あんまり素直になれない幼馴染み
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キヨイの寮の部屋の前で深呼吸。寮は基本相部屋。同じレベルの生徒が切磋琢磨出来るように。しかし、キヨイは特別待遇。彼女の同室者はクジ。世話が出来るように、学校の仕組みなどを教えられるように、授業の先取りが出来るように留年生からクジ。
俺は才能が無い奴は祓士になるべきでないとは思わない。必要なのは熱意と努力。その方が生き残れる。
才能にあぐらをかいて、名声や地位や金に溺れれば自己向上を怠るようになる。
自惚れは仲間を危険に晒す。黒白結社所属ではなくても祓士は国防を担う。仲間どころか国民に被害が及ぶ。
だから——23歳でこの学校に入学する努力をし、休職し、単位を減らした後は隙間時間に常に働いているという噂のフィオナは祓士になる資格が十分にある。
黒白結社に入社出来なくても、他にも就職先はあるし、薬士で祓士となると黒白結社在籍のまま特殊任務帯同など仕事の幅は広がるだろう。
なので彼女を退学させたい。難癖つけてさらに留年、退学させたかったのは俺のエゴ。
俺はフィオナを危険から遠ざけたかった。自分の死で悲しみ、泣く姿も嫌だった。
それなのに俺の存在はフィオナを黒白結社に呼び込んだ。おそらくこの学校に入学したのもそうだろう。
(はあ……今さら優しくって……何を喋りに来たんだ俺は)
寮の扉をノックする勇気はない。
(軽く謝る。それだけ。わざと酷い態度は取らない。でも近寄らない。なるべく喋らない。いや、でも……)
足も動かない。聞きたい。あのリボンをまだ持っていて、しかもいつも使っているというのなら、11年前に俺が捨てた物をわざわざ探して拾って使っているのなら、なぜなのか聞きたい。
聞かなくても分かる。俺がカモフラージュしてまでお揃いの色の髪玉飾り——それもずっと同じもの——を使い続けていることと意味は同じに決まっている。
バカでも分かる。キヨイが「無駄」と言うように、無駄なのだろう。
俺の目が何年経っても彼女の姿を探してしまうように。
(よお、まあ、悪かったとか? いや軽すぎだろ)
深呼吸を何度も繰り返し、右手を上げる。拳を握り、ノックの準備。無理そう。手が動かない。
「フィオナー! クレイヤが用事だって」
隣にいつの間にかキヨイがいた。気配に気がつかなかったのは動揺とキヨイの気配消しの精度が高いからだろう。教えなきゃよかった。
キヨイは俺が躊躇っていたノックを、コンコン、コンコン、いとも簡単にしている。
「じゃ。私はマールの部屋に行くから」
「お、おい! 何してるんだよ!」
「優しくするんだよ!」
ニシシっとルークみたいな笑顔を残し、キヨイは走り去った。ココンッとノックして、返事も無いのに他の寮の部屋へ飛び込んでいく。
カチャ、と扉が開く音がして顔を元の位置に戻す。年々美しさを増していった幼馴染が、無表情で俺を見上げた。
つい、いつもの調子で顔周りを歪ませようとしてやめる。
「よお」
自分でも顔が歪みそうになるのが分かる。嫌われる努力が無駄なら、忘れられる努力が無駄なら、手を伸ばしても良いのだろうか。
明日死んだら、フィオナは泣くだろう。俺は彼女の泣き顔が魔女より嫌い。
でも、今の態度を続けても泣くのはもう知っている。知ってしまった。
未来の暴露の大魔道士は、こんなことまで暴くのかよ。
「何? 酷い顔して」
「酷い顔?」
確かに俺の眉根は寄っている。笑っているつもりだけど笑えてないようだ。
「こんな急に、何で急に考えを変えたのか分からないけど、これを見せてくれて、謝罪だけなんて許さないから」
フィオナはみるみる真っ赤になって、大粒の涙を流した。
それから俺が髪に飾り続けてきた宝物にそっと触れた。おまけに抱きつかれた。
「ご飯食べられてる? 眠れてる? 約束通り国中を守ってるね。辛いのに……」
近寄れば分かる。幼い頃と同じ石鹸の香り。顔周りを歪ませなかったから分かる、少し覗けば見える古くなった深紅のリボン。
絡まるから嫌と言っていたけど、俺はとても良いと思うふわふわした髪。
辛いって、何か知って……。フィオナが黒白結社に入社して、1度だけ匿名入院した。3つ目の心臓を食べさせられた後。
彼女の実家の大薬草園に大量の注文がいったし、特殊治療部にはとても世話になった。何をどこからか聞いていたり……はないはず。それは流石にない。
厳戒区域に入れたのはごく限られた者だけ。新人だったフィオナは薬の調合にさえ関与していないだろう。
新種悪魔に未解析の呪いをかけられて生死を彷徨ったものの無事に助かった。
そういう噂になったというか、上層部がそういう噂を流したので、そのくらいは知っているだろう。しかしそれ以上の事は知らないはず。
「噂で聞いた。またフレイヤさんが現れたって。もう魔女の子なんてもうあまり聞かないけど……。クレイヤは立派に国を守っているのに……」
返事が出来ない。俺にはフィオナを抱きしめる資格は無いと思う。でもあるのか。何で?
「眠れてるし、食ってる。別に何も辛くねえ。祖父母や親父、まあ一応元母親譲りで才能豊か。ウィスの最新号にも特集される英雄……」
ますますキツく抱きしめられて、言葉が行方不明。
「クレイヤって結構マヌケよね。ティトゥス街でその髪玉飾りを見た。再会した時も見た。何度か見てる」
「あー……。そうかもしれないと気がついて来た。あと、こう、見ないように、フィオナの顔周りを歪ませていたから気が付かなかったけど、俺もリボンを見て……。今夜見て……」
カモフラージュが解けていた時があったのか。そりゃああるか。確かにマヌケだ。
俺はこの思い出の品を捨てられなかった。大量の悪魔は俺の家族だけではなく家も蹂躙し、手元に残った思い出の品はこの髪玉飾りだけ。
魔女以外の家族写真は知り合いから集めたけど、他にはこれしかない。
「バカよ。クレイヤはバカ。うちに毎年多額の寄付をして、お父さんに定期的に睡眠剤を頼んで、お母さんにたまに夕食の残りを頼んで、バカよバカ」
なぜ、全部バレてる。誰だ喋ったやつ。
フィオナと黒白結社で再会した後、俺はフィオナの父親に「危険な仕事で仕事に夢中なのでお嬢さんの気持ちには応えられません。彼女とは今後も一切関わりません」と伝えた。
それでフィオナを黒白結社の仕事から実家の仕事へ、とも頼んだ。
「噂の致死性の呪いが解けたの? 今夜見つけた本で解けるの?」
フィオナが顔を上げた。不安げな眼差し。
「噂の致死性の呪い? 俺にそんな噂があるのか?」
「定期的に入院して、悪化してるって、特殊治療部では有名よ。色々実験してるって。守秘義務契約があるから他の職員は知らなくても、匿名患者になっていても、私達は知ってる」
「あー……そうなのか……」
フィオナの指摘通り、俺はマヌケでバカだった。逆の立場なら、俺はフィオナを諦めずにどうにかこうにか近寄ろうとしただろう。
悪魔の呪いとまではいかなくても、致死性の呪いという噂になっているのか。知らなかった。知るわけないか。特殊治療部での噂だし。
言われてみれば特殊治療部の職員から、良く差し入れを貰ったり、褒められたり、励まされていた気がする。
「黒白結社に入社するのに得意の薬学分野というのは分かるけど、何で祓士になろうなんて……」
予想は俺のため。でも理由が分からない。
「魔術薬解呪士よ! 特殊治療部に配属希望したのは職場で色々学べるし、こうやって研修入学枠があるから。特殊技術を得たり出世したら好きな研究が出来る」
「研究って……」
「あなたの実験への参加とかね」
「あー……」
魔法薬草、調魔薬剤を使用した解呪。高難易度医療。しかし解呪士よりは基礎能力は低くて良い。祓士としての能力も多少要るが、それより必要なのは薬学知識や調魔技術。
魔術薬や特魔具を使用して欠点や能力不足を補って活躍する祓士は大勢いる。
ティトゥス街で会った時、薬剤調合や看護、手当てで来ているのかと思った。
フェルターエルザ呪疫を「私が解呪する」と言ったのはこういうこと。
フェルターエルザは確かに調魔薬剤を使えば、解呪するのはそんなに難しくない。その調魔薬剤を作成することと、魔法薬草の入手が大変で、解呪まで時間がかかるだけで。
特任だから使用する魔法薬草は集まっていただろうし、優秀な薬士が調魔薬剤をどんどん作っていただろう。作る側ではなく使う側だったとは。
「あー……うん。明日死ぬかも俺。新種悪魔に未暴露の呪いをかけられてずっと調査研究中。今夜見つけた本をこれから読んでみるけど……。キヨイが現れたし……生きられるかも……。ごめん俺、何も知らなくて……」
知らなすぎだ。いや、こんなの気がつくか。
「明日死ぬかもって、もう何年も生きてるじゃない。わざと嫌われようとか無駄な努力をして、時間の無駄をして、本当バカ。バカバカバカ……」
ボコボコ胸を殴られて途方に暮れる。確かにバカでマヌケ。
ここまで想われているなら、1日1秒を大切にして一緒に生きるべきだった。俺はずっとそうしたかった。
いや、何で? 俺なんかした? 襲うふりのために殴って、しかもわざとキスして、その後は無視とたまに暴言。この間はわざと転ばした。何で?
フィオナは顔を上げてキッと俺を睨みつけた。
「マールム・ピュミラ……」
「えっ?」
「それからラビゴで服と靴! 靴は23.5イルセ!」
「フィオナ?」
「1日1回魔術共信! 私じゃ無理だから作って!」
契約者同士だけの機密通信術で毎日連絡しろって……。
「あの……フィオナ?」
「それから11年前のやり直し! 許してないから。あんなのが初めてなんて最低最悪極悪。仕切り直して!」
ドンっと突き飛ばされた。フィオナが勢い良く部屋の中に入る。扉もバタンッと閉められた。
(仕切り直してって……。マジで何で嫌わなかったんだよ……)
その場にしゃがみ込む。
(マールム・ピュミラにラビゴってどっちも俺のスポンサーだろ。ラビゴで服に靴って、ならマールム・ピュミラで欲しいのは何だよ)
頭を抱えて髪を掻く。
(1日1回魔術共信……。格好悪っ! 長年散々泣かせて心配かけて進路に仕事まで考えてくれていたっていうのに、何も言ってねえ)
立ち上がって部屋をノック。返事を待たずに入室。フィオナは寮の部屋にあるテーブルに本を広げて、椅子に腰掛けていた。
「基礎解呪論、中等魔操作論に……これ、何語だ? フィオナこそバカか。どうせ俺と同じガリ勉だろ。フィオナに足りないのは優秀な指導者と実技訓練。行くぞ」
「いきなり入って……ちょっと」
慣れるまで色々無理そう。フィオナの体を浮かせて抱えて窓から外へ。店への連絡も済ませる。
「マピ本店はまだ開いてる。ギリギリ。俺のスポンサーだし俺自体がお得意様だから待たせる」
「い、今、今から行くの?」
「明日死ぬかもしれないし。形見ってことで」
「形見って……」
「帰る?」
「帰らない。何よ、顔周りを歪ませてたって。しつこくしていたらいつか謝ってくると思っていたけど、遅いわよ」
チラリと見るとフィオナは頬を膨らませていた。謝ってくるってことは、自分は嫌われてない、忘れられてないという確信があったということ。
定期的に髪玉飾りを見たから。下手するとフィオナの両親も何か言った。
「じゃあ、まあ、行くってことで」
気の利いたことが何も言えない情けない男。
まだ大丈夫。心臓は3つ目。魔女が来たら返り……キヨイの言う通り逃げて隠れるだな。そうすれば1秒でも長生き出来る。
この呪いに突発的な何かが起こるとか、時間制限が無い限り。しかし魔女は急に動きが活発。痛みや呪いの声がする頻度も増えた。全く良い予感はしない。
希望はキヨイと秘密の地下室。俺はいつまで生きられるだろう。
こんなのに付き合わせて良いのか?
でも突き放しても追いかけてきてくれるのか。くれていた。フィオナを抱える手に力が入った。なんか、泣きそう。
「クレイヤ、買ってもらうものは何でも良い?」
首に腕を回されて甘えるように寄り添われた。それに笑顔。この可愛らしい笑顔が俺に向けられるのは11年振り。
やり直しか。そうだな。やり直そう。やり直しに相応しい場所へ連絡を入れる。探知能力の乏しいフィオナは気がつかなかった。
「命の恩人になるだろうからキヨイにS級魔道具を買って貯金があんまりない。2万ガリル以下なら何でも」
給料はまだだけど、結晶放送出演に雑誌の取材費に講演会料などでそこそこ懐は潤った。
そこに給料と特任派遣料にスポンサー料が入る。各所への寄付金は減らしたくないけど、さすがにフィオナを優先しよう。
「い、2万ガリル⁈ そ、そんな値段のものは……」
「安いのは却下な。高額納税寄付者の恋人が安物って遊び相手や雑に扱っている相手って思われるだろ」
心臓がバクバクする。恋人ってことだよな?
何にも言えてないけど、もうそういう流れだ。
「魔人ルークと違って浮いた噂もないのに悪ぶってバカよバカ! やるなら徹底しなさいよ! バーカ、バーカ、バーカ!」
フィオナは「恋人」を否定しなかった。
頬をつねられ、引っ張られる。しかし、フィオナはクスクス楽しそうに笑った。
りんごほっぺ。この赤面症っぽくて、可愛くはにかみ笑いするところはとても懐かしい。
「噂はあっただろう」
フィオナが入社してきてから下準備のためにそこそこデートしてみたり、ホラ吹いたりして、その後2年間は女にだらしない、みたいな噂が出るようにした。
「短期間だけね。ファンサイル知らないの? プロ彼女がいるかもって、血眼になって探されてる」
2年じゃなくてずっと演出してないとダメだったってわけ。
「ファンサイル? ストーキングファンの交流板ねえ。プロ彼女って俺は芸能人かよ。まあ黒白結社の高名祓士の人気は芸能人以上だしな。ならこれから買う物もすぐバレる。安物は却下だ」
「高くても安くても、私が欲しいものを買ってもらうわよ」
フィオナの頬の赤らみの面積が少し増えた。それに笑顔も柔らか。これだよ。こいつの可愛いところの1つ。昔と一緒。2度と見られない、見るべきではないと思っていた。
ネックレスかピア……スは穴があいてないからイヤリング。それかブレスレット。時計はちょっとな。
まさか……。まさかというか、俺が買いたいものは1つ。フィオナが欲しいものとは別に買おう。




