呪いが感染するって怖くない? いいえ、私がブワッと解決! 3
フェルターエルザ呪疫とかいう、皮膚が灰色になってぐじゅぐじゅに爛れる呪い。クレイヤの左肩から左腕にかけて、酷い有り様。
「黒い棘……」
鎖で雁字搦めにされている心臓のようなものは一体なんなのだろう? 視線をずらしてクレイヤの全身をゆっくり観察した。
「そうだ呪いの部位にあるはずだ。もしかしたらゆっくり動いている。良く目に力を宿せ」
言われた通り目に力を集める。クレイヤの肩の少し下、腕の奥の方にぼんやりと浮かぶ黒い明かりが見えてきた。凝視すると雲丹のような黒い物体。クレイヤが言った通り、ゆっくりと動いている。
「フェスターエルザ。皮膚潰瘍をもたらす呪いの疫病。解呪に効果的なのは……」
「風と水!」
クレイヤが口にする前に私は叫んだ。見れば分かる。私には分かった。これだ、私が天才だという理由! 学校でも実技は抜群の成績だけど、クレイヤの良くやったという表情が何よりも物語っている。上級悪魔グイベルを暴露した時と同じ。私には見えるし、感じる。目の前のクレイヤの呪いの中の、黒い棘が嫌がるもの。
「流石だキヨイ。高悪性度の呪いを一瞬で解析。あとは実技だ」
私はかぶりを振った。失敗したら呪われる。学校の実技とは違う。動いているのも、難しそうでならない。目の前で呪われているクレイヤがいるので、想像出来て怖くてたまらなかった。こんな風になりたくない。怖い。怖すぎる。
「どいて。私が解呪する」
フィオナが私を押しやった。
「凡人どころか落第生のお前には無理だ。さっさと本来の仕事に戻れ!」
横たわっていたクレイヤが上半身を起こしてフィオナを突き飛ばした。2人が睨み合う。クレイヤが、フラフラと立ち上がって私の右腕を掴み無理やり立たせた。相変わらず、教師なのに生徒に辛辣。これは後で注意する案件だと思う。いくら、私が超天才でフィオナにあまり才能がなくても、面と向かって落第生とは……。
「俺は才能のない奴に用はない! キヨイの邪魔をするな! おい誰か! ボナパルタの娘を連れて行け! 呪疫の傾向がみられる!」
冷ややかで、低い声のクレイヤ。喉の奥がキュッとなる。私に対する態度と違いすぎる。救護活動にあたる祓士が何名かフィオナの元へ駆け寄った。待ってと手を伸ばしたフィオナを裂魂紙が抑え込んだ。クローバーを模したクレイヤの裂魂紙の群がフィオナを遠くへ運んでいく。いつの間にか、クレイヤは杖錫杖を手にしていた。
「キヨイ。そろそろキツイから頑張れよ。お前なら出来る」
クレイヤが私の腕を離した。辛そうに顔を歪めている。やるしかない。好きな人が苦しんでいる。私には誰にも負けない力がある!多分!
私はクレイヤに渡された杖錫杖を振り上げた。
「風と水。風と水。風と水!」
喋らなくても良いけれど、気合いを込めて叫んだ。思いっきり風と水の裂魂を集めて、黒い棘目掛けて叩き込む。
キラキラ、キラキラ、虹色が輝いた。
溢れる魔力の虹色に光に、蝶々。ひらひら、ひらひらと飛び回る。
よ、良かった……。
「よく出来た!流石俺の弟子にして、未来のパートナー!」
綺麗になった左腕で、クレイヤが力一杯抱きしめてくれた。それから髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でられた。
「で、俺の弟子はとんでねえな。解呪に治療までとは逸材にも程がある……」
クレイヤが近くを見渡すと、私が助けたのはクレイヤだけではなかった。驚愕の顔をした人が1、2……5人、私をみて「ありがとうございます」と泣いている。救護に当たる人や、クレイヤと同じ服装の祓士も私に大注目していた。
「パッと見、5人同時か。前代未聞の解呪だな。まるで自動追尾みたいに、フェルターエルザの呪核に……」
再度、クレイヤが私の頭をくしゃりと撫でる。
不意に、私はその手を払った。何だか凄く嫌だった。嫌? 好きな人に触られて何故嫌なんだろう? 好きな人? 爬虫類系の顔は好きじゃないし、年も離れすぎ。私、この人のこと好きなの?
はて、頭の中にハテナが沢山。
クレイヤは少し目を丸めただけだった。それで、ほんの少しだけ私から離れた。
「本当に特別中の特別みたいだな。俺みたいな凡人用の一般論なんて必要なさそう。キヨイ、お前の場合目を瞑って、赴くままにで十分そうだ。今日の英雄はキヨイだ。まだ制御出来ないだろうから、魔力消費の疲労上限まできたら止める。この場にいる人達をうんと沢山、助けて欲しい」
片膝をついて、クレイヤが私に頭を下げた。聖堂中の人達に、熱心な視線を向けられている。
胸が熱い。
——ありがとうございます
先程の泣き笑いの、心からという感謝もそう。というか、まだ「ありがとうございます」って言われている。平々凡々、ものすごく普通な女子高生だった私がこんなに役に立っているって、凄い。これは嬉しい。
「キヨイ? 辛いか? 大丈夫そうに見えるが負担が強かったか?」
「違うよクレイヤ! わ、わ、私……頑張る! 元気、元気だよ!」
心配げなクレイヤに向かって首を横に振った。私は目を閉じた。さっき、どうやった? クレイヤの腕の中に見つけた、黒い棘に風と水の魔力を叩き込んだ、ねじ込んだ。でも、周りにも影響があったということは、私は何かしたんだ。
そうだ、何かザワザワしてゾゾゾゾゾッとして、そうしたら私の魔法の蝶々が飛んでいった。
「ザワザワ探し。ザワザワ探し」
ザワザワだけではなく、ゾゾゾッて嫌な感じがするところもだ。瞼の裏に映る、メラメラ燃える炎と黒い鎖で気が散る。これ、本当に何なのだろう? クレイヤの心臓あたりに酷い嫌な気配。今まで、どうして気がつかなかったのか?
——大丈夫だ。僕が必ず守るから大丈夫だキヨイ
黒い髪の優しい微笑みの男の子。脳裏によぎった少年に、私はバッと目を見開いた。体がカタカタ震える。
「キヨイ、やはり負担が強かったみたいだ。一旦休もう。魔力制御に慣れてないせいだ」
誰かに話しかけられ、目を開くと目の前に真っ黒な影がいたので私は悲鳴をあげた。悪魔。私を殺して心臓を食べにきた悪魔。どうして? クレイヤは? 私を守ろうとしてくれた、まだ小学生くらいの優しい男の子はどこ?
——逃げろキヨイ! 早く!
「近寄らないで! この悪魔!」
私は杖錫杖を振り上げた。目の前の黒い影に突きつける。
ここはどこ? 畑でも森でもない。いつ、この建物にきたのだろう。クレイヤはどうしたんだろう? 何で自分より幼い男の子を置いて逃げたりしてしまったのだろう? 日本に何で夜戦病院? こんなの映画のセットみたいだ。そこら中に嫌な黒いものがある。目の前の恐ろしい黒い影のせいだ。
でも、私には分かる。この影には敵わない。手を出せない。
「解毒剤の副作用か。キヨイ、落ち着け。大丈夫だ」
解毒剤? 何の話? 黒い悪魔はまた私を騙そうとしている。また騙す? いつ騙されたんだっけ?
「嫌……。こんな場所、嫌っ!」
ザワザワ、ゾゾゾゾゾッてしてこの部屋、大嫌い!
私は杖錫杖を思いっきり振り下ろした。黒い棘の塊が、あっちにもこっちにも溢れている。全部無くなれ。全部消えろ。水と風を混ぜて、棘と棘の隙間にねじ込めば壊れるのは分かっている。
パアアアアアッと目の前が虹色に光輝く。
あまりに眩しくて、私は目を閉じた。ふわふわする。クラクラもする。少し気持ち悪い。それで……。
「キヨイ、キヨイ、しっかりしろ……」
薄れゆく意識の中に、黒髪サラサラな男の子が私を気遣わしげに見下ろしているのが見えた。体を包む温もり。
良かった……。
クレイヤは……生きて……。
——貴女が殺したのよ。最悪な子
風に揺れるサラサラの銀にも見える白髪。真っ赤な唇が、ニッと笑った。
私には赤しか見えなくなった。




