聖魔殿堂 7(神仙)
ナム・ヤーマぁぁぁ――
入口にあったシュロの帳が飛び、壁が弾け飛んだ。白い影が飛び込んでくる。
同時に空気の塊が爆風のように吹き込んでくる。
ぱきん、と枝が弾け、空気を震わせた。
ナム・ヤーマが、手にした小枝で囲炉裏を突いたのだ。
その瞬間、空気の圧力が霧散した。
ヴォルドルーンは唇の端に笑みを浮かべた。
その時には影の懐に入り込んでいた。
腰を落とし、影に対して背中を合わせる。腰を捩じり、首を捩じって、影を捉える。影の貌と眼が合った。回転運動は止まらない。ヴォルドルーンの右手は剣の柄を握っている。抜いてはいない。鞘ごと鈍器のように使った。横殴りに振られた鞘を首に受け、弾き飛ばされた影の身体が囲炉裏の近くに沈む。
影はひとつではなかった。
もうひとつ飛び込んでくる。
ヴォルドルーンの手の中で剣が回転した。剣の柄が影の鳩尾で炸裂した。一瞬動きを止めた影の延髄を、振り上げた剣の鞘で殴打する。
砂袋のような音をたて、その影も沈んだ。
ヴォルドルーンが動くと同時に離れていたチャナが、するり、と肩に戻った。
「抜かなんだな」
ナム・ヤーマが言った。
鞘ではなく、抜いて剣を使えば、影の首はふたつとも飛んでいる。
ナム・ヤーマを見てから、ヴォルドルーンは視線を小屋の外に向けた。
入口側の壁は弾け飛び、夜の森が広がっている。
虫が鳴いた。
気配は無い。
ヴォルドルーンは視線を影に落とした。
白い影はふたつ――ふたりとも老人であった。剃髪しているのか、禿頭であった。袖の無いコートを素肌に直接纏っている。手足は細く長く、腹だけが膨らんでいる。
ヴォルドルーンは片膝をつき、左手で老人達の首に触れた。
どちらも意識が無い。
だが、息はしている。
「人を殺すのはだめだ――と」
左手を離し、ナム・ヤーマに視線を向けた。
「チャナに教えています」
ヴォルドルーンの肩から、チャナが細い首を曲げている。
瞳孔も虹彩も持たない水晶玉のような眼が、老人達を見ている。
チャナに善悪の観念は無い。
ヴォルドルーンが人を殺すのを見せれば、チャナもそうするだろう。
だから、抜かなかった――そう言ったのである。
「そうか」
ナム・ヤーマの半眼が細くなった。笑ったようである。
「善哉」
そう言った。
「ですが――」
ヴォルドルーンは左手に剣を持ち替えた。金色の眼を光らせる。
「抜く時は、抜きます」
虫の声が止んでいた。
みしり、と小屋が軋んだ。
ヴォルドルーンの左右で、ず、と老人達が立ち上がった。
眼は白目を剥いている。
首に力は無く、口は、ぱかり、と開いていた。
意識は無いままだ。
糸に吊り上げられたような姿。手足はだらりと垂れ下がり、異様に膨らんだ腹だけが目立つ。丸い、水瓜のような腹――
その腹が、べこり、とへこんだ。
白い吐瀉物が開いた口から吐き出された。大量の白い泥だった。
肩の上で、チャナが身動ぎした。ヴォルドルーンは、平然と老人達を見つめる。
限界まで開いた口から、ごぼごぼと白い泥が出てくる。
腹はすでに皮と骨しか存在しない。その体内に、何かが残っているはずはない。
なのに、止まらない。
大量の泥が。
小屋の床に、泥が溜まった。匂いはしない。
吐き出されながら、唾液の匂いも胃液の匂いもしない。
泥が動いた。渦巻くように集まり、盛り上がった。
巨大な貌が出現した。
貌だけだった。
貌だけで、小屋の空間の半ばを占めた。頭頂部は天井まで達する。
みしぃ、と小屋が悲鳴を上げた。
白い泥だけで造られた貌は、髪の色も皮膚の色もわからない。石膏像のようである。
男の貌であった。滝のように流れる髪と波打つような髭が伸びている。
高い鼻と高い頬骨。眼は大きかった。二重瞼のラインがくっきりとしている。しかし、虹彩は小さく、瞳孔は、ぽつん、と開いた穴のようである。
どこもかしこも白い貌の中で、その瞳孔の黒さだけが異質だった。
「これは?」
「神仙――」
半眼を細めて、ナム・ヤーマが言った。
「ヌー・ムンディン・ムー」




