クレイヤと魔女 1
【ティテュス街 南西】
全身をビリビリと襲う圧迫感の強さは、まるで台風時の猛風。クレイヤはテテュス街を囲う砦上に着地すると、目を凝らした。
森と山脈の向こうに蠢く黒い影。
まだかなり遠い。なので向かってきている悪魔の数は不明。
「クレイヤ、先に行くなよ。リオ、こっちに来るみたいだな。聖堂で大結界張りなら、もう実行している」
隣にルークがストンッと着地した。
「リオに戻れと言いたいけど、多分、魔女も絡んでいる」
込み上げてくる破壊衝動に殺人要求。クレイヤはゆっくりと深呼吸した。極度の空腹感でみぞおちがキリキリする。食べたいのは心臓。
——食いたい。食いたい。食いたい。
奥歯を噛んで、食いたいという幻聴を無視した。
「キヨイの護衛に行くか迷うな。リオならキヨイに聖騎士を付けただろうし……あんな魔力枯渇したキヨイを連れてくるのもな」
「リオが手配するだろう。キヨイの護衛はシュナイダーさんとガーベラさんってところだろうな。あの2人がいれば、いざという時は転送術で一気に協会総本山に逃げられる」
リーン。
リーン。
軽やかな鈴の音色がしてクレイヤは振り返った。リオの気配はいつも心地良い鈴の音。途端に身に宿る悪魔の気配が消えた。
リオの両脇に抜剣しているゴリアテとブレイド。2人して不本意そうな顔をしている。
「その通りよクレイヤ」
「よーうお姫様。千人力だけど前に出るなよ。あと、万が一の時は躊躇うな」
クレイヤは杖を槍に変化させて、自分の喉を切る真似をした。クレイヤの事情を知っているリオにならこれで意味は伝わる。
クレイヤが魔女に4つ目の嘆きの心臓を食べさせられたら、どうなるか分からない。リオとルークには密かにクレイヤ即殺命令が出ている筈。
リオが思いっきり不快そうな表情を浮かべた。
「ええ。でも、そんな事態にはさせないわ。この街の何もかも、それに貴方達も私が守るもの。それにしても、そのお姫様って呼び方は止めて。ステラ姫様に対して不敬よ」
守る、か。クレイヤはルークと顔を見合わせて苦笑いした。
「王族よりも尊いリザ家のほぼ頂点。誰もがリオをお姫様だと思っている。なあ? ルーク」
「そうそうお姫様。大人しく囲われていろ。お姫様は最終兵器。力を見せつけ過ぎると長い人生が、今よりもっと生き辛くなるぞ。張り切り過ぎて倒れたら国中パニック。だから、一先ず俺達に任せておけ」
「念の為に来たの。だから魔力温存で大結界を張るのは止めたわ。2人とも、無茶をしないで。危険な時は私の後ろに下がってもらうわよ」
クレイヤとルークは再度顔を見合わせて肩を竦めた。こんな風に闘争心剥き出しのリオは珍しい。
全く可愛くない態度なのに、ブレイドがリオに見惚れている。阿呆な万年片思いめ。そう思ったらブレイドはゴリアテに睨まれ、嗜められた。
「特任に来ている祓士の顔触れだと指揮官はデューク祓士かゼロ祓士……」
爆発音がして、クレイヤは唇を結んだ。左手方向の森の上で大爆発。轟音が耳を劈く。肌を焼きそうな程の熱い突風が襲ってきた。
「こっちには悪魔。向こうには魔女みたいだな。さて、この班のリーダーって決めてないよな? どうする?」
ルークがリオ、クレイヤと順番に見た。
「1番地位が高いのは私よ。ルーク、指揮官に接触して指示を仰いできて。それまで、クレイヤは私と待機」
クレイヤはリオに言われる前に飛び出そうとしていたが、ゴリアテに腕を掴まれて止められた。
「ブレイド、ルーク祓士についていけ。リオ様がいる事をきちんと伝えて来い」
「熊オヤジって、全然俺を信用してないよな。まっ、いいけどさ。ブレイド、行くぞ。クレイヤ、気持ちは分かるけど大人しくしていろ!」
ルークとブレイドが去っていった。
2人を見送ると、リオは魔弓を出して構えた。白銀に煌めく巨大な弓。この国で、この弓を生み出せるのは数人しかいない。
「超本気だな。待機じゃなかったのか? リオ」
「前に出られる事って少ないもの。役に立つって見せたら、前線任務を増やせるかもしれないでしょう? クレイヤ、私をゴリアテと2人きりにはしないわよね?」
この策士め、とクレイヤは心の中で舌打ちしかけた。普段はポヤンとしているのに、こういう時はあれこれ先回り。ゴリアテも複雑そうな表情をしている。
国の中心で崇め奉るべき聖人リオを、戦闘させたなんて知られたらあちこちから大バッシング。前線任務が増えるなんてことはない。リオは自己認識が少々おかしい。
「急な襲撃で仕方なかったとご説明ください」
「勿論よゴリアテ。クレイヤを離して頂戴。私をここに残して、勝手な行動はしないわ」
ニコリ、としたり顔のリオ。クレイヤは大きなため息を吐いた。これでは魔女討伐に行けない。
ゴリアテがクレイヤの腕を離した。ゴリアテはリオの真横に移動して、クレイヤにもリオの横に行けと顎で示した。ゴリアテと2人でリオを挟む。
「まずは3発。炎、水、水の順よ。増強よろしく、クレイヤ」
頭上に作り出した魔弓の矢のうち、炎矢を掴んだリオがウインクを飛ばしてきた。不恰好で、右目を閉じた後左目も閉じたのでウインクなのか分からないが多分そうだろう。
「ルークの真似は似合わないから止めておけリオ。片目じゃなくて両目を瞑っているぞ」
「まあ、ルークと練習したのに」
残念、というように唇を尖らせるとリオは炎矢を放った。クレイヤは放たれた炎矢へ、瞬時に火の魔力を叩き込んだ。
炎矢はクレイヤが予想した方向よりやや右に逸れていった。炎矢はかなり遠くまで飛んでいく。遠距離でクレイヤには、暗闇にしか見えない場所。リオには悪魔が見えているのだろう。
「離れているうちに数を減らすけれど、大物との接近戦は任せたわよクレイヤ、ゴリアテ! 次!」
水矢は弧を描くように放たれた。クレイヤの得意分野の魔力で増幅された矢はかなり大きい。暴走させずによくも飛ばせる。リオの魔法の才能は底無し沼。
緩やかに飛んでいく水矢に、リオは追撃の矢を放った。水矢に水矢がぶつかり、弾ける。
光の柱のように輝く雨が降り注ぐ。
「ゴリアテ! 風! クレイヤ! 気温下げて!」
「はい、リオ様」
「お姫様は人使い荒いな」
ゴリアテが剣を振り下ろして小さな竜巻を作り、前方に向かって放った。クレイヤはそれに沿って、氷魔法を送る。リオがばら撒いた空気中の水分を凍らした。
辺り一帯に猛吹雪。
魔弓からリオが手を離す。魔弓は美しい聖なる白い花びらに変わった。
すうっとリオが息を吸ってクレイヤに目配せした瞬間、クレイヤはズボンのポケットから耳栓を出して取り付けた。
耳栓をしていても聞こえてくるリオの鎮魂歌。この歌を聴いている時が、最も安らぐ。ただ、気を抜くとおそらく悪魔ごとクレイヤを昇天させる。内側で暴れ回る何かに全身が震える。クレイヤは手でも耳を塞いだ。
森の上に舞い踊る雪と純白花弁。そして星の様に煌めく虹色。
リオやキヨイ程の才があるなら、クレイヤの視界よりも美麗な世界に見えるのだろう。きっと、協会の聖画のような景色。
祈るような仕草だったリオが、クレイヤの方へと体の向きを変えた。優しい微笑、風に揺れる赤い髪。集まった周囲の魔力で全身七色に光り輝いて見える。
クレイヤは耳栓を外した。
「まあ、全滅させられるとは思わなかった」
リオは珍しく歯を見せて、大口開けて笑った。
嘘だな。全力という様子だったので、最初から向かってくる悪魔を一掃するつもりだったのだろう。
「では、余力があるので魔女討伐に出ます」
「リオ様! 最初からそのつもりだったんですね! なりません!」
ゴリアテがリオの前に立ちはだかった。
「襲われて仕方なかったって言いなさい」
リオが再度、魔弓を出して構えた時に火炎の柱が襲ってきた。クレイヤは氷壁を出して盾にして、リオの前へと出た。
火が消え、クレイヤが作り出した氷も消滅した。
轟々と燃え盛る炎に包まれて、白い長髪と純白ワンピースが踊り狂うように揺れている。
方角はルーク達が向かった所とは正反対の位置。まだ、かなり遠い。それでもクレイヤには向こうにいるのが魔女だと分かる。
「リオ、爆発音が囮だって気づいていたな」
「ええ、クレイヤ。気配が違ったもの。先手必勝っていうことで先に悪魔討伐。デューク祓士やゼロ祓士、聖騎士達が来ると邪魔されるもの。救援信号をよろしくゴリアテ。襲われて仕方なく戦ったってことでお願いね」
リオが告げる前に、ゴリアテは空に向かって赤い閃光を放っていた。開戦合図というように、魔女であろう白い影が動いた。




