見学って言ったのに! 2
【カラザの森】
颯爽と森の中を飛ぶと思ったら、ひたすら歩く地味な捜索活動。
魔力温存だそうだ。それに障害物だらけの森の中をスイスイ飛べる魔術師は希少。そういう人はスポーツ選手になっている、らしい。
足元には草木が生い茂り、木が大きいから根っこも大きいので歩き難い。
結社から来た人に、靴を借りられたのはラッキーだ。パンプスで歩くのは、しんどかっただろう。
私達は目撃情報のあった場所を目指している。
歩きながら、ルークと雑談中。
「スポーツ? そういえば、人気スポーツって何?」
「んー、飛行ならアエーショだな」
「どんなの?」
「説明メンドーだから今度連れてってやるよ。あれだな。今夜のご褒美ってやつだ」
ルークが笑った時、前方の大きな木の幹がゆらりと揺れた。あれ、目眩?
違う。私は揺れていない。でも、前を見ていると揺れているような感覚がする。
「キヨイ?」
「ルーク、なんか、向こうが変……」
私はルークの背後に移動して、彼のジャケットにしがみついた。
「変? キヨイ、具体的に説明してくれ」
ロイの問いかけに、私は言葉を探した。
「向こうを見ていると、こう、ゆらあって……」
場所を指差した時、急に空気がひんやりしてきた。指で示した方角から、寒い微風が流れている。
ルークにしがみつき、周りを見渡す。やっぱり、変だと思った所だけがおかしい。
なんて表現するんだろう?
「ルーク。なんか、急に寒くない?」
「寒い?」
「そうだ。蜃気楼! テレビで見た事……。ひっ!」
蜃気楼みたいなゆらめきの中に、少しだけ気味の悪い物が見えた。蜃気楼って、夏か。寒さとは無関係だ。
青魚の鱗みたいなもので、茶色く変色しているところや、青カビみたいなところがある。
数秒見えて消えてしまったけれど、絶対に見た。
「か、帰ろう……」
「はあ? 帰るって何を言ってるんだ。見えねえってことは、幻覚を使う悪魔か」
ぽんぽんと頭を叩かれる。冷静なルークに尊敬の念を抱いた。
「あんた、悪魔分類なんて覚えてないでしよ」
「いやあ、あっはっは。その通り。アンナ、キヨイの目を頼りに攻撃してみていいか?」
前言撤回、私はアンナの方へと移動した。ルークは頼りにならなそう。
「ダメに決まってるでしょう! それにリーダーに指示を仰ぎなさいよ。ったく、あんたは成長しないわね」
ルークとアンナは顔を突き合わせて、睨み合い。
小声で話しているということは、状況を忘れていないということだけど……不安。この組、大丈夫なのかなあ。
「キヨイ、どんな見た目だ? 先程から君の視点はあまり移動していないから、そんなに動いていないのだろう?」
ロイが私の隣に来た。アンナ、ロイ、ルークに囲まれて、少し安心。
「えーっと、さ……」
落ち窪んだ黒い渦のような目——多分——が私を見たので、言葉が行方不明になった。
恐ろしくて、アンナの腕にしがみつく。瞬間、ぶわっと冷たい風が吹いた。
「きゃあ!」
体が浮くのと、目の前に土柱が出来るのは同時だった。アンナの腕に抱えられている。
アンナの腕にお腹を抱えられていなかったら、と考えるとゾッとする。彼女は私を抱えたまま、ニールで木の枝にぶら下がった。別の枝の上に、ロイとルークが着地する。
アンナも反動をつけて、枝の上に移動。私は枝の上に立たされた。
高さ数メートル。怖くて木の幹にはりつく。アンナはバランス感覚抜群のようで、枝の上に仁王立ち。
バラバラと土や石が落下し終わると、辺りはシーンと静かになった。
「ロイさん、どうします?」
冷や汗をかいている私と違って、アンナは涼しい顔。怖い。帰りたい。帰らせて!
「帰りたい。怖いって……」
アンナを見上げて、小声を出す。彼女は呆れ顔を浮かべた。
「キヨイ、幻覚を使う水系の悪魔の代表格は?」
「ロイさんの質問に答えなさい。怖いって、祓士になるのに、何言ってるの」
アンナに軽く睨まれて、縮こまる。つり目だから怖い。
ロイは周りを見渡していた。顎に手を当てて、冷静な表情。
「ほら。質問に答える」
アンナの低い怒声に、私は震えた。
「おぼ、覚えていません……」
「なら、ルーク」
「うええええ、ロイさん。俺はもう学生じゃないですよ!」
ルークが言い返し、ロイが睨む。
「弟子に教えられないとは、また勉強をサボっているんだろう」
「だから学生じゃ……」
「社会人なのにテスト実施される、規格外だもんね♡」
三人がのんびり会話しているので、震えが消えていく。
そんなに危険な状況ではないってことかな。良かった。
「ったく。何で結社はクレイヤを謹慎させたんだ。キヨイ、幻覚を使う水系の悪魔の代表格は……アンナ跳べ!」
「滅魔寸前までボコボコにして、キヨイに曝露させま……アンナ!」
ロイとルークは途中で言葉を切り、トンッと飛び降りた。アンナに襟を掴まれ、引っ張られる。
私とアンナがいた枝が、バキリと折れた。上から力を加えた、というように。
その下にも衝撃がいき、土柱が出来る。まるで加速して、力も入れたような攻撃。
アンナは別の木の枝に着地して、私を下ろした。アンナにしがみつく。
破壊された枝の真下で、ぬるり、というように動いたのは、大きな魚。頭が少し人っぽくて、全身に鳥肌が立つ。
水族館でみた、深海魚のホルマリン漬けを思い出した。生き物ではなく、まるで死骸が動いているようだ。
頭がやたらデカくて、細くて長い牙が無数にある。暗くて落ち窪んだ丸い目と、視線がぶつかり、私は絶叫した。
「きゃあああああ!」
「暴れないでキヨイ!」
「さか、魚! 魚に似ている! 深海魚! 牙が……」
一気に涙目。曝露したら、退治してくれるならと、私は懸命に目を開いて、深海魚もどき悪魔を見た。
深海魚もどき悪魔の周りは、口からぼたぼたと透明な液体が流れて、ぐるぐる囲っている。
水属性にしては、変な魔力。核だ。核を探さないと、倒してもらえない。
いきなり、グワッと口を開いて、こちらに飛びかかってくるので、私は再度叫んだ。
「いやあ! こっちに来る! アンナさん逃げて!」
「喧しいわね! ルーク、あんたの案を採用! 近寄ってくると気配が分かるから出来るわね!」
アンナは私を抱えて、また別の木の枝に飛んだ。
「よっしゃあ! 任せろ!」
息を吸い込んだルークが火を吐いた。深海魚もどき悪魔を含めた、広範囲が火の海。
「おいルーク! 新種かもしれない! 調査が必要だ! やり過ぎるなよ」
ロイさんが叫ぶと、ルークの吐く火の息の威力が弱まる。
「えええええ、怖いから倒して……」
「メソメソしない! 牙が、の続きは?」
アンナに胸ぐらを掴まれる。怖い。深海魚もどき悪魔よりも、冷静な祓士三人のほうが怖いと思ってきた。
「牙が……沢山あります……。あああっ! ルークの火から逃げた! なんか……」
元気になっている? というか、大きくなっている?
ビチビチ、と聞こえそうに暴れながら、火の海を泳ぐように跳ねて火から出た。
水属性の悪魔って、火に弱いって授業で聞いたのにどうして?
ギイヤアアアアア、と泣き叫ぶ赤ちゃんのような悲鳴が、森中に響き渡る。耳が痛い。
「確かに、これは新種かも……。私は知らないわ」
アンナは私の胸元から手を離し、私を横抱きにした。
「アンナ、後方で護衛と曝露補佐! ルーク! 一先ず、火は悪手だ!」
「姿が見えるなら、ボコボコにするだけですよ! 」
深海魚もどき悪魔はパワーアップしたようで、頭が三つ増えた。恐ろしい事態だけど、三人に慌てた様子がなくて、もう悪魔の姿を認識しているのは安心だ。
ロイが私達より前の木の枝へと移り、ルークは戦闘意欲満々というように、地面に降りて、深海魚もどき悪魔の前に仁王立ち。
「俺も知らない姿の悪魔だ。新種疑惑濃厚! 調査本部に報告する。返事があるまでキヨイは曝露だ。ルーク、滅魔するなよ。あしらえ!」
「了解隊長!」
ロイが懐から何か出した。魔法紙だ。飛行機のような形の魔法紙が、ビューンと遠ざかっていく。
ルークは右手の拳を、左手の掌にバシンと当てた。
「返事があるまで? 滅魔するなよ? してよ! しなよ! っていうか、滅魔って何⁈ 退魔じゃなくて⁈」
「ちょっとそこから? ったく。あんた勉強していないの?」
「してるよ! まだ授業始まって、半年も経ってないの! 見学って言ったのに! 実戦なんて聞いてない!」
「敬語! 下に放り投げるわよ!」
アンナに怒鳴られ、萎れる。悪魔よりも、アンナが怖い。帰りたい。鬼のような形相だ。怖い、怖すぎる!
「俺がいるから大丈夫だキヨイ! 落ち着け!」
振り返って、歯を見せて笑ったルークが、光り輝いて見えた。ここに、神がいる。
と思ったのも束の間、ルークは深海魚もどき悪魔に体当たりされて、吹き飛んだ。




