聖魔殿堂 5(御力)
真紅の部屋だった。
壁も床も天井も血のように紅い。床には絨毯が敷かれているが、それもまた朱色の毛で織られている。幾つものクッションが置かれ、そこに、男が寛いでいた。
銀色の眼に酷薄な光を宿し、口許に冷笑を浮かべている。
左手に杯を持っている。
銀色の杯だった。男の眼と同じ色だ。
傍らに女が坐し、男の杯に、とろり、とした液体を注いでいる。
血のように赤い液体だが、男は平然とそれを口に運ぶ。
ゾハル・レグヌム・ルム・ラメム――
ルエルラメム――『輝ける紅玉』の王と呼ばれる男であった。
傍らの女は蛇のように妖艶な女だった。深い沼色をした髪が、肩から背中に流れ、床にまで広がっている。ぞくり、とするような美貌の中で、右眼だけが血のように紅い。
逆側には、別の女が坐している。豊かな胸。くびれた腰。女体として完璧なプロポーション。細かく縮れた黒い髪。大きなザクロのような眼は、両眼とも血のように紅い。
女達はどちらも愉しそうな笑みを浮かべている。
影というものが、かけらもない貌だった。
人を殺す時も、笑いながら殺しそうである。
絨毯の上には、少女が坐っていた。五歳くらいの少女だった。足首までもある髪は、淡いピンク色に染められている。空のように蒼い眼だが、左眼だけが血のように紅い。
少女はガラス玉を転がしていた。
傍目には遊んでいるように見えるが、その貌は人形のように何の表情も浮かべていない。
口を開いている。
言葉を吐き出している。
その声は、少女のそれではなかった。
――ズァイン。
ぞわり、とするような男の声であった。
――十八年前、滅却されたはずのアインの『御力』がなぜ存在しているか、答えてもらおうと思ったが……
――狙いはおれとナム・ヤーマか。
若い男の声が響く。ヴォルドルーンの声であった。
チャナの声も流れた。
――穴が開いた。穴が開いた。穴が開いた。
――待て。変身するな。
「く、く、く」
ゾハルは愉しそうに笑った。
「これはまた。面白いことをしているな」
「御意」
右眼の紅い女が、とろり、とした声で言う。
「ズァインか。さて、何であったかな」
「元は、神との融合を導くもの――という意味であったな」
答えたのは、両眼の紅い女であった。ゾハルに対して、敬語を使わない。
「当初は、『祈り』であったり、『瞑想』であったり、どちらかと言えば、精神的な手法を意味したが、入神状態の導入法として『薬物』や『音』といった外的刺激を用いるようになってからは、神とひとつになるための『道具』、『物質』、『力』という意味になった。それが転じて、神自身の力――『御力』に変化した」
「ほう」
「神は内的にまた外的に、人にその『御力』を及ぼし、神とひとつとなるよう導きたもう――といったところだ。まあ、詭弁だがな」
ふん、と鼻を鳴らして、両眼真紅の女が言う。どうでもよい、と言いたげな口調である。
ゾハルは唇の端で笑った。
「さらに言うなら、神とひとつ――は本来、精神的な融合でしかなかったが、数百年前に発見された小さな『石』が、その意味を劇的に変えた」
女が続ける。
「砂漠の真ん中で発見されたその『石』は、その周囲を底無しの泥に変え、近づくものを全て溶かした。人も獣も泥のようにな。――だが」
「だが?」
「死ななかったそうだ」
「――」
「泥と化して、なお意識を保ち、千の炎と万の劫火に焼かれ尽くされるまで、百年蠢いていたと言う。それを誰かが『神』と呼んだ」
両眼を血のように光らせて女が言う。
「『神』は唯一つの存在にして、全てである。何もかもが溶けてひとつと化し、なお死なぬその泥こそ、『神』の具現化した姿である――と誰かが言い出し、それが定着した。全にして一を意味するアインという言葉が『神』の名となり、その『石』そのものが、神の『御力』――ズァインとされた」
「『石』――か」
「『水銀』の場合もあったぞ」
笑いながら女が言う。子に知識を与えるのを愉しむ母のようである。
「ズァインが何に宿るかは、それこそ『神』のみぞ知る――と言ったところだが、いずれにせよ、これまでは『物質』であった。『ひと』の姿をとったズァインは初めて見る」
「何か違いがあるかな。ひとも物も変わらないと思うが」
「ひとは成長するのだよ。王よ」
ふ、と笑って、女が言う。
「砂漠を泥に変えた『石』は小指の先ほどの大きさしかなかった。成人男子並みのサイズとなれば、さて、その影響力はいかほどであろうな」
――聖魔殿堂最高導師の封印。
ゾハルの前で、少女の口からヴォルドルーンの声が流れてくる。
――破れるものなら破ってみるがいい。
「破ればどうなる?」
銀色の眼が女に向いた。その眼の奥に、愉悦の光がほの見える。
「さて」
女は笑った。
「破ってみたいか?」




