狼。商人。ルル。
しばらく走り、街の入口に荷馬車が
見えてきた。
「おせーぞ!護衛騎士!」
「す、すみません…」
僕は息を切らしながら謝った。
すると、依頼主は不機嫌そうに荷馬車に乗り、
周りを気にしながらローブを羽織った。
「いくぞ。このノロマ!」
「はっ、はい。」
少し妙だ…。この街の住人ではないし、
ここに品物を流している商人でもない…
でも、なんで荷馬車がいるんだろう?
「あっ、あのぅー…」
「あっ!?なんだ?」
「あっ!…えっと…その中の中身は一体…」
「お前には関係ねぇ!周りに気を配ってろ!」
「タッツの実だ!これでいいか?」
「あっ、はい…分かりました。」
…おかしい。タッツの実?
それで荷馬車?
タッツとは元来村のどこでも手に入るし、
何より昔はお金の代わりにしていた時代もあった。
それをわざわざ護衛をつけて依頼を出すとは
考えにくい…
僕が考えていると、荷馬車の動きが止まった。
「どーしました?」
「どーしましたじゃねぇ!獣がでてんだよ!」
ふと前に視線を送ると、一匹の子供の熊がいた。
「あぁ、大丈夫。ヒノワグリズリーですよ。
もともと人を襲ったりしません。」
僕は近くまで行き、持ってきていた干し肉を置く。
騎士団の依頼には依頼書にあった支給品が
渡される。
今回は動物除けのための干し肉だ。
「おい、餌付けして大丈夫なのか!」
あげた干し肉を平らげると、グリズリーは
僕の方に乗っかってきた。
フワフワもふもふのタヌキのような尻尾が
心地いい。
「大丈夫です。コレは甘えているんですよ。
こんなに人懐っこい子は初めてですが…」
「キュー!キュキュ!キュー!」
一緒に連れていけと言わんばかりに
可愛らしい声を上げる。しばらくは
このままか…張り付いて離れない。
「おい!グズグズしないでいくぞ!」
僕とグリズリーを尻目に荷馬車は
休まず進んでいた。
「全く、こんな配達なら騎士に依頼
しなくても良かったぜ、なんで雇わなきゃ
ならなかった…」
ブツブツ小声でなにかを言っている。
影口は慣れっこだけどやっぱりつらい。
(すみません…)
僕が心で謝ると頭まで登ったグリズリーが
急に騒ぎ出し、一歩遅れで僕も気付いた。
「止まってください!!」
荷馬車の前に立ち、馬を止める
「あっぶねぇなぁ!なんだってんだ!」
「なにかいます!」
茂みの真っ暗な暗がりに赤い目が三つ。
黒い毛並みに白い牙。特徴的な赤い爪
「コロナ…ウルフ……っ!」
響きこそ美しいが、由来はそんな可愛らしいもの
ではない。ある所にコロナ村という村があった。
畑が豊富で名産も多かったが、その村には経費
削減の為騎士団が配属されていなく、一夜で滅んだという嫌みの含んだ名前。
「逃げてください!速く!」
僕は盾と剣を構え馬車を背に戦う構えを取った。
しかし、僕に目を向けず、コロナウルフは
馬車を引いている馬に飛びかかった。
「くっ!」
慌てて後ろに戻るが馬車は横転、馬は
逃げ、コロナウルフはその後を追うように
姿を消した。
「そんっ…な…」
僕はどうして…肝心な時に、何もできない…
膝を付いて未熟さを嘆くと、背中の
グリズリーが荷馬車に指を指す。
荷馬車の中から…人?
「ん?なんだ?お前」
男っぽい喋り方とは裏目に、綺麗な銀色の
肩まで伸びた髪。服を着ていないより先に
彼女にコロナウルフにも勝る、美しい
白銀の耳と尻尾が付いていた。
「ん?スンスン、スン」
鼻をヒクヒクさせながらこちらに寄ってくる
翡翠色の目が僕を釘付けにした。
「なっ!?なに?」
匂いを嗅がれるのと同時にその年不相応な
身体に目を奪われつつ僕は聞いた。
「ごはん。おなかすいた。」
「あっ!?えぇ!!」
僕の首に両手を巻き付け、耳元で息を吹きかけつつ
言われたその言葉はどんなお菓子より甘くて
耳がとろけそうだった。
「お前、いいにおいもする。ごはん。お花。
ひなた。干し肉の匂いも。」
「あっ…そっ!それはこの子にあげた奴です!」
「お前もこの人の匂い好き?」
「キュキュー!」
一人と一頭は同調したようで耳と尻尾をこれでもかと動かす。
「でもなんであの馬車に?人が居たなんて
気づかなかったですよ。」
「大人しくしてれば食べ物くれるって言ってたけど
アイツ嘘つき。なにもくれない。」
見世物小屋に送られる獣は少なくないけど
この場合相当無茶な旅してきたな、あの商人。
「でも、空腹には耐えれない。」
耳がへたり込む。感情表現になっているのか。
「その耳は?尻尾もどーなってるの?」
「生まれつき。私の周りにはいっぱいいたけど
ここらへんじゃあまり見ない…」
少し元気をなくしてしまったと思い、咄嗟に…
「じゃあ、僕の家でごはん食べる?」
「!!!」
初めておやつを貰った子犬のようだった。
尻尾は振りすぎて砂嵐になっていた。
「でも、どこからきたの?名前は?」
一つお姉さんのような風貌だけど
この聞き方しかなかった。
「場所はわかんないけど、名前はルル。」
「うん。じゃあルル。僕はカイ。こっちは
ヒノワグリズリー。ってちょっと長いか…
グリってことでいい?」
「キュー!」
気に入ったみたい。
「カイとグリ。今日から私達は家族だよ。」
「えっっ?なんでぇ?」
「同じ釜の飯を食うのが家族。誰かが言ってたよ?」
間違ってはいないが…どうなの?それ?
「わかったよ、じゃあついて来て。
お前もくるんだろ?」
「キュッ♪キュッー♪」
ヒノワグリズリーと獣の耳と尻尾を付けた
少女ルル。よく分からないことになった。
「ごはん♪ごはん♪」
僕ははしゃぐルルの頭に手を置き、家路に着いた。