表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

妖霊 1(視線)

 


 妖霊



 天空に煌めくエメラルドの光を、その男は冷然と見つめていた。

 長身の男である。

 真紅に塗られた石柱に背中を預け、両腕を胸の前で組んでいる。足首までの長衣。腰にサッシュを巻いただけのラフな格好だった。

 背中まで流れる銀色の髪。肌は白い。彫像のような身体は、美しい筋肉に覆われている。

 彫りの深い貌は二十代に見えたが、若者と呼ぶには眼の色が酷薄すぎた。血を浴びて、なお白々と光を放つ銀剣のような、凍てついた光を放っている。

 それでいて、口許に浮かぶ笑みは、どこか面白がっているような、他人を揶揄するような笑みだ。


 どうされました。ゾハルさま――


 女の声が響いた。妖艶な、背筋がぞくりとするような声だ。

 しかし、姿はどこにも見えない。

 男はテラスに立っている。テラスのこちら側は豪奢な部屋が広がっているが、赤を基調としたその部屋のどこにも、誰も存在しない。

 だが、男の笑みは変わらなかった。

「面白いものが見える」

 笑みを浮かべたまま、声に応じる。


 面白いもの――ですか。


「ああ。人間ではない」


 ま。それは。それは――


 興味を覚えたらしく、女の声が愉しそうに響く。

「喰うなよ。先に私が愉しむ」


 あら。残念。可愛らしい子のようですのに――


 くふふ、と女が笑う。

 女の姿は見えないが、女からは外が見えるらしい。

 テラスに置かれた台の上で、グラスの中の液体がゆらゆらと揺れる。

 男が手を伸ばし、グラスをとった。口許に運んで、ふん、と鼻で笑う。

「血の匂いがするな」


 大勢死にましたもの――


 ふふふ、と女が笑う。


 潰れた臓腑を撒き散らし――

 ちぎれた手足で地面を掻きむしり――

 大量の血を流して流して流しましたもの――


 とろり、と血に濡れたような声で、酔ったように、歌うように女が言う。


 今宵は宴ですわ――


 男はグラスを傾けた。

 血のように朱い液体が喉を滑り落ちていく。

 さあ、と風が吹いた。

 血臭が染みついている。

 冷ややかな貌に、一瞬、愉悦の色を浮かべ、男――ゾハルは笑った。

「退屈しなくて済みそうだな」



 ヴォルドルーンは背後に眼を向けた。

 真紅の王城が視野に入る。

「どうしたの?」

 左腕に抱いた少年――ジハドが言う。

 痩せた身体は五、六歳にしか見えなかったが、利発な物言いはそこまで幼くない。

 貌は、汚れていたが、整った顔立ちだった。

 赤に近い褐色の髪と赤銅色の眼。その眼が聡明な光を放っている。

「視線を感じた」

 ヴォルドルーンが答えると、

「特別な視線なんだね」

 そう言った。

 ヴォルドルーンは唇の端を上げた。

 光の膜のようなチャナの羽は、すでに注目の的だった。地上からも、崩れなかった建造物の屋上やテラスからも、無事だった者達が指をさしながら見ている。

 それらの視線とは別だ――とすぐに理解した。頭の回転が速い。

「何者かは知らんが――」

 地上に降り立ちながら、ヴォルドルーンは言った。

「いらぬ興味を抱かれたようだな」

 ふわり、とチャナがその横に降りた。体高はヴォルドルーンの腰にも及ばないが、細長い首を伸ばすと、頭部はヴォルドルーンの肩まで届く。今は首を鳥のように曲げているので、チャナの口先がヴォルドルーンの手の辺りにある。

 チャナの舌がヴォルドルーンの指を舐めた。

 エメラルド色の羽は今はもうどこにも見えない。

「どうするの?」

 ジハドが言った。

「逃げる」

「逃げる?」

 意外だ――と言いたそうな貌に、ヴォルドルーンは口の端で笑った。

「今なら逃げるのが一番だ。それで諦めてくれれば、誰も傷つかない」

「追って来たら?」

 笑みを浮かべると、ジハドが、ああ、と言った。

「来ると思っているんだね」

「読むなあ。おまえは――」

 軽く笑ってから、ヴォルドルーンは真顔になった。

「こいつはわざと視線を見せつけている。こちらがどう反応するか、探っている。逃げたからといって諦めはしない」

「それでも逃げるの?」

「退路を断たれる前なら逃げる方が有利だ。好きな場所に誘い込める。もっともそんな戦術が通用するかは不明だがな」

「それほどの相手なの?」

「相手――じゃない。連中だ」

「え?」

 ヴォルドルーンは背後に視線を向けた。この位置からだと王城は見えない。崩れかけた建造物の向こう側に、塔のような先端が見えるだけだ。

 ヴォルドルーンは金色の眼を細くしてから、唇の端を上げた。

「視線はひとつじゃない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ