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City Angel.

作者: 三月 ニナ

 いつか母に聞いた、『人間』という存在。

 彼らはとても自分勝手で傲慢で理不尽で、互いに争いあったりもするけれど……とっても自由に生きている、わたし達と似ているようで違う存在。

 わたし達には羽根がある。彼らには羽根がない。だけどいつだって自由に飛べるのが人間なのだそうだ。

 わたしの背中にあるそれは、ただ天使であることの証明に過ぎない。空を自由に駆け回る力はなく、そもそも体と繋がっているはずなのに自由に動かすことすらできない。


 いいな、わたしも空を飛びたい。


 いつか人間と出会えたら、あなたも自由に飛べるはず。


 口数の少ない母が、人間に関してだけは饒舌になる。

 それほどまでに母は人間が好きなのだと、幼いながらに理解した。



 ◇◇◇



 ああ、落ちる。落ちる。真っ逆さまに落ちていく。

 いったいどれほどの時間落ちているのだろうか。まだほんの数刻かもしれなければ、ゆうに数日を超えているかもしれない。あ、だめだなんだか眠くなってきた。

 元をただせばこんなことになったのも、あの理不尽な天使長の指令のせいで……――




「……あの、天使長さん。わたしのように未熟な天使を、このような場に招き入れたのはいったいどういったご冗談で」

「冗談ではない。お前しかいないのだよ」


 わたしの前に陳列する数々の名高い天使達。彼らは次々に頷き、ジロリとわたしのことを睨む。

 ひぃ、なんなのこれ。どういったプレイですかむしろここからが本番でわたしはこの人達に犯されたりっ? だとしたらいったい何Pなのよ……ああっ、興ふ「アマノ。お前に天使としての任務を与える」はい?


「えっと……どのような?」

「なあに、簡単なことだ。ちょっとばかり遠くへ行ってもらう。そこで見たもの、感じたこと、それらを素直に報告するだけで良い。滞在期間は一週間。もちろん、報酬は出そう」


 ちょっとばかり遠くへ。その言葉がわたしを躊躇わせる。

 遠くってどこだろう。魔界だろうか、地獄だろうか。はたまた英霊の住まう次元回廊……?


 もしかしたらこれは、『追放』なのかもしれない。わたしももういい歳だ。なのにまだまだ未熟で、これから先未来も明るくない。このまま天使の座に収めておいては、天使の箔に泥を塗りかねない。

 えっとたしか、こういうのを……そう、島流しの刑と言う!


「ごご、後生だから助けてぇ!?」

「何を涙目になり助けを乞うか。お前に行ってもらうのはただの下界――」


 下界ってことは地獄ですよねこれ死亡ルート確定! しかも天界での死じゃないから魂が救われない! なんて残酷な――


「――人間界だぞ」


 行きます。




 ――なんだわたしのせいじゃん。


「いやいやいや、あんなすごい面子に威圧されたら断るとかできないし、やっぱりあの天使会のせいだって。わたしは悪くない」


 ……とまあ、そんなわけで現在わたしは、人間界へ向けて落ちている最中なわけである。

 正直言えば不安だ。しかしそれ以上に楽しみでもある。

 幼い頃に憧れた人間を……ついに、この目で見ることができる。

 母が人間を語る時の声は優しかった。きっと良い思い出があったのだろう。

 わたしも母のように、人間と良い思い出を作れるだろうか。

 一週間という短い期間で、どれだけ人間と仲良くなれるだろうか――!


「――おっ?」


 期待に胸を膨らませていると、いよいよ人間界を視界に捉えた。

 チカチカと目を焼くような明かり、その隙間を数多くの点が動き回る。間違いない、アレが人間だ。


「うおっほぉおおおお――――ッ!? 人間さんがいっぱいいる! やべえこれマジすげえ! 滾るぅうううう!」


 ……なんて、はしゃいでいたからか。

 わたしは肝心なことに気づかなかった。


「――っとと、おぉ?」


 人間界の空へ出たわたしは、ただ真っ逆さまに落ちる。

 ……空を飛ぼうにも、そのための羽根は機能を成さず。


「あ、ちょ待ってこれはまずい」


 |わたし(羽根のある天使)は落ちた。暗くジメジメとした裏路地へ――。



 ◇◇◇



 天使という体は頑丈なもので、たとえ天から落ちたとしても大きな傷を負うことはない。というか、天からの遣いが天から落ちて死んだら笑い話にもならない。

 そんな化け物じみたわたし達(事実化け物のようなもの)だが、ただし、意識の方はそう頑丈であるわけでもない。

 地面に頭を打ち付けた衝撃でわたしは気を失ったらしい。幸いにして、この体が周囲に与えた影響は小さく、精々自分の周囲1メートルほどのクレーターができた程度だ。これならばむやみに騒がれることもないだろう。

 もっとも、人間がどんなできごとでどのように騒ぐのかを知らないわけだが。


「なんにせよ、現場到着……っと。えーっと、任務内容はたしか――」


 ――一週間滞在のち、見たこと、感じたことを素直に報告すること。


「なんていうか、任務っていうより休暇を与えられたみたいな感じ」


 これに加えて報酬まで出るというのだから裏がある気がしてならない。やはり断るべきだったか……。


「――うわぁ!? なんだこれなんだこれ!?」


 ――――ッ!?


 背後から声がし、思わず振り返る。

 おそらく人間の声だろう。そしてそれは正しかった。

 振り返った先にいたのは、一人の人間。性別は、低い声からしておそらく男だろう。人間には二つの性別がある。それは母から聞いていた。


「クレーター……? その中心には可愛い女の子がいて……はぁ? はぁ!?」

「あ、あの……」


 母はいつも言っていた。人間と出会ったときは、ファーストコンタクトが大事だと。

 ならばここは笑顔で――!


「人間の男の人、こんにちは。わたしは天使のアマノといいます。えっと……その……」


 どうしよう、この後が続かない。

 そんなわたしをどう思ったのか、男は目を点にしながら「天使……?」と何度も呟いている。ああ、そんな目でわたしを見ないで!


「え、えと、あなたのお名前はなんなのでしょうか!?」

「えぁ……あー、カズミ、です、が」

「カズミですか! わたしアマノと申します! あ、さっきも言いましたね。さっそくですがこのわたくしめと良い思い出を作ってはいただけないでしょうか!?」

「はぁ!?」


 やばい、完全に引かれている。どうして? 何がいけなかったのだろうか。

 あーでもないこーでもない。どうすればいい、どうすればもっと仲良くなれるのだろうか……!?


「……アマノ、さん? もしかして、遠くから来た人?」

「へ?」


 これはもしや、助け船というやつでは。

 乗っかるしかない。


「ああはいそうです、そうなんですいやー実はかなり遠くから来てまして右も左もわからない現状、こうして出会えたのは何かの縁といろいろ助けてほしいのです!」

「なんだ、そういうことか……なら、」


 男――カズミはその右手をわたしに差しだし、


「立てる?」


 惚れてまうやろぉおおおお――!


 こうして、わたしはカズミと友達になった。たぶん。



 ◇◇◇



「どこから来たの?」

「えっと……上の方から」

「上? 北……ってこと? だとすると東北とか北海道かな……どんな目的で?」

「人間と良い思い出を作るため――間違えた。んーと、休暇? かな」

「へえ……仕事の休暇をこんな都会で潰すなんてもったいないな。もっと自然豊かな場所にでも行けばいいのに」

「いいんですのよ、人間がいればどこでも。むしろ人間がいっぱいいる都会がいいの」

「……変わってるんだね」


 都会、というらしい街を歩きながらの会話はかなり弾んだ。

 カズミがわたしに喋らせてくれているというのもあるが、やはりわたしの発言はいろいろ穴だらけのようで、そこを突っ込まれたりもした。しかし深くは追及してこないあたり、さじ加減をわかっているいい人間だ。初めて出会えた人間がカズミでよかった。


 現在、わたしはカズミに都会を案内してもらっている。初めて来た場所でわからない、と言うと、じゃあ案内してあげると言ってくれた。なんだそれすごく優しい。改めて惚れそう。


「――とまあ、この街で紹介するようなものはこれくらいかな」

「ありがとう! わたし、この一日でものすごく詳しくなれた気がする!」


 人間界に関して。


「そっか。それはよかった。……っと、そろそろオレ、行かなきゃ。それじゃ、また会えたら」

「あ、うん。ありがとう。……ねえ、」


 立ち去るカズミに向けて、


「……わたしとカズミって、友達になれた?」

「……かもね」



 ◇◇◇



 それから三日ほど、わたしは一人で都会を散策した。

 特に何をするでもなく、ただ見て回るだけ。


「……だって、お金支給されてないし」


 わたしが落ちた場所とは違う裏路地を歩きながらぼやいていると、前方から迫る影を三つ確認。カズミと似た格好をしているが、どうにも雰囲気が違う。

 カズミは優しかった。しかし彼らはそうでもなさそうだ。

 どうしてか彼らとは友達になりたいとは思えず、無難に避けようと路地の端に身を寄せたのだが、


「…………?」


 なぜだろう、わたしの方に寄ってくる。反対側はかなり広いスペースがあるのに――、


 そして、その肩がわたしにぶつかった。


「――あぁん? なんだキミ、こんなところ一人でほっつき歩いて。お兄さんたちと遊んでほしいのカナ~?」


 耳障りな声が耳朶を叩く。

 違う、この人間達は違う。

 母が話していたような人間じゃない。カズミのような人間じゃない。

 もっと不快でおぞましい、別の何かだ。


「…………」

「おー、睨んじゃって恐い恐い」

「ねーねーキミぃ、可愛いけど、こんな時間からどうしたの? 学校はぁ?」

「サボるなんて悪い子ですね~。悪い子にはお仕置きをしなきゃ」

「そういえば、肩にぶつかっといて謝りもしないんだなぁ?」


 人間とほとんど触れたことのないわたしでもわかる。コイツらはどうしようもなく、低俗な連中だ。

 はー、嫌だ嫌だ。さっさとこの場を離れよう。


「おいこら、待てよ」


 一人がわたしの肩を無遠慮に掴んだ。

 ああもう、なんなんだよ本当に――、


 ――――。


「――カズミ?」


 肩に置かれた手を振り払おうとして振り返れば、物陰に隠れてはいるがたしかにカズミがいた。

 そのカズミがひとつ舌打ちを漏らし走り出す。


「え、ちょ、カズミ!」

「おい待てコルァ!」


 背後から怒声が聞こえるが知ったことではない。振り払い、わたしも走り出す。

 間違いない、あれはカズミだった。三日ぶりに見た『友達』はなぜかわたしに見つかった途端逃げ出した。

 なぜ? どうして? 三日ぶりに会ったのだ、声をかけるくらいしてもいいではないか。

 なぜかを問い質したくて追いかけるが、カズミはここらを走り慣れているのか距離は縮まらない。それどころか離れていく。


「はっ、はっ……カズミっ!」


 ついに、姿を見失った。

 ああ、こんな時に空を飛べる羽根があれば……空から探すことができるだろうに。


「――  、…… ―― 」


 ――――?

 どこからだろうか、声が聞こえる。

 こっち……そう、こっちから――、



 ◇◇◇



「あークソ、失敗したなあ」

「まったくよー、あそこで見つかるとかバカなの? バカだよな?」

「カズミはいっつも抜けてるからなぁ」

「いやー、マジ面目ない! ……それにしても悔しいなあ。凡ミスで上物食い損ねた時の悔しさほど辛いものはねーべ」

「誰だよ、あの女ならこの作戦でも十分上手くいくって言ったの」

「オレオレ、カズミです」


































「――あーあ、せっかくうまく騙せたと思ったのに」



 ◇◇◇


 人間界の都会に滞在して一週間が経った。


『――で、どうだったかね。今回お前には、特別人間の数が多いとされる都会に行ってもらったわけだが』


 天界からの伝心に、わたしは静かに答えた。


「とにかく人間が多いですね。街が発展しているから人間が集まるのか、人間が集まるから街が発展しているのか……一週間ではわかりかねますが」


 あれからさらに三日。わたしはひたすらにこの街を観察し続けた。

 道を歩く人々は、誰もが他人を想わず、

 公園で遊ぶ人々は、誰もが迷惑を鑑みず、

 正直、見ているのも苦しかった。


「……母は、本当に人間と親しかったのでしょうか」

『…………』


 母は幸せ者だ。だって、



 ――最後の最後まで、騙されていることに気づかなかったのだから。



 きっと、気づかない方が幸せになれた。わたしは運が悪かったのだろう。

 ただそれだけなのだ。

 そう、それだけ――。


「――報告します」



 ――――人間に、生きる価値などない。



『――たしかに』


 伝心がそこで途切れる。

 そして次の瞬間――。



 ◇◇◇



 何気ない日常。いつも通り、ただただ生き続ける人間達が異常を感知した時にはすでに遅すぎた。

 地鳴りが響き、誰もが少し大きめの地震かと思っていたら、


 ――まず地面が割れた。そしてそれは地表から剥がれ、空へと浮かんだ。


 あらゆる物体は次々と物理法則を無視し、重力に逆らい地球から剥がされていく。

 それはまるで、空へと街が堕ちているかのようで。

 当然人間も例外ではなく。


 ――数分後には、街一つがどこかへと消えていた。



 ◇◇◇



 きっと人間とは、狡猾な猿なのだ。それがたとえ同種であろうとも、平気で騙し、裏切り、互いに争い合う。

 そんな種が生きていて何の意味があるのだろう。

 天使会は単に、増えすぎた人間を減らすための計画として『浄化』の準備を進めていたらしい。そして減らすならば、悪しき人間を、と。

 都会にはそのような人間が集まりやすいという。そこでわたしを観察に送らせ、本当に都会には悪人が多いのかどうかを確かめさせた。


「……わたしは、都会に住む人間だけではなく――人間という種そのものが悪だと考えます」


 報告を終えたわたしは、会議室を後にする。

 今もなお胸に残るイガイガ。それはきっともう、一生晴れることはない。

 人間なんかと関わらなければ。一生天界で夢を見ていたのならば。

 そんな仮定は意味もない。


 どうして母はあのような人間達を、さも素晴らしいかのように語ったのだろう。

 最初は騙されていたのだと思っていた。しかし母はかなり聡明であった。そんな母が、騙されて気づかないわけがない。

 …………。


 ――人間の中にも、良い人間がいる?


 しかし一週間都会を観察して、そのような人間はまったくと言っていいほどいなかったのだ。可能性としてはゼロに近い。

 結局、母はどのような幻想を見ていたのか。


「……ねえ、お母さん。どうしてお母さんは……」


 あんなに優しい顔ができたの?


 お母さんの中の人間は、どんなに優しかったの?


 どうして、どうしてわたしの見た人間とお母さんの見た人間はそんなにも違うの。


 どうして――




            ――――どうして。





性格ハチャメチャな天使目線のギャグコメディ、読んでいただきありがとうございました。

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