禁断の図書室? 覗き見は悪趣味だけど……4
クレイヤと並んで廊下を歩く。
「いつ防音術をかけたの? それに何も感じない。分からない」
「へえ。お前にも苦手分野があるのか」
「えええええ。そんなの困る。その苦手分野がクレイヤの呪いを解く邪魔になったら困るじゃん!」
「いや暴露してくれれば協調解呪とかあるし。あのさ、本当に嬉しいけど、どうした? 急にやる気を出して」
私を見るのをやめると、クレイヤは照れ臭そうに笑った。
「色々気がついたからだよ。心臓を食べさせられなければ死なないと思ってた。いや、そう思い込んでたからのんびり気分だった。惚れ薬のせいかも。日に日にどんどん気になることが増えてる」
「ああ、俺のせいだな」
「そうだけど言ってよ! 時間制限があるかもとか……。ああっ! そうだ! 燃えているように痛くなるって言ってた! 痛いなら早くしないと! 実地訓練は怖いし、新種悪魔は気持ち悪いし……それでクレイヤのことを忘れる。きっと惚れ薬だけじゃないや。ごめん……」
それだ。怖い怖い。そういうのでクレイヤのことを忘れるんだ。
「いや、謝るなよ。俺は今後どうなろうとキヨイが生きてこの国にいてくれれば希望が持てるっていうか……。うん。欲を言えば普通の体になりたいけど、もうお前の人生を台無しにしてまでとか思ってないから」
クレイヤはにっこりと笑って私の頭を撫でてくれた。
「もう?」
「英雄って呼ばれているからな。それに恥じない生き方をしないとと思い出して。それで惚れ薬の解毒剤を飲ませた。まあ中毒になって効き目がなくなるから、どの道やめていたけど……自信ないな」
「私、それも気にしてなかった。何で解毒剤を使ったか。今怖いことを聞いたけど、自信ないなってちゃんとやめたじゃん」
私の頭から手を離すと、クレイヤは頭の後ろで手を組んだ。
「本当、怒らないんだな。キヨイはすげえ性格良いよな。ビビリだけど。あの日は情報過多だったから」
ニコニコ笑うクレイヤに不安になる。今は痛くないの? いつ死ぬか分からないって怖くないの?
「性格の良し悪しじゃなくて本当に今まで忘れてた。私って忘れてばっかり。深く考えることを忘れる。今は痛くない? 明日死ぬかもしれないのに怖くないの?」
「痛むのはたまにだ。死ぬ覚悟はもう何年も前にしてる。毎日刺激的だからだろ。異世界で学業だけでも大変なのに、特任参加や見学。見学では死にそうな目にあうし、休みの日に新種悪魔の暴露なんて高度難問に向き合わされ、今夜は秘密の図書室だってな?」
クレイヤは飄々として見える。28歳で、何年も前に死ぬ覚悟をしているって呪われた時から?
ということは10歳から……胸がどんどん痛くなってきた。
「そうなの。それで……」
明日クレイヤは絶対に自分の呪いを解くのに必要な本を探す。私の勘通りに探す本に関係する過去回想なら、クレイヤの過去を知ることになる。呪われた日のこととか。
リオのように何もないかもしれない。でもリオは何もかも特殊だから、彼女だけが例外な気がする。
「それで? どうした? 何か欲しいものでもあるのか? お前の頼みなら、犯罪じゃなきゃ何でも聞くけど。生きてる間は金はいくらでも稼ぐし、色々ツテもあるぜ。少し手間取ってるみたいで納品が遅れてるけど、あの扇並みは少し待ってくれって感じかな」
本日、奴隷になります宣言2人目。全然嬉しくない。
「いいよ! もう色々買ってもらってるよ! 扇! そうだ扇! 56万ガリル! 日本円で5億6000万円! 豪邸が建つんだけど!」
この忘れっぷり、気がつかないっぷりはさすがに惚れ薬のせいだと思う。
「確かに家が建つな。それもわりと大きな屋敷。金持ちリオが1/3払ってくれて、ルークもしぶしぶ1/3ないくらい出した。と言っても俺にローンでどうせ踏み倒される。俺の貯金は1回空。まあ元々寄付とかであんまり貯金してなかったんだけど。命の恩人になるかもしれないから、安い買い物さ。高いけど安い。金じゃ命は買えねえよ」
「それなら成功報酬にしようよ! なんで先に買ってるの⁈」
「そういう考え方もあったけど、お前があれを選んだから。S級品しか手に取らなかっただろ。中途半端な物を買って、使い物にならなくなる方が金の無駄」
「私がビビって日本に帰ったら金の無駄で……帰れないのか。狙われてるんだもんね。でもどこかに閉じこめてって言ったら、魔法なんて使わないって言ったら無駄金じゃん!」
クレイヤがお腹を抱えて笑い出した。
「何でキヨイがそんなに俺の心配をしてくれてるんだよ。ひどいことしたのに」
「そうだけど、そうじゃない。雑誌見たよ」
「雑誌?」
私は雑誌の表紙を見せた。
「ああ、ウェスの今月号」
「写真じゃなかった、ポートを見てそういえばって気がついたの」
「ん? ポート?」
クレイヤは雑誌を取り、ペラペラとページをめくった。
「その髪玉飾り。赤いやつ。どこで買ったの? 雑誌は青いけど、いつも同じ場所の1箇所だけが赤いなと思って」
「突然どうした。欲しいとか? こんなのそこらへんで買えるから買ってやるけど。そりゃあたまに気分で変えるさ」
「気分じゃないでしょ。クレイヤのその髪玉飾りは古いでしょう? 赤いのだけは18年以上前から使ってる。ポートでは青く見えるのは何か細工?」
足を止めたクレイヤの前に移動する。クレイヤは私を見下ろして困惑顔。
「カモフラージュはともかく、何で18年以上前って分かったんだ? 誰かに……聞いたのか……?」
金色に輝くクレイヤの瞳がゆらゆら戸惑いで揺れる。かつて、この瞳は深い青色だった。
カモフラージュか。皆には赤い髪玉飾りは青く見えるってこと。ポートにはそのカモフラージュがかかったまま写る。
「フィオナに聞いたのか? いつもは赤いけどポートは青だね、なんて話はしてないよ。安心して」
瞬間、クレイヤは明らかにホッとしたような表情を見せた。
「仲良く手を繋いでお店に行ってフィオナにリボンを買った。誕生日プレゼント。それで同じ色の髪玉飾りも買った」
ゴクリ、と唾を飲む。
「なんでそれを知って……」
私は魂を暴露した話をした。確信がないから探す本に関する過去回想だろう、という話はしなかった。
それから、2人が買い物をしたところだけ見たということにした。
リオの時は何もなくて、ブレイドの時は出会った頃の自分との会話。
勘が全てを語るな、嘘をつけと告げている気がして。
「魂を暴露……自白術の応用系? 聞いたことないな」
「ねえ、クレイヤはフィオナがこの間使っていた髪飾りを覚えてる?」
「はあ? 何で俺がボナパルタのアクセサリーを覚えていると思うんだよ。知らねえよ」
困惑顔は渋くて険しい表情になっている。というより、不貞腐れ顔。
「本当に知らない? いつも同じだよ?」
「知らねえ。俺は……あいつを見ないようにしてる。見かけたら顔周りをこう、歪ませてる」
悲しげなクレイヤはその後何か言いかけてやめた。
「そのまさかだよ。クレイヤと同じ」
次の瞬間、クレイヤは大きく目を開き、しゃがんでしまった。片手で頭を抱えて視線は床。
「しょうもない嘘をつくな。そんな訳あるか。10年も前に窓から投げ捨てたのに……」
私も腰を下ろした。
「捨てたの?」
「ああ。あと殴った……」
げっ。この人初恋というか20年くらい惚れてる女性に何してるの。
でも理由は簡単。それで、やっぱり切ない。大好きなのに、きっと今の苦しい人生の心の支えなのに、両想いだと分かっていたのに、思い出の品を投げ捨てて殴った。
フィオナは謎だ。そこまでされても、ほとんど会わなくなって、殴られて、会えば暴言を吐かれるのにクレイヤが好きなのか。
恋は摩訶不思議。いや、惚れ薬の時の感情を思い出すと、恋とは人を狂わせるもの。
「何で? フィオナに幸せになってほしいから? 嫌われようと思った?」
クレイヤは両手を膝の上に乗せて顔を埋めてしまった。
「当たり前だろう……。何で……」
「さあ? フィオナは私に昔そこそこ仲良がよかったとか、リボンは数年前に自分で買ったとか嘘つくから何も聞けない。勝手に思い出を知ったのも言いにくい」
クレイヤからの返事はない。
「命の恩人と毎日親切な友達の長い初恋が私にかかってるとか、めっちゃ気合入ったから、ドンッと任せておいて。伝説の図書室も見つけて前途洋々だし、怖いのも少しは我慢する」
私はよしよし、とクレイヤの頭を撫でてみた。かつては黒かった髪は銀色の白髪。数年前はまだ黒の方が多かったのに、苦労しているのだろう。
苦労というより精神的苦痛? ショックで髪が真っ白になるなんて話を今更思い出した。奇抜なファッションだから、髪もその1部だと思ってた。
「キヨイは変わってるな。金も地位も名誉でも気合いが入らないって言っていたのに」
「うん。女子校生だからね。恋愛が1番胸に響くのかも」
クレイヤはしばらく私に髪を撫でられ、その後霧と共に消えてしまった。転送術は使えないらしいから、霧に紛れて逃げたのだろう。




