ちょっと未来の話
平々凡々な女子高生、末永清、17歳。人には必ず才能があるというけれど、私にもあった。それもとてつもない才能!
悪魔や呪いがある魔法の国で、大活躍できる「呪いを解く」才能。
それも超天才!
夢は憧れの彼と公私ともにパートナー。
魔法も恋も、全力で頑張ります!
***
私が魔法の世界こと、生と死の狭間にある幻界に来て一月経つ。映画や漫画、ゲームや小説の世界みたいな魔法の国。多分。生と死の狭間にあるから、悪魔や呪いが大暴れ。それから人々を守るのが祓士という仕事。らしい。まだよく分からない。まだ全然知らない。
私は天才らしく、魔法の国へ特別に留学を許された。百年振りだって!平々凡々な女子高生に、こんな人生の転機。よく分からないが、飛び込むに決まってる!
「寝坊はしなかったみたいだな、キヨイ」
迎えに来てくれたクレイヤに見惚れた。前髪の一部だけ黒い、サラサラの銀髪。しかし丸い玉飾りを幾多もつけた、少し変な髪型。爬虫類っぽいけれど整った顔。涼しげな目元と、薄めの唇が印象的。背は高くて、声は甘い。推定二十代。まだ聞けてない。
留学生担当のクレイヤ・デーヴァは芸能人みたいに格好良い。命の恩人で、こんな人に「パートナーになって欲しい」と言われたら「イエス」以外になんて言う?イエスだ。ノーはこの世から消え去った。
「むしろ眠れなかったです!クレイヤさん。入学式なのに、その格好なんですか?」
白いシャツの裾が片方出ている。そこにシルクハットとチシャ猫みたいな歯の絵。ネクタイはウサギの耳を逆さにしたような形。ベルトには銀色のリンゴのバックル。左側は袖を捲っているが、右側は長袖に黒い大きな手袋。手首は細いベルトでぐるぐる巻き。
大体の市民は中世時代のような服なのに、物凄く浮いている。格好良いのが台無し。この人を好きって、考え直した方が良いのかな。でも太陽みたいな瞳で見つめられると、胸がドキドキしてならない。
「キヨイも何だっけそれ。制服?だっけ。最初に会った時に着てたな。可愛い服だ。自由な服同士、目立つパートナーになれる」
さすがセーラー服!毎日服を考えるのが大変なので高校の制服を持ってきた。知らないことが沢山あるから、留学生だと目立った方が楽だろう。あれかれ聞かれれば、こちらも質問しやすい。私って結構前向き。ついでに可愛いを獲得とは運気も良好。
「そう、制服です!クレイヤさんって目立ちたがり屋ですか?」
「その通り!面倒だ。クレイヤで良い。それにパートナーの会話は軽くて結構。飛び級卒業期待してるからな」
「分かった。それに何でも頑張る!」
クレイヤが手に持っている、大きな杖のようなものを振った。大きな四つ葉のクローバーの形をした白い紙が現れた。紙じゃなくて魂のカケラの集まりらしい。名前何だっけ?忘れた。これから勉強するから、しっかり覚えないと。
「よし。これだけ喋れれば十分だ、キヨイ。一月で良く頑張った」
そりゃあ、一ヶ月間殆ど家に缶詰めで語学勉強させられた。割と得意な英語に似ていて助かった。クレイヤが偉いというように、ニッと笑いかけてくれた。
「よし行こう。高いところは怖いか?」
「怖いけど、でもワクワクする」
クレイヤの手袋をしている右手が、私の左手を導く。浮かび上がった四つ葉のクローバーは心許なかったが、クレイヤが肩を抱いてくれた。足が吸い付いていて、落ちるとはとても思えない乗心地。
ゆっくりと進んでいった。風が気持ち良い。これからの学校生活に、好きな人に支えられていることに胸が弾む。
類い稀なる才能がある、と頼まれて留学してきたのは幻界のレストニアという国。川と緑が多く水の都という感じ。広がる丘と街並みに、大小の川が入り乱れ、林や森が茂る。
「やっぱり綺麗な国……」
「国の一番名誉な仕事が祓士。才能が無いとなれない、特別な存在だ。励めよキヨイ」
クレイヤが私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「頑張る!学校楽しみ」
「前向きで結構!」
十字の形をした煉瓦造りの建造物が見えてきた。森が円を描くように取り囲んでいる。国で一番名誉な仕事、祓士の卵が勉強に勤しむ学校。私が今日から通う、レストニア国立祓士学校。
「あれが学校。優秀な生徒には、優秀な教師が必要だ。よって俺は今日から講師。キヨイの先生だ」
柔らかく微笑んだクレイヤが、パチリとウィンクした。
「そうなの?仕事は?」
「それも仕事だ。未来を作らないとならないからな!」
やる気に満ちた眩しい笑顔。一目惚れだけど、私の恋の勘はきっと悪くない!
***一月後 ちょっと未来の話***
こんなの聞いてない!
「見えたか?」
左肩から左腕まで灰色のぐじゅぐじゅに爛れたクレイヤが、玉のような汗を額に浮かべてニッといつものように不敵に笑った。
「見えるよ。ここにいろんな色の細い鎖が何本も!何かを巻いてる」
私は泣きそうだった。いやもう半べそ。楽しいキャンパスライフは何処へ行った?空を飛び、見たことのない生物に乗り、美しい世界に胸を躍らせた。来てよかった。楽しくて面白くてならない。
勉強はイマイチでも私には才能があった。この世界ではとびきりの、誰もが羨む呪いを解く才能。同級生の羨望、教師の賛辞。なによりクレイヤの、好きな人の褒め言葉の雨。
映画の中に入ったような現実味のない生活。
自分の世界では中くらいを彷徨ってきた、平凡な私に訪れた最高の日々。
それが、こんな怖い仕事だなんて聞いてない!
「解けるな?」
「複雑すぎて、私の裂魂操作じゃ多分無理」
期待に満ちたクレイヤの金色の瞳に、すうっと落胆が滲んだ。そんな顔は見たくない。でも無理だ。目の前の呪いが理解出来ない。見えるだけでどうしたら良いのかが分からない。
「キヨイ。鎖って言った?」
フィオナが私の肩を掴んで体を揺らした。猫のような目が鋭い視線で私を貫く。
「そうだよ!こんなに沢山、何かを巻いているじゃない⁈」
私は横たわるクレイヤを指差した。正確にはクレイヤの胸、ちょうど心臓の位置。フィオナが怪訝そうに私の指先を注視した。それからフィオナは小さく首を横に振った。
「やっぱりキヨイは天才中の天才だな。弟子にしてよかった。とりあえず別のを探してくれ。黒くて棘だらけの物体だ」
クレイヤが私の左頬を、呪われていない右手で撫でた。革手袋がゴワゴワする。
「黒い棘……」
鎖で雁字搦めにされている心臓のようなものは一体なんなのだろう?視線をずらしてクレイヤの全身をゆっくり観察した。
「そうだ呪いの部位にあるはずだ。もしかしたらゆっくり動いている。良く目に力を宿せ」
言われた通り目に力を集める。クレイヤの肩の少し下、腕の奥の方にぼんやりと浮かぶ黒い明かりが見えてきた。凝視すると雲丹のような黒い物体。クレイヤが言った通り、ゆっくりと動いている。
「フェスターエルザ。皮膚潰瘍をもたらす呪いの疫病。解呪に効果的なのは……」
「風と水!」
クレイヤが口にする前に私は叫んだ。見れば分かる。私には分かった。これだ、私が天才だという理由!学校でも実技は抜群の成績だけど、クレイヤの良くやったという表情が何よりも物語っている。
「流石だキヨイ。高悪性度の呪いを一瞬で解析。あとは実技だ」
私はかぶりを振った。失敗したら呪われる。学校の実技とは違う。動いているのも、難しそうでならない。目の前で呪われているクレイヤがいるので、想像出来て怖くてたまらなかった。
「どいて。私が解呪する」
フィオナが私を押しやった。
「凡人どころか落第生のお前には無理だ。さっさと本来の仕事に戻れ!」
横たわっていたクレイヤが上半身を起こしてフィオナを突き飛ばした。2人が睨み合う。クレイヤが、フラフラと立ち上がって私の右腕を掴み無理やり立たせた。
「俺は才能のない奴に用はない!キヨイの邪魔をするな!おい誰か!ボナパルタの娘を連れて行け!呪疫の傾向がみられる!」
救護活動にあたる祓士が何名かフィオナの元へ駆け寄った。待ってと手を伸ばしたフィオナを裂魂紙が抑え込んだ。クローバーを模したクレイヤの裂魂紙の群がフィオナを遠くへ運んでいく。
「キヨイ。そろそろキツイから頑張れよ。お前なら出来る」
クレイヤが私の腕を離した。辛そうに顔を歪めている。やるしかない。好きな人が苦しんでいる。私には誰にも負けない力がある!多分!
私はクレイヤの杖錫杖を振り上げた。
「風と水。風と水。風と水!」
喋らなくても良いけれど、気合いを込めて叫んだ。思いっきり風と水の裂魂を集めて、黒い棘目掛けて叩き込む。
キラキラ、キラキラ、虹色が輝いた。
よ、良かった……。
「よく出来た!流石俺の弟子にして、未来のパートナー!」
綺麗になった左腕で、クレイヤが力一杯抱きしめてくれた。それから髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でられた。
ーーこれは、こんな風に呪いを解く天才女子校生キヨイが幻界で大活躍する成功物語
◆◆◆キヨイ留学前日◆◆◆
鏡に映る体に、クレイヤは深くため息を吐いた。
「これで三つ目の心臓か……」
悪魔になる呪いが、また強くなった。クレイヤはチラリと机に置いたキヨイ・スエナガ用の惚れ薬を確認した。まだ量はある。そろそろ追加投与が必要な筈だ。
逃げ出さないように、細心の注意を払わないとならない。
「必ずこの呪いを解ける祓士に育ててみせる」
どんな手を使ってでも、稀有な才能を育てる。能天気そうなキヨイ以外、他に見つからない。
必ず……。
ーーこれは、悪魔の呪いに蝕まれていく苦悩に立ち向かう青年の物語