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キミにコイをした。  作者: なち
彩日十題
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雨の日、わざと傘を忘れて行った



 高校三年生の冬はあっという間だ。

 それでも私達のグループは進学にほぼ不安が無いので、学友達がイライラを募らせる中、何だかんだ集まって、何時ものように遊んでばかりいた。年の瀬には佐久間君の家に泊まりこんで騒いで、新年になってすぐに合格祈願をしに神社を参り、カラオケに行って、その日深夜に別れた。

 両親が受験生そっちのけで海外旅行に出かけていた事もあり、冬休み期間は健が私の家に泊まりこみ、ほとんどを一緒に過ごしていた。

 三学期が始まっても、三年生は自由登校という事もあり、仲間達が集合する為に数度登校しただけ。

 一月の中旬にセンター試験を終えた後はアルバイトに精を出して、その間に、健の進学先が決定した。高塚君は元々夏休みにはサッカーチームへの所属が決定していたから、この二人は何か問題を起さない限り、それぞれ夢の舞台へ突き進むだろう。

 地元から離れた東北の大学へ進学する健は、大学の寮ではなく一人暮らしにする事にしたらしく、大学が決まった後は新幹線で現地と地元を往復して、諸々の準備に忙しい。

 二月の頭には、羽田の合格が発表されて、私達は一度それを祝うために集まり、また騒いだ。アメリカの大学は9月から始まるらしいが、彼女はその前の5月に結婚式を挙げ、ハワイへの新婚旅行のその足で相手の大樹さんと共に、渡米の予定だ。その結婚式には、私と真知子、日向君の三人で参列させてもらう。

 そうして三月には卒業式があり、中頃には、全員の進学先が決まっている事だろう。

 スケジュールとしては数える程度の予定しか無いけれど、毎日は本当にあっという間で、気が付けばもう二月も、残す所三日、という状況だった。

 この段になっても、健とのの間では卒業後の話はほとんど出ていなかった。

 別れる、という事はお互い考えていない(と思いたい)けれど、例えば大型連休にはどちらが会いに行く、という話もしないのだ。健がこちらを旅立つ日に、見送りに行く、という話もしない。別に事前に話し合わなくても、その時になればどちらかが動くのだろうけど、別れを惜しむ言葉一つ出ず、ただ毎日を過ごしている状態は、何となく違うような気がしている。

 かといって、ここまで来て、容易に捻り出せる内容でもなくなってしまって。

 最近の私と健の会話は、どこか、ぎこちない。


 大学に入っても続けるつもりで始めたバイトは、大学の最寄り駅付近のカフェで、バリスタのような制服が格好良くて選んだ。この日は夕方5時までのバイトで、高校一年生の女の子と交代で上がった。

「お疲れ様でしたー」

 フロアで働く従業員には会釈だけして、キッチンスペースの従業員には控え目に声をかけて、ロッカールームに引っ込む。着替える前に携帯をチェックすれば、健からメールが入っていた。

『家ついた』

 簡潔なメールが、健の帰宅を告げている。アパートの契約に出かけていた健は、それを締結させて戻って来たのだろう。ネットで見つけた物件を幾つか見て、その一つを決めたのは数日前の夜。広めのワンルームで、新築だった。

『今終わったから、これから行くね』

 と返信して、着替えている途中にメールの着信音。

『了解。迎え行く』

 今日は久し振りに健の家に行く予定だった。健のお姉さんの紀子さんが、愛娘の朱音ちゃんをつれて来ているのだ。色素の薄い旦那さんと目鼻立ちのくっきりした紀子さんに似て、何だか外人の子供みたいに見える、天使のような赤ん坊。

 久し振りに会う朱音ちゃんの愛らしい笑顔を思い出して、今日一日、バイト中もにやけてしまった。それを先輩達に、彼氏とのデートだ、なんてからかわれたんだけど、そこは特に否定しなかった。

 着替え終えて裏口から店を出る時、空はどんよりと曇っていて、雨は程なく降り出しそうだった。今日のニュースで夕方から雨、なんて予報が出ていた筈だ。

 私は常に折り畳み傘を携帯しているので、心配ない。

 一度空を見上げてから、鞄の上から折り畳み傘の存在を確認して、もう一度、「お疲れ様でしたー」と誰も居ない空間に挨拶をしてから、扉を閉めた。

 何とか駅まで雨に降られる事はなかったけれど、電車に乗ってから数分後、窓を打つ雨の音が電車の音と混ざって聞こえ出した。次々に乗り込む人達の手には、濡れた傘。床に水溜りが幾つも出来ては、車内の温度に蒸発していった。

 そんな様子を何とはなしに見ていれば、すぐに降車駅に辿り着く。

 改札を出れば屋根の下に、すぐに健の姿を見つける事が出来る。バスケをするには低い、なんていっている身長も百八十近くあれば頭一つ分飛び出ているのだ。

 スウェットのパーカーのフードを被り、恐らく俯いているのは携帯を操作しているからか。きっと耳には携帯に繋がったイヤホンがある筈。携帯にダウンロードした音楽を聴いているのだろう。

 近づいていけば、柱に寄りかかった健の手にもビニール傘が握られているのが分かる。

 肩を叩けばすぐに振り返った健が、片方だけイヤホンを外しながら破顔する。

「おう、お疲れ」

 言って、私が肩に下げていた鞄に手を伸ばす。最近の健は、佐久間君の影響かこんな事を自然としてくれる。別段荷物が入って重いわけでもない鞄だけど、彼女扱いというか、特別の象徴みたいでくすぐったくなってしまう。

 私を迎えに来ただけだからか、健には手荷物は無い。携帯をパーカーの前ポケットに突っ込んで、私の鞄を肩に担ぎなおすと、傘を開く。

「お前、傘は?」

 いまだ鞄の中に納まっている折り畳み傘。

「……忘れちゃった」

 言えば、呆れたように笑われる。

 何となく、何となくだけど。わざと忘れた振りなんかした傘。健はしょうがないな、と言いながら、私の肩を抱き寄せた。密着して、一つの傘に――所謂相合傘。

 健の合図で歩き出せば、自然と歩調まで合わせてくれるので、それが不思議でしょうがなくなる。

 付き合いだした頃には無かった気遣いも、一年通せば身につくという事なのか。今はもう、羽田が見たってしっかり彼氏になっているという、健。

 当然のように私の荷物を持ち、歩調を合わせ、道路側を歩く。いつの間にか、健はそうなっていた。

 でもこんな事が、もう一月もすれば当たり前じゃなくなってしまうのだ。毎日一緒に居た人が、居なくなる。

 まだ実感は沸かないけれど、考えれば胸は窮屈に縮む。

 こうやって見上げる整った顔立ちも、繋いだ手の温もりも。低く笑う声や、項を掻く照れた仕草も。

「……アパート、どうだった?」

「文句なし。後は布団があれば何時でも寝れる」

「そっか」

 弾んだ声からは、新生活を楽しみにしているのだろう、と分かる。この人は私のように、寂しさを感じていないのかと思えば、少し遣る瀬無いけれど。

 夢に向かって走り出す人は、こんなものなんだろう――知らないけど。

「結局一階にしちゃったんでしょ?」

「おう」

 どちらの部屋が良いか、と見せられたパソコン画面では、同じアパートの三階の角部屋と、一階の真ん中の部屋を見せられた。間取りは変らないけれど、出窓のある三階の部屋を薦めたのに、結局階段の上り下りが嫌だと一階に決められた。じゃあ何故意見を聞いたのだ、という話だ。

 道路を渡った目の前にコンビニがあって、その横に通学用のバス停がある。大学の近くにはレストランやラーメン屋がある。そんな話をつらつらしている健は、最後に早く大学が始まらないものかとぼやいている。憧れの先輩と高度なバスケットをしたい。

 そんな事を、とても楽しそうに。

「来週悠さんが、荷物運ぶのに車出してくれるっつうから、数日泊まって、家電とか買おうかと思ってる」

「そっか」

 着々と進んでいく新生活の準備。私はと言えば、大きく生活が変るわけじゃないので、する事はほとんどない。卒業祝いに車を買ってくれるという父親と、車を見に行く位。でも車を買ってもらった所で、ペーパードライバーの身で東北まで長時間の運転はまだ出来ないだろう。

 結局貯めたバイド代をはたいて、新幹線を利用して――一体何度、遊びに行けるだろうか。

 隣ではこっちの杞憂など知らん顔で、うきうきしている男。

「時間あったら大学顔出してくっかなぁ」

なんて、それが目的だろうに。

「そうですか」

 こちららの相槌が適当だって、気にした風も無い。「おう」と弾んだ声で、前を向いた視線は揺るぎもしない。

 寒い、と呟いて、繋いだこちらの手を一緒に、パーカーのポケットに突っ込む。この無機質な感触は、携帯だろう。

 一度健の指が離れて、私の手だけがパーカーに取り残される。

 怪訝に面って視線を健の腹の当りに向ければ、健の手は今度はズボンの後ろポケットに。

 一体何がしたいのだろうと首を捻った所で、また前ポケットに戻ってきて手を繋がれるけれど、お互いの掌の間に、違和感。

「……何?」

 歩みはそのまま。視線も前を向いたまま。別段変らない顔の健の指が、瞬間私の手を強く握りこむ。

 お互いの体温に、掌の間のものが温くなる。

 力を入れてポケットから手を引き出してみれば、健はあっけない程簡単に私の手を離した。

 そうして、私の掌に残るのは。

「……」

 真新しい、銀色の鍵。

「……これって、」

「持ってて」

 それが何か、あえて教えてもらわなくても、恐らくと予想をつける事は出来る。今日借りたばかりの筈の、アパートの鍵。

 掌を見下ろしたままの私の肩を抱き寄せて、明後日の方向を向く健の耳が、心なしか赤い。きっと寒さのせいだけではないだろう。

「何時でも使っていいから」

 ゆるゆると握りこむ手の中の、リアルな感触。じわじわと沸いてくる嬉しさに、恥ずかしいやら嬉しいやらで、私も思わず顔を反対側に逸らしてしまう。

「うん」

 と返事をすれば、更に密着する肩口。


 約束なんてなくても、こうやって当たり前に、隣に居ることを許してくれる。

 私達には、多分それで、充分なのだろう。


「週末ごとに行ってやるから」


 照れ隠しのつもりと、半分本気と。健の腕にぎゅっと抱きつきながら言えば、屈託無い笑顔に出会った。





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