知らないところで、運命の歯車は回る
入学式に突如現れた悪魔を、まだ学んでもいないのに祓った天才。
魔法の国ではないところからきた、100年振り留学生。
それが私、末永 清
女子校生。17歳。長所は前向き。
早速恋の三角形が勃発しそうだけど、魔法も恋も、全力で頑張ります!
***
【100年振りの現界からの留学生キヨイ・スエナガ。特別講師に就任した特等祓士聖リオ・リザに負けないと大宣言】
はて?私は自分とリオが握手を交わす写真が飾られた新聞を眺めて、首を傾げた。
言語の勉強になるからと、クレイヤが手配してくれると言っていたこの国の新聞。朝起きると寮の部屋の扉についている、郵便受けに早速入っていた。
「特等?それに聖ってなんだろう?」
同じくクレイヤの弟子で、恋の好敵手!そう思ったが、女の勘は外れているかもしれない。もう祓士らしいリオ。クレイヤと共に特別講師就任と書いてある。クレイヤが「呪いと解呪学」でリオが「鎮魂学」らしい。ふむ、魔法の国らしい科目だ。物騒な気もする名前だが、面白そう。
新聞の記事の内容は、私の秘められた才能への期待。それからリオへの賞賛が溢れている。しかし具体的なことは書いてない。なので本人に聞かないと分からなさそうだ。
新聞からチラシの束が床に落ちた。
【特定指名手配 フレイヤ・デーヴァ 生死問わず】
一番上にあったチラシを手に取った。
「デーヴァ?クレイヤと同じだ……」
指名手配書の写真に、真っ白な長い髪をした綺麗な女性が物憂げに俯いている。クレイヤによく似ている。
「弟子だから聞いたら教えてくれるかな」
私はチラシと新聞を、机の上に置いた。悪魔が襲ってきたので、昨日は生徒全員自宅か寮に待機だった。
1日遅れて、今日から授業。その前にHRと説明会。たしかそんな予定だった。
***
担任はヴァルという穏やかそうな猫目の男の人。少し癖っ毛の金髪も猫っぽさを感じさせる。多分、三十代前半。
「1年間担任をさせてもらうことになった、ヴァル・テルムです。昨日は怖かっただろう。しかし君達が学び、旅立つ先はあの悪魔達と対峙する道。大いに学び、自らを守り、そしてこの国の平和に貢献して欲しい。僕はその手伝いを精一杯する」
爽やかで人懐っこい笑顔に、隣席の女子が見惚れている。まあ格好良いが所詮はおじさん。クレイヤの方が10倍格好良い。
「今年ってめっちゃついてる。クレイヤさんに聖リオ様が特別講師。おまけに担任があのヴァルさんだなんて」
ローラと反対隣の、名前何だっけ?そばかすだらけの男子が呟いた。
「ねえ、あのヴァルさんって?教えてくれる?」
声をかけると男子が目を丸くした。狐っぽい顔をした金髪男子。ひょろひょろ。男子が少しを引きつらせた。天才留学生って、腫れ物みたいに遠巻きにされてるのでこちらから話しかけないと友達が出来なさそう。きっかけがあれば、私は話かけまくる!
「えーっと。あの留学生さん、その」
名前は知っているだろうに、留学生さん。えー。それに歯切れが悪い。しかし嫌悪感はなさそうなのでホッとした。
「キヨイよ。よろしく。私、右も左も分からないから色々教わりたいの」
自分なりに笑顔を作った。男子は何も言わずに、頬を赤らめて口をパクパクさせた。私ってこの国だと結構可愛い?
後ろからツンツンと背中をつつかれた。
「マールよ。私も留学生なのー。隣国、水の国エリニースからよ。よろしくねー」
艶やかな黒髪に犬っぽい顔付きの美少女だ。のんびりとした口調のマールに、私は即座に頷いた。
「でー、特別講師の二人は知っているけど担任の先生も有名人なのー?」
マールが私の隣の男子に微笑んだ。ピンク色の頬が赤くなった。マール>キヨイという分かりやすい判定。でも気にしない。私はモテたい女ではなく、本命に振り向いてもらいたい女子。でも、あからさますぎてちょっと腹が立つ。
「こ、国内では。リザ家じゃないのに稀有な、おまけに優秀な鎮魂士。しかも薬士としても活躍してる。一昨年から講師として招かれた」
新聞記事に書いてあった。「聖リオ・リザ」の担当科目は「鎮魂学」だった。ピピピピピーンと繋がる。リザ家と鎮魂士は何やら特別っぽい。どっちから聞こう?
「担任の話をきちんと聞かないとはなってない。ビル、キヨイ、マール、今日は1日目なので大目にみるが気をつけなさい」
低く冷静な声でヴァルに叱責されて、私は肩に首を埋めた。優しそうなのに、真面目怖い系なのか。
「しかし、異国から留学してきて気負っているだろうに早速仲良くとは感心。留学とは国際交流でもある。是非、みんな見習って欲しい」
心の底からの賛辞というように、ヴァルが満面の笑みを浮かべた。これは良い担任そうだ。私が特別な留学生だからこの担任なのかもしれない。
私は元気よく肯定の返事をした。ビルがおっかなびっくり、マールがのんびりそうに「はい」と口にした。
「では自己紹介してもらおう。その後は時間割の配布。図書室や自習室などの施設案内だ」
ヴァルが言い終わった直後、教室前方の扉が開いた。両手を胸の前で握りしめるリオ、それから超絶美形青年が立っている。ハリウッドスター並みのイケメン。これは流石にクレイヤ<<青年だ。おまけに服が中世貴族というか、王子のような白服。腰に下げている剣がより王子様っぽさを出している。
青年がキリリとした表情で生徒全体を見渡したので、女子が見惚れた。私もうっかり、うっとり、するところだった。いやいや、もう心に決めた人がいるからと私は首をふるふると細かく振って自分を律っした。
リオと目が合ったので、つい手を振った。そうだ、同じ生徒じゃないのかと慌てて手を引っ込める。しかしリオは嬉しそうに笑ってくれた。イケメンには冷ややかな目をぶつけられた。怖っ!
「ヴァル先生。昨日、自己紹介が出来ませんでしたので生徒の皆さんにご挨拶に参りました。よろしいでしょうか?」
やはりリオの声は、とても綺麗で耳に心地良かった。ヴァルが深々と頭を下げると、生徒達が一斉に立ち上がった。えっ、何?
「まあ、皆さん楽になさって。私は一教師として勤務しますのよ。気さくに接していただきたいです」
リオが両手を床に向けて上下に動かすと、今度は一斉に着席した生徒達。リオが苦笑いを浮かべた。
「生徒諸君。わざわざリオ様がご挨拶に来て下さった。ありがとうございます」
ヴァルが優雅な手付きで、リオを教室へどうぞと招いた。緊張したような、それでいてワクワクした様子でリオがゆっくりと教室へ入ってくる。ピタリとイケメンが寄り添っていた。
「皆さん、はじめまして。リオ・リザです。この度は母校の特別講師という大変名誉な役目を賜りました。励みますので、どうか沢山質問して下さい。よろしくお願いします」
可憐に笑い、会釈したリオに対して割れんばかりの拍手が教室に響き渡った。なんだ、なんだろう?とてつもなく不思議な空気だ。
リオって何者?と聞けるような雰囲気ではない。ビルが「聖リオ様がこんなに近くにいる……」と泣き笑いしていた。他の生徒も似たり寄ったり。
リオがまた苦笑いした。困っているというより、寂しそう?そういう表情。
「リオ様の専属護衛のブレイド・アンカースです。空気と思って下さい」
イケメンが一歩前に出て、無表情で告げた。なんか無愛想過ぎる。
「よおキヨイ!」
扉が開けられたままの教室前方の出入り口から、ひょっこりと顔を出したのはクレイヤだった。手を振られて胸がトクンッと跳ねた。イケメン<<クレイヤだな。やっぱり。
「教室一つ一つに挨拶とは感心だが、任務だリオ。迎えに来た」
まあ、と悲しそうにリオが眉毛をハの字に下げた。
「ヴァル先生、キヨイは連れていきます。聞いてますよね?」
私?ヴァル先生が神妙な面持ちで首を縦に振った。クレイヤが私を手招きした。よく分からないが大人しく立ち上がって、クレイヤの元へ移動した。
「俺の弟子はもう決まってるが、変わるかもしれない。リオも俺に対抗して生徒から弟子を選ぶらしいから、君達がんばれよー」
教室に入ってきたクレイヤがニヤリと口角を上げた。途端に教室中が騒がしくなった。
「クレイヤ先生!君の実力は買っているが、相応しい態度や言動……」
クレイヤが遮るように手をひらひらさせた。
「はいはい。ヴァルさんは厳し過ぎなんですよ。こいつ、くだけさせてやらないと浮きまくりで孤立しますよ。とりあえず行くかリオ。お前ももう少し俗っぽくなれよ。俺の弟子が手本だな」
私の肩をクレイヤが抱いた。気軽に弟子を了承したけど、めっちゃ良いポジションゲットしたっぽい。リオが柔らかく、そしてとても嬉しそうにクレイヤに笑いかけた。女の勘が冴え渡る。弟子同士というのは不正解だったが、やはり恋の好敵手らしい。しかも私は遅れをとっているかもしれない。
クレイヤが反対側の腕でリオの肩を抱いた。リオの隣で、ブレイドという護衛が思いっきりぶすくれた。またピンときた。
三角形ではなく四角か。様子見するが、ブレイドと手を組むことになるかもしれない。
「ヴァル先生、一刻程度で済みます。行こうリオ。キヨイ、大丈夫だからな」
クレイヤに頭を撫でられて、嬉しかった。教室を出るとクレイヤがリオから離れた。
「ブレイド、その顔はやめてくれ」
ため息を吐いたクレイヤに、不機嫌そうだったブレイドが恥ずかしそうに「すみません」と口にして、耳の下を指で掻いた。おおおおお!これはとてつもなく親近感が湧く。なんて分かりやすい焼きもちだ。
「その顔?」
リオがきょとんと目を丸めてブレイドを見上げた。ブレイドがクレイヤに困ったような目線を投げる。
「まあいいリオ。任務じゃなくて今日は調印だ」
私が首を傾げると、リオも同じように首を斜めに傾けていた。リオがハッとしてから顔をしかめた。
「本気なのね。よく許可が出たわね。貴方のためにと頼んだけど、無理だと思っていたわ……」
リオが動揺したように、眉尻を下げた。
「本気で言ってるのか?自分の権力の大きさがまるで分かってない。あと一人はルークだってよ。面倒なんだよなあいつ」
クレイヤが不服そうに、唇を突き出した。
「決まったのなら全力で力になるわ。同期3人揃って、組になれるなんて嬉しい」
リオがキラキラした笑顔になった。話が全く見えない。置いてけぼり。仲間外れ。面白くない。
「キヨイ、天才留学生に特別実習が許可された。俺とリオ、そしてルークという阿呆な能力馬鹿の3人が今日から結社で組となる。キヨイは同行出来る」
クレイヤが私の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。犬みたいな扱いなのに、思わずときめいてしまった。片思いってこんなに胸が騒ぐっけ?自分でも顔が赤くなるのが分かる。
「どういうこと?結社って?」
「向かいながら説明しよう」
クレイヤが私と手を繋いで歩き出した。
***
私は天才過ぎるので、学生と職業訓練を同時にすることになったらしい。何年かに一度あるという、特別措置。
クレイヤが働く場所が黒白結社というらしい。悪魔や呪いから国民を守る祓士が所属する組織。
よく分からないけど、好きな人といる時間が増えるので快諾した。
◆◆◆少し前◆◆◆
レストニア国属祓士総本山。黒白結社の白円卓の間。
「えー!お前と組なんて嫌なんだけど。勝負にならないじゃん。リオは良いけどさ」
クレイヤの隣でルークが断固拒否と腕を組んでそっぽを向いた。こっちこそ、圧倒的な地位の差があるのに自分が上だと喚く、煩さいルークは面倒だ。それに直動的で邪魔。
「俺も不満です。人選ミスだと思います」
ヨハネがクレイヤとルークを睨みつけた。
「キヨイ・スエナガにいち早く教育をとリオ様から嘆願書を出されたら拒否出来ない。謀ったなクレイヤ」
肩を竦めてから、大袈裟に腕をあげた。
「リオは俺の心配をしてくれただけですよ」
「嘘だな。どうせリオを騙したんだろ。聞いたぜ、惚れ薬で留学生を連れてきたって。お前は昔から……」
ルークがクレイヤに詰め寄ってきた。
「リオ様だ!同期とはいえ国の聖人に馴れ馴れしく!クレイヤ・デーヴァ、この間で心臓が三つ目だ。リオ様とルーク・ミラルダが何故、同じ組になるのか理解出来るな?」
「それも嫌なんですけど。友達を殺せって、それも聖人に業を背負わせるって酷くね?全く敬ってないよな」
ルークが「リオが可哀想だ」と呟いた。クレイヤも同感だった。そしてルークも同じだと悲しさを堪えた。本人は自覚がないのか、クレイヤに悟られないように決意を秘めているのだろう。まあ、どうせ前者だな。いつも能天気で何も考えてない。それに救われる。絶対に言わないが。
「大人しく例の悪魔になんてなってたまるか。キヨイを育てる」
ヨハネが大きく頷いた。
「国内最高の鎮魂士に、国内でも有数の滅魔士。そして努力の天才解呪士。勿論結社総出で育てる。悪魔の呪いを解けるかもしれない才能だからな。それにしても留学の件もだが、何も知らないリザ家や総統府に許可を得るのは大変だった。あとクレイヤ、何度も言うがフレイヤ追跡は止めろ」
「休みの日に母親に会いに行こうとするのが許されないなんて、そんなのあり得ない。非人道的だ」
軽口の嫌味に、ヨハネは神妙な表情を浮かべた。重たい雰囲気が嫌だったのに、いつもこれだ。
「クレイヤ、魔女は討伐隊に任せて大人しくしてろ」
ヨハネが心配そうに、ため息を吐いた。
「……はい。救いの糸が見つかりましたし、ここまで手配してもらいありがとうございます。大人しくします」
こっちが大人しくしても、向こうから来る。昨日の入学式への悪魔襲撃事件、フレイヤの痕跡を感じた。
沈黙していた魔女が何故か動き出した。ちらちら見え隠れする影状態で、探しても、探しても見つからなかったのに突如。現界でキヨイを呪い、葬ろうとしたのは動き出したのと絶対に関係がある。
「クレイヤ、教育に専念しろ。魔女討伐は黒白結社の重要案件の一つ。気持ちは分かるが、任せなさい」
クレイヤは否定も反論もしなかった。その代わり、肯定も賛成もせずにヨハネを見つめた。ヨハネが悲しそうに微笑んだ。
お互いに同じ考えだろう。
運命の歯車は動き出している。