キヨイとクレイヤ 2
【テテュス街】
大混乱ののち、情報整理。
「つまり、私を呪って殺そうとしたのがクレイヤのお母さん。私とずっと一緒にいた少年クレイヤは偽物。襲ってきた悪魔は目の前にいるクレイヤで、襲ったんじゃなくて助けてくれた」
うん、サッパリ分からない。必死に頭の中を整理整頓しようとしても、1度説明したと言われても混乱中。
「悪かったキヨイ。時間が経っているから解毒剤の効果が完全じゃないんだろう」
私はベッドに座って、ぼんやりとクレイヤを眺め続けている。クレイヤはベッド隣の椅子で、申し訳なさそうに俯く。
「惚れ薬に記憶消去……魔法って怖いね……」
私の原動力だった「クレイヤ大好き」はすっかり消えてしまっている。年がかなり上で、好みの顔でなくて、そしてクレイヤは嘘つきだ。私をこの魔法の世界に連れてきたくて、わざわざ惚れ薬を使ったという、悪い人でもあるらしい。
そこが妙に引っかかる。私の性格だと「魔法の世界? ひゃっほう! 行くぞ!」な筈。なのに、クレイヤはわざわざ惚れ薬なんて使った。それだけじゃない。私をわざわざ弟子にして、祓士について教え、高い物まで買い与えている。
「生まれた世界が違うから、記憶消去は既定路線。まあ、高度な魔導師による許可制だ。惚れ薬は、俺の独断。これもかなり高等な技術でおまけに刑罰対象になっている」
私を見ないクレイヤ。あんなにキラキラして見えたのは、今はそこら辺の通行人みたいな気持ち。
「刑罰……クレイヤ、私が訴えたら捕まるの?」
「まあ、そうだな。罰金と接触禁止とかで済むだろうな」
クレイヤは自分の手を握りしめて、眉間に皺を寄せている。
「あの……そんなにしてまで私を弟子にしたかったの? 才能? あれこれ買ってくれたのも、特別扱いも私が天才だから?」
私の問いかけに、クレイヤはゆっくりと私の方へ顔を向けた。琥珀色の瞳がゆらゆら揺れて、少し潤んでいるように見える。
「この話、2度目なんだが……。キヨイ、俺は君に助けて欲しい。俺は死にたくない」
死ぬ? 死ぬって何で? 助けてって何で私?
立ち上がったクレイヤが右手の黒い革手袋を外した。ぐるぐる巻きのベルトを剥がし、革手袋は机の上。
燃え盛る炎に焼かれる手。赤黒くただれている。手に何重にも巻かれている細くて黒い鎖。取り囲むのは渦巻く黒い影。私はあまりにも恐ろしくて小さな悲鳴を上げた。
「炭みたいだろう? まあ、気持ち悪いよな。右腕、肩から下と両足の膝から下はこんなだ」
無理矢理というように笑ったクレイヤ。炭みたい?
「い、痛くないの? 炭みたい? 燃えて……」
パチパチと瞬きをすると、確かにクレイヤの言う通りだった。人の手とは思えない、炭みたいな手。黒くて固そう。
「燃えて? ああ、目が良いからそう見えるのか。燃えているように痛くなるのは、そもそも燃えているからか……普段は痛くないんだけどな」
自分の左手を確かめるように握ったり開いたりするクレイヤ。普段は痛くないということは、痛い時があるということだ。
「助けてって……それ、呪いなの……?」
死にたくないと言っていたから、死に至る呪い。私は身震いした。
「まあな。自己解呪っていうのは不可能。まあ、俺にそんな力はないだろう。黒白結社にこれを解ける魔導師は居ない。そもそも、燃えているとか、心臓に鎖がなんて曝露をした祓士はキヨイを入れて2人だけだ」
もう見せたからというように、クレイヤが手袋を嵌めた。夏なのに片腕だけ長い袖、黒手袋の上から巻かれていたベルト。奇抜な格好は左腕の不自然さを隠すカモフラージュ?
「誰だか分かるな?」
クレイヤの質問に、私は首を横に振ろうとした。その時、部屋の扉が開いた。ゆっくりと開かれた扉の向こうに、リオが立っていた。泣きそうな表情。後ろに無表情のブレイドが立っている。
「キヨイ、倒れたと聞いて。顔色は良さそうね。救護室を見たわ。あんなに1度に呪いを解くなんて、さぞ負担が強かったでしょう」
駆け寄ってきたリオが、クレイヤと反対側に立った。ベッドに腰を下ろして、私の頭を撫でてくれる。優しい労わるような手つき。年上だし、先生で師匠らしいが私は密かに友達みたいに思っている。でも、今はお姉さんみたい。憎まれ口ばかりの兄は要らないから、リオみたいな姉が欲しかった。
「俺の監督不行き届きだリオ。まだ自分の力を制御出来ないのに、経験と思ってやらせた俺が悪い。それでリオ……今、キヨイに俺の呪いの話をしていたところだ」
クレイヤは何かもう泣きそうに見える。リオが顔をしかめて、私の顔を覗き込み、それから私の頬を撫でててくれた。
「何もこんな具合が悪そうな時に話さなくても……」
「解毒剤の効果が思ったより早かった。随分混乱させてしまったみたいで……」
私とクレイヤを交互に見たリオが、私の体に腕を回した。
「クレイヤ、貴方の気持ちは分かる……ううん。ごめんなさい。分かってあげられない。でも、キヨイはそもそも関係無いのだから、誠実に対応するべきよ。禁断薬使用の時点でも怒ったと思うけど、こんな倒れる程負担をかける程せっつくなんて……」
クレイヤを睨みつけたリオ。申し訳なさそうに目を背けているクレイヤ。自分のことなのに、他人事な気分。混乱しているせいか、私には怒りなんてない。気になるのはクレイヤの呪いがどういうもので、何故犯罪だという惚れ薬を使ってまで、私を弟子にしたのかということ。私が天才なのは分かったし、さっきもそんなことを言っていた。
頼まれれば……
——もう大丈夫です。怖くありません。私達が警護します。それで、話した通り、貴女には素晴らしい才能があるので私達の世界で学びながら、守らせて欲しいです
あれ、そうだ私は頼まれた。
——呪いを解くという才能は人の役に立つ。大勢の者を救えます。なので、この学校に入学することを検討して欲しいです。
——君が見た悪魔はいつか厄災を招く。身の危険からも守ってやりたいし、あの悪魔やその呪いから人々を守る為にもお願いします
「あーーーーーっ!」
——怖い、嫌だ。嫌だ。嫌だよ!
そうだ、私、全然話を聞いていなかった。あの日、お祖母ちゃんの家で少年クレイヤの死や目の前の悪魔に怯えて、夢だと思ったり怖いと騒いだ。
「キヨイ?」
「キヨイ?」
私はあの日のことを、しどろもどろクレイヤとキヨイに説明した。
座布団を枕代わりにして畳に寝っ転がっていたら、そうだ、クレイヤが来た。何かあれこれ話かけられたけど、怖くて逃げた。だって私にはクレイヤの周りに始終恐ろしい黒い影が見えたから。
「の、の、呪われているから私にはクレイヤの周りに黒い影が見えてた! それが怖くて全然話が頭に入っていなかったんだよ! 私、クレイヤが話したこと覚えてない……」
クレイヤとリオが顔を見合わせて、それから同時に私を見た。
瞬間、バンッ! と部屋の扉が開いた。
「キヨイが倒れたって大丈夫か?」
飛び込んできたのはルークだった。乱暴に扉を開けたのにのんびりと入室してくる。ルークの右腕は緑色の楕円形の果物みたいなものが入った紙袋を抱えていた。
「なんだ、元気そうだな。魔力の使いすぎって聞いたからアピの実を買ってきてやったんだけど……何この空気」
ルークが私、クレイヤ、リオと順番に見た。
「あー、もしや悪魔の呪いの話? とりあえずこれ食っとけキヨイ。腹が減っては何とやらってな」
微妙な空気を引き裂くように、ルークが爽やか笑顔で私にアピの実とかいうのを投げた。ふんわりではなく、勢い良く。
「なんつう投げ方をするんだお前は」
私の顔面に直撃しそうだったアピの実を、パシンッと掴んだのはクレイヤの手。
「さすが騎士! キヨイ、俺とクレイヤが何があっても守る。極悪級な悪魔だって蹴散らしてやる。何があっても絶対だ。代わりにさ、クレイヤを是非助けてくれ! そいつ、悪魔になるか俺とリオで殺すしかない状況なんだ」
ニシシッと歯を見せる満面の笑顔に、似合わない台詞。私はルークの発言に、しばらく放心していた。




