呪いが感染するって怖くない? いいえ、私がブワッと解決! 2
1話「ちょっと未来のはなし」の部分です
【テテュス街】
テトュス街に到着して、駅に迎えにきた人は、黒い腕章をつけていた。機関車内で教わった聖円十字が描かれたもの。協会で働く聖者か、ボランティアの市民のどちらか、とクレイヤが耳打ちして教えてくれた。医療関係なら、白い腕章らしい。
招かれたのはテトュス聖堂。水路が綺麗な美しい街並みに良く似合う建物。私が暮らす世界で例えると「教会」としか言いようがない。二階建てっぽい三角屋根の建物に、かなり広そうな平屋がくっついていてる。
で、この聖堂は緊急救護所だった。あっちに呪われた人。こっちに呪われた人。向こうにも、こっちにも、そっちにも。
腕、足、顔などなど灰色のぐじゅぐじゅになった人がいっぱい並んで寝ている。私は聖堂に入った瞬間、この光景を見て吐きそうになった。何これ? 夢? 戦争映画? それで、即クレイヤに外に連れ出された。で、吐いた。我慢したけど、近くの茂みで大嘔吐。
「そこの君。彼女は学生で、いきなり刺激的過ぎました。申し訳ないが休めるところがあれば、休ませて欲しい」
私の背中を撫でて「大丈夫、大丈夫」と声を掛けていたクレイヤが、誰かに声を掛けた。好きな人の前で吐くとか死にたい。勉強にきたのに、早速迷惑を掛けている。
「ク、クレイヤ祓士! は、は、はい!」
若そうな男の声がした。もう、吐き気はしないので顔を動かして、声の主を探す。やはり、若い人。私と同年代に見える。リスっぽい小動物系の男の子は、腕に白い腕章をつけていた。
「だ、大丈夫。大丈夫。私、頑張る」
足を引っ張りにきたのではない。名実共にクレイヤのパートナー! になりにきたのだ。超天才らしい私がスパパパパッと解決したら、ついさっきの気持ちの悪い光景が消え去る。我慢だ我慢。根性だ根性。あんな苦しそうなのを、私がブワッと解決して元気一杯にする。感謝される。相手もあんな酷くて苦しそうなのから助けられて嬉しい。
つまり、祓士って良い仕事だ!
私はよろよろとしながらも、立った。笑ってみせる。流石、俺の弟子。流石、俺のパートナー。俺の人生のパートナーにもなってくれ。逃げたら私の夢は叶わない!
クレイヤが苦笑いしながら、私の髪の毛をくしゃりと撫でてくれた。
「良い子だキヨイ。来る途中に話した通り、感染箇所に触れないこと。フェルターエルザ呪疫は空気媒介しない。また具合が悪くなったら外へ出ろ。見学してるだけで十分だと……」
いきなり、クレイヤに突き飛ばされた。目の前にクレイヤの広い背中。白髪がサラサラと揺れる。
——逃げろキヨイ! 早く!
突然、男の子の声が響いた。悲鳴に近い絶叫。ぺたりと地面に座り込んだ私は、何故か自分の右手の甲を見た。何もない。何もない? 私、今何を考えた?
「クレイヤさん! だ、誰か!」
「近寄るな!」
何が起きたのだろう? クレイヤの左側が氷に覆われている。若い男の子がクレイヤの近くであたふたしている。この男の声は私に「逃げろ」と叫んだ主とは別人だ。あの声は誰?
「す、す、すみません! 手を滑らして!」
えっと、何? 人がいっぱい。2、4、7人か。担架を運んでいる人が4人。で何かの指示を出している人。あと、クレイヤに話しかける人が2人。で、あたふたしている男の子に、左肩から腕まで氷漬けのクレイヤ。担架が地面に置かれていて、その上に白い布が乗っていて……。盛り上がっているから人? し、死体⁈ 灰色でぐじゅぐじゅに爛れた腕が飛び出している。動いたから死んでいない。生きている。
「これじゃあ仕事に来たんだか、邪魔しに来たんだから分からないな。キヨイ、実習だ実習。頑張れるなら、この俺の呪いを解いてくれ」
振り返ったクレイヤが小さく微笑んだ。顔が真っ青。汗もかいているように見える。
へ?
解いてくれ?
「そこの、マルコムだったか? 聖堂内にスペースを確保して欲しい。この学生の解呪いはちょっと特殊だ。見たら他の患者は安心するだろう。俺の呪いが解けたら、その後はあっという間だ」
私は慌てて立ち上がって、クレイヤに近寄った。
「物理的に触れられない。まあ、長くは無理。凍傷になるからな。しかし、まあ、今回のは少々重症のフェルターエルザっぽいな……怠い……キヨイ、頑張れるなら中に入るぞ」
歯を見せて笑うと、フラフラした足取りでクレイヤは聖堂へと向かって行った。クレイヤの反対側をマルコムが支える。私も追いかけた。
聖堂に入ってすぐ右側の壁際に腰を下ろしたクレイヤ。
「重症度を確認します! 薬で祓えるようなら……」
駆け寄ってきたのはフィオナだった。黒いワンピースに白いエプロン。腕には白の長い手袋。白い腕章をつけている。
「フィオナ?」
私と目が合ったのに、フィオナは私を無視した。
「特任のクレイヤ祓士ですね。解呪士が何故感染を? 意識不明瞭だなんて、長時間放置したんですか?」
フィオナの発言で、私はバッとクレイヤを確認した。座った筈なのに倒れている。左肩や腕を覆っていた氷が消えていた。左肩や腕は灰色で爛れている。
「担架がぶつかり感染者に接触しました。ついさっきです!」
「ついさっき? それでこんな重度だなんて……」
薄目を開けたクレイヤが、右手を力無くあげて、手を横に振った。
「薬士ボナパルタ、弟子が解呪するから他の患者を看ろ。キヨイ、近くに来い。グイベルの時と同じように見ろ。まずは暴露の練習だ」
薬士ボナパルタ? そうだ、フィオナはレストニア国立病院の調薬士。応援で来ているのか。きっとそうだろう。フィオナは立ち上がると、遠ざかっていった。マルコムを引っ張って。置いていかれたクレイヤと私。
痛くて辛そうなクレイヤ。声も弱々しい。
呻き声が凄い。それに泣き声に悲鳴。それから匂い。生ゴミみたいな匂いで臭い室内。やっぱり無理。また吐きそう。この聖堂から出たい。私は途方にくれた。立とうにも、足が竦んでいる。フィオナが何かを持って戻ってきた。壺だ。マルコムは見当たらない。
祓士は立派な仕事のようだけど、私には無理。こんな環境の中で働くなんて、怖い。気持ちが悪い。
こんな話、こんなの聞いてない!
こんな怖い仕事だなんて聞いてない!
でも、必死に目を凝らす。私は天才。超天才。クレイヤを必死に見つめる。大好きな人が苦しいのに、怖いから嫌だとは言っていられない。あと、触らなければ良いと聞いたから、触らなきゃいい。悲鳴、呻き、泣き声、聞かない振り! 聞こえない振り!
「見えたか?」
左肩から左腕まで灰色のぐじゅぐじゅに爛ただれたクレイヤが、玉のような汗を額に浮かべてニッといつものように不敵に笑った。
「見えるよ。ここにいろんな色の細い鎖が何本も!何かを巻いてる」
私は泣きそうだった。いやもう半べそ。楽しいキャンパスライフは何処へ行った?空を飛び、見たことのない生物に乗り、美しい世界に胸を躍らせた。来てよかった。楽しくて面白くてならない。
勉強はイマイチでも私には才能があった。この世界ではとびきりの、誰もが羨む呪いを解く才能。同級生の羨望、教師の賛辞。なによりクレイヤの、好きな人の褒め言葉の雨。
映画の中に入ったような現実味のない生活。
自分の世界では中くらいを彷徨ってきた、平凡な私に訪れた最高の日々。
そんなものは、今ははるか彼方。キラキラ世界は戦争映画の夜戦病院に変わってしまった。
クレイヤの胸の中、赤い炎みたいなものに巻きつく、黒くて細い鎖。何これ? ぐるぐる巻きの鎖は風で、水で、火で……何これ。一本の鎖みたいなのに、いろんな魔力がごちゃ混ぜになって渦を巻いている。見ているだけで気持ち悪くなってくる。なんか、こういうのを、禍々しいって呼ぶんじゃないかな?
「解けるな?」
「複雑すぎて、私の裂魂操作じゃ多分無理」
期待に満ちたクレイヤの金色の瞳に、すうっと落胆が滲んだ。そんな顔は見たくない。でも無理だ。目の前の呪いが理解出来ない。見えるだけでどうしたら良いのかが分からない。
「キヨイ。鎖って言った?」
フィオナが私の肩を掴んで体を揺らした。猫のような目が鋭い視線で私を貫く。
「そうだよ!こんなに沢山、何かを巻いているじゃない⁈」
私は横たわるクレイヤを指差した。正確にはクレイヤの胸、ちょうど心臓の位置。フィオナが怪訝そうに私の指先を注視した。それからフィオナは小さく首を横に振った。フィオナには何も見えないという意味だろう。
「やっぱりキヨイは天才中の天才だな。弟子にしてよかった。とりあえず別のを探してくれ。黒くて棘だらけの物体だ」
クレイヤが私の左頬を、呪われていない右手で撫でた。革手袋がゴワゴワする。優しい手つき。息が浅くて早いクレイヤ。なのに、大丈夫だというように笑っている。そのクレイヤが今度は期待の眼差しを投げてくれた。
よし、これはもう頑張るしかない!
私は言われた通り、黒い棘探しを始めた。




