キヨイとクレイヤ 4
【黒白結社】
私は初めて訪れた、黒白結社にビビっている。白い石で作られた、ファンタジー大作映画に出て来るような、城内みたいな建築物。外から見たらどんなだろう?
廊下は白い石に灰色の絨毯。壁も白い石。窓は無い。代わりに点々とステンドグラスが飾られている。全部同じ柄。
確か、聖円十字。協会の象徴じゃなかったっけ?
とても静かで足音をうるさくしたら、怒られそう。私はクレイヤを担ぐ、ブレイドの隣にピタリとくっついて歩いている。聖騎士シュナイダー、ガーベラが剣を振ったら、黒白結社の玄関ホールとやらにいて、今は医務室へ向かっているらしい。
シュナイダーは何処かに消えてしまった。
瞬間移動も出来るとは、魔法の世界は何でもアリみたい。それにしても、気絶してしまったクレイヤはあちこち火傷しているけど、ブレイドは元気そう。格好良いし、逞しいとは惚れ惚れしてしまう。
いきなりリオに連れ出されて、言われるままに雨を降らして、大火事を鎮火したけど……強いクレイヤがこんな怪我をする事態って怖過ぎ。二度と前線っぽい所には行きたくない。
「キヨイ嬢、クレイヤさんを医者へ任せたら学校の寮へ送ります」
相変わらず、ブレイドからの呼称「キヨイ嬢」はこそばゆい。飲まされていたらしい、惚れ薬の効果が切れたのか、こそばゆい以上に物凄くドキドキする。こんなイケメンを無視していたって……惚れ薬って怖っ!
医務室、と書かれた部屋の扉をガーベラが開いた。
「まあ! クレイヤさん!」
胸が大きくて、白衣がはち切れそうな、唇厚い、色っぽい女性が悲鳴を上げて駆け寄ってきた。ぼいん、ぼいん、とおっぱいが揺れる音がする気がする。
「これは、何ておいたわしや……。私のクレイヤさんが……」
私のクレイヤさん⁈ この人、クレイヤの恋人? 白衣ってことは、医者?
広い、いくつもベッドがある部屋には、他にも白衣の人が何人もいる。何人かがこちらへ駆け寄って来た。
「軽傷そうなので、私が担当します!」
彼女がそう叫ぶと、近寄ってきていた白衣の人達は「そう、なら頼みました」と告げて、くるりと背を向けた。
「リリー、どのベッドを使用して良い?」
「まあ、ブレイド! とっとと一番近いベッドにクレイヤさんを寝かして。この愚図! 顔だけ男! クレイヤさんを何て持ち方しているのよ!」
リリー、鬼のような形相。色っぽい美人なのに、性格ブス? というか、ブレイドと知り合い?
ブレイドは「すまん」とだけ告げて、クレイヤをベッドに寝かした。
バタバタ、バタバタ、足音が沢山してきた。誰か来る? 出入り口を見ていたら、人が何人も入ってきた。
「クレイヤさん!」
「クレイヤ先輩!」
「クレイヤ!」
若い男の子、若い女の子、ガリガリな青年がクレイヤの名前を呼んで、飛び込んできた。その後におじさんが三人、無言で入室。
と、思ったら更に人が増えた。皆して、クレイヤを心配している。どんどん人が来るので、私はクレイヤのベッド脇の椅子に腰掛けた。リリーがいそいそと、クレイヤの火傷部分を濡れたガーゼで拭いたり、塗り薬を塗っていく。その後、ガーゼや包帯で傷口を保護。
えいっと魔法で治療とかは、無理なのか。
やいやい、やいやい、ブレイドが質問責めされている。早口で、色々な人が喋るので聞き取れない。クレイヤに何があったのかと、容体を尋ねられているっぽい。
「あのー……手伝います?」
手持ち無沙汰なので、私はリリーに問いかけた。どーん、という程主張激しい胸に嫉妬心が芽生える。私も成人くらいには、このような胸になりたい。
「まあ、貴女はキヨイよね? 天才で勤勉家で、頑張り屋さんのキヨイちゃん?」
にっこり、と微笑まれて、私は性格ブスのレッテルを撤回する事にした。クレイヤは恋人に私の事を褒め称えてくれているのか。これは……嬉しい。嬉しい!
「あの、はい……」
手を動かしながら、私をチラチラと見るリリー。ニコニコしている。なんか、照れ臭い。
「貴女は自慢の妹弟子よ。私、リリー。クレイヤさんの一番弟子。前から挨拶をしたかったの。でも、忙しくて。よろしくキヨイ」
リリーは一瞬私に笑いかけ、その後すぐにクレイヤへ視線を戻した。真剣な表情で、クレイヤの焼け焦げた服をハサミで切っていく。
「待てリリー。今のは聞き捨てならない。一番弟子は俺だ」
人に囲まれているブレイドが叫んだ。リリーはシャーっとカーテンを引いて、ブレイドを無視。
「あのー……ブレイドと仲が悪いんですか?」
というより、年齢が近そうなクレイヤとブレイドが師弟関係ってどういうこと? それも聞きたい。
「妹なの私。ブレイドより才能抜群の素晴らしい妹」
へえ、似てない。似てたらリリーは絶世の美女だっただろう。まあ、十分綺麗な人だけど。それにしても、自信家な人。リリーはいそいそとクレイヤの治療を続けた。
「ブレイドって妹さんがいたんですね」
「私とあともう一人、妹がいるわよ」
へえ、それは知らなかった。先程の接し方は兄妹だからなのか。
「あのー、クレイヤやリオにも兄弟っています? あと、ルーク」
そういえば、こういう話を聞いた事が無かった。
「え? 」
リリーが私を見て目を丸めた。えーっと、弟子なのに知らないの? って意味だろうか。
「か……かあさ……。なん……で……」
クレイヤから呻き声が漏れて、私は彼の顔を見た。苦しそうな表情。クレイヤの左側の目尻からすっと涙が流れていった。
「あの……クレイヤのお母さんって……」
怪我をして、眠りながら泣くクレイヤを見ていたら、頭が痛くなった。
「大丈夫? 頭痛?」
リリーが私の頬に手を伸ばした。とても、優しい手つき。
——大丈夫だ。僕が必ず守るから大丈夫だキヨイ。行け!
ああ、そうだ。今年の夏の終わりに、必死という形相で、私に逃げろと告げた少年。彼を私の目の前で殺したのは……今、眼前で眠るクレイヤ。少年クレイヤが、この人を悪魔だと呼んで、立ち向かっていって……。
少年クレイヤが私の為に死んで……目の前で首を切られて、私は腰を抜かして大泣き絶叫した。
私を励まし続けてくれて、最後は命をかけて守ろうとしてくれた男の子が偽物。今日のリオみたいに、魔法で作られたもの。パスなんとか。クレイヤからの説明が、自分の中でパズルのピースみたいに嵌る。
あの時、現れた。
——私のハート、見イつけた
真っ白い長い髪に、白いドレスに、白い帽子。ほぼ無表情で、薄ら笑いしている、綺麗な女の人。周りに火で出来た鳥が何匹もいた。
フレイヤ・デーヴァ。
あの人が指名手配犯だという、クレイヤのお母さん。魔女。息子を呪ったって何で?
——しっかりしろ! 必ず助ける! 必ず守る!
彼が悪魔ではなくて、本物のクレイヤ。
大泣きして、叫ぶ私の周りは、何もかもが腐っていった。そうだ、ある日突然、創作話みたいに私は呪われ、右手で触れる物が腐るようになった。
腐敗臭にむせ返り、涙で顔をぐじゃぐじゃにしながら、私は炎と氷がぶつかり合うのを見た。私を襲う火の玉、炎、火の鳥を、クレイヤが蹴散らして……怪我だ。私を庇って怪我をしながら、フレイヤと戦っていた。
——立て! 全速力で走れ! 援護が来ているからとにかくここから離れろ!
震える足で立ち上がり、無我夢中で走りながら、私はこう思った。
私のせいで、誰かが死ぬ。そんなの嫌だ。こんなの嫌、嫌、嫌——……。
リリーに名前を呼ばれて、私は我に返った。
「辛そうね。頭痛薬を用意するわ」
リリーがカーテンを開けようとしたら、先にブレイドがカーテンを開いて顔を出した。次々と人が覗いてくる。クレイヤって、かなり慕われているみたい。
「リリー、クレイヤさんの怪我の様子は?」
「そんなに酷くないわ。でも、クレイヤさんがこんなに魔力を枯渇させるなんて珍しい。ブレイド、貴方の擦り傷も消毒くらいするわ」
「俺をかなり庇ってくれていたからだ。火で襲われて……。クレイヤさん、作れないって言いながら、氷の鎧を俺にばかり……」
落ち込んだ表情になったブレイドを、リリーは軽くビンタした。ペチペチ、と励ますように。
「落ち込む暇があったら、魔術の修練をすることね。この体力馬鹿。キヨイ、薬を待ってくるから待っていてね。ほらっ治療の邪魔ですよ! 心配なのは分かりますが、こんなに大勢来られても困ります! 二日もすれば退院ですから、その後に個人的に会いにいって下さい!」
リリーがブレイドの腕を掴んで、遠ざかっていく。クレイヤ、二日も入院しないといけないのか……。クレイヤを心配して駆けつけた人達が追い払われる。
私は魘されているクレイヤを見据えた。
祓士は危険な仕事で、後方支援になると自分を守る為に血を流す人を見ないといけない? これって、平和な日本で生まれ育った、のほほん人間の私には、かなりヘビーな話。
祓士になるって、ちょっと無理じゃない? でも、私が嫌だ帰るとゴネたら……クレイヤは死ぬかもしれない。
——キヨイ、俺は君に助けて欲しい。俺は死にたくない
——そいつ、悪魔になるか俺とリオで殺すしかない状況なんだ
うわあ、超絶ヘビー……。
なんだか私、漫画の主人公的立場にいる感じ⁈




