二話
『...』
目が覚め、破壊された天井と、そこから夕焼け空が見える。ノナは、ボロボロのソファーで寝ていたのだ。
何だか、夢を見ていた気がする。とても、とてもリアルな夢を。
ノナはゆっくりと起き上がり、一週間前のことを思い出した。いや、思い出してしまった。銃撃音、狂人達の笑い声、火の海、マズルフラッシュ、爆発音、悲鳴、涙、血、瓦礫、死体...しばらくすると彼女は両手で顔を覆い、嗚咽した。そう、戦争により、家族も友人も、全て失った。
泣き疲れると、少し汚れたリュックサックを背負い、ほぼ瓦礫と化した自分の家を出た。とにかくどこかに行こう。こんな世界は嫌だ。そうノナは思った。リュックに入っていた水筒を取り出し、水を少し飲むと、彼女は歩き始めた。
そして彼女はとにかく歩いた。外には運ばれる死体や泣き叫ぶ人、なだめる人や必死に怪我人の手当てをしている人などたくさんの人が居たが、ひたすら歩を進め、時々近くで銃撃音が聴こえ怯えながらも何とか街を出て、倒れた電柱を乗り越え、戦闘区域を出た。疲れ果てて休憩してからしばらく歩くと、エリア12という市街に着いた。この市街は頻繁に『怪奇現象』が起こるため、人はほとんど住んでいない。
物、生き物、稀に人が消える現象は第四次世界大戦が始ったころから絶えず頻繁に世界各地で起こるようになった。原因も分からない。また、消えた物は集まるように決まった時刻、場所に現れ、一瞬で消えてゆくため、その複数の場所を人々はプラントエリアと名付けた。そしてこれらは案の定、怪奇現象と呼ばれた。
彼女はプラントエリアである市街に足を踏み入れた。プラントエリアの奥深くまで進んだ者は消えてしまう故に政府も調査を中断し、ここに来るのは狂人か自殺願望者など頭のおかしい者しかいない。
そんな所でノナは足を早め、中心部へと向かった。誰かが呼んでる気がする。今自分にやるべきことがある気がする。そして何より、この世界が嫌だ。そう心の中で叫びながら、彼女は歩く。その目の虹彩は、何故か暗くなってゆく。
しばらくすると突如、世界が消えて灰色の空間に変わった。
ノナの足元も消え、彼女はただ落ちるしかない。
『あ...』
ノナは目を瞑った。
『...』
目を開くと、いつの間にか冷たい地面で仰向けになっていた。周りは濃い霧で何も見えない。私はここに来たかったんだと、ノナは思い出した。起き上がると、やはり少女が立っていた。アリスはニヤニヤ笑う。
『どう?むこうの世界にさよならしてきた?』
『...いや』
『あ、もしかして私に会った記憶がなくなってた、か』
『...うん』
『そっかー。まぁ、仕方ないよねん。転送大変だし』
アリスは話を変える。
『私はさ、君に来て欲しいんだよ。向こうの世界に君の居場所は無いでしょ?向こうの世界が嫌になったでしょ?それに、君の経験した悲しみ、良いよ。良い。私にとっては魅力的だね』
『...』
ノナは黙っていた。
『私は世界を救うから、さ。それには君が必要だし、さ。理由は後々分かるから、ね。どう?来るる?もし断るなら、私は君を、殺すから、ね』
彼女の手にはいつの間にかナイフが握られ、ノナの喉に突き付けられていた。あまりに一瞬の動作に、叫ぶ声も出ない。
ノナはこっそり腕をつねった。夢じゃない。まだ何が何だか分からないけど、生きたい。死にたくない。ここがアリスの言う通り自分が全てを失った世界でないのなら、生きていたい。
『...行く』
『私はあなたに着いて行く』
答えを聴いたアリスはナイフをしまい、ニヤニヤしながら手を叩いた。するとだんだん霧が晴れてゆく。
『分かった。じゃあ今のうちに向こうの世界での記憶にさよならしといてねん。君はこの世界の人間になるんだから、さ』
アリスはくるりと後方に体の向きを変えると、歩き始めた。
ノナはアリスの背中を見据えながら、立ち上がり彼女に着いて行った。