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血闘士 4(小鬼)

 

 漆黒の空に無数の星が光を放っている。

 塊になった星々が雲のように見えた。様々な色の光が集まっているが、不思議と今日はエメラルドの光が強いような気がした。

 ヴォルドルーンは地面に腰を下ろし、樹の幹に背中を預けていた。

 星に眼を向けていたが、その眼を地上の闇に向けた。

 白い獣がそこにいた。

 水晶玉のような眼。細い首。体躯よりも長い尾。白い毛にエメラルドのような艶がある。

 異形であった。

 ――よお。また会えたな。

 ヴォルドルーンは眼の端で笑った。

 異形は何も言わず、ヴォルドルーンの眼を見つめている。

 ――腕をやる約束だったな。取りに来たのか。

 笑みを浮かべて言うと、異形は音も無く近づいて来た。

 ヴォルドルーンの前で足を止める。

 身体を低くし、ヴォルドルーンの膝に前肢をかけた。四本の指に鋭い爪が生えている。

 角の生えた頭部がヴォルドルーンの貌に近づいた。

 ぺろり、と犬のようにヴォルドルーンの顎を舐めた。

 ――仲良くしようと言っているのか?

 そうだ、と言うように異形が唇を舐めてくる。

 ――くすぐったいぞ。

 ヴォルドルーンは笑った。

 異形の身体が膝の上に乗った。

 猫のように軽いが、むろん、猫ではない。

 水晶玉のような眼はどこまでも透明だった。瞳孔も虹彩も見当たらない。

 ――綺麗な眼だな。

 細い首を、喉から顎の方向に撫でながら、ヴォルドルーンは言った。

 ――おまえの羽も綺麗だったぞ。

 異形の貌に触れ、そのまま頭に指を伸ばした。

 ほんの少し、異形が頭を逸らした。有るか無しかの動きだったが、ヴォルドルーンは指を引いた。

 ――そうか。頭に触れられるのは嫌か。

 幾つもの小さな角が、上下左右に動く。

 ヴォルドルーンは異形の背中に右手を伸ばした。滑らかな感触が指に触れる。背中から腰に撫でていくと、掌の下で細い骨格を感じた。羽はどこに収められているのか、触っただけではわからない。

 ――華奢な身体だな。女のようにやわらかい。

 水晶玉のような眼が猫のように細くなった。

 ヴォルドルーンは唇の端に笑みを浮かべた。

 ――おまえを抱いていると、腹が温くて気持ちいいな。

 眠らせてもらうぞ――そう言うと、異形が軽く首を傾げた。

 怖くないのか、と問うているようだった。

 ヴォルドルーンは笑った。

 ――怖くはないな。おまえは、可愛い。

 異形を抱いたまま、ヴォルドルーンは眼を閉じた。



 朝になっても、異形はそばにいた。

 ――おれと一緒に来るか?

 声をかけると、異形の眼が細くなった。

 ――そうか。来るか。

 ヴォルドルーンも眼で笑った。

 立ち上がると、異形の貌がヴォルドルーンの動きに合わせて上を向いた。

 ――名前は? 何と呼べばいい?

 異形が首を傾げる。

 ――ではおれがつけよう。そうだな。チャナはどうだ。

 異形の前で、ヴォルドルーンは片膝をついた。

 ――『小鬼』という意味だが、音の響きが可愛い。おまえに合っている。

 異形の角が愉しそうに動いた。

 ――そうか。気に入ったか。

 水晶玉のような眼が、真っ直ぐにヴォルドルーンを見つめてくる。

 ――おれはヴォルドルーン。『黄金の光』という意味だ。

 透明な眼が、ヴォルドルーンを映したまま、煌めくような光を放った。

 その眼が、片膝に乗せたヴォルドルーンの右手に動いた。

 細長い首を伸ばし、小さな口をヴォルドルーンの手に寄せてくる。

 ――何がしたい?

 ヴォルドルーンの方から右手を異形の口に近づけた。

 異形が口を開き、親指の付け根辺りを咥え込んだ。猫のような牙が皮膚に触れる。

 透明な眼が、問うようにヴォルドルーンを見上げてくる。

 ヴォルドルーンは口の端で笑った。

 ――いいぞ。好きにしろ。 

 ぷつり、と牙が肉に入った。

 異形が口を離すと、牙の痕から、ぷくり、と朱い血が膨らみ、珠のようになった。

 小さな舌を出し、異形がそれを舐める。

 舐め終えて、貌を上げた。

 ヴォルドルーンの眉が動いた。

 少女の貌だった。

 子猫のような大きな眼に、瞳孔が生じていた。

 人間の眼である。

 小さな鼻と丸みを帯びた耳は、異形の時には無かったものだ。

 幾つも生えていた角は消え、三つ編みになった髪の束が頭に生えていた。

 細い首。華奢な肩。しなやかな両の腕とすらりと伸びた白い足は四足獣のそれではない。

 腰はくびれ、形よく膨らんだ二つの胸の先で、小さな蕾のような乳首が、つん、と上を向いている。全身を覆っていた体毛はすでに無い。体躯より長かった尾も存在しない。

 裸の少女が、そこにいた。

 十五、六歳くらいに見えた。

 ――あ~

 少女が口を開いた。猫のような声を出す。

 ――あ~。ちゃ――な――

 少女の眼がヴォルドルーンに動いた。

 ――ヴぉ……ユ――ん――

 ――驚いたな。

 ヴォルドルーンは言った。

 ――こんなに驚いたのは初めてだ。

 ――チャ――ナ……ヴォ……ユ――ンに………る。

 ――おれに? 何と言った?

 ――チャ…ナを――ヴォ……ユ――ンに……やる。

 舌足らずな口調で少女が繰り返す。

 ――おれにやると言ったのか?

 ――チャナを――や――る――

 ――腕をやる、の真似か?

 ヴォルドルーンは苦笑した。少女が、きょとん、と首を傾げる。

 ――嬉しい申し出だが。

 服を脱ぎながら、ヴォルドルーンは言った。

 ――その姿で男に言うな。

 少女の頭から服を被せた。襟ぐりから貌を出させると、水晶玉のような眼と視線が合った。透明な眼は何をされているか理解していないようだった。服の中に手を入れて、腕を袖に通させても、何も言わず、抵抗もしない。

 着せ終えると、不思議そうに服を見つめた。

 ――まずは常識からだな。

 少女の手をとって、肩に乗せた。

 ――どこかで女物の服と靴を買ってやる。

 ――ヴォ……ユ――ユーン――?

 ――言い難かったら、ヴォルでいいぞ。

 ――ヴォ――ル。

 きゃは、と少女が笑う。

 子供よりも幼い貌だった。



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