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聖魔殿堂 11(妖霊)

 

 ――おおおおおおお

 天井を向いた少女の口から、凄まじい爆発音が炸裂した。

 小さな喉が震える。ピンク色の細い髪が、蜘蛛の糸のように乱れている。

 両眼は限界まで見開き、左側の紅い眼だけが赤光を放っていた。

 蒼い眼は完全に裏返っている。

 両眼真紅の女が立ち上がり、少女に近づいた。

 両腕を広げ、少女を抱き上げる。少女は口を開いたままだ。爆発音は止まない。

 空気の塊がぶつかり合い、高周波の音をたてている。

 森が蒸発する音。

 空中高く舞い上がった土砂が、激しい雨のように落ちてくる。

 地上に落ちる前に、爆炎に触れて霧散する。

 風の音。空気の軋む音。炎が炸裂する音。

 不協和音と轟音が、少女の口からほとばしる。少女の背中は弓なりに曲がっている。

「寄こせ」

 ゾハルが言った。

 女が少女を男の腕に渡す。

 途端、少女の身体から、人形のように力が抜けた。

 眼は裏返ったままだったが、呼吸は静まった。

 リボンのついた服の下で、薄い胸が上下する。

 少女を抱いたまま、ゾハルは両眼真紅の女に眼を向けた。

「状況は?」

 女は、遠くを見るように両眼を細くした。

「爆心地は綺麗に何も無い。だが、衝撃波は抑えたようだ」

「ナム・ヤーマとやらが、か」

「神仙を名乗る男が、他者の被害を顧みるとは思えんな」

「衝撃波を抑えなければどうなった」

「かの空間が王都のど真ん中にあったとしたら、王都全てが消失したであろう。最高導師の名は伊達ではないということだ」

「……」

「気に入らないか? ――いや、その貌は新しい玩具を見つけた子供の貌だな。だが、ナム・ヤーマはもういないぞ?」

 女が言い、ゾハルの口許に笑みが浮いた。

「ズァインがある」

「言うと思ったぞ」

 ゾハルの前で、女は腰に手をあてた。肉厚の唇の、その両端を吊り上げる。

 ゾハルはもうひとりの女に眼を向けた。

「ラージャ――」

「なんなりと」

 蛇のように妖艶な美貌が、血のような笑みを浮かべた。

「ズァインを連れて来い。おれの前に」

「どのような状態で?」

 とろり、とした声で、右眼の紅い女――ラージャが言う。

「生きていればいい」

「封印は?」

「おまえにどうかできるか」

「できるかもしれませんわ」

 ゾハルの眼が細くなった。

 ラージャは愉しそうに笑った。

「――喰うなよ?」

 笑いながら、そう言った。

 それは、王都上空を飛翔するチャナと、チャナに掴まれていたヴォルドルーンを見て、ゾハルが言った言葉であった。

「あの時、どちらを見てました?」

「おまえは? ――可愛らしい、と言っていたが?」

 ふふ、とラージャは笑った。

 白い手を貌の前に上げ、指先に生えた長い爪を、ちろり、と蛇のように舐める。

「摘まみ喰いはいいでしょう?」

 ゾハルは鼻の先で笑った。

「好きにしろ。――デーヴァ」

 両眼真紅の女が、ザクロのような眼をゾハルに向ける。

「おまえも行け」

「お目付役か?」

 ふふん、と女――デーヴァが笑う。

「あら。信用ないこと」

 ラージャの紅い右眼が、酔ったように、とろり、とした光を放つ。

 何をしでかすかわからない、そんな危険性のある女だ。

「ズァインに干渉すれば、聖魔殿堂が動く。奴らへの牽制だ」

「なるほど。聖魔殿堂も玩具にする気か」

 デーヴァの紅い両眼が、童子の悪戯を見つめる母のように細くなった。

 何をしても好きにさせてやろうという、ある意味、危険な母性を持った女である。

「いいだろう。王の望むままに」

 微笑を浮かべて言う。その眼が、ゾハルの腕に抱かれた少女に移った。

「ああ。シルファは置いていけ。様子は、シルファの口で聴く」

 視線に気づき、ゾハルは、かまうな――と言うように、顎を動かした。

 腕の中の少女――シルファは、人形のように眠っている。

「ひとつだけ忠告をしておこう」

 腰の位置で身体を折って、デーヴァがその貌をゾハルに近づけた。

「妾達はいいが、幼子は道具として扱わないことだ。いつまでも心が育たぬぞ」

 ゾハルが眼だけを動かして、デーヴァの貌を見た。

 もっとも――と、身体を起こして、デーヴァが笑う。揶揄するような笑みだ。

「そういうのが趣味なら、好きにすればいいがな」

「まあ。ふふ。趣味ですって」

 ラージャが愉しそうな嬌声をあげる。 

 好き勝手を言う女達に、ゾハルは鼻の先で笑った。さすがに苦笑に近い。

「人形と遊ぶ趣味は無い。――行け」

 次の瞬間、デーヴァとラージャの姿が消えた。

 女の匂いと嬌笑だけを残して。


 ふふふ。

 ほほほ。


 ゾハルは右腕にシルファを移した。

 左手で床に置いた杯を手にする。

「ルエルラメムの妖霊に血の祝福を」

 掲げた杯の中で、血色の液体が揺れた。

 ゾハルの貌に、愉悦の笑みが浮かぶ。

 新しい玩具を見つけた魔王のような――

 デーヴァは子供のようだ――と言っていたが、そんな無邪気な貌ではない。

 面白そうだ――そう言って、大陸ひとつ滅ぼすことができる男の貌だ。

「小指の先ほどの量で、砂漠を泥沼に変える――か」

 手の中で、ゆらゆらと杯を揺らす。

 危険だから排除しておこう、という聖魔殿堂の考えは理解できなくもない。だが。

 全くもって利用しようと考えない点は理解に苦しむ。愚かだとしか思えない。


 あいつらはそういう集団だ。


 神の真理と魔の叡智を求道しながら、神の『力』は欲しない。誰かがそれを手にすることも許さない。その中にあって。

「ズァインを育てたか」

 他の奴らは、さぞ驚愕しただろう。

 く、く、と喉を鳴らす。

 どんな組織にも異端児は存在するものだ。

 聖魔殿堂最高導師。

 生きていれば、愉しめただろうが。

 まあ、いい。

「神の『御力』――愉しませてもらうとしよう」

 口許で杯を傾ける。

 紅い液体が喉の奥に落ちていく。

 凍てついた銀色の眼の奥で、ゆらり、と朱色の光が揺れた。



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