見学って言ったのに! 5
自分の息が荒く、動悸も激しい。けれども目の前の光景に対して少々冷静。
これが初めての修羅場ではないからかもしれない。慣れとは恐ろしいが、ある意味有り難い。
(これ……リオと退魔した魔法紙で作られた偽物と同じ……)
偽物魔女の右手が伸びてきたので、咄嗟に手を払うようにして火の玉を出した。紙には火。実に単純な理屈。
偽物魔女の手が止まり、まるで糸で釣られているようにスーッと遠ざかる。
私は周りにある火の魔力を感じる裂魂を必死に集めた。集まれと心の中で叫びながら手を動かす。
魔法紙で作られた偽物が炎の魔法を操れるのに、火が苦手とは変。そう思ったが、この迷いは危険かも? それとも私は勘が良いから正しい?
「ゼツボウしたハーとがホシイです」
そう告げると、偽物魔女は頬に手を当てて首を傾けた。悩ましいというポーズなのに無表情。視線が恐ろしいほど冷たい。まるで氷のようだ。
(絶望したハート……。ハート。心臓? そうだ、心臓! 心臓を取られる!)
殺される、という事実に今更気がつき、私は身を縮めた。しかし泣いても叫んでも、この状況から脱することは出来ない。
チラリとルークとアンナの姿を確認。快眠、というようにあどけない顔で眠っている。
(解呪して起こしたら、逃げられる?)
「ゼツボウしまショウ」
楽しいショーの開始というように、偽物魔女がくるりと回転して右手を上げた。
指先から細くて赤い糸が現れて地面へシュルシュルと落ちていく。それは塊になり、蛇の形になった。メラメラと燃える炎の蛇だ。
(だからなんで魔法紙で作られた偽物なのに、どうして火を出せるの⁉︎ 燃えないの⁈ そもそも魔法紙を生き物のようにするのは超高難易度で……)
私は尻餅をついたままの格好で後退りした。ルークの体にぶつかる。
(炎の蛇には氷か水? 本当に? ルーク達を解呪したいけど蛇に鳥……。新種悪魔やルサールカは⁈ 集中して解呪とか無理!)
周りを見渡して、新種悪魔は相変わらず炎の海を飛び跳ねるように泳いでいるし、ルサールカや水の渦は増えている。まさに絶望。
その時だった。いきなり氷柱が目の前に落下してきた。
私の体程ありそうな氷柱が三本、大きな音と鳴らし、地面を揺らして突き刺さったのだ。
「キヨイ嬢、大丈夫ですか?」
ふわりと体が持ち上がり、逞しい腕に子供のように抱っこされた。声だけで誰だか分かる。私は安堵して彼にしがみついた。
「ブレイド! 絶体絶命の大ピンチだよ!」
叫んだ後、ブレイドが居るなら……と周囲を見渡す。すぐ近くに見慣れた黒いワンピースが翻っていた。
巨大な白銀の弓を手にするリオと目が合う。にこりと微笑まれて心底安心した。彼女の後ろにはゴリアテもいる。彼は神妙な面持ちだ。
「リ……リオー……」
自分でもかなり情けない声が出た。落ちそうになる鼻水をすすり、指で頬や目元の涙を拭う。
「カラザの森へ散歩へ来たのだけど、クロノス様のお導きかしら?」
「リオ様……」
「ゴリアテ、また報告書を上手く書いてくれるわよね? 私は散歩にきて偶然この事態に遭遇したのよ。散歩よ散歩」
そう告げると、リオはぽってりとした唇を一文字に薄くして、凛々しい表情になった。
彼女が上に向かって氷の魔力を感じる白銀の矢を放つ。
魔弓とその矢は膨大な裂魂を集めて圧縮して扱う特殊魔術武器で、使用出来るのは国内でも数人のみだと、この間教わった。
リオの放った弓矢は花火のように散り、無数の氷柱に変化して私達の周りへ落下。なので、氷の牢屋の中にいるような状態になった。
「私とルークに聖騎士が付くから安心してねって言ったでしょう?」
リオが近寄ってきて、私の頭を撫でてくれた。
「遅いよ! そのルークはそこで寝てるよ!」
絶体絶命のピンチを1人で乗り越えなきゃいけないのかとビビリにビビっていた。
「火事場のなんたらって言うから、こう、その……ごめんなさいね。ルーク、起きてルーク。寝たフリはもう良いわ」
「意気込んだようなのも束の間、尻すぼみだったので保護することにした。キヨイ嬢、まだまだ励んでもらわないとならないな」
リオはちっとも悪びれた様子がない。ブレイドもツンとした表情で、私を地面に下ろした。
「寝たフリ⁈ 全員酷いよ! 見学だって……リオ?」
ルークの側にしゃがんだリオが、首を傾げている。彼女はルークの頬をペチペチと叩き、その後彼の頬を軽く抓った。
「あら、まあ……。耐眠剤の効果を打ち消しす呪いなんて、普通のルサールカではないわ……」
「リオ!」
「リオ様!」
ブレイドとゴリアテが同時に叫んだ。2人が突き上げた剣から稲光のような光が噴出し、傘のように広がる。
次の瞬間、パーン! と何かが弾ける大きな音がした。耳を塞ぐも時すでに遅し。
「っ痛……」
白煙に囲まれて視界不良。恐ろしくて1番近くにいたブレイドの方へ両手を伸ばしたら、誰かに抱き竦められた。その相手にしがみついた直後、暴風が吹いて煙が霧散。
残念なことに、私を守ってくれたのは、ゴリオッサンもといゴリアテだった。
王子様のようなブレイドは、リオを背後から抱きしめて剣を構えている。そのリオは何もありませんでした、というような凛とした表情で前を見据えていた。
「へえ。この間の偽物よりも強そうね。ブレイド、離して。貴方はキヨイの護衛。まずはルークを起こさせて。その後は随時他の祓士や聖騎士も。ゴリアテ、私の援護をよろしく。キース! キャシー! ゴリアテに並んで!」
今、なんか聞こえた。
ルークを起こさせて。しかも、まずはって言った。
ブレイドが大人しくリオから離れる。するとリオは小走りで前方へ進み始め、魔弓と矢を3本作り出した。
ゴリアテが後を追い、初めて見るゴリアテやブレイドと同じ服装の男女が現れて後ろに続く。
車よりも幅のある巨大な炎の蛇が大口を開いてリオ達を飲み込もうとして、リオが魔弓で氷の矢を放つ。
ぶつかり合った炎と氷は一気に蒸発し、また吹き飛ばされそうになる。
「キヨイ嬢、解呪だ」
ブレイドにまるで犬猫を——いや、犬猫だってもっと優しく両手で抱きかかえてもらえるのに、小脇に雑に抱えられた。
その状態でブレイドは地面に片膝をつき、空いている手でルークの上半身を起こした。
「クレイヤさんに教わってきた通りに頼む」
頼む、という割にはブレイドの目は「早くしろ」という睨みである。この人、リオと私で態度が違い過ぎる。
私は心の中で「ちっとも見学じゃない」と文句を言いながら、もう1人ぼっちの大ピンチではないので集中出来ると深呼吸をして、ジッとルーク観察を開始した。




