クレイヤと魔女 3
炎の壁、何羽もの炎烏に囲まれて、逃げ道がない。氷を作ろうとしても、形にする前に蒸発。一点集中でも無駄。自分とブレイド、二人の体を防御するのが精一杯。
周囲の使えそうな裂魂を集めようにも、全部魔女に持っていかれているような感覚。自分の方には、全然集まってこない。
この魔女が魔法で作られた偽物で、魔力を込めた魔法紙による技でこれなら、恐ろし過ぎる。
聖炎のフレイヤ。
かつてそう呼ばれ、黒白結社の火を操る魔術士の頂点に立った女性。これが実力の差。
「ハーとをくだサイ」
魔女は、カラカラと音がなりそうな首の振り方をして、薄笑いを浮かべた。八本の火柱が立ち上り、炎の壁が更に高くなる。飛んで逃げようにも、増殖していく炎烏が邪魔。魔女の白いワンピースの裾が少し焦げた。燃え方が魔法紙。
「クソッ! 偽物の方だ。このまま焼き殺すつもりか」
徐々に近づいてくる炎。
「偽物なら、魔法紙なら斬るまでです!」
「迂闊に近寄るな! 母さんは接近戦も得意……避けろ!」
魔女の手にいつのまにか黒い鞭が現れていた。ブレイドに向かって伸びてくる。
「剣で斬るな!」
忠告は遅かった。ブレイドが鞭を斬り払おうとしたが、刃は紅蓮になって破裂。まるで岩漿のようになった刃が、たちまち大蛇に変わる。炎大蛇を偽物が作れるとは、本体はどれだけの能力を有している。
炎大蛇に飛びかかられたブレイドが、横飛びで避ける。頭上から炎烏が襲来。
「こんな大魔法続きで、偽物何ですか⁈」
大蛇、炎烏から上手く逃げながら、ブレイドが叫ぶ。
「見ろ! 服の燃え方が違う!」
ペリペリ、ペリペリと剥がれるように、魔女の白いワンピースは本来の魔法紙の姿を見せている。そこが、魔女の炎で焦げていく。
「カナしい——かナシイ——ハーとホしい」
うふふ、あはははと高笑いしながら、徐々に焦げながら近寄ってくる偽物魔女。炎がどんどん押し寄せてくる。
このままじゃ、炎大蛇や炎烏から逃げる場所が無くなる。執拗にブレイドばかり狙われている。やはり、目的はブレイド殺し。いや、この場では瀕死にして、リオの前で殺害だろう。
「熱っ!」
「悪いブレイド! 全然氷の鎧が作れねえ!」
熱風で肌が火傷していそう。ヒリヒリする。呼吸も苦しい。
突然、背筋に戦慄が走った。ゾワッと一気に全身に鳥肌。
何だ、この魔力——……。
「行け——!!」
この声——……キヨイ⁈
突然の豪雨に、破裂した偽物魔女。魔女の四つ葉のクローバー型に似た魔法紙が破裂して、霧散する。
激しい雨に打たれながら、クレイヤは見た。振り返った先にいる少女。真っ青な顔で、リオと並び、魔弓を掴むキヨイ——……。
「こ、怖いのとか無理って言ったのに!」
目に涙を浮かべて、叫ぶキヨイ。
「いいえ、キヨイ。出来たじゃない」
大泣きするキヨイの頭を、リオがよしよしと撫でた。キヨイは発光する程強い魔力を放っている。リオと共に、この辺りの裂魂を根こそぎ集めて、この豪雨を作り出したのか。
二人のすぐ後ろに聖騎士シュナイダー、ガーベラが控えている。二人とも、驚愕という表情でキヨイを見つめている。
酸欠で苦しい。体がフラリとよろめいた。何とか倒れずに、両足を踏ん張れた。
「リオ様! 何しに来たんですか!」
動くのも辛そうなのに、ブレイドが駆け出した。
「あら、私も分身術は得意よ。偵察しつつ、必要そうだからキヨイを呼んだの」
ブレイドがリオの全身を確認する。どう見ても、怪我の確認をされるのはブレイドの方なのに。
「分身術分解は解呪に似ているし、キヨイは裂魂集めも得意そうだったから。キヨイ、素晴らしいわ。卒業生以上よ」
リオがキヨイを抱き締める。キヨイはとても嫌そうに顔を歪ませている。
「こ、こ、後方支援って言ったあああああ!」
うわあああんと子供みたいに泣きながら、キヨイはドンドンとリオの肩あたりを叩き出した。
「キヨイ嬢! 聖人になんたるっ……はい」
リオに「めっ」と、叱るような睨みを食らったブレイドが黙った。
「シュナイダー、ガーベラ、三人を結社に転送して。危険そうなら、私も帰ります」
リオの命令に、ガーベラが渋々頷く。リオの姿が花の魔法紙になって、散っていく。分身で魔弓を使うとは、化物か。ああ、聖人か。普段のほほんとしているから、つい忘れてしまう。
「リ、リ、リオ——⁈ リオ⁈」
リオの分身が消えると、キヨイはよろめいて転びかけた。ブレイドが支える。ブレイドを見上げたキヨイが惚けた。これまでと違う反応である。確かに、ブレイドは容姿端麗。キヨイの惚れ薬の効果は、もうかなり消えたのだろう。
「作戦……負けだな……」
ここから、本物の魔女の所へ……そう思っても意識が遠のく。炎の壁に囲まれた時点で、敗北決定だった。
頭に血が上って判断ミス。それに……多分……。
——母さん
一度だけそう呼んでしまった。心の何処かで、息子だから本気で殺されないと思っているのかもしれない。
倒れながら、閉じていく瞼の裏にある漆黒に身を委ねる。
頬に伝った涙が、焼けた肌を、ヒリヒリ……ヒリヒリ……と自らを嘲笑った——……。




