見学って言ったのに! 4
♣︎ 回想? ♣︎
畳に正座なんてまるで似合わない、ザ・西洋人という顔立ち。さららと揺れる長い白銀の髪。
「先程貴女を襲ったのは悪魔です。そしてその手は、あらゆるものを腐らせるその右手はあの悪魔による呪いです」
可哀想に、と形の良い薄い唇が動く。可哀想……。可哀想……。カ……アイ……。
燃え上がる炎の中に立っている人影。髪の長いその人は両手で何かを掴んでいる。
それは——……。煤だらけの骸骨。
♣︎ 回想? 終了 ♣︎
名前を呼ばれて、私はハッと目を見開いた。何、今の。幻覚? 夢?
「キヨイ⁈ 苦しいわよ! 離れ……ちょっと貴女、真っ青よ」
私はしがみついているアンナの顔を見つめ、頬を引きつらせた。
「魔女が来る! クレイヤのお母さんがいる! 骸骨! 骸骨を持って!」
「く、苦しい。首を絞め……ないで……。ま、魔女?」
私があっち、と指差した方角へアンナが体を向ける。
「フレイヤ……先生……」
「先生?」
魔女がスッと右手を上げた。彼女の表情は変わらない。瞬間、私とアンナは熱風で吹き飛ばされた。熱さで目を細める。
「キヨイ! アンナ!」
薄目の向こうでルークが叫ぶ。こちらに向かってくる。その背後には新種悪魔。彼に飛びかかろうとする新種悪魔が大きく口を開ける。
「ルーク後ろ!」
アンナに抱きしめられている私は、必死に新種悪魔に向かって手を伸ばした。天才魔法使いなら、掌から何か出ろ、出ろ! と目をギュッと強く瞑る。
しかし、体の内側で魔力がグルグルめちゃくちゃに動き回っただけだった。集中力ゼロの今の私には何も出来ない。
「あぶねっ! 助かったアンナ!」
近くでルークの声がして、私はそっと目を開いた。ルークの体に魔法の縄——確かニール——が巻きついている。
私達は新種悪魔から遠い、先程とは別の場所、地面の上にいた。
「っとに危なっかしいわね。あんたまた、炎であの新種悪魔を活性化させようとしたでしょう!」
「あー、つい?」
「ついじゃないわよ!」
アンナの拳がゴンッとルークの頭頂部を強襲。しかし、ルークは涼しい顔というか、意に介さずという様子。目を見開いて、アンナの姿ではなく、別方向を凝視している。
ルークの頬が引きつり、顔色がさあっと青白くなった。唇もあっという間に紫色。
「マジ? クレイヤの母ちゃんじゃね?」
「そうなのよルーク! フレイヤ先生よ!」
ルークの体に巻きついていた魔法の縄が消える。アンナとルークの視線の先を私も薄目で追う。
うん。いる。確かにいる。炎に囲まれた女性。クレイヤと良く似た顔立ちには微笑みが浮かんでいて、白いワンピースと白い髪が渦巻く炎で翻っている。なのに、何故か帽子は吹き飛ばされない。
彼女の手には何もない。骸骨なんて持っていない。
「アンナ! ルーク! 作戦変更! 即座に撤収——……うわっ!」
枝の上からこちらへ飛んだロイに向かって、高速で飛んできた鳥の形をした炎が襲いかかる。
「ロイさん!」
「アンナ! ヴェスタがこっちにもくる!」
叫んだアンナを、ルークが私ごと抱き上げ、地面を蹴った。ヴェスタって何⁈ あの火の鳥? あれも悪魔?
ロイの姿が見えない。まさか……燃えた……?
震えていた体が更に震え、私はますますアンナにしがみついた。アンナは私を叱ったりしなかった。彼女の体も微かに震えている。
「クソッ! 炎に囲まれてる! 上は水だ! 反対属性共存ってどうなってるんだよ!」
ルークがぐるりと森を見渡す。視界が急に回転して目眩がした。吸い込んだ空気の暑さにむせ返る。
グラグラする世界には燃え上がる森。あちこちを飛び回る炎の鳥が数羽。
炎の中をバタフライのように飛び跳ねる新種悪魔に、その上に渦を巻く水流と、まるでマグロの群れみたいに泳ぐ何体もいるルサールカ。
「転送術で——……」
「ロイさんを置いていくのか——……よ……」
アンナの腕から地面へ投げ出され、彼女とルークがふらふらと倒れていくのが見えた。体が地面にぶつかり、痛みで呻く。
恐怖と痛さで自然と涙が滲んできて、私は泣きながらルークとアンナの体を揺すった。
「ルーク! アンナ!」
強く揺さぶっても、体を叩いても、2人は目を覚さない。ルサールカは「睡眠の呪い」をかけてくる、ということを思い出す。
「見学って言ったのに! 誰か助けて!」
泣き叫んでも、誰も返事をしない。してくれない。
「クレイヤー! 助けて! リオー!」
もしかしたら、近くにいるかもしれない。影から見守ってくれているかも。そう思って叫んだが、やはり返事はない。
泣きじゃくりながら、ルークとアンナの体を揺らす。
「起きてよ! 起きて! 守ってくれるんでしょ!」
大絶叫した時、目の前を白い布がフワリとはためいた。恐る恐る顔を上げる。
「私のはーと、ミいつけタ」
今夜2度目の台詞。2度目の姿。白髪に白い帽子、白いドレス。虚無の瞳。ほぼ無表情だが、唇だけはちいさく笑っている。
「はートをクダさい」
魔女は、カラカラと音がなりそうな首の振り方をして、薄笑いを浮かべた。
白かったはずのその姿は、私の瞳にはドス黒い魔力の渦で、まるで炭で出来た人形のように映った。




