが私の肩を抱いた。
「守ってやるよ。極悪級な悪魔からも魔女からも。何があっても絶対に」
クレイヤが笑った瞬間、キラキラしているように見えた。こんな台詞、まるで私はこの世の主役だ。恐怖は何処かに吹き飛んで、高鳴る鼓動が私の胸を占拠している。
舞い上がった空は見渡す限りの晴天。何か言いたいのに、喉の奥がくっついて言葉が出ない。胸が苦しくて、切ない。なのにちっとも嫌じゃない。こんな気持ちは生まれて初めてだ。
「キヨイ。この国公認の対悪魔機関、黒白結社の祓士は大きく分けると二つに分類される。対悪魔戦闘部隊の白祓士。後方支援部隊の黒祓士。だから黒白結社だ。キヨイが目指すのは、豊かな才能を発揮出来る解呪士。後方支援部隊の黒祓士だ」
後方支援。そういえば、この話だ。悪魔退治なんて怖い仕事に就きたくない。でも後方支援なら良いかも。クレイヤが守ってくれると、ついさっきそう言ってくれた。
「なら、クレイヤは白祓士なの?」
「俺は解呪士と退魔士の認定を持っている。認定級が解呪士の方が上なので一応黒祓士。で、リオは黒祓士。特等認定されている鎮魂士。特等でも最上位の特別扱い。ルークが白祓士。あいつは滅魔士っていう規格外。中等退魔士ってことになってるが、ルークもリオと同じく特別扱い」
「ふーん、クレイヤだけ特別扱いじゃないんだ」
「まさか! 俺もかなりの特別だ。上等認定二つって、天才枠だからな。リオとルークが特殊過ぎるだけ」
クレイヤがざっと黒白結社の祓士のことを教えてくれた。二度目の説明だと言われたが、覚えがない。
前方支援部隊は白祓士。
悪魔をやっつける退魔士。悪魔を魔法でなんやかんや倒し、裂魂まで戻して悪魔じゃなくするらしい。退魔士の中にも分類が色々あるらしい。
裂魂そのものを消滅させちゃうのが、滅魔士。生まれ変われる魂が減るから、良くない疑惑。ほぼいないから、研究対象だとか。今、この国だとルークだけだという。
後方支援部隊は黒祓士。
怪我を治す、治癒士。
呪いを解く、解呪士。
この二種類の祓士は、名前のまんま。凄く分かりやすい。他にもいるみたいだけどメインはこの2種類。
裂魂を異界に導いて、生まれ変われるようにするのが、鎮魂士。音楽で荒ぶる魂を鎮めて、葬送するという。何か、全然理解出来ない。
リオが特殊なのは、歌だけで悪魔の状態から強制的に葬送が出来るから、とのこと。もっと分からない。ルークと同じように特殊で、国内ではそんな凄い鎮魂士はリオしかいないらしい。
「いたな。討伐隊」
広い草原に、三角に近い岩が点在している。そこに黒くて丸い、飛び跳ねるモジャモジャが何匹かいた。あれが悪魔? 杖を持った人と、剣を持った人が追いかけている。石呪い、とかいう奴なのか、手や足が灰色で石みたいになっている人が何人かいた。1、2……4人だ。まるで、ファンタジー映画みたい。しかし、これは現実。ノンフィクション。
私はクレイヤにしがみついた。
「大丈夫。俺が守ってやるって。ったく。あんな低級悪魔に手こずってるのかよ。まあ、新人らしいしな」
クレイヤが杖錫杖を、勢い良く振り下ろした。寒い、そう思ったら宙に氷柱が現れて、地面に向かって飛んでいった。
毛むくじゃら、こと低級悪魔全部に氷柱が何本も突き刺さった。途端に、パァンと毛むくじゃらが風船みたいに弾けて、七色の光が一面に広がった。
クレイヤって滅茶苦茶強い⁈
「もう倒したってこと⁈」
「だから言っただろう? まあ、この程度なら他の凡人祓士にも出来るけどな」
クレイヤと私は地面に降り立った。悪魔と戦っていた、若い男の子二人の近く。
「ク、クレイヤさん!あ、ありがとうございます!」
「お手数かけて、すみません」
若い男の子、二人ともが勢い良く片膝を地面につけて、クレイヤに頭を下げた。二人とも、服が汚れていて、手や足にかすり傷があった。クレイヤが手をヒラヒラさせて、ニヤリと口角を上げた。それから私の肩に腕を回した。
「見ない顔だから、やっぱり新人か? こんなのに手こずってるなよ。あいつら解呪して連れて帰るから、先に結社に帰れ」
クレイヤが二人に背を向けた。肩を抱かれているので、当然私もだ。
「では、キヨイ。実習だ実習。石呪いは、あんな風に体の一部が石にされてしまう呪いだ。上級悪魔だと、全身石化ってこともある。時間が経つ程、良くないことになる。見た感じ、時間は余裕そう。まあ、そういうお勉強は後でしよう」
両足、膝から下が石のように変化して、動けなくなっている男の人の前まで移動した。また若い人。ネズミっぽい顔つきをしている。痛いのか、顔色が悪く、眉間に皺が寄っている。
「よお、新人。もう大丈夫だ」
「ク、クレイヤさ……」
クレイヤが呪われている男の人に腕を伸ばして、人差し指だけ立てて左右に揺らした。
「実習するから、ちょっと黙っててくれ」
クレイヤが私の肩から手を離して、杖錫杖を私に差し出した。私は戸惑いながら、杖錫杖を手にした。
「ま、お手並み拝見。思った通りにしてみろ」
はい?
「入学式を思い出せ」
満面の笑顔を向けられて、私は目を丸めた。遅れて、全身が熱くなった。やっぱり、笑顔が素敵。クレイヤが顔をしかめて、首を横に振った。
「それは後だ、後。結構、面倒なんだな……」
面倒? 何が? まあ、いいか。クレイヤはまた笑ってくれている。どうしたら良いのか、サッパリ分からないが上手くできたらうんと褒めてくれるだろう。
「キヨイ、頑張りまーす! えーと。入学式。確か、目を瞑る」
目を閉じた。それから、深呼吸。あの時、隣に耳を澄ませと言われた。あの日と同じように、まぶたの裏に中央が七色の真っ白い花が一面に咲いているのが浮かんだ。
そこに、黒くて、丸くて、モジャモジャしたのがいる。私の目の前、足元だ。
何か、綺麗なのに、邪魔。
手に持っている杖錫杖を、私はブンブンと縦に振ってみた。何となく、そうするべきだという気がした。
途端に、前方から強風が吹きつけて、思わぬ出来事に私は目を開いて、踏ん張った。飛ばされると怯えたのに、体がふんわりと浮いた。クレイヤが私をお姫様抱っこしていた。
「っふふ……あははははは!やっぱりお前は天才だ!大天才だキヨイ!お前に必要なのはこの国の常識や力の制御法、あとは多分経験だ!」
クレイヤが私を抱いたまま、クルクルと回った。七色の光が雪みたいに降って、白い蝶々がヒラヒラ、ヒラヒラと飛んでいる。
「嘘だろう……。何だよこの景色……。こんな解呪……信じられない……」
ネズミ顔男が、目が落ちそうなくらい、大きく目を開いていた。解呪? なんと、ネズミ顔男の足は、綺麗な素足。いや、毛が深いし汚れているが、人間の足に戻っていた。ズボンが破れて、半ズボン姿。
私、杖錫杖をちょっと振っただけなんだけど。
この岩の呪い。弱っちい悪魔の呪いのくせに、中級解呪士じゃないと解けないという、なかなか厄介な呪いだったと後から教えてもらった。
私って、相当、かなり、とてつもなく、凄い!……かも? 自分ではよく分からない。
◆◆◆その夜、クレイヤ自宅◆◆◆
薄暗い部屋の中、クレイヤは机の上の小瓶を眺めた。
「思ったより効き目が切れるのが早かったな……」
怖い、嫌だ。恐怖に引つったキヨイの顔が脳裏を過ぎる。魔女に呪われて、自力で解呪した現界の女の子。
忘却薬に惚れ薬、それに結社を泣き落として、彼女を無理やり留学に持ち込んだ。今のキヨイはクレイヤの操り人形みたいな状態。
キヨイはクレイヤ唯一の希望。
「はあ……。こんなの……やっぱり非人道的だよな……」
――守ってやるよ。極悪級な悪魔からも魔女からも。何があっても絶対に
必ず守る。
呪われた体が、燃やされているように痛んでクレイヤは呻いた。
まだ呪いが及んでいない場所、胸の中央も酷く痛かった。