キヨイとクレイヤ 7
【黒白結社 白円卓の間】
テテュス街から転送術で帰ってきた翌日。朝早くから、私はリオに呼び出された。リオは昨日と同じでゴリアテと一緒。連れて行かれた部屋は、白円卓の間という場所。
入室してすぐのところに白い円卓と灰色のソファ椅子。奥には大きな机や本棚。壁、床、天井が白いので、白い円卓以外は医療ドラマの院長室みたい。
奥の机のところの椅子に座っていたのは痩せていて、ひょろりと背の高いおじさん。金髪にまだらな白髪が混じっていて、お父さんよりもかなり年上だろうという見た目。書類が山積みになっている机の前には丸くて太った、金髪中年のおじさんが立っている。こちらはお父さんくらいの年齢っぽい。
挨拶を交わし、二人の名前が判明。ヨハネとエルヴィー。二人とも偉い人のように見える。それで、ヨハネの方が格上。さらに格が上なのはリオらしい。ヨハネとエルヴィーのリオへの扱いは実に丁寧で、恭しいという態度。私に対しては割と雑。リオとソファに並んで座ると、ヨハネとエルヴィーが向かい側に腰掛けた。ゴリアテは退室。
ノック音がして、クレイヤが現れた。続けてブレイドが入室。今日のクレイヤは奇抜な格好はしていない。白い長袖シャツに黒いズボン。右手だけは黒革の手袋をつけている。
「すみません、遅れました」
「いや、今揃ったところだ」
クレイヤはエルヴィーの隣に腰掛けた。私とリオ側ではないのか。
「クレイヤの上司のエルヴィーです」
「ヨハネです。貴女の身元引受人です」
年下の、小太りのおじさんがヨハネ。私の身元引受人? そういえば、惚れ薬のせいで全然意に介していなかったけれど、私は特別留学生。偉い人達が色々関与しているだろうことに、ようやく思い至った。
「貴女が襲撃された事件のこと、その後の留学話などを忘れているということで、本日はその話をします」
ヨハネが私を見る。部屋の空気が重い。
「いやあ、あの……何となく聞いたので大丈夫です。あと、クレイヤのお母さんのことも……。クレイヤに協力はしたいけど、怖いのは嫌です。なんか、こう……」
「私からクレイヤの呪いや、指名手配中のフレイヤ・デーヴァについて説明しました。それで、彼女は私達に協力してくれるそうです。しかし、恐ろしい目には会いたくないと。まあ、当然だと思います」
リオが頼もしい。私はうんうん、と首を縦に振った。クレイヤは目を丸めたあと、渋い表情になった。
「高難易度の演習研究が利用出来ないか検討。それまでは現在のまま。但し、護衛は強化。囮利用の禁止。その条件下なら、学業を続け、祓士となり、ゆくゆくは結社へ入社。社会貢献をしてくれるそうです」
ん? そんな話はしていない。
「え? 待ってリオ……」
「あら、そういう約束よね? 私と誓いも立てたでしょう?」
リオの笑顔が怖い。あれ、もしかして、私、嵌められた? 違うと言いたいのに口が動かない。唇がまるで接着剤でくっついているような感覚。それ、誓のせい?
「リオ、先回りしたのか?」
「クレイヤ、だからリオ様だ」
エルヴィーが苦言を呈したのに、クレイヤは返事をしないで、リオを見つめている。
「自分の口からは、話したくないと思って」
クレイヤは私を見てから、苦笑いを浮かべた。
「助けて下さい。必ず、何があろうとも、守ってみせます」
深々と頭を下げられた。
「エルヴィー、ヨハネ、クレイヤ・デーヴァは特任中に上官命令を無視。よって、直属の上司として謹慎を命じました。期限は無期限。講師以外の仕事は基本的に禁止とします」
リオが凛と告げる。クレイヤが顔を上げ、不服そうな表情になった。しかし、無言。
「報告書には目を通しました。しかし、リオ様。解呪士は慢性的な人手不足です」
「ですから、教育に力を入れないといけません。協王陛下の名の下に、協会、警務省本庁へ出向要請をします。クレイヤの代わりです」
エルヴィーとヨハネが顔を見合わせた。リオはクレイヤを見つめている。
「クレイヤ・デーヴァ、兼ねてから貴方へ指導を望む祓士への講習会を週2回以上実施。始末書及び反省文提出。教務室のトイレ掃除を毎日を命じます。期限はキヨイ・スエナガが卒業するまでです。彼女への個別指導は継続して良いです」
クレイヤの頬が引きつる。リオは涼しい顔。
「エルヴィー、ヨハネ、過剰でしょうか?」
「いえ。ただ、講習会は週3回以上でお願いします」
エルヴィーがそう口にすると、クレイヤが立ち上がった。
「忙殺させるつもりですか⁈」
「今回で、3回目の魔女の単独捜索禁止令違反だからだ。クレイヤ、失った信頼を働いて返せ。仕事を詰め込めれば、捜索時間も減る。リザ様からの、有り難い、良い提案だ」
「危険薬剤取り締まり法違反を2つも揉み消したのだから、そのくらい働いて」
リオはクレイヤを睨みつけた。おっとり、のんびりなリオが怒ると、こんなに威圧感があるのか。おまけに、結社内でもかなり偉い人? 怒らせないようにしよう。
「どうせ向こうから来る。次は返り討ちにしてやる……。まあ、分かりました。反省します」
唇を噛むとクレイヤはソファに腰を下ろした。反省しています、は嘘にしか思えないような表情だ。
「クレイヤ、いい加減にしろ」
クレイヤの隣に座るヨハネが、クレイヤを膝で小突いた。クレイヤはまだ不服そうな顔。けれども、私を見て苦笑いを浮かべた。
「俺だけではなく、有り難いことにリオとルーク、結社総出で守る。何があろうと絶対に。代わりに助けて下さい。勿論、俺だけではなく、他の呪いや呪疫で苦しんでいる者達も……」
急にクレイヤが深々と頭を下げたので、私の背筋が伸びた。
「えっ? いや、あの、何でも手に入るっていうし、怖くない所でなら……頑張ります」
口にしてから、しまったと思い至る。呪われた人を見るのも怖い。ぐじゅぐじゅとか、膿とか、あんなのなるべく見たくない。
「解析? とかする研究する人になります。特任……んんん」
急に唇がくっつき、声が出せなくなった。これ、絶対にリオのせい!
「卒業するのに必要な実習、私達の組みが請け負った任務へは帯同してもらうけど、私とルークに聖騎士が付くから安心してね」
語尾にハートマークが付いているような「ねっ」だった。やっぱりリオに図られ、縛られた!
「狡い! 卑怯者! あの契約? とかいうで何かしたんでしょう?」
「さて、これで終わり。エルヴィー、ヨハネ、細かい調整をしましょう。クレイヤ、キヨイを学校へよろしく」
リオはウインク——出来てないで両目を瞑る——をしてきた。クレイヤが大きなため息を吐き、立ち上がり、私に目配せ。私とクレイヤはすごすごと部屋を後にした。
「クレイヤ、助けて! 怖い任務に連れてかれるのは嫌だ! こう、なんか、本を読むとかクレイヤと練習で頑張るから!」
思わず、クレイヤのシャツを掴んで体を揺すっていた。
「えっ? いや、座学も大事だけど、ある程度の経験は必要だ。掛け合おうにも、あの3人に包囲されると俺の地位じゃ手も足も出ない。あの、キヨイ……」
「何⁈ そうだ! 毎日補講だっていって! ほらっ! 座学は落ちこぼれだから! 大天才だから経験は後からついてくるって!」
「いや、キヨイ、その……」
「何?」
クレイヤは少し俯いて、バツが悪そうな表情になった。
「ありがとう、許してくれて……」
許す? その話はもうテトュス街で終わったことだ。泣き笑いしたクレイヤに、面食らう。私は何をどう言ったら良いのか分からず、「早く学校に行こう」とクレイヤの背中を押した。




