美味しいクッキーの秘密は秘密
魔法の世界で末永 清は大天才!と言われたけれど、イマイチ分かってない。
明日の授業はついに魔法関連。
「魂と魔法学」
留学先の魔法のことがチョッピリ分かりそうな予感!歴史学とか、地理学みたいな地味ーで眠ーい科目より楽しそう!しかーし、予習だ予習。教科書読んでもちんぷんかんぷん。
***
日本から魔法の世界へ留学した私の敵。それはやっぱり文化、文字、単語!
果物一つとっても苺は「ロモモの実」だし、そもそも日本にはない概念のものもうんと沢山。魔法の仕組みからして分からない。そもそも入学した祓士学校の「祓士」が分からない。
「キヨイ、貴方よくそんなんで異世界に留学しようと思ったわね。しかも祓士学校」
私の発言にフィオナが大きくため息を吐いた。
「知らないなら教えてもらえばいいんだし、大天才だって言われたら来るでしょ。しかも命の恩人に、一目惚れした人にパートナーになって欲しい!って言われたら尚更」
フィオナが肩を揺らして、首を横に振った。まあ、個人的価値観の違いは埋まらないものだ。
「まあ、解説係を募集したりどうにかようとしているのは尊敬するわ。勉強熱心だしね」
フィオナが机の上の私のノートを指差した。勉強熱心、ではなく単純に面白い。映画とか漫画の世界みたいで毎日ワクワクしている。
「祓士が悪魔退治をするのも分かった。魔法が魂を使うってのも分かった。でもさ、魂って使ったら死んじゃうじゃないの?裂魂って何?魂が裂けるって、死なないの?ルークが幻界はこの世界は生と死の狭間って言ってたけど……私達って生きてるの?死んでるの?何なの?」
私は首を捻った。生と死の狭間ってことは、今の私は半分死んでいる?
「生と死の狭間じゃなくて、死者の世界に近い所。ルークってあのルーク・ミラルダ?どんな説明されたのよ。命は死ぬと魂が抜ける。バラバラになる。で、また集まって新しい命になる」
フィオナがノートに図を書いてくれた。
現界→生者の世界。バラバラになるのを拒んで留まっているのが「幽霊」
幻界→生者の世界。異界に近い所。バラバラになった魂、「裂魂」が留まりやすい。
異界→死者の国。命が生まれ変わる所。
うん。何となーく分かった。
「ふーん。そもそも人って死んだら生まれ変わるんだ。バラバラになったのが集まってってことは、私がフィオナに生まれ変わるとかじゃないんだね。しかも幽霊っているんだ。大天才!なのに私、見たことないよ」
「現界ってそんな常識もないの⁈人だけじゃないわよ。解説係って大変だわ。後でしっかりと礼をしてもらうからね。幽霊学は知らないから自分で調べて。魂学とは全然違うらしいしこの国では無関係だから、それこそ別の国に留学するべきね」
フィオナが大きくため息を吐いた。呆れられても困る。知らないものは知らない。
「だからこうやって聞いてるの。幽霊学は無視する。こっちで一杯、一杯。それでこのバラバラになった魂を使うのが魔法?」
フィオナがティーカップを手に取って、紅茶を飲んだ。それから頷いた。
「そう。裂魂は集めると命を作れる。この世にあるものは何でも命よ。机も、紙も、それこそこの紅茶もね。幻界は裂魂が多くて、異界に近いから裂魂を操作しやすい。神様の真似事が出来る」
私はポカンと口を開いた。神様の真似事が出来る。魔法とはとんでもないことらしい。
「神様が人間に好き勝手させる訳が無いでしょう?出来ることは限られている。何で魔法を使えるかっていうと、神様の手伝いをしなさいってことなのよ。幻界のうち、この一帯は裂魂を異界に送るのが役目。その為に魔法が使える。まあ、そう言われているだけで真実は分からないけどね。他の幻界も見つかってないし」
フィオナがノートに丸を書いた。その上にバツ印。どういう意味だろう?それにしても、もう面倒になってきた。魔法が使える。それだけでいいや。
「その顔。面倒だって描いてあるわよ。こっちが面倒よ。こんな子供でも知ってる常識。兎に角、魔法に使うのはこの裂魂。何が出来るかは個人の才能。貴方はこの裂魂を見る、操作する能力が非常に優れているから留学に誘われた。多分、そうよ。入学式の悪魔祓い。新入学生が出来ることじゃない」
新入学生が出来ることじゃない?ならどうして入学させられたのだ。いきなりクレイヤのパートナーでも良かったんじゃない?
「なら私って入学の必要あったの?悪魔祓いって、あー、悪魔ってそもそも何?」
「あるわよ。悪魔って何?が悪魔学。悪魔が起こす問題を解決するのが祓士。祓士には種類があるので祓士学から始まって各祓士に関する授業。対悪魔の魔導師を育てるのが祓士学校よ。他の仕事をしたいなら他の魔導師学校がある。この国で一番名誉な魔導師が祓士だけど、一番危険よ。毎年死者が出る」
私は食べようとしたクッキーを口に入れるのを止めた。毎年死者が出る?
「へ?そうなの?えー、なら怖いのとか無理だから転校しないと」
幽霊とか、妖怪とか、そういう系の戦闘漫画が思い浮かんだ。あんなの無理。絶対無理。平和な日本で、のんべんだらりんと生きてきた私にそんなの無理。はて、何故今まで祓士について考えてこなかったのだろう?
フィオナが呆れたように口をへの字にした。
「それこそもう無理なんじゃない?100年振りの現界からの留学生。何か特別な理由があるはず。政治やお金が絡んでるわよ。それに黒白結社で掲示を見たわ。クレイヤ・デーヴァ、ルーク・ミラルダ、リオ・リザ様が同じ組になって、キヨイは特別弟子。あり得ない組にこの特別措置。信じられない」
嫌だと頼めば帰れるんじゃないか?問題は帰るとクレイヤと恋人になれない。というか二度と会えない。かといって、死ぬような怖い仕事なんてゴメンだ。卒業までいるのはアリ?でも確か私は学生と職業訓練を同時にすることになった、らしい。
「あり得ない組?黒白結社ってクレイヤの職場でしょう?フィオナはどうしてその掲示を見たの?学生と職業訓練を同時にするのが特別弟子なんだよね?えー、学生のうちから怖い目に合うなら帰りたいなあ……でもクレイヤと会えなくなるし、魔法もまだ全然使ってないしなあ」
フィオナが目を大きく見開いた。それからまた呆れたようなため息を吐いた。
「キヨイと話してると疲れるわ。クレイヤ・デーヴァ本人にしっかりと聞いたら?あと担任のヴァル先生に相談するとか。私、薬士として黒白結社で働いているの。実技で留年してて、基礎授業は履修済み。キヨイに近づこうと思って出なくて良い授業に出てただけ。他にもそういう子いるわよ」
はい?ビックリすることばかりだ。
「私に近づく?何で?」
「天才は天才を作る。才能が感化されるって言われているの。凡人以下の私に影響を与えてくれる。だから解説係も買って出た。多分、キヨイは退学出来ないわよ。私なら黒白結社に学校、他の生徒よりは助けてあげられる。卒業までずっと私に尽くしてもらうから。宜しくね」
フィオナが口角を上げた。妖しい笑い方。怖い。なんか怖い。
「えー……。とりあえず予習は終わりで……。クレイヤに色々聞いてくる。どうして私、色々気にしたかったのかな?何か変な気分」
私が荷物を纏めていると、フィオナが残っているクッキーを差し出してくれた。
「もう少し食べた方が良いと思うわ。頭を使うってエネルギーを使うもの」
その通りだと思ったのと、美味しいので私はクッキーを二つ口に入れた。フィオナがティーカップも渡してくれたので紅茶も飲んだ。ほんのりオレンジっぽい匂いがして、クッキー同様に美味しい。
ますます変な気分。そもそも私って何で留学してきたんだっけ?
「ありがとう。とりあえず疑問を解決するために、そして自由になるために戦ってくる!」
フィオナに笑顔手を振られて私は図書室を後にした。
◆◆◆職員会議室◆◆◆
クレイヤは大きくため息を吐いた。
「で?ヴァル。俺に死ねって言うのかよ?俺がどういう状況なのか知ってるよな?もう十八年経つけど、だーれも助けてくれない。折角、救世主を見つけたのにあんなだぜ?普通に頼んでどうにかなるとでも?」
惚れ薬の入った瓶をヴァルは渡してくれない。どうせ誰も気づかないと思っていたのが間違いだった。机にもしっかりと鍵を掛けておいた。発見者がヴァルではないというのが問題だ。誰が何の為に惚れ薬をクレイヤの机の引き出しから盗み、ヴァルに密告したのか。何故ヴァルなのか。
「頼んでみないと分からないだろう?僕はクレイヤがあの子にきちんと話をして留学させたと思っていた」
ヴァルの指摘に心底腹が立った。ヴァルの表情は惚れ薬を使ったということに対する批難ではない。
「一緒に頼むからって顔に描いてあるけどムカつくんだよ!お前が講師になったのも俺の為に誰か育てる為だろう?そういうの、止めてくれ。有能なのを見つけて確保したから、自分で実地でこれ以上ってないくらい高みに持ち上げる。お前がこの学校で誰か育てるなんて必要も、時間も無い!」
怒鳴ったらヴァルが心底悲しそうな表情になった。クレイヤは髪をグシャグシャと掻いた。やらかした。三つ目の嘆きの心臓を食わされてから、どうも感情の抑えがきかない。
「そんな時間は無い?何かあったのか?クレイヤ、お前はいつも隠す。惚れ薬だって免疫がついて効かなくなる。しかもこんな品質じゃ話にならない。しかも気がついた誰かが僕にこれを密告してきた。調べているが誰だか分からない。邪魔されているんじゃないか?だからキヨイに正直に話して頼もうっていう話だ」
ヴァルは昔から真っ直ぐな瞳をしている。これが嫌だ。いつか自分を殺す任務に就く男と馴れ合いたくない。ヴァルの性格上酷く傷つく。しかし退職したとはいえ、ヴァルの実力なら招集される。
「三つ目の心臓を食ってから……今までと全然違うんだ……。悪魔になんてなりたくない……。声がするんだ。今までとは違う。準備は整った。早く次だ。もう次の心臓だって……」
ヴァルが椅子から立ち上がって近寄ってきた。悲しそうな目だが、決意に満ちている。だから飄々と振る舞うべきだったのに、と自分が恨めしかった。
「だから何で頼らないって話だ。キヨイに頼んで駄目だったら僕がいるだろう?こんな悪品質の物を使うなよ。それに惚れ薬以外にだって色々ある。キヨイには気の毒だけど、だからルークが同じ組になるように根回ししたんだろう?ルークの見張りにリオ様を引っ張ってくるとは驚いたけど」
曲がった事が大嫌いなヴァル。しかし、そう言ってくれると思っていた。ルークもあっさりと協力を選んでくれた。クレイヤは小さく頷いた。
「だから言いたくなかったんだ。危険任務が多いから、キヨイの護衛に強い祓士をと頼んだらまさかのルーク。見張りにリオ。リオの奴、自分が出てくる為に相当根回ししたんだろう。俺がさっさと死ねば、誰も何もしなくていいのにな……。俺……友達に自分を殺させたくない……。禁断薬を作らせたくない……」
ヴァルに肩を叩かれた。
「呪術者が生きている限り、また同じ呪いが使用される可能性が高い。辛いだろうがクレイヤの呪いを解く方法を探すには、クレイヤが生きていないとならない。そもそも悪魔の呪いの詳細も未だ判明しないしな。解呪士、分析班の力不足。魔女を捕まえられない結社自体もそうだ。僕も不甲斐ないよ……。殺させたくないなら力を合わせて最善を尽くそう!頼れって!」
クレイヤは首を横に振った。それから立ち上がった。
「八つ当たりして悪かった。俺が法に触れるのとヴァルだと違う。ヴァルは俺とは違って許されない。家族がいるんだ。きちんと線を引け。リオくらいの権力者ならまだしもお前は路頭に迷うぞ。そもそも悪魔の呪いのことを知ってるのもギリギリなんだからな。また、たまに愚痴を聞いてくれよ。密告者を探すのは手伝って欲しい。魔女関連だと困る。まあ魔女ならこんな回りくどい事をしないだろうけどな。今頃俺に食わせる嘆きの心臓を作るのに何かしてる。あと言われた通り一応キヨイに話をする。一緒に頼む」
思いっきり叫びたかった。全ては魔女だ。魔女のせい。ヴァルが複雑そうな顔をした。
「なあクレイヤ……妻も娘も分かってくれ……」
「ダメだ!俺は不幸を撒き散らしたくない!絶対に線を引いていろ!それが俺の為だ!家族を大切にしろ!」
ヴァルの言葉を遮りたくて机を叩いた。我慢しないと泣きそうだった。
「悪かった。悪かったクレイヤ。お前が嫌がらない範囲で援助する」
何が嫌がらない範囲だ。もう既に不満だ。出世街道まっしぐらのエリート祓士だったのに退職。一気に下がった給料。休日に協会で鎮魂や、病院での調薬をしているのも知っている。
「だったらさっさと結社に帰ってこい!お前こそ相談もなしに好き勝手!俺はお前の退職がどれだけ止められたかも聞いてるんだよ!バイトのことも知ってるからな!」
クレイヤは椅子を蹴飛ばして職員会議室を飛び出した。
天才は天才を作る。だからヴァルは講師を選んでくれた。才能がありそうな生徒を解呪士に導くように指導してくれているというのも耳にしている。嬉しいが嬉しくない。嫌だという感情の方が強い。
兎にも角にも魔女だ。あの女を捕まえる。いや、殺す。絶対に殺してやる。
息子の人生を滅茶苦茶にするのは構わない。しかし他所様を巻き込んでいるのが許せない。
どこでどう知ったのか知らない悪魔の呪い。
悪魔の呪い。詳細不明。人が悪魔になると極悪級な悪魔になるという。その前にクレイヤは殺されるが、魔女がいる限りまた新しい贄が生まれる。
悪魔の呪いは一呪術者が複数発動出来ないというのは判明している。呪術者の魔女が呪与者クレイヤに七つの嘆きの心臓を食らわせて悪魔にするまでは他の誰も呪われない。
悪魔にされる前に、殺される前に、この手で魔女を殺してやる。黒白結社も何が討伐隊に任せて大人しくしてろ、だ。魔女を十八年も野放しにしている。
次に心臓を届けにきたら、今度こそ返り討ちにしてやる。