見学って言ったのに! 1
護衛チームはロイ・ギーンという人がリーダーで、そこにルーク、あとアンナの三人。集合場所の噴水広場で、自己紹介された。
アンナは既に顔見知り。課外授業の時に、護衛係だった、色気たっぷりのツンツン女。
今夜もツン、と澄まし顔をしていて、何この小娘、という表情。ムカつく。
Vネックのグレーのセーターから谷間が丸見え。ベージュのショートパンツから伸びる足はムチムチ。網タイツを履いていて、靴はピンヒールのブーツ。絶対に、狙っている。
なのに、悔しいけど、絶妙な品の良さ。下品になりそうなのに、素材? 肌の露出量? 背中に背負うショルダーバッグが高そうな革製だから? それもまたムカつく。
ロイは穏やかそうなおじさん。白いシャツに灰色のセーター。そしてチノパン。地味オブザ地味。お父さんくらいの年齢に見える。
額に巻いた黒いバンダナで、左目を隠している。格好つけとは思えないので、目の怪我とか、何か魔法の隠し球とか、そういうのだろう。
ロイが今夜の見学の責任者、と言われた。
「キヨイ・スエナガです。今夜はよろしくお願いします」
挨拶は基本のき。しっかりとお辞儀をした。好きになれなさそうな、ムカつくアンナにも、ちゃんと笑顔で挨拶。
「ねえ、見たわよ、あの記事。素晴らしい才能を持っていて、既に実地訓練なんて偉いわね。ロイさんは信頼の出来る人だから、安心して。私の前は危ないけど、背中側は安全よ。前方のものは蹴散らすから、後ろにいてね」
笑顔のアンナに頭を撫でられてビックリ。彼女は私を抱きしめて、ルークを睨んだ。
「破壊魔神に近寄ってはダメ。ロイさんの隣か私の背後にいるのよ」
「おい、アンナ。喧嘩売ってるのか? キヨイの護衛は俺の仕事だ」
「貴方にそんな繊細な真似が出来るわけないじゃない」
「なんだと⁈」
「二人ともやめなさい。ルーク、護衛責任者は私だ。早く移動するぞ」
はい、と二人は素直に口を閉じた。でも、睨み合っている。ロイがズボンのポケットから魔法紙を取り出した。丸形の魔法紙は、みるみる大きくなり、青白い光の絵が浮かび上がった。地図だ。
「目的の場所はここ。カラザの森。二十年前の連続婦女暴行殺人の現場だ」
「カラザの森って、あの皮剥リックの?」
「ひっ!」
思わず、悲鳴が出た。
「か、皮剥、皮剥リックって誰ですか⁈」
連続婦女暴行殺人ってことは、シリアルキラーだ。
「あっ、でも二十年前……ですもんね……」
「キヨイ。悪魔学の授業は、今どこまで?」
ロイに問いかけられた。
「どこまで、ですか? 昨日の授業は悪魔と分類という項目です」
主な悪魔と、その特徴と属性について、延々とダラダラ講義されている。悪魔学は暗記、とはフィオナ談。
「ルーク、いやアンナ、解説してやりなさい」
「はい、ロイさん。キヨイ、貴女自分で飛べたわよね? 移動しながら説明するわ」
アンナは、シッシッとルークを手で追い払い、舌まで出してから飛び始めた。犬猿の仲?
私と手を繋ぐと、アンナはトンッと跳ねた。一気に上昇。
「悪魔の成り立ちは授業の最初にしているわよね?」
「悪意の裂魂が集まって出来る集合体、です」
「その通り。授業を真面目に聞いているようね」
褒められて、苦笑い。言葉の壁が分厚く、聞き取りと板書が中々難しくて、フィオナからの補習でなんとか補っている。それは黙っておこう。優等生と思われた方が得だ。
「快楽殺人現場には、その際の悦楽や凶暴性の強い思念が残ると言われているわ」
心霊スポットみたいって事でよいのかな? ふむふむ、と頷く。
「そして漂う、殺された被害者の悲痛や無念に憎悪などの裂魂。そもそも、負の裂魂は引き合う。だから、悲惨な現場には、悪魔が誕生しやすいの」
ほうほう、分かりやすい解説。
「それが今回はカラザの森で、何かの悪魔を退治するってこと?」
「こと、で、す、か! 生意気!」
睨まれて頬を抓られた。痛い。
「まっ、大天才? なんだものね」
怖い。私は少々不服だけど、謝った。確かに、アンナは目上の人。敬語は大事。クレイヤ達が気さくだから、礼節について忘れていた。反省。
「いえ、すみませんでした」
「素直ね。可愛いじゃない」
「あのっ! それで、今夜はどんな悪魔を退治するんです? 強いとか怖かったりします?」
私が今まで見たことのある悪魔は、クレイヤ曰く、新人が担当する「ザコ」という超低級悪魔達と、リオがパッと祓った本当は怖くて強いらしいグイベルのみ。
「カラザの森は、定期的な討伐地で、成長前に狩るから、大物は滅多に出ないの。だけど、先日、新人の組がルサールカっていう中級悪魔を目撃した。今回はそのルサールカ討伐と調査の予定」
「ルサールカ……。あー、確か、男を中心に狙う……水属性で……。何でしたっけ?」
「そう。男性を中心に襲い、遺体は水辺に捨てる。睡眠の呪いをかけてくることが多い。ルサールカが放つ気泡や水に触れないように!」
今のウインク、ハートがついていた気がする。というか、見えた? そういえば、彼女は確か「魅了のアンナ」だっけ? ハートは魔法?
「はい、ありがとうございます!」
「元気があって、よろしい! ルサールカに狙われやすいのは、先頭に立つルーク。怖いからとか、驚いたとかで、私とロイから離れないように」
そう言うと、アンナは私と繋ぐ手を離した。彼女の手首と私の手首に、細い虹色の紐が絡まる。
「ニールよ。ある程度離れても、辿るから」
魔法の縄はニール。覚えておこう。犬のリードみたいだけど、これは役に立ちそう。大人とはぐれて、悪魔と一人で対決とか、そんな展開は望まない。
「とっても心強いです! 一生懸命見学します!」
またウインクが飛んできた。今度はさっきよりも、もっとハッキリとハートが見えた。真っ赤で、金平糖サイズ。
「へえ、珍しいなアンナ。そういう世話焼き」
ルークが私の隣に飛んできた瞬間、アンナは嫌そうに顔を歪め、舌打ちした。
「話しかけてくるな」
「おい、なんでそんなにツンツンしてるんだよ」
「はあ? 自分の胸に聞いてみれば?」
アンナがルークからプイッと顔を背けた。
「アンナ、ルーク、任務はチームワークだ」
後ろから、ロイの咎める声が飛んできた。
「目的地に着いたら、仕事モードになりまーす」
アンナは振り返り、ニッコリ、と笑った。ルークは腕を組んで、背面飛行をしながら「何したっけ?」と唸っている。
「既に調査隊が到着しているので、情報を貰ったら討伐準備だ。二人とも、久々にこの組での任務だ。頼むぞ」
「はい」
「はーい」
ルークもアンナも、割とおざなりな返事。
私達は、無言で空を進んだ。灯りの灯る建物が減っていき、徐々に森が見えてくる。その向こうには大きな山。川は見当たらない。ここが何処だか、サッパリ分からない。私、レストニアの地理も、早く覚えないといけないかも。
この組……大丈夫なのかな? クレイヤ、ルーク、そして聖女リオの組み合わせは最強そうだったけど……ロイとアンナの実力は知らない。
見学があるって知っていたら、ロイやアンナがどういう祓士か、誰かに聞いておいたのに。
☆
【カラザの森】
森の手前の野原に到着。長方形の屋根のテントが設営されていて、人が多い。パッと見、二十人程度。ルカールサって、そんなに危険な悪魔? それなら帰りたい。
ロイがアンナを連れて人だかりの中心へ移動。私はテントの外でルークとお留守番。
「ねえ、ルーク。ルカールサってそんなに危険?」
「いや、調査組は三つだった筈。何かあったっぽいな」
「あー、それなら帰れる?」
そういうハプニングはノーセンキュー。予定された見学をして、スキルアップしたい。突然の苦難や危険を乗り越えて大成長! はお呼びでない。
「はあ? 帰れる訳ないだろう? あのなあ、自分がどれだけ期待されているか分からないのか? クレイヤの為に頑張るって嘘か?」
「嘘じゃないよ。でも、地味にコツコツ成長したいなあって」
「だから、極悪級な悪魔が現れても、俺が守ってやる。俺の強さは知っているだろう?」
肩に腕を回され、乱暴な手つきで髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。確かに、ルークは上級悪魔だというグイベルをフルボッコにしていた。
「ちょっと! 女子に何するの⁈ ルークが強いのを思い出したから、怖いの我慢して見学する」
もがいて、ルークの腕から逃れる。簡単に抜け出せた。わざとだろう。
「ロイさんはベテラン。おまけに希有な転送術使い。アンナは幻術が得意で、ロイさんと同じく転送術も使えるから逃亡は十八番。何かあっても、俺が戦闘中にキヨイは逃亡だ」
ニシシッと聞こえそうに、歯を見せて笑うと、ルークは私の肩を叩いた。それは……安心した。
「ルーク、任務変更だ。キヨイの見学は一応続行。危険と判断したら、彼女と私、もしくはアンナと避難させる」
任務変更とは、ちょっと、嫌な予感。
「まあ、この様子だと何かあったんですよね? 新しい任務内容は?」
「調査班が発見した、新種と思われる推定中級悪魔の曝露とその補佐及び警護だ」
ルークの問いかけに答えながら、ロイは私を見て微笑んだ。曝露とその補佐及び警護。曝露と……。
「曝露って私⁉︎」
「そうだ。グイベルの件を聞いている。必ず守るので、頼むぞ大天才留学生君」
ロイが両手を私の肩に乗せて、期待の眼差しと満面の笑顔を見せた。




