犯人は彼女
【寮】
今夜はもうくたくた。寝たい。と、寮に帰ってきて速攻ベットにダイブ。
「キヨイ、それで今日の実習はどうだったの?」
勉強机に座っていたフィオナが振り返る。私は、ん? と顔を上げた。フィオナはなぜか実家を出て寮住まい。これも今更疑問。これまでクレイヤのことで頭がいっぱいだったとよく分かる。おそるべし惚れ薬の効果。
「聞いてよフィオナー、酷いんだよ」
箝口令は敷かれていない。私は今夜散々な目にあったと話した。
「ルサールカの睡眠の呪いを解いたの⁈」
椅子から立ち上がったフィオナが近寄ってきて、ベット脇でしゃがんだ。顔を覗き込まれる。
「えっ……。うん……」
「難易度の高い魔力複合に、ややこしい魔力操作が必要なのに⁈ 卒業試験にもなる解呪よ!」
ずいっとフィオナの顔が近づく。鼻と鼻がくっつきそう。改めてまじまじと見ると、目つきが少々キツいが美人だ。綺麗で立派な仕事をしているのに落ちこぼれ学生として励む理由が気になってならない。
「ほら、大天才? だし」
「そうね。私、練習室を借りてあるの。そろそろだから行ってくる」
スッと立ち上がると、フィオナは私の顔を見ずにクローゼットから鞄を出して部屋を出て行こうとした。待って、と言う前に彼女が振り返る。
「部屋ごとに図書館のマギアキーが配られたの。私が管理していて良い?」
「マギアキー? 何か特別な鍵ってこと?」
「ある程度認められた生徒にだけ指定図書の閲覧が可能になるんですって。この部屋は貴女がいるからだと思う。失くしたら反省文と罰が待ってるけど、管理したい?」
そんなのノーだ。私は大雑把。管理なんて大人でしっかりしたフィオナが適任だ。私は首を横に振った。
「うん。任せる」
「そう、分かった。じゃあお休みなさい」
背を向けたフィオナに私は「待って」と声を掛けた。はっきり言って今日は疲れている。でも……。
私に親切にしてくれるフィオナの役に立ちたい。彼女は本当に良くしてくれている。
「練習、私も付き合う」
振り向いたフィオナと目が合う。驚いたような顔をした後にフィオナは照れたような笑みを浮かべた。
「疲れてるんじゃないの?」
「まあね。明日の授業寝そうなくらい。また板書の解説よろしく」
「はいはい。ふふっ、嬉しい」
花が咲くような笑顔、とは今のような笑みのことだ。フィオナのはにかみ笑い、あまりにも可愛らしかった。
ふと思った。私がクレイヤの呪いを解いたら、クレイヤはこの可愛い頑張り屋の幼馴染みに嫌われる努力をしなくて良いことになる。明日にでもそう言ってあげよう。
フィオナがクレイヤをどう思っているか聞き出そうとしたら「小さい頃はたまに遊んだけど、18年もろくに話して無いから赤の他人よ」と冷めた返事をされてしまった。
◆◆◆ 教務室 ◆◆◆
クレイヤは壁にかけてある練習室貸し出しファイルを手に取った。
「フィオナ……ボナパルタ……」
今夜は遅番なので最後の生徒が練習室の鍵を返却するのを待たないとならない。23時まで練習室使用可とは時代錯誤も良いところ。と思うが自分もいつも人気のない練習室の最終時間を確保していた。
「大薬草園のお嬢様が結社に入っただけでも変わっているのに、この学校で燻っているなんて。何考えてるんだか」
年に数回の薬の受け取りくらいしかまともに話していなかった。先日の会話のあれこれを思い出すと、我ながらバカだと思う。
働きながら学生生活。毎年ちまちま単位を取り、出席するべき授業を減らして残る単位はほぼ実技。現在、仕事に関する論文作成や研究をしているという噂を聞いた。
とはいえ、実家が近いのにわざわざ寮にまで入って、いくら祓士が名誉な職とはいえ、実に非効率な人生設計でとても不可解だ。
「仕事にかまけているから親に見合いさせられるのか?」
彼女の名前を指でなぞる。昔々と比べて更に字が綺麗になっている。少し丸みを帯びた実に女性らしい字。まるで本人みたいだ、と考えて慌てて首を横に振る。
ふと、一緒に宿題をしたことを思い出す。その後にいつもせがまれて魔法を見せた。その度にニコニコと楽しそうに笑っていた。
教えてと頼まれて、ちっとも魔力操作の出来ない彼女は、毎回悔しいとしかめっ面。
「18年か……」
赤ん坊の頃から一緒だった幼馴染みも、それだけ離れればもう赤の他人。いつ死ぬか分からない男とまた友人に、なんてなるべきではない。
「ツンツンしてると嫌われる、か……。嫌われたいけど、それがそもそも意識してるって丸分かりだよな。ダサっ……」
呟き、頭を掻く。キヨイの指摘通り初恋の人だ。結社で再会した時からずっと意識してしまっている。
いつもどこかにいるかも、と目が探しているという自覚もある。また雑談したり、笑い合えたらどんなに嬉しいかなんて、想像に容易い。けれども今の自分にそんな資格はない。
ガラガラ、と教務室の扉が横に開く。誰かと思ったらルークだった。また面会者の札がない。困った奴。
「いよっ! 明日ニュースになるから先に言いにきた。まあ、もうキヨイに何か聞いたか?」
「見学のはずがルサールカの睡眠の呪いを解呪する羽目になったって嘆いていたけど……。ニュースって、その顔は新種発見やキヨイの才能の素晴らしさを放映って訳じゃなさそうだな」
ファイルから手を離し、近寄ってくる渋い表情のルークを観察する。とりたてて怪我は無さそう。まあ、全身鋼のような男なので滅多に怪我なんてしないが。
「ニュースにならないかもしれない。またお前の母ちゃんが現れた。キヨイは確実に狙われている」
「なっ……」
そんなこと、キヨイから聞いていない。
「聞いてないって感じだな。お前に気を遣ったのかも。そんな気がして伝えにきた。俺達が撤退後、新種悪魔の調査隊と魔女討伐部隊が到着。魔女はもう姿を消していたって」
キヨイから報告されていない今夜の詳しい状況をルークから聞かされた。
「明日にでも結界の張られたカラザの森にもう一度キヨイを連れて行く。新種悪魔の曝露だ。調査組と護衛チームが手を焼いているってよ。魔女討伐部隊がキヨイの護衛の名目で待機する」
「キヨイの囮利用は禁止だよな? リオからの直接命令で」
「分かっているのに聞くな。新種悪魔の曝露が名目ってやつ」
「ふーん。で、俺にキヨイの説得をしろって事か? リオじゃなく?」
「違えよ。リオの意向を無視してお前も囮役だ。キヨイの護衛と指導ってことで帯同になる。もうすぐ指示書が届くだろう。上層部の決定だ。俺はかなり不服だ」
ルークは顔をしかめたが、こちらとしては願ってもない。しかしキヨイの意思は尊重してやりたい。自然と眉尻が下がる。
「その件なら無しよ」
リオの声がしたので教務室の出入り口を見た。腕を組んだリオといつも通りのブレイドが立っている。廊下にゴリアテらしき腕も見える。
「ルーク、クレイヤ、私ね、これからカラザの森を散歩したいの。仲良く皆で散歩したい気分なの」
両手を合わせたリオがニコリと笑った。目が怒っている。
「お姫様、作戦は?」
へえ、とルークが目を大きく開いている。
「その呼び方やめてってば。ついに実戦運用されるという捕獲檻の効果もこの目で見てみたいの。急に見たくて見たくて仕方がなくて眠れなくなってしまって。だから散歩へ行くのよ」
「リオは言っても聞かないので護衛をお願いします」
ブレイドが会釈をする。リオがぷくっと頬を膨らませた。
「囮禁止ってキヨイと約束したもの。反故にしようなんて許さない。後から謝って有耶無耶にするつもりでしょうけど、それなら私だって先回りするわ」
ムスッとしたリオが続ける。
「散歩していたら大量の悪魔に遭遇したので鎮魂した。新兵器、捕獲檻が手元にあったので使用してみて新種悪魔を捕獲した。捕獲出来なかったら鎮魂してしまうわ。捕獲出来たら結社で目の良い魔術師に曝露してもらう。そういうことでよろしく」
リオはえらく不機嫌そうな表情。ルークと顔を見合わせる。なんだか嫌な予感。
「それ、俺達がお前に作戦についてチクったって言う予定?」
ルークの質問にブレイドが首を縦に振る。リオは首を横に振った。
「まさか。極秘任務についてなんて知らなかった。散歩していたらたまたま、そう言うつもりよ」
視線を泳がしたリオがチラリ、とブレイドを見たので情報源発覚。ブレイドはリオの為になるなら法令違反スレスレのことまで何でもする男。得意の盗聴だろう。
「上層部が協会とまた喧嘩ってなると、リオはついに下手すると籠の中へ閉じ込められるな。俺達が泣きついたってことにしよう。俺はもう謹慎中だし……」
「俺はいつも反省文やら何やらだしな」
ルークと顔を見合わせてニッと口角を上げる。
「それでお願いします。お二人がわざと何も知らないリオをカラザの森へ誘導したということで」
ブレイドの発言にリオがえっ? と口にして眉間に皺を作った。
「待って、そんなこと許さないわ」
「いや、例のレアチーズケーキで手を打て。よし決定。行くか、カラザの森」
「今日遅番だから、練習室の鍵を受け取って教務室を閉めるまで待ってくれ」
ルークとハイタッチすると、リオは不服そうなため息を吐いた。




