血闘士 8(秘術)
「これからどうするんだ」
女の骨を埋め終えて、ラカンが言った。
ヴォルドルーンは剣を抜いていた。
地面には影の肉片が散らばっている。
ぎょろり、と動いた眼に、ヴォルドルーンは剣を突き刺した。
黄色い眼が光を失い、肉ごと崩れていく。
その様を、ラカンが見ている。
「なあ。おめえ。ズァインって知ってるか」
ヴォルドルーンは無言でラカンに眼を向けた。
「神の『御力』ってえ意味だがよ」
身体に張り付いた影の血を剥がしながら、ラカンが言う。
「そいつに触れると、どんなものでも混ざり合うって話だ。人も獣も土も岩も。ずっと眉唾だって思っていたんだが――うえっ」
指についた血糊を鼻に持っていき、血臭に貌を顰める。
「こいつ――ってえか、こいつら。そのズァインに触れたんじゃねえか。どう思う?」
「そうだな」
肉片から剣を抜いて、ヴォルドルーンは応じた。
「貌は狼だった。数十匹の狼がズァインに触れ、混ざり合ったのかもしれない。だがそれを確かめる術は無いだろう」
「あるかもしれねえぜ」
ヴォルドルーンは眉を動かした。
「これまた眉唾の話なんだが。――小僧。おめえ。アイン教を知っているか」
「神と融合することを目的にした宗教」
「当たりだ。その教義は、アインとひとつとなることで至福が得られると説く。それ自体は問題がねえ。神と精神的に繋ろうとする宗教は他にもある。信じる者は救われる――だ。実際、ほとんどの信者はただアインを信じているだけだろう。だがよ、中にはそれを現実世界で実現しようってえ考えてる奴らもいやがるって話だ」
「……」
「で。眉唾の噂話として、そいつらはズァインを集め、秘術を繰り返してるという」
「秘術?」
「ズァインの増殖」
「――」
ヴォルドルーンは両眼を細くした。
「――と。こわい貌をするな。あくまでも噂話だ。そんなものが成功していれば、世界はとっくに混沌の坩堝だ」
だがよ――とラカンが言う。
「繰り返される秘術は、得体の知れねえ化け物を大量に生み出していると聞く」
ヴォルドルーンは無言でラカンを見つめた。
「おれはよ。小僧――」
ラカンの視線が地面に散らばる肉片に動いた。
「こいつらが、自然界に存在したズァインにたまたま触れて化け物化した存在だというなら、文句は言わねえ。だがよ――」
軋るような声でラカンが言う。
「もし造られた化け物だったなら。おれは造った奴らを許さねえ」
だからよ――と言いかけて、ラカンは口を閉ざした。
チィィィィィィィ――と高周波の音が響いていた。貌を上げる。
ヴォルドルーンの手の中で、剣が耳鳴りに似た音をたてていた。
一切の不純物を削ぎ落とされた剣が、月よりも冷たい光を放っている。
「おめえ――」
ラカンが息を呑んだ。
ヴォルドルーンは剣に視線を落とした。底光りする眼が見返してくる。
眼を閉じて、剣を鞘に納めた。
チン、という音を最後に、剣の囀りが消えた。
「その秘術を繰り返しているという場所はわかるのか?」
眼を開いて、ヴォルドルーンは言った。
「あ。いや。眉唾の噂話だと言ったろ。詳しいことはわからねえ」
「……」
「だからよ。行くあてがねえなら、一緒に探すのはどうかと思ってよ」
「そうだな。興味深い話だ。しかし、妙だな」
「妙――?」
「そんな噂があるなら、聖魔殿堂が動くと思うが」
「そりゃ、おめえ。花街の噂だからな」
肩をゆすって、ラカンが言う。
「ちょっと怖い話は寝物語の定番だ。男が女に話し、女が男に話す。どちらもその場限りの戯言と思うから、外じゃ話さねえ。女遊びをしねえ導師様の耳には入らねえってわけだ」
「なるほど」
「同じ理由で、惚れた女がいる奴の耳にも入らない。おめえ。花街に行ったことあるか」
歯を見せてラカンが笑い、ヴォルドルーンは苦笑するように肩をすくめた。
「ヴォ――ル」
澄んだ声が響き、樹々の間にチャナが現れた。
跳ねるように近づいてくる。
両手を広げ、ヴォルドルーンの前で立ち止まった。見て――と言いたげだ。
「リボンがずれているぞ」
「んんん?」
胸元に五つのリボンがあるが、左右の紐を適当に結んだらしく、斜めにずれていた。リボンもほとんど形になっていない。
ヴォルドルーンは全部ほどいて結び直した。チャナが子供のように笑う。
その貌に笑みを返すと、チャナの貌にさらに嬉しそうな笑みが広がった。
「さっきの眼――」
ラカンが言った。ヴォルドルーンはラカンに眼を向けた。
「おめえ。その嬢ちゃんには見せたことねえだろ」
チャナが、なに?――と見つめてくる。
水晶玉のような眼だった。
怒りも哀しみも憎悪も知らない澄んだ眼――
どこまでも透明な――
「ヴォル?」
「何でもない」
息を吐いて、ヴォルドルーンは言った。
視線を上げる。
光のヴェールを纏ったような月が西に傾いていた。先の尖った樹々の影が月に歪なシルエットを描いている。透明な光が樹々の間から射し込めてくるのを、ヴォルドルーンは遠くを見るような眼で見つめた。




