ルーク・ミラルダと親友
私、末永清は本日初めて留学先のお菓子屋さんへ来店。
海外が舞台の映画に出てくるような、美しい街並みは歩くだけで楽しい。
天才的な才能があると言われて、異世界への留学を提案されたってとっても幸運!
***
レストニア東大街。石畳の商店街らしき通りに面した、小洒落たカフェ。吹き抜けの天井に、天井扇。静まり返る店内、そして外には行列。通り側の窓が大きいので全部丸見え。
「貸切なんて悪いわ。お店の方に取りやめてもらいましょう?」
リオがオロオロと窓の外を見ている。ルークは楽しそうにメニュー表を見ているだけ。
「私もこれはさすがに心苦しいんじゃないかと……」
私はチラチラと窓の外を確認した。神経は太い方だが、いたたまれない。ルークがビシッと擬音が聞こえるように、リオにメニュー表を渡した。
「貸切時間を掲示してあるのに居るから気にするなよ。好きで待ってるんだ。それに見ろ」
呆れたようにルークが親指を窓の外へ向けた。リオに一心に注がれる、何というか芸能人を見るような目付き。もしくは祈るように手を組んでいる人達。リオが柔らかく微笑んで手を振りはじめた。さっきよりも、人が増えているように見える。
「おいおい、止めろ止めろ。ったく、リオの態度が増長させてるんだって自覚しろよ」
ルークが手を伸ばして、リオの頬を手でつまんだ。私はルークの手の爪が赤褐色で尖っていることに目を丸めた。マネキュアのような光沢は無く、素のままっぽい。
「ルークさん。リオに触れないで下さい。聖人ですよ」
リオの隣のブレイドが、不機嫌そうにルークを睨んだ。
「はいはい。ヤキモチ焼きめ。すみませんオーダーお願いします」
ルークがブレイドに手をひらひらさせてから、店員を呼んだ。リオはにこにこしながら窓の外へ手を振っている。人がまた増えていた。ブレイドはチラチラとリオを確認した後に「がっかり」というように肩を落とした。この二人の関係が何となく読めてきた。
「リオはこれか。あとこれとこれ。キヨイは?」
聞かれてもメニューをまだ見ていない。ルークに手渡されたメニュー表に、私は顔をしかめた。文字だけ。そして名前からどんなものか想像が出来ない。さすが異世界。食生活が違うのって結構大変。
「本日のおすすめと、それに合う飲み物をお願いします」
さらりと告げたルークを、私は「この人、見た目に反してスマートだな」としげしげと眺めた。
「だからリオ、もう止めておけ。人が増えすぎて店から出れなくなる」
窓の外を見て、顔が引きつった。人が増えているばかりか、大勢で祈りを捧げるような雰囲気。ルークが立ち上がって追い払うような仕草をした。それからリオの手首を掴んで、首を横に振った。
「止めろ。また面倒臭いことになる」
「まあルーク。皆さんの祈りを無下にしてはいけないわ」
「俺はこんな雰囲気でものを食いたくない。俺の為だと思って外を無視しろ。あとキヨイもこんなに縮こまっている」
私?人生でこんなに注目を浴びることはなかったから少しワクワクしていた。対象が自分でないと分かっていても。
「何だ、心臓に毛が生えてるのか。ならリオと仲良くしてやってくれ。こいつ女友達いないから」
さらり、と衝撃的事実が告げられた。リオがしょんぼりとなった。普通に良い子なのに?実はとんでも無い性格とか?
「今はこいつしか隣にいないけど、他にもわんさかいる。四六時中お守り付き。街を歩けばあの状態。俺ならそんな生活、息が詰まる。にこにこ変な奴だろう?」
ルークがブレイドに親指を向けた。それから今度は外。最後に大きくため息を吐いた。
「私は大切な役目を担って生まれたのです。それに伴う不自由は仕方ないわ。ブレイドが居てくれるもの。今はルークとクレイヤも増えたわ。少しずつ外に出れるようになって、今はカフェよ!私、カフェって憧れていたの!とても素敵な空間ね!」
両手を祈るように握ったリオが、可憐に微笑んだ。目がチカチカする。なんか、眩しい。物理的に。リオの周りにキラキラ、キラキラ、虹色っぽい光が集まっている。私は目頭を押さえた。何か、痛い。
「魔法の照明って虹色?眩し過ぎて目が辛い……」
私が目をこするとリオが「はしゃいだせいだわ。ごめんなさい」と呟いた。とても悲しそうな声だったが、目を開くとリオは優しく微笑んでいるだけだった。
「へえ、本当に超天才って奴なんだなお前」
ルークが面白そうに私を見た。
「どういう意味?」
「リオを取り巻く裂魂が見えるんだろう?それも全色。目が痛くなる程って聞いたことがないな」
突然、髪をぐしゃぐしゃにされた。
「何?そのレッコン?」
クレイヤに会えるかもと、綺麗に梳かしてあるのに止めて欲しい。
「この世界は生と死の狭間。輪廻転生の死者の国からあぶれたり、自然にあったり、まあ色々あるんだが、総称して裂魂。魔法には魂を使うんだ。聞いてないのか?俺、そもそも座学って苦手なんだけど。そんなんで、よく留学……。まあ、その件はいっか。とりあえず育てるから、頑張れ。俺たち全員、期待してるんだぜ」
そういえば、来週の授業に「魂と魔法学」とかいう科目があった。
「今週は歴史学とか、地理学みたいな地味ーで眠ーい科目に学校や寮のオリエンテーションだったんだよ。来週からはりきる!任せて!」
「元気ね。懐かしいわねルーク。いつでも相談に乗るから頑張りましょうね、キヨイ」
三人で笑い合うだけで心強かった。ブレイドがリオを見て嬉しそうに微笑んでいる。ブスッとしてないと、本当に漫画とかの王子様みたい。でも、何で専属護衛が男?
「お待たせしました」
店員が運んできたのは、パンケーキに似ているものだった。飾り方がハニートーストっぽくもある。卵色でふわふわそう。甘い匂いのシロップに、見知らぬ果物がたくさん乗っている。赤くて、もこもこした実が一番多い。
「まあ、私もキヨイと同じにすれば良かったわ。ロモモの実、大好きなの。そういえば季節ね」
リオにとルークが注文したのは、パウンドケーキに似てみえる。柑橘系っぽい香りがする。ルークの前には肉料理が出された。え?いまってティータイムの時間じゃない?ブレイドは黒っぽい飲み物。見た目はコーヒー、匂いはアップルティー。寮での食事でもだが、食文化が異次元過ぎる。美味しいから別に良いけど。
「んーリオ、それなら半分こする?」
三人が同時に大きく目を丸めた。何?
「すみません。取り皿もう二枚下さい」
不思議そうな店員がお皿を二枚持ってきてくれた。取り分けるって習慣がないのか。毎日ひしひし感じる、文化の違いってやつ。なんかもう慣れてきた。なので勝手に自分とリオのお菓子を分けた。分けても美しく!がモットー。
「ロモモの実?これで食べられるでしょ。私もこのケーキ食べてみたかったの」
ふわふわケーキは、スフレに似ていた。少しチーズとレモンの味がする。ロモモの実はほぼ苺。パウンドケーキっぽいのは、焦がしバターとアーモンドの味がした。中にグミみたいなものが入っていて、ツブツブが妙に癖になる。
三人がずっと固まっていたが、無視した。そのうち何か聞いてくる。そしたらこちらも、文化の違いを聞けば良いだけだ。
「あはははは!聖人の食事を奪うなんざ、無知とは恐ろしい!でも良かったなリオ。この能天気そうなキヨイはお前を等身大で見るぜ」
窓がガタガタいうと思ったら、外の人達が何やら怒っている。あと青ざめたり、固まっていた。さすがにこれは、手が止まった。
「画期的だわキヨイ!こんなの初めてよ。皆さんにも伝えましょう。心が豊かになる」
リオが眩しいくらい、嬉しそうにはにかんだ。ブレイドが思いっきり顔をしかめた。それから私を咎めるように睨んだ。でもリオが鼻歌混じりで幸せそうだからか、ブレイドは優しく微笑を浮かべてリオを見つめ出した。ルークは腹を抱えて笑っている。
リオの小さな歌声は、全身に鳥肌立つほど綺麗。こんなの聴いたことがないし、感じたこともない。
天へ祈るように、リオが胸の前で手を握りしめて顔を上向きにした。それから右手の親指と他の指で輪を作り、空に十字を切って円で囲んだ。
「命巡る。この命へ感謝し糧としていただきます」
またリオの周りに虹色のキラキラが出現した。まるで映画のワンシーン。照明なんてないのに。
そうか、宗教か。この国の宗教の何だか偉い人。それで窮屈な女の子。見た目的に歳は離れてなさそう。ちょっとデザートをシェアしただけで、物凄く喜んで幸せそうに笑う。
女友達がいないとは、裏の顔でもあるのか? 私はこの雰囲気、とても好き。とても惹かれる。
「逃げるぞキヨイ!」
フォークで卵パン風パンケーキ(仮)を刺した時、ルークに体が掴まれて浮いた。ルークの右腕が私のお腹に回っていて、小脇に抱えられていた。天窓を開いたルークが店外へ飛び出し、屋根に降りた。左手に肉料理と私のケーキの皿を持っている。
店内に人がなだれ込んでいた。いつの間にかリオが店の中央にいて取り囲まれている。
「何これ」
「ったく。外食もろくに出来ない。何であんなにニコニコしているんだか。いつになく行きたがってたから予約したのに」
ルークが胡座をかいて、私にデザート皿の方を渡した。受け取ると、ルークは自分のお皿から肉の塊を指で摘んでかぶりついた。行儀悪い。スマート、は早とちりか。何か荒々しそうな見た目だし、野生児っぽい。さっきまで良い感じの男の子だったのに、残念過ぎる。
リオを取り囲んだ者たちがいつの間にか膝をついている。リオは目の前の人へと両腕を広げている。店中が輝き出したので、目がチカチカする。見ていられない。
「リオ、そんなに行きたがっていたの?」
「まあな。行きたいとは絶対言わないけど。顔付きで分かる。俺たちは十の時から十年以上一緒だからな。ブレイドなんてそれより前。それがリオの小さな世界」
心配そうに眼下を見つめるルーク。私は七色のキラキラが目に痛くて見れない。全員二十才以上なのか。クレイヤは幾つなんだろう。年の差十までならいいかな。三十路の壁は何か厚そう。
「これを見て、ぼやっとしているお前は変な奴だな。益々気に入った。俺達もいつまでリオに構ってやれるか分からない。仲良くして欲しい」
大きく歯を見せて破顔したルークに、私は身震いした。リオへの親しみ込めた笑顔なのに、寒気がする。ルークが苦笑いした。
「俺、悪魔の子だから。クレイヤは呪われてるし、リオは国の聖人。三人、いやあの万年片思いと四人で凄い祓士にしてやるよ。楽しみにしてろキヨイ」
悪魔の子?呪われてる?何の話だ?
問いかける前にルークは私を置き去りにして、飛んで行ってしまった。菓子屋の屋根にポツンと一人。
これってちょっと、前途多難?
◆◆◆一刻後◆◆◆
東の外れ、ミモリア森の高台。
「あんな才能よく見つけたな。そりゃあ惚れ薬でも使って連れてくるな」
ルークが愉快そうに笑った。クレイヤは黙って夕陽を眺めた。
「多分。俺への最後の嘆きの心臓だ。自力で呪いを解いたようだけど、また狙われるだろう。あんな特上品、フレイヤがあっさり見逃すはずがない」
ルークが右手の爪を爪で弾いた。パチンっと小気味好い音がする。
「ま、気に入ったわ!お前は教育で暴走出来ない。リオは初の女友達。俺はあの妙ちくりんな能天気娘が単純に面白い。さあ張り切って働くか!」
ルークが吠えるように声を出して炎を吹いた。
俺に任せろというように。
上から目線風なのが気に入らない。クレイヤはルークを高台から蹴落として、ニッと見下した。腹立たしくも頼もしい、お気楽ルークが大口開いて笑いながら落ちていった。