不吉な予感?
【テテュス街】
本屋へ行って夕ご飯。そう決まって宿を出た時に、鐘の音が鳴り響いた。
ガランガラーン。ガランガラーン。かなり煩い。もう、夜空に満月が浮かんでいるような時間なのに、こんなに大きな音を出して良いの⁈
「この鳴らし方……」
クレイヤが呟いた時に、目の前に白いものがいくつも落下してきた。
暗闇に光るように浮かぶ白は、ブレイドの服と同じもの。赤い髪で若そうなキツイ顔の女性と厳つい熊みたいな中年のおじさん。それとブレイドと歳が近そうな、狐っぽい顔の金髪の男性。
「リオ様、緊急事態です。南西から何体かの中級悪魔が飛んで来ているそうです」
熊男に声を掛けられたリオは無言で空を見上げた。
「もっと多そうよゴリアテ。街全体に結界を張ります。退魔後に魂魄葬送をします」
キリッとした表情になったリオが、ゆっくりと私を見た。大人びていて——大人だけど——いつもとは別人みたい。
「キヨイ、貴女は私の隣よ。今からのこの街で1番安全な場所。クレイヤ、ルーク、気をつけて」
気をつけて?
私が見ると、クレイヤは杖錫杖を出して飛んでいた。みるみる小さくなっている。
「ったく、クレイヤの奴は頭に血が上ってるな。魔女と関係あるかも分からないのに」
肩を竦めたルークが屈伸した。次は腕を回す。
「キヨイ、リオから離れるなよ。前線に出ない祓士、護衛の聖騎士、それにこの街の警務官なんかがリオを囲う。リオの言う通り、今からこの街で1番安全なのはリオの隣だ」
ルークがぐしゃぐしゃと私の髪の毛を撫でた。
「ルーク、気をつけて。それにクレイヤをお願い」
不安そうなリオに対して、ルークが歯を見せて笑った。その後、リオに向かって親指を立てた拳を突き出した。
「任せろ。あっ、注意するけどあれこれ壊したらフォローよろしく」
トンッとルークが跳ねた。そのまま浮いて、クレイヤが消えた方向へと飛んでいく。ルークの姿が見えなくなると、リオはまた私の方を向いて優しい微笑みを浮かべた。
「急なことで怖いでしょうけど、安心してキヨイ。行きましょう」
ブレイドがいつもの移動用魔法ソファを作っていた。毎回思うけど、やっぱり枝豆に似ている。リオと並んで座るように言われて、素直に従った。
移動用魔法ソファで飛んでいる間、リオは白い服の3人の紹介をしてくれた。
全員、ブレイドと同じ聖騎士らしい。聖騎士って何? 何度か耳にしているけど、今までまるで気にならなかった。何でだろう? 私は素直にリオに質問した。
リオに小声で耳打ちされた。
「惚れ薬の効果でクレイヤの事以外にあまり意識がいかなかったのだと思うわ」
小さな声は他の人に聞こえないようにだろう。リオが私に顔を寄せるのを止めて離れた。
「ふふっ、糸くず」
まるで、何も話してませんというような仕草。リオの指に摘まれた糸くずはどこから出したのだろう? リオって嘘が上手いっぽい。笑顔が全然嘘臭くない。
「聖騎士はね、私の家の護衛をしてくれている方々よ。彼はゴリアテ。隣はシュナイダー。彼女はガーベラ。休みの日は交代するけれど、基本的にこの3人とブレイドがいつも私の護衛をしてくれているわ」
飛行しながら、熊男、狐男、赤髪女性の順に紹介された。3人とも何にも使わないで飛んでいる。自由飛行が出来るのは高等魔術士らしいし、聖騎士って名前からしてエリートそう。
「我等は近衛兵です。主を1番近くで守護する者。他にも部下が10人、常に警護にあたっています。特任なので3倍の聖騎士がこの街にいます。なので、御安心下さいキヨイ様」
キヨイ様⁈ お父さんより年上そうなゴリアテに恭しく会釈されてビビった。
「リオ様の弟子はリオ様の化身。心臓を抉られようともお守り致します」
うへっ⁈ シュナイダーに手を握られて、ドキッってした。好みの顔じゃないけど、超絶イケメンのブレイドには物凄く劣るけど、色気ある笑顔で手の甲にキスされたらドキドキする。
飛びながら挨拶って器用。
「キヨイ様。リオ様と共にかすり傷1つつけられないように護衛致します。安心して下さいね」
親しみやすい笑みを浮かべてくれたのはガーベラ。人懐こそうな顔立ちをしている。
「あの、キヨイで良いです。ありがとうございます」
私は全員に向かってペコリと頭を下げた。
それにしても、鳥肌が止まらない。物凄くザワザワする。何かが押し寄せてくるような圧迫感。
「キヨイは感知も得意みたいね。大丈夫。私の結界を破れる悪魔なんてそういないわ」
リオが私を抱きしめてくれた。リオの体温はあたたかい。なのに私は寒くて気持ち悪くなっている。
「結界を張ったら良くなるから少し我慢してね。それにしても、こんな数の悪魔が現れるなんて……。最初に感じたよりも酷い……」
「リオ様、どのくらいです?」
「30くらいだけど、かなりタチが悪そうなのが数体混じっているみたい。こんなに近寄ってくるまで、私が感知出来なかったなんて妙だわ」
ブレイドとリオのやり取りで更に不安になった。
30くらい⁈ タチが悪そうなのが数体⁈
体が自然と震えた。
「妙ってどういうこと?」
私の問いかけに、リオは答えなかった。私を抱きしめたまま、険しい表情で遠くを見つめている。
「大結界張りは中止。いざという時に備えて前線の真後ろで待機します。シュナイダー、ガーベラ、聖堂でキヨイの護衛をしなさい」
リオが私から離れた。いざという時に備える?
「リオ様、それはなりません。この街から避難していただきたいというのに前線になど……」
「シュナイダー、私は黒白結社の祓士。協会鎮魂士ではありません」
リオはそう言うと何故か私の頭を軽く撫でた。ブレイドが、移動用魔法ソファに座る私を子供を扱うみたいに持ち上げた。
ブレイドに抱き上げられて、ガーベラに渡された私。女の人にお姫様抱っこされるって変な気分。
それにしても吐きそう。どんどん気持ち悪くなっている。
「リオ様は私とブレイドで守護する。前線といっても、祓士や警務官のど真ん中ですからねリオ様。聖騎士も全員こちらに配置します。シュナイダー、ガーベラ、キヨイ様を頼んだぞ」
「ええ、ゴリアテ。分かっているわ。でも聖騎士は半々に分けてキヨイの護衛にも回して。キヨイ、聖堂内なら気分不快が和らぐわ。今度、自己防衛結界を教えるわね」
自己防衛結界? 知らない単語は今は無視。無視、無視! これってどういう状況?
「半々は却下です。聖堂には警務官が集まるのでそれで十分です」
「いいえ。半々よ。キヨイに何があったら責任取れる? 避難の判断はきちんとします」
「しかし……。分かりましたリオ様。少しでも御身に危険がありそうと判断したら強制避難させます」
「ええ。いざとなったらきちんと避難します」
「リオ! 私も行く! リオの隣が1番安全なんでしょう?」
私は身をよじってガーベラの腕の中から出ようとした。出れない。華奢そうなのに凄い力。
「貴女を狙っている者がいるかもしれないから聖堂にいなさい。それが、私の隣よりも安全よ」
私を狙っている者って……魔女?
聞く前にリオはブレイドとゴリアテと3人で遠ざかっていってしまった。




