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キミにコイをした。  作者: なち
彩日十題
48/52

記念日には花束をよろしく 後編



 試験休みで部活が出来なかった鬱憤を晴らす様に、昼休みの健はさっさと弁当を食べ終えて、子供みたいにはしゃぎながら校庭へと走っていった。それに付き合わされる羽目となった佐久間君と日向君は、わたし達が食事を終えて校庭へ出て行くと、それを理由にこちらへ戻ってきた。変りに、「バスケ得意じゃねぇのに!」と嘆く高塚君を引き摺っていまだコート上にいる健を尻目に、私達は雑談に興じる。ちなみに混ざれ、と誘われた私達は当然拒否。

「ガキみてぇ」

と呟く羽田の口の中には棒付きの飴。最近とみに口調が悪くなった羽田は、その毒舌も威勢を奮う。彼女の主張では、卒業したら「です、ます、オホホの世界に入るんだから、今だけ好きにさせろ」というもので、です、ます、オホホの世界って何だよと突っ込む健を一睨みで黙らせていた。私には想像も出来ないけれど、社長子息の大樹さんが暮らすセレブな生活に、彼女なりにストレスがあるのだろうと思う。

「それより、明日だったよね?」

「あー明日明日」

 日向君の問い掛けに投げやりに羽田が答えると、コート上の健と高塚君を眺めていた面々の視線が一斉にこちらに向いた。

「どう、タケ?」

「どうって、何時も通り。変らないよ」

「やっぱ気付いてないか」

 苦笑で答えれば、佐久間君は残念そうに顎を撫でる。

「こりゃ、オレ達の勝ちだね」

「最初から分かってる勝負でしょうよ」

 それに顔を合わせて肩を竦めるのは、私と佐久間君だけ。

 みんなが言う明日、というのは、私と健が付き合って一年の、所謂記念日というやつだ。その日を健が気付くかどうか、という賭けを、私達はしていた。でも賭けた所で、答えは分かりきっていた。当然のように皆「気付かない」に賭けようとして、私だけ羽田に「彼女は信じてやるもんでしょうが」なんて言われて気付くに賭けさせられた。彼女だから、健という人間を良く知った上で“気付かない”なのだ。

 最初から負けると分かっている賭けに、「一応友人として気付く、にしとくよ。というより、気付いて欲しい、って意味で」と挙手してくれたのは佐久間君だ。

 そんなわけで敗色濃厚な勝負が決するのは、明日。賭けの代償は、受験の前にみんなで行く事にした旅行の計画立てやら宿泊先の手配やら、という雑用全般だ。大学が決まる前から旅行、というのも変な話だが、卒業旅行の代わりだった。受験が決まった後には羽田は日本にいないので、勉強の最初で最後の最高の息抜きだ、と、決めたのだ。

 でも最初から、雑用係は私と佐久間君でほぼ決定していたようなものだった。みんなに任せていたら当日が怖い。

 実際の所この賭けも羽田のストレス解消の一環だと言う事を、皆分かっている。

「残念だね、菅野」

 同情だっぷり肩を叩いてくる羽田は、それでも目が笑っている。

 楽しんでいただけて何よりだ、と嫌味を込めてため息をついた所で、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。

「オラ、何時までも遊んでねーで、戻るぞ!!」

 それでもボールを放そうとしない健に乱暴に叫んだ羽田が、一番に踵を返した。




 迎えた翌日、空は雲ひとつ無い快晴だった。

 登校途中で会った羽田は、挨拶の前ににやりと笑って、

「”今日で一年だな。好きだよ、chu”ハート、とか、メール来たぁ?」

何て馬鹿な事を言う。

「そんなメール来るわけないじゃん。誰よ、それ」

 あまりにあまりな内容に、笑えてしまう。

「チッ、記念日つったら、最初が肝心だろーか」

「羽田のところは、そんな感じなんだ?」

「……」

 からかうつもりが逆に返されて、居心地が悪そうだった羽田は――それからも、休憩の度に同じ真似をしでかしたのだけれど。

 結局、予想通り放課後になっても、羽田が期待するようなメールは来る筈も無かった。

 学校の方が効率が良いから、という理由もあって、健の部活が終わるまで、真知子や菜穂に勉強を教える為に教室に残っていた。途中でその中に佐久間君や他のクラスメートも混ざって、脱線したりもしながら時間は過ぎた。

【終わった】

という簡潔な健のメールに、みんなと別れて待ち合わせ場所へ向かう。

 部室棟を出てすぐの校舎脇の階段に腰を下ろしていた健は、暗くなった空を見上げていた。夜になっても雲一つ無い空には、星が幾つも輝いている。暑いのかワイシャツのボタンを全開にして、だらけたように足を投げ出しているものの、その姿はまるでモデルか何かのよう。

 こちらに気付いて顔を向けてきた健は「よお」と手を挙げる。

「お疲れ」

「帰ろーぜ」

 立ち上がった健に促されて頷く。すぐに手を繋ぐのは、習慣。

 もう慣れてしまったせいでドキドキはしないけれど、その温もりに安心するようになっていた。

 見上げる端正な横顔も、健が合わせてくれる歩調も、最初の頃のように胸を騒がせたりはしない。

 『今日』という日に、期待もしない。みんなが記念日、記念日と言うので、意識はしてしまうけれど。

 何とはなしに投げてくる会話に応えながら、家路を辿る。何事もなければ電車に乗って私の家でご飯を食べて勉強、もしくはベッドへ、というだけだ。そもそもこれから何かあったとして、外食が出来るくらいの時間だ。「一年経ったな」という言葉が出てくるだけでもスゴイ事。お祝いという概念が、あるのかどうか。

 しらもらうだけで自分はどうなのだ、という話になったら、私の方は実は用意がある。みんなに乗せられた感が満載なのだけど、奴の好きなチーズケーキを作って冷蔵庫に入れてあるのだ。それから、これまた手作りでお金はかかって居ないけど、夏の大会の必勝を祈願してミサンガを編んでみた。しかも自分には、受験日に寝坊でもしなければ合格間違いなしの大学の合格祈願に、全く同じミサンガを作って、御揃いという――しょぼいんだけども。

 力を入れてデートプランなんて考えた所で、お互い疲れるだけだ。ちょっとした特別感ぐらいのものの方が、私達には調度良い。

 でも健が『記念日』の重要性に気付かない限り、ケーキはただのデザートだし、ミサンガはただの祈願にしかならない。

「メシ、どうする? 作るの面倒だったら、食ってくか?」

 これが記念日だから、という名目だったら一にも二にも頷くんだけど。なんて、駅前のファミレスを眺めながら提案した健を見ながら思った辺り、何だかんだ言ってやっぱり『記念日』に期待している自分がいるから。

「ううん、家でイイ。使わないと駄目な食材あるから」

 高校生に似つかわしくない会話だけど、何時ものことだ。

 だから「そうか」とだけ相槌を打って、健は提案を覆す。

「じゃあ、さっさと帰ろうぜ。俺、腹減ってんだ」


 ――早くも何も電車の時間は変らないので、駆け出さないで欲しい。


 そうして帰り着いた私の家で、健は待ち切れないからと先にカップラーメンを食べだした。それでも食欲旺盛な健は夕食だって平らげるだろうけど、その態度は明らかに、今日が何の日かなんて気付いてもいないだろう。

 夕食作りの最中に、羽田からメールが来た。

 内容は予想していたもの。

【やっほー。ラブラブ中?】

 そんなわけないじゃない、と悪態をつく。

 夕食を食べた後にケーキを出してみても、

「おぉ」

なんて喜色に滲んだ声を漏らしたけど、それだけ。その様子を見て、自分達の未来図が頭を過ぎる。それは結婚生活の何年記念、みたいな日。仕事帰りの健が豪華な食事を前にして、感嘆の声を漏らす。それを頬張りながら言うのだ。「今日何かの記念日だっけ?」

 ――こんな時だけ、私の想像力は逞しい。

 後は食後の勉強の合間、渡したミサンガにも。

「サンキュ」

 とはにかんだ笑顔は、こちらを嬉しくさせたけれど、それだけ。

 何の疑いも持たない。

 すぐさまミサンガを手首に結んでくれるのは嬉しいし、それを私にも促してくれるのは、御揃いに対して嫌悪感を抱かなかった証なんだろうけど。

 不満という程ではないものの、少し残念ではあった。

 結局何も気付かないままの健は、帰る間際になっても、そのままだ。

 習慣になった玄関先でのキスを終え、踵を返そうとした健を、私はついに呼び止めた。

 学ランの裾を掴んだ私を訝しげに見つめた健。

「何か、忘れてない?」

とは言え、遠まわしな言い方になってしまう。だから健は、首を傾げて。

 逡巡してみても、応えは同じ。

「何か忘れた? チューはしたし、」

「じゃなくって、」

 いってきますのキスを強請る新婚夫婦じゃないんだから、それはどうなの。

「今日が、何の日か、とか」

「……何の日? 誕生日、は過ぎたし」

 何かのイベントか? と頭を捻る。

「今日で、付き合って一年なんだけど?」

 らし過ぎて、もう笑うしかない。責める気なんて最初から無いので、私の口調は軽い。むしろからかう色の方が強いだろうか。

 途端にしまった、という顔を見せる健に更に笑みを深める。羽田が色々私の世話を焼いてくれるとしたら、健の方は佐久間君がそうだ。常々彼は、健に彼氏としての役割を説いている。例えば四月の私の誕生日には、一ヶ月は前から口を酸っぱくしてプレゼントがどーたらなんて言っていたのだ。その佐久間君のアドバイスで、誕生日には遊園地に遊びに行った。

「あー……」

 困ったように項を掻く、健の癖。もう見慣れてしまった。

「わりぃ。忘れてた」

「そうだとは思ってたけど」

「じゃあ、今日のケーキとか……これ、とか、ソレ?」

 腕のミサンガを指差す。青と白、それから黒と薄い黄色の鮮やかな網目。

「ソレ」

と頷いて応えれば、更に渋面を作った。

「わりぃ、ほんとゴメン」

「いーえ? まあ、そういう日でした」

 その狼狽ぶりがおかしくて、私は中々笑いを治める事が出来ない。その様子で、こちらが怒って居ない事だけは分かっているのだろう。だからこそただ、申し訳ないと頭を下げるのだ。

「来年は必ず!」

「あは。別に何もいらないんだけどね、」

 何時になく小さくなった健。もう、その言葉だけで十分だとは、恥ずかしくって言えないから。

「じゃあ、記念日には花束をよろしく」

 おちゃらけた態度で健の肩を叩いてみる。「げ」というような顔を期待したのに、

「分かった」

と頷くものだから、更に。顔がにやけてしまう。

 その気持ちだけが嬉しい。

 来年を、当たり前のように。そう、言ってくれるだけで。

 緩み続ける私の表情を、健がどう読み取ったのかは分からない。バツが悪そうに項を掻きながら、健はただこちらを見ていた。





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