庶民感覚を忘れそうなお買い物2
好きな人からネックレス、指輪(残念ながら小指用)、腕時計をプレゼントされるって素敵! 問題は弟子にご褒美ってこと。これが恋人への贈り物に変わるまで、頑張らないと。
*****
【東大街リム オルゴ魔道具店】
剣、盾、杖、槍、短剣、アクセサリー、その他etc.キヨイは物珍しいものばかりの店内をキョロキョロ眺めた。これは、まさしく、魔道具店に相応しい店内。ファンタジー映画のセット、小道具みたい。
祓士になるなら、魔力を補助する魔道具が必要。無くても良いが、魔道具を持ってない偉大な魔術師は滅多にいない。と、言われてやってきた魔道具店。物騒なものは持ちたくない、そして「守られる側のキヨイに武器は不要」とクレイヤも言ってくれて、杖を眺めている。
気に入ったのを買ってやる。そう言われたけど、値札がないので恐ろしい。魔道具の相場っていくらなの? 今見ている短めの杖は可愛いものが多い。それか美しいもの。煌びやかな装飾に、クリスタルみたいなのがついていたり、月や星がモチーフだったり。うん、多分、高い。
私は杖の隣に並ぶ、扇を手にした。白から赤へのグラデーションに、銀箔か何かで、小さな無数の花が川みたいに描かれている。長めの朱色の紐がついていて、端は蜻蛉玉みたいな飾りと房になっている。日本ぽいし、小さくて高くなさそうだし、他の物に比べたら地味。でも、可愛い。
「まあ、素敵ねキヨイ。貴女、風を操るのが得意だから、そういう意味でも似合っているわ」
私の隣でリオがにこやかに笑った。褒められて素直に嬉しい。無邪気なリオはあれが可愛い、これも可愛いと、店内を移動して、クレイヤにボヤかれていた。可愛いより機能や効能を重視しろ、クレイヤはそう言って、ずっと大きくて仰々しい杖を吟味していた。私はリオに賛成派。だって、毎日持つのに気にいらない物は使いたくない。大きな杖は、持ち運びが大変。
ん? しかしクレイヤの杖錫杖は何処からともなく出てくる。
「これ、高いの?」
「高いの? 高いの? って謙虚だな。いや。そんなしないだろう」
私の問いかけに、クレイヤが爽やかに笑った。クレイヤは私から魔道具の扇を受け取ると、直ぐにレジに向かった。素早い。
七三分けの白髪の店主オルゴが、ツヤツヤした笑顔で扇を受け取った。
「この扇を選ばれるなんて、大変お目が高い。いやあ、あのクレイヤ坊ちゃんが弟子を取るなんて私も年を取る訳ですね」
レジの前でクレイヤが苦笑いを浮かべた。値段が気になる私は、クレイヤの隣に並んだ。リオはブレイドと何かを探している。クレイヤがジャケットの内側から小切手のようなものを出した。
「もう20歳も後半になりますからね。あの、これって……」
クレイヤの発言に、私は目を丸めた。思っていたより年上。私が今17歳で、クレイヤが20代後半だと、年の差が十くらいか。両親が9歳差なので、アリでしょう。学友だったというリオやルークも同い年? 私は振り返ってリオを見つめた。リオはもっと若そうに見える。
私の視線に気がついたリオが、優雅に歩いてくる。物腰柔らかで、動作がいちいち、さすがお嬢様。リオがクレイヤの隣に並び、リオの背後にブレイドが立った。
私は小切手もどきに書かれた数字に度肝を抜かれた。
1、10、100、1000、10000……ええええええ⁈ 目の前で包装されはじめた扇は、ラビゴで買ってもらったアクセサリーなんて足元にも及ばない、超高級品。これ、日本円だと幾ら? 家とか立ったりしない?
私はクレイヤの服を掴んで、ブンブンと首を横に振った。
「このくらいなら、全然問題ないわね。クレイヤ、支払いをお願いね。ブレイド、私の私財からクレイヤの口座に振り込みをしておいて。護衛代とか、何か名目をつけて」
リオの言葉に、私は愕然とした。全然問題ない?
「ま、待って! こんなの持ち歩くの怖い! 失くす、私って物忘れが多いから絶対に失くす! 他のにしよう。ううん、あー、お店も変える?」
クレイヤが私の頭をポンポンと叩いた。微笑みがとても穏やかで、眼差しが優しい。クレイヤが私が持っている、ラビゴの買い物袋を取り、中から箱を出した。
「オルゴさん、この指輪と連結して下さい。追加料金、かかります?」
「うちはコミコミです。どれもこれも、一級品と自負してますからね。空間庫に転送術、盗難防止は基本仕様です」
あとで説明すると、クレイヤは私に小声で告げて、オルゴさんと専門用語で話し始めた。クレイヤと何やら目と目で通じ合うリオ。羨ましい。
私はリオに手を引かれて、店の扉近くに移動した。少し、広めになっている場所。リオの周りにふわっと七色の花びらが舞い、リオの腕の中に美麗な琴が現れた。Uの字型で銀色。花の装飾があしらわれている。
「幻界と異界の狭間を物置みたいにする術があるの」
リオがブレイドに琴を渡した。ブレイドはさっきまでクレイヤと何か話していたのに、いつの間にかリオの隣に立っていた。リオと阿吽の呼吸という感じ。ブレイドがリオから少し離れた。
リオが首元の大きいが質素な首飾りに指で触れた。瞬間、またふわりと花ビラが現れ、リオの腕の中に琴がおさまった。
「これが転送術。私はこの首飾りと繋いであるの。キヨイはさっき買った指輪と連結。合図はクレイヤが勝手に決めてたから、あとで教えてくれるでしょう。普通、司令合図って秘め事よ。自分で決めるんだけど、キヨイは色々慣れてないからね」
盗難防止は? と聞く前にクレイヤが戻ってきた。手には何にも持ってない。
「一週間後取りにくる。それまでに転送術と空間庫を使えるようになってもらうぞ。それにしてもリオ、すっかり教師面だな」
ブレイドがさりげなく店の扉を開いた。慌てたように、店主のオルゴがブレイドと変わる。
「まあ、面ではなくて本物の教師よ。初めての座学だって、立派にこなせたわ。誰も寝たりしなかったもの。ね、ブレイド!」
それはもう、心底嬉しいというように笑ったリオ。ブレイドは一瞬、苦笑していた。その後、頬を赤らめる。ブレイドがリオに向かって大きく頷いた。リオは鼻高々という様子で、上機嫌。
クレイヤが肩を揺らし、私に耳打ちしてきた。
「どうせ、ブレイドが教室中の生徒を恐怖の睨みで見張ってたんだろう。キヨイ、過保護を超えた馬鹿親みたいだから、ブレイドに何か言われたら俺かリオに言いつけろ。ルークもまあ役に立つ」
さあ、出ようというようにクレイヤが私の背中を押した。
「ありがとうございました。リオ様、本家に行かれる際は納品は予定通りだとお伝え下さい。クレイヤ坊っちゃん、定期手入れが間も無くなのでお待ちしております」
ブレイドがずいっと前に出て、オルゴを見下ろした。冷ややかな視線に、私の背筋がヒュッてなった。
「いいえ、本家に伝えてください。リオ様を伝書鳩にするなんて、不敬……」
「揚げ足取るなブレイド。ほら、行くぞ。良い品をありがとうございましたオルゴさん。定期手入れ、さっきの扇を受け取りに来た時に予約します。よしキヨイ、リオが行きたいらしい……」
人混みからクレイヤを呼ぶ声がして——店の周りの人だかりはリオを拝んでいる老人——私は首を伸ばしてキョロキョロした。人だかりからルークが出てきた。
「クレイヤ! リオ! 外で待ってるって言ったのに何で置いて行くんだよ! キヨイの 魔道具、一緒に金を払う俺にだって選ぶ権利があるだろう?」
プンスカという形容が似合う怒り顔のルークが、ズカズカと歩いてくる。待ってるも何も、人混みに消えたのはルークの方だ。
「選ぶのは使い手のキヨイだ」
クレイヤが胸ポケットから何かを出した。紙だった。受け取ったルークが折りたたまれた紙を広げ、真っ青になった。
「はあああああ⁈ この値段、キヨイ、お前、おまっ……。S級の物を選んだのか⁈ まだ学生のヒヨコなのに⁈ 」
叫んだ後、ルークが大きく口を開けて固まった。
「さすが、暴露の大魔導士になる奴の目は違う。キヨイが得意な風属性強化、解呪に必要な全属性増幅。申し分ない魔道具だ。中途半端な物を買って、使い物にならなくなる方が金の無駄。キヨイが選んだのは一生ものだ」
クレイヤが私の肩に手を回した。可愛い、安そうという理由で選んだので、クレイヤの指摘は違う。
「あー、クレイヤ? 私、そういう価値があるとは……」
「下位魔術師が使うものなんか、目に入ってなかった。手に取るもの、触るもの、全部S級品。多分、自分との相性も分かっている風だった。無意識だからこそ、天才なんだよキヨイ」
褒められて嬉しい。クレイヤが私の顔を覗き込む。このままホッペにキスとかしてくれないかな、と考えていたのに、クレイヤは離れてしまった。残念。
「俺、こんな金ねえよ……。ローンでいいか? リオ。一旦、お前が出したんだろう?」
「いや、俺が出した。俺に支払いし続けろルーク! あははははは! 万年貧乏とは格が違うんだよ! 気後れするなら出世払いしろキヨイ。お前ならあっという間に稼ぐ額だ。そのうち分かる。行こうぜリオ、キヨイ。リオが行きたがっていたカフェ、ラビゴの店員に頼んで予約してもらった」
出世払いなら、少し気が楽。クレイヤがまた私の頭を撫でてくれた。
それにしても、宝飾店の店員になんて事をさせている。と思ったが、クレイヤは常連そうだったしあんなにポンポンあれこれ買ってくれる上客だから当然?
芸能人とか、こんな風に買い物をしているのだろうか。私ってシンデレラストーリーの主人公みたい。
「大丈夫よルーク。もう少し慎重に仕事をすれば、あっという間にお金が溜まるわ。また広告にも出るんでしょう?」
何やらブツブツ言っているルークをリオが励ます。クレイヤが早く行くぞと歩き出した。
またカフェは貸切かもしれない。いきなりセレブな雰囲気だけど、庶民心を忘れないようにしないと。
◆◆◆◆◆
その日の夜。シャワーを浴び終わって、浴室から出てきたクレイヤは大きなため息を吐いた。髪を拭きながら、机の上の小切手数枚を見つめる。
「ラビゴはともかくあの扇……。貯金すっからかん……。次の給料まで何を食おう……。ベルモットさんに泣きつくか……。あの扇、死ぬほど高えよ。値切る時間も無かった……。店内でも指折りの魔道具に目をつけるなんて、キヨイは本当に目が良い……」
椅子に座ると、自然と背中が丸まった。机に額がつく。呪われた足が目に入った。
「いや、安いか。恩人への先行投資。安過ぎるくらいだ。でも、高え。一生ものって言ったけど、学生でいきなり大魔導士格の道具なんてやり過ぎた。俺の見栄っ張り……。リオとルークも援助してくれて……。キヨイも巻き込んで……俺、生きたいって思ってていいのか?」
他にも大勢の庇護者がいる。一方で、殺処分しろという声があるのも知っている。
レストニアの英雄、氷槍のクレイヤ。その看板を背負い続けなければ、失態を犯せば、死ぬ羽目になるだろう。
付けっ放しの、映像結晶から声が聞こえた。
——警務省本庁は今回の上級悪魔グイベルが市街地に出現したことに、指名手配犯のフレイヤ・デーヴァが関与しているとみて捜査を進めています。
背中にぶつかった、アナウンサーの台詞にクレイヤはもう一度深く息を吐いた。
レストニアの元英雄、紅蓮のフレイヤ。その息子。切っても切れない親子の縁。血の繋がり。これもまた呪いみたいなものだ。クレイヤの足を引っ張る材料。同期の出世頭だが、母親のことが無ければもっと上の地位にいるだろう。
「結婚して、子供がいるとか、そういうものもだな……」
クレイヤは背を伸ばして、かぶりを振った。無い物をねだっても仕方ない。
いまある物、人、立場などに感謝して進むかない。待ち構えるのは地獄、そう思っていたのに、キヨイが現れた。
キヨイはきっとクレイヤの救世主となる。例え死ぬことになっても、今のこの気持ちだけでも十分過ぎるくらいだ。
クレイヤは空腹のまま、ベッドに横たわった。悩みが減ったので、近頃は以前よりよく眠れる。
今夜もだろう。




