英雄氷槍のクレイヤ、英雄魔人ルーク
末永清、魔法の国 で天才魔術士の道へ大きな第一歩!
上級悪魔、グイベルの解析という難題を楽勝でクリアした私は、皆にとっても褒められた。
夢はエリート祓士クレイヤのお嫁さん♡
ついでなので、エリート祓士にもなる!
天才って、人生薔薇色ハッピーじゃん。大変、素晴らしい魔法の才能があるなら変身術とか覚えて美人祓士になりたい。そんな魔法があるのか謎なので、図書室で調べないといけない。
もう日本になんて戻らないもんね。私は生まれる国、世界を間違えていた。お母さんやお父さん、お兄ちゃんが懐かしい今日この頃なので、たまには帰省しよう。
◆◆◆◆◆
やはり、とんでもない才能を見つけた。クレイヤは身震いした。かなり後方にいるが、それでも分かるキヨイの能天気な様子。キヨイは呑気にクラスメートとキャアキャアとはしゃいでいる。ちょっと褒めて、頭を撫でただけで上機嫌。飲み直させた惚れ薬の効果はまだ続いている様子。
「見たかルーク、グイベルの暴露が一瞬。グイベルの暴露は150年前で、解析が終わって解明済みになったのは、つい100年前だぞ」
「本当、とんでもない才能だなキヨイ。でも怖い、怖いって、グイベル一匹にあの怯えよう。どうするんだ? むしろこの国の人間より、ボケってしてて不安。耐魔力体質なのか、惚れ薬ももう効果が薄れてそう。早いなあ。あんまり飲ませると中毒になるんだろう?」
ルークがクレイヤの肩を叩いた。言われなくても、分かっている。クレイヤは大きくため息を吐いた。
「もう追加で二本飲ませてる。俺が作るのは、効果が薄いのかもしれない。あと一本で限界だろうな。せめてこの国の奴なら、悪魔に免疫があって、知識もあっても色々と楽だっただろう。低級悪魔と対面するだけで、一大事なんだぜ。まあ、今日みたいに絶対に安全だと提示していって、悪魔に慣らさせる」
いちいちキヨイの顔色を伺いながら、低級悪魔から徐々に慣らさせるのは正直面倒。本当に連れて行きたい任務へ行く際は、宥めるのに苦労しそう。完全に庇護下にして、しかと守るのに、あの嫌がり様。惚れ薬が切れたら、退学するとか言い出すかもしれない。
しかし、文句を言える立場じゃない。キヨイを無理矢理、祓士学校へ入学させたのはクレイヤ。
「俺とクレイヤが揃ってて、あれだけ保護しているのにあのビビリ様。あと一本が限界なら、調薬をヴァルに頼んだら? その方が効果が持続しそう。まあ、お前はヴァルを巻き込まないか。ヨハネのおっさんに泣きつこうぜ。特殊医療部の薬士にこっそり頼んでくれそうじゃね? どうせ惚れ薬の件は、バレてるんだろう?」
ルークが心配そうにクレイヤを見つめる。ルークの視線に非難を感じるのは、クレイヤ自身に、キヨイに対する負い目が強いからだろう。
「ヴァルに調薬を頼む訳ないだろう! 勝手に結社を退職しやがって! 俺はあいつに怒ってるんだ。ヨハネさんに、俺がしたことには目を瞑るけど、追加投与と他の奴に調薬させるなって釘を刺されている。まあ、予想外に効果が消えるのが早くて追加投与しちゃったけど……。俺の味方はヨハネ派だけだし、惚れ薬の件がバレたらマズイ」
どうして、こう、不幸をバラ撒いているのかと嫌になる。諸悪の根源は、クレイヤを呪った魔女。最悪な女。息子も最悪だな。同列になんて、なりたくない。
ルークがクレイヤの背中に腕を回した。とんとん、と叩かれる。
「いや、怒るなよ。ヴァルは心配してくれてるんだからさ。それなら、もう追加投与するな。悪魔の呪いの話をして、サッサとお前の暴露してもらおうぜ? 無理なら育てる。キヨイに泣きつこう。俺も頼み込んでやる」
「ヴァルも一緒に頼むから、素直に話せって……。一度は頼んだ。洗いざらい話をして、頼んだんだ。その時は知識も経験もないから、暴露は全く無理だった。それで留学話をしたんだけど、キヨイは断固拒否。怖い、意味が分からないってさ。まあ、呪われて、魔女に襲撃されて、大怪我した俺や祓士の血の海を見たから無理もない。キヨイの国は凄い平和らしい」
キヨイが暮らしていた現界には、悪魔は存在しない。魔法もない。キヨイは、こんなにも素晴らしい才能を有しているのに、宝の持ち腐れだった。
「へえ、今何も知らなそうってことは、忘却術で記憶抹消されたのか。で、惚れ薬を使って連れてきた。現界で魔女が暴れたのは結社内の噂で聞いたけど、箝口令敷かれてるから、お前が大怪我なんて知らなかった。俺が特任に行っている間に、魔女とそこまでのガチバトルをしてたのか」
参加しそびれた、というようにルークが残念そうな顔をした。この戦闘狂め。しかし、それだけじゃないことは、クレイヤが誰よりも知っている。ルークは誰よりも——リオと2人揃って——クレイヤを心配してくれている。
「ああ、色んな省や結社上層部は大忙しだ」
国の恥さらし。と言いかけて、クレイヤは口を閉ざした。
魔女が現界で暴れて、向こうの日本とかいう国とレストニア国は、数十年振りに本格的外交をするという。隣国も巻き込むという話も耳にする。結界省や黒白結社の境界線監視部も大忙しだという。
魔女はついに、そこまで最悪な人物へと成り下がった。心が重い。
「キヨイを呪って、俺に食わせようとした。キヨイの奴、俺が暴走するのを止めて、自分の呪いを解いた。救世主を見つけたと思った。でもキヨイに目をつけたのは、結社だけじゃない。キヨイは魔術院とか、錬金術学校には興味津々だった。それでヨハネさんに泣きついて、リオに根回しを頼んで、勝手に惚れ薬も使った。最悪だな、俺」
思わず本音が出た。クレイヤは首の後ろに手を当てて、視線を落とした。まだキヨイの魔力が生み出した、白い蝶がヒラヒラと飛んでいる。本当に、こんな規格外の才能、リオと比べても謙遜ないかもしれない。キヨイの才能に、また鳥肌が立った。
この国に生まれていれば、今頃英雄の仲間で、数多の人を救っていただろう。
「最悪っていうか、犯罪者だろ。惚れ薬は法令違反。まあ、俺でもやるな。あの才能は絶対に祓士に欲しい。それでヨハネのおっさんもお前の軽犯罪を黙認したんだろ。お前の呪いの件を国務省とか警務省に報告して、国をあげてキヨイを祓士にってのも、難しいんだろうな。政治ってよく分かんないけど」
「そんなことをしたら、俺、普通に殺されると思うけど。流石にそこまではないか。隔離監視か? 実験台か? 魔女討伐も未だ成せてないし、色々公表するのは結社の沽券にも関わるんだろう……俺も政治関係は分からない。ヨハネさん達、上層部が俺を庇ってくれてるのは感じる」
「俺もそうだしな。まあ、キヨイは祓士学校に入学したし、周りも囲ったし、ゆっくり育てればいいんじゃね? だってお前が嘆きの心臓を食わされたのって、5年振りだろう? まだ残り3つ猶予がある。その前に育てられるさ」
クレイヤは軽くルークを睨みつけた。残り3つではない。もう、1人も被害者を出してはならない。
「いや、分かってるよ。3人も犠牲者を出したくない。というか、1人もだ。でも、討伐隊は魔女の尻尾を全然掴めないし、たまに見つけても捕縛出来ない。長期戦は覚悟だろ? お前や俺は命令がない限り魔女に接触禁止。やるべきなのはキヨイの教育。時間があるから、焦るなって言いたかっただけだ」
「違う。時間なんてない。三つ目の心臓を食ってから今までと全然違う。準備は整った。早く次だ。もう次の心臓だって声がするんだ。誰にも俺の恐怖は分からねえよ……」
この焦燥感は、誰にも上手く伝わらないだろう。3つ目の嘆きの心臓を食わされてから、眠れる時間も減っている。真夜中から明け方にかけて、幻聴が酷い。
「そうなのか? うーん、まあ、焦っても仕方ないって話。それ言ったら、俺の事も誰も分からねえだろ? キヨイをどう早く育てるか作戦会議するのに飲みにでも行こうぜ。ヴァルも誘ってさ。リオは夜に外出を出来るのか? 仲間外れは可哀想だよなあ」
指摘されて、恥ずかしくなった。
「ああ……。悪かった。そうだよな。自分だけって考えはよくない。ありがとう。それにしても、お前は能天気野郎だな。良心も痛むし、お前とヴァルに止められたら止めるのが正解だよな。今、投与している惚れ薬の効果が切れる前に、通常任務に連れていく。グイベルの件を報告すれば、結社の許可は取れるだろう。薬の効果が切れたら正直に話す。謝罪もする」
口にしてみたが、疑心暗鬼が強い。話せる自信がない。キヨイに見捨てられたら、クレイヤに未来は無い。そう思ってしまう。また、嫌だ、怖いと拒絶されて、絶望に叩きつけられるのを想像すると、キヨイを操り人形でなくすのは最善とは正反対だと感じる。
ルークに背中を軽く叩かれ、目配せされた。
「おい、あれ……」
幾人かがこちらに飛んでくる。その背後、かなり遠い空に黒い線がうねっている。
それから、小さな白い点と揺らめく炎。
「魔女……っ! グイベルを作って連れてきたのは、あいつか!」
遠目でも分かる、全身真っ白な姿と得意な炎魔法。前回の再会は実に3年振りだったのに、半年もしない内にまた会うとは思ってもいなかった。
「作った⁈ 連れてきた⁈ はああああ? お前の母ちゃん、堕士になったのか⁈ 単独であちこちで人を呪うってのが、魔女フレイヤだっただろう? 上級悪魔を作るとか、牽引出来るとか、何百年振りの極悪級堕士じゃねえか!」
ルークの叫びは、遠くにいるグイベルの雄叫びに搔き消された。そうでなかったら、後方にいる生徒の手前、ルークの口を塞がないとならなかった。劈くような、グイベルの声で、耳がキンキンする。チラリと振り返ると、生徒達はのんびりした様子なので気がついていなさそう。
アンナが生徒達を引き連れて、遠ざかっている。さすが探知能力に優れている祓士。
「今は伏せられているが、そのうち公開される。警務部と合同で討伐隊を再編成予定だ。境界線を越えて、現界に上級悪魔を連れていって、キヨイを獲物に選んで襲った。何がどうなって……目的も分からないし……デーヴァ家の面汚しめ。ぶっ殺してやりたいが……生徒の保護が先だな……。向かってくるのは、警務部隊の特殊班っぽいな」
暗赤色のロングコートと白銀製の軽装の鎧は、警務省本庁の警務部隊の証。国紋入りの黄金腕章で、特殊班だと一目瞭然。向かってきているのは3人。
黒白結社だけに任されていたのは終了だと、はっきり分かる。
「はあああああ⁈ 境界線を悪魔を連れて越えるって、どんな化物魔術士だよ! 聞いたことねえよ! お前が焦る理由、これか。心神喪失の単独犯だったのに、一気に組織的犯罪の匂いがする。操られてるとか、スカウトされて心境の変化が起こっちゃった系? うへえ、お前って相当ヘビーな人生だな」
それはお前も同じだろう、とは言いにくかった。クレイヤよりも、ルークの人生は重いかもしれない。
「さあ? 手配書は生死問わずに昇格されたけど、多分捕縛優先で拷問するだろう。ルークが考えるようなことは、誰もが思いつく。魔女の背後に何かいないか、それは重要なことだ。情報網が一気に厳重になって、俺は何も知らない。まあ、知りたくもない。あんな女……」
知りたい。知りたくてならない。
優しくて、強くて、国の英雄と呼ばれていた母親の変わりよう。
「無理するなよ。親父に頼んで、少しでも情報を貰えるようにしてみる。英雄、聖炎のフレイヤは俺の憧れの人だった。何か理由があるはずだ」
人殺しにどんな理由があるんだ、そう叫びたかった。クレイヤは拳を強く握り、歯を食いしばった。
「……俺は知りたくない」
知りたいが、知りたくない。もう、かつての母はクレイヤの思い出の中にしかいない。クレイヤの母親フレイヤ・デーヴァは消えた。死んだ。今、不幸を作っているのは魔女フレイヤ。別人だと思わないと、やってられない。
真実には傷を抉る内容しかないだろう。
「しかし、相変わらず特殊班の服は格好良いな。着てる人間は気に食わないけど」
みるみる近寄ってくる特殊班の隊員。黒白結社の上級祓士に比肩する国の英雄。エリート魔術士。
「歴史も格も俺達祓士が上。魔女の件で馬鹿にされるのは腹立たしいから、討伐隊に頑張ってもらおう。俺達には特任の時の黒法衣がある。協会権威を示す、この国最高峰の誉れ」
「赤って格好良くね? ってだけ。俺は絶対にレストニア国一番の英雄って呼ばれるようになる。あいつらの嫌味はうんざりだ。黒を着る名誉も有して無いくせに、偉ぶって見下してきやがる」
クレイヤはルークと共に、愛想笑いで特殊班の隊員を迎えた。男性2人は知らない顔、残り1人は同年代のジョンだった。ジョンが先頭なので、残り2人は部下なのだろう。
「警務省本庁警務部特殊班です。非常事態ですので、国立祓士学校の生徒の皆さんを保護して学校まで送迎します」
冷ややかで、薄ら笑いのジョン。久しぶりに顔を合わせたが、相変わらず気に食わない態度。後ろの部下が「氷槍のクレイヤさんだ」「感激、魔人ルークさんに会えるなんて」と可愛い発言をしてくれた。それに尊敬の眼差し。かなり若く見えるので2人とも優秀だろう。引き抜きしよう。クレイヤはなるだけ親しみ込めた笑顔をジョンの部下に投げた。
ジョンの頬がピクピクと痙攣している。
「名前も名乗らないとは出世したな? ジョン。生憎、保護も送迎も自分達で十分。自由飛行も出来ないような魔術士に護衛なんて務まらねえ。行こうぜクレイヤ」
ルークがジョンを睨んでから、後ろの新人っぽいジョンの部下へ嫌味ったらしい笑顔を向けた。ジョンを含め、3人とも円形の裂魂紙に乗っている。ルークが急降下した。そのまま生徒達の方へと飛行していく。
「相変わらず礼儀がなってないですね、ミラルダは。破壊魔人に首輪を付けないとは、黒白結社のヨハネ様は疲労困憊で判断力が鈍っているのでしょう。だから、魔女も捕まえられない」
ルークもルークだが、ジョンもジョン。顔を合わせば嫌味の応酬。クレイヤは口角を上げた。ルークに対する嫌味は多少自業自得だが、毎度毎度腹が立つ。しかし、ついに本人に言えなくなった小者ジョン。小心者のくせして、上司——それも黒白結社の上層部高官——を貶すとはいい度胸だ。
それにしても、ルークのせいで、ジョンの部下を引き抜くのは難易度が上がったかもしれない。何か手はないだろうか。
「これはこれはジョン・ドルメギルお坊っちゃん。お久しぶりです。クレイヤ・デーヴァです。名乗るという最低限の礼儀も忘れてしまうとは、余程疲れているようですね。我が上司と、警務省本庁と俺達の友達にその言葉を伝えておきます。野外授業には我が結社の有能な祓士と、講師を務めるリオ様の護衛騎士様達が付いているので、お休みください。部下2名は勇気を出して、上司を咎めたとも伝えておきますね」
クレイヤは杖錫杖を出して、ジョンとの間に氷壁を作った。その直前、ジョンの部下から「リザ様?」と戸惑いの声が聞こえた。氷の壁の向こうで、ジョンも明らかに動揺している。
——バーカ、リオに嫌われろ
声に出さないで、口だけを動かした。ジョンの顔が明らかに引きつった。クレイヤは大量の氷柱を出して、柵のように並べた。これで生徒達の警護は十分。ジョンの邪魔も出来る。
リオに嫌われろと言ったが、もう避けられている。同じ身分違いの恋でも、ブレイドが何百倍も有利。髪の毛一本もお前にチャンスは無い! 因果応報だ馬鹿ジョンめ! クレイヤはジョン達に背を向けて、離れた。自分の考えが、跳ね返って胸がチクリとした。そうだ、因果応報だ。
ジョン達に向かう突風が起こったので、雪を追加した。猛吹雪の完成。ルークがクレイヤにピースをしている。ド派手な突風は、ルークの特技の1つ。これだけ視界が眩めば魔女は容易にこちらには来れないだろう。
「魔女に思うところはあるが、キヨイが最優先だ!」
「おうクレイヤ! 英雄の上は英雄を育てた大英雄って言うからな! 俺達の名を誰にも文句を言わせないぐらい轟かせてやろうぜ!」
クレイヤはルークとハイタッチをして、生徒達の元へと戻った。
——誰にも文句を言わせない
ルークの言う通りだ。ジョンの部下の台詞と、感嘆の声も蘇る。
悪魔の子ルークは、今や英雄魔人ルーク。
魔女の息子クレイヤは、今や英雄氷槍のクレイヤ。
毎晩の悪魔の囁きで、大事なことを見失うところだった。
努力と実績で、逆境を跳ね除けて高みへ登ってきた。背中を預けられるルークがいる限り、2人を心配して支えてくれるリオがいる限り、庇ってくれる結社上層部の上司達がいる限り、クレイヤは全力で前へと進む。
胸を張れる自分でいたい。
「クレイヤ〜! お仕事お疲れさま〜!」
呑気そうに、明るい笑顔で笑うキヨイが手を振っている。
クレイヤの救世主。もしかしたら、ルークも照らすかもしれない。キヨイを偉大な祓士に育て上げたら、クレイヤとルークは今よりも名声を得られる。キヨイも埋もれていた才能を最大限に生かして、何もかも手に入れられる人生になるだろう。あらゆる危険や逆境から守るのはクレイヤ。絶対に守る。
他人のせいで後ろ暗いのに、自分でも堕ちるなんて止めよう。英雄の呼称に恥じない自分であり続ける。
クレイヤは正直に話をして、謝り、それから改めてキヨイを説得しようと決心した。




