血闘士 2(玲月)
白々と月は凍り、空気までも白く染め上げている。
「おめえ。剣士か?」
世間話のようにラカンは言った。
手には幾本かの枝を持っている。火を焚くことにしたのだ。今は焚き木になりそうなものを拾い集めているところである。
「いや」
少し離れたところで、ヴォルドルーンも枝を拾っている。
「嘘つけ。さっき肉をくれた時に剣が見えたぜ」
「剣を持っているからと言って、剣士とは限らないと思うが」
「屁理屈を言いやがる。じゃあよ、剣を見せてくれ」
剣士なら、絶対に断る要求である。
剣の形や重さでもって、剣術のスタイルが相手に知られるからである。そうでなくても。己の武器を他人に預けるのは、自分の命を預けるようなものである。
普通はしない。
ヴォルドルーンは金色の眼でラカンを見てから、木の枝を地面に置いた。
腰から鞘ごと外し、あっさりとラカンに向かって放り投げた。
「本気かよ」
枝を捨て、ラカンは片手で受け取った。
まさか本当に渡してくるとは思わなかったのだ。
「剣士じゃねえのか」
読み違えたか――と口の中で呟く。
この若者がただ者じゃないのはわかる。
なら、何において――と考えない奴はいないだろう。
達人レベルの剣士と踏んだのは剣を持っているのを見たからだが。
「剣を渡すようじゃあな」
斧を足下に置き、剣を抜いた。
「なんだ。これ。玩具か?」
思わず声を張り上げた。
薄い剣であった。さすがに透き通るほど、と言うほどではないが、戦闘に使えるとは思えなかった。何かを斬った痕跡も認められない。
つまり、武器ではない? とは言え、飾りでもなさそうだった。貴族のぼんぼんあたりが宝石をちりばめた剣をステイタスとして持ち歩くが、そんな装飾もされていない。
「わっかんねえ。なんでこんなものを持ってるんだ。使いもんにならねえだろ」
吠えるように言って、鞘に納めた剣を投げ返した。
口の端で笑いながら、ヴォルドルーンが剣を腰に戻す。
ラカンは憮然とその様を眺めていたが、ふいに口を大きく開けた。
「ちょっと待て。おめえ。凄えのつけてるじゃねえか」
ヴォルドルーンの手首を指差した。そこにあったのは。
黄金の腕輪だった。重そうな腕輪が、眩い光を放っている。
「おめえ、王族か、何か、か?」
眼を細めて言う。
「いや」
「平民が持てるもんじゃねえぜ。ちょっと外して見せてくれよ」
「……」
ヴォルドルーンが口を閉ざす。
「さすがに信用できねえ、ってか?」
「いや。そうだな。外せたら、あんたにやろう」
「本気か」
「ああ」
口許に笑みを浮かべて、ヴォルドルーンが言う。どこか面白がっているような貌だ。
ラカンはさらに眼を細めたが、
「その言葉、忘れんなよ」
斧を手に、ヴォルドルーンに近づいた。
ヴォルドルーンが腕を差し出す。手に取って、貌を近づけた。重そうな腕輪は、鎖のような紋様で目立たなくしてあるが、蝶番で開くタイプであった。普通に考えれば、開く方向に力をかければ、簡単に外れるはずだが。
外せたら――だと?
「腕を水平にしろ」
斧を握って、ラカンは言った。
何も言わず、ヴォルドルーンが左腕を上げる。
大岩の上で寝そべっていたチャナが、両手をついて半身を起こした。
水晶玉のような眼に、警戒の色が宿る。
「動くな。チャナ」
ヴォルドルーンが見もせずにチャナの動きを制した。大岩はヴォルドルーンの背後だ。
口許には平然とした笑みが浮かんでいる。
ラカンは太い唇に獰猛な笑みを浮かべた。
「嬢ちゃんの反応の方がまともだぜ。腕をぶった斬られると思わねえのか」
「手首付きの腕輪が売れるとは思わないからな」
「違いねえ。いい度胸だ――よっ」
くん、と手首を返し、ブレイドを上に向けた。そのまま、天に向けて振り上げる。
ちん、と澄んだ音が響いた。
「ほう――」
感心したような声を上げたのは、ヴォルドルーンだった。
ラカンの斧が、精確に蝶番だけを狙ったものだったからだ。
「……ただの腕輪じゃねえな」
虎のように息を吐いて、ラカンが言う。
ヴォルドルーンは悪戯が見つかった子供のように笑った。
「ああ。導師の術がかかっている」
「てめ。外れないことを承知でからかいやがったな。――うぉっとお」
素っ頓狂な声を上げたのは、ヴォルドルーンの肩にチャナが跳び移ったからだ。
両手をヴォルドルーンの肩に置き、両膝を伸ばした左腕に乗せている。猫のように身軽だ。水晶玉のような眼が光っていた。
「斬ろうとしたよ。敵だよね」
「敵じゃない」
「敵じゃない?」
「この男は信用できる」
ヴォルドルーンの言葉に、チャナが首を傾げる。
どうして、という貌だ。
ラカンは不精髭を掻いた。
「おれも訊きたいぜ。なんで信用できるのか、をよ。けっこう胡散臭く見えると思うんだがね」
「いい月夜だ――に応えたからさ」
「ああ?」
「年寄りみたいな挨拶をするな――と言ったが、いい月夜だってことは否定しなかった」
「……」
「わけありには見えるが、月を見ていられる男なら信用できる」
ラカンを見て、ヴォルドルーンは笑った。
気持ちの好い笑みだった。
「そんな、もんかね」
ラカンは肩をすくめた。
「変わってんな。おめえ――」
笑みを浮かべたまま、ヴォルドルーンの視線が天空の月に向いた。
金色の眼が月の光を反射する。
ラカンもヴォルドルーンの視線を追った。
白い月が、氷の結晶のような光を放射している。
天全体が玲瓏とした光に包まれているようであった。
チャナが、ふわぁ――と子供のような声をあげた。




